神命裁判開廷の合図。
木槌が台を叩く音を耳にした俺は高い座席に腰を下ろすオルフェンを見上げて息を呑んだ。傍聴席で控えているクレアたちも表情を強張らせている。
「ついに始まりやがったな」
「は、はい、お腹が空いてきましたっ……」
「フローラ、どうせなら緊張してほしいわ」
フローラさんにツッコミを入れるエリザさん。この神命裁判には十戒も傍聴しに来ている。見当たらないのはヘレンとティアさんの二人だけだ。
「それでは罪人のあなた様、名前を教えてもらえますかな?」
「……アレクシア・バートリだ」
「あなた様は罪人としてこの場に立っている。間違いありませんか?」
「ああ」
オルフェンに名前と立場を問いかけられアレクシアは素直に返答する。挑発交じりの返答をしていないことからアレクシア自身も神命裁判の経験があるようで、余計な発言をせずに聞かれたことだけ答えようと考えているらしい。
「ほっほっ……ではマグリス、改めて彼女の罪状を説明してくだされ」
「はっ、オルフェン様」
オルフェンは手始めにと言わんばかりに手下のマグリスへそう指示を出す。マグリスは一台のスマートフォンを片手に中央に立っているアレクシアの前まで近づく。
「罪人アレクシア・バートリ。まず彼女は水面下で行っていた悪事と吸血鬼の血による凶暴性を今まで隠蔽していました。しかしこれらはスマートフォンと呼ばれる板によって明らかとなったのです」
「具体的にどのような罪状があるのですかな?」
「この板に映るものから発覚したのは……殺人罪、傷害罪、殺人未遂、脅迫罪、暴行罪、背任罪。以上がアレクシア・バートリの罪状です」
悪質な動画を再生しながらオルフェンや傍聴する人々へ説明をするマグリス。俺は反論したい気持ちを抑え、黙ってアレクシアの罪状へ耳を傾ける。
傍聴席では不信感と嫌悪感を抱くどよめきがやや聞こえてきた。
「では証人の皆様方、この罪状に対して言い分はありますか?」
「ああ、言い分しかない」
「ほう、それはどのような言い分ですかな?」
「アレクシア・バートリが犯した罪状はほぼ虚偽であり、そのほとんどが正当防衛の範囲内であると進言させてもらおう」
俺とセバスが罪状を否定する。
オルフェンは俺たちの返答を聞くと貼り付けた笑みを浮かべながら、先ほど罪状を読み上げていたマグリスの方へと視線を送る。
「マグリス、
「はい、オルフェン様」
「ではこうしましょう。まずは証人のあなた様方に……スマートフォンと呼ばれる板に映り込んだ彼女の悪行。それらを虚偽と決定付ける証拠を提出してもらえますかな?」
しわが目立つ顔を向け証拠を求めてくるオルフェン。俺とセバスは顔を見合わせるとアビゲイルたちの方へ振り返った。
「えっと、これを受け取ってもらえますか……?」
「はいどーぞ! 皆さんこのすまほを持っててください!」
クレアとアリスは裁判所に集まった民衆や貴族たちへ籠に入った大量のスマホを一人一台ずつ渡していく。これだけのスマホを手に入れた場所はA機関のシャーロットの研究室。
『なるほど。君はこの研究室にあるスマートフォンが欲しいのかい?』
『はい、裁判の証拠として利用したいんです』
まず作戦を遂行する為に必要なのは大量のスマートフォンだった。すべて拾い集めるとなると裁判までに間に合わない。そこで思いついたのはアレクシアと共にシャーロットの研究室へ充電されたスマホを取りに行った時のことだ。
『これを見ても信用できないかね?』
『まさか、それって……』
『君が所持していたこのスマホだとも』
あの時、シャーロットは布袋から何十台ものスマホを見せてきた。俺たち異世界転生者の死体が必ず所持していた遺品。その遺品は回収されるとシャーロットの元まで届けられていたと話していたのだ。
『ふむ、裁判の証拠として……。しかしどれも電源すら付かない状態だろう?』
『それについては……アビゲイルに頼もうと思っています』
『なるほど、彼女になら可能だろうね』
唯一の懸念点はアビゲイルに直せるかどうかと充電関連。
ただその点に関しては壊れていない正常なスマホと見比べて修理してもらい、バッテリー用としてジュリエットの実験室で携帯充電器を貰ってきている。
『分かった。譲ってあげようじゃないか』
『シャーロット博士……! ありがとうございます!』
『それとキリサメ君、神命裁判に必ず勝つのだよ。グローリアでオルフェン君に革命を起こさせてはならない。……分かったかね?』
『……はい、分かりました。必ず勝ってみせます』
シャーロットと約束を交わしたあの日を思い出しつつオルフェンを見上げる。丁度そのタイミングでクレアたちがスマホを全員に渡し終えたとアイコンタクトしてきた。
俺は小さく頷いた後、咳ばらいをしてから傍聴席を見渡してこう伝える。
「渡されたものが虚偽だと裏付ける証拠です。その板に映っている三角形のボタンをタッチしてみてください」
全員に聞こえる声でそう伝えれば傍聴席の民衆や貴族たちはスマホに映る再生ボタンを押す。オルフェンやマグリスも同じようにスマホの再生ボタンへ指先を触れた。
『神の遣い、お前はいい取引材料だった! 愛想よくしてやったのも全部カネの為だ! 私の為にわざわざこの豚小屋に足を運んでくれて感謝するぞぉ!』
「ほう、この動画は……?」
「アレクシアを罪人と決めつけた動画の裏側……いや、すべての真実をまとめた証拠だ、オルフェン」
流れているのは俺が白川さんに教えられながら製作した動画。最初に神父を見捨てる場面から始まれば実習訓練、派遣任務……という順番で切り替わっていく。
「おい見ろよ! 何だこの三つ首の化け物は……?!」
「次に映ったのはドレイク家の洋館じゃない? もしかして噂で聞いた眷属……?」
「しかもその化け物と戦っているのは……あの娘じゃないか?」
「ええそうよ! あの娘に間違いないわ!」
映している場面は眷属と死闘を繰り広げるアレクシアの姿。実習訓練で遭遇したケルベロス
、ドレイク家の洋館で遭遇したラミア。シメナ海峡のスキュラや魔女の馬小屋のスフィンクス。吸血鬼の傘下である眷属と戦う光景に民衆や貴族は目を丸くする。
「待ってくれ。あの娘はリンカーネーションとして人間を守っているぞ……?」
「こんなにボロボロになってるのに……何度も立ち上がって戦っているわよ」
(よし、反応はいい感じだ……!)
証拠の動画を製作するうえでまずはあの悪質な動画を否定するための場面を流すことを優先した。アレクシアが無差別に人間を殺めていないこと。吸血鬼の血が流れている肉体で人類の敵である眷属と身を削りながら交戦していたこと。
それを伝えた後、次に俺たちが全員に知ってもらうべきアレクシアの一面は、
『……私たちの?』
『吸血鬼共に畜産物やらを献上する必要はなくなったが、しばらく生活は安定しない。
根は優しさに満ち溢れていることだ。
次に映ったのはゼンツァで出会ったクロウデル家のマノンさんへ財産面で支援をしている場面。そのまま色んな場面が流れていく。
「なぁ、本当にあの娘が俺たちの敵なのか……?」
「分からないわよ。でも悪い娘に全然見えない……」
人を殺めてしまったとき罪悪感に苛まれていたクレアやイアンたちを励ます場面。ドレイク家の洋館でトラウマを植え付けられたウェンディを優しく諭す場面。
(アレクシアは俺の知らないところで……誰かを想いやっていたんだよな……)
これらは動画制作をしているときに俺も初めて目にした。鬼のように厳しいと感じていたけど、自分の視点だけではその人物を計り知れないのだと思い知らされた。
(……けどおかしいよな。前にも似たような映像を青の塔で配信したはず。ここにいる人たちが初めて見るような反応をしているのは何でだ?)
青の塔で配信していた物事の白黒をハッキリとさせる『モノクロウム』という番組。あの時、ナトラのおかげでアレクシアの判決を白として勝ち取った。更には映像もフェイクであると証明もしたはずだ。
なのに民衆や貴族はその出来事が無かったかのような反応をしている。
『いいえ、奇術ではなく呪印でしょう』
(まさかオルフェンは黒薔薇の使徒なのか……?)
脳裏を過るのはカムパナのあの一言。
オルフェンの力の源を黒薔薇十字団だけが与えられる『呪印』だと断言した。踏まえたらオルフェンが黒薔薇の使徒だという可能性は高い。
「キリサメ・カイト、そろそろ動画が終わる頃合いだ」
「……! ああごめん、ぼーっとしてた」
「気張りたまえ。ここからが本番なのだよ」
隣から聞こえてくるセバスの呼びかけ。俺はすぐ我に返ると動画の再生が終わったタイミングを見計らい、オルフェンとマグリスに向けてこう宣言した。
「これが虚偽だと裏付ける証拠だ」
「……マグリス、証人の皆様方から提出された証拠に何か反論はありますかな?」
「では反論させてもらいます。このような映像は
「作り物? 今、作り物だって言ったよな? じゃあもし俺たちが出した証拠がお前のいう作り物だっていうなら──」
俺たちが提出した証拠。それらを否定する言葉を耳にした俺は頬を緩めた後、顔を上げながらマグリスへと視線を移し、
「──お前たちが見せた『あの映像』も
「……っ!」
失言を犯したマグリスに対して勝ち誇った笑みを浮かべた。マグリスはしまったと言わんばかりに表情を歪める。
「俺たちの証拠もお前たちの証拠も……同じ板に映像が流れているだろ。それにお前は今『非常に簡単に作ることができる』と口にした。ここにいる皆、さっきのマグリスの言葉……おかしいと思わないか?」
「た、確かにそうだよな。この証拠が嘘なら最初に板で見たあの恐ろしい光景だって……」
「そ、そうよね……? じゃあどっちも嘘ってこと?」
「分からねぇ。おれ、おれ分かんねぇよ……」
俺はアレクシアの印象を良くするためにあの動画を作ったわけじゃない。本当の目的は『アレクシアのフェイク動画への信頼を失くす』ことだ。その為には相手側から失言させる必要があった──作られたものだと、簡単に作ることができると。
「オルフェン、これでお互いの証拠はどちらも信用ならないってことになったよな?」
「……ほっほっ、そうですな。あなた様はとても頭が回るようで」
「お互い様だろ」
余計な真似をしてくれた。
そんな敵意の含まれた愛想笑いを向けられた俺はほくそ笑んでやる。だがオルフェンから焦りは感じない。未だ何か秘策を持っているのだろうか。
「おおそうでした。マグリス、まだ私に提出するものがあると聞きましたぞ」
「……? オルフェン様、それは……?」
「おや、裁判前に仰っていたではありませんか。罪人である彼女からそれはそれは残酷非道な行為を受けた証人を呼ぶと」
「は、はい、そうでしたねオルフェン様。私としたことが忘れていました」
初めて聞かされたようなマグリスの反応。オルフェンは強引に話を合わせると俺たちの後方へと視線を送る。
「証人の名前は……確かジェイニー・アベル様でしたかな?」
「は? ジェイニーさん?」
その証人の名を聞いた俺たちは思わず振り返った。ジェイニーさんは後ろめたさを感じるように俯きつつその場に立ち上がる。俺たちとは視線を合わせてくれない。ただそのまま一段ずつ傍聴席を降りていく。
「フローラ、どうしてあなたの妹が……?」
「は、はれ? わ、私にも全然分かりません……!」
エリザさんに尋ねられたフローラさんは動揺を隠せずにいる。勿論俺たちもこの展開は想定外だ。多分知っているのはオルフェンとジェイニーさんの二人だけ。
「……本当にいいんですかねぇ」
「えっ?」
(ジェイニーさんが立ち止まった……?)
ナタリアの隣で立ち止まるジェイニーさん。ナタリアに声を掛けられたらしい。俺は眉を顰めてその様子を眺めてみれば、ナタリアはジェイニーの方へ顔を向けず、逆にジェイニーはナタリアへ視線を向けている状態だった。
「信念をクソ曲げてビビり散らかすことがアベル家の栄光なんですかぁ? 私は信念を曲げた時点で敗北だと思いますけどねぇ」
「っ……! あなたに何が分かって──」
「だってそうじゃないですかぁ。ジェイニー・アベルさんは守ってばかりで……たったの一度でも誰かに勝てたことないですよねぇ?」
「──!」
何を言われているのかジェイニーが狼狽えている。遠くからだと顔色はよく見えないが核心を突かれたというような表情を浮かべていた。
「勝ちたいならそのクソゴミな自尊心を捨てたらどうですかぁ? そうしないといつまで経っても
「私は……アベル家の為に……」
「おや、どうされましたかな? 早くこちらへお越しください」
「オルフェン様、失礼致しましたわ。今すぐそちらへ」
オルフェンに呼びかけられたジェイニーさんは足早に傍聴席から降りる。そしてマグリス側の位置まで移動した後、証言するための壇上へ上がった。
「なるほど、不覚だった。ジェイニー・アベルはこちら側を裏切ったようだ」
「は、何言ってんだよセバス? ジェイニーさんが裏切ったって……」
「マグリスが把握し切れていないにも関わらず、オルフェンに呼びかけられて動揺することもなく証人として向こう側に立ったという過程から……水面下でオルフェンとやり取りをしていたのだろう」
「……っ! ジェイニーさん、どうして……!」
セバスの言葉が信じられず俺は無意識のうちに拳へ力が入る。ジェイニーさんは俺たちと目を合わさず、折り畳まれていた用紙を開いた。
「わ、私、ジェイニー・アベルは……」
「ジェイニー様、緊張せずともゆっくり
オルフェンが浮かべるのは勝利を確信するような悪魔の笑み。互いの証拠を相殺されても余裕の態度でいられたのは奥の手であるジェイニーさんを証人として準備していたから。俺は卑怯な手を使われオルフェンを睨みつけたその時、
「お前は、過去の私と似ている」
「……!」
アレクシアがジェイニーを見ながらボソッとそう呟いた。罪人として扱われている人物が口を開いたことで辺りはシーンッと静寂に包まれる。
「私は以前、お前にそう言った。あれは紛れもない真実だ」
「真実……?」
「ああ、最初の人生はお前のような女だった。血筋と自尊心に怯え、度胸も手腕もなく、誰かに利用されるだけの女に過ぎん存在」
淡々とそう述べるアレクシアはしばらく口を閉ざす。言葉を考えているのか数秒ほど沈黙すると変わらず冷めた眼差しをジェイニーへ送り、
「……今を逃せば二度と変われん」
「アレクシアさん……」
「お前と同じ人生を歩んだ──
たったそれだけ告げると口を閉ざして静かに俯いた。ジェイニーさんは呆然とした様子でアレクシアを見つめると持っていた用紙をギュッと握りしめる。
「怯える必要はありませんぞジェイニー様。どうぞこの場で真実を証言してくだされ」
「……失礼いたしましたわオルフェン様。今、証言いたします」
証言を促されるジェイニーさんは意を決したように顔を上げて傍聴席に座る人々を一望する。
「私、ジェイニー・アベルは──」
ゆっくりと口を開くジェイニーさん。有罪か無罪か分からない民衆や貴族に囲まれた中で、ジェイニーさんは自分の中にある迷いを切り捨て、
「──アレクシア・バートリが無罪であることを証言しますわ」
「……! ジェイニー様、何を……!?」
アレクシアの無罪を主張した。
オルフェンも予期していなかったようで初めて焦りの表情を見せる。ジェイニーさんは口を閉ざすことなく持っていた用紙を下ろし自分自身の言葉でこう紡ぎ始めた。
「本試験での事件はすべて紛れ込んでいた子爵が諸悪の根源ですの。巻き込まれたのは私ジェイニー・アベル、デイル・アークライトさん、カイト・キリサメさんの三名です。アレクシアさんは私たちを裏切るような真似はしていません。むしろ命を救ってくださった恩人ですわ」
「ジェイニー様、何を仰って──」
「決闘の真似事は私から申し込みましたの。『どちらかが命を散らすこと』と勝利条件を付けて。結果は痴態を晒しただけの敗北。本来であれば私はここに立ってはいません。ですがアレクシアさんは慈悲をくださりましたの」
オルフェンの言葉を遮りながら次々と証言をしていくジェイニーさん。名家の一つであるアベル家の令嬢の発言は説得力があるのか、民衆たちは集中して聞いているようだった。
「……私はアベル家の落ちこぼれですわ。吸血鬼を前にすれば身体が震え、アカデミーでも成績が奮わず、汚点となるような枯れ葉。アベル家の、恥知らずですわ」
「ジェイニーさん……」
「そんな私をオルフェン様はこう揺さぶってきましたの。『ここに書かれた内容を証言すればアベル家へアーネット家と等しい地位と栄光を与える』と」
ジェイニーさんはオルフェンから渡された用紙を傍聴席に座る人々へ見せびらかす。周囲から沸き上がるのは不信感が満ちたどよめき。
「書かれている内容は真っ赤な嘘。オルフェン様は神聖なるこの裁判でご自身の野望の為に手を回していましたの」
「嘘だろ? オルフェン様がそんなことを……!?」
「裏で揺さぶるなんて……いくらなんでも卑怯なんじゃ……?」
「皆さん、落ち着いてくだされ。誰か、ジェイニー様は気が動転しているようです。医務室へ連れて行きなさい──」
「勝手な発言はおやめになって!」
状況が悪化していることでオルフェンは強制的にジェイニーさんを摘まみだそうとする。しかしジェイニーさんの鋭い一喝でオルフェンは言葉を詰まらせた。
「皆様、お聞きになって。アレクシアさんは美しい心を持つ慈悲深いお方ですわ。無罪を証明するためならばこの命をへメラ様に捧げ、嘘偽りのない真実だと証明しましょう」
胸元に飾られた石の十字架を指で摘まむとジェイニーさんは目を瞑りながら黙祷を捧げる。そしてゆっくりを目を開くとアレクシアへ視線を向け、
「私、ジェイニー・アベルにとって──アレクシアさんはかけがえのない友人ですから」
吹っ切れた様子で微笑んだ。
アレクシアは表情一つ変えずジェイニーを横目で眺めていたが複雑な感情を抱いているのかすぐに視線を逸らす。
「以上が私からの証言ですわ。ではオルフェン様、ごめんあそばせ」
「──ッ! アベル家の娘がッ、よくもこの私を……!」
歯軋りをするオルフェンに対してジェイニーさんは貴族の娘らしくスカートの裾を持ち上げ、律儀に一礼すると俺たちのところに戻ってくる。
「ありがとうジェイニーさん。すげぇカッコよかった」
ジェイニーさんが俺とすれ違うときにそう呟く。賞賛の言葉に対してジェイニーさんは何も言葉を発さず、ただ「後は頼みましたわ」と伝えるかのように小さく頷いた。
「……ほっほっ、皆さん落ち着いてくだされ。私が手回していたなど嘘ですぞ。ジェイニー様は証人たちへ脅され、あのような証言をしたのでしょう」
「何言ってるんだよ!? 俺たちは脅してなんかいない! 今のがジェイニーさんの本心だ!」
「それではマグリス、証人の時間は終わりにしましょうぞ。そろそろ判決の方へ──」
「いいえ、今度はこちらの番ですね」
劣勢の状態から追い込まれないよう判決へ逃げようとするオルフェン。その言葉を止めるようにして響き渡る女性の声。その場で振り返ってみると俺たち証人が通る入り口からティアさんが足音一つ立てず入場してくる。
「おや、十戒のティア・トレヴァー様ではありませんか。今は神命裁判中ですぞ? 部外者が立ち入るのは……」
「部外者ではありません。私も証人の一人です。誓約書はここにあります」
ティアさんが見せたのは俺たちがセバスに渡されて書いた誓約書。十戒のエリザさんたちだけでなく、俺たちすらもティアさんの介入を予期していなかったためしばらく無言になる。
「アレクシア・バートリの経歴と人格を保証する証人を呼びました」
「証人……? ティアさん、誰を呼んで……」
「一人目の証人。孤児院時代の彼女を知る──
入ってきたのはどこか頼りなく指に婚約指輪をはめている──リンカーネーションの制服を着た茶髪の男性だった。