ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:11『vs 脳内模擬』

 

「あの変な機械が置かれた部屋で迷ったかと思えば……今度は書庫みたいね」

「ああそうみたいだな。それにおまけもいる」

 

 青の塔三階。

 クリスとサラが導かれたのは天井まで届く本棚が敷き詰められた大図書館。二人の前に悠々とした構えを取るのはチェック柄のカッターシャツを着た二十代後半の男。

 

「お前さんがこの塔の異世界転生者(トリックスター)か?」

「ふっ、そうだよ。俺は今井(イマイ)圭吾(ケイゴ)。異世界転生者とも言えるし偉大な作家とも言える存在だ」

 

 緑ぶちの眼鏡をクイッと持ち上げれば黒い髪が揺れる。レンズの奥から覗かせるのは慢心に満ちた瞳。サラはその瞳を見て少しだけ眉を顰める。

 

「ふーん、作家って本に囲まれないと生きられないの?」

「ははっ、これは本じゃないぜ。俺が書き溜めたネタ帳や小説だ」

「へぇ、作家らしい虚言ね」

「嘘だと思いたいのは死ぬほど分かる。普通の作家ならこの量を書くなんて無理だからな」

 

 疑いの目を向けるサラ。

 そんなサラに同感するとケイゴは小さく頷いた後、ゆっくりと自分の頭を指差せば目を閉じる。何をしているのかとクリスとサラはしばし様子を窺っていると、

 

「けど俺は神からギフトを与えられた作家なんだよ」

「っ……! 景色が変わった……?」

「この力がカイトの言っていた奇術(トリック)か。本当に奇妙な力だな」

 

 大図書館が一瞬にして百合の花が咲き誇る花畑へと変わる。二人はケイゴの方へと身体の向きを固定したまま視線だけで周囲を一望し、クリスは二丁拳銃を、サラは鞘へと手を据えて臨戦態勢へと切り替えた。

 

「お前さん、上の階へ行く方法を知っているか?」

「当たり前だろ。知ってるに決まってる」

「素直に案内してくれる気は?」

「ないね。俺が君らを案内するのは──」

 

 花畑から飛び出すのは五体の黒い影。

 両腕は鋭利な鎌のような形状をし軽く一振りすれば百合の花弁が宙を舞った。そして黒い輪郭だけが浮き出る両脚で百合の茎を踏み折りながら前進を始め、

 

「──あの世だからな」

 

 地を蹴って二人へと距離を詰めてくる。サラは自ら五体の中央へと駆け出すと最も近い位置にいる黒い影に狙いを定め、

 

「そんなのお断り」

 

 目にも留まらぬ速度で抜刀し真横に斬り捨てた。黒い影は崩れ落ちるわけでもなく、粉のように飛び散るわけでもなく、その場で瞬間的に消えてしまう。サラは奇妙な消え方に表情をしかめながらも後方に控えるクリスへこう呼びかけた。

 

「私が前を張るわ」

「なら俺は援護に徹する。頼んだぞお前さん」

「あなたこそ頼んだわよ。誤射したら恨んでやるから──」

 

 二人の会話へ介入するように飛びかかるのはサラの東側に立つ黒い影。膝丈の位置を斬り捨てようと片腕を大きく振り上げ、サラとの距離を詰める。

 

「ああ、存分に恨め」

 

 瞬間、クリスがそう返答して二度引き金を引く。銃声と共に撃ち出された弾丸は両脚を撃ち抜いて黒い影の体勢をガクッと崩した。

 サラはその隙を狙い、軽くその場で飛び上がると百八十度逆さまの状態になる。そして黒い影の首目掛けて刀剣を振り抜き、風を切る刃が影の首筋に触れれば、先ほどと同じように瞬間的に黒い影は消えてしまう。

 

「へぇ、やるじゃないか。やっぱり異世界の住人は強いね」

「光栄なものね。偉大な(・・・)作家様に褒められて」

「ふっはは、余裕そうだけど……まだ始まったばかりだろ?」

 

 ケイゴがそう言いながら悪い笑みを浮かべる。すると地面から湧いて出てくるのは二体の黒い影。消された影を補うようにしてサラの周囲には再び五体の黒い影が立ちはだかった。

 

「……復活したわね」

「これはだりぃことになるぞ」

「なら今度は復活する前に全部始末するわ。私に合わせなさい」

「了解」

 

 クリスの返答を聞いたサラは大きく深呼吸をすると中腰の状態へ体勢を変える。黒い影たちが鎌のような両腕を振り上げ、百合の花弁と共に飛びかかろうとすれば、サラは五体の黒い影を順番に視線で追い、

 

「力で風は掴めず」

 

 動術の機動を例える言葉。

 その言葉をボソッと呟くと突風の如く黒い影の横を通り過ぎる。吹き荒れる風によって百合の花弁が北の方角へ吹き飛び、黒い影たちもサラの行方を見失ってしまった。

 

「掴めるもんなら掴んでみなさい」

 

 瞬間、一体目の黒い影の首が刎ねられる。何が起きたのかと脳が追いつく前に二体目は胸元に刀剣が貫通し、反撃をせねばと体勢を整える前に三体目の脳天に刀剣が真横に突き刺さった。

 

「なっんだそれ……?!」

 

 例えるなら突拍子もなく吹いた風に髪を撫でられるような光景。影と影の隙間を掻い潜り、風に吹かれた百合の花弁と共に黒い影を消滅させる。重力を感じさせない身のこなしにケイゴは目を丸くしてしまった。

 

(しかもあいつ、あの動きを目で追えてるのかよ……!?)  

 

 ケイゴは二丁拳銃を構えたクリスに対しても目を丸くする。

 何故ならクリスはサラの動きをしっかりと目で追い、黒い影の片脚を撃ち抜いて体勢を崩したり、サラが仕留め損ねた影にトドメを刺し、完璧な援護射撃を淡々とこなしていたのだ。

 

「ふっ、平和ボケした俺らがどんだけ弱くなってるか死ぬほど分かるなっ……」

 

 吸血鬼が存在しない世界との乖離。ケイゴは身体能力で差を見せつけられ鼻で笑うと頭部に人差し指を当て、何かに集中するように目を細めた。

 

「っ……!? もう復活した……!?」

 

 次々と地の底から蘇る黒い影。サラは一瞬だけ頬を引き攣ると流れるような動作で、黒い影が完全に蘇る前に連続して頭部を斬り落とす。

 

(この消え方、どうも引っ掛かるわね……)

 

 だが黒い影は息を()く間もなく地の底から這い出てくる。サラは何度か刀剣を振るいながら、残骸も散らばせることもなく一瞬で消滅する黒い影に深い疑念を抱き始めた。

 そしてこのまま続けても無駄だと結論に至り、クリスの立っている方角へやや前線を下げる。

 

「こんなの埒が明かないわ」

「そりゃそうだ」

「じゃあ、何をすればいいのか分かってるわよね?」

「ああ、こういうときは……」

 

 意図を汲み取らせないためのサラの目配せ。クリスは察したように強く頷くと二丁のうち片方の銃をケイゴへと向け、

 

「本体を殺れば大体解決する」

「はっ……!?」

 

 躊躇うことなく引き金を引いた。ケイゴはやや驚く様子を見せると険しい顔を浮かべ、黒い影を二体消し向かってくる弾丸を見えない壁で弾き飛ばす。

 

「ふ、ふふっ、そうだったな。この世界は人殺しても大事にならないんだった」

(今、影が消えた……?)

 

 冷や汗を掻いているケイゴ。サラは黒い影が消えたことに眉を顰めつつ一旦クリスの元まで飛び退き、焦燥感に駆られているケイゴの姿を見据える。

 

「お前さん、あいつの力について分かったことはあるか?」 

「……あの影を出せるのは最大五体。別の方へ注意を向かせると影の数を減らせる。分かったのはこの二つぐらいよ」

「影の消え方については?」

「今は引っ掛かってるだけよ」

 

 サラが自身の考えを述べるとクリスは二丁拳銃の弾倉を慣れた手つきで交換し、先ほど消えた二体の黒い影が蘇る光景を眺めた。

 

「なら情報量は(おおむ)ね俺と同じだ」

「概ねってことは……新情報に期待していいのかしら?」

 

 やや期待するようにクリスの横顔を見つめるサラ。クリスはしばし口を閉ざした後、二丁拳銃の銃口を下ろしてポツポツと自身の経験談を語り始める。

 

「前にアレクシアとカイトの護衛任務でシメナ海峡を渡ったことがある。その時、俺たちはだりぃことに眷属との面倒ごとに巻き込まれたんだが……この感覚は俺たちが遭遇した『異界の霧』に少し似ている」

「異界の霧?」

「外部との繋がりを遮断する妙な空間だ。ここはその空間に似ている気がしてな」

「似ている気がするって……感覚で話してるわけじゃないわよね?」

「いいや、全部俺の感覚だ」

 

 サラは呆れるように頬を引き攣ると握っていた刀剣を鞘へと一度納め、視線をケイゴの方へと移す。  

 

「じゃあ、あなたの感覚を信じるとして……その異界の霧はどう乗り越えたの?」

「東の方角へひたすら進んで乗り越えたが」

「はぁ? その情報、何の役にも立たないわよ……?」

「そうだな。だがまぁ、乗り越える為の決定打を見つければ形勢逆転ということになるだろ」

 

 サラはクリスと視線を交わした後、ため息をつきながら「それもそうね」と足元に咲いている百合の花を踏み、靴底と地面を擦らせる。

 

「ふっはは、君らもしかして……俺の奇術を探ろうとしてるのか?」

「そうね。種明かししてみない?」

「手の内を晒すわけないだろ。わざわざ能力を説明するやつなんて馬鹿か漫画の見過ぎだ。能力の説明したら大体負けるのがテンプレなんだよ」

 

 そう言いながら頭を人差し指で触れると険しい顔で集中するケイゴ。辺りは百合の花園から全く別の景色へと移り変わる。その見覚えのある景色にサラは目を見開く。

 

「ここって、ドレイク家の洋館……?」

「ドレイク家? お前さんが派遣任務で送られた場所か?」

「ええ、何もかもそのままの状態で……」

 

 サラが派遣任務で訪れたドレイク家の洋館。

 寄生植物に覆いつくされた大広間はサラが当時目にしたものと変わらず、その再現性の高さに呆気に取られてしまう。

 

「まだ驚くなよ。ここからが面白い展開になるんだ」

 

 二階への階段付近の手すりに立つケイゴ。更に険しい表情を浮かべて集中すれば、大広間の中央に少女の影が浮き出てくる。

 

「ワタシを殺して生き延びた~♪」

「この、歌声っ……」

「ワルイやつはどこのだれ~♪」

 

 目元が隠れた前髪に眼球のない顔。ボロボロのワンピースから覗かせるのは青白い肌。愉快な歌唱を耳にしたサラはすぐさま中腰の状態になると警戒態勢に入る。

 

「そう、今から死ぬオマエたち~♪」

「ラミアッ……!」

 

 三ノ眷属ラミア。

 アレクシアによって引導を渡されたはずの眷属。サラは驚きのあまり刀剣の柄を握る手に力が込められた。

 

「どうだ驚いただろ? これが神から与えられたギフトだ」

 

 更に圧を掛けるように巨大な花弁が洋館の地下から現れ少女の姿をしたラミアを包み込む。派遣任務の時と同じように花弁と融合をし、巨大で太い蔓を鞭のように暴れさせた。

 ケイゴはラミアの後方へと立ち、我が物顔で二人を見下ろす。

 

「相手が相手だ。二手に分かれるぞ。俺は東側へ、お前さんは西側に……」

「え、ええ、分かったわ」

「……? 大丈夫か?」

「ええ、大丈夫、大丈夫よ。二手に分かれればいいのね」

 

 言葉を詰まらせながら了承するサラ。クリスはその反応に眉を顰めたがサラはすぐに東側へと駆け出した。

 

「ギャハハッ、ドウシタんだァ!? マエよりもアシがオソクなってんじゃねぇかァ?!」

(落ち着いて、落ち着くのよ私……。前と同じ相手よ、あの時みたいに遅れは取らないわ)

 

 ラミアによる太い蔓の薙ぎ払い。サラはしかめっ面のまま跳躍して回避すると蔓の上に飛び乗る。本来であればそのまま仕掛けることはしないのだが、

 

「今度こそ私の手で仕留めてやるわ!」

「待てお前さんッ! そこは俺が援護できない位置だ!」

 

 クリスからの援護射撃が届かない位置関係のまま、サラは巨大な花弁まで抜刀の構えで突っ走る。ケイゴは狙い通りだと言わんばかりにニタッと微笑むと、

 

「クカカカッ」

「きゃあ"ぁッ……!?」

 

 寄生型の食屍鬼が横から飛びかかりサラへと抱き着く。四肢を植物の蔓で逃れられぬよう拘束し、壁際まで軽々と押し倒した。

 

「クカカカッ……!!」

「……ッ! このままだとまずッ──」

 

 サラの両肩を怪力で掴み、頭部を花弁のように四つに割る。目の当たりにするのは鋭い牙と付着した涎。サラは拘束を逃れようとすぐさま暴れたが、

 

「ブチッ、グチ"ュッ、ジュウジュウッ」

「がッはぁあ"ッ……!?! あ"ッくぅあ"ぁあ"ぁッ?!!」

「サラッ!!」

 

 花弁のような口が左肩から胸元を覆うようにして喰らい付く。寄生型の食屍鬼が吸血を始めると鮮血がサラの衣服を汚す。

 

「ごほッごほッ……こ、んのッ!! は、なれなさッ──ぐぅッううぅうッ!?」

 

 苦痛に表情を歪めながらサラは突き放そうと全身に力を込める。しかしまったく振りほどける気配がないまま、吐血を何度も繰り返す。

 

「待ってろ! 今向か──なッ?!」

「ギャハハッ、イカセルわけねぇだろうがァッ!!!」

「ちッ、だりぃことしてくれるなッ!」

 

 クリスはすぐさま駆け寄ろうとしたがラミアの太い蔓が暴れ周り、その場で足止めを食らってしまう。クリスは銃口をラミアへと向けて引き金を引こうとした瞬間、ふとあることに気が付く。

 

(あいつ本体を狙った時、黒い影が一時的だが消えた……。なら狙うべきは眷属でも食屍鬼でもない)

 

 クリスは大広間の隅々を一瞬で観察すると銃口を玄関側にある金色の装飾品へ向けて、息を止めてから発砲した。弾丸は金色の装飾品を反射し、天井にぶら下がったシャンデリアの付け根へ反射し、

 

「ひッ?! 射線切ってんのに何で弾が飛んでくるんだよ!?」

 

 跳弾となって身を潜めていたケイゴの横髪を掠る。ケイゴが思わず短い悲鳴を上げれば眷属のラミアとサラに襲い掛かっていた寄生型の食屍鬼が忽然と姿を消してしまった。

 クリスは「やっぱりか」と納得するようにして急いでサラの元まで駆け寄り、その場に片膝を突く。

 

「お前さん、大丈夫か?」

「げほッごほッ……しくじったわッ……」

「らしくない失態だ。次に活かすためにも今は喋るな」

「悪い、わねッ……ちょっと、無理かもッ……」

 

 口元から血を垂れ流して表情を歪めるサラ。クリスは自身が羽織っていた上着を脱ぐと破り捨て、出血個所を押さえ応急処置を始めた。その最中、クリスは階段のそばに立っているケイゴを見上げる。

 

「お前さんの奇術、集中力が切れると使い物にならないようだな」

「ふっ、ようやく気が付いたかよ?」

「それに出せる実体にも限界がある。影を五体出せたのに眷属を一体しか出せなかったのはそれが理由だろ」

「ふっははは、それはどうだろうな?」

 

 ケイゴは人差し指を頭に当てて集中すると辺りの景色を変化させた。その景色は迷現(めいげん)の狭間。かつてクリスがアレクシアたちと共に訪れた眷属スキュラと眷属カリブディスの住処だ。

 

「別に出そうと思えば出せる。でもこの空間は少し小さすぎるんだよ。まぁ眷属がデカすぎるとも言えるけどな」

「……スキュラ」

 

 ケイゴの前に生まれたのは眷属スキュラ。クリスはユラユラと漂う烏賊(イカ)の触手にかつての死闘が脳を過り表情を険しくさせる。

 

「あとそうだ。俺が眷属だけを出せると思っているのも大間違いだ」

 

 スキュラの隣に現れる一つの人影。浮かび上がるのは輪郭だけでなく青い髪とリンカーネーションの制服。そして青と赤のオッドアイの瞳を持つ、

 

「……お前さん、アレクシアまで生み出せるのか」

 

 アレクシア・バートリの姿。

 偽物だというのに本物と瓜二つの姿をしている。好奇心も興味も失せている冷めたアレクシアの顔。クリスはその再現性の高さに苦笑した。

  

「君らはモブなのによく頑張ったよ。頑張ったから『主人公のコピーに殺される』っていう結末を辿らせることにしよう」

「つまらない悲劇によくある結末だ」

 

 徐々に歩み寄ってくるアレクシア。クリスは二丁拳銃を握り直すとその場に立ち上がる。

 

「私は、もう助からないからッ……早く逃げ、なさいッ……」

「なら聞くがお前さん……。俺と立場が逆だったら素直に逃げるのか?」

「……」

「それが俺の答えだ」 

 

 向かってくるアレクシアが取り出すのは同様の二丁の銃。淡々とクリスに銃口を向ければ、幾度も引き金を引いた。クリスも対抗するように引き金を引く。

 

「お前さんとは一度撃ち合ってみたかったんだ」

 

 攻めと弾きによって互いの弾丸が擦れて火花が宙に散る。洞窟内の至る箇所に弾痕が増え続け、空の薬莢が乾いた音を立てて床に転がった。

 

「……」

(手を抜いているのか……?)

 

 横に移動しながら発砲を続ける偽物のアレクシア。攻めの姿勢が落ち着き始めたことに違和感を覚えつつも、時計回りになるようクリスもその場から歩き出す。

 

「──ッ!」

「げほっごほっ、私を狙って……?」

 

 その瞬間、アレクシアの銃口が即座にサラへと向いた。クリスは阻止しようとアレクシアへ全弾発砲したがすべて軽い身のこなしで避けられる。

 

「だりぃことしてくれるなお前さんは……!!」

 

 そう舌打ちをしながらクリスはサラの前まで駆け寄る。そして偽アレクシアに背を向けながらサラを庇い、

 

「うぐッ、ぐぁあッ……!?」

 

 撃ち出された弾丸を背中ですべて受け止めた。クリスは吐血をすると苦痛に顔を歪めて地面に両手を突く。

 

「あなた……なにやってッ……!?」

「はぁはぁッ……見れば分かるだろッ……」

「今の私なんて庇っても、なにもッ……」

「先に死なれる方が……気分悪い、から……なッ……」

 

 気を失ってサラにもたれかかるクリス。サラは血塗れのクリスを見てしばし硬直すると、歯軋りをしてからそばに落ちている刀剣を握りしめ、

 

「ほんっと最悪ッ……こんなことされたらッ、素直に死にきれないじゃないッ……」

 

 壁に手を突きながらフラフラとその場に立ち上がった。応急処置で塞がっていた傷口が開き、鮮血が身体を伝い地面を更に赤く汚す。

 

「生きてやるわよ──まだ、生きてやるわッ……!!」

 

 血反吐を吐きながら生きようとする意志。その意志に反応するように瞳へ栄光の煌めきが灯される。偽アレクシアは二丁拳銃の引き金を何度も引いてサラへと弾丸を撃ち出した。深手を負ったサラには避ける手立てはないはずだったが、

 

(なに、これ? 見えるものすべてが、遅くなって……?)

 

 世界が止まって見えるようになっていた。しかし弾丸はゆっくりと自分の元まで向かってきている。サラは理解が追いつかずそのまま硬直していると、

 

『良かったわね。あなたの中の生存本能(せいぞんほんのう)が開花して』

(えっ? 私の声……?)

 

 頭の中に自分自身の声が響いた。意識して発した言葉ではないためサラは動揺を隠せず、辺りを見渡してしまう。

  

『死を受け入れず、生へしがみつくために抗おうとする者へ与えられる力。それが生存本能』

(生存、本能?)

『トレヴァー家の血筋が開花させる生存本能。それは『半面(はんめん)世界(せかい)』よ。あなたの見ている世界はすべてゆっくりと動くようになる。ほら、弾も余裕で捉えきれるでしょ?』 

 

 サラは脳内に響く自身の声に驚きつつも自身の身体を軽く動かす。自分の身体の動きはゆっくりではなくいつも通りの感覚。

 

『サラ・トレヴァー、お姉ちゃんを越えてみせなさい』

 

 それだけ伝えると自分自身の声は消える。姉を越える。その目標を思い出したサラは怪我の痛みも忘れ、いつもの抜刀の構えの状態へと切り替え、

 

「──」

 

 無言で即座に駆け出した。

 偽アレクシアの弾丸をすべて斬り落とすか回避しコンマ一秒で距離を詰める。その姿はまさに冬を告げる木枯らし。

 

「……ッ」

「は? しゅ、主人公が押されてんのか!?」

 

 偽アレクシアを四方八方から刀剣で斬り刻む。掴めず捉えきれない速度。ケイゴはまずいと眷属の偽スキュラで援護をさせようとしたのだが、

 

「はっ、はっ!? い、いつのまにやられてっ……」

 

 既にスキュラは跡形もなく消えていた。目を離した隙に偽アレクシアですらも消され、ケイゴは新しく眷属を出現させようとしたのだが、

 

「──」

「わぎぁあぁああぁッ!?!」

 

 ケイゴの思考すらも超えた速度で距離を詰めて刀剣を振り上げる。ケイゴは頭を抱えて叫び声を上げ死を覚悟した。

 

 ドサッ──

 

「……? た、倒れたのか?」

 

 だがサラの肉体に限界が訪れるうつ伏せに倒れ気を失ってしまう。ケイゴは胸を撫で下ろしてその場に立ち上がると「ふははっ」と笑い声を漏らした。

 

「もう少しで死ぬところだったが……まぁこれで俺の勝ちは勝ちだ」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるケイゴ。

 彼は落ちていた刀剣を拾い上げ、その鋭利な矛先をサラの首筋に近づける。

 

「後はこいつらにトドメを刺せば……ん?」

 

 ケイゴが感じたのは微かな揺れ。地震でも起きたのかと辺りを見渡すが周囲はシンッと静まり返っている。

 

「……揺れたような気がしたけど気のせいか──うおわッ?!」

 

 静寂をかき消すのは辺りを揺らがす衝撃。岩石を砕く音が東側の壁から聞こえ、ケイゴは尻餅をつきつつその壁に視線を移した途端、

 

「四ノ戒──(せん)ノ加護」

 

 そんな詠唱が聞こえるとノック代わりだと言わんばかりに塔の壁が盛大に破壊される。立ち込める砂煙と共に向こう側に見えるのは青く澄んだ空と白い雲。

 

「充実した異世界ライフを送れたようで何よりですが──」

 

 そして階段があるかのように虚空を踏み台にして一段ずつ地上へ降りてくるのは、

 

「──死化粧(しにげしょう)は済みましたか異世界転生者(トリックスター)?」

 

 両脚に褐色の光を纏わせる四ノ戒ティア・トレヴァーだった。

 

 

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