ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第4話『水と油』

 

 派遣任務まで残り二日。

 私はどういうわけか訓練場まで呼び出しを受けていた。

 

(……果たし状か。古典的な言い回しだな)

 

 手に持っているのは果たし状。

 担任のアーロン伝いに手紙を渡されて中を覗いてみれば『放課後に訓練場でずっと待つ』とだけ書かれていた。……ずっと待つとは何だ?

 

「訓練場に付いたわけだが……誰もいないじゃないか」

 

 そもそもこんな子供の遊びに付き合うつもりはなかった。しかしとある一文が私を揺り動かす理由になったのだ。

 

『私はあなたと肩を並べられる。というかあなたよりもめっちゃくちゃに強いよ』

 

 その一文、たったその一文に私の足は動く。

 別に強者を求めているわけじゃない。前提としてどの人間も私に勝とうとする者はいなかった。……たった一部を除いて。

 

「ヘレン・アーネットぉおおぉおぉおおぉッ!!」

 

 私の名を呼ぶ声。

 気迫と狂気に汚染されただみ声が訓練場に響き渡る。聞こえた位置は東の方角。私はそちらへとゆっくり振り返った瞬間、

 

「今日こそぶッ殺してやりやがりますからねぇえぇえッ!!」

 

 目前まで迫りくる乱れた赤い髪と瞳孔の開いた赤い目。唾と獣の雄たけびをまき散らして二刀流の刀剣を振り下ろしてくる。

 

「また君か」

 

 私が刀剣を持った彼女の両手首を掴んで受け止めればその衝撃によって突風が吹き荒れ、細かい砂が周囲へと飛び散った。

 

「くゃッははは! テメェをぶッ殺すことがあたしの栄光なんですからねぇえぇッ!?」

「やはり『狂犬(きょうけん)』の名に相応しいな」

 

 彼女は『赤い狂犬』と呼ばれている存在。

 名前は忘れたがレインズ家の血筋を継いだ赤い方(・・・)の女子生徒だ。その気狂いさと勝利への渇望によって彼女には誰も近寄りたがらない。

   

「君は諦めが悪い。青い方(・・・)は既に諦めたというのに」

「青い方? ああはい、ああはい、ルーナのことかぁ?」

「ああ、実習訓練で班員を見殺しにしてから……顔を見せなくなったぞ」

 

 狂犬の妹には青い髪の女子生徒がいる。

 以前、私に執着をしていたが勝手に私と競い合った挙句、実習訓練で連れていた班員を食屍鬼(グール)の群れの中へ置き去りにし、皆殺しにしてしまった。

 

「くゃはぁあッ! そりゃあご愁傷様(しゅうしょうさま)ってわけですねぇえぇ!!?」

「けれど驚いたな。君がわざわざ果たし状を送ってくるとは」

「あ? 存じ上げませんですがぁ?」

 

 何のことか身に覚えのないようで首を傾げる狂犬。素に戻った反応からするに本当に彼女じゃないのだろう。 

 

「……本当に君じゃないのか?」

「ったりめぇですがよぉおッ! 第一あたしはなぁ……テメェを追いかけてきただけだぁあ"ぁあッ!!」

 

 狂犬が吊り上げた笑みを浮かべつつ二本の刀剣をこちらに押し込んでくる。私は予想外の返答に険しい顔をした後、

 

「だったら君の相手をしている時間はないな」

「うッぐがぁあッ──?!!」

 

 掴んでいた狂犬の手首を左右に押して両腕を広げさせると、渾身の頭突きを彼女の眉間(みけん)に食らわせた。筋肉質で大柄な肉体が訓練場の壁に衝突すると、狂犬は一瞬で気を失ってしまう。

 

「狂犬ではないのなら……この果たし状は誰が?」

 

 よく考えてもみれば狂犬がここまで丁寧な字を書けるとは思えない。ならば果たし状を送ってきたのは誰なのか。その答え合わせをするように訓練場の東側から足音が聞こえてくる。

 

「果たし状を受け取ってくれたんだね、ヘレン」

 

 軽い足取りで姿を見せたのは一人の女子生徒。

 舞踏会に使用されるような目元だけを隠す黒い仮面。決闘者を彷彿とさせる漆黒のワンピースは実戦用のものだろう。彼女は長い桃色髪を後ろでまとめている……桃の匂いがこちらへ漂う誰か。

 

「君は……何をしているんだ?」

 

 いや、明らかにティアナ・イザードだった。

 いつもの声色がまったく隠し切れていないうえ体格や歩き方で大体分かる。それでもバレていないと思っているのか、

 

「私は『正義の執行者(しっこうしゃ)ブラックハニー』だよ!」

「正義に『ブラック』と付けるのは斬新だ」

「えっ、そうかな? ……じゃなくてっ!」

 

 演じきれず素が出てしまうティアナ……じゃなくブラックハニー。彼女は懐から一通の手紙を取り出すとこちらへ見せつけてくる。

 

「あなたに果たし状を送ったのはとある女の子から依頼があったから。今からここで読み上げるね」

「プライバシーの欠片もないな」 

「よ、読んでもいいよって言われてるから大丈夫なのっ! じゃあゆーっくり読むからね! ちゃーんと聞いておいてよ?」

 

 酷い茶番が始まるような予感。

 私は付き合うつもりもないのでその場から去ろうとしたのだが、引き留めるようにして手紙の内容をわざとらしく大声で読み上げる。

   

「ふむふむ、なになに? 『私はヘレン・アーネットと仲良くしたかっただけなのに、媚を売りたいのかと言われました』」

「はぁ……」

「『友達になりたいという想いを無下(むげ)にされた気分ですっごく悲しいです。無愛想で最低なヘレンをガツンと成敗してほしいです。助けて、ブラックハニー!』……って書いてあるよ。これ、ほんとかなぁ……?」 

 

 事実を確認するような問いかけ。手紙もブラックハニーもすべてティアナの自作自演だ。一体何がしたいのか理解が及ばないまま。

 

「君の方がよく知っているんじゃないか?」  

「こ、こほんっ……わ、私はブラックハニーだから何も知らないよ」

「……何がしたいんだ君は? ままごとがしたいのなら他の人間に頼め」

 

 付き合ってられない。

 呆れた私は背を向けて訓練場から去ろうとした……その時、

 

「……っ」

 

 飛んできた木製の刀剣が私の後頭部に直撃する。

 私は地面に落下する前に右手で掴み、刃の付いていない刀身を眺めた。思えば彼女は果たし状を送ってきている。やはりやり合う覚悟はできているのだろう。

 

(暇潰しにはなるか)

 

 どうせ暇だ。時間は腐るほどある。私は相手をしてあげるかとその場で振り返ってみれば、 

 

「あっあっ……ご、ごめんねっ、大丈夫っ……?」

 

 投げた当の本人は焦っている状態だった。決闘を申し込んだ相手の心配をするなんて聞いたことがない。そんなあたふたするティアナを横目に、私は木製の刀剣の矛先を向ける。

 

「君はそこに倒れている狂犬を見習うべきだろう。心配をする前に斬りかかれ」

「えっ、狂犬? もしかしてそこに倒れてるの、ソニア?」

「ソニア? ……彼女の名前は知らないが狂犬本人だ」

 

 初めて倒れているソニアに気が付くと仮面越しで目を丸くするティアナ。その反応から「何でここに?」と疑心に満ちている様子だった。

 

「もしかしてあなた、ソニアを返り討ちにしたの?」

「ああ、一度だけ頭突きをしただけだが」

「ず、頭突きだけでソニアをっ? ……ご、ごくりっ、私っ、もしかしてとんでもない人に決闘を申し込んでたり……?」

 

 ティアナがやや怖気づいている。

 アカデミー内の狂犬はかなり恐れられている存在らしい。 

 

「でもブラックハニーは逃げない。依頼人のためにあなたを成敗しちゃうから」

 

 腰に携えていた木製の刀剣を鞘から引き抜くティアナ。意外にも構えは(さま)になっており、訓練を真面目に受けていることが窺えた。

 

「いつ来ても構わない」

 

 だが所詮はイザード家の人間。

 私と肩を並べられるはずがない。取り敢えず最初は手加減をし飽きてきたら終わりにする。いつものやり方で行こうと考えた瞬間、 

 

「──!」 

 

 目にも留まらぬ速度でこちらへ詰め寄り木製の刀剣が私の前髪を掠る。名家の一種、トレヴァー家の速度と変わりないほど。

 

「どうしたの? まだ始まったばかりだよ?」

 

 可憐な瞳に宿るのは熱い闘志。

 ティアナは動術(どうじゅつ)の『機動』を多用し、花弁が風に吹かれるような身のこなしをしつつ攻めに徹する。対して私はあらゆる方角から迫りくる木製の刀剣を(さば)き続けていた。

 

(彼女を試す価値はあるな)

 

 ならばと右からの薙ぎ払いを受け止めた後、動術の『反動』を利用して衝撃を左足に流し、回し蹴りを左脇腹へ放つ。

 

「効かないよっ……!」

(なるほど。受動も使えるのか)

 

 が、ティアナは動術の『受動』で筋肉の硬度を向上させて無傷で受けて見せた。どうやら彼女は想像以上の手練れ──

 

「今度はこっちの番だねっ!」

「──ッ」

 

 ──ではない。

 木製の刀剣による反撃の一打をこの身で受け止め理解が及んだ。ティアナは私が受動を利用することを見越し、動術の『波動』で左半身へ衝撃を流し込む。

 私は体勢を崩しかけたので追撃を食らわないよう距離を置いた。

 

「……君を甘く見積もっていた」

 

 受動の弱点は波動である。

 この性質を理解したうえで私の行動を読んだ予測能力。名家出身にも劣らない動術の熟練度。そして何よりも見た目とは程遠い固い意志が彼女にはあった。

 ティアナ・イザードは──間違いなく十戒(じっかい)の候補に入れる逸材。 

 

「どうかな? ブラックハニーの実力は」

「十分だ。今の君ならいずれ十戒になれるだろう」

「えっ、ほんとに!? 私、十戒になれちゃうの!?」

 

 私は彼女という逸材を前にして少しだけ頬を緩める。手加減はしなくてもいい。少しだけ自分の全力をぶつけてみたくなった。

 

「だが君には足りないものがある」

「足りないもの……?」

 

 そう言いながら木製の刀剣を逆手持ちに切り替える。眉を(ひそ)めて首を傾げているティアナ。私は顔を上げると彼女へ冷めた眼差しを送り、

 

「相手に対する殺意(・・)だ」

「くっうぅッ──!?!」

 

 先程のティアナよりも早く距離を詰め、木製の刀剣を全力で振り上げた。ティアナは受け止めようとしたが彼女の刀剣は跡形もなく砕け、木くずとなって辺りに散らばる……その瞬間から攻守が変わった。

 

「君の中にある『勝つ』『倒す』という執念(・・)はそれほど必要じゃない」

「くッ、うぅぐッ……?!」

「必要なのは『殺す』『始末する』の執念だけだろう。吸血鬼が相手となれば尚更そうだ」

 

 ティアナは訓練場にある木製の刀剣を何度も持ち替えるが、私の打ち込んだ一撃ですぐに砕け散る。

 

「だから君は優秀な生徒であっても優秀なリンカーネーションにはなれないし──」

「きゃあぁあっ……!?」

 

 防戦一方のティアナを機動(きどう)で翻弄し、死角へと回り込んで足払いで尻餅をつかせると、

 

「──私と肩を並べることはできない」

「うっ……」

 

 刀剣の矛先を顔の前まで突きつけて決闘に終止符を打った。ティアナはまだ諦めていないようだったが、私が無言で冷めた眼差しを送り続けるとしばらく俯き、

 

「あはは……私の、負けみたいだね……」

 

 顔を上げて悔しさが含まれた笑みを見せる。負けを認めたことで私は持っていた木製の刀剣を下ろして鞘へと納めた。

 

「ごめんね、想いを無下にされた女の子……」

「演じる必要はない。君が誰なのかは分かっている」

「え、えぇえっ?! バレてたの!?」

 

 やはりバレていないと思っていたらしい。

 ティアナはため息をつくと目元に付けていた黒の仮面を外す。

 

「君の目的は何だ? 喜劇でもしたかったのか?」

「違うよ、私はその……謝りたくて……」

「謝る? 君が私にか?」

 

 ティアナはこくんっと頷くとなぜ果たし状を書いたのかぽつりぽつりと説明を始めた。

 

「私、ヘレンに『最低』とか『大嫌い』って言っちゃったから」

「……? 特に気にしていないが?」

「でも『媚売り』だって言われたことも許せなくて。謝りたい気持ちと許せない気持ちが二つともあったの」

 

 複雑な心境を吐露(とろ)するティアナ。両手の指先を合わせながらもじもじとしおらしい素振りを見せる。

 

「だからね……ヘレンとの決闘に勝てば許せない気持ちも発散できるし、謝るチャンスもできると思って」

「……君の中ではどういう想定だったんだ?」

「えっと、私が想定していたのはヘレンに勝った後──」

 

 果たし状からどのようにして気持ちを発散するつもりだったのか。勝つこと前提なのも引っ掛かるがそこは触れずに、当初の想定をティアナ本人に話してもらうことにした。

 

『くっ、ブラックハニー……一体何者なんだ!?』

『ふっふっ、ブラックハニーの正体はイザード家のティアナでした~!』

『うわぁ~、負けたぁ~! ティアナさん強い~!』

 

 まずは私に勝った後、ブラックハニーの正体がティアナであることを明かして肩を並べられる存在だと見せつけ、

 

『あとねヘレン、謝りたいのことがあるんだ。この前は、その、酷いこと言ってごめんね』

『うわぁ~、ティアナさん優しい~! 私もごめんなさい~!』

『ううん、いいんだよ。仲直りしよっか。これで私たちは友達だよね?』

『うん、ともだちともだちー』

 

 互いに謝罪をしてから和解の握手を交わし友達になる。三流作家が思い描くような友情物語に私は思わず呆れてしまう。

 

「……君が想像している私は随分と可愛らしいな」

「こっ、これは想定だからね? ほんとはもっと過程とかあって──」 

「『戦力にならない』という発言は撤回しよう」

 

 私が言葉を遮りながらそう言うとティアナはぽかんとした顔でこちらを見る。彼女がこちらの言葉を理解していないように見えたため、私はきちんと説明することにした。

 

「このアカデミー内では君は私の次に(・・・・)腕が立つだろう。少なくともあそこに倒れている狂犬よりも戦力になる」 

「ほ、ほんとに……?」

「……? 嘘をつく必要がどこにある?」

 

 疑われていることに眉を(ひそ)めると、ティアナはやっと信じてくれたようで徐々に瞳をキラキラと輝かせる。

 

「私、ヘレンと一緒に行ってもいいんだよね……?」

「構わない」

「良かったぁ……。じゃあ仲直りの握手しよっ」

 

 和解の握手を求めてくるティアナ。

 私は黙ったまましばらくその手を見つめれば、少しずつ違和感を覚えたため「仲直り?」と静かに首を傾げ、

 

「私は君と交友を深めた覚えはないが?」

「ぇ"──」

 

 その一言で(ほが)らかなティアナの表情と場の空気を停止させた。

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