ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第13話『vs人魚ミザリーB』

 

 鬼雨(きう)が地上の血を洗い流す最中、ティアナの一歩目の踏み込みと共に飛び散る泥と雨水。右手に握りしめた黒の刀剣を構え、凄まじい形相でミザリーとの距離を詰める。

 

「ああ、勇敢ですねオマエは。私に牙を剥こうとするなんて」

(あのヘレンですらミザリーには敵わなかった。そんな相手に私が勝てるか分からない……けど)

 

 視界の隅に転がっているユユの頭部。

 彼女は一瞬だけミザリーから視線を外しユユの亡骸を見ると歯軋りの音を立て、 

 

(友達を殺したこいつを──許せるわけがないッ)

 

 右腕を左から右へ振り払いミザリーに斬りかかった。

 ミザリーはニタッとした美しくも不気味な笑みを浮かべ、自身に向かってくる刃を人差し指と親指で挟んで止めてしまう。

 

「桃色の小娘。この私がどのような存在か……ご存知ないようですね?」

「あなたは人魚ミザリー。この村を食い物にした化け物ッ……」

「人魚ミザリー……。ハハッ、何も分かっていないではありませんか」

 

 ティアナは押し込もうと刀剣に力を込めるが一ミリたりとも動かない。更に言えば刃を摘まんだミザリーの指先すらも傷ついていなかった。

 

「改めて自己紹介しましょう。今の私はストーカー卿の傑作──眷属ミザリーです」

「ストーカー卿……?」

「ストーカー卿は死を待つだけの我が身に変化(・・)を与えてくれた至高のお方。……ああ、お間違いないように。眷属といえども私はあのお方の傑作のひとつに過ぎません」

 

 ミザリーが見せつける自身の首筋。

 そこには吸血鬼の牙を突き立てられた傷痕が残っていた。その隣に刻まれているのは『SK_05283』という羅列。

 

「人になれば受け入れられる。ですので私は自分の尾を切り捨て……彼を待ち続けました。彼の為に孤独と苦しみに耐えれば、またあの時のように幸せになれると信じて」

「その話って『一恋一夜物語』の──」

「ですがあの男は私を見るなり化け物呼ばわりして逃げたッ……」

 

 ティアナの全身にピリピリと伝わってくる威圧。憤怒の混じったミザリーの声は決して大きくないものの、ティアナは周囲へ重苦しく響いているような錯覚を覚えた。

 

「ああ愚か、愚か、愚か愚か愚かッ……!! 私はオマエの為に人魚としての我が身を切り捨てたというのにッ……!!」

 

 ミザリーの怒声は鬼雨の雨粒を弾き、辺りの水たまりを波打たせる。その素振りを間近で見ていたティアナは思わず息を呑んだ。

 

「……そんな哀れな私を救ってくださったお方がストーカー卿。あのお方は瀕死の私に生命を与え、人魚から眷属という身分へと変化させたのです」

「じゃあ、今のあなたは何が目的なの? 復讐?」

「復讐を望むのは人魚としての私。……しかしとうにその目的は果たしました」

 

 ミザリーは自身の黒い髪を操ると一つの頭蓋骨(ずがいこつ)を見せつけてくる。その頭蓋骨は年月が経っているのか、亀裂が入っていたりなどボロボロになっていた。

 

「あの愚かな男も今となっては沼の底に沈みましたから」

「──! その人は、あなたの元へ戻ってきたの……?」

「ああ、ああ、そういえば……下らない伝承だとあの男は逃げ出したままでしたか」

 

 伝承をふと思い出すミザリー。

 下らないとハッキリ言い切ったミザリーの顔を見たティアナは、どこか冷酷さを感じてしまい刀剣を握っていた手の力が無意識に強まる。 

 

「ええ、戻ってきました。しかもあの愚かな男は……『二人で村から出よう』と手を差し伸べてきたのです。未だ私に対しての愛を抱えて」

「でもあなたは掴まなかったんだよね?」

「いいえ、私はその手を掴み──あの男を沼の底に引きずり込んであげました」

 

 ミザリーが浮かべるのは狂った笑み。

 憎悪と憤怒をぶつけてやったと言わんばかりの、誇らしげな笑み。ティアナはぞくっと身震いをすると微かに顔を青ざめる。

 

「私の元から離れようとしたその脚を切り捨て、私を直視しようとしなかったその眼球を抉り出し、上っ面の言葉を並べるだけの舌を引き抜いたッ! ああ、ああ、今思い出すだけでもこの上ない幸福と充実!」

「あなたはっ……」  

 

 ティアナ側に徐々に押し込まれる刀剣。

 ミザリーは頬を吊り上げた笑みを浮かべながらティアナの顔に自身の顔を近づけると、

 

「ええ、ええ、とうに私はストーカー卿の傑作でしょう! 実りのない愛などに(うつつ)を抜かすことなど……ありえないッ!」

「きゃあぁッ……?!」

 

 刀剣を掴んでいたティアナごと草陰まで投げ飛ばした。

 ティアナは受け身を上手く取れずに地上で何度か転がり、背中を大木へと打ち付けたが、

 

 

(くっ、受動で何とか耐えたけどっ……)

 

 衝突する寸前、ティアナは動術の受動で肉体を硬化させた。本来ならば背骨に亀裂が入っていてもおかしくはない。

 受動のおかげで擦り傷と打撲(だぼく)程度で済んだティアナはゆっくりと立ち上がる。

 

「オマエの言う人魚はこの世に存在しません。存在するのは吸血鬼に変化を与えたことで生まれた……『眷属』という種族です」

「あなたの復讐は、もう終わったんでしょっ……!? 村の人たちを苦しめて、イケニエを殺して何がしたいの!?」

 

 ズキズキと痛む右腕の打撲。

 ティアナはその痛みに耐え、降り注ぐ鬼雨に打たれながらミザリーにそう問い詰める。

 

「フフッ、今の私は眷属としての使命を与えられています」

「その使命って何なのっ……!?」

「ええ、その使命は──ロザリア大陸の監視」

 

 ロザリア大陸の監視。

 使命の内容を聞いたティアナは眉をひそめてミザリーを見つめた。

 

「ロザリア大陸の、監視? どういうこと?」

「ああ、ああ、これ以上の詮索(せんさく)は通じません。なぜなら──」

 

 ミザリーは微笑みながら呟くと勢いをつけるため左脚を後方へ動かし、

 

「──オマエも沼の底へ沈むからでしょう」

「……っ!!」

 反射的に西側へ前転で回避するティアナ。

 彼女は回避した後にすぐさま態勢を整え、ミザリーの方へ身体を向けて刀剣を構えたが、

 

(ただの蹴りでここまでっ……)

 

 視界に広がる惨状に目を丸くした。

 立っていた箇所の地面は直線状に抉れ、その先に生えている草木を衝撃だけで根元から吹き飛ばしていたのだ。

 

(あれを一発でも受けたら……死ぬ)

 

 生身で受ければ骨どころか肉体が抉れる威力。

 しかし先ほどは身体がとっさに動いただけでミザリーの蹴りは捉えきれていない。視覚が頼りにならない状況下。ティアナは思わず冷や汗を掻いていた。

 

「可哀想に。力の差を感じて表情が硬くなっていますよ」

(多分、視覚だけじゃ捉えきれない。唯一頼りになるのは予測だけ……)

「安心してください。すぐに楽にしてあげましょう」

(それでも……やるしかないッ!)

 

 ずぶ濡れとなった衣服が肌に張り付く感触と共に全身を巡るのは緊迫感。ティアナはそれらの雑念を振り払うように、力強くぬかるんだ地面を蹴ってミザリーの元まで駆け出す。

 

(まずは、通じる手を探す……!)

 

 果敢に斬り払う一太刀目。

 ミザリーは先ほどと同じように刃を指先で摘まもうとしたが、ティアナは摘ままれる直前に刀剣から手を離し、屈んだ状態となる。

 そこから動術の受動で硬貨させた裏拳をミザリーの脇腹に叩き込んだ。

 

「今、何かしましたか?」 

(やっぱり、打撃は入らないっ……!)

 

 しかし何食わぬ顔で立っているミザリー。

 むしろ叩き込んだ拳の方に痛みを感じさせてくる。 

 ティアナは一瞬だけ頬を引き攣ると柔軟な股関節を活かし、左脚で振り上げて刀剣を摘まんでいたミザリーの右手を蹴り上げた。

 

「身体は柔らかいようですが……(ここ)は柔らかくないようで」

 

 当然のように微動だにしない右手。

 未だ体術で抵抗しようとするティアナを小馬鹿にしたミザリーだったが、

 

「波動ッ……!」

「あら?」

 

 左脚の蹴りには動術の波動が込められており、右手は衝撃を受けるようにして大きく弾かれる。ティアナはミザリーが狼狽えた隙を狙い、その場で飛ぶと宙で回転する刀剣を左手で掴んだ瞬間、

 

(拳は受け止めたのに剣は防いだ……それならッ)

 

 刀剣を逆手持ちに切り替えてからホルスターから右手でリボルバー銃を抜く。ティアナはそのまま右回りに全身を回転させ、逆手持ちにした刀剣でミザリーの首目掛け斬りかかった。

 

「ああ、ああ、遅すぎますよ?」

 

 危機感を覚えていない余裕の笑み。

 自身に迫りくる刀剣を同じように指先で摘まんで止めようと試みた。

 

(変動ッ……)

「──!」

 

 だがティアナの刀剣は勢いを殺すようにしてワンテンポ遅れると、指先同士が閉じた後に刃が触れたことで肉を削ぎ落しながら、ミザリーの首元を微かに斬り裂いた。

 ティアナが使用したのは動術の変動。確率された動きに不規則な動きを混ぜ、相手の調子を狂わせる動術。

 

(予想してた通り、こいつに刃は通るっ……!)

「……やってくれましたね」

 

 予想が的中したと微かに勝機を見出したティアナ。

 ミザリーはそんな彼女にやや嫌悪感を露わにした表情を浮かべ、黒い髪を槍のようにまとめてティアナへ突き刺そうと振り下ろす。

 

「まだ足りないッ……!」

 

 ティアナが引いたのはリボルバー銃の引き金。

 標的を定めることなく即座に発砲するとその反動を利用して左回りに逆回転させる。鋭利な黒い髪はティアナの脇腹ギリギリを掠め、

 

「クォッア"ァ……?!」

 

 通常持ちに切り替えた刀剣が首元を更に深く斬り裂いた。ミザリーは目を丸くさせ、鮮血が周囲に飛び散りティアナの頬を濡らす。

 

「ああ、ああ、オマエは腹立たしいですねッ」

(──! 来るっ……!!)

 

 天高く上った黒い髪。

 何百本も槍の形へと変えティアナを串刺しにしようと降り注ぐ。

 

「その綺麗な脚だけ残して消えてもらえませんかッ」

 

 ティアナは風に吹かれる木の葉のような動きで、降り注ぐ槍を避けながらミザリーから距離を置き始めた。その光景はまるで槍の雨。

 

(傷つけられたなら……私でもやれるッ)

 

 そう確信した瞬間、繰り広げられる死闘。

 ティアナからすれば一度でも攻撃を受ければ死ぬようなものだが、回避ばかりに専念していては決定的な一打は与えられない。 

 

「フフッ、村の人間と大差ないと思いましたが……オマエは非常に優秀な人間のようですね」

(怖気づいたら駄目だよ私ッ! 少しでも怯んだらッ、こいつをやれないからッ……!)

 

 だからこそティアナは果敢に攻めに徹した。

 地面を抉るほど破壊力の高い蹴りを懐へ潜り込む機会だと言い聞かせ、黒い髪による四方八方からの攻撃を遠距離戦に持ち込むチャンスだと暗示をかけ、

 

「はぁはぁッ……!! まだ、まだいけるッ!!」

 

 ミザリーのあらゆる動作を攻めるきっかけだと捉える。

 攻めれば必ず勝てる。

 守れば必ず負ける。

 今のティアナはその二極化の考えでミザリーと死闘を繰り広げていた。

 

「ああ、ああ、必死ですね。何の意味もないのに可哀想」

(くっ……傷が、治ってるっ……)

 

 瞬く間に再生するミザリーの傷。

 今のティアナがしようとしているのは川の水を失くそうとしていることに近い。山頂から絶え間なく流れてくる川の水を……ただ汲んでは退かしての無限ループ。

 

(──あれ? 私、本当に勝てるの?)

 

 浮かんだのは些細な疑問。

 私はヘレンにとてもかなわなかった。

 そのヘレンでも勝てなかった相手に私が勝てるのか?

 

「今、『勝てるのか』と怖気づきましたね?」

「……ッ! まずッ──きゃあッ!?!」 

 

 その雑念は致命傷となる。

 一秒にも満たないたった一瞬の迷いが動きを鈍らせ、ティアナは黒い髪に全身を拘束された状態で地面に叩きつけられた。

 

(くぅっ……!? だ、だめっ、振りほどけないッ……!)

「暴れるのはあまり賢い選択ではありませんよ?」

 

 四肢の関節部分と首にまとわりつく黒い髪。

 ミザリーは仰向けに倒れているティアナの顔を見下ろし、左腕の肘関節に巻き付いている黒い髪の拘束を徐々に強め、

 

 バキッ──

「あ"ッぁあぁあッ……!?!」 

 

 逆方向へ捻じ曲げた。

 ティアナは腹の底から苦痛に歪んだ叫び声を上げる。握っていた刀剣も手から離れ、痛みによって子供のようにジタバタと暴れた。

 

「ああ、ああ、可哀想。苦しまずに死ねなくて可哀想……」

「い、いやッ──」

 

 拘束が強まる右腕の肘関節。

 顔を青ざめたティアナは拘束を解こうと全身に力を込めるが、

 

 ──バキッ

「あ"ぁあ"ぁあ"ぁッ!! くッ、う"ッぐぅうぅッ……!!」

 

 なすすべなく捻じ曲げられてしまう。

 苦しみと絶望に浸食された叫びと共に右手に握りしめていたリボルバー銃も地面に落とした。

 

「これでオマエも分かったことでしょう。眷属とはこの時代に変化をもたらす存在だと」

「うッ、ぐぅう"ッ……」

「オマエたち人間が眷属に怯え、眷属を恐れ、十戒に(すが)ることしかできない……そんな時代が訪れるのです」

 

 痛みで薄れていく意識。

 ティアナの頭の中には走馬灯のように過去の景色が流れ始めた。

 

『イザード家? ああ、落ちこぼれの名家だろ?』

『イザード家……。あんなのよりアストレア家の方がまだ優秀だぜ』

『あーあ、どうしてこうも差がついちゃったのかしら』

 

 名家のイザード家とはいわば落ちこぼれ。

 他の名家のように特徴もなく、大した実績も残せない庶民の家系と変わらぬ存在だった。

 

『お母さん、私たちは名家なのに……どうしてパーティーに呼ばれていないの?』

『……それはねティアナ。お城に人が入りきらないから、私が他の名家の為に自分からお断りしたの』

『そーなんだ。お母さんは優しいね』

 

 名家のみが招待を受けるパーティー。

 それにすら参加権が与えられない。幼少期のティアナは紳士服やドレスで着飾った他の名家の人々を見送ったことしかなかった。

 

『お母さん、私たちは名家なのに……どうしてお金がないの?』 

『それは……私たちよりも貧しい人たちにお金を寄付してあげてるからよ』

『ええー、知らなかった! イザード家のみんなって、すっごく優しいね!』

 

 当然だが財産もない。

 名家のみが与えられる支援金も受けられず、食べ物も住処も庶民と変わらないどころか、貧しい可能性すらあった。

 

『これで何度目だぁ?! さっさと借りた金を返せ!』

『すみません、すみません……あと、あと一ヵ月だけ待ってもらえませんか?』

『……お母さん、またごめんなさいしてる』

 

 その度に母親がお金を借りては返しての繰り返し。

 貧しいことでイザード家の子孫も残せず、繁栄も望めない状態。

 

『……ねえ、お母さん』

『どうしたの?』

『私たちイザード家の……良いところってなに?』

 

 十歳になった頃、ティアナは何気なく母親にそう尋ねた。決して腹が満たされない夕食を囲み、自分の頭で考えるようになった初めての疑念。

 

『……誰よりも優しいところよ』

『優しい、ところ?』

『イザード家のみんなは優しい人ばかりでしょ? だからね、私たちがアーネット家から受け継いだものはきっと優しさなのよ』

 

 イザード家が継いだのは優しさ。

 まだ幼かったティアナは母親からの答えを聞いて納得をした。

 

『もしかしたら……I機関が、消えるかもしれない』

『消える!? 消えたらアリスの治療費は……!』

『そうなったら僕が別の仕事を探すよ』

『でもリンカーネーションよりも稼げないでしょ? アリスの治療費、足りるか分からないわよ……?』

 

 だが十二歳になったとき、ティアナは両親のやり取りを聞いて確信する。

 

『私が、変えないと』

 

 優しさだけじゃ何も変わらないと。

 自分が変わり、イザード家も変えないといけない。何よりも大切な妹であるアリスに自分と同じ道を歩ませたくなかった。 

 

『流石はアベル家の皆さま。淑女が何たるかをよく心得ておりますね』

『おほほっ、これぐらい常識ですわ』

『ティアナ、あなたも見習わせてもらいなさい』

『……うん』

 

 更に嫌だったのは他の名家に媚びる姿を見せつけられること。露骨なほど褒め称え、両親が媚びへつらい、自分自身も話のタネにされる。

 この状況をどうしても変えるために考えた末、

 

『お願いします! 動術を、動術を教えてください!』

 

 一番の近道は十戒になることだと結論付けた。

 十戒になるためにはリンカーネーションにならないといけない。今の自分に必要なのは強さ。ティアナは動術を学ぶために他の名家へ顔を出して、稽古を付けて貰うことを懇願した。

 

『お前、才能のないイザード家だろ? 教えるなんて時間の無駄無駄!』

『私、イザード家を変えたいんです! 頑張るので、お願いしま──あっ、待って!』

 

 だが誰も承諾はしてくれない。

 イザード家という肩身の狭い身分では門前払いの毎日。ティアナは二か月の間、必死になって頭を下げたが誰にも相手にされなかった。

 

『あー……君、大丈夫か?』

 

 そんな彼女に声をかけたのは一人の青年。

 リンカーネーションらしき制服を着ており、長い髪には青の髪が混ざっている。ティアナは顔を上げてその青年を見る。

 

『君は、動術を学びたいんだよな』

『は、はい……でも、誰も教えてくれなくて……』

『良かったらいいんだけどさ。俺が教えてあげようか?』

 

 ティアナに見せつけてきたのは銀の十字架。

 リンカーネーション内で上位を示す銀の階級の証だった。

 

『い、いいんですか? 銀の階級なら、任務で忙しかったりするんじゃ……!』

『あー……いや、大丈夫だよ。最近は少し落ち着いてきてるから』

『そ、それじゃあ! お、お願いします! 私、ティアナ・イザードです!』

 

 彼女の名前を聞いた途端、少しだけ呆気に取られる青年。その顔は予想外だったと言わんばかりのものだ。

 

『ティアナ……。そうだったんだな、君が……』

『えっ? 私のこと、知ってるんですか?』

『あ、いや、そんなに知らないよ。俺の嫌いな奴っていうか……人づてに名前だけ聞いたことあるっていうかさ』

 

 愛想笑いしつつ誤魔化す青年。

 ティアナは不思議に思いながらもその青年から動術の稽古を受ける日々が始まった。

 

『知ってると思うけど動術は色んな種類があるんだ。イザード家なら異動っていうのが主流だけど……あんまりオススメはできないな』

『どうしてですか?』

『まぁ、うん、あれだ。関節を外さないといけないんだよ』

『か、関節?! パ、パスでお願いします!』

 

 ティアナにとって動術を教わる毎日は辛くもあり充実した日々。何よりも銀の階級の青年は教えるのが非常に上手かった。もっと言えば上手いだけでなく、すべての動術を習得しきっていたのだ。

 

『あの、師匠は動術を誰に教えて貰ったんですか?』

『急に師匠呼びになったな……。まぁいいけどさ』

 

 そんなとある日の休憩時間。ティアナはちらちらと隣に座る青年を見ながら、気になったことを尋ねてみた。

 

『俺は青鬼に教えてもらったよ』

『あお、おに?』

『青い鬼教官って意味だ。右も左も分からない俺に動術を全部打ち込んできてさ。ほんと、今考えたら信じられねぇよな』

 

 思い出し笑いをする青年。

 呑気に昔話をしている師の横顔を見つめた記憶。自身のあざだらけの両手を見つめた記憶。辛い訓練のせいで身体を痛めて眠った記憶。

 様々な記憶が脳裏を過ればふっと現実へ意識が戻る。

 

「ああ、ああ、とても可哀想」

(私は、何のために強くなろうとしたんだっけ……?)

 

 ミザリーに見下ろされ薄れゆく意識の最中、ふと自問自答が始まった。

 議題は今まで努力を積み重ねた意味。

 金の十字架を手にしアカデミーへ入学するため?

 座学や訓練で良い成績を取るため?

 総合成績トップを取るため?

 それとも、吸血鬼に負けないため?

 

(──違う、私は) 

 

 無意識のうちにする歯軋り。

 様々な自問自答を行った末、ティアナはすべてを否定する。

 

『ティアナ、イザード家の子として産んでしまって……ごめんなさい』

(謝らなくてもいい、誇れる家系にッ……みんなから認められるイザード家に……私が、変えないといけないんだ……!!)

 

 これから生まれてくるイザード家の子供たちのために変える。だからこそティアナは折られた両腕をわざと動かし、痛みで薄れかけていた意識を呼び戻すと、

 

「私は、みんなの為にも──死ねないッ!!」

 

 生きようとする意志を示した。

 その意志に共鳴し、ティアナの瞳に栄光ある煌めきが灯される。

 

『おめでとう! あなたの生存本能が開花したよっ!』 

(えっ? どうして自分の声が聞こえて……)  

 

 脳内に聞こえてくる自分自身の声。

 ふと顔を横に向ければ水たまりに映っている自分が拍手をしながら口を動かして喋っていた。 

 

『死を受け入れず、生へしがみつくために抗おうとする者へ与えられる力。それが生存本能』

(生存本能……?)

『イザード家の血筋が開花させる生存本能はね、(うつ)(かがみ)だよ。イザード家は何者にもなれなかった名家だったけど……今のあなたは何者にでもなれる。例え、相手が吸血鬼であってもね』 

 

 ティアナが両足を動かせば巻き付いていた黒い髪は軽々と千切れる。感じていた苦痛もまるで嘘のように消えていたため、

 

『ティアナ・イザード、あなたとイザード家に栄光あれ』

 

 そのまま軽く跳躍する。

 脳内の声は最後にそれだけ伝えれば途絶え、ミザリーは突然のことで呆気に取られてしまう。

 

「──すぐ楽にしてあげましょう」

 

 ティアナはそんなミザリーの口調を真似するように穏やかな表情でそう告げ、 

 

「ウッグィァア"……ッ!?!」

 

 その顔面に飛び回し蹴りを叩き込んだ。

 雨粒を衝撃波で散らすほどの凄まじい威力は、ミザリーの顔面を凹ませ、蹴り潰した血肉を弾き飛ばし、その肉体を数メートル先まで吹き飛ばす。 

 

「ああ、可哀想、可哀想……」

 

 折れた両腕をぶら下げたまま華麗に着地をし、憐れむようにミザリーを見つめた。

 

「今のは、効きましたねっ……」 

「ええ、今のは(・・・)効いたようですね?」

「──っ! 私の真似事をするなど愚かなッ!」

 

 潰れた顔面を即座に再生して目にも留まらぬ速度で接近するミザリー。

 ティアナは右脚をゆっくりと後方へと振り上げ、

 

「ああ、オマエは沼の底へ沈むでしょう」

「キィア"ァア"ッ!?」

 

 完全にミザリーの動きを捉え切ったうえで回し蹴りを左脇腹に叩き込み迎撃する。頑丈な肉体を紙屑のように潰し、今度は十メートル以上も吹き飛ばした。

 

(あの桃色娘ッ……急に、私の動きを真似し始めッ──)

「隙を見せるなど、オマエは愚かなのですね?」

「ゴッフォッ、ウ"ッグォオ"オッ……!?!」 

 

 立て直す時間すら与えず、ティアナはミザリーが飛ばされた先まで追いかけ、前蹴りを胸元へ何度も叩き込んだ。

 

「オマエなどにッ、傑作の私を越える力などッ──ゴッァア"ッ!!」

「オマエなどに、傑作の私を越える力などありません」

「グィッア"ァアッ……!!?」

 

 挑発するようなオウム返しをしながらミザリーを蹂躙する。蹴っては追いかけ、蹴っては周囲の木々を薙ぎ倒し、その圧倒的な姿は……ミザリーそのものだった。

 

「可哀想、可哀想。傑作が人間に虐められて可哀想……」

(このままではッ、この私が押し負けっ……!!)

 

 初めて込み上げる焦燥感。

 ミザリーは手立てを考えようとしたが考える前に肉体が蹴られている状態が続いていた。

 

 メキッ── 

「あら?」

 

 しかしティアナの右脚から骨に亀裂が走る音が聞こえ、ミザリーの真似をしつつ自身の右脚へ視線を移す。

 

「フフッ、オマエもここまでですッ……!」

 

 その隙を狙ってミザリーは足払いを仕掛け、ティアナの体勢を崩すと、

 

 バキンッ──

「あッぐぅッ……!?」

 

 地面に横になったティアナの左脚を踏み潰して骨を真っ二つに折る。真似をしていた口調は元に戻り、小さな(うめ)き声を上げた。

 

「ああ、ああ、よくもコケにしてくれましたね?」

「ぐッ、ごふッ、げほっげほっ……!?!」

 

 怒りを露わにする表情で見下ろすミザリー。

 仰向けに倒れたティアナの首に足を乗せて力を込めていく。ティアナは身体を暴れさせるが生存本能の力は途絶えていたことで、まったく抵抗できずにいた。

 

「この私を少しでも上回ろうとした力には驚きましたが……。所詮は人間の肉体など小枝と変わらない」

「こふっ……けほっ……」

「あなたの綺麗な脚を切り落とすことが出来なくて残念です」

 

 抵抗が弱り始めるティアナ。

 ミザリーはその様子に愉悦を感じながら、首に乗せた足へ力を込めへし折ろうとした瞬間、

 

「君は彼女をそのまま殺すのか」

 

 すぐ隣から声が聞こえ、動きが止まった。

 ミザリーはゆっくりと隣へ視線を向けるとそこには、

 

「……は?」

 

 殺したはずのヘレンが平然と立っていた。

 驚きのあまり一瞬だけミザリーの思考が停止したが、我に返ると渾身の蹴りをヘレンの頭部に放つ。

 

「──!」

 

 しかし吹き飛ぶどころかむしろミザリーの右脚が捻じ曲がってしまう。ヘレンはお返しだと言わんばかりにミザリーの腹部へ頭突きを繰り出せば、

 

「ギィァア"ア"ァッ……!!?」

 

 肉体が腹部から裂け、血飛沫と共に上半身と下半身が千切れる。

 バラバラとなった肉体は木々を薙ぎ倒して吹き飛ばされていった。

 

「君はよくアレを相手にして生きていたな」

「ヘレンもっ……生きてて、良かったっ……」

「……? 私は死なないが?」

「あははっ……ヘレンは、面白いこと言う……ねっ……」

 

 安堵すると意識を失うティアナ。

 ヘレンは倒れている彼女をじっと見つめた後、無言で立ち上がってミザリーが吹き飛ばされた方角へ身体の向きを変える。

 

「オマエは確かに、この手で殺したはずですッ……!」

不滅(ふめつ)の加護に不死(ふし)の加護」

「……は?」

「この加護のせいで私はどんな傷も再生し、何があろうと死ねない。君はあの時、確かに私の首を飛ばしたが……何の意味もなかったよ」

 

 ヘレンは淡々と説明すると鞘から白い刀剣を抜くとゆっくり歩き出した。ミザリーは上半身と下半身を繋ぎ合わせて再生すると、黒い髪を槍の形にしてヘレンを刺し殺そうとしたが、

 

 キィンッ──

「な、んでッ……?」

 

 肌に触れた途端、むしろ槍の方が粉々になった。

 まるで頑丈さで競い合い負けたかのような光景。言葉を失いかけたミザリーにヘレンは平常心でこう説明をする。

 

不壊(ふえ)の加護。この加護を与えられた武装は決して壊れない(・・・・)。前までは武装にだけ付与していたが……君のおかげでもう一つ使い道が思い浮かんでね」

「……! まさかオマエ……!」

「ああ、私自身に付与したらどうなると思う? 答えは簡単だ。私の身体は──どんな外傷も受け付けなくなるだろう」

 

 決して破壊されない肉体。

 ミザリーの破壊力のある蹴りだろうと鋭利な槍だろうと何物も受け付けない。

 

「君には感謝しているよ。新たな発想を与えてくれたことと──」

 

 一歩、また一歩と踏み出す度に空気が変わっていく。

 小石が巨大な岩石に、水たまりが広い海に、川が巨大な滝に。ミザリーの目の前に立つヘレンという少女が、

 

「──加護を制限せず殺り合えることに」

 

 脅威に変わる。

 ミザリーは比べ物にならないほどの圧迫感に頬を引き攣り、思わず後退りをしてしまった。

 

(私が、あんな小娘に怯えているのですか……?)

 

 ミザリーの本能が警鐘を鳴らす。

 過るのは勝てない、負ける、殺される、死ぬという敗北を(きっ)する言葉のみ。そんな自分をミザリーは認められず、その場で歯軋りすると、

 

「オマエに、オマエに傑作の私が怯えるはずがありませんッ!!」

「君は勇敢だな。私を迎え撃つのか」

 

 勇ましく距離を詰めて乱打を始めた。

 眷属としての怪力を発揮させ、ヘレンを殺そうとすべての力を叩き込んだ。 

 

「死ねッ、死ね死ね死ねェエ"ェッ!! 死になさいッ、死ね、死ねェエ"ェッーー!!」

「……? 私は死なないが」

 

 だが何の意味もない。

 ただミザリー自身の拳が潰れ、脚が折れ、自傷行為をするだけだった。更にヘレンの歩みすら止められない。

 

「傑作の私が、眷属の私がッ……こんな、こんな小娘にィイィッ!!」

可哀想(・・・)だな、君は」

 

 そしてたったそれだけぼやくと白の刀剣でミザリーを何重にも斬り刻む。宙にある雨粒すらも微塵に分裂し、苦痛の声すら上げられず、ミザリーの頭部だけがヘレンの前に浮かんだ。

 

「くッ、この程度すぐに再生すればッ──キィア"ァッ!?!」

 

 肉体を再生しようとミザリーの額。

 そこへ金剛石の杭を深々と突き刺すと空いている手で頭部を鷲掴みにした。

 

「再生が、できないッ!? 私に何をしたのですかッ……!!」

不羈(ふき)の加護。私がこの加護を君に付与すればへあらゆる能力を封じることができる。例え……君の再生能力でも」

「なッ……!?」

 

 唖然としているミザリーの頭部。

 ヘレンは鷲掴みにしているその顔面へ徐々に力を込めていく。

 

「君の目的は『ロザリア大陸の監視』だと言っていたな。監視をして何の意味がある?」

「フ、フフッ、答えるつもりはありませんよ……」

「そうか」

 

 答えるつもりがない。

 そう判断したヘレンはさっさと粛正しようと力を込める速度を上げた。

 

「ですが、覚えておくといいでしょう。眷属は、私だけではありません」

「……」

「傑作は、ストーカー卿の元で続々と生まれるッ……! オマエたちも十戒も、眷属に、至高のお方に蹂躙されることでしょう! ああ、ああ、その時が楽しみですね!」

 

 嘲笑うように叫び散らすミザリー。

 ヘレンは平然とした様子で雨音を遮るその叫びを耳にし、ミザリーの頭部へ冷めた眼差しを送り、

 

「キッハハハ! キィッハッハッハッ! ハッハハァアァァア"ッ──」

 

 煩わしい笑い声に終止符を打つため頭部を粉々に握り潰した。周囲に響くのは鬼雨が木々に触れる音のみ。

 

「……雨、やまないな」

 

 ヘレンにとって憂鬱なのは未だ止まぬ雨。

 彼女は地面に落ちた金剛石の杭を拾うと濁った雨空を見上げ、ぽつりとそう呟いた。

 

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