ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第5話『慈悲深い皇女』

 

 任務当日の真昼。顔を上げれば太陽が見えない曇り空。

 私たちは廃村の入り口へと馬を停めてから地へと足を付ける。やや湿気が強いのか靴底に泥の感触が伝わってきた。

 

(渡された武装は……)

 

 腰に携えているのは近距離戦に使用する『ルクス零式(ぜろしき)』という刀剣。本来の色は黒なのだが……なぜか私が扱う刀剣だけいつも白を基調とした色合いになっている。

 次にリボルバー型の『ディスラプター零式(ぜろしき)』と呼ばれる銃。装弾数は六発。威力は牽制程度。予備の弾薬は二十四発。無いよりはマシなぐらい。

 

(いや、杭だけあればどうにでもなる)

 

 最後に吸血鬼を仕留めるために必要な『銅の杭』だ。他の武装はあってもなくても変わらない。だがこれは吸血鬼を相手にするとき必需品(ひつじゅひん)

 入っている本数は八本。つまり八体までは吸血鬼を粛正できる。

 

(……この武装を開発したのはA機関の神童(しんどう)か)

 

 風の噂で聞いた。

 私の両親に拾われた神童がA機関に所属していると。その神童は十歳という年齢に見合わない知識と発想力で革命とも呼べる武装開発を進めているらしい。

 

「ふっふっ、ついに到着したわねミミ」

「ふふっ、準備はいいかしらユユ」

「ふっはは、もちろんだ! 我らの出番だぞナナよ!」

 

 武装確認をしている私の背後から聞こえる三人の声。華麗に馬から飛び降りるのはエンジェル家の三人。ティアナは廃村の雰囲気と似合わない空気感のナナたちに苦笑する。

 

「じゃあ三人とも、私とヘレンは村を調査するから……今から二時間後、ここに集合でいいかな?」

「ふっふっ、了解だよ! 村の周りは私たちにっ!」

「お任せあれですわっ!」

「ふっははははっ! 行くぞ皆の衆~!」

 

 廃村外で失踪者の捜索をするために颯爽と駆けていくエンジェル家の三人衆。 私はその後ろ姿を横目に流しつつ、廃村の入り口まで歩き出した。

 

「君は東側から調べてくれ。私は西側を担当する」

「うん、分かった。何かあったらすぐに呼んでね?」

 

 中規模程度の廃村。効率を考えれば分担した方がいいだろう。私はティアナと別れて西側の家屋を一つずつ覗いてみることにした。

 

「……足を踏み入れた痕跡はないな」

 

 私が屈んで調べたのは土埃が被った屋内の床。腐りかけている木製の床に足跡は残されていない。私は少し考える素振りを見せ、次の家屋を調べることにする。

 

(やはりどこも痕跡すらないか。派遣された四人は一体どこに……?)

 

 どの家屋も痕跡が見つからない。

 脳裏を過るのは本当に派遣されていたのかの真偽。私は床に転がっている椅子の残骸を目にする。その椅子は付いていなければならない四本の足が真っ二つに折れている有様。

 

 ──ガタッ

「……? 誰かいるのか?」

 

 家屋の奥から聞こえてくる物音。

 私は物音のした方へそう呼びかけてみるが声は返ってこない。聞こえるのは外から聞こえる小鳥の声のみ。

 

「音が聞こえたのはあの棚だな」

 

 土足で屋内へ上がると蜘蛛の巣や土埃やらで汚れた洋服棚へ近づき、洋服棚の取っ手を両手で掴む。そして少しだけ間を空けてから勢いよく開くと、

 

「クゥルルルルっ……」

「ああ何だ。君の住処だったんだな」

 

 洋服棚にいたのは怯えるアライグマの子供。

 抜けた毛が散乱している痕跡からこの洋服棚に住み着いていることが分かる。私はしばらくアライグマを見下ろした後、「邪魔をしたな」と詫びを入れてから洋服棚をゆっくりと閉めた。

 

「東側はこの家で最後。西側も調べてみるか」

 

 ティアナの方は何か収穫があるかもしれない。私は振り返ってから家屋を出ようとし、

 

「よお可愛いお嬢ちゃん──」

 

 鼻先と鼻先が付きそうなほど近い距離にある男の顔。

 白すぎる肌に血肉を貪るであろう鋭い牙。縦に長い紅い瞳孔。微かに鼻元まで漂ってくる口臭は錆びた臭い。彼は不敵な笑みをこちらに見せつけ、

 

「──オレに血を吸わせてくれよ」

 

 私の両肩を人間とは思えない怪力で掴むと首筋に噛みつくため顔を近づけ……

 

「ぐぉはあ"ッ──?!!」

 

 ……られない。

 なぜなら私がその顔面を掴み上げ一瞬で地に叩きつけられていたから。家屋の腐った床を突き破るとその男は土埃を被る。

 

「君の爵位は?」

「んだよッ、このガキはぁッ……!? 腕を、へし折れねぇッ!!」

 

 十中八九、というか確実にこの男は吸血鬼。

 だがこちらの右腕を怪力で折ろうと力を込めているがまったく微動だにしていない。更に言えば私の問いかけも聞こえていないようだった。

 

「ある程度は喋れるが言葉を交わす余裕はない。なら子爵(ヴァイカウント)だな」

「うッぐぉおッ……!?!」

 

 そのまま持ち上げれば両膝を突いた体勢になる子爵。私は他所へ投げ飛ばそうとしたが、その方角にアライグマが住処にしていた洋服棚があることに気が付き、

 

「……場所を変えよう」

「おぅぐァア"ァッ!?!」

 

 玄関の方角へ切り替えると軽く力を込めて投げ飛ばした。子爵は引き戸を突き破り、砂埃と微風を巻き起こしながら地面へ仰向けに倒れる。

 

「運が良いな君は。もし晴れていたら灰になっていたぞ?」

 

 今日の天気は曇り。

 吸血鬼にとって最大の弱点である太陽の光が届かないため子爵は無傷の状態だった。

 

「チッ、おいガキッ……よくもやってくれたなァ」

「……? 私は君を投げただけだが」

「ハハッ! テメェみてぇなガキには……」

 

 どうやらご乱心のようだ。

 子爵は怒声を上げながら吸血鬼の身体能力を駆使し、そばに置かれていた酒樽(さかだる)を片手で持ち上げると、

 

「しっかりとシツケをしてやらねぇとなァ!」

 

 軽々と投げてきた。

 避けようとも考えたが私の背後にアライグマの住処があることを思い出し、

 

(しつけ)か。君は傲慢だな」

 

 左脚を主軸にした回し蹴りで迎え撃ち、飛んできた酒樽を木端微塵にした。子爵はその時、私の意図を汲み取ったようで不敵な笑みを浮かべる。

 

「もしかしてテメェ、その家にいる獣を傷つねぇようにしてるのかァ?」

「ああ、そうだが?」

「ハハハハッ! テメェはアベル家よりも慈悲ぶけぇよお嬢ちゃん!」 

 

 何が可笑しいのか高笑いをする子爵。

 しばらくその様子を眺めていれば子爵が家屋の影を指差す。

 

「……」

 

 私はそちらへ視線を向けてみると血溜まりの中に二匹のアライグマが転がっていた。(もてあそ)ばれたのか、肉体に爪痕が残りその小さな手足を千切られている。

 

「どうして彼らに手を出した?」

「あ? このオレを噛んできたからに決まってんだろ」

 

 洋服棚に隠れていた子供のアライグマ。なぜ子供一匹だけだったのか。なぜ怯えていたのか。すべての辻褄(つじつま)が合ったことで答えが明らかになった。 

 

「それは君が彼らの縄張りに入ったからだ」

「んなもん知らねぇよ。こっちはイイ女の血が飲めなくてイライラしてるんだ。久々の(・・・)の獲物が獣だったのもなおさらイライラさせてくれんだよなァ」

「……久々、か」

 

 そう言いながら腰に携えていた白の刀剣を鞘から抜く。子爵の発言から込み上げる感情……それは吸血鬼は存在すべきではないという否定。

 

「なぁ分かるだろ慈悲ぶけぇお嬢ちゃん? オレは今もイライラしてんだよ」

「そのようだな」

「んなら話がはえぇな。イライラ収めるためによぉ……お嬢ちゃんの血、このオレに吸わせてくれよォオッ!」

 

 牙を剥き出しにして迫ってくる子爵。冷静に見据えつつ白の刀剣を振り上げその矛先を向ける。

 

「君は私に『慈悲深い』と言ったが……」

 

 短剣の刀身のように伸びた鋭利な爪が迫りくる最中、私は空いている左手でホルスターから銅の杭を取り出してから、

 

「本当にそう思うのか?」

「ごほォアァッ──!?!」  

 

 下顎(したあご)に深々と突き刺した……が、狼狽える様子もなく右手に生えた鋭利な爪を振り下ろしてくる。私は逆の手で握っていた白の刀剣で鋭利な爪を後方へ受け流した後、

 

「なァッ……!!? オレの腕をッ──ウグォッ?!!」

 

 右肩から先を瞬く間に斬り落とした。喋る暇も反撃の余地すらも与えないよう、銅の杭を次々と取り出し、子爵の肉体へ何度も突き立て始める。

 

「私は君に恨みはない」

「ごほッ、うごぉアッッ?!」

「だが彼らは(・・・)君を恨んでいるだろう。そしてこうも言っている」  

 

 子爵へ拳による殴打と蹴りを絶え間なく打ち込み、その強靭な肉体を凹凸(おうとつ)塗れの肉塊へと変形させていく。正直こんなことをしなくても灰に変えようと思えば、すぐにでも灰へと変えられるが、

 

「恨みを晴らしてくれと」

 

 なぶり殺しにされた彼らの無念は晴らせない。

 私は腰から刀剣の鞘を逆の手で引き抜くと、先端を子爵の鳩尾(みぞおち)へと叩き込み、

 

「ぐぉおァア"ァア"ッッ……!!?」

 

 前方にあった家屋まで吹き飛ばした。その衝撃によって家屋はあっという間に崩れ落ち、子爵は瓦礫の下敷きとなる。

 

「……ハハハッ、こりゃあ効いたぜ。まッ、効いただけだがなァ!」

 

 だがしかし、子爵は瓦礫を退かして何食わぬ顔で立ち上がった。それもそうだろう。吸血鬼の再生能力は人間の比にならない。トドメを刺さなければ何度でも復活する。

 

「それにやっぱお嬢ちゃんは慈悲ぶけぇ」

「そうか?」

「だってよォ、オレを殺せる杭は……もう残ってねぇんだからなァ?」

 

 ホルスターに入っていた杭の本数は八本。確かに私は子爵をなぶるときに使い切っていた。少しは観察眼に長けているのか、事前に本数を把握していたらしい。

 

「杭がねぇんならテメェはオレには勝てねぇだろォ?」

「……」

「形勢逆転だなァお嬢ちゃん。あんな獣のために……自分の命を捨てちまうなんてよォッ!!」

 

 勝機を掴んだと言わんばかりにその場から駆け出す子爵。獲物を狩る捕食者の意志がその瞳に宿っていたのだが、

 

「──あッ?」

 

 九本目の杭をホルスターから左手で引き抜いた瞬間……瞳から意志は消え失せ、驚きと後悔に一変する。私はそのまま引導を渡すようにして心臓へ深々と突き刺せば、子爵の身体の動きが止まった。

 

十聖(じゅっせい)の加護の一つ、不失(ふしつ)の加護。私が一度でも触れたものは……どんなものであっても消耗しない」

 

 ホルスターに次々と具現化していく銅の杭。

 不失の加護は弾丸や杭を『消耗した』という事実を無かったことにするような加護だ。六発が上限のリボルバー銃も装弾数を気にせず、六発以上の連射が可能になる。

 

「か、加護ッ……だとォッ……!?」

「君は杭の本数を把握していたようだが……何の意味もなかったな」

「そうか、加護に赤い瞳ッ……まさかテメェ、アーネット家のッ──」

 

 そう言いかけた子爵の口を右手で塞ぐ。そしてつま先立ちでこちらから顔を近づけ、見透かすようにして見上げると、

 

「地獄に落ちろ」

「ア"グガッア"ァア"ア"ァァア"ッッーー!!?」

 

 微笑みながら耳元で(ささや)いた後、子爵の心臓を銅の杭で貫いた。

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