ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第3話『ティアナ・イザード』

 

 調査任務で班決めをした次の日。

 私の独りよがりの発言に対して恨みでもあるのか、ティアナ・イザードにしつこく絡まれる日々が始まった。

  

「ヘレン、おはよっ──」

 

 すれ違うたびに挨拶をされる。

 私は最後まで聞かずに無視をするとその場にしばらく硬直し、いつも感情の高ぶりを抑えるようにしてプルプルと両肩を震わせていた。

 

「ヘレン、私と一緒にお昼ご飯食べよっ」

 

 昼の時間になるたびに昼食の誘いをしてくる。

 私は目線も合わせず無視を決めて食堂へ向かうのだがティアナは引き下がらず、私の隣を歩いて一人でに喋り始めてしまう。

 

「私ね、新作のハチミツパンにハマっちゃって……。ここ最近、ずっと食べてるかも?」

「……君はアレを食べ続けているのか?」

 

 今日は話題にしてきたのは私が酷評したハチミツパン。毎日食べているほどティアナにとって大好評らしい。私は怪訝な顔をすると反応があったことにやや驚きつつ、ティアナは話を弾ませようとこう続けた。

 

「うん、そうだよ。ハチミツって甘くてクセになるからついつい、ね。ヘレンも一緒に食べてみない──」

「太るぞ」

 

 が、私が忠告交じりの一言を述べるとその場で凍り付く。そのまま目線を合わせず離れれば、ティアナが追いかけてくることはなかった。

 

「ヘレン、街へアクセサリー買いに行こ?」

「……」

「この前ね、ヘレンに似合いそうな髪飾り見つけてね。良かったら一緒にどうかなって」

 

 アカデミー終わりには買い物へ誘ってくる。

 どれだけ執着しているのだとやや呆れつつも待ち伏せを無視して女子寮へと戻ろうとしたが、それでもしつこく付きまとおうとしていた。

 

「待って、ヘレン」

「……離せ」

 

 いつまでも無視されることに痺れを切らして私の腕を掴んでくるティアナ。私は横目でティアナへ冷めた態度を見せ、腕を離すよう促した。

 

「ねえ、どうして無視するのかな? 私のことが嫌いなら嫌いってハッキリ言ってよ」

「嫌い? 違うな、私は君に興味がないだけだ」

「えっ、えっと……興味がないって?」

 

 ティアナは愛想笑いを浮かべて困惑する。私はため息をつくとこれから付きまとわれないようにハッキリとティアナへこう告げた。

 

「君は私と肩を並べることはできない……つまり人間としての格が違う」

「は、はい~?」 

「もっと言えば君と私の組み合わせは最悪。例えるなら()()だ。君も知っての通り水と油は──」

 

 腕を掴んでいるティアナの手を強引に振り払う。そして少しだけ距離を取った後、ゆっくりとティアナの方へ振り返ると、

 

「──決して交わらない」

 

 二度と関わるな、と釘を刺すようにそう呟いた。

 当然だが後を追いかけてはこない。きっと感情豊かな彼女のことだから暗い顔をしているのだろう。その顔に対して興味すら湧かないが。

 

(……昨日の一件が効いたようだな)

 

 次の日からティアナは私の前に顔を出さなくなった。面と向かって拒否されたことで諦めがついたらしい。私は解放された気分でアカデミーの廊下を歩く。

 

(今日は……噴水の近くで水の流れでも眺めるか)

 

 眠る必要もないので明日を迎えるまで残り十時間以上もある。私は時間の潰し方を決めると街へ(おもむ)くために廊下の左角を曲がった。

 

「あ、あの先生……私、これから訓練場で少し素振りをしたいので……」

 

 視界に映り込むティアナの姿。

 私はすぐさま後退して角に身を隠して様子を窺うことにする。よく見てみると小太り、丸顔、低身長の教師らしき人物が隣に立っているようだ。

 

「うむうむ、居残りとは立派なことだ! やはりティアナさんはボクが誇れる素晴らしい生徒だねぇ!」

「あ、あはは……あ、ありがとうございます……」 

 

 過剰なほどに褒めながらティアナの頭を撫でる小太りな教師。ティアナは相当我慢しているようで苦笑いをして感謝の言葉を述べていた。

 

「うわ、見ろよ……ティアナがまたカルロに絡まれてるぞ」

「ティアナちゃんも可哀想だよね。あんなに良い子なのに、担任があんな気持ち悪い先生なんて」

「ホントだよな。カルロは大貴族様のドレイク家だし、ティアナちゃんも我慢しかできないんだろうぜ」

 

 周りの生徒がティアナに助け舟を出す気配はない。それほどまでに……名前は忘れたがあの教師は嫌われているようだ。私は厄介ごとに巻き込まれないよう、遠回りをするため廊下を引き返そうとしたが、

 

「おおっ、イイ身体つきをしているぞぉティアナさん」

「あ、あの、その先生……あまり触らないでっ……」

 

 小太りな教師がティアナの身体を触り始めたことで歩みを止めた。決して筋肉の付き方などを確認しているわけではない。ただ己の色欲のためにティアナの身体を触っているのだと見て取れる。

 

「むほっ、イザード家も捨てたものじゃないねぇ」

「うっ……あ、あのっ、そこは触っちゃっ……」

「どうだいティアナさん? ボクが居残りで練習を付けてあげようか?」

 

 お尻を撫でたり脚を触ったりと段々行為は激しくなり始めたが、ティアナは抵抗する気配をまったく見せない。だが受け入れているわけではなくティアナは歯を食いしばって必死に堪えているだけ。私は少しだけため息をつき、無言で二人の元まで歩み寄った。

 

「……」 

「へ、ヘレンっ……」

「おお、これはこれはヘレン様ぁ~! ボクに何か用があるのかなあ?」

 

 色欲に飢えた視線は一瞬で私へ移る。

 小太りな教師は品定めをするように私の足先から首元まで視線でなぞり上げた。

 

「君の名前は確か……『キャラメル』だったか」

「キャ、キャラメルっ……ボクはカロル先生だよぉ?」

 

 名前を間違えられたカロルは少しだけ頬を引き攣り、じりじりとこちらの背後に回ると両肩に手を置いて顔を近づけてくる。

 

「ヘレン様は学年一位なんだって? 両親はさぞかし喜ばれているだろうねぇ」

「君はそう思うんだな」

「もちろんだとも。君の噂は色々あるけどボクはそう思わないよ。君は立派で優秀で皇女様に不相応しい逸材だ。安心してねぇ、ボクはいつでもヘレン様の味方だ」

 

 そういえば私はアーネット家だった。

 今まで無愛想にしてきたから『媚売(こびう)り』をされたことはない。このカロルという教師が初めてだ。私は初めての経験に顎へ手を添える。

 

「おやぁ? ヘレン様は肩が()っていますねぇ……。どうだいヘレン様? ボクが日々頑張っているご褒美にマッサージでもしてあげようかぁ?」

「……? 気のせいだろう」

 

 更に媚を売るつもりなのかカロルが私の両肩を揉み始めた。ただ加護の性質もあって私の肩が凝ることなどあり得ない話。

 

「しかしながらアーネット家の血筋というのは素晴らしいモノが備わっている……。スベスベの白い肌に……こんなに柔らかい肉付きをしているなんてねぇ」

「そうなのか?」

 

 カロルはそう言いながら私の衣服の中に右手を滑り込ませ、左手でお尻をさわさわと撫で始める。私は抵抗せず小首を傾げているとティアナが意を決してカロルの衣服を掴んだ。

 

「せ、先生っ……! あの、ヘレンは用事があると思うので……これから私の剣術を指導してもらえませんか?」

「おおっ、そうなんだねぇ。ティアナさんの頼みとあらば隅々まで(・・・・)教えてあげよう」

(この不快感は……何が原因だ?)

  

 何故か僅かに込み上げる不快感。

 私が不快感の根源を考え込んでいる間にカロルの色欲なる視線はティアナへ移る。その間もしばらく考え続け、

 

「ああ、なるほど」

「へっ?」

 

 根源が分かったことで私の右横にあるカロルの下顎を右手で掴み上げ、

 

「君の口がハチミツ臭い(・・・・・・)からか」

「うぎょおあぁあぁあぁあッ!?!」

 

 軽々と前方に投げ飛ばした。

 宙で前のめりに一回転する小太りな肉体。ドスンッという重々しい音と共に背を打ち付け、辺りにしばし静寂が訪れる。

 

「ヘ、ヘレン……う、うそでしょっ……」

 

 口をポカンと開けて愕然とするティアナ。私は原因が分かったことでモヤモヤが晴れ、カロルが乱してきた自分の衣服を整える。

 

「な、なにをしたのか分かってるのかいヘレン様ぁ? ボ、ボ、ボクはドレイク家だよ??」

「……? 私はアーネット家だが?」

「ボ、ボクは自己紹介をしているんじゃあないっ! もういい、今日はこの辺にしておいてあげるよぉっ!」

 

 カロルは不格好な走り方でどこかへ消えていく。その後ろ姿をしばらく見つめた後、私はポツリと独り言をこう呟いた。

 

「彼の走り方は……まるで『バカ』だな」

「ヘレン、それは言い過ぎなんじゃ……」

「ああ間違えた。アレは『カバ』だったか」

「わざと~……じゃなさそうだね。ヘレンのことだし」

 

 隣でブツブツと何かを言っているティアナ。私はゆっくりとティアナへ視線を移すと眉を顰めながら思ったことを言及(げんきゅう)する。 

 

「……君は独り言が多いな」

「独り言じゃないよっ! 今のはヘレンと会話してるつもりだったのっ!」

「私は独り言のつもりだったが」

「だったらヘレンの方が独り言多いよ!」

 

 ティアナは子犬のような瞳で私を睨み上げてきた。何が楽しくてそんなにはしゃいでいるのか分からず、取り敢えず話をすり替えてこの場を後にしようと試みる。

 

「しかし君も見ただろう。あの『キャラメル』という教師を」

「キャラメルじゃなくてカロル先生ね?」

「やはり『ハチミツパン』を食べすぎると太るぞ」

「うん、そうかも……気を付ける──じゃなくてっ!」

 

 だが歩き出した途端、右腕を掴まれて逃走に失敗した。絡むべきではなかったのにどうして自分から出向いてしまったのか。後悔先に立たずだ。

 

「ありがとうヘレン。私ね、助けてくれて嬉しかった」

「次は君もされるがままにならないことだ」

「それは……ちょっと難しいかな?」

 

 から笑いと共に否定をするティアナ。私は理解が及ばなかったため、思わず無言で振り返ってしまった。

 

「私は、底辺のイザード家。名家の中でもあんまり評判も良くないから……アカデミーで問題を起こしたくないの」

「……」

「それに私はね、イザード家の顔として頑張らないといけないんだ。辛いこともいっぱい我慢して、成績優秀な生徒としてアカデミーを卒業すれば……イザード家が誇れる名家になれるって信じてるから」

 

 イザード家。 

 栄光あるアーネット家から分裂した名家の一つだがその特徴は何もない。むしろ他の名家よりも劣っていることで良く思っている人々も少ないと聞く。

 

「……ああ、そういうことだったのか」

「え? 急にどうしたの?」

「イザード家の君が私に付きまとう理由は──アーネット家に『媚売り』をするためか」

 

 その一言に目を見開きながら私の腕から手を離す。図星だったのかもしれない……が、ティアナの顔は「信じられない」と言いたげな顔に見えた。

 

「残念だが私が皇女の座に()くことは無いだろう。媚を売るならブレイン家の者にするといい──」

 

 そう言いかけた途端、私の右頬に伝わるのは衝撃。

 すぐにティアナに引っ叩かれたのだと理解した。何故ならティアナの顔が私にすら分かるほど腹の底が煮えたぎっている様子だったから。

 

「最ッ低……ッ」

 

 怒りの中に混ざり合うのは想いを踏みにじられた悲しみなのか。しかめっ面のティアナの顔は様々な感情が込み上げているように見える。私は無言を貫いたままティアナの顔を見つめていると、

 

「もう、勝手にして! 任務も一人でいけばいいよ!」

「はなからそのつもりだが」

「うっ……へ、ヘレンなんて……だ、だ、大嫌いっ!」

 

 私に背を向けて早足でその場から去っていく。大嫌いと言われても特に何も思わなかった。ティアナという生徒は興味がない相手だから。

 

「……いい線だと思ったが違うのか」

 

 尚更、何のために私へ絡んできたのかが分からない。けど今後一生分かることはないのだろう。もうティアナという生徒と──関わることがないのだから。

 

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