ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:19『裁判前夜』

 

 終幕の大図書館。

 奇術『主人公補正』が作り出した空間で俺は決闘を申し込まれる主旨を説明していた。説明相手はシエスタ、シビルさん、七瀬さん、氷璃の四人。

 

「決闘……。神命裁判ではないけど似たような事例を聞いたことあるわ」

「シビルさん、似たような事例ってどんな……?」

「リンカーネーション内で起きた殺傷事件よ。対立したのは罪人として突き出された男性と、罪人を突き出した銀の階級の女性。両者ともそれぞれアリバイや証拠を用意して議論を続けたわ」

 

 シビルさんは淡々と過去の事例を話しながら椅子から立ち上がり、インテリアとして置かれていた天秤の左右に本を一冊ずつ乗せる。

 

「けど二人が提出した証拠は……白黒付けるほどの力がないものばかりだったの。そんなうやむやな議論が何十日と続き、埒が明かないと考えた判事は『とある方法』で白黒を付けようとした」

 

 本を乗せられるとどちらにも傾かず均衡を保ち続ける天秤。シビルさんはその天秤を静かに見つめた後、俺たちの顔を一望してきた。

 

「それが決闘。始まりは騎士が活躍していた時代に『すべての人は自分が証明しようとする真実は剣をもって守護し、虚偽なる仮面は剣をもって剥がすべきである』という制度からよ」

 

 騎士の時代。

 雪月花で出会った多くの騎士たちの顔が過る。立場を奪ったリンカーネーションに酷く恨みを募らせる人たちが沢山いた。もしかしたらこの世界は節々で騎士の時代からの伝統が受け継がれているのかもしれない。

 

「決闘をして……どっちが勝ったんですか?」

「意外なことに勝利したのは罪人として突き出された銅の階級。実力に差がある銀の階級を叩きのめしたの。この結果から判決は無罪となったわ」

 

 シビルさんはそう説明をしつつもう一冊本を乗せ、天秤を大きく左側へ傾かせる。

 

「それから数日後、決定的な証拠が見つかって銅の階級の男性が無実だったと正式に証明された。逆に銀の階級の女性が殺傷事件の犯人だったのよ。……そう、銅の階級の男性は罪を被せられただけだったの」

「そんなことが……」

「『神は正しい者に味方』をし『決闘の結果は神の審判』である……なんて私はあまり信じていない。けど罪を被せられた銅の階級が銀の階級に勝利した。こんな事例があるから未だに決闘の制度が消えないんでしょうね」

 

 神が審判する決闘。

 無実側が勝利するような事例があればあるほど決闘という制度が由緒ある審判だと思い込む。俺がシビルさんの話を聞いて納得しているとシエスタが「ほいっ」と前転をしながら俺の前に転がってくる。

 

「なーにを授業してんだいお前んだらぁ! 眠くてスヤァグッスリママァになっちまいところだったぜい!」

「何だよその言葉……?」

「ともの角煮も! あたしらは作戦会議しねぇとグッバイセンキューになっちまいってことなのだろうがい!」

「兎にも角にもな?」

 

 よく分からないテンションで両腕を前後にぐるぐると回しているシエスタ。俺が苦笑いでその様子を見ていると氷璃が口を開いてこう尋ねてくる。

 

「カイト、決闘で君が戦う相手は誰なの?」

「んー、正直分からないけど……心当たりならある」

「その相手って?」

「オルフェンのそばにいた二人の異世界転生者だ。名前は確か……Magris(マグリス)Pupa(プーパ)

 

 俺の前に姿を現した異世界転生者。

 オルフェンを慕っている上に何かしらの奇術も会得している。俺が二人の名前を上げると七瀬さんが首を傾げつつ口を開いた。

 

「多分、名前はオルフェンに付けられたものよね……。キリサメくん、二人は彼を敬っているように見えた?」

「はい、見えました。特にプーパっていう女の子はかなり怒っていて……」

「……もしかしたら、オルフェンには奇術に似た力があるのかも」

「奇術に似た力、ですか?」

 

 七瀬さんは落ち着いた様子でそう呟くと俺たちの方を見る。そして自身の考察をゆっくりとこう語り始めた。

 

「彼は民衆を自身の思想へ同調させていたでしょ? あの手段は私が魔女の馬小屋で……いえ、眷属のスフィンクスが信者を生み出していた洗脳術に近いの。だから奇術の可能性が──」

「いいえ、奇術ではなく呪印でしょう」

 

 ふと聞こえる女性の声。

 七瀬さんでもシビルさんでもない。だがどこかで聞き覚えのある声だ。それも二度と聞きたくもない──嫌悪感を覚える狂気の含んだ声。

 

「あれじゃいあれぇ! あの本がばっちん喋ってるわよぉ!」

 

 シエスタが指差す方角。

 そこにあるのは一冊の死者の書。表紙には黒い薔薇が描かれている。俺はゆっくりと歩み寄るとその死者の書を拾い上げ、刻まれたその名を目にした。

 

「……Kampana(カムパナ)ッ──』

 

 ネクロポリスで対峙した黒薔薇の使徒カムパナの名。俺はすぐさま手を離すと床に落ちた死者の書がガタガタ揺れ始め見開きの状態となる。

 

「ああ憎き異世界転生者(トリックスター)、このような再会を果たすとは──まさに天の配剤(はいざい)でしょう」

「嘘だろ?! なんで勝手に出てこれるんだよ……!?」

 

 本のページから黒い薔薇が咲き誇ると共にカムパナが姿を現す。修道女の衣服から垣間見える肌の上にはタトゥーのような黒い薔薇が浮き出ていた。

 カムパナは殺意とプレッシャーを放ちながら俺たちへ両頬を吊り上げた不気味な笑みを浮かべる。

 

「……ッ! 全員、下がってッ──」

「ふふふッ、下げるのは頭の方でしょう?」

「くッぁあッ?!」

「シビルさん!」

 

 カムパナと向かい合ったシビルさんが俺たちへ下がるよう促すため、視線をこっち逸らした瞬間だった。カムパナは瞬間移動をした後、シビルさんの頭部を右手で掴んだまま床へと叩きつける。

 七瀬さんは白雷を右手に纏うとカムパナへ落雷を落とそうと試みたが、

 

「ああ魔女よ。貴方に憐憫の情は抱きません」 

「避けられたッ──きゃあぁあッ?!」

「七瀬さんっ……!」

 

 落雷を何食わぬ顔で避けたカムパナは瞬間移動で七瀬さんまで距離を詰め、薙ぎ払った右腕を衝突させて壁際に置かれた本棚まで吹き飛ばす。

 

「カイト! あいつを封じ込める方法はないの!?」

「わ、分からないんだ! そもそもカムパナがどうして出てこれたのかもッ──」

「憎き異世界転生者(トリックスター)……貴方はまた九死に一生を得られるでしょうか?」

「カイトッ! 後ろだ!」

 

 氷璃の呼びかけですぐさま背後へ振り向く。

 そこに立っていたのは頭から伸びた紐に鐘が付いた鐘鳴刀を握りしめるカムパナ。俺は一瞬の出来事で硬直してしまったが、

 

「退いてカイト!」

 

 氷璃が俺を庇うようにして立ち塞がると左手をカムパナへ向ける。奇術である『暴食の手』で丸ごと呑み込もうとしているらしい。しかし左手を向けられたカムパナは何を考えたのか、触れてはならない左手と手を合わせる。

 

「あぁ鐘の音よ。生者の我らに祝印を与え給え」

「な、なにして……!」

「死者の我らに──呪印を与え給え」

「ごぼぉッ……!?!」

 

 氷瑠の口から飛び出すのは触手のように蠢く茨と黒い薔薇。カムパナがそのまま手を離せば氷瑠はもがき苦しみながら膝を突いてうつ伏せに倒れる。

 

「氷瑠……!」

「ああ異世界転生者(トリックスター)。後顧の憂いは必要ありません。何故なら貴方の肉体は──」

 

 後退りをしている俺の右肩に手を置いたカムパナは狂った笑みのまま顔を近づけ、

 

「──私の所有物となるからです」

「かッはッ……!?!」

 

 鐘鳴刀を俺の鳩尾に深々と突き刺した。

 反射的に声を出してしまったが実際は痛みも苦しみもない。ただ体内に流れ込んでくるナニカに俺は顔を青ざめてしまう。引き抜こうとするが凄まじい力で突き刺さった刀は微動だにしない。

 

「この儀式は補正値の変換。ああ、何故存じているかを知りたいようですね? ええ、それはここで貴方たちの会話をすべて傾聴していたからですよ」

「くッ、それを知って何を企んでいる……!?」

「ふふふッ、補正値の変換を限界まで行えば……貴方の肉体は乗っ取られるのでしょう? さぁ受け取りなさい異世界転生者──マニア様に恵まれた狂愛と私の補正値をッ!」

 

 カムパナが俺の肉体を乗っ取ろうとしている。輪廻の契約を結ばずにどうして補正値を無理やり流し込めるのかは分からない。だが今はとてつもなくマズい状況だ。

 俺はカムパナを引き剥がそうと試みながらも補正値の数値を確認できる機械へ視線を移せば、そこに映し出されている変換数値は五十パーセント。ちょうど折り返しの値までカムパナの補正値を流し込まれていた。

 

「くッそぉッ!! 離せぇえぇえッ……!!」

「ああマニア様! カムパナは黒い薔薇として返り咲き、狂愛の代償を授かりに向かいますッ……!! ふッ、ふふふッ、くッふッひゃひゃひゃひゃひゃッ!!」

 

 高笑いをするカムパナ。俺は耳障りな声に歯軋りしながら刻一刻と迫る百パーセントという数値に冷や汗を掻く。

 

「すとっぴんすとっぴん! おい何してーんだてめぇはよぉ!?」

「シエスタッ……!」

「……? このチビは?」

 

 そんな状況下で駆け寄ってくるのはシエスタ。カムパナの隣に立つと見上げた状態で怒りを露わにしていた。

 

「勧誘か誘惑かしんねーけどもの! この三百二十七人番目の弟子はあちしのお餅もちもち子分ちゃんなんだよい! 突き放れてもらえませんかねぇ!」

「貴方に用はありません」

「あっ、おいこら何してんねんわれぇッ!!」

「シエスタっ……!」

 

 カムパナは空いている手でシエスタの首を軽々と掴み上げる。俺はシエスタを助けようと腕に掴みかかるのだが全くもって動く気配がない。

 

「わたくしを誰だと思っているんだい貴様はぁ!? 俺さまはMyth(ミス) divine(ディヴァイン) apostle(アポストル) Quod(クオド) Erat(エラト) Demonstrandum(デモンストランダム) Ignosce(イグノスケ) ──」

「ふふふッ、貴方に死刻を告げましょう」

「……! やめろカムパナぁあぁあッ!!」

 

 シエスタの首を締め上げていくカムパナ。そのか細い首が紙のように潰れていく様に俺は叫びながらカムパナを止めようとした瞬間、

 

 パァンッ──

 

「──!」

 

 風船が破裂するような音。

 いや、正確にはシエスタの首を掴んでいたカムパナの腕が吹き飛んでいた。突然のことでカムパナも理解が追いつかず、呆気に取られた様子でシエスタを見つめれば、

 

 "その汚い手を三秒以内に退けろ肉塊"

 

 聞いた覚えのない女性の声が終幕の大図書館に響く。やや怒りが込められているのか周囲の本棚が酷く揺れている。

 

 "耳が腐敗しているのか? 俺は退けろと命令したぞ?"

 

 何者かの傲慢な声。

 二言目を耳にしたカムパナは瞬時に、いや反射的に俺から鐘鳴刀を抜いてシエスタから手を離す。そして初めて目にする強張った表情で壁に背を付けた。

 

(カムパナが、怯えている……?)

 

 鐘鳴刀を持つ手が小刻みに震え、眼球だけをギョロギョロと四方八方へ向けている。

 

「そうだ! シエスタ、大丈夫か!?」

「おうよぉ! ぼくはちゃーらへっちゃらのノーダメクリアなのですわよっ!」

 

 身を案じる俺に対してシエスタは特に変わらずいつもの調子でくねくねとした踊りを披露した。シエスタが喋っているわけじゃない。なら一体誰の声なのかとカムパナへ視線を移した途端、

 

「ああ──これは詰みですね」

「見るなシエスタっ!」

「うおおぉぉお! ぜーんぶ真っ暗でなーんも見えねぇってうおぉおおッ!」

 

 見えないナニカにカムパナの首が引き千切られ床へと捨てられる。俺はその光景を目の当たりにし、シエスタに見えぬよう目元を両手で覆い隠した。

 

 "数も数えられんのか? 程度の知れた肉塊め"

 

 そう吐き捨てる女性の声。カムパナの肉体は紙切れとなると死者の書へと吸い込まれ、辺りはしばし静寂に包まれる。

 

 "小僧、貴様はしばらく生かしておいてやる"

「お前は誰なんだよ?」

 "俺の奇術も貸してやろう。()が完成するまでせいぜい楽しませろ"

 

 俺の質問には答えず、それだけ伝えると女性の声と張り詰めた空気が少しずつ消えていく。俺はシエスタの目元から手を退かすと眉を顰める。

 

「奇術を貸す……多分『主人公補正』のことだよな?」

 

 あの声はハッキリと「奇術を貸してやろう」と述べていた。恐らくそれが指し示すのは『主人公補正』のことだろう。

 

「それに器が完成するまでって……一体どういう意味だよ?」

 

 声の主が何者なのかも器が指し示す意味も分からない。だけど今はその声の主のおかげでカムパナを死者の書へ封じ込めることに成功した。俺は落ちているカムパナの死者の書まで歩み寄り、転がりながら後を付いてくるシエスタにこう尋ねる。

 

「シエスタ、カムパナがまた死者の書から出てくるかもしれない。何か封印する方法とかないのか?」

「あるあるあるよよんっ! これじゃじゃーん! どどんぱっち! 『封印(ふういん)(しおり)』だぜいこいつぁ!」

「『封印の栞』?」

「こいつがあればどーんなべらぼうに悪い犯罪者共も本という牢獄から出てこれんのじゃよぉ! ちょーちょー超特急の往復切符みたいに作りましたのですわぁ!」

 

 封印の栞。

 それは『ふーいん』と書かれたごく普通の栞。超特急で作ったと万歳をしながら説明するシエスタから受け取るとカムパナの死者の書へ挟んだ。

 

「シエスタって意外に仕事が早いんだな」

「まっ、嘘ぴょんなんですけどねぇ。なんか今さっき持ってましたんですねはい」

「はっ?」

「だははっ、騙されたなぁ彗星ボーイっ! おやすみんみんぜみぃッーー!!」

 

 両腕を左右に広げながら逃げていくシエスタ。俺はぶち上がったテンションに頬を引き攣るとカムパナの死者の書を一際目立つ本棚へと仕舞う。

 

「うっ……うぅっ……」

「……! そうだ、シビルさんたちは?!」

 

 一波乱は取り敢えず収束できた。

 俺は逃げ出したシエスタを放っておくことにし、倒れているシビルさんたちの無事を確認することにした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 天気は少しだけ悪い、やや曇り空。

 体調は普段と変わらない、本調子。

 傍聴するため百人近くの民衆や貴族が集い、ざわめきだけがノイズのように響き渡る裁判所。神への信仰を彷彿とさせる赤や黄色の装飾が施され、地位を表すように異なる高さの座席が奥から順列に並んでいる。

 

「キリサメ・カイト、準備はできているかね?」

「ああ、万全だよセバス。後は全てをぶつけるだけだ」

 

 俺の隣に立つのはセバス。

 十メートル程度離れた対面にいるのは教皇オルフェンだ。最も高い座席に腰を下ろし作り笑顔を保ちながら俺たちを見下している。

 

「……」

(アレクシア……)

 

 俺たちとオルフェンの間に立つのはアレクシア。私服である白と黒を基調とした長い丈のワンピースを纏い、両手首を拘束具に付け、後ろに回した状態で拘束されている。

 

「忘れるなキリサメ・カイト」

「……?」

「お前は決して一人ではない。この言葉の意味が理解できるかね?」

「……ああ、分かってるよ」

「ならいいだろう。歩んできた過程と自身の中で導き出した結論を最後まで貫き通せ」

 

 セバスにそう激励の言葉を伝えられた俺は大きく深呼吸をしてアレクシアを見つめた。アレクシアは視線に気が付いたのか、ゆっくりと俺の方へ顔を向ける。

 

「助けに来たぞ、アレクシア」

 

 応えるように俺はぼそっとそう呟いた。

 多分、俺の声は民衆たちのざわめきでかき消されている。けれどアレクシアは何かを汲み取ったようで少しだけ瞼を動かした後、俺たちから視線を逸らす。

 

「ほっほっほっ、ではお集まりいただいた皆様方。これより『アレクシア・バートリ』へ神判を下す──」

 

 オルフェンがハンマーで板を叩く音。その音と共に民衆や貴族のざわめきが収まり、

 

「──神命裁判の開廷を宣言しましょうぞ」

 

 少女の運命を決める神命裁判が開廷した。

 

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