「よっ、大変なことになってるんだなお前」
「臆病者……」
「いやいや、こんなところに出てきたんだから臆病者じゃないだろ?」
アレクシアはスコットという男性を見るなり『臆病者』というあだ名で呼んだ。その掛け合いからそこそこの交流があったのだと察する。
「ではスコット、彼女について話してください」
「ああ、初めて会ったのは孤児院に顔を出したときだ。そんとき俺は
「なぜ男爵や食屍鬼に襲われたのですか?」
「裏で神父が男爵から賄賂を受け取ってたんだよ……孤児や俺たちを餌にする約束をしてな。だから神父は死んで当然だった。その子が『神父を見捨てた』って聞いたけど、俺も神父を見捨ててるんだぜ? じゃあ俺も罪人なのかよ?」
「……スコット、ありがとうございました。下がっていいですよ」
孤児院の真実を裏付ける証人スコット。
孤児院で起きたことを簡潔に述べるとティアさんに下がるよう言われて裁判所から出ていく。ティアさんは出ていくのを確認すると次なる証人を呼んだ。
「二人目の証人。彼女の担任として実習訓練に参加していた
「アーサー先生……!?」
「えっと、久し振りだねみんな?」
次に呼ばれたのはアーサー先生だった。
派遣任務の後、めっきりと顔を見せなくなってしまった俺たちの先生。いつもの優しい笑みを浮かべているが、目には隈が出来ており表情はやつれているようだった。
「アレクシアさん……ごめんね、頼りない先生で……」
「……」
アーサー先生は責任を感じているのかアレクシアの姿を見るなり謝罪をする。対してアレクシアはアーサー先生を無言で見つめるのみ。
「ではアーサー、担任として彼女について話をしてください」
「はい、彼女は成績優秀でみんなを引っ張っていけるような存在でした。性格面では少し冷たいところもあるけど……暴発事件ではアリスさんを庇ったりする優しい一面も持っています」
「実習訓練で彼女が吸血鬼だと疑われた件については何かありますか?」
「……アレクシアさんは人間です。原罪の襲撃に遭ったときアレクシアさんは僕たちを助けてくれた。それは僕だけじゃなくてみんなが知っている。例え身体に吸血鬼の血が混ざっていても人間で……僕の大切な生徒に変わりはない」
「アーサー、ありがとうございました。下がってください」
アーサー先生は僕たちに無理のない笑顔を向けて出ていく。俺たちは心配ながらもその後ろ姿を見送った。
「次は三人目の証人。彼女を乗せてシメナ海峡を渡った船乗りの
「ガッハハッ、キャプテンジョニーが来てやったぜ嬢ちゃんに坊主たち!」
「ジョニーさん!?」
ズカズカと巨体を揺らしながら姿を現したのは海の男ジョニーさん。つい先日ロストベアとシメナの渡来を手伝ってもらったばかりだ。
「おうおうなんだ嬢ちゃん? らしくねぇ格好してんじゃねぇか!」
「……お前の声は頭に響く。静かにしろ」
「ガハハッ! 元気そうで何よりだ!」
声量のある呼びかけにアレクシアはやや不快な表情を浮かべる。ジョニーさんはいつもの大笑いをすると壇上に立った。
「ジョン、船長として彼女について何か話を」
「ああ、俺はこまけぇ話が嫌いだからこれだけ言わせてもらうぜ。俺ら船乗りは嬢ちゃんがいなきゃあ海の
「では彼女が人間を襲わないと保証できますか?」
「襲うわけねぇだろ! なに当たり前のこと言ってんだキツネのねーちゃん! 嬢ちゃんの人柄はこのジョニー・フィッツロイ船長が保証してやる! 船乗りの野郎共だって嬢ちゃんの為なら一肌どころか二肌も脱いでくれるぐらいには信頼してんだぜ、ガッハハ!」
「ええ、貴方たちはそうでしょうね。ありがとうございましたジョン、もう大丈夫ですよ」
海の男らしくキッパリと断言するジョニーさん。ティアさんは退出を促されると俺たちに「また船旅でもしようぜ」と晴れやかな笑顔を見せて出ていく。
「さて次は四人目ですね」
「ほっほっ、ティア様……残念ですがもう時間がありません。このまま証人を呼び続けるのは神命裁判の誓約に違反し兼ねますぞ──」
「ふっ、何だいオルフェン。随分と生き急いでるじゃないかァ」
オルフェンの言葉を遮るのは老い耄れた声。コツンコツンッと地面に杖が突かれる音と共に現れたのは司祭服を身に纏い、目元を黒い布で覆い隠している一人の老婆。
「四人目の証人は──
「お、おい待て待て! ヴィクリア・ウィルキーだって!?」
「ヴィクリアってクルースニク協会の創設者でしょ!? どうしてグローリアに!?」
「まったく、犬共がキャンキャンとうるさいねェ……」
ヴィクトリア・ウィルキー。
クルースニク協会の創設者でもありグローリアを最も敵視している人物。そんな人物が姿を見せたことで民衆や貴族は驚きの声を上げ、エリザさん十戒たちは目を丸くしてヴィクトリアへ注目する。
「ヒュブリスや、ツイてない人生を謳歌してるようで何よりだよ」
「……なぜお前がここに」
「ふっ、あんたが一番分かってるんじゃないかい? 借りを作ったままの恐ろしさを」
「お前は私に借りは返したはずだ」
「はて、そうだったかねェ? 歳を取ると物忘れが激しくって……」
ボケたフリをするヴィクトリア。そのまま周囲の注目を浴びながら壇上へと移動すれば狼狽えているオルフェンを見上げた。
「ほっほっ、ヴィクトリア様がいらっしゃるとは驚きましたぞ」
「会うのは何十年ぶりだいオルフェン? あたしゃあ、あんたがぽっくり逝っちまってると思ってたよ」
「何をおっしゃいますか。あなた様も還暦でしょうに」
「口の利き方に気を付けるんだねェ……カルトジジイ。あたしゃあ、この腐った国のルールなんて知ったこっちゃないのさァ。今ここであんたの首を落としたっていいんだよ」
金の杖から引く抜くのは金剛石で作られた細剣。剣先をオルフェンへ向けるヴィクトリア。一触即発の空気の中、傍聴席から飛び降りてくる颯爽と白い髪と赤い瞳の女性。
「剣を納めてはくれないか──ヴィクトリア」
「ふっ、あんたが出てくるんだねェ血染めの皇女」
「君を止められるのは私ぐらいしかいないだろう」
皇女ヘレン・アーネット。
細剣の剣先を右手で摘まむとゆっくりと下ろさせる。ヴィクトリアは敵意を剥き出しにしつつも金の杖へと細剣を納めた。ヘレンは当然だが警戒を怠ることなく裁判の邪魔にならない位置かつヴィクトリアを監視できる位置まで移動する。
「……ではアレクシア・バートリについての証言をお願いします」
「言うことは何もないねェ。……ただそこの小娘の証人になるため、こんな犬臭い国へわざわざこのあたしが足を運んだ。それだけでも担保になるんじゃないかい?」
「何か言うことはありますか?」
「ふっ、そうだねェ……。ならこの場でクルースニク協会は──罪人アレクシア・バートリ個人と同盟を結ばせてもらおうか」
宣言したのはアレクシア個人とクルースニク協会の同盟。誰もが驚きの声を漏らしてざわざわと騒ぎ始める。
「もしこの裁判が小娘に罰を下そうものなら……あたしゃあ手を貸してやらなきゃならないねェ」
「ヴィクトリア、君はまさか……」
「おや、どうしたんだい血染めの皇女や。こんな老いぼれに渋い顔をするなんてあんたらしくないじゃないか」
死刑が決まった段階でヴィクトリアはアレクシアを助ける為に暴走する。ヘレンと一対一ではなく誰彼構わず、この場にいる者たちを皆殺しにしてしまう。
「それじゃあ頑張るだねェ坊やたち。あのカルトジジイを腐った玉座から引きずり降ろしてやるんだよ」
「……はい、分かりました」
たったそれだけ伝えると老人らしくゆっくりとした歩行速度で去っていく。物騒なことを口走っていたけどヴィクトリアさんがアレクシアの味方だというのは確かだ。
「まだこれからですよ。次は五人目の証人、彼女に吸血鬼の魔の手から村を救ってもらったクロウデル家の方々です」
「おねーさん!」
「リディ、走ってはいけません」
「マノンさんたちまで……」
ティアさんの一声と共に白い長髪を揺らして駆けてくる少女リディ。後に続いてマノンさんとジョスが姿を見せる。
「おいなんだよ。けんかつよいのにつかまってるじゃん」
「ジョス、そんなこと言っちゃだめ! ……おねーさん、だいじょうぶ?」
「……なぜここまで来た?」
「恩を返しに来ました。あなたは私たちにとっての英雄ですから」
穏やかな佇まいでそう微笑むマノンさん。アレクシアは表情を曇らせながらもマノンさんから視線を逸らした。
「では彼女について何か証言をお願いします」
「おねーさんね、すっごくかっこよかったの! こわい吸血鬼をみーんなやっつけて、おかーさんにジョスにえーっと……いっぱい村のみんなをたすけてくれたの!」
「そいつは村をたすけるために吸血鬼とケンカしてたんだ。なのにどーして悪いやつになるんだ? 吸血鬼とケンカするやつはいいやつなんだろ?」
「この子たちが言っていることは本当です。私も村の英雄として賞賛されるべきこのお方がこのような扱いを受けているのは納得できません。この場にいる方々は何を根拠に疑いをかけているのでしょうか?」
少年少女らしい無邪気な意見とやや怒りが込められたマノンさんの指摘。傍聴席に座っていた人々は狼狽えるように思い詰めた表情を浮かべる。
「証言ありがとうございました。それでは退出を」
「おねーさん、またおうちに遊びに来て……一緒にあそぼーね!」
退出を促されたことでリディは笑顔を振り撒いて家族と共に会場を出ていく。手を振られたアレクシアは決して手を振り返すことはなかったが、その表情は少しだけ和やかなものへ変化しているような気がした。
「では六人目の証人を紹介します。雪月花の代表として『
「ふふふっ、白薔薇の民の皆さんご機嫌よう♪」
まだ終わりのない証人の呼び出しで姿を見せたのはクレスの妹のミール・アーネットさん。隣には周囲の注目を浴びていることでキョドっているヤミ・ブレインさんがいた。後方には警備として花月騎士団の騎士たちが控えている。
「う、嘘だろ! 雪月花だって……!?」
「ミール様って……クレス様やスノウ様の妹さんよね?」
「ええ、初めてお姿を目にしたわ。想像していたよりも可愛らしい方なのね……」
クルースニク協会の創設者が現れたときと同様にざわめく傍聴席。あの時は身近にいたからこそミールさんの権威を感じなかったが、これだけの注目を浴びていることから改めて雪月花の一人なのだと再認識させられる。
「ミール皇女、彼女についてのお話をしていただけませんか?」
「アレクシア様は雪月花にとって救世主のような方ですよ。姉様と兄様の関係を繋ぎ止め、私たちの故郷を吸血鬼から取り戻すお手伝いしてもらって……あっ、十戒の皆さんからも手助けいただきました♪」
「それは雪月花の総意ですか?」
「はい、姉様と兄様も含めた雪月花の総意です。もしも雪月花の素敵な救世主を罰することがあったら……姉様ならこの国を敵国と見なすほどに怒っちゃいますよ♪」
可憐な笑顔と言葉の節々に含まれた威圧は長女のスノウに似たものを感じさせる。アーネット家特有の赤い瞳は感情の高ぶりで彩度が僅かに濃くなっているような気がした。
「ありがとうございましたミール皇女」
「いえいえ♪
(下見をしに……? 何か考えていることでもあるのか?)
下見という理由が少しだけ引っ掛かったが証言をしてくれたことに感謝をし、軽い足取りで出ていくミールさんの後ろ姿に軽く頭を下げる。
「長くなりましたが最後の証人です。ドレイク家に仕えていた使用人──
呼ばれて姿を見せたのはそわそわと落ち着かない様子のウェンディ。最後の証人がウェンディだったことに少し疑念を抱いていたが、
「そしてカミル・ブレイン。貴方も証人としてこちらへ」
「あぁ? 俺が証人だって……? てめぇ、どういうつもりだ?」
もう一人の証人としてカミルさんにも呼びかけた。カミルさんは突然のことで眉間にしわを寄せ、ティアさんに対して不信感を募らせる。
「ドレイク家の館で起きた事件。アレクシア・バートリと共に貴方の優秀な部下『シビル・アストレア』も引率として参加していたはずです」
「ああ、それは間違いねぇ。だがこの状況と何の関係がある?」
「貴方は彼女が最期に書き残した手紙を受け取りました。その内容を証人としてこの場で明かすべきですよ。……シビルに下した貴方の命令を隠蔽したいのであれば」
睨まれたティアさんは引き下がる様子はなくむしろ脅しを掛ける。カミルさんは苛立ちを露わにしながらも舌打ちをして傍聴席から立ち上がり、ズボンのポケットに手を突っ込みながらウェンディの隣まで降りてくる。
「私が最後に白黒つけたいのはドレイク家で起きた洋館事件に関してです。なので証人を二人用意しました。……ではウェンディ・フローレンス、貴方が見てきたものを話してください」
「わ、私が見てきたものは人間を喰らう食屍鬼と植物を人間に寄生させる恐ろしい眷属です。ご主人様も使用人の先輩も、みんな、化け物に襲われて……いなくなってしまいました」
「罪人アレクシア・バートリについて何か話したいことはありますか?」
「あ、あります! あの板でアレクシアさんが私の首を絞めていたのは、私が、私がその眷属に脅されて手を貸していたからなんです! だからアレクシアさんは悪くありません! 悪いのは、悪いのは私の方です!」
ウェンディは誤解を解こうと必死になって周囲へ訴えかけ始めた。十五歳にも満たない少女の言葉にその場にいる者たちは静かに耳を傾ける。
「アレクシアさんは私を植物の鳥かごから救い出してくれた恩人様でっ……私が変わろうと思ったきっかけの、憧れの方でっ……私の、私の大切なお姉ちゃんなんです!」
「……ウェンディ」
「私は、私はもう失いたくありませんっ! 大切な人を、大切な居場所を……誰かに取られるなんて絶対に嫌です! だからアレクシアさんを、アレクシアさんを返してくださいっ!!」
胸が張り裂けそうな想いで声を荒げるウェンディ。誰もが一人の少女の悲痛な訴えに心を揺さぶられる。その証拠にカミルさんは「やれやれ」といった様子でウェンディの頭に手を乗せた。
「えっ? あ、あのっ……?」
「もう叫ぶんじゃねぇ。喉を痛めるぞ」
「でも、アレクシアさんが……」
「俺が代わりに話す。そこで見てろ」
カミルさんはウェンディを下がらせると懐から一枚の手紙を取り出す。そしてしばらく無言で手紙を見つめた後、ゆっくりと口を開いて話を始めた。
「本試験で候補生を殺し回った子爵と実習任務を襲撃した眷属と原罪。元々俺はその女が引き寄せていると睨んでいた。吸血鬼共や厄介ごとを寄せ付ける疫病神じゃねぇかってな」
「カミル、そこで貴方はアレクシア・バートリを派遣任務で殺そうと考えましたね?」
「はっ、そこまで知ってたのかよ。ああそうだ、俺はシビル・アストレアを同伴させ事故に見せかけてその女を殺そうと計画したが……ドレイク家は眷属の苗床になっていたってわけだ。この時点で俺の計画は破綻しただろうな」
カミルさんは当初の計画を語りながらティアさんを鼻で笑う。俺は終幕の大図書館でシビル本人から話を聞いていたため大して驚きはしなかったが、セバスたちはやや目を丸くしながらカミルさんの後ろ姿を見つめていた。
「……結果的にシビルは戦死した。この遺言書を俺に託してな」
「そこに書かれている内容は?」
「自分で読んでみろ。なんならここで読み上げてもいい」
カミルさんは持っていた遺言書をティアさんへ手渡す。遠回しに読み上げろと促されたティアさんは中身を取り出すと一言一句しっかりと聞き取れるように音読を始める。
────────────────────
カミルさんへ
アレクシア・バートリは疫病神ではなく人間です。吸血鬼と戦い、仲間を導き、私たちと共に戦うリンカーネーションの一員に相応しい生徒だと思います。冷静沈着で腕が立つ彼女のおかげもあり今回の派遣任務で班員が多く救われました。
でもカミルさんが不安視していた通り、場合によっては疫病神になる可能性もあります。けれど例え疫病神だとしても……彼女に救われる生命は必ずある。なので私は彼女を殺せません。ごめんなさい、カミルさん。
階級降格の処分は必要ありません。私はきっとそちらへ戻れないので……。もし良かったら私の家族へ訃報を連絡するときは「私は最期まで一人の人間として人類の為に戦い抜いた。だから後悔はしていない」と伝えてください。
B機関でお世話になった方々、今までありがとうございました。そしてカミルさん、あなたの右腕としてB機関に勤められたのはとても光栄なことでした。
──人類に栄光あれ。
B機関 銀の階級──
────────────────────
「──以上が書かれている内容です」
ティアさんの読み上げが終わると会場は何とも言えぬ静寂に包み込まれる。カミルはその沈黙を破るように口を開く。
「シビルは俺の優秀な右腕。だから俺はあいつが残した遺言を信じることにした」
「ほう、いいのですかな? アーネット家の右腕とされるあなた様が吸血鬼の血筋を継いだ彼女を庇うなど」
「あ? ボケてんのかクソジジイ? 俺がいつその女を庇うって言ったんだ?」
口を挟んできたオルフェンを見上げて睨みを利かせるカミルさん。ティアさんから遺言書を返してもらうとオルフェンへ見せつけるように突き出す。
「その女を信じたんじゃねぇ。俺が信じたのはシビルが残した意志だ」
「何を仰りますか。その遺言書が偽造された可能性もあるでしょうに」
「何言ってやがる? あいつの筆跡を俺が間違えるはずがねぇだろうが」
偽造の疑いをかけてくるオルフェンに対してカミルさんはより一層睨みを利かせながらそう反論した。そしてシビルさんの遺書を懐にしまうとズボンのポケットへ手を入れ、
「おいクソジジイ、もし俺の部下を疑うっていうんなら──てめぇをここで殺すぞ」
「……っ」
怒りと殺意が込めてそう吐き捨てた。オルフェンはその気迫に押されたようで顔をしかめ狼狽える。
『ありがとうございます、カミルさんっ……』
俺の脳内に響くシビルさんの声。心の底から感謝するシビルさん本人の声は少しだけ上擦っているように聞こえた。
「お二人とも証言ありがとうございました。少々お時間をいただきましたがこちら側の証人は以上となります。これでおおよその真実は明らかとなったはずです」
会場から出ていくウェンディと傍聴席に戻っていくカミルさん。ティアさんは二人が壇上から去るのを確認し、今度は自身が壇上へと上がって周囲を見渡す。
「アレクシア・バートリが犯した罪を裏付ける証言はありません。しかし彼女に救われた者たちの証言はいくつもあります。果たして彼女は裁かれるべき人物なのでしょうか?」
「「「…………」」」
ティアさんの問いかけに民衆や貴族が沈黙を貫く。一人一人の顔から共通して窺えるのは、アレクシアを罪人だと決めつけていた自分自身への呆れ。そしてオルフェンに対しての不信感だった。
「神判者オルフェン、貴方は先ほどの証人たちを目にしてもアレクシア・バートリを罪人だと疑いますか?」
「ほっほっ、そうですな。ここまでの証拠を用意されれば彼女の無罪放免も目前でしょうぞ」
「……主導権を返します。神判の方を」
妙に受け入れが早いオルフェン。
ティアさんは違和感を覚えながらオルフェンへと神判を促した。
「それでは神判の方へ移りましょうぞ」
(……これで俺たちの勝ちだ。アレクシア、約束通りお前を助け──)
「時に皆様方、このようなタロットカードを知っていますかな?」
オルフェンが取り出したのは一枚のタロットカード。瞬間、置かれていた木槌や装飾品が小刻みに揺れ始め、その場にいる者たちが何事かと辺りを見渡す。
「これは『教皇』を暗示するタロットカード。タロットカードには正位置と逆位置がありましてな」
「……! おい、ここにいるやつらを全員外に出せッ!」
「は、はいっ! 皆さん、ここから逃げてください!」
揺れが次第に大きくなればカミルさんがフローラさんへ民衆や貴族たちを避難させるよう指示する。
「正位置が表すのは
「ちょっ、オルフェン様!? なにが起こんのっ……!?」
「オルフェン様、ご説明を……!」
「マグリス、プーパ、二人共よく私に付いてきてくれましたな──」
マグリスとプーパが駆け寄るとオルフェンを見上げる。しかし二人に対してオルフェンが向けた視線に感謝も温情もなく、
「──最期の最期まで」
「きゃあ"ぁあ"ぁあッ!!」
「ぐぁあぁぁああぁッ?!!」
「プーパさん!」
家畜を蔑むような無慈悲なものだった。二人の足元に穴が空くとプーパとマグリスは叫び声を上げながら落下していく。アリスは交流があったのかプーパの名を叫んだ。
「そうだ、アレクシア……!」
アレクシアはヘレンの加護で血涙や転生者の能力を封じられている状態。自分一人の力では何もできないと俺はアレクシアの元まで駆け出したが、
「来るな」
「──ッ!」
何かを察知したのか俺をその場で静止させた。瞬間、アレクシアの足元に大穴が空いてマグリスやプーパと同様に奈落へ落ちていく。
「くそッ!! アレクシアがッ……!」
「キリサメ・カイト、今はここから離れることが先決です。彼女の身を案じる前に自分の身を心配してください」
「……分かりました」
俺は震える両拳を抑え込むと先に避難をしたセバスたちの後を追い、ティアさんと共に会場から脱出を試みる。進行先では安全に避難ができるよう落下してくる瓦礫をルーナさんやフローラさんが粉々に砕いていた。
「お、おい、何だよあれ……!?」
裁判所から脱出をすれば一人の市民が後方を指差し声を上げる。俺たちはすぐさま振り返って指差す方向へ視線を移してみると、
「あれって石像の頭だよな?」
「ええ、そのようですね」
地震を巻き起こしながら地面を突き破り石像の頭が現れた。しかもその大きさは城の面積と変わらない。次々と首筋、両肩、胸元、腹部、腰、両脚という順番で俺たちの前へ浮き出ると城よりも高い、白い石像がそびえ立つ。
「なるほど、教皇のタロットカード……」
「ティアさん、何か分かって……?」
「玉座に腰を下ろした構図、三重の冠と司祭服を身に着け、三重の十字杖を持った姿。教皇のタロットカードに描かれている絵と瓜二つです」
「ちッ、考察するならあんなバカでけぇ像がどっから出てきたのかを考えろ」
ティアさんへ苦言を呈するカミルさん。
確かに見た目はオルフェンが持っているタロットカードの絵と酷似している。異なる箇所があるとすれば司祭服の至る箇所に『彫られた生首の凹凸』がある点と『黒の宝石』が一定間隔で埋め込まれている点。
生首の表情に関しては笑っていたり苦しんでいたりと様々だ。
「……あそこ、アーちゃんがいる」
「……! ルーナさん、アレクシアはどこに……!」
「胸元の宝石、見える?」
俺は奇術で能力補正を弄り視力を向上させた後、ルーナさんが見ていた箇所をじっと見つめてみる。
「はい、見えます。アレクシアが茨で拘束されて……」
宝石の内部は薔薇の苗床。
アレクシアの全身に巻き付くのは薔薇の茨。意識を失わず中で必死に身体を捩らせていたが、頑丈に拘束されているせいが逃れられる気配はない。
恐らく穴に落ちたプーパやマグリスも同様に捕まっている。
「私の教えを受け入れぬ背教者たちよ。たった今、我が主神はこう神判を下した──教皇は
石像の内部、いや天から響くオルフェンの声。足元に落ちている瓦礫や建物の近くに置かれた樽が小刻みに震える。
「逆位置が示すは
白い石像の全身に駆け巡るのは茨の黒模様。
波紋のように増えていくのは薔薇の
「黒薔薇の使徒
頬と目元が三日月のように吊り上がり、身体に埋め込まれた頭部の凹凸と共に本体の頭部が真っ逆さまに回転した瞬間、
「──安寧なる支配を受け入れなさい」
「なっ……?!」
世界が百八十度回転し、俺たちの肉体が空へと落下し始めた。