ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:16『収集されたデータ』

 

「……あれ、俺はどこに?」

 

 ナトラがルービックキューブを回した瞬間、俺は気が付けばベッドで仰向けに寝ていた。最後の記憶は崩壊仕掛けていた青の塔とナトラの微笑み。

 

「カイトくん、良かった! 目を覚ましてくれて……!」

「クレア! それにエレナさんまで……!?」 

 

 何が何だかわからずゆっくりと身体を起こせば、俺の様子を見てクレアが椅子から立ち上がる。隣にいるのは十戒のエレナさん。二人共、俺が目を覚ましたことで心なしか安堵する。

 

「あのさクレア、俺はどうなって……?」

「カイトくん、塔の外で倒れてたんだよ。だから私がクルースニク協会まで運んできたの」

 

 壁にある薄汚い染みと外から聞こえてくる喧騒。

 確かに思い返してもみればクルースニク協会以外にこんな部屋はない。クレアから説明を聞いた俺が「そうなのか」と俯けば、壁に背を付けていたエレナさんは俺の前まで近づいてくる。

 

「少年、貴殿は最上階へ向かったと聞いていたのだが……。どのような手法で地上へ降りてこられたのだね?」

「そうだよカイトくん! 気を失ってたけどあんな高いところからどうやって……」

「あー……それはその奇術の力っていうか、なんていうか……」

「ほう、利便性の高い奇術だ」

 

 俺は視線を逸らしながら曖昧な理由を述べて誤魔化した。そうしたのも白薔薇十字団は多分この世界で黒薔薇十字団と同等、もしくはそれ以上の権威を持つ存在。

 そんな団体の一人と接触したことは容易に明かすべきじゃないと判断したからだ。

 

「そうだ! そ、それよりもクリスたちは無事なのか?」

「えっとね、それについてなんだけど……」

 

 クリスやサラの姿が見当たらない。

 二人の安否を聞かれたクレアは言いにくそうに表情を険しくさせる。俺は「まさか」と最悪の事態を脳裏で過らせたのだが、

 

「ほんっっと最悪よ! 私も一階に残れば良かったわ!」

「この声っ……」

 

 隣の部屋から聞こえる苛立つサラの声。俺は居ても立ってもいられず、すぐさまベッドから降りて部屋から飛び出し隣の部屋へ顔を出した。

 

「サラ、クリス無事か!? ……って何してるんだ?」

「うん? 僕の心配はしてくれないの?」

「あなたは黙ってなさい!」

 

 目に入ったのはベッドに寝かされたサラ。

 上半身だけ身体を起こしてクライドの胸倉を掴んでいた。椅子に腰を掛けていたクリスは俺が目を覚ましたことに驚きを隠せず唖然とする。

 

「いや、お前さんの方こそ大丈夫か?」

「あ、ああ、何とかな! それでさ、何でサラはクライドにキレて……?」

「まぁ、色々とあってだな──」

「こいつ、楽な相手を選んでたのよ! 塔の一階にいた異世界転生者(トリックスター)が一番弱いことを分かってた上で私たちを先に行かせたって……! こっちは危うく死にかけてんのよ!?」

 

 サラは甲高い声でキレ散らかし、クライドは胸倉を掴まれたまま前後に振り回され両耳を手で塞いでいた。そんな光景に俺はただ苦笑して傍観する。

 

「貴方が無事で何よりです。証人が欠けては裁判も行えないので」

「……ティアさんも来ていたんですね」

「ええ、私はエレナと行動を共にしていたので」

 

 次に声を掛けてきたのは窓から外の喧騒を眺めていたティアさん。着物の袖を揺らしつつ俺の前まで歩み寄ると右隣へ静かに立つ。

 

「少しいいですか?」 

「え? ああ、はい」

 

 二人で話がしたい。遠回しにそう言われた俺はティアさんに付いていくとサラたちの部屋から少し離れた物置まで連れていかれる。

 

「……裁判に使えそうな物証は見つかりましたか?」

「はい、見つかりました。とはいってもパソコンなので中身はまだ確認できていないんですけどね」

「収穫があったのなら構いません。それに……本題はそこではありませんから」

 

 ティアさんは普段のように冷めた態度をしながら懐から一台のスマホを取り出す。もはやこの世界で目にし過ぎていたため、ティアさんがスマホを所持していたところで何の驚きもなかった。

 

「勘付いていたとは思いますが私は貴方と同じ異世界転生者(トリックスター)です。やや異なる点は……『前世の肉体ではなくこの異世界に産まれた肉体に転生をした』と言えば伝わりますか?」

「あー、伝わります。少し前に会った雪月花の皇子と一緒なので」

「……雪月花の皇子、ですか?」

「はい、ティアさんと同じようにこの世界へ転生してきたって言ってました」

 

 魂だけがこの世界へ転生してきたパターン。雪月花のクレスと同じ境遇だと説明をするとティアさんは口を閉ざしたまま狐の面ごと顔を俯かせる。

 

「気掛かりな話ですが今は頭の片隅に置いておきましょう。まずは貴方に渡さなければならない地図があるので」

「えっ? どうして地図なんか……?」

「見れば分かります」

 

 ティアさんはそう言いながらスマホの画面を見せてくる。映し出されているのは言葉通りの地図。それも世界全体が記載されている地図だった。

 

「この地図って、異世界の?」

「ええ、世界地図に値するものです。手に入れるのに数年は費やしました」

「数年も?! どうしてそんなにかかって……」

「その話は後日にしましょう。今は黙って受け取ってください」

 

 ティアさんはスマホを何度かタップした後、画面を見つめたまましばらく硬直する。俺は眉を顰めてどうしたのかと疑心を抱いていると、

  

「貴方のスマートフォンは林檎製ですか?」

「ああはい、林檎製ですけど……」

「では『Share(シェア) Drop(ドロップ)』で共有します」

「ああ、考えてたのはそういう……」

 

 単に画像の共有方法を考えていただけだった。俺は大した理由でもないことに苦笑すると自分のスマホをティアさんのスマホへ近づけて、共有された地図を保存する。

 

「私はこれから別件があります」

「別件っていうのは?」

「後は任せましたよ」

「え? ちょ、ちょっと待ってくださ……!」

 

 俺の質問に一切答えることもないまま去っていくティアさん。狐の面を被っていることもあって掴みどころのない性格だ、と溜息をついてスマホをポケットに仕舞う。

 

「そうだ! 今は回収したパソコンの中身を確認しないと……!」

 

 最優先はデータの確認。俺は物置から飛び出してジュリエットの地下実験室を目指して走り出す。 

 

「ジュリエット!」

「ふんぎゃあぁああっ!?! ……って、てめぇかよ(カモ)男ッ! 驚かすんじゃねぇッ!!」

 

 実験室の扉を勢いよく開くと叫び声を上げるジュリエット。集中しながら刀の鞘を弄っていたが驚きのあまりその鞘を後方へと勢いよくぶん投げてしまう。

 

「ご、ごめん。お前にすぐ頼みたいことがあってさ」

「んだよ頼みたいことって?」

「この実験室で電気を使わせてほしい。パソコンのデータを確認する為に……」

「は? パソコン?」

「あー……言葉にするよりも実物見せた方が早いよな?」

 

 説明しても完璧に理解はしてもらえない。

 俺は奇術である『暴食の手』に保管していた井上のパソコンをすべてジュリエットの前に出していく。ジュリエットは手品でも見せられているかのように、俺の手とパソコンを何度も交互に見つめた。

 

「この機械は電気がないと動かないんだ。だからジュリエット以外に頼れるやつがいなくて……」

「んじゃこりゃ? スマホってやつの上位互換みてぇなもんか……?」

「もし協力してくれたらこれは全部お前に寄付する。頼むジュリエット、俺に力を貸してくれ」

 

 俺は困惑するジュリエットに頭を下げる。

 ジュリエットはそんな俺の姿を無言でしばし見つめると「はぁ」と軽い溜め息をつき、置かれていたパソコンの電源ケーブルを片手に持つ。

 

「コイツが必要なのは……あの(アマ)を助けるためか?」

「ああ、アレクシアを助ける為に必要なんだ」

「んなら好きに使いやがれ。あんときの借りは返さねぇと気が済まねぇしな」

「……! ありがとうジュリエット!」

「勘違いすんじゃねぇぞ鴨男! 私はアイツに借りを返してぇだけだッ!」

 

 そっぽを向いて釘を刺すジュリエット。 

 俺はその小さな背中に微笑んだ後、ディスプレイ、マウス、キーボードなどを次々と机に乗せる。その間にジュリエットは電源ケーブルを実験室の電力供給装置へ接続し始め、

 

「おい鴨男、これでいいのか?」

「ああ! バッチシだよジュリエット!」

「ふん、当たり前だろうが! なんたってジュリエット様の実験室だからな!」 

 

 パソコンとディスプレイの電源がすべて点いた。

 俺はマウスを動かしてパソコンの中に入ったファイルを一つずつ確認していく。興味津々なのかジュリエットも俺の隣へ移動をしディスプレイをまじまじと見た。

 

「んで、何を探してんだよ?」

「アレクシアの動画だ。多分、編集前のデータがどこかに保存されているはずなんだけど……」

 

 目に入るのは右下に配置された編集ソフトのアイコン。俺はここが怪しいと睨み、試しにマウスでクリックしてみる。

 

「──! 見つけた、これだ!」

 

 開かれるのはあの悪質な動画を編集したプロジェクトデータ。カットの刻み方も映像の順番もまったく一緒だ。ならば元のデータもあるはず、とデータ内を色々とクリックしてしばらく探し始め、 

 

「やっぱりな。井上は最初から最後まで全部記録していたんだ」

 

 何十時間、何百時間もの映像記録がきっちり保存されていた。眷属ケルベロスや原罪のステラと交戦した実習訓練。ドレイク家の洋館で眷属ラミアと遭遇した派遣任務。眷属スキュラと交戦しているシメナ海峡。最後に眷属スフィンクスと交戦した魔女の馬小屋の本部まで。

 

「見っけてどうすんだよ? なんか策でもあんのかよ?」

「あるにはある」

「ふーん、聞くだけ聞いてやる」

「何で上から目線なんだよ……?」

「は? 私の方が偉いからに決まってんだろうが!」

 

 ぼさぼさの金色の長髪を揺らし逆ギレするジュリエット。納得のいかないキレられ方をされた俺は「そ、そうか」と曖昧な返答をしつつ苦笑し、考えている作戦をすべて包み隠さずジュリエットに伝えた。

 

「……上手くいくのかよそれ」

「正直分からないよ。でも作戦としての価値はあると思ってる」

「で、お前がこのパソコンを使って動画を準備すんのか?」

「いやさ、そこが問題なんだ。俺は編集ソフト使ったことなんてないし、作り方を一から覚えるってなったら裁判に間に合わない」

 

 作戦に必要な編集能力。

 最初は付け刃でどうにかなると思っていたが、いざ編集ソフトを目にすると何も分からない。俺はそういう類に触れたことがないため覚えるのにも時間が掛かってしまう。

 

「んならあのクソ女に聞いてみろよ。絵が描けんならこーいうのも使えるかもしれねぇぞ」

「んー、そうだな。メルにも一応話だけしてみ──」

「し、失礼しましゅ……すっ!」

 

 会話を遮る形で実験室に現れたのは白川(シラカワ) 初音(ハツネ)。雪月花の領土で内通者として疑いをかけられていた不幸な異世界転生者。……何故かロングスカートのメイド服を着せられているが。

 

「ア、アップルパイを、も、持ってきました()!」

()はいらねぇ! ていうか持ってくんのがおせーぞ!」

「も、もも、申し訳ありません()?!!」

「バカかお前は! それを私に聞いてどーすんだよ!?」

 

 どうやら白川さんは頼まれていたアップルパイを持ってきたらしい。だが随分と到着が遅かったようでジュリエットは鬼の形相で詰め寄り、少女とは思えぬ暴言を吐いた。

 

「ばぁっ!」

「ふんぎゃあぁあぁあッ!?!」

 

 瞬間、白川さんの背後に隠れていたメルが脅かすように姿を現す。ジュリエットは叫び声を上げると尻餅をつき、メルは口元を右手で押さえつつ嘲笑うように見下した。

 

「おいおいジュリエット様よォ? うちの可愛いメイドにクレームいれんのはご法度だぜェ」

「こんのぉッ……クソ女がァアァアッ!!」

「おーおー、顔がアップルパイより真っ赤になってんじゃねぇかァ」

「待てクソ女がッ!! 私が首締め上げてぶっ殺してやるよぉッ!!」

 

 軽口を叩いたメルを追いかけるご乱心のジュリエット。いつもの光景に俺は溜め息をついてからジュリエットの代わりにアップルパイを白川さんから受け取る。

 

「あのさ、ここでしばらく待っていられそうか?」

「む、無理っ……」

「そ、そうだよな! 無理押し付けてほんとごめん! でももう少しだけ待っててほしくて……ん? どうしたんだ?」

 

 話している最中に俯いていた白川さんが顔を上げて何かを見つめている。見つめている先は俺の背後。ふと振り返ってみると視線を辿った先にあるのは編集ソフトを開いたままのパソコンだった。

 

「そ、それって……へ、編集ソフトですよね……?」

「ああうん、そうだけど」

「な、なな、何か作ってるんですか?」

「作ってるっていうより作ろうとしてるんだけどさ。やり方とか何も分からないから詰まっちゃってて──」

「あ、ああ、あの! わ、私、分かります! ど、動画編集の、や、やり方、とか!」

 

 凄まじい眼力で俺を見つめてくる白川さん。俺は一瞬驚いて言葉を失ってしまったが編集のやり方を知っているという一言ですぐ我に返る。

 

「ほんとか!? 頼む白川さん、俺に編集を教えてくれ!」

「は、はひぃッ?!! きょ、距離が近いで、ですっ……」

「あ、ああごめん」

 

 一筋の希望が見えたため思わず距離を詰めすぎてしまった。そのせいで白川さんを驚かせてしまい、視線を逸らされてしまう。

 

「あ、あの、と、とりあえず……さ、触り方から、お、覚えましょう」

 

 白川さんはパソコンの前に立つとキーボードとマウスへ手を置き、慣れた様子で編集ソフトを操作し始める。少し触ったことがあるというレベルではなく明らかに普段使いしている動かし方だった。

 

「ど、どういったものを……つ、作りたいんですか?」

「あー、そこからちゃんと説明するよ。俺が作りたいのは──」

 

 裁判まで残り日数は少ない。

 俺は焦る気持ちを抑え込みつつ白川さんへ丁寧に説明をして編集技術を学ぶことにした。

 

 

──────────────────

 

 

 瓦礫の山と成り果てた青の塔。白薔薇の使徒ナトラはその瓦礫へと腰を下ろしルービックキューブで色を揃えようと試みていた。

 

「……そんなに心配なら顔出せば良かったんじゃないー?」

 

 ルービックキューブをカチャカチャと回しながらそう呼びかけるナトラ。瓦礫の裏に隠れていた人影はナトラと正反対の位置へと移動して瓦礫へゆっくりと腰を下ろす。

 

「今はまだ駄目だ。その時が来るまでは……しばらく我慢しないとな」

 

 整えられた黒い髪、社会人としてのスーツはネクタイが緩められ楽な格好になっている。結婚指輪をはめた手先で懐から煙草を一本だけ抜き取り口元まで運んだ。

 

「毒ガスは我慢しないの?」

「煙草のことを毒ガスと呼ぶのは喫煙者に対する嫌がらせと見た」

「だってホントでしょ。身体にいい成分なんて何一つない。Diva(ディーバ)が『喉を腐らせる』って血圧上げるぐらいにはね」

「紅茶でうがいをするのと何が違うんだか」

 

 煙草を咥えつつ先端でライターで火を点ける。慣れたように白い煙を口内へ溜め、空を見上げながらゆっくりと吐き出し、やや顔をナトラの方へ向けた。

 

「頼んだよナトラ。あの子はこの世界で英雄になれる。まだ開花していない新芽を育ててあげてくれ」

「ねえ、それ白薔薇の使徒として頼んでるの? それとも──」

 

 ナトラは全く揃わないルービックキューブにため息をついてから立ち上がる。そして後方に立っている男性の方へ背を向けたまま、

 

「──キー坊の父親として?」

 

 それだけ問いかけ潮風が吹いてくる海岸に向かって歩き出した。残された彼は薄れてゆく煙草の煙を眺めた後、

 

「……どっちだろうな」

 

 父親として、霧雨(キリサメ)大智(タイチ)としてスマホに映る家族写真をじっと見つめていた。

 

 

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