ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:12『百鬼夜行』◎

 

 大穴が空いた塔の壁。

 そこから姿を見せたのは十戒の一人であるティア。虚空の階段を下りながらゆっくりと地上へ降臨すると狐の面越しにケイゴの顔を見つめる。

 

「君は、シメナ海峡で主人公と一緒に行動してた十戒か……?」

「主人公? ……ああ、なるほど。主人公というのはアレクシア・バートリのことですね」

 

 ケイゴにそう問われたティアは納得すると辺りを見渡し、血塗れで倒れているクリスとサラを視認する。特に長く見つめたのは倒れているサラ。狐の面で隠れた表情を一瞬だけしかめた後、ケイゴを静かに見据える。

 

「眷属カリブディスを倒した狐の女……。君、加護っていう力を持ってるんだろ?」

「博識ですね」

「ああそりゃあな。言っておくがどうやって知ったかを教えるつもりは──」

 

 そう言いかけた瞬間、ティアの姿が忽然と消えた。ケイゴはどこへ消えたのかと四方八方をキョロキョロと見渡し、すぐさま指を頭に触れて何かに集中する。

 

(十戒はただもんじゃない。けど俺の奇術なら勝ち目がある)

 

 待機していた偽スキュラは歌声を響かせ、イソギンチャクの見た目をした海洋型の食屍鬼を次々と生み出す。ケイゴは姿を消したティアに警戒しつつも自身に近寄れないよう、海洋型の食屍鬼を肉塊の壁として周囲に配置した。

 

「それが貴方の奇術(トリック)ですか」

 

 そう声を掛けたティアが立つのは水面から突き出た岩の上。ケイゴは即座に振り返って頬を引き攣りながらも余裕の態度を見せつける。

 

「ふっ、どうだ? 十戒だろうと俺の奇術には敵わないんじゃないか?」

「試したことがないので判断し兼ねますね」

「だったら試してみろよ」

「ええ、言われなくても」 

  

 返答すれば岩の上から飛び立つティア。同時に伸びてくるのは偽スキュラの烏賊(イカ)の触手や海洋型の食屍鬼の細長い触手。ティアは閃ノ加護の力で宙を鳥のように飛び交い、直角で曲がりながら触手をすべて交わし、ケイゴの元まで距離を詰め始める。

 

(本来なら塔ごと蹴り飛ばしたいところですが……。エレナたちがいる以上、手荒な真似はできませんね)

 

 手っ取り早いのは床を蹴り壊して瓦礫ごと生き埋めにする方法。しかし負傷したサラやクリス、他の階にいるキリサメやエレナのことを踏まえてそれはできない。ティアは力を最小限に抑えスキュラの真下まで迫ると、

 

「フフッ、アナタにワタクシを殺せるのかしら?」

「ええ、弱点の心臓が……人と対照の位置にあることを知っていますから」

 

 腰に携えていた鞘に左手を添え飛び上がりながら抜刀する。狙った位置は偽スキュラの右半身の胸元。研がれた刃が青白い肉体を斬り裂き心臓へ接触した瞬間、出血もせず瞬きをする間に偽スキュラは消えてしまった。

 

(しまった! こいつ、あの異世界転生者に弱点を教えてもらっていたのか……!)

 

 スキュラの弱点を知るのはキリサメ。

 どこかのタイミングでスキュラの弱点を教えられていたのだと悟ったケイゴは、軽く舌打ちすると海洋型の食屍鬼を操り、無数の触手でティアを捕縛しようと試みる。

 

「軽率では?」

「ぐぉわぁあぁああッ──?!!」

 

 焦燥感に駆られる様子もなく呟いた一言。

 その一言と共にティアは左脚を軸足にしその場で回し蹴りを放つ。加護によって強化された蹴りは風圧を風の刃へと変え、触手は木端微塵になる。その余韻は海洋型食屍鬼まで届き分厚い肉塊を大きく抉り取った。

 

「……あ、あれ? なんで俺は無事なんだよ?」

 

 しかしケイゴは強風に吹かれた程度で済みその場で立ち尽くす。無事だった我が身に一瞬だけ呆然としてしまったが、すぐに我に返ると指で頭に触れて集中した。

 

(ふ、ふっはは! そうか、加護は人間には効かないんだったな!)

 

 加護とは人間を守る為に神から与えられた力。よって異世界転生者であろうと加護で人間を傷つけたり深く干渉することはできない。ケイゴは加護の欠点を思い出すと不敵な笑みを浮かべ、

 

「どうした? 加護で俺を殺してみろよ!」

 

 挑発をすると景色を実習訓練の現場となったAstra(アストラ)の森林へ変化させる。現れるのは三つの頭を持つ眷属ケルベロス。吐息の代わりに獄炎を口元から漏らしながら耳を劈くほどの咆哮を上げた。

 

「我を殺せるか、狐の女」

「命を投げうるか、狐の女」

「諦めるといい、狐の女」

「……今度はやかましい犬ですか」

 

 木々を踏み倒しながら突進してくるケルベロス。ティアは迎え撃とうとその場で駆け出し杭のホルスターへ右手で触れる。一本だけ取り出すのは煙水晶の杭。

 

「なッ、我の頭を踏み台に……!?」

「ええ、先に摘むべきは──」

 

 距離が残り一メートル程になるとケルベロスは鋭利な牙で噛みつこうとした。だがティアは握っていた煙水晶の杭を真上へ放り投げた後、身軽な動作でその場で回避する。そしてケルベロスの頭を踏み台にし、

 

「──貴方の飼い主なので」

 

 落下してくる煙水晶の杭を宙で蹴り抜いた。杭は加護の力によって目にも留まらぬ速度でケイゴに真っ直ぐ飛んでいく。ケイゴもその杭を反射的に捉え切ることができず、すぐ目前まで鋭利な先端が迫ったのだが、

 

 キィンッ──

 

 容易く弾き返されてしまった。薄っすらとケイゴの周囲に浮かび上がるのは六角形が繋ぎ合わされた円形の障壁。ティアは狐の面越しで疑心の目を向けてからケイゴへ一瞬で詰め寄ると、彼方で斬りかかり猛攻を始めた。

 

「ふっ、無駄だ無駄! 加護がない十戒なんてちょっとした強キャラなだけだろ!」 

 

 しかし刀は円形の障壁に掠れ金属音と火花を散らすだけ。刃が通らない障壁にティアは空いている手で障壁を確認するようになぞると後方へと距離を置いた。

 

「隙だらけだぞ、狐の女」

「我らを軽んじているのか、狐の女」

「踏み潰してやるぞ、狐の女」

「踏み潰す、ですか」

 

 死角から獄炎を纏わせた前脚を振り上げるケルベロス。そのまま踏み潰そうと地を揺らがせながら思い切り振り下ろしたが、

 

「威勢はありますが──」

 

 その場で後ろ蹴りを繰り出しケルベロスの前脚を弾き飛ばすと、蹴りの勢いのまま宙で後方へ回転をし、横に並んだ三つの頭を冷徹な瞳で見つめ、

 

「──見合う実力が足りませんね」

 

 逆さまのまま三つの頭を蹴り払った。加護が通じる状態の凄まじい蹴りは三つの頭だけでなく、ケルベロスの上半身を丸ごと削り取り一瞬でその姿を消滅させる。

 ティアは何事も無かったかのように可憐に着地するとケイゴの顔を静かに見据えた。

 

(こいつ、何なんだよ?! 偽物だとしても相手は眷属なんだぞ!? それを一瞬でやれるなんて……!)

 

 ケイゴは一撃で葬られたケルベロスに表情を強張らせ、自身の頭部を指で触れて集中する顔つきを見せる。すると今度は景色が宮殿の内部へと形を変えていく。緑のカーペットが中央に敷かれ、大型の窓から差し込む緑色の光源が宮殿内を照らす。

 窓に描かれるのは蛇が波状運動をする模様。

 

(だったら能力系の眷属を使うしかない。この眷属ならあいつは何の情報も知らないはずだ)

 

 宮殿の奥側に置かれた玉座。背後の壁に飾られた古時計や懐中時計が秒針を刻み続ける。その玉座に座るのは二匹の影。

 

「見てヨ、ネエ様! アンナところにキツネがいる!」

「クックククッ、そうねエウリュアレ。……ねぇ世間知らずの狐ちゃん、アタクシたちのエサになりたいの?」

 

 玉座で不敵な笑みを浮かべる長女のステンノ。蜷局を巻いた下半身をうねうね動かす次女のエウリュアレ。雪月花の領土でアレクシアたちが交戦した二ノ眷属たち。

 

「ボクがソノお面ごとマル呑みにしてあげるヨッ!」

 

 六本の腕で握った大剣を構え凄まじい速度で迫りくるエウリュアレ。ティアは口を閉ざしたままエウリュアレの懐に潜り込み、加護の力で強化された蹴りを繰り出そうとしたが、

 

「これは──」

「ハハッ、スキだらけだネ!」

 

 身体の動きが急に鈍くなったことで蹴りは届かない。代わりにエウリュアレが三本腕に握りしめた大剣を薙ぎ払う。ティアは刀で流し受けを試みたが怪力による一打は流し切れず、壁際まで弾丸のように吹き飛ばされた。

 

「よぉし、今のは効いただろ!」

 

 ガッツポーズをするケイゴと辺りに立ち込める砂煙。壁の表面がボロボロと剥がれる音だけが響く。あわよくば今ので死んでいる。そんな淡い期待を抱くケイゴだったが、

 

「喜ぶのはまだ早いかと」

 

 砂煙が一瞬にして蹴り払われる。

 視界が開ければ身に纏う着物だけが汚れた状態で何食わぬ顔のまま立つティア。刀は折れていたが負傷した様子は一切ない。

 

「はぁ!? 何で今ので無事なんだよ!?」

「受動を使ったまでです」

「受動だって?」

「ええ、完璧に習得し切れていませんが……あの程度なら半人前でも無傷で済みます」

 

 レインズ家の動術である受動。

 受動は肉体で受け止めた力を自身の筋力の原動にする。習得すれば肉体の硬度を高められ、鋼鉄のような肉体に変えることもできる。ティアはエウリュアレの大剣を受け止めた瞬間、受動で肉体の硬度を上げて負傷を免れたのだ。

 

(……やはりソニアやルーナには劣りますね)

 

 背中に伝わる痺れ。

 ティアは平然とした様子で立っていたが実際は衝撃によって微かに背中が麻痺していた。彼女は脳内でソニアとルーナの姿を思い浮かべると左脚を一歩だけ前に踏み出す。

 

異世界転生者(トリックスター)、貴方も浅はかですね」

「は、はぁ? 何が浅はかだって……?」

「最初にステンノやエウリュアレを呼び出し──」

 

 下げていた右脚を一回転、二回転とその場で回転させるティア。強風は上昇気流となり、周囲にある燭台やカーペットを吸い込み、巨大な竜巻へと変わり果てる。 

 

「──メデューサを呼ばなかった判断が」

「お、おいマジかよ……!! 無茶苦茶すぎるだろッ!?」

 

 その巨大な竜巻は徐々にケイゴの方へ向かっていく。ステンノは緑色の炎球を幾度も放って対抗するがまるで歯が立たない。そしてあっという間にエウリュアレを呑み込み、ステンノを呑み込み、飾られた時計もすべてを呑み込んだ。

 ケイゴは障壁によって身を守られているため巻き込まれることはない。しかし視界に映るのは土埃と共に吹き荒れる竜巻だけだった。

 

「……貴方の奇術(トリック)はこの程度ですか?」

「──ッ!」

 

 ピタッと竜巻が消えればケイゴの背後に立つのはティア。障壁に右手を突いてケイゴに向けて小首を傾げる。

 

「ふ、ふっはは、そんなわけないだろ! 俺の奇術はまだまだ隠された力が……!」

「隠された力ですか。『脳内模擬(のうないもぎ)』という奇術を過信しすぎなのでは?」

「は、はぁッ!? な、何で君が俺の奇術を知って……?!」

 

 見破れたことに対して驚きを隠せず後退りをするケイゴ。ティアは逃さないと言わんばかりに一歩だけ踏み出し、障壁へ顔に付けた狐の面を近づける。

 

「この場所は貴方の脳内で記憶が反映される空間。踏まえて想像したものを具現化できる。それが『脳内模擬』ですね」

「は、はは! それが分かったところで何になるんだ──」

「しかし集中力が途切れれば具現化したものは消えてしまう。この空間に見合わない巨大な眷属は呼び出せない。常に想像を続けられる数には限りがある。欠点も致命的ですね」

「い、いや、そんな欠点、あるはずないだろ……!!」

 

 ケイゴはやや動揺するように視線を他所へ逸らす。ティアは障壁に突いていた右手を下ろすとしばし無言のまま視線を逸らすケイゴを見つめ、

 

「作家らしい奇術……いえ、売れない(・・・・)作家に相応しい奇術ですね」

「……は?」

「十中八九、その奇術は書いた小説に採用した能力。詳細を言えば打ち切りになった作品に出していた能力でしょう。……違いますか?」

 

 嘲笑うように挑発する。

 ケイゴはピクッと眉間を動かした後、ティアを軽く睨みつけた。

 

「今、売れない作家って言ったのか……?」

「ええ、言いましたが」

「売れない作家? 違う、違う、俺は俺はッ……!」

 

 怒声を上げて頭部を指で触れるケイゴ。ティアは即座にケイゴから距離を置くと変化していく景色を見渡す。

 

「俺は──売れない作家じゃねぇんだよぉおおぉッ!!」

 

 移り変わるのは大図書館。

 ケイゴは歯軋りの音を立てて呼び出すのは黒髪の青年。赤と黒が基調のロングコートを身に纏い、どこか気怠な表情をしている姿はケイゴの面影を感じさせる。

 

「君を完膚なきまでに叩きのめしてやるよ! 俺が考えたチート級の主人公Laurus(ラウルス)でな!」

「そうですか。優秀な主人公と自分の面影を重ねてもより一層惨めになるだけですよ──」

 

 そう言いかけた途端、瞬きする間もなく死角へ回り込むラウルス。ティアはしゃがみ込んで回避するとラウルスが握っていた紅の片手剣が頭上を斬り裂き、天井まで届く本棚を真っ二つに両断してしまう。

 

「ふっはは、ラウルスは異世界転生する前は剣道部。全国大会で優勝できるほど腕がいいっていう設定だ。そいつが死んで異世界転生したら……剣の神フレイにギフトとして『勝利の剣』っていうチート武器を授かった」

「聞いていません」

「そんで異世界にやってきたラウルスの目的はただ一つ。剣の道を(きわ)めること。だから旅をしながらエルフや貴族の女の子を仲間にして、異世界にいる強いやつらと戦っていく灰ファンタジーだ」

「よく喋りますね」

 

 空中で一進一退の攻防を繰り返すティアと創造物のラウルス。チート級の主人公と称しただけあり、剣筋はまさに剣神の領域。更に言えばラウルスの種族は人間。ティアが持つ加護の力が通じない。

 

「こんな面白いラノベがどうなったと思う? 打ち切りだ、打ち切りになったんだよッ!! 俺に付いた編集の女のせいでなッ!!」

「そうですか」

「名取文庫のあの女、俺のプロットにつまんねぇダメ出しばっかしてきやがってッ! どれもこれも面白さに欠けるダメ出しばっかで聞いてられなかったッ!!」

 

 愚痴をこぼしているケイゴ。防戦一方のティアはラウルスから距離を置きながらケイゴへこう尋ねる。

 

「貴方はそのダメ出しを受け入れましたか?」

「つまんねぇダメ出しを受け入れるわけねぇだろ! 改稿せずに強引に通してやった!」

「通した結果、打ち切りになったと?」

「ああそうだよ、打ち切りになったのはあの女が広報をしくじったからに違いないッ! 一度目も二度目も担当はあの女だったからな!」

 

 ケイゴは強い確信を持って自身の編集者の責任だと声を荒げる。その声に耳を傾けながらティアは頭上から斬りかかるラウルスを半身で回避しようとした。

 

(下から……?)

 

 だが頭上にいたはずのラウルスとは別のラウルスが下から現れると、斬り上げた剣先が狐の面に掠れて着物がやや斬り裂かれてしまう。

 

「──ッ」

「ラウルスが愛用する勝利の剣はあらゆる負け筋を斬れる。だから負け筋を斬り損ねない限り、絶対に負けないぜ」

 

 もう一体、更にもう一体とラウルスが現れる。残像なのか分身なのか判断がつかないティアは全ての剣筋を寸前で回避し続けたが、死角から放たれた紅色の斬撃に衝突し、本棚を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされてしまう。

 

「ふっはは、あの世で見てろ十戒。俺は次こそアニメ化まで持っていって見せる。女主人公のアレクシアを題材にしたダークファンタジーで……有名作家になってやるよ」

 

 勝利を確信したようにそう吐き捨てるケイゴ。倒れた棚から本がバサバサッと落下していく光景の中、うつ伏せに倒れていたティアは、

 

「残念ですがそれは叶いません」

 

 ゆっくりと立ち上がってその場で振り向いた。狐の面は縦に半分だけ斬られ、左半分だけ覗かせる素顔はまさに大和撫子を象徴する顔つき。

 

「何故なら貴方はここで摘まれるので」

「ふっ、強がってるのか? 加護がなかったらラウルスに勝てないし俺に触ることもできないぜ?」

「なら加護以外ではどうでしょう?」

「は? 加護以外……?」

 

 右腕を横に伸ばし左手の人差し指と中指を立てて口元まで寄せる。辺りを浸食するのは闇。外から差し込む日の光を吸収し、ティアの周囲を黒と紫が混ざり合った(もや)が取り囲む。

 

「天に昇るは空亡(そらなき)。地より甦るは常闇」

 

 浮かび上がるのは大図書館の天井を埋め尽くすほど巨大な闇の球体。自らを太陽だと主張するように光ではなく闇を地上へ浴びせ、

 

「宴を始めよ──百鬼夜行(ひゃっきやこう)

 

 あらゆる闇から出でるは妖。

 天狗は闇の球体から降臨し河童は地上の闇から這いずり出れば、鬼は異界への門を通り抜けるように闇に浸食された壁から現れる。どの妖も紅色の眼球をギョロギョロと動かしすぐにケイゴたちへ標的を定めた。

 

「遠慮はいりません。すべて呑み込みなさい」

 

 最後に姿を現すのは三体の大妖怪。

 十五メートルという体格を持つ赤・黒・白・黄・青の五色が混ざった鬼の酒呑童子(しゅてんどうじ)。三メートルほどの体格に黒く荒んだ肌を持つ鬼の大嶽丸(おおたけまる)。天下一の美貌と金色の尻尾を持つ九尾の玉藻前(たまもまえ)

 ティアの言葉に軽く頷いた後、横並びで立ちケイゴに向けて進軍する。

 

(あ、歩いた箇所が浸食してきているのか……!? こ、このまま近づかれたらやばい……!)

 

 妖が一度でも触れた個所は闇に浸食されそこから新たな妖が生まれ始める。ケイゴはすぐさま待機させてるラウルスを見ると、

 

「ラ、ラウルス、あの化け物たちを全部やっちまえッ!!」

 

 妖の進軍を止める為に攻撃を仕掛けさせた。勝利の剣はその負け筋をすべて斬り捨てる力を持つ。負けるはずがない。そう確信してケイゴは妖へとラウルスを突撃させたのだが、

 

 バキッ──

 

「……は?」

 

 酒呑童子(しゅてんどうじ)は勝利の剣を片手で難なく受け止めると軽く握りしめ粉々に砕いてしまう。ケイゴが呆気に取られていればラウルスは大嶽丸(おおたけまる)の太刀で真っ二つにされて消失する。

 

「貴方にとってチート級というのは……随分と敷居が低いようですね」

「く、くそぉッ! だったらこれでどうだ?!」

 

 煽られたケイゴは次々と自身が考えたキャラクターを具現化し妖の群れに突撃させた。水属性の術を詠唱する魔法使い。光の剣を振りかざす勇者。様々なキャラクターを具現化させたのだが、

 

「くそッ、くそッ、くっそぉおおぉぉおぉおッ!!!」

 

 傷一つ与えられない。

 妖に始末され続けあっという間にケイゴの前まで迫りくる。 

 

「来るなッ、来るなぁあぁあぁぁあぁあぁあッ!!!」

 

 背を向けて逃げ出そうとするケイゴ。だがしかし逃げた先は既に天狗が先回りしており、完全に闇が浸食している状態だった。

 

「な、何で俺のチートキャラがこんな化け物なんかに負けて……!」

「そうですね……。貴方は空亡(そらなき)という言葉を知っていますか?」

「は? そ、空亡?」

四柱推命(しちゅうすいめい)という占いに使われる言葉です。細かく言えば時期を表す言葉なのですが……空亡と呼ばれる時期が意味するのは『プラスもマイナスもすべてがゼロになる』こと」

 

 妖に取り囲まれるケイゴの元まで歩み寄るティア。集中して創造物を具現化しようともすべて消されるだけ。ケイゴは焦燥感に駆られた表情でティアを見る。

 

「まさか……!」

「ええ、そのまさかです。貴方も私もお互いゼロの状態になります。つまりそれが表すのは……身の丈に合う『素の能力』で渡り合う必要があるということです」

「そんなのチートだろ……!!」

 

 絶望するケイゴ。ティアは表情一つ変えず着物の汚れを払うとあることを思い出したかのように視線を右上に逸らす。

 

「そういえば……貴方は先ほど話していた編集者からこう言われませんでしたか? 『読者は貴方のような作家ではなくただの素人たち』だと」

「え? あ、あぁ、言われた気がする」

「では『貴方が面白いと思うものではなく世間が面白いと思うものを書きなさい』という助言は覚えていますか?」

「ああ覚えてるけど……というか待ってくれ、何で君が打ち合わせの内容を知って──」

 

 そう言いかけた時、半分だけ付けていた狐の面を外す。そして障壁の向こうにいるケイゴへ穏やかな表情でこう問いかけた。

 

「その編集者は──月峰(つきみね)琴弓(ことみ)という人物でしたか?」

「はッ!? お前、まさかッ……!!」

 

 ガシッ──

 

「う、うわぁあぁああぁッ!?! 離せ、離せぇえぇえッ!!」

 

 浸食している部分を踏むと闇から出でる手に右脚を掴まれる。障壁は何の意味も為さず、底なし沼のように脚が沈んでいく。もがいても闇から光へ辿り着くことはない。

 

「例えるなら作家は原液で編集者は水です。なので編集者の務めは原液を水で薄めて、読者向けに飲みやすくすることでしたが……」

「たすけッ、助けてくれぇえぇッ!!」

「貴方は編集者の言葉も受け入れず、ただただ自分の為だけに書き続けましたね」

 

 ケイゴの全身を闇から出でる無数の手が掴む。膝丈から股関節まで、股関節から脇腹まで、徐々にズブズブと闇へと沈んでいく。その光景をティアは見下し眺めるだけ。そしていずれ首元まで沈み切ってしまい、

 

「ゆ、許してくれッ……こ、今度はちゃんとダメ出しも受け入れる……!! だからもう一度チャンスを──」

「いえ、残念ですが今回の作品も……」

 

 最期にケイゴの顔へと右足を乗せて鼻と口元へ靴底をめり込ませると、

 

「また打ち切りです──辛味シロップ先生」

「い"や"だあ"ぁあ"ぁあ"ぁぁぁあ"ぁぁあ"ッ……!!」

 

 わざとらしい愛想笑いを見せた後、押し込むようにしてケイゴを深淵へと完全に沈ませた。大図書館の景色は消え失せ、ただのコンクリートの壁と床に成り果てる。

 ティアは全てが終わったことを確認し奇術を解除すると、妖も天井を覆っていた空亡も元々いなかったかのように忽然と消え去る。

 

「やはり売れない作家というのは……なるべくして売れないようですね」

 

 倒れているクリスとサラ。

 ティアは独り言をボソッと呟くと二人の容態を確認する為にその場から歩き出した。

 




ティア・トレヴァー

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