ジュリエットの実験室。
白川さんに指導を受けながら俺はパソコンの前に座って編集作業をしていた。あれからずっと作業をしていたため時刻は既に零時を回っている。
「そ、そこのカットは切り替わったときに違和感があるので……も、もう少し先まで伸ばした方がいいと思います……」
「言われてみれば確かに……。ありがとう、すぐ直すよ」
自分なりに動画を繋ぎ合わせてから白川さんに指摘してもらい、細かい修正を加えることの繰り返し。白川さんの教え方が上手かったおかげか今のペースなら裁判までに間に合うだろう。
「あのさ、無理して付き合ってくれなくても大丈夫だぞ? 十分助けてもらったし後は俺一人で編集を……」
「ね、眠くないので大丈夫ですっ……! こ、ここ、このまま手伝わせてください!」
「そ、そっか。なら引き続き頼むよ」
時刻は深夜だ。このまま白川さんに付き合わせるのは申し訳ない。そう考えた俺は白川さんに気を遣ったのだがキョドキョドとしながら首を左右に振って懇願してきた。
「……」
(む、無言は少し気まずいな……)
そばで指導してもらうのはとても助かる。
けど慣れてくると口出しされる回数に比例して自然と会話の数も減っていく。絶妙な空気感に気まずさを感じていた俺は何か話題を考えることにする。
「白川さんはどうして編集ソフトに詳しいんだ?」
「えっ? あ、あの、そ、それはですね……わ、私が、その……ちゅーば……をやってるからで……」
「ん? ちゅーば? 楽器をやってるのか?」
「ち、ちち、違いますっ! そ、その、ぶっ……ちゅーばっ……」
重要なところで声が小さくなる白川さん。
俺は編集作業をしつつ白川さんの声に耳を澄ましたが『ちゅーば』までしか聞き取れない。すると白川さんは声量を上げるよりも別の伝達手段を思いつき、自分のスマホを急いで取り出した。俺から見えるスマホカバーは果物のオレンジが模様として描かれたもの。
「み、みみ、見てくださいっ……!」
「……これって、
見せてきたスマホの画面に映るのは瞬きをしたり揺れたりする
「は、はいっ! その、配信の切り抜きとかをよく作るので、だから編集とかに詳しくてっ!」
「あー、そういうことだったんだな。……ていうか、結構意外だったよ。白川さんってそんなイメージ無かったからさ」
「そ、そそ、そうですよね……! わ、私なんかが、配信なんて身の程を知れって感じですよねっ……!」
「いや、そんなこと一言も口にしてないけど……」
しかし意外だったというのは事実。
白川さんは良く言えば人と関わるときに結構慎重になるタイプ。悪く言えば人見知りが激しくて空回りしてしまうタイプだ。俺が抱いている配信者のイメージはトークが面白くてコミュニケーション能力が高くて……とにかく明るい人物像が浮かんでくる。
「白川さんは何でブイチューバーを始めたんだ? 憧れてる配信者とかがいたからとか?」
「わ、私は、ひ、人と喋るのが苦手で……そ、そんな自分のことが嫌いなんですっ……。だ、だから中学生の頃は、ず、ずっとなりきり掲示板で遊んでて……な、なので高校生になってからはブイチューバ―に……」
「ん? なりきり掲示板って?」
「ち、違う自分……じ、自分で考えたキャラクターで会話をする掲示板です……。き、嫌いな自分を忘れられる……わ、私の居場所みたいなところで……」
精一杯言葉を紡ぎながら経緯をしてくれる白川さん。俺は編集作業を止めて白川さんの方へ顔を向けると、小さくも震えている声に耳を傾けることにした。
「しーっ……」
(メルのやつ。驚かそうとしてるのか……?)
その時、実験室の入り口で人影が動く。
そこに立っていたのはメル。唇に人差し指をくっ付けニタニタとした悪い笑みを浮かべながら白川さんの背後まで忍び足で近寄り始める。
「キ、キリサメさんは……し、渋谷の火災事件を知ってますか……?」
「渋谷の火災事件?」
「し、
「──!」
聞き覚えのある事件。俺は思わず表情を強張らせて、忍び足で驚かそうとしていたメルも歩みを止め目を丸くする。
「そ、その日、母と父と兄と私の四人で渋谷へ買い物に行きました。だから火災に巻き込まれて……」
「「……」」
「で、でも逃げる時にみんなとはぐれちゃったんです。わ、私の周りは、ほ、炎が、悲鳴が、か、囲んできてっ……こ、怖くて逃げられなくてっ……」
俺とメルは重苦しい空気のせいで相槌すら打てずにいた。話を続ける白川さんの前ではただ口を閉ざして聞き手に徹することだけが精一杯だ。
「そ、そんな私を……あ、兄が助けに来てくれました……。ほ、炎の中、助けに来てくれたんですっ。だから、わ、私は助かった……ち、違う、私だけが助かっちゃったんです……」
「待ってくれ。それってまさか……」
「あ、兄は……私と逃げてるとき変な男性に着火剤をかけられて……ごほっごほっ、そのままっ、そのままっ──」
「白川さん、無理して話さなくてもいい!」
青ざめた顔で咳き込みながら話を続けようとする白川さん。俺は立ち上がると白川さんの背中を優しくさすって身を案じる。しばらく経つと荒い呼吸も落ち着きを取り戻し、白川さんの緊張状態が解けていく。
「あ、兄は私なんかと違って……い、色んな人に好かれてて、勉強もできて……いつも周りには友達がたくさんいてっ……。なのに、私がノロマだったから、兄が、兄が代わりにっ……」
「白川さん……」
「それからずっと、人が怖くて、火が怖くて、外にも出たくなくてっ……。事件があった日から、部屋に引きこもって……ずっと、ずっと嫌いな自分を忘れながら生きてきたんですっ……」
白川さんがクルースニク協会へ初めて訪れた時、開発中の武器から出ている炎を見てパニックを引き起こしていた。過去にそんなことがあったことを知った今なら白川さんの性格や言動にも納得がいく。
「白川さんはさ、どうして俺にそんな辛い過去を話してくれたんだ?」
「キ、キリサメさんと話すときだけ……す、少し落ち着いて話せるんです。な、なので、私のことを話しておかないと、これから迷惑をかけてしまうと思ったので……」
「……そうだったんだな。ごめん白川さん、辛いこと思い出させちゃって」
白川さんなりに考えてわざわざ辛い過去を打ち明けてくれた。俺はそんな白川さんに誠意をもって接するべきだと覚悟し、
「じゃあさ、今度は俺が自分のことを話すよ」
「えっ? キ、キリサメさんのことですか……?」
「そうそう。白川さんが話してくれたのに俺が話さないのはあんまりフェアじゃないっていうか……。やっぱりお互いが対等の状態で話がしたいんだ」
自分自身の過去を赤裸々にした。
母親や妹と疎遠になっていたこと。クラスメイトを傷つけてまでして人気者になろうとしたこと。その結果、自分の居場所が何処にもなかったこと。
重い話として受け止めて貰わないように笑い話風に語ったけど白川さんの頬は一切緩まず、何とも言えない顔でただ俺の過去を聞いていた。
「──まぁこんなところだな。昔の俺は居場所がなくなって当然って感じの性格だと思うよ」
「……い、意外でした。キ、キリサメさんは、昔から今みたいな感じかと……」
「あー、多分アレクシアに精神面とか考え方をボロクソに言われたからじゃないかな? なんかこう、甘えたところを叩きのめされたっていうかさ」
「こ、この動画に映ってる子ですよね……。た、確かに、私もこの子に銃を向けられました……」
「あー、そういえばそうだったな」
ネクロポリスの地下室で初めて遭遇した時、白川さんはララさんに奇術で擬態していたが案の定すぐ偽物だとバレている。一歩間違えればアレクシアに銃殺されていてもおかしくはない状況だった。
「言葉を選ばずド直球に刺してくるし、相談しても正論をぶつけてくるから聞き役としてはゼロ点だけど……」
「だ、だけど……?」
「不器用なだけで悪いやつじゃない。それだけは自信を持って言えるよ」
「そ、そうなんですか? ……でも霧雨さんがそういうのなら、き、きっと悪い人ではないんですよね……」
アレクシアについてそう語ると白川さんは穏やかな表情を見せる。話題を俺の過去に逸らしたおかげで白川さんもだいぶ落ち着いたようだ。
「前に言ったかもしれないけど……俺は白川さんみたいな
「も、元の世界にですか……?」
「ああ、この世界は俺たち異世界転生者にとって最悪の環境だ。吸血鬼には利用されるし化け物には襲われるし……とにかく異世界転生者は元の世界に帰った方がいい」
魔女の馬小屋で目にした俺たちの扱い。知らない場所で知らない異世界転生者がひっそりと死んでいる現実。俺は白川さんに説明をしつつ視線を逸らし無言で立ち尽くすメルへこう呼びかける。
「メルもそう思うだろ?」
「──! あ、あぁ、こーんなワンダーランドにいたら命がいくつあっても足りねェぜ」
「い、いい、いつからそこにいたんですかっ……?!」
「クスクスッ、当ててみなァ……メイドちゃん」
「ひ、ひぃいぃっ?!」
勘付かれぬようにいつもの振る舞いをしながら白川さんに肩を組むメル。白川さんにトラウマを植え付け、兄の命を奪ったのは自分の母親が教祖のカルト教団。
メルは普段通り振る舞えていると思っているだろうが、俺から見ればメルの頬はやや引き攣って気まずさを覚えているように見えた。
「……あたしの名前は
「は、はい? きゅ、急にどうしてそんなこと……?」
「神なんて信じちゃいねェがァ……ここで会ったのもなんかの巡り合わせだろ。異世界転生者同士、仲良しこよししようぜェ?」
「え、ええ、えっとぉっ……」
白川さんが信用していいのかと言わんばかりに俺の顔を見てくる。多分だけどメルの距離の詰め方といかにも悪人っぽい笑みのせいで不安を募らせているのだろう。
「大丈夫だ白川さん。メルは
「そ、そうなんですか……?」
「ああ、もし生粋の悪人とかだったら白川さんのことを任せたりしないからな」
自分の母親が白川さんへしたことへの償い。トラウマを植え付けてしまった責任感。何を思ってメルが白川さんと交流を深めようとしたのかは分からない。
けど白川さんを騙したり利用したりしようとするような悪意をその顔から感じることはなかった。
「キ、キリサメさんがそう言うなら……じゃ、じゃあ、サチさん……」
「クスクスッ、『さん』はいらねェぜェ……ハツネ」
「は、はい……サ、サチっ……」
気恥ずかしそうに視線を逸らす白川さん。メルは僅かに距離が縮まったことに安堵すると何かを思い出して俺にニタニタとした笑みを浮かべ、
「クスクスッ、ああそうだァ色男ォ……」
「ん? どうした──」
「さっきの『こう見えて』ってのはどういう意味だ? あ?」
「うおぉぉおッ……!?」
先ほどの発言に苛立ちを覚えたのか、俺の肩へと腕を回して首を締め上げてきた。じゃれ合いというレベルではなく本気と書いてマジの締め上げ。俺は何度もメルを剥がそうとするが女子とは思えない腕の力のせいで微動だにしない。
「ギ、ギブッ……ギブだギブッ……!!」
「クスクスッ、
「そういう意味じゃッ──うぉお"ぉおッ!?!」
「ひ、ひぃいぃいッ?! や、やっぱり怖い人ですぅうぅうッ!!」
木霊する白川さんの悲鳴から始まる抗争。この長い抗争が終止符を迎えたのは騒がしくて叩き起こされたジュリエットにキレられた後のことだった。
――――――――――――――――
場所はアルケミス地下牢獄。
カミルとニコラスに挟まれながらもアレクシアは孤児院の時代から罪人として扱われるまで起きたこと全てを語り終えた。
「……これで満足か」
「そうですね。君の人生に対して結論だけを申し上げるなら──」
「とことんツイてねぇな、だろ」
「不幸中の幸いとも言えるかと」
鼻で笑うカミルに対して眼鏡をクイッと片手で押し上げるニコラス。アレクシアは口を閉ざしたまま交互に二人の顔へ視線を移した。
「しかし君の話がすべて真実だとすれば、余罪のある人生というより栄誉ある人生という結論にも至れる」
「お前は私が虚言癖を患っているとでも言いたいのか?」
「いつどこで僕がそんなことを口にした? 君は虚言癖より被害妄想の方が激しい」
「チッ、てめぇら……。ガキみてぇな喧嘩してんじゃ──」
互いに睨み合うニコラスとアレクシア。
カミルは呆れと苛立ちを込めた舌打ちをして二人の口論を止めようとしたとき、地上へと続く階段から足音が聞こえてくる。
「……クソジジイの刺客か?」
「その可能性は低いですね。静動を使わないのなら尚更あり得ない」
「足音も消さない間抜けかもしれねぇぞ」
「どちらかと言えば『自分の腕に自信のある軽薄者』と言った方が正しいかと──」
ニコラスがそう訂正をした瞬間、暗闇の向こうから鋭利な短剣が三本ほど飛んでくる。カミルは鞘から一瞬で刀剣を引き抜くと逆手持ちの状態で斬り上げ、三本の短剣を一振りで弾き返した。
「ニコラス、相手の数は?」
「刺客は二人……失礼、
「はっ、あのクソジジイ……。案の定、吸血鬼共と繋がってやがったか」
暗闇の奥に輝くのは二匹の人影と四つの吸血鬼の紅い瞳。教皇オルフェンを信仰する者が身に纏う白のローブを纏うその二匹は、無言のままカミルたちへとじりじり詰め寄ってくる。
「……あの吸血鬼共は
「君に言われなくても分かっています」
ニコラスはアレクシアにそう返答すると
「狙いは僕らではないか」
「だろうな。クソジジイにとって都合の悪いことでも起きたらしい」
「……カミル、僕が君に言いたいことは分かるな?」
「ああ、やりゃいいんだろ」
子爵の狙いはアレクシアの命。カミルはニコラスに返答をするとその場から駆け出して左側に立っていた子爵へ斬りかかる。
カミルに狙われた子爵は右手に短剣を構えて振り下ろされる刀剣を受け止めようとしたが、
「ガァア"ァッ!?!」
短剣に凄まじい振動と衝撃が走り子爵の右腕から血が噴き出す。振り下ろされた刀剣に伝わせていたのはアベル家の動術である波動。カミルは短剣を落として断末魔を上げる子爵の顔面を逆の手で鷲掴みにし、
「声がな、汚ねぇんだよ」
「グギャア"ァア"ァア"ッ!?!」
地面に一度叩きつけてから流れるような動作で銀の杭を心臓へ突き刺す。断末魔と共に灰へと成り果てれば、もう一匹の子爵は焦燥感に駆られてニコラスに向かって突進を始めた。
「……四打目ですね」
ニコラスがボソッとそう呟くと子爵によって鋭利な爪を振り上げる一打目が繰り出され、逆の手で握りしめた短剣を突き刺す二打目が繰り出され、吸血鬼の牙による噛みつき三打目が繰り出されたがすべて見切ったように回避をし、
「あまり僕を舐めるなよ」
「ゴグギァア"ァア"ァァア"ーーッ!!?」
四打目が繰り出される寸前、子爵の懐へと潜り込んで
「はっ、身体は鈍ってねぇらしいな」
「僕に対する感想は後でいい。まだ階段の方角から気配がする──」
「エイメンッ!!」
ニコラスが苦言を呈せば地下牢獄を揺らすほどの振動と共に女性の掛け声が聞こえ、階段の方角から吹き飛ばされてくる子爵の肉体。肉体は瞬く間に灰となれば階段から顔を覗かせる一人の女性。
「ふぅ、やっと見つけました! カミルさんにニコラスさん!」
「はぁ、フローラか。随分と派手にやったな」
十戒のフローラ・アベル。シスターとしての被り物を揺らしながらスマホを片手にカミルの元まで駆け足で向かってくる。
「えへんっ、これぐらい我が主と私にかかればちょちょいのちょいです!」
「褒めてねぇけどな」
「へっ?」
「まぁいい。お前、何で俺たちを探してたんだ?」
カミルがそう尋ねるとポカンとしていたフローラは「そうでした」と我に返り、スマホの画面を横にしてカミルたちに見せる。
「板に映ってるものを見てください。変なのが流れてたんです」
「……こりゃあ何だ?」
「僕が思うに彼は証人であるカイト・キリサメだ。対面している相手は分からない。ただ白薔薇の使徒……彼女は白薔薇十字団の一人だろう」
スマホに映り込むのはモノクロウムというロゴと共に議論を交わすキリサメと井上の姿。更に白薔薇の使徒であるナトラが現れ、カミルとニコラスは険しい顔をし、アレクシアは少々驚いた様子でスマホの映像を見つめる。
「ちょっと前になまほうそう……っていうのしてたみたいです」
「なまほうそう? 何だよそりゃあ?」
「えへんっ、全然分かりません!」
「僕にも言葉の意味は分からない。ですがこれでオルフェンが刺客を送ってきた意味が分かった」
ニコラスは納得した様子で眼鏡をクイッと持ち上げると、座り込んだアレクシアへ視線を移し説明を始めた。
「ここに映る劇はまずアレクシア・バートリという罪人を題材にし、無罪の白側と有罪の黒側によって議論を交わさせる。その議論を踏まえたうえで見ている者の意志を反映させることが主旨だ」
「眼鏡、それで何が分かるんだ?」
「頭が悪い君にも教えてあげよう。この劇は最終的に白側が勝利を収めている。少なくともこの結果はグローリア全体にも広まっているだろう。要約するにオルフェンが優勢だったはずの神命裁判に揺らぎが生じ──」
ニコラスはゆっくりと顔を上げフローラとカミルを交互に見ると、
「──向かい風は追い風となった」
そう確信するように力強く断言した。