ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第2話『特例任務の召集』

 

 羊のような走り方をする彼女とすれ違った一週間後。

 私はアカデミーの東校舎にある第三会議室へ来るようアーロンから伝えられ、生徒たちの中で人気と名高い『ハチミツパン』を食べながら歩いていた。

 

「ああ、信じられないほど不味い」

 

 あまりにも甘すぎる。

 このパンのレシピを思いついた当事者の考えも甘い。そもそもパン自体、血糖値が上がりやすいというのにハチミツなんて入れたらさらに血糖値が上がるし太る(・・)じゃないか。

 

「残りは捨てるか? いや、流石にそれはできないな……」

 

 もう口にしたくはないが捨てるのも気が引ける。私は右手に持っているハチミツパンを見つめながらどうしようかと考えていると、向かい側からドタバタと足音を立てながら走ってくるシスターが目に入った。

 

「お、お寝坊さんしちゃいましたぁあぁっーー! わ、我が主とせんせーどうかお許しをっーー!」

 

 名前は分からないし顔も見た覚えはない。シスターといえばアベル家。だから淑女を象徴するアベル家の女子生徒……でもないか。

 

「君に託した」

「んむぐっ! んっ、ありがとうございまふー!」

 

 すれ違う寸前に彼女の口の中へ持っていたハチミツパンを突っ込む。すると一口で飲み込んでドタバタとどこかへ走り去っていった。

 

「彼女は走り方は……イノシシみたいだな」

 

 これからは食べきれないものは全て彼女に処理してもらおう。私はそう心に決めると第三会議室の入り口前へと到着する。微かに中から人の声が聞こえる気がした。私は有無言わずに扉に手を掛けて会議室へと足を踏み入れる。

 

「結論だけ述べようヘレン。大遅刻だ」

「ま、まぁまぁニコラス君……。気にしなくていいよヘレンさん。ほんのちょっと遅れただけだし僕たちもそんなに待ってないから」

 

 私に不機嫌な様子を見せてくるのは赤いフレームの眼鏡をかけた紫髪の男子生徒。その隣にいるのは私をフォローする中性的な顔立ちを持つ銀髪の生徒。

 

(……誰か隠れているのか?)

 

 入り口から見て会議室の西側に置かれた戸棚。そこから人の視線を感じる。誰かが息を潜めて何かを待っているのかもしれない。

 

「ところで……誰だ君たちは?」

「「……」」

 

 どこかで見たような気もするが思い出せない。取り敢えず何者かを尋ねると二人は「あり得ない」と言いたげな様子で口をポカンとさせる。

 

「ヘレン、僕を怒らせたいのか? 怒らせたいのなら怒らせたいと結論だけ言葉にしてもらえると──」

「ぼ、僕はジーノ・パーキンスだよ! 隣の彼はニコラス・アーヴィン君! 僕たちはこれでも君と同じクラスなんだけど……」

「そうなのか? 名家としては印象の薄い二人だな──」

「お、覚えていなくてもしょうがないと思うよ! だって僕たちはヘレンさんとお話したことないもんね? そうだよね? ねっ?」

 

 ジーノは焦りつつもこちらへ同意を促してきた。多分この場を収めようとしているのだろう。私は同調の意思表示として一度だけ頷く。

 

「なるほど。君がニコラスで、隣の君がジーノか」

「う~ん、僕がジーノで彼がニコラス君なんだけど……」

「あぁそうだったか。すまない、君たちに興味がなくて──」

 

 上手く覚えられない。いや、覚える気力が湧かないのだろう。いつも通り言葉にしようとしたその時、会議室に置かれた縦長の戸棚(とだな)が三つほどガタッと揺れ、

 

「ナナッ!」

「ミミッ!」

「ユユッ!」

 

 三人の女子生徒が勢いよく飛び出してくる。

 右端から『1』『2』『3』という数字の髪留めをした黒髪の女子生徒たち。各々が奇妙なポーズを取って横並びに立つと、

 

「「「はぁあぁあぁ~~っ……!」」」

 

 ゆっくりと両腕を大きく回しながら溜める動作を見せ、

 

「「「我ら『フォーウ・スーパー・エンジェル』!」」」

 

 一寸の狂いもない掛け声でヘンテコなポーズを決めた。そういえば『エンジェル家』という家系が存在していたような気がする。彼女たちはその家系なのだろう。

 考察する私を他所にジーノとニコラスの二人は何と反応すればいいのか分からず、頬を引き攣って口を閉ざす。

 

「ふっふっふっ、ズバッと決まったねミミ」

「ふふふっ、決まりましたわねユユ」

「ふっはは、これぞ我らだナナ」

 

 けど本人たちは満足している様子だ。私は顎に手を当てて少しだけ考えた後、首を傾げながら疑問に思っていることを尋ねてみる。

 

「君たちが飛び出したとき、何か叫んでいたが……あれは動物の鳴き真似をしているのか?」

「「「──」」」

「……? 違うのか?」

 

 呆気に取られてその場で硬直する三人。

 私は三人がどうして固まっているのか理解が及ばず、しばらく向こうからの返答を待っていると、

 

「ナナッ!」

「ミミッ!」

「ユユッ!」

「「「これは私たちの名前ッーーーー!!」」」 

  

 私の左肩を『1』の髪飾りを付けたナナが掴み、右肩を『2』の髪飾りを付けたミミがもたれかかり、右脚に『3』の髪飾りを付けたユユがしがみつく。その顔は「絶対に覚えて」と焦燥感に駆られているもの。

 

「ああすまない。名前だったのか。君が『ナミ』で……」

「ナナだよッ!」

「君が『ミユ』で……」

「ミミですわッ!」

「君は……誰だ?」

「我の名前なんて覚えてすらいないッ~~!!」

 

 三人はガックシと両肩を落として四つん這いの体勢になる。ジーノは目を丸くすると三人の元まで駆け寄って順番に肩へ手を置く。

 

「き、君がナナさんで、君がミミさんで、君がユユさんだよね? うん、さっきのポーズ……カッコよかったなー」

「ほ、ほんとに……?」

「さ、流石はアカデミーで一番有名な『フォーウ・スーパー・エンジェル』だけあるよね。僕もこうして直接見ることができて光栄だよ」

「「「あ、ああ、ありがとぉおぉおぉ~~!!」」」

 

 三人が一斉にジーノへ抱き着く。

 何とか場を収められたと安堵するジーノに対してニコラスは「下らない」と呆れた顔で眼鏡をクイッと持ち上げる。

 

「……彼女たちはなぜここにいる?」

「彼女らは君と同じように招集された生徒だ。僕らが会議室に入る前からあの戸棚に隠れていたが……こんな子供染みた演出をするためだったとは」

「えっ?! 私たち隠れてるのバレてたの!?」

「うん、ごめんね。気が付いてはいたんだけど……邪魔するのも良くないかなって」

 

 ややショックを受けるナナたちを気遣うジーノ。私はニコラスに向けて視線を移し、本題に入るため用件を質問することにした。

 

「それでここに私たちが集められた理由は?」 

「結論だけ伝えるのはまだだヘレン。あと一人この場にいない」

「もう一人いるのか」

「そうとも。彼女なら君も知っているんじゃないか? Bクラスに所属する──」

 

 ニコラスがその人物の名を言おうとした瞬間、会議室の扉が勢いよくバタンッと開く。鼻元まで漂ってくるのはフレッシュな桃の匂い。

 

「ごめんなさい! 訓練の片づけを手伝っていたら遅れちゃって……!」

 

 長い桃色髪を持った女子生徒。

 彼女は手を前で組みながらキッチリとした姿勢で頭を下げて謝罪する。

 

「遅刻なのには変わりないTiana(ティアナ) Izzard(イザード)。……だが真っ先に謝られては僕らも許す他ならない。今回だけは無罪放免とする」

「ほ、ほんと? よ、良かったぁっ……」

 

 胸を撫で下ろすティアナという生徒。ニコラスはジーノに視線を送るとその場に立ち上がり、やっとのことで招集理由をこう語り始めた。

 

「では結論から述べよう。君らにとある任務を任せたい」

「君たちからの頼みか?」

「いいえ、僕らは代理人だ。代わりに君らへ説明をするよう頼まれている」

 

 机に広げられたのはロザリア大陸の地図。私たちが地図の周りに集まるとニコラスがグローリアから南東側に位置する場所を指差した。

 

「場所はアストラから南の方角にある廃村。この廃村で『失踪者四名を捜索してほしい』とのことだ」

「その失踪者って村人のこと?」

「……失踪したのはT機関とP機関に所属する銅の階級四名だ」

 

 『吸血鬼の領土への偵察や情報収集』を主軸としている機関がP機関(ピーきかん)。『難民の救助や他国との交渉』を主軸としている機関がT機関(ティーきかん)。この二つの機関から派遣された。

 やや躊躇(ためら)いながらもティアナにそう告げると、その四人の個人情報と顔写真が乗せられた書類を地図の隣に並べる。

 

「一ヵ月前、この廃村を調査するために銅の階級が四名派遣された。目的は『廃村へT機関とP機関の支部を設立するため』」

「それで失踪した時期は?」

「二週間前だ。廃村の報告書が徐々に届かなくなり……ついには連絡が途絶えたと聞かされた」

「ごめんね、ちょっといいかな?」

 

 気になることでもあるのか手を挙げるティアナ。説明役のニコラスは「何か?」と彼女に視線を移す。

 

「どうして捜索隊が候補生の私たちなの? T機関やP機関の人たちに任せた方がいいような……」

「うん、僕らもそう思うよティアナさん。わざわざ候補生を選抜する必要があるのかってね。でもこの任務は……カルロ先生から任された任務なんだ」

「あっ……そうなんだ……」

 

 カルロという人物の名が挙げられるとその場にいる誰もが良い反応を示さない。私もまったく聞いた覚えのない名前だ。

 

「誰だそのカルロというのは?」

「カルロ先生はBクラスの担任……つまりティアナさんの担任だよ」

「うん、そうだね。私はあの先生……ちょっと苦手だけど……」

 

 ティアナが苦笑いを浮かべているがいまいちピンと来ない。そんな私の反応に気が付いたのかニコラスがカルロという男に関してこう説明を入れる。

 

Carlo(カルロ) Drake(ドレイク)。あの人は女子生徒への過度なスキンシップが多く、生徒からはあまりよく思われていない」

「過度なスキンシップ?」

「頭を撫でてきたりお尻を触ってきたりとか、後はこっちの脚をジロジロ見てきたりとかかな……? 友達は胸を触られたって言ってたよ」

 

 思い当たるのはドレイク家という血筋。

 歴史上『貴族としての階級は上位だが品位は最低の家系』だと言われている。苦笑いするティアナの顔を見てその話が真実なのだと理解した。

 

「……これは僕の独り言だ。彼は僕らに水面下で動くよう指示を出している。その理由は『候補生に任務を達成させ、その手柄を自分のものにするため』だ。銅の階級から銀の階級へ昇格しようと目論んでいるのだろう」

「……? 独り言になっていないと思うが?」

「ヘレン、君は少し黙っていてくれ」

 

 明らかに説明口調で独り言になっていない。私がその矛盾点を指摘をするとニコラスはやや苛立ちつつ口を閉ざすよう苦言を(てい)する。

 

「僕なら現場に出向いたフリをするためにしばらく別の町で身を隠す。後は時間が経ってから帰還し、収穫は得られなかったと報告をすればいい。これで利用されることも彼が手柄を得られることもないはずだ」

「……」

「ティアナ、何か言いたいことがあるのか?」

 

 失踪した四人の書類を険しい顔で眺めるティアナ。ニコラスは思い詰めている彼女に何か異論があるのかと問いかけた。

 

「この人たちが失踪した話は……本当なんだよね?」

「間違いない。僕らでT機関とP機関に出向いて事実確認をした」

「うんとね、それなら任務をきちんと引き受けるよ。手柄なんて横取りされてもいい。私はこの人たちを助けられるなら助けたいから」

 

 真剣な眼差しと濁りのない慈悲。ジーノは曇りのないティアナに応えなければならないと私とナナたちを交互に見る。

 

「ナナさんたちは……どうする?」

「はいはーい、私は全然いいよ! そうでしょミミ?」

「勿論ですわナナ。構いませんわよねユユ?」

「ふっははっ、当然だろう! 『フォーウ・スーパー・エンジェル』に任せるといい!」

 

 任務を引き受ける意志を示すナナたち。

 まだ返事をしていないのは私だけ。ジーノは温厚な表情でこう問いかけてくる。 

 

「ヘレンさんはどうかな? 無理強いはしないよ」

「暇潰しになるのなら構わない」

「そっか、良かった。じゃあ任務の説明を続けよっか」  

 

 座学や訓練よりも有意義な暇潰しになるだろう。私が二つ返事で了承すればジーノは安堵を含むニコッとした笑みを浮かべ、ニコラスに再び任務についての説明をするよう促す。

 

「では続きを話そう。君らが捜索すべき個所は二つ……廃村内と廃村外だ。効率を重視するためまずは二班に分かれてもらおうか」

 

 ニコラスは懐から手帳を取り出すとペンでスラスラと何かを書き記す。私たちの意志関係なしに班決めをすると、そのページを破って机の上に置いた。

 

────────────────

~廃村外の捜索班:A班~

 ナナ・エンジェル

 ミミ・エンジェル

 ユユ・エンジェル

~廃村内の捜索班:B班~

 ティアナ・イザード

 ヘレン・アーネット

────────────────

 

「──A班とB班、君らの班はこのように決めさせてもらった。出発は一週間後の午前七時とする。場所はアルケミスの馬車停留所だ」

 

 任務を遂行する場所と時間を伝えられた……が、それよりもこのティアナという生徒と行動をしなければならない。私は真顔で班分けが記された紙切れをじっと見つめる。

 

「え~っと、挨拶が遅れちゃったかな? 私はティアナ・イザードだよ」

「……」

「急に組むことになっちゃったけど……一緒にがんばろっ?」

  

 左手で握手を求めてくるティアナ。

 私は彼女の挨拶と握手を無視するとニコラスに対して異論をぶつけることにした。

 

「B班は私一人だけで事足りる。戦力にならない(・・・・・・・)彼女はA班に送ってくれ」

「なっ……!?」

 

 私の異論を聞いたティアナは目を見開いて身体を前のめりにさせる。ジーノは不穏な気配を感じ取ったのか、(なだ)めるようにティアナの横に立った。

 

「私は君と肩を並べることはできない。むしろ私の足を引っ張る可能性もある。素直にA班へ移ってもらえないか?」

「は、はぁあぁ~? 私があなたの足を引っ張るぅう~~?」

「お、落ち着いてティアナさん! ヘレンさんもそんなこと言わずに──あっ、待って!」

 

 しかめっ面になったティアナたちを無視して私はさっさと会議室の外へ出る。

 

「……出発の場所と時間だけ覚えておかないとな」

 

 さっき話していた生徒たちの名前はもう憶えていない。せめて任務にだけ遅れないよう時刻などを覚えようとしたが、 

 

「まぁいいか。遅れたら走っていけばいい」

 

 どうにかなるので覚えるのを止め、一週間後の自分に任せることにした。

 

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