ЯeinCarnation   作:酉鳥

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10:23『旧友の鐘』

 

「カミルさん、ここって……」

「ああ、間違いねぇ。アルケミスだ」

 

 足を踏み入れたオルフェンの石像内部。

 視界に広がるのは上下逆さまの世界でアルケミスにそびえ立つ城だった。ただ空に落ちるようなことはなく、逆さとなった地上へしっかりと足がついている状態だ。

 

「鳥とか草木とか全然動いてないように見えますけど……時間が止まってるんですかね?」

「さぁな。分かるのはクソジジイの趣味がわりぃことぐらいだ」

 

 真上で羽ばたいている鳥も花壇に植えられた花もすべてが微動だにしない世界。奇妙な空間にカミルさんは不快な顔をしつつ前方に見える城へと歩き出す。

 

「クソジジイはこの先にいる」

「……? どうして分かるんですか?」

「傲慢な連中ってのは高いとこで(しゃ)に構えてやがる。ああいう王の間みてぇなところでな」

 

 見上げた先は城の上階。

 俺たちは警戒しつつ城へと乗り込むとカミルさんの案内の元、オルフェンがいると予想される上階へと向かい始めた。その最中、俺は些細な疑問をカミルさんへこう尋ねてみる。

 

「カミルさん、聞きたいことがあるんですけど……」

「あ? 何を聞きてぇんだ?」

「カミルさんたちは黒薔薇十字団について何か知ってるんですか?」

 

 ニコラスさんとの会話から十戒が黒薔薇の使徒と呪印について既知していると汲み取れた。どこまで知っているのかが気になったため、少しだけ探りを入れてみる。

 

「詳しくは知らねぇ。だが俺たち人類を憎んでいて、加護と相反する呪印って力を持っていることは教えられた」

「教えられたっていうのは誰に?」

「決まってんだろ、白薔薇の使徒だ。ロザリア大陸は白薔薇十字団が()で統治しているからな。十戒が設立される度にお忍びで顔を出してきやがる」

 

 白薔薇十字団が統治する大陸だからこそ『薔薇』を由来とした『ロザリア』と名付けられている。話を聞いて一人で勝手に納得をするとカミルさんが立ち止まり、花瓶に活けられた白い薔薇へ視線を送った。

 

「知ってるかもしれねぇが……白薔薇十字団を崇める連中は白い薔薇を、黒薔薇十字団を崇める連中は黒い薔薇をそばに置く」

「えーっと、どうして薔薇をそばに置くんですか?」

「いわゆる暗号みてぇなもんだ。どっちを崇めてんのか分かるようにしておくんだとよ。大方(おおかた)、白薔薇と黒薔薇が互いの統治領へ手を出さないようにするためだろうな」

 

 暗号の役目となる白い薔薇と黒い薔薇。

 この国の城に白い薔薇が飾られているということは白薔薇十字団が裏で統治している証。もっと目立つようにアピールをしないのは、分かる人に分かればいいという考えの元だろうか。

  

「……ん? でも今ってオルフェンのせいでグローリアが危ない状況で……白薔薇の使徒が助けに来てくれてもおかしくないんじゃ?」

「いいや、あいつらが手を貸すことなんてねぇよ」

「え? ロザリアは自分たちの統治領なんですよね?」

「教えてやるよ。黒薔薇にロクなやつがいねぇように白薔薇にもロクなのがいねぇ。それが何でか分かるか?」

 

 そう問われた俺はしばし考えた後、分からないと首を振る。カミルさんは「だろうな」と分かっていたかのように白い薔薇が活けられた花瓶を持ち上げ、不快な表情を露わにしつつ乱暴に放り投げた。

 

「俺たちのことを下に見てるからだ。あいつらの頭ん中で人類は『神に選ばれた人間』と『神に選ばれなかった人間』の二種類に区別されてやがんだよ」

(そういえば転生者が迫害を受ける前って……神様に最も近い存在として扱われてたんだっけ)

 

 以前アレクシアやカムパナが話していた。

 転生者は過去に神の遣いとして人間たちから崇められていたと。しかし迫害を受けて転生者の数は一握りだけになってしまったと。

 

「そんな思想掲げてる連中が下等人類の俺たちに手を貸してくれるはずがねぇ。だからな、白薔薇ってのも黒薔薇と同等の……傲慢でイカれた集団なんだよ」

「そうなんですね。俺、てっきり正義の味方なのかと……」

「んなわけねぇよ。腕が立つ連中にお人好しの正義の味方なんていねぇ。そもそも正義掲げてる連中にまともなのもいねぇけどな」

 

 床に転がっている白い薔薇。

 カミルさんはわざとらしく踏み潰して最上階へ歩き出す。俺の中で白薔薇十字団への印象が変わり、ナトラさんの弟子になると約束したことが間違いだったのではないか。

 考えることが増えた状態でその場から歩き出した瞬間、

 

「マニア様は無償の愛を私たちに与え、白薔薇は果たして何を与えてくれるのでしょう?」

「──! カムパナ……!?」

「考えを改める気になりましたか、来訪神(らいほうしん)

 

 踏み潰された白い薔薇のそばにある壁。

 そこにカムパナが立っていた。俺はすぐさま白い刀剣を構えたがカミルさんは背を向けたまま。何かがおかしいと辺りを見渡すと色が消え失せ、時間が停止した白黒の世界になっていた。

 

「おお、なんじゃねこれは? わっちがかび臭い図書館からずっぽーんっと登場できとるやないかい!」

「シエスタ!? どうしてここに……?」

 

 それだけじゃない。

 カムパナだけでなくシエスタも俺の背後から前転しながら現れた。何が何だか分からない状況で戸惑う俺をカムパナは鼻で笑う。

 

「私がこのように姿を見せたにも関わらず他の者たちが姿を見せられない。原理は不明瞭ですが……きっとこれはマニア様が導いてくださった運命なのでしょう」

「くッ、気を付けろシエスタ! また俺の身体を乗っ取ろうと……!」 

「ああ目を光らせる必要はありませんよ来訪神。そちらには辛気臭いチビがいるので……私は貴方に指一本でも触れることも不可能でしょう」

「なんだとー! このー! だれがビッチ臭いじゃてめー!」

「辛気臭いです」 

 

 言い間違えるシエスタへ即座に訂正を入れるカムパナ。取り敢えずは前の一件もあってカムパナはこちらの身体を奪おうとはしないらしい。俺はゆっくり構えを解くとカムパナを見据える。

 

「じゃあ何で急に現れたんだよ? 説教でもしに来たのか?」

「早計な憶測ですね。よく思い見れば答えはおのずと判明するでしょう。私は貴方が絶命すれば現世に留まることもままならない、と」

「……それじゃあ何だよ? 俺に手を貸してくれるのか?」

「ふっ、ふふっ、反吐が出る浅はかな返答。実に来訪神らしい」

   

 カムパナは俺の質問に対して嫌悪感が滲み出るような声色でそう呟く。やっぱりこいつは俺のことがよほど嫌いらしい。

 

「問いましょう。貴方は自身が挑もうとしている相手を存じ上げていますか?」

「知ってる。黒薔薇の使徒だろ?」

「ああ何て概略的(がいりゃくてき)な知識に薄弱(はくじゃく)な脳髄。彼が黒薔薇の使徒No.4──蠱惑(こわく)の闇Orphen(オルフェン)だとも知らずに挑もうとしているなんて」

「は? 待ってくれ、No.4だって?」

 

 黒薔薇十字団の中で上から数えて四番目。

 オルフェンが想像以上の番号だったことで俺が驚いているとカムパナは僅かに微笑みながらそばまで歩み寄ってくる。

 

蠱惑(こわく)の闇オルフェン。人々の心を惑わせ闇へと誘おうとする狂気の王。彼が一度(ひとたび)玉座へ座ればたちまち幸福と栄光に満ちた国となり、彼が一度(ひとたび)玉座を立てば……内乱、戦争、謀反、様々な災厄に見舞われてあらゆる国が(ほろ)ぶと謳われています」

「……オルフェンは何で最初から国を(ほろ)ぼそうとしないんだよ?」

「すべては玉座に降り立つ事由(じゆう)にあります」

 

 カムパナは俺の問いにそう答えると床に落ちている白い薔薇を右手で一輪拾い上げた。その薔薇はカミルさんに踏まれておらず、まだ美しい形を保ったままだ。

 

「彼は喉から手が出るほど求めています。形ある麗しいものが──瞬く間に崩れる絶望(・・)を」

 

 そんな白い薔薇を一瞬にして握り潰してしまうカムパナ。指の間からは花弁がひらひらと舞い落ちる。

 

「絶望だって? じゃあ人間の心を惑わせるのは……」

「ふふふっ、貴方は思い違いをしているでしょう。彼は人々が絶望する姿を目にしたいのではありません。すべては自身(・・)が絶望に満たされるため」

「な、何だよそれ……」

「丹精込めて築き上げた国を自らの手で壊すのが彼のやり方。ふふっ、狂っているでしょう? まさしく狂愛を与えられるべきお方です」

 

 カムパナが右手を開くと手の平に薔薇の棘が刺さっていた。俺はオルフェンの狂いに狂っている動機に表情を険しくさせてしまう。 

 

「概して言えば貴方はオルフェンを前にして無残に散ることでしょう。なので最期に腑に落ちない行動について問わせてもらおうかと」

「っ……! 最低だなお前……!」

 

 カムパナは消えることに対して無念はない。その嘲笑うような表情と憐れむような瞳に俺は批難の言葉を浴びせ、カムパナを軽く睨みつけた。

 

「では貴方に問いましょう。なぜそこまでしてヒュブリスを助けようとするのですか?」

「は? 何でそんなこと聞こうと……」

「例えヒュブリスが冤罪だとしても……民衆に批難され権威のある者に判決を定められてしまえば状況が覆ることはないでしょう。それでも尚、なぜ貴方はヒュブリスを助けようと?」

 

 問われたのはごく普通の質問。

 俺は呆気に取られながらもカムパナの表情を窺えば、煽っているわけでもこちらを腹立たせようとしているわけでもなさそうだった。

 

「それは……助けたいと思ったから」

「ヒュブリスは貴方に助けを求めてはいないでしょう?」

「カムパナ、これは俺の考えだけど……『助けてほしい』って言葉をさ、口に出すのってすっげぇ難しいと思うんだ。それもアレクシアみたいな奴ほど、すごく言葉にし辛いんじゃないかなって」

 

 子供の頃からずっとそうだ。

 俺も誰かに助けてほしいと中々言葉にできなかった。理由は単純でいつも強がろうとしていたから。一匹狼でも生きていけると信じ込んでいたから。

 

『サッカーするやつ、グラウンドにしゅーごーな!』

『この筆箱みてー! 可愛いでしょー!』

(サッカーなんてこどもの遊びだろ……)

 

 小学生は上手くいかなかった。

 俺はお前たちとは違うと大人ぶろうとした。けどそんな俺に魅力を感じる子はいなかった。当然だと今でも思う。足が速いとかスポーツできるとか、そういう分かりやすい特技が人望を集めるんだから。

 

『すげー! 期末テストの学年順位十一位かよ!』

『まぁこんぐらい普通だって。ちなみにノー勉な』

(ふん、おれは一位だけどな……)

 

 中学生も上手くいかなかった。

 俺は勉強をとにかく頑張って学年一位を取った。けどそんな俺に声を掛けてきてくれる子はいなかった。そりゃそうだ。頭が良いという長所に、格好良くて、明るくて、接しやすい顔つきが付随しないとダメだよな。

 

『ねぇねぇ、今からちょー美味しいスイーツ店に寄ってかない?』

『お前ら、今日の夜ボイチャに集合な! 新レイドのボス狩りに行こうぜ!』

『な、なぁ、俺もそのゲームやってるんだけど──』

『よーし、帰ろうぜみんなー!』

 

 だから高校生になったときは一人になるのを辞めた。小学生と中学生で学んだことを活かしてクラスメイトを盛り上げようとした。だけど裏目に出て俺は本当の意味で一匹狼になった。

 いつも孤独を感じる度にこう思う。ああ、俺って生きるのが下手くそなんだろうなって。

 

(誰に、助けを求めればいいんだ?)

 

 孤立してしまった時、助けを求めることができなくなった。引くに引けないところまで来てしまった。求めていた一匹狼って……こんなのだったっけ。

  

『……なぜ私に構う』

『ん? 構うって……?』

『お前は魔女の馬小屋の一件で理解したはずだ。私の隣に立てば命を落とすと。下らん奇術で救われた命を……お前は無駄にするつもりか?』

 

 逃亡生活が始まった時、俺はアレクシアにそんな質問をされた。あの時は誤魔化しながら答えていたけど、本当の答えは違う。

 

(アレクシアは──俺と同じなんだ)

 

 本当の答えはアレクシアが俺と同じように引くに引けないところまで来ていると思ったから。誰にも頼ることができず、助けてほしいと言葉にもできず、孤独のヒュブリスとして生きてきたのだと。

 俺は自分の過去と照らし合わせながら目の前に立っているカムパナをじっと見つめる。

 

「だから俺は『助けて』って言われてから動くような奴にはなりたくない。余計なお世話でもいい。誰かが助けを求めてるって思ったら自分から手を差し伸べたいんだ」

「そのような答えは……綺麗事でしょう」

「じゃあカムパナ、アレクシアは……いや、マリアはお前が助けを求めたから声を掛けてくれたのか?」

「──!」

 

 綺麗事だと吐き捨てるカムパナに対してそう言及すると「なぜ知っている」と言いたげな反応を示す。だけどすぐにその理由に気が付いたようでやや不快感を込めた声色でこう答えた。

 

「……私の死者の書を読み漁った。盗み見とは手癖が悪いようですね、来訪神」

「利用できるものを利用して何が悪いんだ?」

 

 俺が目を通したのはカムパナの死者の書。例の騒動の後にこっそり読んでおいたのだ。そこに書き記されていた事実。それはアレクシアがマリアと呼ばれていた頃の親友がカムパナ自身だったことだ。

 

「アレクシアを助ける理由を俺に聞いたのは……あいつを助けようとしなかった過去に後ろめたさがあるからなんだろ?」

「……」

「だからわざわざ俺の前に顔を出したんだ。」

「ふっ、ふふふっ! ああ来訪神、貴方は救いようのない鈍才(どんさい)ですね? 私がそのような心咎めがあるとでもいうのでしょうか? いいえ、一切ありません。来訪神、その口を塞ぎなさい」

 

 向けられるのは苛立ちと殺意を込めた視線。カムパナが黒薔薇の使徒という身分もあり、その物言わぬ迫力と息が詰まりそうな空気に鳥肌が立つ。

 

「……もういいでしょう。貴方の返り(ごと)は酷く的外れなものです」

「おい、待てよカムパナ……!」

 

 しかしカムパナは飽きた素振りを見せると背を向けて他所へと歩いていく。俺への興味が失せているのか、呼びかけても歩みを止める気配はない。

 

「ああ待ち遠しいですね──貴方が死を告げられるその瞬間が」

 

 その代わり振り向いて見せたのは清々しいほどの澄んだ笑み。台詞に似つかない笑顔に俺は言葉を喉に詰まらせていれば、カムパナは忽然と姿を消してしまった。

 

「……おい」

「え?」

「なにボーッとしてやがる? 気を抜いたら死ぬぞ」

「す、すみません!」

 

 瞬間、停止していた時が動き出し色のついた世界へと変化する。呆然としている俺はカミルさんに不機嫌な様子で声をかけられ平謝りした。

 

「王の間はこの先だ。さっさとクソジジイを仕留めに行くぞ」

 

 反転した世界で階段を登り切れば金色と白色が目立つ広間が視界に広がった。四本の白い柱が四角形の角の位置に建てられ、左右の壁際には銀の鎧がずらりと並んでいる。天井は全て鏡となっており、豪勢な金のシャンデリアがいくつも吊り下げられていた。

  

「あの眼鏡が間違っていなきゃお前がカギだ。隙を見て奇術でクソジジイを張り倒せ」

「奇術でって……殴ればいいんですかね?」

「あ? んなこと俺が知るわけ──退けッ!」

 

 広間の中央を通過しようとした途端、炎のブレスが天井から降り注ぐ。俺はカミルさんに突き飛ばされ何とか無事だったが、カミルさんは炎のブレスに巻き込まれてしまう。

 

「カミルさんッ! ……くそッ、なんで気が付かなかったんだ!? 能力補正を上げているはずなのに……!」

 

 俺は確かに能力補正を上げて敵の気配を感じ取れるようにしていた。だが全く感知できず不意を突かれている。

 

「チッ、焦げるじゃねぇか」

 

 カミルさんは羽織っていた制服の上着を投げ捨てると俺の前まで後退し、白の刀剣を逆手持ちで構えて天井を見上げたため、俺も同じように顔を上げた。

 

「「……」」

「マグリスにプーパ……!?」

「はっ、クソジジイんとこのガキ共かよ」

 

 天井に咲き誇るのは黒い薔薇。

 そこから伸びた茨によってマリオネットのように操られているのはマグリスとプーパ。瞳は真っ黒に染まっており自我を失っている状態に見える。

 

「お前はクソジジイのところに行け」

「けどカミルさん……!」

「お前が行かなくてどうすんだ? あの女を助けるって決めたのはお前だろうが」

 

 俺は少しだけ考えた後、小さく頷いて王の間に向かって駆け出す。その道中でプーパとマグリスが俺に攻撃を仕掛けようとしたが、カミルさんは二人に接近をして刀剣を振り抜き、攻撃を阻止してくれた。

 

「おいガキ共。降伏すんなら手は出さねぇ」

「「……」」

「ああそうかよ。んじゃあてめぇら全員──」

 

 俺がこの場をカミルさんへ任せることに少し躊躇したのは甘い思考が理由だ。その甘い思考は前々からずっとアレクシアにも指摘された考え方。

 

「──ここで死ね」

 

 二人を殺さないであげて欲しい。

 そんな甘い思考が一瞬だけ喉から言葉が出かけたが何とか抑え込んだ。

 

(カミルさんに、そんな無責任なこと頼めないっ……)

 

 後方から鳴り響く衝撃音。

 王の間へ続く廊下を振り返らず走り続け自分に言い聞かせた。カミルさんだって命を懸けて戦っている。この世界で敵も味方も無事に済むなんて夢物語だと。

 

「はぁはぁ、着いた! ここがオルフェンのいる王の間……!」

 

 衝撃音が聞こえなくなる距離まで走ると見えてきたのは黒い薔薇の模様が刻まれた両扉。俺は荒くなった呼吸を整え、両扉へと手を突いてからゆっくりと押し開いた。

 

「ほっほっ、あなた様がここまで辿り着くとは思いませんでしたぞ」

「オルフェン……!」

 

 真っ先に視界へ映るのは玉座に腰を下ろしたオルフェン。俺は白の刀剣を鞘から引き抜くと何時でも交戦できる体勢へと切り替えた。

 

「アレクシアはどこだ……!?」 

「アレクシア? はて、何のことやら……」

 

 俺が問い詰めるとオルフェンはわざとらしく老人らしい振る舞いを見せる。挑発しているのだと悟った俺は刀剣を振り上げて矛先を向け、歯軋りしたあと更に問い詰めた。

 

「惚けるんじゃねぇぞオルフェン! どこにいるか答えろ!」

「……ああもしや、罪人様のことでしたか。その方はあなた様のそばにいますぞ」

「は? 俺のそば?」

「そうですな、ちょいと見上げてみるのがよろしいかと」

 

 プーパやマグリスのように茨に吊り下げられているのではないか。俺はすぐさま顔を上げてアレクシアを探し出そうとした……その時、

 

『どこ見てんだばかやろーめ! 前から来るぞい!』

「──ッ!!?」

 

 頭の中に響くシエスタの声。

 視線を戻せば目前まで詰め寄るオルフェン。左手に持った十字の三重杖を突き刺そうと振り上げていた。俺は右に大きく転がって何とか回避する。

 

「おや、今のを避けるとは中々……」

「くっ、そうだったよ! お前はいつも卑怯な手しか使わなかったな!」

 

 当然だが天井には何もない。

 俺の不意を突いて一撃で殺そうとしていたのだ。卑怯な戦い方に俺は苦虫を噛み潰したような顔をしながらその場に立ち上がった。

 

「仕方ありませんな。次の一手で終止符を打ちましょう」

(来る……!)

 

 オルフェンが老体とは思えぬ機敏な動きで接近し十字の三重杖を軽々と振り回してくる。俺は何とか白の刀剣で受け止めたり、反撃を繰り返していたのだが、

 

「どうされましたかな? 今のところ威勢だけのようですぞ?」

(おかしい、外にいる時よりも身体が鈍くなって……!)

 

 どうも身体が鈍い。

 シビルさんの補正値を変換し能力補正値で身体能力を向上させているはずが、オルフェンの動きを捉えることで精一杯の状態となっていた。

 

(シエスタ……! シビルさんの補正値はどうなってるんだ!?)

『そんがよ、おっかしいのよこれ。なーんもありゃへんのさ』

(は? なんもないってどういうことだよ!?)

『シビルなんちゃらの死者の書がねぇってことじゃい! ヒョウリなんちゃらも魔女なんちゃらもおらんのよい! 何が起きてんのかあちしにもサッパリーングざけん!』

 

 死者の書がない。

 だからシビルさんの声がさっきから聞こえていないのか。俺がオルフェンと交戦する最中、シエスタは更にこんな報告をしてくる。

 

『しっかもかも! なんか補正値ぶぅんぶぅん変える機械も変なんじゃよ!』

(変って何が……!)

『五十パーセントまでしか上がってないのさい! 百パーセントまでグルグル回しても上がらんのだよぉ!』

(嘘だろ!? どうしてッ──)

 

 シエスタの話を聞きながら交戦していたことで大きな隙ができる。オルフェンはその隙を逃すはずもなく、

 

「隙だらけですな」

「がッはぁあ"ッ……?!」

 

 器用に回転させた三重杖が俺の脇腹に打ち込まれ、転がりながら壁際に背を打ち付ける。受け身が取れなかったため、一瞬だけ呼吸が止まりかけすぐに何度も咳き込んだ。

 

「ほっほっほっ、呪印に対する策が奇術である。この私が知らないとお思いでしたかな?」

「がはッ、げほッ……お前、何をしたんだっ……」

「石像の外部に呪印の力を流していましてな。へメラからの加護を遮断し奇術であればその力を抑え込む。ちょっとした小細工ですぞ」

 

 三重杖を床に突いて不敵な笑みを浮かべるオルフェン。俺は落とした刀剣を拾い上げつつ脇腹を抑えながら立ち上がる。

 

「だからアレクシアをっ……助けられないよう拉致したんだな……?」

「おお、その通りですぞ。この小細工が通じないのはバートリ卿の『血涙』に白薔薇の使徒の『祝印』ですからな。先手を打つのは当然でしょう」

 

 アレクシアを自分の手中に収めた理由。

 それは血涙の力を持っていたから。処刑したがっていたのも内部まで引きずり込んだのもオルフェンからすれば障害を取り除くためだった。

 

(でも奇術は完全に抑え込めていない……。ニコラスさんの判断は、間違ってはなかったんだ)

 

 奇術の対策が施されていたのは想定外だったが、おおよそニコラスさんの予想通り。もし十戒が内部へ潜入したら加護を無効化されていただろう。まだ弱体化で済んでいる奇術なら勝機は見える。

 

「では再開しましょうぞ。一方的な粛正を」

(後は自分次第だ。俺自身の力で勝つしかない)

 

 再び始まるオルフェンとの攻防。

 白い刀剣と黄金の三重杖が互いに衝突し合い火花と耳障りな金属音を放つ。

 

「甘いですな」

「ぐぁッ、うぉあぁッ!」

「その程度で私に歯向かうなど」

「ごふッ、うッごッ!」

 

 しかしオルフェンは相当な手練れだ。ただ玉座に腰を下ろして偉そうにしているだけじゃない。動術を学んでいるうえに杖捌きも相当手慣れている。俺も動術の波動で対抗したが、オリヴァー家の反動で返り討ちにあってしまう。

 

(俺はッ……なんでこんなに弱いんだよッ……!!)

 

 オルフェンの杖であざだらけの肉体。そんな脆い身体をふらつかせながら改めて思い知らされた。奇術があろうと自分自身が弱ければ意味が無いのだと。

 

「おや、もう終わりですかな?」

「はぁはぁッ……ぐッそぉお"ぉッ──がッはあ"ぁあ"ッ!?」 

 

 一太刀でも入れなければ。

 必死にオルフェンへ斬りかかるが腹部へ強烈な一撃を打ち込まれ、壁際まで吹き飛ばされるとうつ伏せになって倒れ込む。

 

「ほっほっ、哀れな姿をしておりますぞ」

「ごほッげほッ……」

「おお良いことを思いつきました。可哀想なあなた様をこの方に見てもらいましょう」

 

 オルフェンが杖を突いて鈍い音を打ち鳴らすと床が裂け、茨で作られた鳥かごが現れる。

 

「──! アレクシアっ……!」

「……お前がなぜここにいる?」

 

 鳥かごに囚われているのはアレクシア。

 周囲から伸びた茨で身体を拘束されている状態。俺に気が付くと僅かに驚きつつもボロボロの肉体に気が付き、オルフェンの方へ視線を移す。

 

「彼はあなた様を助けに来たそうですぞ。涙の一粒でも流してあげては?」

「何を言っている? 泣いて命乞いをするのは貴様の方だろう」

「ほっほっ、あなた様には見ていないようですな。そこに倒れた非力で薄汚れた男が──」

 

 俺のことを嘲笑うオルフェン。

 アレクシアは表情一つ変えずオルフェンに対して冷めた眼差しを送り続ける。情けない姿を見せていられない。俺は何とか立ち上がろうと全身に力を込めたが、

 

「──死にゆくさまを」

「あっ……?」

 

 顔を上げた瞬間、目の前に迫りくるのは三重の杖。鋭利な先端が顔に振り下ろされる。死の寸前、様々なことが脳内を過る。

 生存補正を上げるか。いいや、アレクシアに死が跳ね返るかもしれない。

 回避するか。いいや、今の身体で動いても間に合わない。

 補正値の変換は。いいや、死者の書は消えてしまっている。 

 これは詰みなのか。ああ、詰みなのかもしれない。

 

「ああやはり苦杯(くはい)()する定めでしたか」

 

 と、考えた瞬間──時が停止して白黒の世界に移り変わった。聞こえてくるのはカムパナの声。隣にいるのは呆れた様子のカムパナ。

 

「何だよ……俺を馬鹿にしに来たのか……?」

「ふふっ、それもいいですね。掠り傷一つ与えられず、地に這いつくばる貴方を侮辱するのも」

「馬鹿にしたきゃしろよ。俺はなんも、何にもできない雑魚だって──」

「しかし私が貴方に告げるのは死刻ではありません」

 

 カムパナは停止したオルフェンの前に立つとこちらへ振り返り俺のことを見下ろす。

 

「来訪神、私と『輪廻の契約』を結びなさい」

「……は?」

「呪印に相反する力は呪印でもあるでしょう。それを裏付けるように私の死者の書は息をしています」

 

 輪廻の契約。

 補正値の変換で力を借りる為に必要な儀式。カムパナが予想外の提案をしてきたため俺は訝しむように眉を顰めた。 

 

「そうやって俺の身体を乗っ取ろうとしてるんだろ?」

「後顧の憂いは必要ありません。力を貸す対価は『オルフェンに死刻を告げる』ことです」

「……! 急に協力的になったな……?」

「ああ、思い違いは甚だしいので告げておきましょう。私はあのような忠誠心の欠片も技量もない愚鈍がマニア様から愛を受け取ろうとしている……その事実に不快感を覚えているためです」

 

 カムパナは淡々と理由を述べると俺に右手を差し出してくる。本気で輪廻の契約を結ぼうとしているらしい。

 

「違うんじゃないかカムパナ。お前は一代の磔刑からマリアを助けてやれなかったことを後悔して──」

「その口を塞ぎなさい来訪神。今の貴方は死人同様。死人に口なしでしょう?」

 

 俺が言及するとやや強めの口調で言葉を遮るカムパナ。余程触れてほしくないのか、こちらに対して蔑んだ視線で威圧を掛けてくる。

 

「……お前を信じるからな」

「ふっふふっ、気分を害する言葉ですね」

 

 余計なことは言わない方がいい。

 そう判断した俺はうつ伏せの状態で右手を伸ばしカムパナの右手を握る。すると俺の右手をわざとらしく強く握りしめ、 

 

「結びましょう来訪神──貴方と輪廻の契約を」

 

 そう告げた。

 瞬間、世界は動き出して目前まで迫っていたオルフェンは三重の杖は、

 

「──っ! なんだとっ……?!」

 

 右手で掴まれその場で静止した。オルフェンが更に押し込もうとするが一ミリも動かない。むしろ少しずつ上へと持ち上げられ、

 

「うっ、ぐおおぉっ?!」

 

 三重の杖を握ったオルフェンごと宙へと浮かべた。俺は補正値の変換を行ったことで身体の操作はカムパナへ移っている。カムパナの補正値は余程強力なのか、声がややカムパナ本人のものに変わっていた。

 

「ご機嫌ようオルフェン。このように言葉を交わすのは黒薔の茶会以来でしょうか?」

「な、何者だお前は……?」

「ああ私の自己紹介など必要ないでしょう。すぐに挨拶は終わりますから」

「ぬぐおぁあっ……?!」

 

 持ち上げたまま投げ飛ばせばオルフェンは三重杖と共に壁に衝突する。カムパナは白の刀剣を拾い上げると身体の感覚を確認する為にその場で軽く素振りをした。

 

「ほっほっ、これは手厳しいですなッ!」

 

 三重杖を振り回しつつ向かってくるオルフェン。川の流れのように華麗な連撃を見せる。カムパナは途中まで捌き続けていたが次第に飽きてくると、

 

「ああマニア様、なぜこのような老体を黒薔薇の使徒にしたのでしょうか?」

「げほッ、ぐぎゃあッ、んぐぬぉおぉッ?!!」

 

 瞬間移動を繰り返してオルフェンをいたぶり始めた。胸元へ掌底打ちをめり込ませ、腰へ後ろ蹴りで食らわせ、最後に顎を左肘で打ち上げる。

 

「貴方はマニア様からの愛を受け取る資格はありません」

「こ、この若造がッ……私に楯突くなど──ふッぐオ"ォオ"ッ!?」

 

 オルフェンが三重杖で反撃しようと振りかぶればカムパナは瞬間移動をする。移動先はオルフェンの背後。オルフェンに対して背を向けたまま立ち、逆手持ちにした白い刀剣で胸を貫いた。

 

「わ、たしはッ……教皇の私は、グローリアの神だぞぉおッ……!!」

 

 胸元を貫いている白の刀剣を見つめ血反吐を吐くオルフェン。引き抜こうと右手で刀身を強く握りしめる。

 

「女神へメラなど所詮は偶像ッ! 私こそ、私こそが神に相応しいッ……私がいなければッ、誰がッ、誰を崇めるというのだッ……!!」

「……」

「この反逆者めが、罰を、罰を与えてやるぞッ! 教皇を、神を殺した罪を背負う貴様らに……永遠の苦しみを与えてやるッ!! 呪いを、この国に、破滅の呪いをかけてやろうッ!!」

 

 憤怒と憎悪に満ちた顔。カムパナは醜態を晒しているオルフェンの方へ振り向くこともせずただ棒立ちするのみ。

 

「ああオルフェン、死刻を告げられる時がすぐそこまで迫ってきています」

「私は、私はまだ終わらんぞッ……このような、このような反逆者に屈して尽きるなど──」

 

 カムパナは白い刀剣を引き抜く。その瞬間、凄まじい形相でカムパナの方へと振り返ると、

 

「──あってはならんのだァア"ァア"ッ!!」

 

 掠れた声で叫びながらカムパナに向かって三重杖を全力で振り下ろした。

 

「いいえ、あってならないのは黒薔薇の使徒に我が物顔で居座る傲慢さと──」

 

 その声を耳にしながらカムパナは目で追えない速度で右足を軸にして左回りする。白い刀剣の刃に伝わるのは赤い鮮血。

 

「──私たち(・・)友人(・・)に手を出した罪でしょう」

 

 オルフェンの首筋に走る切れ目。

 血を噴き出すと声にもならない表情を浮かべた頭部が床へ転がり落ちる。頭を失った身体は両膝を突いてバタンッと倒れてしまう。 

 

「この老体が黒薔薇の使徒のNo.4……。異様なのは黒薔の茶会で聞いた声と違うことでしょうか」

 

 オルフェンの死体をじっと見つめるカムパナ。ボソッと呟いたその一言に違和感を覚えた俺はカムパナへどういう意味なのかを尋ねようとした。

 

「まさかお前は……レリアか?」

 

 その時、拘束されていたアレクシアがカムパナへそう問いかける。レリアという名は黒薔薇の使徒になる前のカムパナの前世だ。

 

「……マリア」

 

 カムパナは問いに対して口を閉ざしてしまいしばし静寂に包まれる。だがポツリとアレクシアの前世の名を呼ぶと、茨の鳥かごに囚われていた旧友へ刀剣の剣先を向け、

 

「これで貸し借りは無しにしましょう」

 

 たったそれだけ答えカムパナの補正値が消え失せた。操作権限が急に戻ったことで俺は一瞬だけガクッと体勢を崩したが何とか持ちこたえる。

 

「アレクシア、大丈夫か……?!」

 

 オルフェンが死んだことで鳥かごが崩れ落ち、俺はすぐさまアレクシアの元へ駆けつけて怪我をしていないか身を案じた。

 

「……その有様で私の心配をしてどうする?」

「あっはは、それもそうだよな」

 

 逆に心配をされて俺は空笑いが漏れてしまう。

 この空笑いは「心配してやったのに」という呆れを意味するものじゃない。普段通りのアレクシアらしい返答に安堵して、思わず漏れてしまった空笑いだ。

 

「本当に助けられるとはな。未だ信じられん」

「だって約束しただろ。絶対にお前を助けるって」

「……それもそうか」

「じゃあさ、帰ろうぜ。俺たちの家に──」

 

 俺の言葉を聞いたアレクシアは穏やかな表情を浮かべる。やっと約束を守ることができた。後は帰還するだけ。

 

「──って、なんか揺れてないかっ?!」

 

 と思いきや、急にガタガタと振動する装飾品。地の底から鳴り響く轟音と共に周囲が大きく揺さぶられ始めた。

 

「十中八九、その男が死んだのが原因だろう」

「ああ、そうだよな! 早くここから出ようぜ!」

 

 俺は入り口まで走り出したがアレクシアは追いつくのが遅い。それもそのはずで両腕は拘束され、転生者の身体能力も血涙もヘレンの加護で封印された状態。俺はアレクシアが満足に走れないと悟り、

 

「ちょっと我慢してくれよな……よっと!」

「……何をしている? 私は自分で走れるぞ」

「お前に合わせてたら生き埋めになるだろ! こういう時は俺に任せてくれ!」

 

 お姫様抱っこをした。

 不満げな表情を見せていたが俺が指摘をすると口を閉ざし「仕方ないか」と妥協をしたように視線を逸らす。

 

「間に合うのか?」

「ああ、間に合わせる!」

 

 正直言って身体の節々が痛い。けど折角すべてが片付きそうなのに生き埋めなんて御免だ。最後の力を振り絞って何とか城から抜け出す。

 

「チッ、やっと来やがったか!」

「カミルさん!」

「色々言うことはあるがとにかく上出来だ! さっさと出るぞ!」

 

 石像の外に続く出口に待っていたのはカミルさん。両脇には気を失っているプーパとマグリスを抱えていた。俺はカミルさんと共に出口の階段を駆け上がる。

 

「はっ、今日は随分としおらしいじゃねぇか」

「……お前もいるとはな」

「誇ってみろよ。自分ほど手間のかかる女はいねぇってな」

 

 カミルさんに嫌味を言われたアレクシアはため息をつくとゆっくり俯く。何か考え事でもしているのか、思い詰めた表情をしていた。

 

「……お前は」 

「ごめん、今なんか言ってたか?」

 

 アレクシアに名前を呼ばれた気がしてそう聞き返す。瓦礫の崩れる音がデカすぎてよく聞き取れなかった。

 

「……いや、空耳だ」

「ん? それならいいんだけどさ」

 

 俺がそう返答した瞬間、前方から少しずつ差し込んでくるのは、

 

「おい出口だ! このまま踏ん張れよ!」

「はい!」

 

 眩しくも温もりのある──煌めく太陽の光だった。

 

 




 今週は月火水木金の週五日7:00更新です。
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