オルフェンとの決着がついてから一週間が経過した。
俺は奇術の反動による身体への負担を治療しなければならないとエリザさんに言われ、サウスアガペーにあるアークライト家の病棟の一室でずっと安静にしていた。
「……特に悪化する様子もないわ。良かったわね、今日で退院よ」
「はぁ、ほんとに良かった……。色々とありがとうございました」
エリザさんから聞いた話では崩壊したアルケミスの再建、アレクシアの処遇、事情聴取などやるべきことが山ほど増えたことで、十戒の仕事量も三倍になったとぼやいていた。それほどまでにオルフェンとの一件は多くの被害を招いたのだろう。
「それでエリザさん、アレクシアの処遇は決まったんですか?」
「ええ、決まったわ。彼女は──」
「エリザ、それについては私が話そう」
「お前……」
病室に顔を出すのはヘレン。
俺が露骨に嫌な顔をすればヘレンは惚けたような顔で首を傾げる。
「随分と嫌そうじゃないか」
「ああ、めでたい退院日なのに最悪の気分になった」
「光栄だよ。君を最悪の気分にできて」
「最悪の気分が私に感染するから喧嘩するのはやめてくれない?」
エリザさんが呆れた様子でそう文句を述べると俺はヘレンから視線を逸らした。
「ヘレン、彼に何か用でもあるのかしら?」
「ああ、彼に少し用事ができた。アレクシア・バートリの処遇についてと──女神へメラについて」
「……! あなた、まさかだとは思うけど……」
「そのまさかだ。気乗りはしないが彼には真実を伝えなければならない」
女神へメラと真実。
その名称を耳にしたエリザさんは驚いた反応を見せる。俺は何のことかわからずその場で険しい顔をしていると、
「……分かったわ。あなたが決めたことに口出しはしない」
「感謝するよエリザ。……君は何をぼーっと突っ立っている? 私たちが話している間に着替えられないのか?」
「お前さ、言い方がいちいちうざいんだよ」
こっちに対してお構いなしに嫌味をぶつけてくるヘレン。俺は言葉を選ばずに軽い暴言を返してから用意されていた私服に着替え始める。
「鍛えられていない身体は何度見ても弱々しいじゃないか。君はよく今まで命を落とさずに生きてこれたな。そんな身体じゃ食屍鬼どころか野盗の一人すら相手にできないぞ」
「……」
「ああそうか、君は頭脳派だったか。にしてはあまり座学の出来が良くないようだが……頭脳派だと誇れる自信はどこから湧いて出てくるんだ?」
「お前、ほんとにうるせぇよ。喋らないと死ぬのか? ああ悪い悪い、加護があるから死にたくても死ねないんだっけ? ほんっと可哀想だなお前」
ごちゃごちゃと言われ続けた俺は若干キレて煽るようにほくそ笑む。ヘレンは青筋を立てたようで一瞬だけ頬を引き攣ると「殺してやる」という殺気を漂わせ、無言の圧をかけてきた。
俺たちの会話を耳にしたエリザさんは「もう無理ね」と呆れた様子で大きなため息をつく。
「それじゃあエリザさん、少しの間でしたがお世話になりました!」
「ええ、身体に異常がなくて良かったわ」
着替え終えると病棟の外でエリザさんに感謝の言葉を伝えた。今日は空が青くて良い天気。退院するには持って来いの吉日。
「……少しは胸を張りなさい。あなたは
「それはそうなんですけど……結局、俺の力ってよりもみんなの力がすごかっただけな気がしてて。正直、自分が何をしたのかって考えてみてもぱっと思いつかないんです」
今回は何とか事なきを得た。
けどそれと同時に自分の無力さも感じた。特に感じたのは石像の内部で偽オルフェンと対峙したあの瞬間だ。奇術が制限された途端、あまりにも無力だった。
「それでもいいわ。あなた自身が思いつかなくてもあなたの周りが知っているから」
「……ありがとうございますエリザさん」
少しだけ肩が軽くなる励ましを受けた俺はお礼の言葉を述べる。次にエリザさんは隣に立っているヘレンへ視線を移す。
「あとヘレン、彼を殺すために水面下でしてきたことへの清算……きちんとしてくれるわよね?」
「……ああ、責任は取るつもりさ」
「それならいいけど」
俺はヘレンと共にエリザさんのいる病棟を後にする。ヘレンに連れられて向かった先は馬車の停車場だ。
「どこに行くんだよ?」
「再建中のアルケミスだ。その口を閉ざして馬車に乗ってくれ」
「嫌だね」
俺は反抗心を剥き出しにしながら既に用意されていた馬車へ乗り込む。ヘレンは少しだけイラッとした顔をし、乗り込む前に御者へアイコンタクトを送り、馬車をアルケミスに向けて出発させた。
「君と言葉を交わすと私は不快になる。だから手短に話をしよう」
「ああ頼んだよ。俺の血管がイライラで破裂しないよう手短にな」
「安心してくれ。破裂したら病室送りになるだけだ。見舞いの花は彼岸花にしよう」
嫌味と嫌味のぶつけ合い。
子供みたいな言い争いをしていると自覚がある。だがこいつに対してはどうも黙ってられなかった。何故かは分からないが妙に苛立ってしまう。
「さて、まずアレクシア・バートリの処遇についてだが……彼女には二年間、留置所で過ごしてもらうことになった」
「はぁ!? いやいや、何でだよ? 無罪は裁判で証明できただろ?」
「ああ、彼女には無罪の判決が下された。だが人々の不信感は完全に
馬車の小窓から見えるのはスマートフォンを持った男性二人。俺が編集した動画とアレクシアを陥れた悪質な動画を交互に見て、頭を捻らせているように見えた。
「払拭するために必要なものは『何かしらの罪を与えられた事実』と『人々が忘れるための時間』だ」
「じゃあアレクシアが受ける罪っていうのは……」
「名目上では懲役にあたるが……無罪と変わりないさ」
要するにアレクシアは二年間保護されるだけ。特に処罰を受けるわけでもなかったので俺は胸を撫で下ろして背もたれに体重を掛ける。
「彼女と面会が許可されるのは家族だけだ。もちろん君も含まれている。その薄汚い顔を見せに行くといい」
「……」
「……? どうした?」
アレクシアと面会ができると聞かされた俺は口を閉ざして俯いた。様子がおかしいと思ったのかヘレンは怪訝そうな顔で俺に呼びかけてくる。
「俺は面会には行けない。近況を話すのは……シーラさんとウェンディに任せるよ」
「……君にその理由を聞くつもりはない。行くのも行かないのも君の判断だ」
「どうせ俺から話しても聞かないだろ。嫌いなやつが悩んでる姿なんて好物だろうしな」
「ははっ、察してくれて嬉しいよ」
アレクシアを無事に助け出したことで白薔薇十字団のナトラが迎えに来る。多分しばらくグローリアを離れることになるはずだ。白薔薇の使徒と契約を結んだことを表沙汰にしたくはなかったため、今はむしろ触れて貰えなくて良かった。
「付いてきてくれ。君に見せたいものがある」
馬車がアルケミスに到着する。
目の前にあるのはヘレンが皇女として君臨する立派な城。俺はヘレンの後ろを歩いて城門、広間、廊下と順番に通って礼拝堂に辿り着いた。
「この像が誰か分かるか?」
「昼の女神へメラ。アカデミーを案内しているときお前が説明してただろ」
俺が見上げているのは昼の女神へメラの像。脳裏を過るのはアカデミー入学当初にヘレンが紹介していた記憶。ヘレンは「おー」と感心したようにわざとらしく拍手する。
「驚いた。その小さい頭で覚えているなんて──」
「分かった分かった! それでこの像が何だよ?」
「見ていれば分かる」
ウザったらしいと言わんばかりにあしらうと、ヘレンは首元に飾ってあった金剛石の十字架を右手に握り、女神へメラの像へと触れさせた。
ゴゴゴゴゴゴッ──
「……! これって階段……?」
すると女神へメラの像が石を引きずる重々しい音と共に後方へと退き、真下にある階段が現れた。ヘレンは先に二段ほど降りると、俺の方へ振り向き「ついてこい」とアイコンタクトを送ってくる。
俺は息を呑んだあと階段を降り始めれば、石像が再び地下への入り口を塞いでしまった。
「……お前、俺をどこに連れて行こうとしてるんだ?」
「これから君には女神へメラに会ってもらう」
「は? 何を言ってるんだよお前?」
「ああそういえば君は無知だったな。まずは軽い座学から始めようか」
地下のはずなのに光が差し込む奇妙な階段。一段ずつ降りていく最中、ヘレンは座学と称してとある話を始めた。
「一問目の問題だ。何千年も前、神の遣いとして崇められていた者たちは分かるか?」
「アレクシアのような転生者……リンカーネーションたちだろ」
「正解だ。遠い過去、栄光の象徴だった転生者は人々から神様のような扱いを受けていた……が、迫害を受けてしまい彼らは人類の敵として扱われることになってしまった。ここまでは君でも分かるだろう?」
「分かるけどさ。なんかお前、先生みたいに話すな……?」
先生ぶってるヘレンに頬を引き攣りながらも俺は質問に対して回答をしていく。ヘレンは俺のツッコミを無視して次に右手で二本指を立てる。
「二問目。その後、神様のような扱いを受け始めた者たちは?」
「多分アーネット家だ」
「ほぉ、その理由は?」
「アーネット家は栄光の象徴だったんだろ? 主張の違いで五つに分裂はしたけど……信仰するものは変わらないはずだ」
俺の前で階段を下りているヘレンは答えを聞くとやや目を細めながら、小馬鹿にするような表情で、俺の方へと振り返り、
「不正解。ははっ、君は実に馬鹿だな。救いようがないほどに思考能力が落ちている。もう一度、その人生をやり直した方がいい」
この世で最もウザい顔で挑発してきた。
ウザい、ウザすぎる。皇女という身分の癖に心の底から嫌われてもいいという態度のせいで、ただウザいやつにしか見えない。
「ああはいはい、じゃあ何なんですかヘレン
「答えはすぐに分かる」
「何だよ。本当はお前も分からないんじゃないのか?」
俺の返答を聞いたヘレンは首を振って否定すると懐から一台のスマートフォンを取り出す。白いスマホカバーに銀のティアラの装飾が施されているスマホ。
「お前も持ってるのかよ……」
「この板がばら撒かれた後、十戒のみに個人所有をさせることにした」
「何で持たせたんだ?」
「現場の証拠や痕跡を収めたり、他の紙に書き写さなくても模倣品を一瞬で保存することができる。利便性の高さから採用した」
異世界転生者を憎んでいる癖にこういう道具は使うのか。そんな指摘をしようとしたが無駄に疲れるだけだと何も言わないことにした。
「座学を再開しよう。君はアーネット家と答えたが……それはロザリア大陸やロストベア大陸に限られる話だ。他の大陸は文化や歴史が異なっている」
「他の大陸……。話で聞いたことあるけどこの世界はどれだけ広いんだ?」
「世界の広さも知らない青二才用に地図がある。欲しいだろう?」
「悪いな。世界地図ならティアさんから前に貰ったからいらないんだ」
俺は少し前にティアさんから受け取った地図の画像データを開く。
タップして映し出されたのは異世界の地図。大陸ごとに分割されたもので非常に分かりやすい。名称が付いている大陸の数は全部で十大陸。こうして見るとロザリア大陸はかなり小さい大陸……というより諸島だ。
「……あれ」
「何を驚いている? 君は地図の見方が分からないのか?」
「そんなんじゃねぇって。ただ、どこかで見たような気がして……」
どこか既視感があった。
俺はこの地図をよく見かけた気がする。けど上手く思い出せない。俺が気難しそうな顔をしているとヘレンは眉を顰めつつ座学の続きを喋り始めた。
「他の大陸にはそれぞれ『
「異神……?」
「君には今からその異神と会ってもらう」
「いや、神様と会うことなんてできないだろ──」
そう言いかけた時、階段を下り切って地面へと足が付く。目の前に広がるのは石の階段に似つかない森林。野生の小動物が互いに餌を分け与え、新緑の色がどこまでも広がる自然。奥には遺跡のようなものが見える。
「ふふ、もふもふしてて可愛いー」
苔の生えた遺跡の前で女の子座りをするのはリスと戯れる裸足の少女。白と銀が混ざる髪は地面に付くほどの長く、赤い薔薇と茨が長い髪に絡み合っていた。生地の薄い白のワンピースには赤い薔薇以外にも赤い花で彩られ──まるで女神そのもの。
「あの子は……?」
「彼女は異神の一人──昼の女神へメラだ」
「は? へメラ?」
昼の女神へメラ。
俺が思わず驚いた声を上げると少女と戯れていたリスが森の中へと逃げていく。少女は少しだけ首を傾げた後、こちらに気が付いてニコッと笑う。
「あの~、あなたたちは?」
「グローリアの皇女ヘレン・アーネット。君から加護を与えられた者たちの一人だ」
「あっ、そうなの。え~っと、キラキラしてる人、キラキラしてる人……」
ヘレンに名乗られるとへメラは遺跡の片隅に積み上げられた本を漁り始める。俺はふわふわした言動を眺めつつ小声でヘレンへこう耳打ちをした。
「さっき話してた異神っていうのは……本物の神様なのか?」
「この世界に神なんて存在しない」
「じゃあ誰なんだよあの子? お前、へメラって呼んでただろ──」
「ぎゃふんっ……?!」
本を探している途中、突然その場で転ぶへメラ。俺とヘレンはその後ろ姿を無言で見つめた後、話を再開する。
「彼女は
「……はっ? 異世界転生者?」
「転生者が迫害された後、来訪神に信仰は集まったが……来訪神がこの世界へ来るのは不規則で寿命も短く、中身の当たり外れも激しく……何よりもどの来訪神を崇拝するかで大陸内の宗教戦争が多発した──」
「きゃうんっ……!?」
高いところから落下してきた本が頭頂部にぶつかりバタンッと仰向けに倒れるへメラ。俺たちは同じように無言で見つめた後、話の続きを再開する。
「人々の中で生まれた解決策……それは『唯一神』を奉ることだ。人々は『
「あのさ、『
「さぁ、詳細は私も知らない。知っているのは『
それよりも驚いたのが俺たち異世界転生者はあらゆる大陸で唯一神に変えられていることだ。
「そういやお前、あのへメラって子と初めましてなのか……?」
「いいや、幼少期の頃から何度も顔を合わせている」
「じゃああの子は何で覚えてないんだ?」
「……彼女は忘れるんだ。その日あったこと全てを」
俺がそう問いかけるとヘレンは思い詰めた表情でへメラを見つめる。そしてやや寂しそうな声色で異神についてこう説明をした。
「忘れる?」
「異神となった代償に近い。一日立てばその日の記憶は全て忘れてしまう。異世界転生者だった頃の記憶も、私たちと親交を深めた記憶も……」
へメラはやっと求めていた本を見つけたようでペラペラと捲りながら読み漁る。その姿からするに頭を捻りながら必死に思い出そうとしているのだろう。
「だからああやってその日にあったことを文字として本へ記録するんだ。誰かが来るたび思い出せるように」
「けど何で代償が記憶なんだ?」
「記憶は感情や欲望を甦らせ……人間らしさと人情味が出てしまうからだろう。『
唯一神としての役目を果たすためだけの存在。傍から聞けばそんなものにはなりたくない。だけど一日ごとに記憶を消せば、残酷な現実ですらもすぐに忘れる。
「へメラを解放してやれないのか?」
「それはできない。異神は私たちへ特別な力を与えてくれる存在だ。例えば今のこの場でへメラを解放してしまえば……私たちの加護は力を失ってしまう」
言われてみれば十戒が加護を使う時、必ずへメラの名を唱えていた。へメラが加護の力の源だと聞かされた俺はふとあることに気が付く。
「それってへメラが吸血鬼に狙われる可能性もあるんじゃないか?」
それはへメラ自身が吸血鬼に襲われる可能性。加護の源がへメラなら直接手を下してしまうことで加護を無効化だってできる。
「いいや、それはない。へメラには普段から人目の当たらない場所で過ごしてもらっている。この場所を知っているのは私と十戒……そして君だろうな」
「ん? じゃあ何で俺をここに連れてきたんだよ? 誰かに知られちゃまずいんじゃなかったのか?」
「……異神は異世界転生者のみが成り代われる。言いたいことは分かるだろう?」
「──! まさかお前、へメラの代わりに俺を異神にしようと……!」
へメラにもしものことがあったとき、俺を代わりに異神へ変えようとしている。そうとしか聞こえない理由に俺は一歩だけ後退りをした。
「……ははっ、安心するといい。へメラにもしものことなんて起きない。何故なら彼女に触れられる者はいないんだ」
「触れるやつがいない? いまいち理解できないんだけど……」
「仕方ない。そこで見ていてくれ」
へメラの元まで静かに歩み寄るヘレン。必死に唸っている少女の頭を触ろうと手を伸ばし、
「……すり抜けた?」
そのまま反対側まですり抜けた。
例えるなら幽霊のような身体に近い。へメラ自身も触れられていることに気が付いておらず、ずっと本を読み漁っている。
「異神は『他者からの干渉を受けない身体』を持っている。ただ彼女が『前世の記憶を思い出し、自分の意志をもってこちらへ触れた』とき……その効果は消えてしまうらしい」
「待ってくれ。記憶を何度も消されるのに前世の記憶を思い出さないといけないって……」
「君が思っている通りだ。彼女は異神としての役目から解放されることはないだろう」
一度でも異神になったら逃れられない仕組み。寿命を迎えることもなく特別な感情を抱くこともなく、ただ隔離された地下室で永遠を過ごし続ける。記憶を受け継いで来世を迎える転生者と対称的な存在だ。
「あっ、あぁあぁ、やっと見つけたよー! え~っと、え~っと、ヘレンだよね? ここに書いてある日記だと……二日ぶりかな?」
「そうだな。君と会うのは二日ぶりだへメラ」
「え~っと、前にお話ししてくれたのは……海のお話だったよね? あれ、でも、あんまりお話の中身が書かれてないから……書いてる途中で忘れちゃったのかな?」
何とか会話を交わそうと頑張っているへメラはすべて本を頼りにして言葉を選んでいる。ヘレンは少しだけ寂しそうな表情を浮かべると、女の子座りをするへメラの前にしゃがみ込んだ。
「へメラ、今日は君に会わせたい人がいる」
「えっ、えっ! もしかしてまたお友達を連れてきてくれたの!?」
「ああ、そこにいる冴えない顔をした頭の悪そうな彼だ」
ヘレンが悪口を添えながら俺の紹介すると、へメラは嬉しそうに立ち上がってペタペタと裸足で走る音を立てながら駆け寄ってくる。
「わぁ~! ほんとのほんとに頭が悪そう~!」
「いや、意外に口が悪いな……はぁ、まぁいいか。俺はキリサメ・カイト。
「カイト、カイト……? モヤモヤする~、どこかで見たような~?」
へメラは考える素振りを見せた後、もう一度積み重なる本の元へ走り出し記憶を探し始めた。ヘレンはやや驚いた様子で俺の方へ視線を移す。
「……へメラが自分の記憶に頭を悩ませるのは初めてのことだ。君は過去に彼女と会ったことがあるのか?」
「いや、ここで初めて会った。前の世界であの子と会ったこともないし──」
「あっ、あぁあぁ~! カイト、カイトね! すっっごく久しぶりみたい!」
へメラが感動するように指差す見開きの本。その本はかなり年季が入っているようで土埃が宙に舞っていた。……が、そんなことよりも「久しぶり」と言われたことで俺とヘレンは顔を見合わせ、へメラのそばまで歩み寄ると見開きの本を覗き込む。
──────────────────
今日はカイトとお友達になったよ。
忘れっぽいってお話したら「俺もなんだ」って笑ってくれた。でもすっごく悲しそうにしてた。大切なお友達がいなくなっちゃったんだって。だから私、カイトに笑ってもらえるよう頑張ったよ。
ねぇ私、カイトがまた遊びに来たら……いっぱい笑わせないとね。泣かせちゃだめだよ。
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「これは……本当に君なのか?」
「いや、こんな話をした記憶はないよ。もしかしたら俺と同じ名前の人がここに来たんじゃないか? カイトって名前はそこそこいるだろうしさ──」
ふと視線を逸らした先、それはすぐ隣のページ。 描かれているのは子供が描いた落書き。俺はそれを見て思わず声を失った。
「──シエスタ?」
そこに描かれている落書きはシエスタとへメラの似顔絵。見間違いなんかじゃない。シエスタの衣服や髪色や髪型がそのままだったのだ。
「教えてくれへメラ! この子は友達なのか?」
「え~っと、ごめんなさい。本に書かれてないから分からないかも……」
「そ、そっか……。謝らなくてもいいんだ。少し気になっただけだから」
シエスタは俺にしか見えない……というより俺としか会えないだろう。そもそも『主人公補正』という奇術から生まれたのがシエスタだ。
(じゃあここに書かれているカイトっていうのは──俺なのか?)
異神と本に記録された謎。
少しだけ混乱する最中、ヘレンは静かに俺の横顔を見据えていた。