世界が反転し、俺の身体は空に向かって自由落下を始める。空に落ちるなんて聞いたことも経験したこともない。脳の整理が追いつかない状況で俺は何かを掴もうと手を伸ばすが、近くには掴めるものが存在していなかった。
「なんだよこれ? 茨が目の前にっ……!!」
俺たちの真上から垂れてくるのは一本の茨。空へ落下しないよう、救いを差し伸べるように目の前に垂れてきた。俺は嫌な予感がしてすぐには触れない。だが遠方で同じく空へ落下していく市民の男性はその茨へ手を伸ばそうとする。
「あッあぁッ……た、助かった、これに掴まれば……!!」
「待て! そいつに触れるんじゃねぇッ!!」
「うッうわぁあぁあっ!?! な、なんだ、た、助けてくれッ──」
カミルさんが叫んだのも束の間だった。
男性が茨に触れた途端、全身へ茨が巻き付いてオルフェンの石像へ引き寄せられていく。引き寄せられる先にあるのは石像を飾る黒い宝石。その内の一つに男性は吸収されてしまった。
「きゃあ"ぁあ"あぁあッ!?! 何よこれぇえぇッ!?」
「ぐわぁあ"ぁぁあ"あぁああぁッ!! だ、誰か助けてくれッ……!!」
「その茨はオルフェンの罠よ! 触らないで!」
エリザさんの忠告も空しく次々と民衆が茨を掴み黒い宝石へ吸い込まれてしまう。掴まなければ空へと落ちて掴めば石像に埋め込まれた宝石へ吸収される。
(くそっ、どうすればいいんだよっ……?!)
どう転んでも絶望的な状況下。
空へと落下をし続ければ命はない。だからといってオルフェンの石像に取り込まれるのは勘弁願いたい。誰もが宙で身体をもがくことしかできない中、突如俺たちを掻き分けるようにして風が吹く。
「ルーナ、氷で足場をッ!」
十戒のティアさん。
加護の力で足場のない宙を軽々と走り抜けると近くの建造物を瓦礫の山へと変え、周囲へと散らばすように蹴り飛ばす。そして落下していくルーナさんへ呼びかけた。
「……! 八ノ戒──零ノ加護!」
ルーナさんは加護によって冷気を纏うと自分の位置から最も近い瓦礫に手を触れる。そこから連鎖させるように瓦礫を伝いながら、周囲の建造物ごと丸々凍らせて氷の巨大な床を作り出す。
「ティア、ルーナ、助かったわ」
「あ、ありがとうございます……我が主の元へ本当に帰っちゃいそうでしたぁ……」
「チッ、それよりもだ……! あのクソジジイ、一体何しやがった?」
空へ落下していた俺たちの身体は氷の床によって無事着地をし何とか危機を免れた。エリザさんは片膝を突き、フローラさんは氷の床にへばりつき、カミルさんはすぐさま立ち上がるとオルフェンの石像を睨み上げる。
「傲慢な背教者たちよ。差し伸べた救いを受け入れないか」
「傲慢なのはそちらです。選別は救いとは言いませんよ?」
「神を求める者だけが救われる。選別は世の摂理であろう」
上下が反転する世界で玉座から立ち上がる巨大な石像。先程まで俺たちが立っていた地面を逆さまの状態で歩き、地響きを鳴らしながら左手に持った三重の十字杖を構え、
「求めぬ者に救いはない」
俺たちに向かって薙ぎ払ってきた。足場の氷の床ごと破壊しようとしているのだろう。そう悟ったティアさんはルーナさんの方へ顔を向ける。
「ルーナ、万が一に備えて足場の強化をお願いします」
「うん、分かった。……でもティア、アレをどうするの?」
「自由に動ける私が食い止めます」
「待ちなさいティア! 何か嫌な予感が──」
そう言って氷の床から飛び立つティアさん。ルーナさんは指示された通り氷の床を何重にも張り巡らせつつ別の足場も遠方へと作り出す。
しかしエリザさんはどこか不吉な予感がしたのかティアさんを呼び止めようとした。だがその声はティアさんには届かない。
「エリザさん、嫌な予感って……?」
「……詳しく説明はできないわ。ただ嫌な感じがするの」
「エ、エリザちゃんもですか? じ、実は私と我が主もなんだか気持ち悪いんです……」
表情を強張らせるエリザさんとフローラさん。言語化ができない二人を他所にティアさんは三重の十字杖へ迎え撃つため身体を宙で二回転させると、
「加減はしません」
薙ぎ払われる三重の十字杖に向かって回転蹴りを叩き込んだ。加護の力も相まって三重の十字杖は衝撃波を放つと共に静止し、そのまま粉々に砕かれるかと思ったが、
「加護が──相殺されてる?」
ヒビ一つすら入らず互いに五分五分の状態となった。
狐の面で表情は窺えないがティアさんがボソッと呟いた一言から想定していない出来事だと見て取れる。ティアさんはそれでも平常心を保ちながら押し切ろうと右脚に力を込めた瞬間、
「──ッ!!」
「ティア!」
「お姉ちゃんッ!」
三重の十字杖とティアさんの肉体が別々の方角へ弾け飛ぶ。ティアさんは凄まじい勢いで
カミルさんや妹のサラがティアさんの身を案じて名前を叫ぶが応答はない。
「ルーナ、ティアの位置まで足場を!」
「分かった……!」
「我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者……」
ティアさんが吹き飛ばされた先へ氷の足場を繋げるルーナさん。あの勢いで吹き飛ばされれば致命傷は避けられない。エリザさんは加護の詠唱を呟きながらティアさんの容態を確認する為に全速力で駆けていく。
「げほッごほッ……すみません、見誤りましたッ……」
「謝らないで。生き長らえただけでも上出来よ」
煙が晴れて視界に映り込むティアさんの姿。俺はその姿を目にして息を呑んだ。何故なら瓦礫に背を付け座り込むティアさんの右脚は、あらぬ方向へ折れ曲がっている状態。更には削れている鋭利な
「三ノ戒──
エリザさんがかざした両手に集まってくる光の粒子。折れている右脚や
「女神へメラの加護か。酷く愚かしい力だ」
「オルフェンはどうやって我が主の加護を相殺したのでしょうか?」
「今は分からねぇ。けど理由が分かったところで今は……」
カミルさんの言葉を遮るようにもう一度薙ぎ払われる三重の十字杖。しかし今度は俺たち目掛けてではなくエリザさんとティアさんを標的にしたもの。
「エリザ・アークライト、お前の加護は生命への冒涜に値する」
「てめぇら、そこから離れろッ!」
「よって背負った罪と共に──圧殺の刑を命じよう」
エリザさんの加護は致命傷すらも完治させる。だからこそ真っ先に始末すべきだとオルフェンは狙いを付けたのだ。
「エリザ、私のことはいいので回避に専念をっ……」
「怪我人を見捨てたら医師の恥だわ」
「それでは貴方がっ……」
「安心しなさい。十戒は私たち以外にもいて……」
向かってくる三重の十字杖を避けようにもティアさんの治療がまだ済んでいない。ティアさんが逃げるよう促すがエリザさんは微塵も動く気配がなかった。
「不可能を可能にするのが十戒──そうでしょヘレン?」
宙へ落下せず地上を駆け抜ける白い閃光。信頼に応えるかのように地を蹴ると向かってくる三重の十字杖に右拳を衝突させ、
「ああ、それが十戒だ」
「なにッ……?」
三重の十字杖を粉々に破壊した。視界に映るのはヘレンの余裕の笑み。十字杖の破片は地上へと重々しい音を立てて落下していく。
「──
「……ッ?!」
石像の頭上から放たれる白と花葉色が混ざった大型の光線。頭に乗せていた三重の冠が削り取られる。視線を移すとそこにいたのは俺たちと同じく逆さまの状態で銀の散弾銃を構えているエレナさん。
「くゃッははははッ!! ぶッ飛べゴミ屑がぁあ"ぁッ!!」
「ぬぐぉおおぉッ……!?」
狂った高笑いと共に石像の胸元へ降り注ぐ白い隕石。オルフェンの石像は体勢を大きく崩したことで横転してしまう。目を凝らしてみればその白い隕石の正体は、加護によって白い聖炎を纏ったソニアだった。
「すまない。援軍を招集するのに時間がかかってしまった」
「遅いぞヘレン。尻尾巻いて逃げ出したのかと思ったぜ」
「この国を統治するのは私だ。逃げ出せばアーネット家の名に傷を付ける」
見上げると何の影響も受けずに地上に立っているヘレン。カミルさんと互いに顔を上げた状態で会話を交わしつつ、誰もいないはずの背後を振り返り、
「パーシー、生徒や民衆たちの避難を頼む」
そう呼びかけた。
建物の影から浮かび上がってくるのは十戒のパーシーさん。口に咥えた葉巻を指で挟むと白い煙をゆっくりと吐く。
「おじさんに任せなヘレン嬢ちゃん。さー、避難するぞべっぴんさんたち」
「パーシー、どこに避難させるんだ? こんな状況で安全な場所なんて──」
『それは空間の範囲外だカミル』
カミルに返答するように聞こえてくるのは脳内に響く声。シエスタとは違う大人びた男性の声。俺だけじゃなくカミルさんたちにも聞こえているようで少しだけ辺りを見渡していた。
『簡潔に自己紹介する。僕は九ノ戒
「おい眼鏡、空間の範囲外っていうのはどういうことだ?」
『結論だけ述べれば……上下が反転する空間は半径十キロの円形状の範囲。要するに円の外へ出れば影響は受けない。現に僕は円の外で君らを観察している。……それとカミル、僕の名前は眼鏡ではないと言ったはずだ』
反転する空間に範囲がある。ニコラスさんという人からその情報を聞くとパーシーさんが後方で控えているクレアたちへ歩み寄った。
「というわけで、おじさんと一緒に避難してもらうぜべっぴんさんたち」
「じゃあ、あの、裁判の結果は? アレクシアはどうなるんですか……?」
「心配すんな嬢ちゃん。こうなりゃ裁かれんのはオルフェン爺ちゃんの方だ。嬢ちゃんの友達はおじさんたちが必ず助けてみせる」
不安を募らせるクレアたちへ安心するよう伝えるパーシーさん。そして更に念押しをするためにヘレンへ顔を向けるとこう尋ねた。
「そーだろ? ヘレン嬢ちゃん」
「……ああ、君たちは神命裁判で出来限りの最善を尽くした。だから後は私たちに任せてくれ」
ヘレンは強者の余裕を見せつけながらクレアたちへ微笑む。その微笑みを見たクレアたちは信じることにしたのか、素直にパーシーさんの後についていく。
「カイト! お前も来るんだろ?」
「あ、ああ! 後で行くよ!」
イアンに呼びかけられた俺は咄嗟に返答し影の中へ降りていく皆を見つめる。パーシーさんはその他の民衆たちを全員、影の中に避難させると最後に俺の近くまで歩み寄ってきた。
「後は坊主だけだぜ。行くんだろ?」
「……」
「おいおい、まさか残るつもりじゃねぇだろうな?」
「すみません、アレクシアをどうしても助けたいんです」
「君は戦力にならない。さっさと避難してくれ」
パーシーさんに戦う意志を示せば口を挟んでくるのはヘレン。異世界転生者を嫌悪しているからか辛辣なその一言に俺は少しだけ眉を顰めてしまう。
「み、見てください! バラバラになった杖と冠が再生していきます!」
フローラさんが指差す方角。
俺たちの目に映るのはヘレンが破壊した十字杖やエレナさんが吹き飛ばした三重の冠が、たちまち再生していく光景。
『僕の話をよく聞いてくれ。オルフェンは黒薔薇の使徒と自ら名乗った。結論から述べれば彼が扱う力は呪印で間違いないだろう』
「呪印……。私たちの加護とは相性が悪いな」
『踏まえて僕のプランを君らへ伝えます。あの支配者を止めるには──』
「バカみてぇな石像の中にいるクソジジイを潰せって言いてぇんだろ眼鏡?」
『間違ってはいないが僕の話を遮るな』
カミルさんに話を遮られて苛立つニコラスさん。二人の喧騒を聞いていたヘレンがわざとらしく咳払いをするとニコラスさんは「失礼」と一言だけ詫びを入れて引き続きこう話す。
『その為にはまず宝石に取り込まれた人々の救出が最優先だ。本体を叩くのはその後。僕は後方から君らへ情報共有と指示の役割を担う……前線は任せたぞ』
「ああ、分かった。ありがとうニコラス」
『いいえ、お構いなく。これぐらい造作でもないですよヘレン』
まずは黒い宝石を破壊して捕まっている人々を助ける。ニコラスはヘレンに感謝されると他の十戒に向けて果たすべき役割を一人ずつ指示し始めた。
『フローラ、君は近くの建物を破壊し瓦礫にしろ。そしてルーナ、君は落下を防ぐために瓦礫を利用しながら氷で足場を作り続けるんだ』
「わ、分かりました! ルーナちゃんと頑張ります!」
『パーシーは引き続き逃げ遅れた人々の避難を。エリザ、君は確実にオルフェンに狙われる。だから大事をとって身を潜め、もしもの時に応急手当ができるよう待機していてくれ』
「オッケー、おじさんとエリザ嬢ちゃんに任せな」
フローラさんたちはニコラスさんの指示通り足場を作り始め、パーシーさんは影に身を潜めながら逃げ遅れた人々を探しに向かう。エリザさんは前線から離れた場所まで後退していく。
『ティア、エレナは宝石を破壊して人々の救出を』
「ええ、分かりました」
「了解した、ニコラス殿」
エリザさんの加護で完治した右脚を何度か軽く動かすと地を蹴って飛び立つティアさん。エレナさんは銀の散弾銃を撃ちながら宙を飛び交い、ティアさんと合流をした。
『ヘレン、カミル、君らはオルフェンの注意を引き付ける役目を』
「……だそうだ。カミル、行けるか?」
「ああ、問題ねぇ。あのクソジジイを
上下反転した世界で上に立つヘレン。
その真下にカミルさんは移動して逆手持ちのルクスαを構える。二人共オルフェンに対して相当な恨みがあるようで横転した石像を睨み上げる。
『後はソニア、君は……とにかく暴れろ』
「くゃはははッ!! 言われなくても分かってんですねぇッ!!」
適当な指示を出されると高笑いするソニアさん。二刀流の紅いルクスαを握り直してから瓦礫を飛び移りつつオルフェンの石像まで駆けていく。
『それと各員、レクスとジーノが後方で待機している。要求すればオルフェンの体勢を確実に崩す手段を行使してくれるはずだ』
「はっ、そりゃいいな」
『ただし使えるのは一度だけ。馬鹿みたいに使ってくれるなよ、カミル』
「チッ……名指しすんなよ眼鏡」
カミルさんが舌打ちをし不快感を露わにする。そんなカミルさんの様子をニコラスさんは特に気にもせずに俺にこう語りかけてきた。
『キリサメ・カイト、君にも役目があります』
「えっ? 俺にも……?」
『はい、オルフェン本体を直々に叩き潰すという役目です』
その言葉を聞いたヘレンとカミルさんは目を丸くして俺の方へ顔を向ける。他の十戒のメンバーも驚いているのか一瞬だけ視線をこちらへ移してきた。
「ニコラス、彼には無理だ。代わりに私がその役目を引き受ける」
『お言葉ですがヘレン……ほんの数秒で再生する石の肉体。加護と互角、もしくはそれ以上の力を持つ呪印。この二つを兼ね備えたあの石像を止められる人物は君以外にいません』
「なら私が石像を破壊しながらオルフェン本体を引きずり出す。これで解決するだろう──」
『ヘレン、よく聞いてください』
どうしても俺を参加させたくないヘレン。自分が全て引き受けると反論する瞬間、ニコラスが落ち着いた口調でヘレンを宥める。
『事態を一人で収束しようとすれば必ず綻びが生まれる。君もよく分かっているはずです』
「……」
『勿論、彼を送るのに根拠がないわけではありません。異世界転生者が持つ
奇術は異世界転生者が持つ特殊な力。
神に与えられたものでもなく加護や呪印のような性質を持たない。だからこそ有効的である。そんなニコラスさんの説明を聞いたヘレンは表情を曇らせていた。
『オルフェンはこのグローリアに潜伏していた。恐らく僕らの情報は……加護の情報すらも筒抜けです。対策を練られていれば返り討ちに遭う可能性もあります』
「だから彼にオルフェンを任せると?」
『はい、僕の選択を信じてくださいヘレン』
ニコラスに信じてほしいと言われたヘレンは口を閉ざして俯いてしまう。カミルさんは自分自身で考えさせたいのか意見を言わず、ただ無言でヘレンの横顔を眺めていた。
アレクシアを自分の手で救い出すことができる折角のチャンス。俺は深呼吸をしてから意を決するとヘレンのそばまで歩み寄る。
「……お前さ、前に俺のこと嫌いだって言っただろ?」
「ああ、君のことは嫌いだ」
「良かった。俺もお前が嫌いだよ」
何食わぬ顔で「嫌いだ」と本心で伝えてくるヘレン。俺はその答えを耳にしてむしろ安心するとお返しだと言わんばかりに「自分も嫌いだ」と返答した。
「……でもなお前よりもオルフェンの方が嫌いだ。アレクシアを傷つけたあいつを俺は許すつもりはない」
「……」
「だから俺に任せてくれ。オルフェンと決着をつけてくる」
俺に対しての冷めた眼差しは前と変わらない。けどヘレンはゆっくりと俺から立ち上がろうとしている巨大な石像へ視線を移し、
「ニコラス、彼をあの石像のどこまで誘導すればいい?」
『規則的に埋め込まれた宝石の中でアレクシア・バートリが取り込まれた宝石だけ位置が不規則です。恐らくはあの位置からオルフェン本体へ繋がるナニカがあるはず』
「……カミル、私が先導する。彼と後に続いてくれ」
立ち上がったオルフェンの石像目掛けて駆け出した。頭上にある地面を全速力で駆け抜ける姿は白い閃光そのもの。
「ニコラス、作戦開始の合図を」
『十戒に告ぐ──作戦開始です』
作戦開始を告げる声。
開始と同時にソニアの白い聖炎が石像の至る箇所で連鎖爆発を起こし、エレナさんとティアさんが縦横無尽に石像の周りを飛び交いながら黒い宝石だけを的確に破壊していく。
(シビルさん、力を貸してください)
『ええ、分かったわ』
負けていられない。
俺は目を閉じて終幕の大図書館で待機しているシビルさんへ呼びかけ、補正値の変換を行い身体能力を底上げした。
「でけぇ口を叩いたんだ。俺についてこれるな?」
「はい」
「んじゃあ行くぞ。何があっても振り返るんじゃねぇ。てめぇの女まで近づくことだけを考えろ」
俺は強く頷いた後、カミルさんと共に氷の床を駆け出す。同時にオルフェンの石像も反撃を始めたようで三重の十字杖を薙ぎ払ったり、空いている手でティアさんたちを握り潰そうと猛威を振るい始めた。
「愚者たちよ。教皇の支配を受け入れぬのは何ゆえだ──」
「大人しくしていてくれ」
「ぐぬぉおッ!?!」
動きを制限する為に高く跳躍するヘレン。動術の機動で華麗に宙を舞うと、石像の右脚に後ろ回し蹴りを打ち込んで膝から下を木端微塵に破壊する。石像はガクンッと西側へ大きく傾いた。
「愚かな皇女よ。この私に膝を突かせるか」
着地したヘレンを圧殺しようと巨大な右手を振り下ろすオルフェンの石像。ヘレンは避ける素振りを見せず、そのままドシンッという地響きと共に巨大な右手の下敷きとなった。
「オルフェン、こんなにも軽い手で人類を支配できるのか?」
「なにッ……!?!」
が、その巨大な右手が持ち上がっていく。よく見てみれば下敷きとなったヘレンが右腕を石像の手の平に突き、徐々に押し返していたのだ。
「ヘレンがクソジジイの足をへし折った! 今のうちに飛び乗るぞ!」
「分かりました!」
「なぬッ!? この神聖なる身体へ靴底を付けるなど……!」
カミルさんの掛け声と共に石像の右腕へ飛び乗る。上下が反転する世界で俺たちが走るのは右腕の内側。目指すべき場所はアレクシアの宝石があるのは胸元の心臓位置だ。
「愚者たちよ。制裁の槍で射貫かれるがいい」
「チッ、牽制の槍が飛んでくる! 避けるか捌け!」
茨が石像の内側から這い出てくると棘の部分が碧の槍へと変化し、俺とカミルさんや他の十戒の人たちへ放たれる。
(これぐらいなら……今の俺でも避けられる!)
シビルさんから与えられた補正値によって身体が勝手に動き、器用に碧の槍を回避していく。対してカミルさんは逆手持ちにしたルクスαですべて弾き返していた。
「その動き、シビルの……」
「ん? どうしました?」
「いいや何でもねぇ、動きは上出来だ。このまま突っ込むぞ」
何とか肘から先まで到達し心臓の位置までおよそ百メートルほど。このまま順調に進めばアレクシアを取り込んだ宝石まで辿り着ける。そう思った矢先、
「うおぁあぁあッ!?」
「ぐッ、反転させやがったのか……!?」
世界が再び百八十度反転する。
右腕の内側を走っていたことで身体が真っ逆さまになり地上へと自由落下を始めた。その隙を狙ったオルフェンの石像は三重の十字杖を俺たちに向かって薙ぎ払う。
「ティア殿、二人の元まで!」
「ええ、分かっています」
即座に駆け付けたのはティアさんとエレナさん。俺の身体をティアさんが宙で掴み、エレナさんがカミルさんの衣服を掴んだ。しかし迫りくる十字杖は止まらない。
「ぶちかませ狂犬ッ!」
「くゃッはははははッ! ぶッ壊ァれなァア"ァッ!!」
エレナさんの呼びかけ。
それに応じるようにして上空から聖炎を纏ったソニアが隕石のように降り注ぎ、十字杖の軌道を大きく他所へと逸らした。
「ぐッうぅ……!?」
「吹き飛ばされぬよう耐えろ諸君!」
擦れ擦れで頭上を通り抜けていく十字杖。吹き飛ばされそうなほどの衝撃と突風を全身で浴びたため、しかめっ面で何とか耐え凌ぐ。
「支配も受け入れず、裁きも受け入れぬか。ならば与える事象は一つ──」
「エレナ、ここから離れるべきです」
「言われなくても一時撤退させてもらう!」
エレナさんとティアさんに抱えられた状態で俺たちは石像から距離を置く。
すると変化を起こしたのは最初にオルフェンの石像が腰を下ろしていた玉座。何千何万もの立方体の石へ一斉に分裂し石像の背中へ円形状の光輪が形成され始める。
「──必然なる
「へ、へぇえ!? 空にふわふわ浮かんでますよ!?」
空を見上げながら指差すフローラさん。
当然だが俺たちも空を呆然と見上げていた。あれほど巨大な石像が平然とした様子で空に浮かび上がり、俺たちのことを見下しているからだ。
「おい、アレが見えんだろ眼鏡。こっからどうする?」
『まずは状況確認だ。ティア、エレナ、宝石に囚われた人々は後何人残っている?』
「不幸中の幸い……残りはアレクシア・バートリただ一人です」
『なら作戦内容をアレクシア・バートリの救出を最優先にする。キリサメ・カイト、君はオルフェン本体を叩き潰す目的のまま動いてくれ』
民衆や貴族たちの救出は済んだ。
いよいよアレクシアを助け出すときが来た、と息を呑んだ瞬間、
「ねえ、何か嫌な予感がしない?」
エリザさんが眉を顰めながらオルフェンの石像を見上げた。何万個と分裂した立方体の石が群れを成すようにして背後に巨大な光輪を形成させる。
「愚かな背教者たちよ。天へ最期の祈りを捧げ──」
「おい、まさかあのクソジジイッ……!」
光輪が輝きを灯し始めればその中央に集中していく光の粒子。一粒が何十万と積もれば巨大な光球へと進化を遂げる。俺はその光景をどこかで見たことがあった。あれは漫画かアニメかゲームだったか。
「──この国ごと塵となるのだ」
『これはっ……全員そこから後退しろッ!』
間違いなく俺たちを消し炭にする巨大な光線が放たれる。
ニコラスさんが後退の指示を出したその瞬間、エレナさんが前へと飛び出して二丁の銀の散弾銃を上空へ構えた。
「下がれ、私が迎え撃つ!」
「何言ってやがる?! てめぇこそ下がれエレナ!」
「今更逃げたところで間に合わん! 受け止めるしかないだろう!」
カミルさんに反論するエレナさん。エリザさんは思い出したように皆の顔を見渡しながらこう提案をする。
「なら支援要請よ。レクスにオルフェンの体勢を崩してもらうよう頼んで──」
「……今はだめ。隙を作っても近づいた頃には立て直されてるから」
「ルーナ、あなた何をしようと……」
ルーナさんは首を左右に振りながらエレナさんに近づくと周囲に氷の壁を何重にも張り巡らせた。今の状態はエレナさんが構えた二丁の散弾銃の銃口が外へ露出し、上空にいるオルフェンに向けられた状態。
「……支援要請はこっちが攻める時に使って。守りは、私が引き受けるから」
「というわけだ! 我々の背後に隠れていてくれ!」
エレナさんが迎え撃ちルーナさんが防衛する。そんな身を削る作戦を聞いたニコラスさんのため息が脳内に響く。
『正気とは思えない提案だ。……が、その無茶な提案に乗ろう。僕に良い考えがある』
「良い考えとは何だねニコラス殿?」
『あんなアホみたいな力を使うんだ。君ら以外は視界に入らない。勿論それ以外の行動もできないだろう。僕らはその大きな隙を狙う』
防衛すべき状況で敢えて攻めに徹する。エレナさんの問いに対してそう返答するニコラスさん。俺は天に浮かんでいるオルフェンを見上げる。
『ヘレン、ソニア……まず君らは大きく旋回してオルフェンの死角へ回り込むんだ。位置についたら互いに息を合わせ同時に奇襲を仕掛けろ』
「ああ、最善は尽くす。だがソニアとの連携は期待しないでくれ」
「くゃッはははッ!! んなもんだぁーれも期待してねぇんじゃないですかねぇッ!!」
『はぁ、こんな状況でも君らは……まぁいい』
ニコラスさんは協力する気のないヘレンとソニアにため息をつく。二人は互いに声掛けもせず東西へ向けて無言で駆け出した。
『エレナ、ルーナ……君らはオルフェンを迎え撃つんだ。あの二人が迂回するまで持ちこたえてくれ』
「承知した、ニコラス殿」
『エリザ、君は加護でエレナとルーナの治療を続けろ。何があっても手を止めるな』
「……医者にとって史上最悪の作戦ね」
加護で治療を続けろという言葉の意味。
それはエレナさんとルーナさんが継続的に負傷し続けることを表している。エリザさんは苦言を呈しつつも二人の間に入って加護の準備を始めた。
『ティア、君はフローラを連れて上空へ向かえ』
「分かりました。いつもの
『その通りだ。フローラ、よろしく頼む』
「はい、我が主と私にどーんと任せてください!」
いつものアレ。
そう頼まれたフローラさんは両手を腰に付けて胸を張る。そしてティアさんの脇腹に抱えられて飛び立ったのだが、
「……フローラ」
「はい?」
「前よりも重いような気がしますけど?」
「ふぁい!? き、ききき、気のせいですティアちゃん!」
体重を指摘されて動揺するフローラさんを見てカミルさんたちは苦笑する。フローラさんは本当に大丈夫なのだろうか。
「おいニコラス、俺とこいつはどうする?」
『君らはその場で待機です』
「なに? 本気で言ってんのかお前? もしその三人が耐えれなかったときは……素直にくたばってくれとでも言いてぇのかよ」
エレナさんたちの防壁が破られた場合、待機している俺たちも巻き添えとなってしまう。カミルさんは正気かと問い詰めるがニコラスさんはただ変わらない口調で、
『カミル、エレナたちを信じろ』
「チッ、なんかあったらニコラス……てめぇの前に恨んで出てやるよ」
とだけ伝えた。
カミルさんは舌打ちをして待機命令を素直に受け入れる。丁度ニコラスさんが全員分に命令を下したタイミングでオルフェンの光輪に収束した巨大な光球が白く発光をし、
「
「来るわよエレナ!」
「ああ、最大火力で迎え撃たせてもらおう!」
全てを塵へと変える凶悪な光線が撃ち降ろされた。光線に纏うのは火花を散らす黒い雷。エレナさんは散弾銃の引き金を引いて二丁の銃口から白と
「ぐッううぅううぅうぅうッ……?!!」
「耐えて、エレナ」
互いに衝突し合う光線。
エレナさんの小柄な身体に相当な負荷がかかっているのか、散弾銃を握りしめた両腕の骨が軋む音がする。ルーナさんはエレナさんが吹き飛ばないよう背後で身体を支えていた。
「なんと愚かな……定められた終焉を止めることなど不可能だろう」
「ぐッ……まだ回り込めんのか狂犬ッ……!?!」
「マズいわね……治療が間に合わない」
エリザさんが加護でエレナさんの損傷した肉体を治療し続けるが、負傷の量が徐々に上回り再生が追いつかなくなっていく。
「──ッ!!」
「エレナッ!」
瞬間、エレナさんの左腕が弾け飛ぶと銀の散弾銃が一丁消滅してしまう。当然だが威力も減ってしまう為、そのままエレナさんは後方で待機している俺たちのところまで吹き飛んできた。
「エリザ、エレナの治療を……!」
「待ちなさいルーナ! 加護が届く範囲にいないと……!」
「私は大丈夫。エレナのことを心配してあげて」
ルーナさんは前線から更に最前線へと飛び出して氷の壁を何重にも築き上げる。その瞬間、凄まじい轟音と共にオルフェンが放った巨大な光線と氷の壁が衝突した。
「くっう"ぅッ……!!?」
「ルーナ!」
黒い雷と氷片を散らし苦痛に表情を歪めるルーナさん。その凄まじい衝撃と威力に氷の壁が耐えられるはずもなく亀裂が走る。
(ルーナさんの身体が、溶けてきて……)
それだけじゃない。ルーナさんの身体にも亀裂が走り、まるで氷が溶けるかのように肌の表面がドロドロと溶け出していた。
「ちッ、エレナは俺が処置する! エリザ、お前はルーナのところへ行け!」
「……っ! ええ、分かったわ!」
そんな最中、エレナさんの治療かルーナさんの治療をするかが選択できず戸惑うエリザさん。それを見兼ねたカミルさんはエレナさんの元まで駆け寄るとルーナさんへ向かうよう指示を出す。
「エリザ……だめっ、離れてっ……!」
「お断りするわ。死ぬときは一緒よ、ルーナ」
エリザさんはルーナさんの隣に立てばすぐさま治療を始める。けどルーナさんの身体が崩れる速度の方が上。どうやっても間に合わない。氷の壁もあと数秒で決壊する──その時だった。
「オルフェン」
「こんばんはゴミ屑様ぁ!」
上空に浮かぶ巨大なオルフェンの石像。
その西側から凄まじい勢いで向かっていく白い閃光。東側からは銀の火花をバチバチ飛び散らしつつ白い聖炎が向かっていき、
「そろそろ膝を突く時間だ」
「ぶッ潰れなぁあ"あ"ッ!!」
ヘレンは右拳を叩き込み、ソニアは左手の裏拳を叩き込んだ。石像の頭部は挟み込まれる形で粉々に砕け散り、首から上を失くして光輪からの光線が停止する。
「カミル、追い打ちをかけるなら今よ!」
「ああ分かってる! ……おいレクス、アイツにでけぇの一発ぶち込んでやれ!」
未だ上空に浮かんでいる石像。このまま地面へ墜落させるためにカミルさんが大声で支援を要請すれば、
『オッケーだぜカミルっち! あのクレイジーな爺ちゃんに実験体をアサインしてやるよ! アジャストよろしく頼むぜジーノっち!』
『はいはい、分かってますよ。今の状態で追撃を加えるなら……石像の右肩を狙ってくださいレクスさん。次の行動で必ず彼は右腕を大きく上げます』
『いいアジャストだジーノっち……全員、巻き込まれんなよ! フラッシーにかましてやるからな!』
凄まじい砲撃音が後方から聞こえてきた。
ジーノさんが述べていたオルフェンが右腕を大きく上げるという予想。その予想通りにオルフェンは体勢を立て直そうと右腕を振り上げ、
『ドッカーン』
「ぐぉおおぉッ!?!」
石像の右肩から先が爆破と共に粉砕する。
上空に浮かんでいたオルフェンはその追撃によって大きく体勢を崩して地上へと墜落する。重々しい音と天地を揺るがす地震。思わず体勢を崩しそうになったが、カミルさんが背中を支えてくれたおかげで何とか堪えることができた。
「私はルーナとエレナの手当てをするわ! あなたたちは今のうちにオルフェンと距離を……!」
「ああ、言われなくても近づいてやるよ。行くぞ、
「はい!」
ルーナさんに肩を貸した状態で俺たちに声を掛けるエリザさん。カミルさんの返答と同時にすぐさま地上へ墜落したオルフェンのところまで駆け出す。
「ルーナさんとエレナさん、大丈夫なんですか?」
「あの二人は俺たちに繋げた。心配よりも応えることだけ考えろ」
「……そうですね。分かりました」
ルーナさんとエレナさんが身を挺してチャンスを作った。俺はカミルさんに一喝されて気合を入れるように大きく深呼吸をする。
「ぐッ、小賢しい、小賢しい背教者たちめッ……」
『ティア、フローラを投下しろ』
「……ん? 投下?」
ニコラスさんが投下と命令を出したため眉を顰める。投下する対象はフローラさん。フローラさんは人間で、道具のような扱いをされるはずがない。聞き間違いかとも思っていたが、
「いいか? 少しだけ距離を取るぞ。フローラが投下されるからな」
「え? あの、フローラさんが投下ってどういう……?」
「見てりゃ分かる。……落ちてくるぞ」
カミルさんも投下と口にしたため聞き間違いではないことを理解する。そして「落ちてくる」と一言だけ述べて上空を見上げる。俺も同じように空を見上げてみれば、
「我が主ヘメラよ。我らは汝へ栄光を捧げ、汝より救いを授かりし者。我らが栄光を阻むは罪。我らへ汝の加護を与え給えば、我らが栄光なき罪人へ
「フローラさん!?」
上空からオルフェン目掛けて物凄い速度で降下してくるフローラさん。地上へ落ちているというのに一切動じず、ただ目を瞑りながら加護の詠唱をしている。
「……アベル家は神に最も愛された名家。お前も座学で習っただろ」
「ああはい、名家の特徴として習いました」
「そん中でもフローラはな、女神へメラから更に愛されてやがる」
最も愛されたアベル家の中でも更に溺愛されている。俺はいまいちピンと来ずにカミルさんから落下してくるフローラさんへ視線を移した。
「六ノ戒──
目を開くフローラさん。
その周囲を取り巻くのは巨大な球体。本物には劣るがオルフェンの石像を押し潰せるほどの大きさを持ち、眩しいほどの陽の光を放つ──まさに太陽そのもの。
「エイメン」
「ぬぐあ"ぁあぁあ"ぁあッ……!?!」
仰向けになった石像の身体へ巨大な球体が圧し掛かる。地響きと衝撃波で砂埃が立ち込め俺とカミルさんは目元を手の甲で隠した。
「加護は女神へメラから与えられる力だ。もし過剰に愛されてんなら加護もバカみてぇな力になる。現状ヘレンを除けば……十戒の中でフローラの加護が頭一つ抜けてるだろうな」
「そ、そうだったんですね……」
溺愛されていれば加護もその分強力になる。
俺はフローラさんの加護が十戒の中で最上位に分類されることを教えてもらい、普段から見せている天然な振る舞いとのギャップに何とも言えない表情を浮かべた。
「今です二人共! 我が主と私が抑えている間にオルフェン本体を!」
フローラさんの背後に巨大な化身が上半身だけ具現化している状態。化身の姿は長い白髪に茨の冠を被った女神。仰向けに倒れた石像を八本以上もある腕で身動きを封じる。
『カミル、キリサメ・カイト、早くアレクシア・バートリの元へ行け』
ニコラスさんの催促する声。
俺とカミルさんは互いに視線を交わして頷くと石像へ飛び乗り、アレクシアが閉じ込められていた黒い宝石まで全力で向かう。
「アレクシア! ……あれ、いない?」
「おいニコラス、どういうことだ? あの女がいねぇぞ」
『何を言っている? そんなはずはない』
しかし辿り着いてもアレクシアの姿はそこになかった。宝石は割られていないしアレクシアを助けたという報告も聞いていない。俺が不信感を抱いているとカミルさんは持っていた刀剣を突き刺して宝石を粉々に砕く。
「……そういうことかよ。こっから奥まで続いてんのか」
「じゃあアレクシアはこの奥に?」
「らしいな。ニコラス、クソジジイ本体の居所が分かった。多分この奥にいやがる」
目を凝らすと見えてくるのは宝石の奥まで続いている道。俺は直感でアレクシアとオルフェンんがこの奥にいるのだと理解する。
「俺とこいつで中へ潜入する。ニコラス、外の連中にそう報告しろ」
『了解した。内部まで僕の加護が届くかは分からない。そこには注意してくれ』
「ああ」
『失態を犯すなよカミル』
「はっ、誰に言ってんだ」
カミルさんは石像の内側に手を付け先頭を歩きながら道を進んでいく。そんな中で突然「おい」と声をかけられ背後を振り向けば、
「……っ!」
「丸腰で挑むつもりか? 余程の死にたがりだな」
ヘレンが愛用している白いルクスαを投げ渡してきた。嘲笑するような表情に俺は頬を思わず引き攣る。
「お前──」
「ああ喋らなくてもいい。君の声は耳にするだけでも不快だからな」
どこまでも俺のことを嫌っている。
その事実を喋るたびに突きつけてくるヘレンに苛立ちを覚えたが、俺は投げ渡された白いルクスαを腰に携えて、
「これは俺のでかい独り言だ。……ありがとう」
ヘレンに聞こえるぐらい大きな独り言を口にしてからカミルさんの後についていく。
「行くぞ。クソジジイの墓石を建てにな」
「そうですね。おまけに彼岸花でも供えてやりましょう」
「はっ、言えるじゃねぇか。その意気だ」
そして少しだけ軽口を叩くとアレクシアを助けに石像の内部へ足を踏み入れた。