ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:18『揃った証拠』

 

 神命裁判まで残り一週間。

 俺は無事に編集作業を完遂してからグローリアへと帰還しアベル家の屋敷を訪れていた。目的地はレジスタンスの集合場所となっているジェイニーさんの部屋。勿論グローリアに編集作業を教えてくれた白川さんはいない。

 

『わ、私……ほ、本当についていかなくてもいいんですか』

『ああ、ここで待っててほしい』

 

 異世界転生者に対して殺意を抱く血染めの皇女。刺客を送ってまでして裁判に勝とうとするオルフェン。こんな危険に満ち溢れた場所へ連れていくわけにはいかない。

 

『あ、あの、キリサメさん』

『ん? どうした?』

『あの女の子を助けて……か、必ず戻ってきてくださいね。し、信じて待っていますから』

『……ありがとう白川さん。アレクシアを助けたら必ずここに戻ってくる。だから待っててくれ』

 

 だからそう約束を交わしクルースニクで待ってもらうことにした。俺が廊下を歩きながら右手に握ったスマートフォンの画面を見つめていると曲がり角から二人の人物と鉢合わせする。

 

「あっ……ひ、久し振り、キリサメくん」

「デイル?」

「ああ、あんたか。向こうで大変な目に遭ったらしいね」

「それにアビゲイルも……珍しい組み合わせだな」

 

 その二人は両腕で分厚い本を抱えたデイルと車椅子に乗ったアビゲイル。二人が行動を共にしているのは珍しいことだったため、俺はやや奇妙に思いながら二人のそばまで歩み寄った。

 

「そう珍しいことじゃないさ。レジスタンスが結成されてからはよく一緒にいるからね」

「……? どうして一緒に?」

「そ、それはね。こ、これが理由だよ」

 

 俺が尋ねるとデイルが抱えていた分厚い本を見せてくる。表紙に描かれているタイトルは解剖学。俺は医療に関する本だと理解したがいまいちピンと来ず「んん?」と唸ってしまう。

 見兼ねたアビゲイルはデイルの説明の少なさに呆れ、ため息をついたあと自身の両足を自分で何度か叩いた。

 

「あたしらは協力して『歩行補助具』を作ってるんだ。あんたに頼まれた別件(・・)のついでにだけど」

「歩行補助具……」

「車椅子に乗ったまま作業するのは不便だからね。それに立ち作業ぐらいはできないとあたしの身体が錆び付くだろう?」

 

 確かに車椅子の状態で手作業をするのは苦労する。医学に長けているデイルと行動しているワケに納得をしたが、それとは別で俺の中に一つだけ疑問が浮かんでいた。

 

「あのさアビゲイル。その足、エリザさんに治してもらうのは駄目なのか?」

「エリザ……? ああ、アークライト家の十戒のことだね」

「ほら、エリザさんの加護は怪我とか治せるだろ? もしかしたらアビゲイルの足も治してもらえるかもしれないし、相談してみるのはどうかなって」

 

 エリザさんの加護は治療方法が見つかっていない病以外は治すことができる。アビゲイルの下半身不随も治せるという確証はないが……治療できる可能性はそれなりに残されているはず。

 

「いいや、あたしは手を借りるつもりはないよ」

「そう、なのか? 頼めばすぐに治るかもしれないんだぞ……?」

「そうかもね。けどあたしだけ治っても意味がないのさ」

「ん? 意味が無いって?」

 

 俺がその意図を問いかけるとアビゲイルは思い詰めた表情を浮かべ静かに俯く。そして胸の内に秘めていた考えをぽつりぽつりと語り始めた。

 

「あんた、覚えてるかい? あたしがとにかく火力特化の武装を作りたがっていた時代」

「覚えてるけど……それとどんな関係が?」

「単純なことさ。あたしはね、作りたいものが変わったんだよ」

 

 アビゲイルはそう答えると俺の顔を見上げる。車椅子が軋む音がやや鮮明に聞こえる空間で俺はアビゲイルから真剣な眼差しを送られたため、口を閉ざしてその話に耳を傾けることにした。

 

「最初はこんな不自由な身体になってヤケにはなってた。あんたが言っていたようにアークライト家の力を借りようとも考えたね」 

「……」

「けど、同じ境遇の子と遭ってから考えが変わったよ」

 

 車椅子に付属した鞄から取り出したのは一枚の画用紙。そこに描かれていたのは車椅子に座った少女が庭で小鳥と戯れている絵。

 

「この子はね、まだ十歳にもなっていない女の子。生まれつき足が上手く動かないんだとさ。ずっと車椅子で生活してるって話してくれたよ」

 

 その両隣には父親と母親らしき人物が立っている。二人とも少し悲しそうな顔で小鳥と戯れる少女をじっと見つめていた。

 

「だからあたしはその子にこう聞いたんだ。『立つことも歩くこともできなくて辛くないのか』って。……あんたはその子がなんて答えたと思う?」

「やっぱり辛いんじゃないか? 生まれた時から不自由な身体なら尚更さ」 

「ははっ、あんたもそう思うだろ? でも実際は違ってね」

 

 画用紙を裏に向けるアビゲイル。

 そこに描かれていたのは少女が庭で走り回っている絵。父親と母親は喜びに満ちた笑顔で庭を駆け回る少女を眺めていた。

 

「この子はあたしに『いつか絶対治るから辛くない』って言ってきた。心の底から……医者や大人たちをそう信じていたのさ」

「そうなんだな。大人を信じて……」

「あたしは思ったんだよ。今は加護で簡単に治せるけど、遠い将来この子やあたしみたいに不自由を味わう患者は増えるかもしれない。じゃあいつか十戒の加護が消えたときに……あたしらはどうやってこの子の信頼に応えてあげればいいのかってね」

 

 言っていることは至極全うな意見だ。

 実際にエリザさん本人も加護に頼れない時代が訪れた時のことを心のどこかで危惧しているはず。俺は共感するように頷けばアビゲイルは無意識のうちに画用紙を握っていた両手へ力を込める。

 

「だからあたしが……この子みたいに身体が不自由な人を支えられるような装具を開発する。今のあたしの状態を利用してね」

「なるほど、だからデイルと手を組んで……」

「そういうことさ。医学に流通(るずう)しているアークライト家と共同開発するのが一番手っ取り早いからね。デイルは二つ返事で了承してくれたよ」

 

 人体に詳しいデイルと補助具を作る技術を持つアビゲイル。この二人が揃えば開発するための準備はおおよそ整うだろう。

 

「協力したいと思えたのは……アビゲイルさんが今話した内容に僕も共感できる箇所が沢山あるから。お姉ちゃんも多分、加護を失った未来を考えていると思うよ」 

「十戒本人がかい?」

「うん、お姉ちゃんはいつも先のことを考えているから……加護には頼りたくないってアークライト家の人たちと言い争ってる」

「ん? それってどんな言い争いなんだ?」

「アークライト家の人たちはお姉ちゃんの加護に頼りすぎてて……新しい治療薬や世界三大毒花の解毒剤とかの研究が全く進んでいないんだ。だからお姉ちゃんは加護に頼らず、人類の進歩だけで医学を発展させるべきだって主張してる。だってお姉ちゃんの加護は──ご、ごめん、何でもない!」

 

 抱えていた解剖学の分厚い本を口元まで運んで慌てた素振りを見せる。恐らく危うく口に出そうとしたのはエリザさんの加護が『全てを治せるわけではない』という真実だ。

 俺はデイルからアークライト家とエリザさんの対立を聞くと険しい表情を浮かべながらもデイルからアビゲイルへと視線を移す。

 

「偉そうに聞こえるかもしれないけど俺はお前のこと尊敬するよ。何というか子供っぽさが抜けて大人になったっていうか……」

「あっはは、そう見えるならあんたがまだ幼すぎるだけだよ」

 

 軽い感じで笑い飛ばすと車椅子を動かし、俺の横を通り過ぎていくアビゲイル。デイルもその後に続いてトタトタと短い歩幅で着いていき、

 

「あんたに頼まれた件、進捗は良好だよ。後は調整を加えれば……裁判までには間に合うはず」

「ありがとうアビゲイル。アレ(・・)が一番大変な作業だったから手伝ってもらってすっげぇ助かる」

「あれぐらい問題ないさ。……それじゃあ、また何かあったら声を掛けな」

 

 俺が感謝の気持ちを伝えるとアビゲイルとデイルはそのまま歩き去った。俺はしばらく二人の後ろ姿を見つめた後、ジェイニーさんの部屋へ改めて向かう。

 

「キリサメ・カイト、集合時刻は十三時のはずだ。五分ほど遅れているようだが何をしていたのかね?」

「ご、ごめんごめん! ちょっとアビゲイルたちと話をしていてさ!」

 

 ジェイニーさんの部屋へと訪れると少しだけ不快な顔をするセバスが待っていたため、俺は大雑把に事情を話しながら平謝りをする。

 

「サラ・トレヴァーですら(・・・)既に集合している。気を抜きすぎなのだよ、キリサメ・カイト」

「ねえ、その言い方やめてくれない?」

「……アカデミーの座学を七日間のうち五日間寝坊をし、五回の外出のうち三回ほど遅刻をしている事実を過程とし、サラ・トレヴァーを遅刻常習犯だと結論付け──」

「分かった分かったわよ! 過程をいちいち説明しなくていいから黙りなさい!」

 

 部屋に集まっていたのはベッドで寝転がりながら苛立つサラ。ソファに座って洋菓子を摘まんでいるクレアとクライド。部屋の隅で壁に背を付けて俺とセバスを呆れた様子で眺めるクリス。

 青の塔へ証拠を取りに遠征したメンバーだった。

 

「では早速だがこの誓約書に各々サインをしてもらおうか」

「セバスくん、これって……?」

「アレクシア・バートリの証人となる誓約書だ。神命裁判へ出席するためにサインを書かなければならないのだよ」

 

 セバスが渡してきたのは羽根ペンと神命裁判前に必要な書類みたいなもの。多分遠征組以外は既に書き終えているのだろう。俺たちは渡された書類を読みながら一番下にある箇所へ自身の名前を書き記す。

 

「……ん? なぁセバス、ここに書かれている『判決までに至らない場合』っていうのはどういうことだ? 判決が出ないなんてことあるのか?」

「滅多に起こり得ないが……あるにはあるのだよ」

「それってどういう時なんだ?」

「例えば神命裁判中に証人や罪人の急死した場合や、不測の事態によって裁判の進行が不可能になった場合。要約すると『判決を出せなくなった状況下』がこの文に当てはまる」

「だりぃな、そりゃあ」

 

 面倒臭そうにため息をつくクリス。

 俺はセバスの説明を聞いて納得した反面、嫌な可能性が過った。それは裁判中に俺たちの誰かが命を落とせばすべてが白紙になること。オルフェンならその誓約の隙を狙おうとしてきてもおかしくはない。

  

「うん、サインしたよアーヴィン君」

「私もサインしたわ」

「では一人ずつ回収してこう」

 

 俺たちがサインを書き記せばセバスが一枚ずつ回収していく。誓約書を渡したサラたちは各々解散を部屋から出て行った。俺とセバスだけが残された部屋の中、セバスは最後に俺の誓約書を回収する。

 しかし妙に険しい顔をしていたためやや首を傾げてセバスの様子を窺っていると、他の者がいないことを確認してから口を開く。

 

「……キリサメ・カイト、大事な話がある」

「ん? 大事な話?」

「仮にこちら側が神判を勝ち取れた時……最終審判として『決闘』を申し込まれる可能性があるのだよ」

「はっ? なんで決闘を?」

 

 裁判らしからぬ物騒な言葉。

 議論が武力に変わる可能性を示唆された俺は思わずそう聞き返す。

 

「神命裁判とは神の代役者である教皇オルフェンが神判を下す。つまり自身の裁量で神判を有利に進められる。これは分かるかね?」

「ああ、分かるよ」

「だがしかしだ。こちら側が揃えた証拠や証言の量を踏まえれば……自身の裁量で神命裁判を押し通ることはできないのだよ。仮に押し通れば民衆やその場にいる者たちから独裁者と疑われる」

 

 セバスは説明をしながら付けていた白の手袋を外すと机に置かれていた十枚の誓約書を持つ。そしてペラペラと捲って枚数を再確認する。

 

「ならば素直に認めるか? ……それは到底あり得ないだろう。これらの過程から考えられるオルフェンの宣言は……『神判を下しかねる』という判決」

「下しかねる……?」

「オルフェンは神の代役者であり神ではない。神の代役者が判決を下せないなら神自身に判決を下してもらえばいい。こうして決闘に繋がるのだよ」

「そこからどうして決闘に繋がるんだ?」

「『神は正しい者に味方』をし『決闘の結果は神の審判』であるという思想に基づき、決闘とは神による正式な裁判だと(うた)われているためだ」

 

 現実では考えられない宗教らしい理由。俺は何とも言えない顔で誓約書を確認しているセバスを見つめる。

 

「追い詰められたオルフェンは確実に『決闘』を宣告する。こちら側の証人の中から一名のみ指名をされるはずだが……推測するにキリサメ・カイト、お前を指名するだろう」

「じゃあ俺が……決闘で戦わないといけないってことか?」

「その通りだ。オルフェンが自陣の誰を指名するかは推測できないがね」

「もしさ、そこで『決闘』を拒んだらどうなるんだ?」

「一ヵ月後に再審が行われるが……拒むことは推奨しない。オルフェンは初回の裁判を踏まえ確実に対策をし、こちら側へ更に陰湿な妨害を仕掛けてくるだろう。つまり時間を掛ければ掛けるほどこちら側が不利になる一方なのだよ」

 

 セバスの言っていることは至極全うだった。

 今は全員が無事だがもし延期をすれば誰かが刺客に殺される可能性だって高い。身に降りかかる危険が上がるのに反比例して、神命裁判への勝率も下がるだろう。

 

「キリサメ・カイト、一人で背負えるかね?」

「……ああ、背負うよ。背負って、勝つ」

 

 セバスは俺の返答を聞くと重ねた誓約書のズレを机に何度かトントンッと置いて直し、俺の前まで歩み寄る。

 

「ならば信頼してみよう──異世界転生者(トリックスター)の異名を」

 

 そして俺の胸に右拳を軽く当てつつ信頼が込められた眼差し送るとセバスは部屋から静かに出て行った。

 

「決闘……シエスタたちとどう戦うか話し合わないとな」

 

 避けられぬ決闘。俺は終幕の大図書館でシエスタやシビルさんと話し合う為に一度屋敷の自室へと戻ることにした。

 

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