「ちッ、お前らぁあッ! まずはあの女を殺せぇッ!」
銃口を向けられると木陰に身を隠してしまうタロー。彼に命令された村人たちは一斉に得物を掲げ、私を殺そうと駆け出す。
「このやろッ──ぐほぉあ"ッ?!」
先手は草刈り用の鎌をこちらに振り下ろしてくる小太りな村人。私は半身で避けると膝蹴りを一度だけ腹部に叩き込みつつ、すぐさま背後を振り返り、
「受け取れ」
「待てっ……ぐおぁああ"っ……!?」
刃物を突き刺そうとしてくる高身長の男に向かって小太りな男を投げ飛ばす。そして重なって倒れている二人に銃口を向け、脳天を弾丸で貫いた。
瞬間、草陰から猟銃が向けられていることに気が付きその場にしゃがみ込めば、銃声と共に弾丸が頭上を通過する。
「ああ、そこにいたのか」
私は草陰からはみ出ている猟銃に視線を移すと、先ほど小太りな男が落とした草刈り用の鎌を空いている手で拾い上げ、
「これは君に返しておく」
「ごぼッ、ぐごほぉア"ッ……!?!」
水平に投げ飛ばして猟銃を構えていた村人の首に突き刺した。すると間髪入れずに三人の村人が鎌や斧を構えて、一斉にこちらへ飛びかかってくる。
「それが君たちの団結力か?」
私はそう問いかけながら後方へ飛び退く。
そして村人の背後に回り込むと後ろから右腕を掴み、一気に力を込め、
バキッ──
「あ"ぁぁあ"ッ!?! おらの腕がぁアァアっ!!」
右腕の骨を粉々にした。
痛みに悶えてその場に四つん這いになる村人。私は後頭部に銃口を向けてトドメを刺した後、残り二人が動き出す前に額へ一発ずつ弾丸を撃ち込んで、引導を渡した。
「何やってんだお前らぁ!! 人魚様に呪い殺されてもいいのかぁ!?」
「イケニエ……イケニエを捧げないとッ!」
「あ、ああ、そうだ! お、おれらが殺されちまうんだッ!」
まだ十人以上も残っている男たちは殺されていく同胞を直視してもなお、人魚様に怯えてイケニエを確保しようとする。
「君たちはそれでいい」
彼らに対して特に何も思わない。
ただ変に命乞いをされるよりはましだった。だから私は村人たちに「間違っていない」と遠回しに伝えると、
「私も
その場から駆け出して村人たちを一人ずつ殺し回る。一人は首を百八十度ひねって殺し、一人は右拳を胸元へ叩き込んだ衝撃であばら骨を心臓へ突き刺して殺し、一人は苦痛すらも与えずに弾丸で額を撃ち抜いた。
「後は君だけだ」
残された村人はタローのみ。
彼は斧を両手に握りしめながらも積み重なる死体の山を目にして顔を青ざめていた。
「お、お前……な、なにもんだよっ……!?」
「……? 私はリンカーネーションだが」
「言いてぇのはそういうことじゃねぇ! くそッ、こうなったら……!」
最後の手段と言わんばかりにタローは草陰に隠していた女性の村人を引っ張り上げると、斧の刃を突きつける。
「こいつを助けたかったら武器を捨てろぉッ!」
「た、助けてぇえっ……!」
「なっ……卑怯なのだっ!」
「うるせえ! 早く捨てねぇとこの女を殺すぞ!」
人質で脅しをかけてくるタロー。
ユユとティアナはその卑劣さに顔をしかめていたが……私は武装を捨てることはおろか、迷うことなく銃口をタローに向ける。
「き、聞こえなかったのか!? 武器を捨てなきゃこいつを──」
「好きにすればいい。私は何を言われようと君を撃つ」
「い、いやぁあっ!! う、撃たないでぇえッ!!」
銃口を向けられたことで必死に救いを懇願する人質の女性。私はその懇願を聞き流して引き金に指を掛けた。
「やりたければやればいい」
「待ってヘレン!」
ティアナの呼びかけすらも無視し、ゆっくり引き金を引いていく。憐れみも戸惑いも、何の感情も抱くことがないまま淡々とタローに澄ました顔を見せて、
「例え彼女を殺しても──私は必ず君を撃つが」
銃声を周囲に響かせた。
銃口から真っ直ぐ撃ち出された弾丸は人質の女性とタローの右肩を貫く。
「きゃあッあ"ぁあ"っ……いッ、あぁッ……」
「ぐぁあッ……お前、正気かぁ……!?」
人質の女性は右肩を押さえてその場に倒れ込み、タローは持っていた斧を落として私に向かって荒々しく叫んだ。
バンッ──
「ぐぉおッ……?!」
だが応答することなく次にタローの右脚を撃ち抜く。タローは体勢を崩してその場に片膝を突いた状態で私を見上げたため、
「残念だが正気だ」
「ごふぉアッ!?」
即座に距離を詰め、後頭部を掴むとうつ伏せの状態で地面へ叩きつける。そしてそのまま動けぬよう身体を拘束し、銃口を後頭部へと触れさせた。
「あッぐ……うぅうぅッ……」
「ヘレン、何を考えてるのっ!? どうしてこの人を撃って……!」
うずくまっている人質の元へ駆け寄るティアナ。最初に私へ怒声をぶつけるとすぐに応急手当を施そうと容態を確認する。
カチッ──
「うッ、ぐぉおッ……う、撃つなぁあッ!」
撃鉄の金属音。
撃たれると悟ったタローが暴れ始めるが私の拘束から逃れることはできない。無言で見下ろしつつ引き金に指をかけた。
「待って、その人を殺さないでッ!」
途端、人質にされていた女性が声を上げる。手当をしていたティアナも予想外の一言だったようでキョトンした顔を見せた。
「人質本人が彼を庇うのか」
「……っ!」
「庇う理由は君が村の中で優遇されていたからか?」
図星を突かれた。
そう言わんばかりに目を丸くさせて黙りこくる人質の女性。私はそこで止めることなく彼女へこう追及する。
「君の脚は綺麗だ。すぐイケニエにされてもおかしくはない。なのになぜ生き延びている?」
「そ、それはっ……」
「言わなくても分かる。君は彼らと手を組んで傍観していたのだろう。小さな子供や無実の女性がイケニエにされていく姿を……ただ見ていた」
淡々とした言葉を並べて問い詰めれば人質の女性は歯軋りした後、偽りの被害者面が剥がれ悪役面でタローを指差す。
「わ、私は……そいつに脅されていたのっ!! 脅されていたから仕方がなかった!」
「なに言ってんだぁッ!? お前は自分からおれらに協力するって言いだしただろうがッ……!」
「う、嘘をつかないでよ! あなたが私を脅してきたじゃない! 協力しないとイケニエにするって!」
「黙れこの
響くのは乾いた銃声音。
タローの言葉を遮るように私は引き金を引く。彼の後頭部に空いた風穴からは血飛沫が上がり、私の左頬に血液が付着した。
「君たちの口論に興味はない」
「ひっ……?!」
「あの世で続けてくれ」
立ち上がると今度は人質
「ヘレン、もういいよ」
「やめる? 何をやめればいい?」
「この人には……手を出さないで」
最初は場を和ませる冗談なのかと疑ったが、真剣な眼差しとやや臨戦態勢気味の様子から本気で止めようとしているのだと窺える。
私は銃を下ろさずにそのままこう返答した。
「なぜだ? 彼女は他の村人を見殺しにしてきただろう」
「だけどこの村で生き残るために必要なことだった。この人だって、見殺しにしたくてしたわけじゃないよ。……そうだよね?」
「あ、当たり前でしょ……! 私は、生きるためにあいつらに手を貸していたんだから!」
ティアナに擁護された彼女は何度も頷いて同意する。その光景を見た私は思わず呆れて小首を傾げてしまった。
「優等生の君は……『自分が生き残るためなら無実の人間を見殺しにしてもいい』と言いたいのか?」
「そういう意味じゃないよ! 私が言いたいのは『この人には生きる道がそれしかなかった』ってことでっ……!」
「手を差し伸べなかった。それだけで彼女も同罪だろう」
私が否定をするとティアナはしびれを切らし、両手で構えたリボルバー銃をこちらへ向ける。どうやら武力を行使してでも邪魔しようとしているようだ。
「全員が全員、ヘレンみたいに強い人ばかりじゃない。助けたくても助けられなくて、見て見ぬふりをしないといけなくて……とにかくそんな弱い人だってたくさんいるんだよ?」
「なら君が正しいと思う方を選べばいい。私も私の正しい選択を遂行するだけだ──」
「もうやめるのだぁあッ!!」
緊迫した空気の中で響き渡るのはユユの叫び声。私とティアナは一斉にユユの方へ顔を向けると涙目になりながら両膝をガクンッと地面に突く。
「今さらそんなことで喧嘩したって……死んだ村人たちも、私の家族も、サリアちゃんのお母さんも、帰ってこないっ……」
「ユユ……」
「残されたサリアちゃんの為に何をしてあげるのか……! 今はそっちの方が大事なのだっ……!」
ユユの訴えを聞いた私とティアナは互いに向け合っていた銃口を下ろす。遠目でサリアの様子を窺ってみれば、未だに母親の遺体の前で悲しみに暮れている状態だった。
「……そうだよね、ユユの言う通りだよ。今はサリアちゃんを安全な場所に連れて行こっか」
「……」
「それでいいよねヘレン?」
私は無言でティアナを見つめる。
そしてホルスターに渋々銃を仕舞うと返答することなく背を向けた──その直後、
ヌチャッ──
「……?」
足元でぬめぬめとした感触が伝わってくる。何を踏みつけたのかと見下ろせば、
「沼の水位が上がっているが」
「えっ?」
足切り沼の水位が上昇すると共に腐敗した泥が周囲を浸食し始めていた。私がそう呟くとティアナは辺りを見渡して目を丸くする。
「どんどん水位が上がってきてる……!」
「や、ややっ、やばいのだ! 沼の中に入ったらまたあの怪物に襲われるのだぁ!」
例えるなら桶から溢れ出てしまう水。
凄まじい速度で足切り沼がその範囲を広げていく最中、中央に浮かび上がるのは一匹の人影。
「あれ、人魚様じゃ……?」
真っ赤な瞳を輝かせ、こちらを睨んでくる人魚様。先ほど確かに撃ち抜いたはずの眉間の傷はどこにもない。
「ユユ、サリアちゃんをお願い!」
「わ、分かったのだっ!」
ティアナは倒れている女性を、ユユはサリアを支えて足切り沼から離れようとする。しかし私はむしろ足切り沼の中央に向かって歩き出した。
「どうしたのヘレン!? 早くここから離れないとっ!」
「君たちは先に避難するといい。私は彼女を粛正する」
私の返答を聞いたティアナは足を止めて険しい顔を見せれば、先を歩いていたユユが私の方へ振り返って小首を傾げる。
「粛正するって……そんなの避難した後に考えれば──」
「放っておけばこの沼地がどこまでも浸食し、被害はさらに拡大するだろう。そうなる前に片を付けるべきだ」
どちらにせよこの速度で浸食を進めるとなれば避難も間に合わない。食い止める必要があると私は淡々と説明しつつ、沼地の中央へ中央へと真っ直ぐ向かっていく。
──ニタッ
「……やはり君は私を警戒しているのか」
すると人魚様は口元を吊り上げて不気味に微笑むと沼の中へ身を隠す。それなりの知能を持つためむやみやたらに襲い掛かろうとはしない……特に私を前にしたときは。
「ヘレン、沼地は人魚様の領域だよっ……!? 戦うならせめて地上に持ち込んでから……!」
「それなら対策は考えた」
そう言いながら右手を握りしめて軽く振り上げるのは拳。膝丈まで上昇した沼地の水位へ視線を向け、
「沼地ごと吹き飛ばせいい」
タイミングを見計らって拳を沼底へと叩きつける。周囲が上下にガクンッと激しく揺れ、足切り沼の水と腐敗した泥、人魚様が切り落としてきた無数の両脚、それらが一斉に宙へ噴き上がる。
両脚が飛び交う奇怪な光景にティアナたちもポカンとした顔で眺めていた。
「キア"ッ……!?」
水面に身を隠していた人魚様。
その半人半魚の肉体も私の目の前で宙へと打ち上げられたため、
「君は今までこの村を苦しませてきたようだが──」
左脚を前へと踏み出し人魚様の身体を左手で捉えた後、力を溜めるようにして右腕を後方へと引き、
「──今度は君が苦しむ番だ」
魚の下半身と人間の上半身。
動術の鼓動を込めた渾身の右拳をその境目に目掛けて叩き込めば、凄まじい衝撃波に噴き上げられていた水や泥が四方八方に散乱し、
「キア"ァア"ァァ"ッーーーー?!!」
人魚様の肉体は弾丸のように大木を何本も叩き折り、沼地の範囲外へと吹き飛んでいった。