場所は
リパ島へ向かう最中、ヘレンたちは潮風に当たりながら優雅なひと時を過ごしていた。歓迎してくれているのか、カモメが何羽から上空を飛び交っている。
「ん~、今日は晴れて良かったねヘレン!」
「……君は彼女たちを集めて何がしたい」
ヘレンは表情を険しくさせ、麦わら帽子を被っているティアナを見た。そんな反応になるのも当然だ。何故ならヘレンは名家の生徒が全員集まるなどと聞かされていないから。
「何がしたいって……。みんなで行った方が楽しいから呼んだだけだよ?」
「……私は何も聞かされていないが」
「だって何も教えてないもん」
夏用の白いワンピースを潮風でなびかせながら、してやったりの笑みを浮かべるティアナ。ヘレンは視線を逸らし、輪郭だけぼんやりと浮かぶリパ島を見る。
「対して僕たちは聞かされていたうえに協力まで申し込まれた。ヘレン、君にとってどちらが楽なのか結論付けてみろ」
「あっ、ニコラス」
声を掛けてきたのは清潔感のある私服を着たニコラス。ティアナが軽く手を振って挨拶すれば、ティアナと対称の位置であるヘレンの左隣へと立った。
「イゾーレオリヴィア諸島について何か知っていることは?」
「私はリゾート地ってことぐらいしか……」
「ヘレン、君は?」
「……あそこは元々小規模な島国。何千年も前に火山の大噴火によって地盤が崩壊し、七つの島となって散り散りになってしまった。……私が知っているのはそれだけだ」
ニコラスは「流石だ」と軽く賞賛すれば掛けている赤緑の眼鏡を押し上げ、イゾーレオリヴィア諸島についてこう補足を加えた。
「七つの島は中央に位置する火山から北の方角。それを零時とみて時計回りに『サリア島・カルブノ島・ロムスト島・リパ島・レアナ島・リフィ島・ディア島』と名付けられた。これらを名付けたのはとある作家」
「えっ、作家さんなの?」
「一部の界隈で有名な小説『黒薔薇の冒涜』の著者だ」
「黒薔薇の冒涜……。確か著者名がない小説って聞いたことがあるような?」
黒薔薇の冒涜。
主人公が訪れた地で遭遇した奇妙な現象が書き綴られた小説。ただ著者の名前は一切記載しておらず、それが男性なのか女性なのかすらも分からないだとか。
「あれ、でもどうして名付け親が分かったのかな? 著者名も分からないのに」
「イゾーレオリヴィア諸島の存在を発覚させたのが小説だったからだ」
イゾーレオリヴィア諸島も七つの島も元々は無名の島。
黒薔薇の冒涜という小説によって与えられた名前が、正式に採用されて一般的に知られることとなったと。
ニコラスは二人にそう説明をしながら、海上を跳ね回るイルカを遠目で眺めていた。
「ということは、その作家さんがあの島の第一発見者なの?」
「その通りだ。大噴火が起こる前も起こった後も、彼か彼女かも分からない一人の作家によって小説へ書き記された。僕たちがこうして利用できるのは……一冊の本のおかげということになる」
「ん~、感謝しないとね。もし小説がなかったらリゾート地にも行けないわけだし」
緩やかな揺れの中、船は一時間ちょっとでリパ島へと到着する。
ヘレンたちが続々と船を降りると歓迎するのは凄まじい熱気と日光。まさに南国とも呼べるリパ島にカミルは顔をしかめる。
「ちッ、暑いなおい」
「当然よ。ここはロザリア大陸よりも気温が五度以上もあるもの」
「はっ、流石は医者だな。熱だけじゃなくて気温も測れるのか」
「ええ簡単よ。……人の機嫌を取るよりもね」
聞こえてくるエリザとカミルの他愛もない会話。
ヘレンたちは船着き場からリパ島へ足を踏み入れると、早速砂浜に足が沈んでいく感覚が伝わってきた。
「ティアナ殿、見渡す限り我々だけのようだが……リパ島とは無人島なのか?」
「えっとね、実は私たちだけが息抜きできるように偉い人が手配してくれたの。だからこの島には私たちしかいないよ」
「ほう、素晴らしい采配だな。今は我々だけの島というわけか」
自分たちの島だ、と腕を組みながらエレナは深々と感心する。
そんな彼女のを他所にティアは手提げの鞄から取り出した塩飴を口にしてから、辺りをキョロキョロと見渡す。
「ティアナ、私たちの宿泊場所はどこですか?」
「ここから少し歩いたところにあるみたいだよ」
「分かりました。では荷物を置きたいので案内をお願いします」
「うん! 確かこっちの方だった気が……?」
ティアナを先頭に砂浜を歩いて宿泊場所まで向かうヘレンたち。
全身に駆け巡るのは心地の良いさざ波の音と末永く青い海が広がった景色。各々がそれらを楽しみつつも数分ほど歩いていると、
「あった! じゃーん、ここが私たちの宿泊場所でーす!」
「こりゃあグレート! かなりフリーダムな建築してるなぁおい!」
宿泊場所と思われる二階建ての別荘が砂浜沿いにぽつんと
一階の外見はとこどころに窓が付き、横長の長方形型。二階は一階よりも一回り小さめの長方形型に三角形の屋根が付いている。その木製かつアンティーク調な見た目が南国を彷彿とさせた。
レクスは両手でカメラの形を作りながら歓喜の声を上げる。
「羨ましいねぇ。お偉いさんたちはこの島でいつでもバカンス気分になれるなんて」
「そうですね。僕のお姉ちゃん……ううん、十戒様方もたまにこの島へ来てたみたいですよ」
「おいおいジーノくん、おじさんに敬語は必要ないぜ? ちっとは砕けた言葉を使いな」
「無理です」
視線も合わせてもらえずジーノに断られたパーシー。
その辛辣な対応はティアナたちにとっても初めて目にした一面。パーシーは苦笑しつつも、ジーノの顔を覗き込んで無理やり目線を合わせる。
「ジーノくん……初対面なのになんかおじさんに冷たくない?」
「あははっ、冷たくなんてないですよ。昔、僕のお姉ちゃんをナンパしてたから……なんて理由では決してないです」
「なっ、ジーノくん!? 何でそれを知って──ちょ、ちょっと待ってくれ!」
スタスタと歩いて別荘への階段を上がっていくジーノ。
無視されたパーシーは動揺を隠せず、後を追いかけようとするが背後から痛々しい視線を感じてバッと振り向く。
「パーシー、それは擁護できないよ」
「ふん、使命をまっとうせず女遊びとは……プレンダー家ともあろうものが落ちぶれたな」
「クラスメイトの姉を狙うなんてクズですね」
「ま、待て待てっ! 昔っつっても何年も前の話だぜ? あの時は若気の至りで色々と良くないことやっちまったがぁ……って、うお!? エリザ嬢ちゃんどうしたんだ?」
ティアナ、エレナ、ティアから罵倒されると必死に弁明を始めるパーシー。そんな彼の前までエリザは無言で歩み寄るとパーシーの顔を見上げる。
「医者の立場から言わせてもらうわ。女遊びでも何でも好きにすればいいわよ。人間の三大欲求の一つは性欲だから」
「おっ、おお、ありがとなエリザ嬢ちゃん。ちっとは分かってくれる女の子も──おぅわッ!?」
「「「──!?」」」
刹那、エリザは思いっきりパーシーの股間を右手で下から掴む。
急に触られて目を丸くするパーシーとやや頬を赤らめているティアナ、フローラ、エレナ。それを他所にエリザは右手の握力を込めながらこう忠告をした。
「けど手を出しすぎたら……去勢してもらうから」
「エリザ嬢ちゃん、その言葉が一番怖いぜ。あと、女遊びってのは昔の話な?」
そんなこんなでティアナたちは別荘へと入る。
出迎えたのは木製の床と壁に包まれたリビング。アンティーク調の椅子や長机が中央に置かれ、造花が活けられた花瓶や白い薔薇の絵画が飾ってある。
食事処としても利用されるらしく、近くには調理場が設置されていた。
「……広い、でも暑い」
「あえ、暑いんですか? ルーナちゃん、汗かいてないように見えますけど?」
「暑い、死ぬほど暑い、溶ける」
「暑くて溶けるといえば……シチューですよね、じゅるっ」
「おい、部屋はどう分けるんだ?」
「あー……女子部屋と男子部屋で分けようかな?」
「賛成です。ここにクズ
「だからティア嬢ちゃん、それはおじさんの昔話なのよ」
狐の面越しに冷めた視線を送られたパーシーは両肩を落として苦笑した。
ヘレンたちは全員で階段を上がると左右に分かれた廊下が続いている光景が目に入る。ティアナは右左と交互に見てから、その場で振り返って全員にこう伝えた。
「東側を女子部屋、西側を男子部屋にしよっ! アカデミーと同じだから分かりやすいでしょ?」
今の人数は男子が五名、女子が八名の状態。
ヘレンたちは男女で別れて一旦部屋へ荷物を置きに行くことにする。そう、たった荷物を置きに行くだけ。しかし重要なのはそこではない。
「ちッ、夜中に女子共が騒がねぇか心配だな」
重要なのは男子のみの空間と女子のみの空間ができたことである。
まずは男子であるカミルは女子たちの騒音に対する不安を問題提起して舌打ちをした。
「カミルくん、騒がしかったら注意しに行けばいいと思うよ」
「ジーノ、よく考えてみろ。あの連中にんなこと注意したらどんな顔されるか」
カミルたちは想像する。
夜になって床に就いたとき、騒がしい女子たちを注意した後の光景を。
『ねえ聞いた今の? 注意してくるの何様って感じしない?』
『……きしょい』
『お腹空きましたぁ……』
『仕方ありませんよ。乙女心というものを分かっていないのでしょう。アレがモテない男の宿命です』
嫌な顔をするティアナに淡々と暴言を吐くルーナ。
普通にお腹を空かせているフローラ。
最後に棘のある言葉をぶん投げてくるティア。カミルたちは想像をして両頬を引き攣っていた。
「ぜってぇロクなことにならねぇ。女子共は全員火力のある陰口ばっかほざきやがるからな」
「あれ? 今、ただお腹空かせてるだけの人いたよね?」
「僕もカミルに同意する。特にティア・トレヴァーには人の心がないだろう」
「えっ? 今の言葉の方が火力あるよ?」
男子からすれば女子とは『自分たちを悪いと思わずむしろ反撃してくるもの』だと認識していた。対して今この瞬間、女子部屋ではこんな会話が繰り広げられていた。
「カミルたち、こっちの部屋を覗いたりしてこないよね?」
「いいえ、分かりませんよ。覗きだけでなく不法侵入を実行する可能性だってあります」
男子による女子部屋への不法侵入と覗きの危惧。
ティアナの不安をより確信に近づけさせるために、ティアが女子全員を見渡しつつ注意喚起を促す。
「ティア殿、けしからん
「はぁ、いるわけないでしょ──」
「いますよ。男という存在はいつ獣に変わってもおかしくありませんから。私が想定している流れはこうです。貴方たちも頭の中で想像してみてください」
エリザの否定など耳に入れずティアたちは想像する。
女子たちが寝静まった夜に起こりうる男子部屋の様子を。
『ぎぇっへへ、おいてめぇらぁ! 女子部屋いくぞぉおおぉ!』
『ふっへへ、おじさん張り切っちゃうもんねぇえぇ!』
『イクゼ、イクゼ! ゴーゴーダゼ!』
浮かんできたのは三人。
舌でナイフをペロペロしながら大悪党面をするカミル、欲望に塗れた変態面を浮かべているパーシー、全身が機械になったロボットのレクスだ。
「まずあの三人が先陣を切ります」
「待って。なんか今、機械生命体いたわよね?」
「ひ、ひぃ~、こ、怖いです! 舌でナイフをペロペロするなんてぇ……」
「フローラ、怖がるとこ間違ってるわ」
苦笑しながらツッコミを入れるエリザ。
そんな彼女を他所にまだ女子たちの想像は続く。次に浮かんできたのは男子部屋の壁に書き込まれた無数の文字の羅列。
『女子部屋までの廊下の距離、扉の老朽化から考えられる軋む音、壁の薄さ……。覗くまでの結果を導くのは容易いが、私物の位置を図るのが難しい』
『ニコラス、任せてよ。僕からしたら女の子の心を汲み取ることは、その子が今日何色の下着を履いているのか当てるぐらい簡単だからね』
『流石だなジーノ。ならばこの計画は百パーセント成功すると結論付ける。証明完了だ』
『うん、ちなみに今日のルーナの下着は水色だよ』
至って真剣な顔で馬鹿げた話をしているニコラスとジーノ。あり得ない妄想に過ぎない、とエリザは頬を引き攣る。
「指揮を執るのはニコラスとジーノの二人です。恐らく想像できないほどの
「いや、想像できてたじゃない……」
「下着の色は……当たり」
「確認しないでルーナ!」
ルーナが自分でスカートをたくし上げて下着の色を確認したため、エリザがすぐにその腕を掴んで辞めさせる。そして大きなため息をついてからティアたちを見渡した。
「はぁ、あなたたちは被害妄想が激しすぎよ」
「……」
「ヘレン、あなたも黙ってないで何か言ってあげて」
ずっと黙ったままのヘレン。
エリザは唯一否定してくれる存在だと声をかけた。しかしヘレンは考える素振りを見せながらエリザに真剣な眼差しを送り、
「彼らの顔と名前が一致しないんだが」
「論外じゃない……」
そもそもスタートラインに立てていない返答をする。
そんな彼女にエリザは落胆した表情で壁に右手を突いた。