ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第7話『足切り沼の伝奇』

 

 閉鎖的な村アクレイド。私たちは村の中へ招かれ長老と別れた後、ナナたちの行方を探すために村人への聞き込みを始めたのだが、

 

「ん~、あんまりいい話は聞けなかったかな」

「聞けなかったというよりは──」

「隠し通されたって言いたいんだよね?」

 

 どの村人も真意を隠して知らないフリをする。何よりも私とティアナに対して警戒しているように見えた。

 

「ヘレン、長老さんの家に行ってみよっか? 少しは手掛かりが掴めるかも」

「……彼が正直者だとは思えないが」

「大丈夫。もしもの時は私とヘレンだけで頑張ればいいよ」

 

 最後に頼れるのは村の長老。

 私とティアナは長老の家を探しながら村の東側へと歩を進めれば一際目立つ家屋が目に入る。両脇には農作物の倉庫や家畜を飼うための小屋が建てられていた。

 

 ドンドンドンッ──  

「すみませ~ん! 長老さんいますか~?」 

 

 ティアナは木製の引き戸を三度叩いて長老へそう呼びかける。

 すると中からゆっくり足音が近づくと、ガラガラッと音を立てつつ引き戸が開かれ、長老がしわが目立つ顔を覗かせてきた。

 

「おお、これは神の遣い様方! どうされましたかな?」 

「実は村の人たちに話をしてみたんですけど……あまりいい情報を聞けなくて」

「ふぅむ、そうでしたか……ではわしが知っていることをお話しましょう。役に立つかどうかは分かりませぬが」

 

 長老は険しい表情を浮かべると引き戸を最後まで開く。

 鼻元まで漂ってくるのは室内にこもっていた湿気と焼き魚の匂いだ。

 

「神の遣い様方、どうぞ中へ」

「お邪魔しま~す……」

「おぉっと、床が汚れてしまうので履物(はきもの)は脱いでいただけませぬか?」

「ご、ごめんなさいっ! すぐ脱ぎますね!」

 

 どうやら土足厳禁らしい。

 ティアナは謝りながら太ももまである長い黒ブーツを脱ぐと裸足になって家屋へと上がる。私も膝丈まである白のブーツを脱ぐと裸足で後を付いていく。

 

「ちょっ、ヘレンっ……!」

「……? どうした?」

「靴はきちんと揃えないとダメだよ……!」

 

 ティアナは慌てたようにかがみこむと雑に脱ぎ捨てた白のブーツを整理整頓する。私は何を慌てているのかと小首を傾げながらその姿を見下ろす。

 

「どうして?」

「どうしてって……。雑に並んでると気になっちゃうでしょ?」

「私は気にしないが」

「私と長老さんが気にするのっ……!」

 

 説明をしたところで理解していない。

 ティアナは悟ると「はぁ……」とため息をついて諦める。その様子にアライグマのキャップが身を乗り出してティアナの頭を軽く撫でた。

 

「んぬ? どうかされましたか?」

「あっ、何でもありません!」

 

 声をかけられた私たちは長老の後に続いて家屋の廊下を歩く。湿気が強いせいか木の床と足の裏が引っ付くような感覚を覚える。

 

「長老さん、この村の建物って……『エルドラド大陸』のものですか?」

 

 ティアナが口にしたエルドラド大陸。

 それはここから遥か南東にある大陸の名称。訪れたことは一度もないが……文明がロザリア大陸とはまったく異なると本で読んだことがある。

 

「その通りじゃ。神の遣い様は詳しいですな」

「どうしてエルドラド大陸の建築技術がこの村に……?」

 

 異なる文明の例を挙げるなら『家の中では土足厳禁』というルール。どうして別の大陸の建築物やルールが浸透しているのか。ティアナは不思議そうな顔で長老へそう尋ねる。

 

「大昔、発展途上のこの村へエルドラド大陸出身の青年が訪れてのう。村の者に技術や知識を与えたそうじゃ」

「すっごく遠いところに住んでる青年がどうしてこの村に?」

「ふぅむ、理由はなんじゃったか。年のせいでよく思い出せんわい。書庫にある記録を読めば思い出せるはずじゃが……」

 

 頭を捻らせる長老。

 わざとらしい演技に不信感を抱きながらも私とティアナが顔を合わせれば、(たきぎ)を燃やすための囲炉裏(イロリ)がある部屋へ到着する。

 

「失礼しま~す……」

「遠慮はいりませぬ。自分の家だと思ってくつろいでくだされ」

 

 部屋の奥を背に腰を下ろす長老。

 私たちは長老の向かいに並んで腰を下ろした。夕食の準備をしていたのか目の前には串に刺さった焼き魚が並んでいる。 

 

「ちょうど食事を摂ろうと思っていましてな。よければ一匹どうじゃ?」

「えっ、いただいちゃっていいんですか?」

「構いませんとも! せっかくこの村へ来てくださったのですから!」

「それじゃあ、いただいちゃおうかなぁ~……?」

 

 焼き魚を見つめごくりっと喉を鳴らすティアナ。私の方へなぜか一瞬だけ視線を送ると串を一本だけ手に取る。

 

「どうぞ、あなた様も遠慮なさらず」

「ああ、私に食事は必要ない」

「ほぉ……? であれば無理強いするのはよくありませんな」

  

 『不食(ふしょく)の加護』を与えられていることで水も食事も必要ない。……という意味だが伝わるはずもなく、不可思議な顔をして長老は引き下がった。

 

「はむっ……んんっ、美味しいっ!」

「ほっほっ、口に合ったようで何よりじゃ」

「はい、キャップも食べる?」

 

 幸せそうな顔で焼き魚をかじるティアナはキャップへ串を近づける。だが少しだけ匂いを嗅ぐだけでプイッと顔を他所へ向けてしまった。

 

「さて、神の遣い様方にお聞きいたしますが……ご友人を探しにどうしてこの村へ?」

「この村へ来たのは彼女たちが乗っていた馬の足跡を辿り……この村から数メートル離れたところで途切れていたからだ」

「馬の足跡……何とも奇妙な話じゃな。わしの知る限りでは……今日この村へ来たのはあなた様方だけですぞ?」

 

 長老は眉間にしわを寄せながらナナたちがこの村に来ていないと述べる。私は長老からの返答を聞くと、腰に携えている刀剣をわざと長老へ見えるよう位置を動かした。

 長老の視線は当然のように私の顔から即座に刀剣へと向けられるが、やはり村人と同じように警戒している様子だ。

  

「つまり君は彼女たちを知らないと?」

「ふぅむ、お力になれず大変心苦しいが……」

「なら君に聞くことは何もない。私は一度帰還する」

「お、お待ちください……!」

 

 長老から有益な情報は得られないだろう。

 私が部屋から出ていこうとすれば長老はやや焦り気味に立ち上がって呼び止める。 

 

「時機に日没、食屍鬼がウロウロする夜道を彷徨うのは危険じゃろう。今晩はわしの家に泊まっていきなさい」

「えっ? さすがに寝床も用意してもらうのはちょっと申し訳なさが……」 

「いいんじゃいいんじゃ。気にせず泊まっていってくだされ」

「そ、それじゃあ、甘えさせてもらおうかな……?」

 

 長老はティアナの隣に座り込むと優しく微笑みながら、横座りしているティアナの素足をさりげなく撫で回す。その行為は色欲を彷彿とさせるものではなく『品定め』をしているように見えた。

 

「ちょ、長老さん! 私たちはどこに泊まれば……?」

 

 ティアナは不気味に感じたようで長老の手から(まぬが)れるため勢いよく立ち上がる。長老は不気味な笑みを一瞬だけ浮かべるとゆっくり立ち、部屋の出口を指差した。

 

「向こうに客人用の寝床があります。家の者に案内させましょう」

 

 長老は私たちを交互に見ながらそう説明すると「おーい」と誰かに呼びかける。すると重々しい足音が廊下から聞こえ、共に私たちの前に現れたのは、

 

「俺らを呼んだか、ジジイ?」

「ふぁあ~、寝てんのに起こさないでよ」

 

 二メートルの身長とガタイのいい肉体を持つ二人の青年だった。丸太を軽々と持ち上げられるであろう太い両腕と、ちっとやそっとの衝撃では倒れないずっしりとした両脚。鍛え抜かれているのは明らかだ。

 

「こら、しゃきっとせんかジロー。神の遣い様方の前じゃぞ」

「だって爺ちゃん……。僕ちゃん、今日は頑張ったでしょ?」

「お前さんは若いじゃろう。だらしない言葉を口にするでない」

 

 右側に立っているお調子者の青年のジローが喝を入れられると「ちぇっ」と不満そうな顔を浮かべる。その光景を眺めていたキャップは嫌なものを感じているのか微かに震えていた。

 

「ではタロー、神の遣い様方を客室まで案内してあげなさい」

「分かった。お二人さん、案内するからついてきてくれ」

 

 長老に命令された青年タローは日焼けが目立つ顔で、こちらを見下ろしつつ客室までの案内をしようと部屋を出ていく。私たちもその後を付いていこうとしたが、

 

「おおそうじゃったそうじゃった! 神の遣い様方、少々お待ちを!」

「……? どうしましたか?」

 

 長老に呼び止められる。

 私たちはその場で振り返れば長老は真顔でゆっくりとこう語りかけてきた。

 

「実は村の北側には『足切(あしぎ)(ぬま)』と呼ばれる場所があってのう」

「足切り沼ですか?」

「そうじゃ。足切り沼は水位も深く、子供が溺れる事故も多いゆえ……神の遣い様方も立ち入らないよう注意してくだされ」

「……はい、分かりました」

 

 ティアナは返事をしながら一瞬だけ私と視線を交わす。その目に宿るのは深まる疑心と警戒。それらを抱いて素直に客室までの案内を受けることにした。

 

 

────────────────────

 

 

 外から聞こえてくる虫の鳴き声。

 蝋燭(ろうそく)の灯りだけが客室で揺らめく中、 アライグマのキャップは部屋の隅で眠っていたが、私とティアナは起きた状態で布団の上に座り互いに見つめ合う。

 

「ナナたち、どこに行っちゃったのかな?」

「……手がかりもつかめていない現状だと憶測も立てられないが」

「うん、それもそうだよね」

 

 二人で交わすのは当たり障りのない会話。

 本来ならばアクレイドという村や長老に対しての不信感を言葉にしたい。だがそれはできない状況下にいる。

 

(何者かに話を聞かれている……)

 

 部屋の外から感じ取れる人の気配。誰かが私たちの会話を盗み聞きしているようだった。勘付いているティアナは雑談を続けるフリをし、

 

「ヘレン、明日はどうしよっか?」

 

 口の動きだけを違うものに分離させて「私たちの話、誰かが盗み聞きしてるよね」と尋ねてくる。パーキンス家の『口離術(こうりじゅつ)』を扱うティアナ。その策に応えるように私も口離術を使って会話することにする。

 

『君の勘は間違っていない。最低でも二人はいるだろう』

『どうする? 明日の朝まで待つ?』 

『二手に分かれて様子を窺う。君は寝るフリをしろ』

 

 口の動きだけでティアナにそう伝えるとゆっくり立ち上がる。ティアナもわざとらしく欠伸(あくび)をすると布団の上で横になった。

 

「ヘレン、なんだか眠くなってきちゃったから……私は先に寝るね」

「ああ」

「おやすみ、ヘレン」 

 

 寝息を立てるフリをして目を瞑るティアナ。

 私は彼女を部屋に残して部屋を出ると暗闇の中で揺らめく蝋燭の火が視界に映る。立ち込めるじめじめとした湿気を肌に感じながら、とある場所に向かって歩き出した。

 

(書庫はどこだ?)

 

 長老が口にしていたのは書庫に記録があるという一言。

 書庫を調べれば村人たちが隠し通そうとしているナニカを知れるかもしれない。私は湿気でへばりつく木の床を足の裏で踏みしめて廊下を突き進む。

 

(……この部屋だな)

 

 鼻元に漂うのは古い紙が放つ特有の臭い。突き当りの部屋で立ち止まると引き戸に手をかけ中へと足を踏み入れた。予想していた通り、室内には本棚がずらっと並んでいたのだが、 

 

(監視はまだついてくるか。きっと彼らも暇なんだろう)

 

 未だに監視の気配は途絶えない。

 私は小さなため息をつき、手前の本棚から一冊ずつ記録を調べ始める。

 

(この部屋はあまり使われていないのか)

 

 どれも触れられていないのか本棚や床には埃が溜まっているようだった。後ろを振り返れば私の足跡がくっきりと残っている状態。しかしつい最近、誰かが立ち入ったのか……奥まで一人分の足跡が続いていた。

 

「……? あれは、首飾りか?」

 

 その最中、視線を移した先は書庫の奥に設置された本棚。

 そこにあるのは月の光で反射する金属の首飾りらしきもの。私はしばし見つめてからそばまで近づいてみた。

 

(……本に挟まれているな)

 

 首飾りが(しおり)の代わりに挟まれている一冊の本。私はそれを手に取ると挟まれているページを開いてみる。

 

(──リンカーネーションの、首飾り)

  

 首飾りの正体に思わず眉をひそめた。

 なぜならリンカーネーションに与えられる首飾りだったから。更に言えば任務の最中に失踪したとされる『T機関所属の銅の階級』が所持する首飾りだ。

 

(T機関がこの村に来ていたのか。だがこの村に何の用があって……)

 

 考察しても埒が明かない。

 とりあえず首飾りが挟まれていたページに目を通してみる。

 

────────────────

 この本を見つけた同志の君へ。

 君が誰なのかは分からない。でも私の言葉をよく聞いて欲しい。今すぐこの村から出ていくんだ。この村は狂っている。私たちは人魚様のイケニエにされる。足切り沼に住まう人魚様へのイケニエに。

 本当は廃村の調査だけで終わる予定だったのに……善意で動いたのが間違いだった。助けを求められて村に立ち入ったのが間違いだった。すべては罠だった。

 

 決して足切り沼に行こうなんて思わないで。あそこには怪物がいる。私たちの仲間は一瞬で沼の中に引きずり込まれて……断末魔もないまま両脚を切り落とされた。目の前にいた同僚が泥を喉に詰められて、白目を剥いてそこに浮かんでいた。

 あんなの吸血鬼じゃない。正真正銘の怪物。村人の狂った信仰から生まれた怪物よ。

 

 私は明日イケニエにされる。きっと泥を詰められて足を切られて沼に浮かんでいる。でもあなたはとにかく逃げるの。逃げて、逃げて、生き延びて……この村のことをリンカーネーションに報告して。

 

 このページを見つけた狂った村人たちへ。

 あなたたちにはいつか天罰が下る。必ず、へメラ様から粛正される。イケニエにされた人たちは必ずあなたたちを地獄(ゲヘナ)に引きずり落とす。いつまでも深淵で待っているから──この狂人共が。

 

 リンカーネーションと女神へメラ様に栄光あれ。

────────────────

 

 書かれていたのは殴り書きされていた記録。

 文の内容から踏まえるとリンカーネーションの、失踪者の記録だ。色々と引っ掛かることや村の情報を手に入れた。私は収穫があったとその場を振り返れば、

 

「──っ」

 

 身体を拘束するように本棚の陰から一人の男が飛びかかると私を羽交い絞めにする。更にもう一人の男が腰付近へ飛びかかり、厳重に拘束をしてきた。

 

「おいおい、神の遣い様ぁ? 夜に出歩くと危険だぜ?」

「君は……」

 

 長老の息子の一人であるタロー。ニタリとさせる日焼け顔を見せると手に持っていた木製の棍棒を自身の右肩に乗せる。私は力技で拘束を解こうと試みたが、

 

「おっと、抵抗すんじゃねぇ。探していたお仲間がどうなってもしらねぇぞ?」 

「……やはり君たちの仕業だったのか」

 

 探していたお仲間、ナナたちを引き合いに出されたため大人しくする。人質で揺さぶられればティアナは必ず抵抗しない。この場はこちらから判断を合わせるしかなかった。

 

「私はこれからどうなる?」

「お前はイケニエになるんだよ。その綺麗な足を人魚様に捧げてなぁ」

 

 私の両足を見るタロー。

 腰付近に掴まっていた村人は舌なめずりをして左脚を卑しく触れてくる。その顔は「捧げものとしてさぞ喜ばれるだろう」という期待も込められていた。

 

「分かったらついてこい。イケニエの儀式を始める」

(……今は言う通りにするか)

 

 ナナたちの居所を掴むべきだ。  

 そう考えた私は後ろに回した両手首を麻縄でガッチリと結ばれ、無抵抗のまま連行されることにした。

 

 

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