青の塔二階。
情報処理室の空間に浮かぶのはパソコンのホーム画面で見かける黄色のファイル。そこから伸びた黒のケーブルに拘束されているクレアは四肢を動かそうと必死にもがいていた。
「ウゥッ……ウゥッ……」
(この声って食屍鬼の……。この生き物って、もしかしてカイトくんが話してた改良型……?)
ケーブルが飛び出すファイルの隙間から聞こえてくるのは食屍鬼の泣き声。その奥は暗闇が延々と続いているため食屍鬼の姿はハッキリ見えない。だが一度でも飲み込まれてしまえば出られないのだろうとクレアは悟っていた。
「でゅっ、でゅふっ、暴れても無駄でござるよっ……」
変わった笑い方をする小太りの男。黒ぶちの眼鏡をクイクイッと上げてそわそわしながらクレアを見上げる。
「あなたが……この塔の
「でゅふふっ、そうでござるっ! わいは
「そ、そうなんだ……」
アンバランスな声の強弱と聞き取りづらい早口。それでも自信に満ち溢れたその態度にクレアは頬を引き攣りながら愛想笑いをする。
「ち、ちみの、でゅふっ、名前を教えて欲しいでござる」
「私の名前? クレア・レイヴィンズだけど……?」
「でゅふふふっ! ク、クレアたん! 純白の天使のような女の子でござるっ! まさに名作『ラブルート』の幼馴染ヒロイン! おっと、わいとしたことが……『ラブルート』は知る人ぞ知るギャルゲーの化石。流石のクレアたんにも通じませんな、でゅふふふっ」
(どうしよう……早口すぎて何も聞き取れなかった……)
高速でペラペラと独り言を呟くリクヤ。
お世辞にも活舌も良い方だとは言えないためクレアは全く聞き取れず、先ほどと同じく愛想笑いを浮かべるのみ。
「スレ立ててもいいでござるなぁ。タイトルは【朗報】無職のわい天使と出会う……でゅふっ、でゅふふ」
(とにかく今はここから抜け出して早くカイトくんに追いつかないと……!)
クレアは一人で盛り上がるリクヤと自分を拘束するケーブルを交互に見た後、四肢をもう一度力強く動かそうと試みる。しかし微塵も動かすことができず、どうしたものかと思考を張り巡らせたとき、
「リクヤくん、あなたがこの生き物を操ってるの?」
ふとリクヤへそんなことを尋ねた。
食屍鬼は本来であればむやみやたらに人間を襲おうとする。しかしクレアを拘束するファイル型の食屍鬼はその場で待機しているだけ。クレアはリクヤの命令を聞く可能性が高いと予想した。
「でゅっ、でゅふふっ、もちろんですぞ! 頭脳派のわいにピッタシのペットでござろう!」
「やっぱり……。ねぇお願いリクヤくん。この拘束を解いて」
「でゅっ、でゅふっ?! ど、どうしてでござるか!?」
クレアはリクヤと視線を交わすと真剣な眼差しでそう訴えた。リクヤはクレアに見つめられたことで露骨に動揺して視線を逸らす。
「私は大切な友達を助けるために、仲間のところに戻るために行かないといけないの。だからお願い、私の拘束を──」
「わ、わわ、わいがクレアたんの友達になれるから大丈夫ござるよ!」
「えっ? その、リクヤくん、何を言ってるの……?」
「こ、こう見えてもわいは気が遣えるっ! クレアたんと話も合わせられるし、きっとその大切な友達よりも良い関係が築けるでござるよっ!」
早口を更に加速させて唾を飛ばしながら声を荒げるリクヤ。彼と友達になることはアレクシアを助けない理由に繋がらない。何を言っているのか分からず、クレアは困惑した顔で言葉を詰まらせてしまう。
「ほ、ほら、見てほしいでござるっ! わいのタイピング技術っ! キーボードを見なくてもこんなに早く打ててしまうんですぞ!」
「た、たいぴんぐ……? キーボード……?」
「わ、わいは情報の授業ならクラスでも一番成績が良かったっ! タイピングの競争なら誰よりも一番早くて、いつも羨望の眼差しを受けていたのでござるよ!」
リクヤは早口でカチャカチャとキーボードで文章を入力する。その顔は満ち溢れた自信と自己アピールをする必死さを感じさせた。だがアピール以前に名詞の意味すら伝わらず、クレアは首を傾げるだけ。
そしてたった一言、
「えっと、リクヤくん──それの
苦笑しつつそう問いかけた。その返答にリクヤはタイピングをしていた手をピタッと止め、俯いて硬直してしまう。
「ク、クレアたんも、あいつらと同じことを言うんだ……」
「えっ? 同じことを言うって……?」
「もうッ、もういいッ! 低俗な女子共と同じなら……クレアたんもわい好みの美少女に改造するだけでござるッ!」
リクヤは怒声を張り上げるとマウスを何度か力強くクリックする。起動したのはとある画像編集ソフト。保存してあるフォルダを開くと何枚かの女の子の画像をソフト内へ取り込み、敵意が込められた瞳でクレアの顔を見上げる。
「でゅふっ、大人しくしていてねクレアたん。今から真の美少女にしてあげるでござるよ」
女の子の腕、脚、身体。
あらゆる部位を切り取り貼り付けを繰り返し福笑いのように配置して人間を構成していく。その奇妙な光景にクレアは眉を顰める。
「あなたは、何をしてるの?」
「でゅっ、でゅふふっ! 収集してきた女の子を合体しているでござる!」
「合体……?」
「好みの髪型、好みの胸の大きさ、好みの太腿のむちむち感を合体して……わいの理想を作り上げようとしてるのですぞ。理想の美少女を錬成できる神ツール……提供してくれた吸血鬼の方々には頭が上がりませんなぁ」
ニチャッとした笑みを浮かべるリクヤ。その他所でディスプレイに映る不格好な人間の切り合わせが次々と整えられていく。
「そしてわいの最強奇術『
「位置結合ってことは……あなたが転移する仕組みを作ったの?」
「でゅふっ、でゅふふ、興味津々のクレアたんの可愛さに免じて教えてあげちゃおうかなぁ」
リクヤは鼻息を荒げて机の表面の左側と右側を順番に触れる。そして流れるがまま左側へと威勢よく突っ込んだ左手が机に吸い込まれ、右側から天井に向けて左手が現れた。
「わいの『位置結合』は触れた個所を自由自在に繋げることができる神能力! でゅふっ、クレアたんのおうちとこの塔を繋げることだってできるでござるよっ!」
リクヤの奇術である位置結合。
触れた個所と触れた個所を繋げられる移動型の奇術。距離のある魔女の馬小屋と青の塔を行き来できるようにし、情報処理室を迷宮のように変えた力。
「でゅっでゅふふふっ、この神ツールと合わせれば女の子の身体も繋げ放題でござる! すぐに可愛くしてあげますからなぁ……クレアたんも
「……! アレクシアもって?」
「でゅふっ! アレクシアたんはわいが今まで目にしてきた数々の女の子の中で、極めて理想形に近い美少女でござる! セシリアたん派とアレクシアたん派で戦争が起きたらアレクシアたんの為に命を投げ捨てることも容易いこと!」
見せつけるのはスマホの待ち受け。
クレアの目に映るのは空想で描かれたアレクシアのイラスト。麦わら帽子に白いワンピースを纏い美しい山林の中を歩いている構図だ。待ち受けを見たクレアはふとあることに気が付き、ハッとした様子でリクヤと視線を合わせる。
「待って! それじゃあそのぱそこんに映ってる子たちは生きてる人間なの?」
「そうでござるよ。クレアたんを捕まえてるわいのペットをここに取り込んで……新鮮なままデータとして保存していますぞ」
フォルダ型の食屍鬼。
飲み込まれてしまえばパソコンの中に取り込まれてもう二度と意識は戻らないまま。クレアは食屍鬼の性質を概ね理解すると険しい表情を浮かべる。
「パーツを切り取った子たちはどうなるの? 腕や足を取ったらその子たちは……」
「でゅふっ、使えないパーツは捨てるだけでござるよ?」
「捨てるって……リクヤくん、こんな酷いことをしちゃだめだよ。その子たちだって生きてるんのに──きゃああッ!?!」
リクヤにそう訴えかけると黒いケーブルが動き出してクレアの下半身が暗闇に飲み込まれていく。クレアは悲鳴を上げながら必死に身体を動かして抵抗をする。
「そんなお説教なんて聞きたくないでござる。わいは何も悪いことをしていない。認めてくれない、クレアたんたちみたいな女の子が悪いんでござる」
(んんっ、ぐぅっ……身体が動かない……っ)
「そんなに醜いでござるか? どうして汚物を見るような目で見てくるでござるか? 女の子と楽しく喋りたかっただけなのに、どうしてみんな離れていくでござるか?」
クレアの下半身はフォルダの口に完全に飲み込まれてしまう。もがいているクレアを見上げて何度も問いかけるリクヤの顔はどこか寂しそうだった。
「クレアたんなら受け入れてくれると思ったのに……。結局、中身を弄らないと受け入れてくれないんでござるね……」
(だめ……もう意識がっ……)
胸元まで飲み込まれれば意識が徐々に遠のいていく。それでもクレアは諦めずに打開策を見つけようと力の限り抵抗をし続ける。
『クレアはすっげぇ強いと思うから大丈夫だ! それにあの時お前がいなかったら俺だって負けてた! もっと自信持てよクレア!』
脳裏を過るのは幼馴染のイアンの声と屈託のない青年らしい笑顔。クレアは瞼を閉ざした後、歯軋りすると両手を力強く握りしめて拳を作る。
(そうだ、イアンは私を信じて送り出してくれた……。カイトくんだって、みんなだってまだ戦ってる……。何よりアレクシアを助ける為にも、こんなところで──)
閉ざしていた瞼をゆっくりと開く。
薄茶色の瞳の色が少しずつ赤色へと変わり、クレアの四肢に巻き付いていた黒のケーブルがギチギチと震え始め、
「──負けられない」
「でゅっふ!?!」
黒のケーブルがいとも簡単に引き千切られると同時にフォルダ型の食屍鬼が斜めに斬り捨てられる。宙に舞い上がるのルクスαを鞘から引き抜いたクレア。優しい瞳は闘志に満ち足りた瞳になり、静かにリクヤを見下ろす。
「お、お前たち、クレアたんを捕まえるでござるっ!!」
「キャハッ……キャハッ……」
「ヒッヒッ……」
リクヤは動揺しながらも応援を要請するとフォルダ型の食屍鬼が数匹出現し、クレアへと無数の黒のケーブルを伸ばして捕縛しようと試みる。
「でゅっ!? か、壁を走ってるでござるかッ!?」
しかしクレアは壁走りをして黒のケーブルを難なく回避してしまう。リクヤは驚愕した後、人間離れしたクレアの姿を視線で追い続けていれば、
「キャハッ?!」
「ヒッヒッ……!?」
「ケ、ケーブルがからまって……!?」
伸ばしていた無数のケーブルが絡まりに絡まって動きが鈍くなる。クレアは絡まったケーブルを狙い、銀の杭を三本投擲すると壁へと貼り付けて、身動きが取れないよう行動を制限した。
「邪魔ッ」
「ギャッ……?!」
そして吐き捨てるようにそう呟きながら次々と食屍鬼を一太刀で両断する。瞬く間に消えていく自身のペットを傍観しいたリクヤは、思わず後退りをしてその場から距離を置き始める。
「ク、クレアたんがこんなに強いなんて……き、聞いてないでござるっ……」
逃走の準備をするリクヤ。
奇術の位置結合を使って逃げる為に壁を右手で触れようとし、
「リクヤくん、急に弱虫になっちゃったね」
「でゅッ、でゅひぃぃいぃッ!?!」
右手首をクレアに力強く掴まれて阻止された。恐怖に悲鳴を上げてしまうリクヤ。そんなリクヤを見つめるのはクレアの赤い瞳。
「ご、ごご、ごめんなさいでござるっ!! わ、わいが悪かったでござるぅうぅッ!!」
「……」
(こ、この隙に逃げ道を確保すれば……)
その瞳に怖気づいたリクヤはその場で土下座をして逃げ道を確保しようと試みる。クレアは静かにリクヤの頭頂部を見つめた後、
「もしかして逃げようとしてる?」
「でゅひッ!? に、にに、逃げようとなんてしてないでござるっ!!」
「じゃあ手の平を私に見せたまま動かないで。もし動いたら……骨ぐらいは折っちゃうかも」
「わ、分かったでござるッ!! 見せる、見せるでござるよッ!!」
企みに勘付いて奇術を使えないよう封じた。奇術が使えない以上、八方塞がりの状態。リクヤは自身が追い込まれている状況下に冷や汗をたらたらと掻き始める。
「わ、わいは、自分のことを認めてくれる女の子が、友達が欲しかっただけでござるっ……」
「だからって人の命で弄ぶのはだめだと思うよ?」
「そ、そんなこと、わ、分かってるでござるッ……でも、これしか方法がなかったでござるッ……」
「……? どういうこと?」
問いかけるクレアに対してリクヤは額を床に付けたまま、震えた声で自身の過去についてこう語り出した。
「む、向こうの世界で……わ、わいは、女の子と仲良くなれるように、出来る限り頑張ってきたでござるよっ……」
「頑張ったって、何を?」
「臭いって言われないように香水をつけたり、顔がキモイって言われないように髪型や眉毛を整えたり、女の子が好きそうな話題を調べたり、とにかく、とにかく頑張ってきたでござるっ。で、でも、いつも気持ち悪いって言われて、クラスメイトからはいじめられて……」
リクヤはお世辞にも良いとは言えない容姿のせいで、小中高と女の子と一切関わりを持てない生活を送ってきた。その境遇を覆そうと努力をしてきたがまったく実らず、イジメの日々に不登校となってしまったのだ。
「そ、そんなわいを受け入れてくれたのはギャルゲーの女の子だったでござる。何でも肯定してくれて、認めてくれる優しい女の子。現実とは大違いでわいに可愛い笑顔を向けてきてくれたでござるよ」
そこで出会ったのが二次元の美少女だった。
すべてを受け入れてくれる包容力にどんな言葉でも肯定してくれる理想の美少女。リクヤはその出会いから現実の女の子を諦め、存在しない美少女に釘付けとなった。
「この世界に来たばかりの時は……こ、こんな酷いことはしてなかったでござるっ! むしろわいを認めてくれる子がいるかもって、普通に声をかけて、普通に仲良くなろうとしたのに……」
「何も変わらなかったの?」
「そ、そうでござるね……。だからあの神ツールと奇術で、理想の美少女を作ろうと──」
「リクヤくん、ちょっと顔上げて」
リクヤの言葉を遮りながら顔を上げるよう命令するクレア。リクヤは何故なのかと顔を上げるとじーっと赤い瞳で見つめられ、
「太りすぎ。臭いとか気にする前に痩せれば良かったと思うよ?」
「でゅっ、でゅひぃッ!? ク、クレアたん、せ、正論は……」
「『たん』付けで呼ぶのと笑い方も気持ち悪いから直した方がいいかもね。後、視線が合わなさすぎかな? 女の子慣れしてないなって分かるぐらいには」
「こ、こんな鬼みたいな性格だったでござるか……?」
良くない箇所を次々と指摘された。
天使のような性格だったはずが悪魔のような性格に豹変したクレア。リクヤは指摘される度に上げていた顔を下げて地面と向き合う。
「でも今までよく頑張ったね、リクヤくん」
「へっ?」
その一言にリクヤは思わず顔を上げる。
クレアの瞳は赤色から薄茶色に戻っておりその表情は優しさに満ち溢れたもの。
「えっと、私がリクヤくんの友達になってあげる」
「でゅひっ?! ク、クレアたんが、お、おお、お友達になってくれるでござるか?」
「いいよ。だから女の子たちはみんな解放してあげてね?」
「わ、わわ、分かったでござるっ! か、解放するでござる!」
リクヤはドタバタと足音を立ててパソコンの前へ移動すると、カチカチッとマウスを何度かクリックする。そして赤色の小型記憶装置を挿入口から引き抜くとクレアへ手渡した。
「こ、これを破壊すれば女の子は元通りになるでござるっ!」
「うん、ありがとうリクヤくん」
「それで、その、乱暴なことをして申し訳なかったでござる……。これからは、その、他の女の子と仲良くなるために厳しく指導してほしいでござるよ」
「そうだね! 一緒に頑張ろうリクヤくん──」
リクヤが恥ずかしそうに右手を差し出す。
クレアは曇りのない笑顔で握手を交わそうとした、
バンッ──
「……え?」
瞬間、銃声が響き渡る。
目の前で頭から血を噴き出すリクヤ。クレアは突然のことで頭が回らない。けれどドサッと音を立てて倒れるリクヤの肉体を目にしてすぐ我に返る。
「少女よ、無事だったかね?」
「あなたは十戒の……」
声のする方角は一階へのエレベーター前。
自動小銃のディスラプターαを構えているのは六ノ戒エレナ・オリヴァー。クレアの身を案じるように顔色を窺ってくる。
「どうして、どうして撃ったんですか……!? この人は改心してくれました! 撃つ必要なんてなかったはずですッ!」
「彼は本当に改心していたのかね?」
「そうです! せめて声を掛けてくれればッ……! 悪い人じゃないって説明できたのに──」
やや怒りを込めて訴えかけている最中、天井から落ちてくる物体。クレアは落下音で言葉を止めて転がっている物体へ視線を移す。
「食屍鬼……?」
転がっていたのはフォルダ型の食屍鬼。それも三体。黒のケーブルをフォルダ口から覗かせて死体となっていた。どうして天井に張り付いていたのか。そう考えた時、クレアは目を見開いて脳天を撃ち抜かれたリクヤの死体を見る。
「気付いていないだろうが……貴殿は天井に張り付いたその連中に狙われていた。彼を射殺したのは貴殿が人質に取られるリスクを考慮した上での判断なのだよ」
「リクヤくん、どうして?」
「……貴殿にもう一度問おうか。彼は
そばまで歩み寄ると小さな背丈でクレアを見上げるエレナ。騙されていた事実を受け止めきれず、その問いに対して項垂れていると、
「あちゃ~、こりゃ酷いね」
何処からか男の声が聞こえてくる。エレナはすぐに位置を把握すると銃口をその方角へ向けた。
「ちょっとちょっと、危ないじゃないか。そんなもの向けないでよ」
姿を現したのは黒のスーツを着た男性。
ネクタイがやや曲がり、ややだらしなさが目立つ。茶色の前髪センター分けされており、その顔つきからするに頼りなさを醸し出していた。
「貴殿は何者だ?」
「警察だよ警察。分かる? 正義の味方ね」
「警察? つまり貴殿は
「そーそー。異世界転生者だよ異世界転生者」
どこか胡散臭いような雰囲気。彼はヘラヘラとした態度を取りながらゆっくりと懐に手を入れたが、
バンッ──
「誰の前で銃を抜こうとしているのか分かっているのかね?」
銃のグリップが見えた瞬間、エレナが発砲する。弾丸は警察と名乗る男性の横髪を掠めて情報処理室の壁に穴を空けた。
「あ、あはは……僕はなーんにもしないって」
「貴殿の目的を吐け。言動を間違えれば次は右肩を撃つ」
「ほら、警察と言えば殺人事件の現場調査でしょ? 僕は職務を全うするために太ってる子の死体を回収しに来ただけだよ」
死体の回収。
目的を告げた男性は少しだけ悪戯な笑みを浮かべると、
「──こうやってね」
撃たれても構わないと言わんばかりに自動小銃を引き抜いた。エレナは宣言していた通り、男の右肩を撃ち抜く。
「あはは、警察の邪魔しちゃだめじゃないか。公務執行妨害だよ?」
だが怪我を気にする様子もなくリクヤの死体へ銃口を向け引き金を引いた。情報処理室に発砲音が鳴り響いた瞬間、
「なに? 死体が消えた?」
リクヤの死体が忽然と消えてしまう。エレナがその奇妙な現象に目を細めると警察を名乗る男性はスクリーンの裏側に移動をし、
「では、ありがとうございました! リンカーネーションのご協力感謝いたします!」
わざとらしい敬礼をすると発砲音と共に男の姿も消える。エレナは撃ち損ねたと舌打ちをし、構えていたディスラプターαを下ろした。
「少女よ、怪我はないかね?」
「はい、でもリクヤくんが……」
「貴殿に忠告をしておこう。白い布を黒く染めるのは簡単だが、黒く染めた布を白い布に戻すことはできない。これは我々人類を例える比喩の一種なのだよ」
忠告するエレナ。
クレアは何も言い返す言葉が見つからず、リクヤの死体が転がっていた場所をじっと見つめることしかできなかった。