場所はグローリアのサウスアガペー。
アレクシアとキリサメの実家へ駆け込むのは少女ウェンディ。スマートフォンを片手に握りしめて里親のシーラの元へと駆け寄る。
「はぁはぁ、シーラ様……!」
「ウェンディちゃん……? どうしたのそんなに急いで……」
「これを、これを見てください!」
差し出すスマホの画面に映るのは死んだはずのキリサメの姿。シーラは席から立ち上がると目を見開いてウェンディが持っていたスマホを覗き込む。
「この箱に映ってるもの……今どこかから流してるみたいなんです! だから、あの、キリサメ様は生きて……!」
「カイトくん……良かったわ、あの話は嘘じゃなかったのね」
「へ? シーラ様、キリサメ様が生きていたことを知っていたんですか?」
「ええそうよ、偉い人から教えてもらっていたの~」
キョトンした様子のウェンディに穏やかな笑みを浮かべるシーラ。そう微笑まれたウェンディはスマホに映るキリサメをじっと眺める。その表情に不安が募るのを汲み取ったシーラはウェンディの頭へ優しく手を乗せた。
「ウェンディちゃん、不安?」
「はい、アレクシアさんもキリサメ様も……帰ってこないんじゃないかって思うと……」
「ふふっ、大丈夫よ。アレクシアちゃんもカイトくんも絶対に帰ってくるわ。だから今は信じてあげて」
ウェンディは優しく諭されるとこくんっと頷く。シーラは微笑みつつも扉の向こうから足音と人の声が近づいてきたため顔を上げ、付けていたエプロンを外して机に上に置いた。
コンッコンッ──
「あらあら、誰か来たみたいね~」
シーラは小走りで玄関まで向かうと「は~い」と警戒も無しに扉を開く。向こう側に立っていたのは白いローブを纏い、深くフード被った三人の男。彷彿とさせるのは何かしらの宗教団体に所属する信徒。
「こちらはシーラ・ブレイズ様のご自宅で間違いないでしょうか?」
「ええそうよ~」
「では貴方様がシーラ・ブレイズ様ご本人?」
「はい、私がシーラ・ブレイズ本人──」
代表して挨拶を交わしてくる中央の男。シーラは愛想よく対応をして自身が本人だと名乗った瞬間、
「きゃあっ?!」
「シーラ様っ……!」
家の中へと押し込まれるようにして勢いよく突き飛ばされる。シーラが尻餅をつけば他の信徒が扉に掛けると外から見えないよう窓のカーテンを閉めた。
「丁度いい。ウェンディ・フローレンスも一緒だったか。お前たち、まとめて始末しろ」
他の二人へ命令を下す中央の信徒。
懐から取り出すのはやや刀身が湾曲した鋭利なナイフ。シーラは急いで立ち上がるとウェンディを抱えて二階へと駆け上がる。
「ふん、二階に逃げても無駄だ。既に俺たちの仲間が待機して──」
「仲間って、コレのこと……?」
言葉を遮るのは二階から聞こえてくる物静かな女性の声。ウェンディでもシーラでもないその声と共に、気を失った二人の信徒が階段を転げ落ちてくる。
目を丸くする信徒を他所に一段ずつやや大きめの足音を立てて姿を現したのは、
「ルーナ・レインズだと……!? 何故ここに……!?」
「……それはこっちの台詞」
八ノ戒ルーナ・レインズ。
氷のように凍てついた表情をし足元に転がっている信徒の上を歩きながら、三人の信徒の前へ距離を詰めていく。
「ど、どうしますか!? 流石に十戒相手には……」
「臆するなお前たち! これはオルフェン様が与えてくださった命令だ! 絶対に達成しなければならない!」
「ああそうだよな。すべてはオルフェン様の為だッ!」
ナイフを構えた信徒二人が一斉に襲い掛かる。ルーナは表情一つ変えずナイフの鋭利な先へ両腕を敢えて差し出し、
「なッ、刺さらない……!?」
何食わぬ顔で受け止めた。
ナイフの刃もほんの一ミリほどしか通さない。合金のような両腕の頑丈さにナイフの刀身へ亀裂が走る。ルーナはそのまま両腕を振り抜きナイフの刀身を粉々に破壊すると、
「ふッぐぉッ!?!」
「うぐッ!?」
左右に立っていた二人の信徒の首を締め上げていく。ルーナが伸ばした両腕をゆっくりと下ろし始めれば二人の信徒も両膝を突かざるを得ない。
「くそッ、この化け物がッ……!!」
残された信徒は腰に携えていた両刃の剣を引き抜き、そんな台詞を吐き捨ててルーナへと斬りかかる。両刃の剣はルーナの左肩から右脇腹を目掛けて振り下ろされ──
「っ……!!」
──なかった。
何故ならルーナは両刃の剣を口で受け止めていたからだ。信徒は剣を上下左右に動かして抜こうとするが微動だにしない。その間、首を締め上げられた二人の信徒はとっくに気絶しており、
バリンッ──
両刃の剣もクッキーを砕くような感覚で粉々にされる。折れた剣を握りしめて恐れおののく信徒。ルーナは首を掴んでいた信徒を雑に捨てるとたった一言だけ、
「……酷いこと言ったら『めっ』」
「がッアァはッ……!?」
そう呟いて鳩尾に渾身の右拳を叩き込んだ。
うつ伏せに倒れた信徒は白目を剥いて泡を吹く。訪れるのはしばしの静寂。シーラはすべてが片付いたと察したようでゆっくりと二階から降りてくる。
「ルーナちゃん、大丈夫かしら~?」
「平気」
「おかげで助かったわ~。まさかエリザちゃんの言った通りになるなんて~」
「……オルフェンは卑怯だから。エリザもこうなるのは何となく分かっていたんだと思う」
ルーナにシーラの護衛を任せたのはエリザ・アークライト。彼女はオルフェンが神命裁判で障害となる者を排除しようとするだろうと予測していた。その為、神命裁判が決定した時点でルーナをシーラの二階に待機させていたのだ。
ドンッドンッ──
「すみませーん! シーラさんいますかー?」
やや強めのノック音と明るい青年の声。
ルーナはギョッとするとすぐさま倒れている使徒を三人担いでお手洗いへ押し込み、散らばった剣の破片やらを掃除し始める。
「ど、どうしよう……」
「ルーナちゃん? どうして焦ってるの?」
「……エ、エリザに言われた。神命裁判の証人と接触しちゃダメって」
大雑把に掃除すると今度は自分がどこに行こうかあたふたし、居間の東側に置かれた二枚扉の収納棚を見つけ身を隠すために飛び込む。
「あれ、もしかして留守なのか?」
「ん~、確かに窓から中も見えないよね~」
「……! は、は~い! 今行くわね~!」
「ふむ、どうやら留守ではないようだね」
ルーナが収納棚の扉を閉めたのを確認すると駆け足で玄関まで向かう。そして扉を開くとそこに立っていたのは三人の青年。
「訪問失礼する。こちらはカイト・キリサメとアレクシア・バートリのご自宅で間違いないだろうか?」
「ええそうよ~。あなたたちは~?」
「私はセバス・アーヴィン。アレクシア・バートリとカイト・キリサメの知人です」
セバス・アーヴィン、イアン・アルフォード、ロイ・プレンダーの三人。アレクシアの無罪を証明するための神命裁判の証人たち。
「俺はイアン・アルフォード! カイトとは友達で……アレクシアとは孤児院からの幼馴染だぜ!」
「はいはーい、ロイ・プレンダーで~す。カイトくんとは親友でサディちゃんは大切な恋人──」
「彼はアレクシア・バートリと同じDクラスに所属していた同期です」
「あらあら、二人のお友達なのね~! 是非ともうちに上がってって~!」
ロイの言葉を平然と遮るセバス。キリサメとアレクシアの友人が顔を出してくれたことにシーラはやや喜びの笑みを浮かべると家へと招き入れる。
「ウェンディちゃん~! 紅茶を淹れてあげて~!」
「は、は~い!」
二階へそう呼びかけるとウェンディが恐る恐る一階へと降りてきた。そしてセバスの顔を見ると「あっ」と少しだけ驚くような素振りを見せる。
「あなたは……」
「久方ぶりだ、ウェンディ・フローレンス。新たな母君の元で幸福な日々を歩めているのかね?」
「は、はい! あの時はありがとうございました!」
「……私はあの場で無力だったのだよ。この結果に導いたのはアレクシア・バートリやシビル・アストレアのような勇気ある者たちだろう。その過程から私への謝意は必要ないと結論付けよう」
セバスはバツが悪そうに返答しシーラに促されるがまま居間の食卓へ腰を下ろす。ウェンディは無言のまま俯くと深くお辞儀をしてからキッチンへと駆けていった。
「……んん? ロイ、さっきからどこ見てるんだよ?」
「あの収納棚だよ~」
「そんなに気になるのか?」
「ん~、ちょっとだけね~」
不思議そうに尋ねるイアンとルーナが隠れた収納棚を見つめるロイ。シーラは交互に二人の顔を見てから、
「た、ただの棚よ~! それよりも早く座りましょ~!」
「でも気になっちゃうんだよね~」
イアンとロイの肩に手を置いて半ば強引に座らせる。しかし未だ疑念を抱いているロイは立ち上がると収納棚の前まで歩み寄った。
「ロイ・プレンダー、許可も無しに宅内を徘徊するのは失礼なのだよ」
「だって今からする話って誰かに聞かれたらヤバイんでしょ~? あのお爺ちゃんが刺客を潜り込ませててもおかしくないし、しっかり安全確認しないとね~!」
「……母君、私たち以外の客人を最近招いたことは?」
「ないわよ~。客人なんて滅多に来ないもの~」
冷や汗を掻きながらもなんとかいつもの調子を保つシーラ。セバスが「もういいだろう」という視線を送られたロイは少しだけ考える素振りを見せると、
「えいっ」
「あっ!」
「……母君?」
「朝食のジャムを買い忘れちゃったわ~。また買い物に出かけないと~」
収納棚の取っ手に触れる。
シーラは反射的に声を漏らし立ち上がった。騙し騙しな反応を示したことでセバスとイアンは視線をシーラから収納棚へ向ける。
「ごめんね叔母さん~! ちょっと中見せてもらうだけだから~!」
取っ手を引いて収納棚を開こうと試みるロイ。一度、二度、三度と腕に力を込めて二枚扉を引いたのだが、収納棚の扉が開く気配は全くない。
「んっ、んんん~? あ、開かない……?」
「何やってんだよロイ。そんなわけないだろ」
「い、いや、どうやっても開かないと思うんだけど~?」
「代われって! 俺が開けてやるよ!」
次の挑戦者はイアン。
取っ手を力強く掴むと全身に力を入れ踏ん張りながら収納棚を開こうとする。だがやはり二枚扉は隙間すら見せない。
「ほら開かないでしょ~?」
「くッ、こんのぉおぉおっ! ……はぁはぁっ、ぜんっぜんダメだ!」
「何をやっているのかね。二人して棚一つも開けないのか?」
「じゃあやってみろよセバス。ビクともしないから」
セバスはため息をついて立ち上がると二人に挟まれる形で収納棚の前まで移動する。同じように取っ手を掴んでからロイとイアンの顔を交互に見て、
「いいかね? 開かない収納棚は反り曲がった形……要するに
「「へー」」
「踏まえてただ引っ張るだけでは開かない。開きたければ取っ手を持ち上げながら引くのが効果的だ」
雑な返事をするイアンとロイ。
セバスは二人に説明をしつつ取っ手を軽く持ち上げて一気に引っ張った。……が、やはり収納棚が開く様子はない。イアンとロイがセバスへ送るのは冷ややかな眼差し。
「「……」」
「過程を誤っていただけだ。過程を変えれば結果も変わるのだよ」
その眼差しを感じ取ってか引っ張る角度を変えたり、ガチャガチャと二枚扉を小刻みに引いたりし始める。
「そんで、結果はどーだセバス?」
「何と強固な
「……お前が一番ガチじゃん」
本気になっているセバスを苦笑するイアン。
ロイは腕を組んで開ける方法を考えている最中、青色の髪が隙間からはみ出していることに気が付くと何やら作戦を閃き、二人に小声で説明を始めた。
「それ、上手くいくのか……?」
「多分ね~」
「試してみる価値はあるだろう」
セバスとイアンは作戦を伝えられると玄関までわざとらしく足音を立てて移動し、ロイは息を潜めて収納棚の前で待機する。
「あっ、もうこんな時間だなー! そろそろ帰らせてもらいまーす!」
「へっ? あ、あらそうなの~?」
「母君は朝食のジャムを買い忘れたと先ほど述べていたはず。この過程から長居するのは母君に迷惑をかけると結論付けた」
わざとらしく大声で帰宅を示唆して玄関の扉を勢いよく開く。三人は数秒ほど沈黙すると開いた扉をその場で勢いよく閉めた。訪れるのは誰の声もしない静寂。その隙を狙ってロイは即座に収納棚の二枚扉を開こうとすれば、
「はいっ──えっ?」
「はれっ?」
先ほどと打って変わって簡単に開いた。
収納棚には膝を抱えて座っているルーナ。開いた喜びよりもルーナが隠れていることへの驚きが勝ったロイは頬を引き攣る。対してルーナもまだロイたちが帰っていないことに驚きを隠せず腑抜けた声を漏らした。
「……もしかしてお姉さん、十戒の──」
「人違い。十戒ってなに?」
「えぇ~……?」
ロイがそう言いかけるとルーナは言葉を遮り、静かに収納棚から降りて無言で二階への階段へ歩き出す。
「青い髪、白い制服、
「誰それ? 私、知らない」
張り詰めた顔で振り返り早口でそう答えるルーナ。凄まじい顔で返答されたセバスは呆気に取られた様子で言葉を詰まらせる。勿論ルーナはその隙を狙うようにして早歩きで二階へと姿を消してしまった。
「あの、シーラ叔母さん? 今のって十戒の人なんじゃ……?」
「き、気のせいじゃないかしら~? それよりもほら、ウェンディちゃんの紅茶でも飲んでゆっくりお話でもしましょ~!」
疑うように首を傾げるイアン。
シーラは誤魔化そうと運ばれてくる紅茶へ話題を変えた。イアンとセバスは未だに疑念を抱いていたが、爽やかな香りが居間に漂えばロイは引き寄せられるようにして席へ着く。
「ん~、いい匂いだね~!」
「香りは柑橘類のベルガモットです。趣向に合えば良いのですが……」
「俺はバッチリ好きだから、きっとウェンディちゃんと俺の相性もバッチシだよね~!」
「へ? そ、そうなのでしょうか?」
「ロイ、すぐに口説こうとすんなよ……」
苦言を呈するイアンにロイは「ごめんごめん」と謝る。セバスは呆れた様子で紅茶に口を付けた後、対面に座っているシーラの視線を合わせた。
「教皇を敵と見なす十戒であれば盗聴されても神命裁判に支障は出ない。これらの過程からこの場で母君に本題を話しても問題ないと結論付け……アレクシア・バートリの母君に所望したいことがある」
「それってどんな……?」
「……母君、無理を承知で所望させていただこう──」
セバスは懐から一枚の書類を机に置くとシーラの前まで移動させる。文章が詰められ書かれている書類。そう、シーラが目を通したその書類の正体は、
「──神命裁判への出席依頼を」
神命裁判に関する誓約書だった。
────────────────
「し、死にたくないッ……!」
青の塔一階。
ショッピングモールのような内装の中、周囲に散らばるのはバラバラに分解されたマネキン。顔面蒼白の状態で這いずっているのは異世界転生者の
「うん、嘘はついてないみたいだね」
後を追いかけるのはクライド。
右手にルクスαを握りしめゆっくりと前進する。標的として定めるのは勿論ケント。クライドはうつ伏せで逃げ惑うケントを無表情で見下ろしつつ、
「ぎゃッアァアああぁッ……!?!」
腰辺りにルクスαを突き立てて身動きを封じた。噴出する返り血はクライド左頬に付着しケントの叫び声が周囲に木霊する。
「君たちはバートリさんに執着してるもんね。僕がバートリさんのフリをしたら真っ先に追いかけてくる。この予想は大正解だったみたい」
「はぁッはぁッ、ぐぃあぁッ……!!」
「うん、人って不思議だね。すっごく高いところに行けば行くほど強い人を置いて……低いところに弱い人を置くなんて。ふつーは弱い人を守るために強い人を置くべきなのにね」
クライドは天井を見上げてルクスαをケントの腰へより深く刺し込む。その度に悲痛な声と血肉が抉れる音が辺りに響く。
「これだから……人の心って面白い」
左手に取り出すのはディスラプターα。
銃口をケントの頭部に向けて引き金に指をかける。
「ま、待ってくれッ、わ、私はまだッ──」
「バイバイ」
鳴り響く銃声。
包み込む静寂の中で唯一聞こえるのは薬莢が床へ転がる乾いた音のみ。動かなくなったケントが声を発することはもうない。
「うん、ナガイくんお疲れ様」
クライドはその場にしゃがみ込むと手を合わせて健闘を称える。そんなクライドを他所にショッピングモールの風景は
「わぁお、殺風景になった」
立ち上がってエレベーターと出口を交互に見るクライド。しばらく首を左右に傾けて考える素振りを見せた後、
「うん、みんなを信じて外で待ってようかな」
出口に向かってのらりくらりと歩き出した。