前世を覚えている人間がこの世に存在するだろうか。お前の前世は芸術家だ、と言われ信じる人間はいるだろうか。
「ヒュブリスッ、キサマァッ……」
「喚くな」
答えは否、誰も前世など覚えていない。一巡のみが人生。開幕から終幕まで辿り着けば、再び開幕へと戻される。積み重ねてきた歴史も生き様も、幕を閉じればそこまでだ。
「貴様には人の言葉を喋る権利すらない」
これが人間の生から死への順路。単純かつお粗末、大変つまらんものだ。しかし私からすれば、人間に欠けてはならぬ尊厳だと考えている。
「……そうか。なら舌は必要ないな」
「ガッ、グガアァアァア……ッ!」
何故そう考えるのか。私の前に這いつくばる"吸血鬼"がいい例だ。生半可な思考で生に執着し、不老不死の肉体を手に入れ、人間としての尊厳を失った"愚か者"。
「噛みつこうとするな。貴様は犬の
「ア"ァ"ア"ァ"ァ"ア"……!」
この愚か者共は己の欲望の為、尊厳ある人間を殺し尽くしてきた。傲慢な態度で、安易な考えで、私たち人間をエサにしようとする。
「ヒュブリズッ、キサマ、だけはッ……!」
「気性の荒い犬だ」
この男は吸血鬼共の親玉――"
「ギザマさえッ、ギザマさえいなければァアァッ……!」
「そうだな。私が存在しなければ、お前はこの時代で女を貪ることができただろう」
私は床に転がっていた"銀の杭"を手に取り、這いつくばる公爵を見下す。
「だが私はここに"存在"する。この話は終わりだ」
「ウガッ――?!!」
「未来永劫、この世に生まれることなく――」
人間としての尊厳を失った愚か者へ冷めた眼差しを送り、公爵の心臓へ銀の杭を突き立てる。
「――
「グギャァ"ア"ァ"ア"ァ"ァ"ーー!?!」
そして銀の杭を押し込むように踏みつけた。
「つまらん時代だった」
吸血鬼共は遠い過去の時代から繁殖をし続け、人間たちをエサにしてきた。だから私はこの愚か者たちを殺し続けている。前世のさらに前世の――もっと遠い前世から。
「次の時代は……」
だから私は、次の時代もこの愚か者たちを殺し続ける。来世のさらに来世の――もっと先の来世まで。
「……"千年後"か」
前世の記憶を継承し、来世も今の記憶を継承する者たち。転生すればするほど、肉体が強化され、膨大な知識を得られる。
「この時代では大して得られるものもなかったが、次の時代はどうだろうな」
私たちのような人間は身体のどこかに"
「……見ているか愚かな神共。天命を与えられた者の末路を」
私たちは不死のようなものだ。どんなに残酷な死を辿ろうが、何百年後かには前世の記憶を継承したまま赤子として甦る。
「この紋章はただの"呪い"に過ぎん」
だが一度吸血鬼となってしまえば、リンカーネーションとしての証は消え失せてしまう。もう二度と、この世に生まれ変わることができない。
「……気に食わんサインだな」
人道を外れた吸血鬼を始末した時、亡骸の側に血文字で"ReinCarnation"とサインする掟がある。これは『神の遣いが粛清した』と伝えたるだけの哀れな証拠に過ぎない。
「まぁいい。どうせこの場所も直に崩壊するだろう」
私の左脚の太ももにも"ReinCarnation"という証が刻まれている。だが私は神に対しての信仰心は微塵もない。内に秘めるのは
「……次の時代へ転生するか」
「もう逝っちまうのか"嫌われ者"」
「"自信家"、お前が遅いだけだ。また神に祈りでも捧げていたのか?」
「おいおい、祈りを捧げるべきはてめぇの方だぜ」
私に声を掛けてきたのは"
「知らないのか。私がこの世で嫌いなものは上から順に、吸血鬼、神、ピーナッツバターだと」
"十戒"とは転生者の中でも優秀な十人の人間たち。神から愛された十人の人間、と述べた方が正しいだろうか。
「おぉそうだったか。それならてめぇがあの"ゴミ共"みてぇになったら、ピーナッツバターを塗りたくった杭を突き刺してやるよ」
この者たちは『転生回数』と『吸血鬼共を粛正した数』は頭一つ抜けている。神から与えられる"
「流石だな"自信家"。人間の私にすら勝てないというのに、吸血鬼になった私を殺せる自信があるのか」
信仰心が無ければ、加護は与えられないうえに扱えない。だからこそ不信心な私は加護とは無縁だが、十戒は加護を持たぬ私よりも格下。何度か手合わせをさせられたが、私からすれば大した実力ではない。
「……"ステラ"の野郎。コイツのどこがいいんだか」
「あの"小娘"に伝えておけ。私が次に転生する時代は五百年後だと」
「嘘つけ。千年後だろ」
「盗み聞きをしていたのか。趣味の悪い男だ」
私はキースを嘲笑うと自身の心臓に銀の杭を突き刺した。
「ちッ、早く逝っちまいな──"嫌われ者"」
自ら命を絶つ際は、肉体が吸血鬼共にならないように杭で心臓を突き刺す必要がある。最初は躊躇ったが、何度も自害する内に慣れてしまった。
「……あぁ聞き忘れていた。お前はこの瓦礫の山へ何をしに来たんだ?」
「後処理だ後処理。"ノア"が『どうせヒュブリスが公爵を始末するだろう』ってな」
「なるほど。お前はただの雑用だったのか」
そんな私の異名は神への謀反を象徴する"
「私は先の時代に逝く。後の時代はお前たち"十戒"の出番だ」
「うるせぇ。さっさと逝け」
「……来世で会おう」
吸血鬼共を死滅させる――その為だけに生まれてくるのだから。