ЯeinCarnation   作:酉鳥

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※この章は皇女であるヘレン・アーネットのアカデミー時代を描いた物語です。

Lord of Heren ─ヘレンの追憶─

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Lord of Heren ─ヘレンの追憶─
第0話『人魚の呪い』◎


 

 

 時は遡り数十年前。

 ロザリア大陸の南東に『アクレイド』と呼ばれる村があった。ある日、その村で摩訶不思議な現象が起こり始める。

 

「ちょ、長老! 俺らの食い物が全部腐っちまって……!」

「そ、それだけじゃねぇ! (となり)()の娘も変な病気にかかって倒れた!」

「おお、なんということじゃっ……! 呪いだ、この村は呪われておるっ!」

 

 農作物はたちまち腐り果て疫病(えきびょう)蔓延(まんえん)し、天が怒りを下すかのように豪雨が降り注ぐ。村の長老は呪われていると謳い、

 

「まさか『人魚様の呪い』……。お前たち、イケニエ……イケニエを用意しろ!」

「長老、イケニエというのは……?」

「若い娘じゃ! 若くて美しい脚(・・・・)をもつ娘を『人魚の沼』へ捧げるのじゃ!」

 

 イケニエを捧げることを村人へ要求した。

 村人はすぐさま美しい脚を持つ十代半ばの娘を拘束して人魚の沼へと連れていく。

 

「いやぁあぁあっ! やめてっ、離してぇえっ……! 助けて、助けてお父さんッ!」

「ま、待ってくれぇえ! Mirabel(ミラベル)は私の大事な娘なんだ──ぐほぁッ!?!」

「うるせぇッ! このままじゃ俺ら全員死んじまうんだよ!」

 

 父親の想いも娘の懇願(こんがん)も村人たちには響かない。

 村人たちは若い娘が履いていた靴やソックスを脱がすと素足の状態にして、

 

「おら、早く沼に入れ!」

「きゃうっ……?!!」

 

 沼へと乱暴に突き落とした。

 飛び散るのは腐敗臭(ふはいしゅう)のする泥と灰色に濁り切った水。若い娘は足裏で泥のぬめりの感触に頬を引き攣りながら何とか立ち上がる。

 

「長老、言われた通り『人魚の沼』に娘を落としたぜ」

「よくやったぞ。これでいいはずじゃ」

「けど本当にこれで呪いは止まるのかよ? そもそも人魚様ってのはもう死んで──」

 

 図体のデカい村人がそう言いかけた途端、若い娘だけが立っているはずの水面が小刻みに揺れ始めた。その場にいる者たちは一瞬だけ言葉を止める。

 

「に、人魚様が生きて……生きておるんじゃっ……!」

「そんなバカな! 俺らは死体をこの目で見たんだぞ!?」

 

 長老の一言に村人たちは動揺した。

 沼に落とされた若い娘は表情を青ざめながら、長老たちの前へ泥に沈んだ脚を必死に動かして歩み寄る。 

 

「は、早くここから引き上げてっ! お願い、お願いだから!」

「そ、そうだ、頼む! 私の娘を早く引き上げてくれっ……!」

「ダメだ! 人魚様にイケニエを捧げないと村が(ほろ)んじまうんだよ!」 

 

 村人たちは引き上げてほしいと若い娘が伸ばす右手を振り払い、掴みかかる父親を動けぬよう押さえつける。そんな最中、沼の中央に生えていた藻屑(もくず)が微かに揺らぐと水面をかき乱しながら若い娘にナニカが近づき始めた。

 

「い、いやっ! 死にたくない、死にたくないよお父さんっ!」

「退けッ、退いてくれぇえぇッ!! 妻が残してくれた一人娘なんだぁあ"ぁッ!」

 

 五メートル、三メートル、一メートルと水面下にいるナニカが接近する。恐怖によって涙を流す若い娘を引き上げようとする者は誰もいない。 

 

「あっあ"あ"ぁあっ!! 来ないで、来ないでぇえ"ぇえ"ぇッ!!」 

 

 沼の隅へと逃げ惑う若い娘。

 しかし足を泥に取られていることで上手く歩けない。ナニカは視力を持っているのか、向きを変えて真っ直ぐ若い娘に向かってくる。

 

「ひッ、いやぁあ"ぁぁあ"ぁあ"ッ──」

「ミラベルーーッ!!」

 

 泣き叫ぶ声と共に沼の底へ引きずり込まれる若い娘。 父親は娘の名前を叫んで呼びかけるが返ってくるのは虚空だけ。

 

「退いてくれッ!!」

「うおぉっ……?!」

 

 父親は村人を強引に退かすと自分から池へと飛び降りる。そして娘を助けようと水面に両腕で伸ばし、手当たり次第に沼をかき回す。

 

「ミラベル、ミラベル……! どこに行ったんだ?!」

 

 しばらく探し回ったが何一つとして見つからない。怒りと不安に父親が顔をしかめた……その瞬間、

 

「おい、あそこに何か浮かんできてるぞ!」

「……! ミラベル!」

 

 沼の中央にミラベルらしき女性が浮かんできた。父親はすぐさま沼の中央まで駆け寄るとミラベルを抱き抱える。

 

「ミラベル、ミラベル! しっかりしてくれ、ミラベル──えっ?」

 

 愛している娘の顔を見た父親は硬直する。村人たちは微動だにしない父親に首を傾げて、別の角度から観察しようと考えた。

 

「あッ……あ"ッあ"ぁあ"ぁあぁぁああぁーーッ!!」

 

 が、父親は愛しているはずの娘の身体を沼へ乱暴に手放す。阿鼻叫喚(あびきょうかん)という言葉に相応しい叫びに村人たちはビクッと身体を跳ねさせた。

 

「み、見ろよ……あ、あの娘の両脚が……」

 

 水面に浮かぶミラベルの身体。

 父親の影からゆっくりと見せたその姿は両脚が食い千切られ、口の中に泥や藻屑(もくず)が詰め込まれた状態だった。

 

「に、人魚様の仕業じゃ……! に、人魚様は生きておられるんじゃ!」

「嘘だろ? い、生き返ったのか……?」

「そ、そんならよ……呪いってのも、本当に人魚様が俺らにかけたってことかよ?」

 

 動揺と恐怖が混ざり合う空間。

 誰もが戸惑うその空間へやってくるのは汗を掻いた村の男。息を切らしながら全力疾走で長老の元へと顔を見せる。

 

「おい、聞いてくれ長老! 変な病気にかかった娘さんが……嘘のように元気になったらしい!」

「は、はぁ? う、嘘だろ? 呪いが消えたとでもいうのか?」

「そうに決まっとる! 人魚様がわしらをお許しになったんじゃ!」

 

 イケニエを捧げたその日から疫病も不可思議な農作物の腐敗もピタッと止まった。長老も村人も人魚様の呪いだと信じ込み、アクレイドという村にはイケニエを捧げる風習が生まれてしまう。

 

「長老、次のイケニエは誰にするんだ?」

「そうじゃのう……。Bruna(ブルーナ)の娘、Saria(サリア)をイケニエにするのはどうじゃ?」

「そりゃあいい! サリアは村の中でいっちばんに脚が綺麗な女だ! 人魚様もお許しになってくださるに違いねぇ!」

 

 その風習は何十年にも渡って引き継がれていた。今の時代にも新たなイケニエの候補を長老が主導となって決めていく。

 

「だがよ長老……サリアだけじゃイケニエがあと六人も足りねぇ。この村にイイ娘はもういないぜ」

「どうすんだよ。このままじゃイケニエが足りなくなって人魚様に殺されちまう……」

 

 しかし月日が経てば経つほど必要なイケニエの数が一人、二人、三人と増え始めた。今となっては七人のイケニエを捧げなければならない。

 

「待て待て。わしにいい案がある」

「いい案って何だよ長老?」

「近々この村から北西にあるアストラで──があるじゃろう。そこで──を──」

 

 足りないイケニエを集めるため話し合い。

 そんな長老たちの会話を外でこっそり盗み聞きしている女性がいた。

 

「次は……私の娘がイケニエにされる……」

 

 その女性はサリアの母親。

 ゴクリッと息を呑むと足音を立てずにその場から離れる。そして草陰のそばにある大木に背を付けて座り込んだ。

 

(娘を連れて逃げないと。でも男たちが村の門を見張ってる……どうすれば……?)

 

 逃げようにも逃げられない。

 母親として娘を助ける方法を必死に考える。

 

(そうだわ。明後日にこの村から商人の馬車が出ていくはず。荷物の中に手紙を入れて外から助けを呼ぶのよ……!)

 

 母親である彼女は急いで娘の待つ家へ帰宅し一通の手紙を書き始めた。村人にバレないよう宛名と差出人を偽造して書き上げ、商人の馬車の積み荷の中に手紙を紛れ込ませると、

 

(お願い、私たちを助けに来て──リンカーネーション)

 

 神の遣いに救いを求め祈りを捧げた。  

 





今週は月曜日、水曜日、金曜日の週三更新です。
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