ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第16話『長期休暇』

 

 眷属ミザリーとの一件から一週間が経過した。

 私は自粛期間を課せられたためしばらくは自室で過ごし、久々にアカデミーへ登校をすることになった。

 

(ブレイン家の生徒。彼は結局、顔を見せなかったが……)

 

 十戒の前に呼び出されていた男子生徒カミル・ブレイン。

 彼があの日以降、私の前に姿を現すことはなかった。しつこく付きまとわれなかったことに安心はしたのだが、

 

(早々に諦めるような性格にも見えなかったな)

 

 嫌な予感がしなくもない。

 不安を募らせつつも久し振りに私はAクラスの教室へと顔を出す。当然だが他の生徒から視線を集めた。

 

「おい、来たぞ」

「皇女様、あの事件で怪我もせず生き残ったんでしょ?」

「エンジェル家の生徒が三人も死んだのに……無傷で生き残れたなんて怪しいよな」

 

 生きてて良かった──なんて言葉はかけられない。

 Aクラスの生徒たちから向けられた視線には不信感と少しばかりの恐怖心。私はいつものことだと割り切って窓際の隅にある席へ座った。

 

「隣、座るぞ」

「……? 君はブレイン家の?」

「どうせ覚えてねぇだろうから名乗っとく。カミル・ブレイン、覚えとけよ」

 

 ダルそうに右隣に座ってきたのはカミル。

 案の定、嫌な予感は的中したとわざと右手で頬杖を突き、彼と顔を合わせないよう窓の外を眺める体勢に変えた。

 

「君に私の付き添いは務まらない。今すぐ諦めてくれ」

「諦められんならとっくに諦めてんだよ」

 

 カミルの声を聞けばどのような感情を抱いているか分かる。

 恐らくブレイン家としての使命を押し付けられたことに対しての不満。そして私の素っ気ない態度に対する苛立ちを覚えていた。

 

「皇女、そもそもてめぇの評判が悪いせいでこんなことに──」

「……」

「ちッ、人と話すときは目ぇ合わせろ!」

 

 顔を合わせない体勢にキレたカミルは、頬杖を突いていた私の右手を掴んで強引に自分の方へ振り向かせる。勢い余ったことでカミルの顔と私の顔の距離が数センチほどまで縮まり、

 

「いいか? てめぇはそうやってブレイン家の人間をあしらってきただろうが、俺はそんな簡単にあしらえねぇぞ」

 

 (にら)みを利かせて(おど)しを掛けてきた。

 名家の人間とは思えないほどの威圧。まるで弱肉強食の自然界で生きてきたかのような詰め方だ。

 

「君は本当にブレイン家の人間か?」

「んでそんなこと聞きやがる?」

「私に脅しをかけてきたのは君が初めてだ。……こうやって、私の腕を掴んだのもな」

 

 ブレイン家はアーネット家に仕える使命を持つ名家。

 意見に口出しすることはおろか、触れることすら無礼に値する行為だ。それを怖気づくこともなく行ったことに、私は奇妙な違和感を覚えた。

 

「てめぇには関係ねぇ」

「なら私のことも君には関係がない」 

「ああ? それとこれとは別だろうがッ──」

 

 カミルは私の右腕から手を離すと席を勢いよく立ち上がり、喉まで上りかけていた言葉を止めて教室を見渡すと、

 

「あの二人、喧嘩してるよな?」

「ああ、早く止めた方がいいんじゃないか」

「誰が止められるんだよ。あの喧嘩に割り込めるやつなんて誰もいないだろ」

 

 クラスメイト全員が私たちに注目していた。

 カミルは周囲からの視線に気が付けば軽く舌打ちをし、気まずそうに腰を下ろす。

 

「ユーたち、エンジンかかりすぎじゃない?」 

 

 そんな私たちへ声をかけてくる二十代半ばの男。

 長い茶髪を後ろで一つ結びにしフチなしの眼鏡をかけ、制服の上着を脱いだ状態で机に両足を乗せていた。

 

「クールにいこうぜクールに。ホットになっちゃあ、議論もパラレルなままよ」

「お前には関係ねぇだろ」

「チッチッチッ、俺はお前(・・)じゃなくてレクス・ニュートンだ。ドゥー、ユー、アンダースタンド?」

 

 自身をレクス・ニュートンと名乗った男は奇妙な言葉づかいでカミルに指を振る。その若干舐めたような態度にカミルは眉間(みけん)にしわを寄せていた。

 

「ああ、君はニュートン家の人間か」

「ザァッツライト、お初だな皇女ちゃん?」

 

 名家の一つであるニュートン家。

 天性とも呼べる発想力から人類の進化に必要な工学を発展させる家系。彼らはリンカーネーションの制服や武装をA機関と共に開発する重要な役目を担っている。

 

「さあさあ、ユーたちご注目! ホットな二人をクールにさせるプレゼントだぜ!」

 

 レクスは机に乗せていた両足を下ろすと、隣の椅子に置いていた時計を私たちの机に乗せた。

 

「おいレクス、なんだこの気味のわりぃ時計は?」

 

 カミルが怪訝な顔で見つめる時計。

 それは両手に乗せられるほどの大きさ。見た目はハート型をしているが二本の秒針のみが取り付けられ、零時の場所にピッタリと止まっている。

 

「これは『マイフレンドクロッカー』だ、カミルっち!」

「あ? マイフレンドクロッカーだぁ?」

「ストレートに言うならぁ……ユーたちの友情を図れるベリークールな発明品だぜ!」

 

 友情を図れる時計。

 理解が及ばないカミルは「は?」と呆れた声を上げる。勿論だが私にもまったく理解できていない。

 

「ルゥック、時計の両サイドにキュートなくぼみがあるだろ。そこに二人の指を置くと、二本の秒針がチックタックと動き出すのさ!」

「動いて何が分かんだよ?」

「チッチッチッ、秒針の進み具合は個人によって大きくギャップが生まれる。このギャップが少なければマイフレンド、大きければノットマイフレンドってわけだぜ」

 

 つまり秒針がほぼ同時に時を刻めば気が合う関係。逆に片方が早すぎたり遅すぎたりして、まったく異なる秒針の刻み方をすれば相容(あいい)れない関係と言いたいのだろう。

 

「さあさあ、レッツチェックだぜ!」

 

 断れない空気。

 というより断ればいつまでも付きまとわれる気配がする。私とカミルは顔を合わせると時計を正面から見て、右側のくぼみに私の指を、左側のくぼみにカミルが指を置いた。

 

 カチッ──カチッ──

「ほら見ろ、同時にムーブメントを始めただろ?」

 

 すると二本の秒針がゆっくり動き出す。

 私は歯車が互いを回転させ合うギギギッという動力の音を耳にしながら、右回りに回転している秒針を目で確認してみた。

 

「おい、一ミリもずれてねぇぞ? 壊れてんじゃねぇのか?」

 

 二本の秒針は重なったままチクタクと進む。

 カミルは遠回しに「こいつと噛み合うはずがねぇ」とレクスの発明品に不信感を抱き、眉間(みけん)にしわを寄せて問いかける。

 

「ノーノー、カミルっち。まだ数秒しか経ってないんだぜ?」

「じゃあなんだ? こっから分かるのか?」

「ザッツライト、よく見ておきな!」

 

 レクスの自信満々の声。 

 私たちは言われた通り、しばらく刻まれていく秒針を眺めることにすれば、

 

「……あ? お前の針が早くなってねぇか?」

 

 すぐに違和感が生じる。

 私の秒針の刻み方が徐々に早くなり、カミルと合わせることなくどんどん先へ先へと進み始めたのだ。

 

「おお、皇女ちゃんがカミルっちを置き去りにしてるな」

 

 半周遅れから一周遅れ。

 二周遅れから三周遅れ。

 私の秒針はカミルの秒針とまったく合わせる気配がないまま、更に更にと周回数を増やす。

 

「で、これはどうなんだ?」

「こりゃあ酷いね~。ノットマイフレンドの中でもワールドレコードとれちゃうぐらいには」

「はっ、だろうな」

 

 レクス曰く、私たちは過去最低の関係。

 カミルは鼻で笑うと発明品から指を離して、席の背もたれに勢いよく体重をかけた。

 

「まったく、しょうもねぇ時計を見せられて少し冷静になった」

「……? 私は最初から落ち着いていたが?」

「チッ、いちいちうるせぇなてめぇは」

 

 余計な一言だったようでカミルは大きな舌打ちをする。見兼ねたレクスは置いていた『マイフレンドチェッカー』を回収し机に乗せていた両足を下ろすと、前のめりになって私たちの間に割って入ってくる。

 

「ユーたち、そんなピリピリせずにさ……。大らかな寛容さを持って、どんな相手ともフレンドリーにいこうじゃないの──」

「私は彼に興味がない。勿論、君にもな」

 

 私たちの肩に腕を回してくるレクス。

 その腕を払って言動で接触を拒絶をするとカミルがレクスに視線を向けた。

 

「……だそうだが?」

「あちゃ~、こりゃあ皇女ちゃんとフレンドリーにやるのはハードモードみたいだね」

 

 レクスは爽やかな笑みを浮かべ「お手上げだ」と言いたげな素振りを見せる。

 しかしそれは計算のうちのようで前のめりの体勢から両脚を机に乗せた体勢に戻し、余裕な態度で視線を教室の出口側へ逸らした。 

 

「けど、彼女ならどうかな?」 

 

 視線を向けた先にいたのは一人の女子生徒。

 見覚えのある桃色の長髪に白のカチューシャ。何よりも純粋無垢という言葉が相応しい人物像に私は頭の中で一つの名家が浮かぶ。

 

「彼女はイザード家の……」

 

 ティアナ・イザード。

 Bクラスのはずが何食わぬ顔でAクラスへ訪れ、どこに座ろうか席を探しているようだった。

 

「彼女が、ティアナ(・・・・)がなぜAクラスに」

「はっ、興味がねぇのにあいつの名前は覚えてるんだな?」

「それは……偶然、覚えていただけだ」

 

 彼女の名前を口に出すとカミルがニヤッとした笑みを見せたため、私は言葉を詰まらせながらも偶然を装う。

 だがしかし、それは偶然でも必然でもない。

 

(なぜ私は、彼女の名前を覚えて……)

 

 単なる誤作動。

 覚えていないはずなのに無意識のうちに口を出し、覚える気もないのに勝手に脳が記憶している状態。

 

「グッモーニン、ティアナっち~!」

「あっ、ぐっもーにんレクスー!」

「んだよその挨拶……」

 

 口調が移っているのか同じ言葉で挨拶を交わす二人に頬を引き攣るカミル。

 レクスとティアナは交流していなかったはずだが、いつの間にか親交を深めていたらしい。

 

「皇女ちゃんの隣が空いてるぜ~! そうだろ、カミルっち?」

「ああ、愛想のわりぃ皇女の隣は取っておいた(・・・・・・)

「ありがとうカミルっち!」

「お前はその呼び方すんな」

 

 こちらに小走りで向かってくるティアナ。

 カミルは席を立つとティアナを私の隣へ座らせようと誘導を始める。

 

「取っておいた……? 君の目的は何だ?」

「はっ、自分の胸に聞いてみろよ」

 

 事前に打ち合わせをしていたとしか思えない流れ。

 カミルはほくそ笑んだ後、レクスの隣の席に腰を下ろす。空いた私の隣に座ってくるのは勿論ティアナだった。

 

「おはよ、久しぶりヘレン」

「君はBクラスの生徒だろう」

 

 少し嬉しそうに私へ挨拶してくるティアナ。

 私は挨拶を返すことよりもなぜAクラスにいるのかが気になりそのワケを尋ねる。

 

「えっとね、Aクラスへの推薦をもらったの」

「推薦?」

「皇女、てめぇは興味ねぇだろうが……アカデミーには教師や偉い奴らから推薦を貰えれば、クラスを昇格できる制度があるんだよ」

 

 アカデミーに存在する昇格制度。

 私は微塵もアカデミーの制度に興味がなかったため初めて知ったが、どうしてこのタイミングでティアナが昇格したのかは理解が及ぶ。

 

「なるほど。君はアクレイドの一件で推薦を貰ったのか」

「うん、十戒のゾーイ様からね」

「ゾーイ……。ああ、ニュートン家の」

 

 十ノ戒であるZoe(ゾーイ) Newton(ニュートン)

 名家の一つであるニュートン家の血筋を継いだ少女。十五歳という幼さで十戒へ抜擢(ばってき)されたことで有名だ。何でも歴代で最も若くして十戒になった人物らしい。

 

「君が彼と交流があったのはそれが理由か」

「た、たまたまゾーイ様に派遣任務の話が届いて……『こんな素晴らしい生徒は是非ともAクラスに』ってゾーイ様が推薦してくれたの」

 

 どうも様子がおかしい。

 何とか平静を取り(つくろ)って言葉を(つむ)いでいる気がする。

 

「……私は疑念を抱いているんだが?」

「う、嘘じゃないよ? ねっ、レクス!」

「イエスイエス! この話はノーフィクションなのよ!」

 

 ティアナに話を振られると先ほどと変わらない声色で同意するレクス。

 この二人は知らないところで親交を深めていた。多分、十戒から貰った推薦には何か裏があるのだろう。

 

「そういやレクス、あいつは今何してる?」

「N機関の研究室にクローズしたっきり。三日は顔も見せてないからニュートン家の皆が揃いも揃って困ってるのよ」

「ゾーイはお前の妹だろ。引きずり出せばいいじゃねぇか」

「カミルっち、そりゃあナッシングだぜ。ゾーイの研究室は何重にもロックがかかってて入れないからな」

 

 助け舟を出すかのようにカミルが自然と話を逸らす。 

 踏まえるにカミルもティアナと裏で繋がっているらしい。意図は汲み取れないが、ティアナと私を接触させる計画を立てているのは明らかだった。

 

「あっ、そうだヘレン。明日からアカデミーは長期休みに入るけど……予定とかって埋まっちゃってる?」

「……? 長期休み?」

「何にも知らねぇんだなお前。アカデミーには年二回の長期休みがあるんだよ。期間は一ヵ月だが……故郷に帰ることも機関に顔を出して自分売りをすることだってできる」

 

 久々に復帰したと思えば明日から始まるのは長期休み。

 一ヵ月の間はアカデミーが休みになる、と聞かされた私は特に思うこともなかったため「そうか」と短い返事をしてから、見下ろした先にある机の模様を見つめる。

 

「ヘレン、良かったら長期休みのどこかで……私と出かけない?」

「君一人で行けばいい」

「そ、そんなこと言わずに! ほら、『リパ島』とかどう?」

 

 ティアナが口に出したリパ島。

 私自身、行ったことはないが島については色々と知っている。

  

「いいチョイスだぜ、ティアナっち! ヤングなユーたちにピッタシの場所だ!」

「そうだよね? 気分転換になるってよく聞くし、行ったことある友達からも評判いいからどうかなって」

「君には人望がある。他の誰かを誘えばいいだろう」

「ううん、それじゃだめだよ。私はヘレンと一緒に行きたいもん」

 

 リパ島はロザリア大陸の北側に位置するIsole(イゾーレ) Olivia(オリヴィア)諸島の一つ。リパ島と含め点々と位置する七つの島、その中央には『異界カラミタ』と呼ばれる海底火山があるらしい。

 ……が、一言で説明するなら『暑いだけのリゾート地』に過ぎない場所。

 

「私は行きたくないが?」

「お、お願いヘレン! きっとリパ島にはいっぱい吸収できるものがあると思うよ?」

「残念だが、私は君の娯楽に付き合えるほど寛容じゃ──」

「だったらこういうのはどうだ皇女」

 

 断り続ける私と誘い続けるティアナ。

 見兼ねたカミルが口を挟んでくると右手で頬杖を突きながら、左斜め前にいる私を見下ろしつつこんな提案をしてきた。

 

「てめぇの両親に命令された付き添いの一件。リパ島に行くなら俺から放棄してやる」

「……! どういうつもりだ?」

「言った通りだろうが。行けばてめぇの付き添いはしねぇし、行かなけりゃ俺はてめぇに付きまとう。たったそれだけのことだ」

 

 真偽が疑わしい。

 そもそも私の親から下された命令を、アーネット家からの命令を放棄することはブレイン家にとっては禁忌に値する。それを軽々と提示してきたカミルを、疑心に満ちた顔でしばし無言で見つめた。

 

「どうすんだ皇女? 乗るのか乗らねぇのか早く決めろ」

 

 催促(さいそく)してくるカミル。

 疑わしさは未だに抜けないが彼の目を見れば本気だとわかる。私はしばし考える素振りを見せてからゆっくりと口を開き、

 

「……分かった。君の提案に乗ろう」

「はっ、交渉成立だ。初めて気が合ったじゃねぇか」

 

 カミルの提案を受け入れることにした。

 受け入れなければ彼はどこまでも辛抱強く、私に付きまとおうとする。ブレイン家の中ではとても面倒なタイプだ。

 それを単なる娯楽の付き添いで諦めてくれるなら好都合。

 

「私は何も考えなくてもいいんだな」

「うん、日程とかメンバー(・・・)は私に任せて!」

「私と君だけじゃないのか?」

「あっ、え、えっとね? 呼べる人がいれば呼ぼうかなってだけだよ?」

 

 口を滑らせたと言わんばかりに視線を逸らすティアナ。

 やはり裏があるのだろう。それもティアナ自身を主軸とした……何かしらを目的とした綿密(めんみつ)な計画が。 

 

(ティアナは……何を企んでいる?)

 

 込み上げる嫌気と窓から入り込む湿った空気。

 どうやら私の長期休みは最悪の状態で始まってしまうらしい。

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