ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第6話『アクレイド』

 

「ヘレン! 物凄い音がしたけど何かあったの……って、えっ?」

 

 あれから数分ほど経過すると焦った様子のティアナがやっとのことで合流したのだが……家屋の前で(かが)んでいた私の姿を見るとポカンとその場に立ち尽くす。

 

「頭に乗ってるその子……アライグマ、だよね」

 

 ティアナが見ている先は私の頭頂部。

 恐らくへばりついているアライグマの子供に驚いているのだろう。

 

「君はアライグマを見たことがないのか?」 

「うんっと、そういう驚きじゃないよ。どうしてヘレンの頭に乗ってるのか気になっちゃって」

 

 答えを求めて辺りを見渡すティアナ。最初に見たのは瓦礫の山となっている家屋。次に見たのは積もっている灰に地面へ刻まれた爪痕。痕跡を発見する度にティアナの顔が徐々に険しくなる。

 

「……! そこにあるの、もしかしてお墓……?」

 

 最後に私の前にある二つの十字架の墓石を見て、何が起きたのかすべてを悟ったようだった。ティアナはこちらの身を案じるように、私のそばまで歩み寄ってくる。

 

「ヘレン、怪我とかしてない?」

「無傷だが」

「そっか、それなら良かっ……ううん、良くないよね」

 

 私の隣にしゃがみ込むティアナ。

 アライグマの墓石にしばらく黙祷を捧げると私の方を見る。

 

「ごめんなさいヘレン。私、あなたのことちょっとだけ勘違いしちゃってた……」

「なぜ君が謝る?」

「ヘレンっていつも『興味がない』って言うでしょ? だからどんな相手にも冷たい対応なのかなって勝手に思ってたの。……人間じゃなくてこの子みたいな動物にもね」

 

 ティアナは申し訳なさそうな顔をしていたが、私自身はそう思われていても仕方がないと割り切っていた。客観的に見れば冷たい対応をしているのは事実だから。

 

「君は間違っていない。私は彼らにも人間にも興味はない」

「えっ? じゃあヘレンはどうしてここまで……」

「……? 私がどう思おうと……最期まで正しくあった生命(いのち)は、正しく(とむら)われるべきじゃないか?」

 

 私にそう問いかけられたティアナは少し驚いた顔を見せると共感するように頷く。頬を緩めたその表情は私に対して僅かに親近感を抱いているように見えた。

 

「ヘレン、その子はどうするの?」

「このまま森に帰すつもりだが」

「キューッキューッ……!」

 

 アライグマの子供をどうするか話し合った瞬間、悟るようにして私の頭へ小さな両手でしがみつく。まるで「離れたくない」と言わんばかりの鳴き声に私とティアナは顔を見合わせた。

 

「ふふっ、ヘレンに懐いちゃったみたいだし……。少しの間だけ保護してあげよっか」

「……私は彼に興味はない──」

「あっ、せっかくだからこの子に名前を付けてあげない?」

 

 私の声は聞こえているはずだがティアナはわざと遮って名前を付けようとする始末。彼女はしばし唸りながら名前を考え始めた。

 

「『アライちゃん』とか『アライさん』っていうのはどうかな?」

「彼はオスだ」

「じゃあじゃあ、『クマロー』とか『バーサーカーくん』は?」

 

 純粋な眼差しからわざと変な名前を付けようとしていないことは分かる。だがあまりにも絶望的なネーミングセンスに私は冷ややかな視線を送ることしかできない。

 

「果たし状の時から思っていたが……君は名付けのセンスがないな」

「ガーンッ!」

 

 ショックを受ければ両肩を落とすティアナ。私はティアナの隣で代わりに子供のアライグマの仮の名前を考えてみる。

 

「……彼の名前は『キャップ』でいい」

「キャップ?」

「頭に乗っている姿はまるで『帽子』だ。『キャップ』という語呂も悪くはない」

 

 帽子のようだからキャップ。

 かなり安直だが変に捻るよりはマシだろう。実際ティアナにもウケているらしく感心するように私の横顔を見つめてくる。  

 

「ふふっ、よろしくねキャップ?」

「キュッキュッ!」

 

 ティアナに撫でられると嬉しそうに鳴くアライグマのキャップ。私は彼を頭に乗せながら無言で立ち上がると、子爵の灰が積もった地面を見下ろす。

 

「君の方では何か見つけられたか?」

「ううん、何も見つからなかったよ。誰かがいたような痕跡もなかったかな……?」

 

 やはりこの廃村は何者かが荒らした気配も人が住んでいた痕跡もない。ティアナの報告を聞いた私は考える素振りを見せつつ、足元にある子爵の灰を中指と親指で摘まみ上げた。

 

「この子爵は私を『久々の獲物』だと口にしていた」

「久々の? えっと、それじゃあ子爵は『失踪者の人たちとは遭遇してない』ってことになる……待って、もしかして行方が分からなくなったのは吸血鬼の仕業じゃないのかも」

「ああ、君の推察通りだろう。争った痕跡もキャンプ地にされた痕跡も見つからないとなれば……今回の件に吸血鬼は関わってこない」

 

 微風に吹かれて飛んでいく吸血鬼の灰。曇り空に混ざるように消えていく(さま)を眺めた後、廃村の家屋を遠目で一軒ずつ視認しつつ思考を張り巡らせる。

 

「ねえヘレン、そろそろ集合の時間だよ。一度、村の入り口まで戻ってナナたちと情報交換しない?」

「ああ分かった」

「キュッ!」 

 

 そう返答すると私の頭の上に乗ったキャップも小さな右手を挙げる。可愛らしい仕草にティアナは微笑み、私は視線を自身の頭上へと向けた。このアライグマはいつまで頭に乗っているつもりなのだろうか。

 そんな些細な疑問を脳内に浮かべ、私たちは集合場所へと引き返す。

 

「……あれ? まだ戻ってきてないみたい」

 

 しかしナナたちの姿はそこにはない。

 ティアナはナナたちの姿を探して辺りを見渡していたが、私は待機させていた馬を見てあることに気が付く。

 

「馬の数が少ないようだが」

「えっ? ……あっ、ほんとだ! ナナたちの馬が消えてる!」

 

 待機させていたはずの馬が三匹足りなかった。残されていたのは私とティアナの分だけ。奇妙な事態にやや眉をひそめ、しゃがみ込んでからぬかるんだ地面を観察すると、

 

「ここから南西に向かったようだな。まさか彼女たちは任務を放棄したのか?」

「ううん、ナナたちはちょっと変わってるけど……投げ出したりはしないと思う。もしかしたら何かあったのかも」 

 

 南西の方角へ続く馬の足跡を見つけた。

 そばにはナナたちが履いているブーツの痕跡も残されている。ティアナが不安を募らせた表情を浮かべている最中、私は立ち上がると馬に飛び乗った。

 

「私は彼女たちの後を追いかける」

「ヘレン、私も行くよ。ナナたちのことが心配だもん」

「……? 君の意見は聞いていないが?」

「うっ……それじゃあ勝手についていくからっ!」

 

 不満げなティアナも身軽な動作で馬へ飛び乗る。私はなぜ不満なのかを聞くこともなく馬を南西の方角へ走らせた。

 

「ナナたち、どこに向かってるのっ……?」

「……」

 

 どこまでも続いている足跡。

 ナナたちは馬をかなり走らせていることが窺える。三人の身を案じているティアナの隣で私は口を閉ざしただひたすらに馬を前進させた。

 

「──! ヘレン、あの馬車っ!」

 

 視界が開けて見えてきたのは一台の馬車。

 野盗か食屍鬼(グール)に襲われたのか車輪は破壊され積み荷が散らばっている。私たちは少し離れた場所に馬を停め、リボルバー銃をホルスターから引き抜くと馬車へ歩み寄る。

 

「私は周囲を見張っておくね」

「その必要はないだろう」

「えっ? どうして?」

「襲撃されたのは随分と前だ」

 

 地面に馬車の車輪が通った跡がない。

 恐らく数日前に雨が降っていたことで痕跡が消えたのだろう。踏まえればこの場所で襲撃を受けてからだいぶ日数が経過しているはず。

 

「見てヘレン。馬車の側面のここ、鈍器で壊された跡が残ってる」

「ああ、車輪にも同じ跡があるな」

「それじゃあこの馬車、吸血鬼じゃなくて野盗に襲われた可能性が高いよね。乗せてる積み荷から考えると……乗っていたのは商人みたいだし」

 

 商人の馬車が野党から襲撃を受けた。

 現場の証拠からその憶測を立てたがどうも引っ掛かる箇所がある。

 

「その割に積み荷は一切盗まれていないが」

 

 それは積み荷がほとんど盗まれていない点だ。野盗が襲撃する目的の大半は積み荷を奪うこと。にも関わらず、箱に詰められた果物や高価な入れ物に飾られた金銀のネックレスなどへ触れた痕跡はない。

 

「単なる愉快犯、とか?」

「……いや、どうやら目的はこの袋だったらしい」

 

 唯一残された痕跡は絹の袋。

 結び目が解けた状態で放置されている状態だ。中身に金貨や銀貨が入っていることから商人が所有していた財布だと理解が及ぶ。 

 

「うぅ~んっ……? お金を盗まない野盗なんて聞いたことないかも」

「ここに入っていた『別のナニカ』が目的だろうな」

「そのナニカって?」 

「私にもそこまでは分からない」

 

 周囲を捜索してみるがナナたちの姿は見当たらない。馬の足跡からするに更に南西の方角へと向かっているようだった。

 

「どうするヘレン……? グローリアへ報告に戻る?」

「私は後を追いかける。君は一度帰還するといい──」

「それじゃあ私もついてく。だって私たち、今は『バディ』でしょ?」

 

 私と同じように馬へ騎乗するティアナ。信頼を寄せる眼差しを送られた私は無言で彼女を見つめた後、馬を南西の方角へ再度走らせる。

 

「ヘレン、このまま南西の方角へ向かうと……アクレイドっていう村があると思う」

「…………」

 

 アクレイド。

 グローリアから南の方角に位置する村。私の記憶では他の村や町と交流はせず、グローリアからの商談も受け入れないと聞いていた。とにかく閉鎖的(・・・)な村らしい。

 

「どうしてナナたちはアクレイドに向かったんだろ……?」

「…………」

「もしかして村の人に何かあって……助けるためとか?」

「……」

 

 独りでぼそぼそと喋っているティアナを無視して前方だけを視認していれば、アクレイドを囲う木製の壁が見えてくる。

 

(……ここで途絶えているか)

 

 その辺りでナナたちが騎乗しているであろう馬の足跡が途絶えていた。私は馬から飛び降りると周囲を見渡しつつナナたちの姿を探し始める。

 

「ヘレン、これ見て」

 

 ティアナが指差すのは大木の根元。

 そこにはリボルバー銃の弾丸が二発ほど転がっていた。その形状から私たちが渡された武装の一種である『ディスラプター零式(ぜろしき)』であることを理解する。

 

「やはり君は今すぐにでも帰還すべきだ」

「えっ? どうして……」

「私はあの村を捜索する」

 

 理由は伝えずに私はアクレイドの正門まで歩き出す。しかしティアナは忠告を聞かず、納得いかない顔で私の隣まで駆け寄ってきた。

 

「……私は君に忠告をしたはずだが」

「さっきも言ったよね。私はヘレンのバディだって」

「なら君の好きにしろ」

  

 村を囲うのは丸太の防壁。

 普通の人間ならば飛び越えることも登ることもできない高さ。ティアナはその防壁をポカンとしながら見上げていた。

 

「あの壁、食屍鬼(グール)の侵入を防ぐために作られてるのかな」

「……」

「後は野盗を村に入れないためかも。さっきの馬車も襲われたみたいだし」

 

 ひとりでに喋り続けるティアナ。

 一般的に考えれば防壁は吸血鬼や野盗の侵入を防ぐためで、あるいは──

 

「止まれ! だれだお前らは?」

 

 瞬間、こちらへ呼びかけてきたのは見張りの男。私とティアナに気が付くと警戒しながらその場に静止させる。

 

「あの、怪しいものじゃありません」

「怪しいヤツはみーんなそう言うだろ」

「えっ、えぇえっ? で、でもそう言うしかないからっ……」

 

 警戒心を解こうとするがむしろ高めてしまう始末。見張りの男はやや大柄な肉体を勇ましく動かし、持っていた鉄の槍をこちらに向けて構えた。

 

「私たちはグローリアから派遣されてきた」 

「お、お前……なんで頭にアライグマ乗せてんだよ……」

「所属はリンカーネーション。この十字架がその証だ」

「リ、リンカーネーションだぁ……? おれらはお前らなんて呼んだ覚えねぇぞ……?」

 

 アカデミーの生徒に配布される十字架のネックレスを見せ身分を証明すると、警戒心は薄れて露骨に動揺しているようだった。その様子にティアナの顔つきが険しくなる。

 

「君たちに呼ばれたわけじゃない。はぐれた班員を探すためこの村へ来たんだ」

「はぐれた班員……」

「知っていることは?」

「し、知らねぇな。お前らを置いて帰ったんじゃねぇか?」

 

 私とティアナはその返答で確信した──この見張りは嘘をついていると。問い詰めればボロを出すはずだ。

 

「おお、神の遣い様ではありませんかっ!」

 

 と、考えた時に村の奥から老人がこちらへ歩み寄ってくる。伸びた白い髭に身体を支える木製の杖。およそ七十代後半ぐらいか。

 

「長老……」

「お前は下がっておれ! 得物を向けるなど神の遣い様に無礼な真似をしおって……!」

 

 長老と呼ばれた老人は視線で何か意図を伝えると、見張りの男は静かに頷いて立ち去ってしまう。

 

「神の遣い様方……若い者のご無礼、どうかお許してください」

「いえいえ、お構いなく。それよりもあなたは……」

「わしはこの村の長老です。神の遣い様、一体どのようなご用件でこの村まで?」

 

 尊敬の眼差しを向けてくるがそれとは別に視線が私たちの両脚へと向けられた気がした。ティアナは視線に気が付かず、自分たちの事情を先程と同じように説明する。

 

「そうでしたか。班員を探しに遥々この村まで……」

「長老さん、三人について知っていることはありませんか?」

「ふむ、残念ですが知っていることはありませんなぁ……」

「……そうなんですね」

 

 知らないフリをしている。

 長老と会話するティアナはすぐに勘付き横目で視線を交わしてきた。

 

「ですが村の人間なら行方を知る者がおるかもしれません。よろしければどうぞ中へお入りください」

「えっと、いいんですか?」

「もちろんですとも。あなた様方は神の遣いですからな」

 

 村の中へ私たちを招き入れようとする長老。歓迎する態度とは裏腹に何かを企んでいるように見える。ティアナはそんな長老に対して疑心を抱きながらも私と顔を合わせ、

 

「ありがとうございます。それじゃあ、少しお邪魔しちゃいますね」

「ええ、どうぞどうぞ」

 

 長老の後に続いて村の正門を潜り抜けた。

 途端、背後から聞こえるズシンッという重々しい音。振り返れば木製の門で閉じられており、完全に出られない状態となっていた。

 

「わしの家は村の東側にありますゆえ……何か用事がありましたら顔をお出しくだされ」

「はい、分かりました。その時は長老さんを頼らせてもらいますね」

「ほっほっ、ではごゆっくりと……」

 

 やや気味の悪い笑みを浮かべゆったりとした様子で去っていく長老。ティアナは愛想よく振る舞い長老を見送ると、すぐに真顔へと切り替わる。

 

「キューッ……」

「……ヘレン」

「君たちの言いたいことは分かっている」

 

 少し怯えているアライグマと確信を得ているティアナ。その意味深な呼びかけと怯えた鳴き声を聞いた私は平然とした顔で、 

  

「この村から何か嫌なものを感じる、だろう?」

 

 彼と彼女が喉に詰まらせていたモノを代弁した。

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