アルケミスの留置所。
二年間の身柄拘束を処罰として与えられたアレクシアは、牢獄の隅に座り込み自分宛てに届いた手紙に目を通していた。
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アレクシアへ
俺はしばらくグローリアから旅立つよ。直接会って伝えられなくてほんとごめん。どうしてもお前に顔向けが出来なくてさ……。深い理由は聞かないでほしい。お前を助ける為に色々とあってさ。
ああ別に悪い意味でグローリアを離れるとかじゃないからな。俺に足りないものや見識を広めるために離れるんだ。お前と肩を並べられるようにしたいからこの選択を選んだ。出来ればプラスのイメージで送り出してほしい。
あとこの手紙はシーラさんやアレクシアにだけ送ってる。サラたちや十戒の人たちには何も話してない。もし俺のことについて聞かれたら、何も知らないって答えてくれ。
戻ってくるのは……正直いつになるかまだ分からない。でもお前が外に出てこれる二年後。それまでには絶対に戻ってくるからさ。またその時、面と向かって色々と話をするよ。
それじゃあ……またなアレクシア、どうか元気で。
キリサメ・カイト
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「……あの男、何を考えている?」
差出人はキリサメ・カイト。
手紙の内容にアレクシアは疑念を抱きながら目を細めしばし項垂れる。
「何をしたいのか理解はできんが……」
右手に握りしめた手紙。
アレクシアはその手紙の表裏を交互に見つつ呆れた様子でため息をついたが、
「……お前の意志は尊重する」
蒼色の獄炎を手紙に引火させると一瞬にして塵へと変えた。キリサメの行方が発覚する証拠を隠滅すること。それが自分自身にできる最善の計らいだとアレクシアは考えたのだ。
「二年後、か……私には短すぎるな……」
牢獄の天井を見上げるアレクシア。
彼女の表情はとても穏やかで──少しだけ気鬱な感情を曝け出していた。
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終幕の大図書館。
俺は輪廻の契約を結んでいたシビル・アストレアさんと向かい合っていた。
「シビルさん……」
「良かったわ。『アレクシア・バートリを窮地から救う』という対価を……あなたが無事に果たすことができて」
そう、シビルさんは輪廻の契約で結んだ対価を既に払い終えている状態。これでシビルさんとの輪廻の契約は解除されてしまうのだ。
「あの、シビルさん……本当に、本当にありがとうございましたっ……」
「泣いたらだめよ。あなたは男の子でしょ?」
俺は頭を下げると堪えていた感情と共に涙が溢れ出してしまう。シビルさんは困った様子で俺の右肩に手を置いた。
「俺、強くなります。強くなって、シビルさんみたいに誰かを守れるようになりますっ……」
「ええ、頑張るのよ」
会話を交わす他所でシビルさんの足先が一枚一枚、本のページへ変わり始め、置かれている死者の書へ吸い込まれていく。
「だから今まで、今までありがとうございましたっ……。また話すことができて、嬉しかったですっ……」
「そうね、短い間だったけど……私もあなたと共に戦えたことを光栄に思うわ」
下半身、上半身と本のページに分解されていく最中、シビルさんは頭を下げていた俺を強引に自分の方へ向かせ、
「それじゃあねキリサメ君──あなたの今後に栄光あれ」
微笑みながら永遠の別れを告げた。
シビルさんの肉体をすべて吸い込んだ死者の書は光の粒子となって消えてしまう。
「……さようなら、シビルさん」
最後にそれだけ呟き、俺の意識は終幕の大図書館から現実へと戻される。立っていたのはイーストテーゼの東門前。俺は何度も右腕で目を擦ると大きく深呼吸をして、外へ一歩踏み出すと、
「あっ、キー坊発見~」
「うおっ……!?」
白薔薇の使徒ナトラに突然声を掛けられた。通ることを見越しているかのように東門に背を付けて待機していたらしい。
「約束、守ってくれるんでしょ?」
「ああ、守らないと何されるか分からないからな──いッてッ!?」
突拍子もなくこちらの脇腹を軽く蹴るナトラ。俺が「何をするんだよ」と言う前に自分の顔を鼻先と鼻先が触れる距離まで近づけてくる。
「はーい、注意事項よく聞いて。貴方は弟子、私は師匠よね? 礼儀がスカッてるのは気になると思わない?」
「……そ、そうですね。すみませんでしたナトラさん」
「師匠」
「ナ、ナトラ師匠……」
ナトラは俺にそう呼ばれると親指を立て、グッドと言わんばかりの誇らしい笑みを浮かべた。弟子が出来た喜びで少しウキウキしているのだと気が付き、俺は若干頬を引き攣る。
「師匠、二年後には……ここに戻ってこれますか?」
「そうねー。私の探求心が満たされるか次第?」
ナトラの返答を聞いた俺は銀の懐中時計を取り出して今の年を確認する。懐中時計に刻まれているのは『五千五百五十五年』という年。
「じゃあ戻ってくるのは……五千五百五十七年ですね」
「キー坊、頭スカッてるの?」
「え?」
「五千五百五十三年でしょー? しっかりしなさい、弟子のキー坊よー!」
宣告者の真似をしながら両手を掲げるナトラ。そんな物真似なんて眼中にない俺は少しずつ表情を強張らせた後、急いでスマホを取り出してティアさんから共有された世界地図を表示させる。
(そうか、そうだ。俺の世界にあった地図と──見た目が何も変わってないんだ)
貰った地図に対してモヤモヤとしていたが今ハッキリと分かった。この地図は俺の世界の地図とほぼ一緒だったんだ。ユーラシア大陸だとか北アメリカ大陸という名前が別名になっているだけで、何も変わらない。
「師匠、今から百年後になると何年に……?」
「五千四百五十五年よ」
「もしゼロ年になったら年数ってどうやって数えていくんですか?」
「あっ、流石は私の弟子ねキー坊。実はそれ、私もかなり気になってるの」
俺の質問に対してナトラは軽く指を鳴らすと、被っている帽子のつばをクイッと押し上げ、自身の考察をこう語り始めた。
「全能の第五列のこの私が推理するに……ゼロ年になったら一年、二年、三年って数が増えていく。プラスがゼロになるとマイナスへ向かうように……きっとプラスへ変わる、はい名推理でしょ」
「じゃあ……『二千二十年』になる可能性もあるってことですよね?」
「ん、年数が重なればそうなるかも」
年数の話を聞いたことで脳裏を過るのは雪月花のクレスから聞かされた異世界転生者についての仮説。
『転生型にも転移型にも必ず『
『順行と逆行……?』
『言葉の通りだよ。順行なら未来へ、逆行なら
俺たち異世界転生者は転生か転移の二択から過去か未来へ飛ばされるのだと。次に過るのは俺の記憶からアルゴスが創り出した理想の世界の光景。
『
『りかい、です』
『理解じゃなくて了解ね』
予防接種の時間に見かけた女性。その真っ白な髪色と赤く染まった瞳はまるでアーネット家の血筋を継いでいるようだった。
(待て、待ってくれ。じゃあ俺たちは……)
点と点が繋がっていく。
疑問に思っていたことが明らかとなって、あってほしくない仮説が真実へと近づき始めて、俺は現実味を帯びた結論に顔を青ざめてしまう。
「ねえねえキー坊、顔色が悪くなってるけど?」
この世界は吸血鬼が存在する異世界。いつの間にか勝手にそう思い込んでいた。
(俺が転生してきたのは異世界なんかじゃなくて──)
アレクシアのような転生者も人間を襲う吸血鬼も、この世界だからこそ存在するのだと思い込んでいたが、
(──何千年も前の、過去の世界なのか?)
その思い込みは──大きな間違いだったらしい。
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「
街中にあるワイン酒場の倉庫。
埃を吸い込まないよう口を塞ぎながら姿を見せたのは、パーカーの上にジャケットを羽織り、水色のメッシュが入れた二十代半ばの男性。
「おー、派手にやったね」
彼が見つめる先に立つのは長袖の白カッターシャツの上にスーツの赤いベストを着て、黒のコートを肩に羽織る白い髪と赤い瞳の女性。両腕にはトンファーを装着し、その周囲にはおびただしい血痕と灰が散乱していた。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫」
声を掛けられたシオンはぎこちない日本語で返答すれば、トンファーを握る箇所に付属する引き金を引いて、先端から伸びていた鎖を巻き戻す。鎖の先に付いている銀の杭が最後まで収まると収納が完了した。
「
「イタリア人が言ってたよ。『良い酒は良い血を作るからワインは健康のもと』だって。だから吸血鬼に狙われやすいんじゃない」
ナギはシオンにそう答えながらスマートフォンを取り出すと何度かタップして画像を探し始める。
「それよりも身体の調子は? 薬の副作用とかある?」
「はい、だいじょぶです」
「じゃ、転生か転移? ……が上手くいったみたいだし、俺らもそろそろ動こっか」
シオンに見せたスマホの画面に映る人物。シオンはナギの傍までゆっくりと歩み寄りスマホを覗き込む。
「これ、どちらの方ですか?」
「この人は俺らが所属する『
淡々と説明をするナギとじっとスマホの画面を見つめるシオン。しばしの静寂の最中、室内に風が入り込み、空のワインボトルがゴロゴロと転がる。
「どうして、探すですか?」
「転生する前の話……何も聞いてなかったでしょシオン」
「……すみませんです」
「まぁいいけど。俺らが探す理由は『紅目の再臨』を止めるためにこの人の力が必要だからだよ。接触して話を聞いてもらわないとね」
永劫機関の創設者。この世界へ自ら出向いたシオンとナギが探し求める人物。スマホに映し出されていたのは──
「じゃ、出発しよう。変なのが集まってきても困るし」
「この世界には……てんぷら、ないですか?」
「ないんじゃない?」
──アレクシア・バートリの面影を感じさせる人物だった。
10:Divine Trial ─神命裁判─_END