「ちッ、んで俺たちまで泳がなきゃなんねぇ」
「同意だ。僕は泳ぐ意味はないと結論付ける」
別荘の前で苛立つカミルと険しい顔をしているニコラス。
カミルの下は紺色の水着を履き、上は白の上着を羽織った状態。
ジーノの下は白の水着を履き、上は黒の上着を羽織った状態。
ニコラスの下は藍色の水着を履き、上は白色の半袖シャツを着ている状態。
まさにいつ濡れてもいいような恰好へと着替えていた。
「仕方ないと思うよ。あの時、僕たちが引き留めたとしてもこうなってただろうし……」
「一方的に押し付けられて仕方ねぇことはねぇだろ」
時を
自分たちの荷物を整理しながら休憩しているカミルたちの部屋にティアナが訪れた。
『四人とも、十分後に別荘の前に集合よろしくねー』
『あ? どういうことだ?』
『こんなに海が綺麗なんだから泳がないとダメだよ! 水着は用意してくれたみたいだから……ちゃんと着替えてきてね! それじゃあ、また十分後にー!』
『おい待ちやがれ! 俺たちの意見ぐらい──ちッ、勝手に決めやがって』
断りを入れられることを予期していたのか、押し付けるように用件を伝え、高速で部屋を出て行ったティアナ。
そんなこんなあってカミルとジーノは部屋にあった水着を着たのだが、
「チッチッチッ、分かってないなカミルっち! これはマイフレンドを作るために必要なことだぜ!」
「そぉーそぉー、おじさんたちはここら辺でちっとのんびりしてるからさ」
「ちッ、次は俺が保護者になってやる」
一方でレクスとパーシーは短パンに南国を
更にレクスは目元まで、パーシーは前頭部まで黒のサングラスをかけていた。二人は別荘の前に置いてある木製のビーチチェアで、仰向けになってくつろいでいる状態。
つまり泳ぐ気はゼロ。
「それよりもあいつら、いつまで待たせやがる? 十分後つったくせにもう二十分も過ぎてるぞ」
「カミル君、女の子ってそういう生き物だから我慢してあげて……?」
「僕からすれば『女性は遅れて当然』という世間の認識は、性別を利用したただの言い訳であると結論付ける」
浜辺の綺麗なリゾート地。
そう言われたとき、皆が思い浮かぶものは何だろうか。
「ごめんね、待たせちゃってっ!」
「はぁ、やっと来やがったか」
そう、誰もが思い浮かぶのは海水浴。
白い砂のカーペット駆け、透き通るほど美しい海ではしゃぎまわり、心に残る真夏の思い出を作ってくれる一大イベント。
「ティアナ・イザード、予定していた集合時刻から十分以上も経過している」
「あははっ、どの水着にするか迷っちゃって……」
「ニコラス殿、集合時刻よりも何か言うことはないのかね?」
「今あるのは『君らが遅刻した』という結果だけだ」
ティアナは胸元と左右の腰辺りを紺色のリボンで飾られた純白のタイサイドビキニ。エレナはトップやボトムにフリルで彩られた可愛らしい黒の水着。
二人の水着姿を見たニコラスだったが大して反応を見せず、遅刻したという事実だけを指摘し続けていた。
「ひゅう~♪ 眩しいねぇ嬢ちゃんたち!」
「エリザ、至急あのクズ男の処置を」
「ええ、まずは眼球から取り除きましょ」
「おい待てって! 今のは心からの賞賛で卑しいことなんて考えてねぇの! ちったぁ信用してくれよ!」
ティアは上半身を控え気味にし両肩と両脚を露出させたミニワンピース型の黒の水着。エリザは胸元周りをカーテンのように隠すオフショルダー型の白い水着。
二人は茶化しを入れるパーシーに凄まじい剣幕で詰め寄り、ティアは背後から両腕を押さえ、エリザはパーシーの右目に手を伸ばそうとする。
「えへんっ、どうですかジーノさん! これこそ淑女の水着です!」
「うん、淑女に相応しい素敵な水着だね」
「……私はどう」
「もちろんルーナさんも似合ってるよ」
フローラは無地の太もも丈のパレオから左脚を覗かせる白いクロスホルタービキニ。ルーナはボトムにデニムのショートパンツを履いた黒のレイヤードビキニ。
ジーノは感想を求められるとお世辞を感じさせない笑顔で二人の水着姿を賞賛した。
「布切れ一枚でここまではしゃげるのは才能だ」
「はっ、ご感想をお聞かせ願おうか皇女様?」
「落ち着かないの一言に尽きる」
「乙女みてぇな感想だな」
最後にヘレン。
彼女は白色を基調としたトップをホルターネックビキニを着ていた。ボトムには薔薇の模様がやや浮き出るロングのパレオ。ヘレンはスリットから出ている左脚を軽く動かして自分の姿を確認する。
「みんな、泳ぎに行こー!」
「行きましょ行きましょー!」
「こ、これは訓練の一環だ。水上での訓練……!」
「……親友と、浜辺で遊ぶ思い出」
ティアナが砂浜を駆け出して呼びかけると、満面の笑みを浮かべ駆け足で向かうフローラ、自分に言い聞かせて早足で向かうエレナ、なぜかティアナを見ながら変な妄想をしつつもゆっくりと向かうルーナの三人が集う。
「ティアとエリザも一緒に遊ぼうよー!」
「……仕方ありませんね。彼女たちに付き合いますか」
「そうね。こうやって遊べるのは今だけだし」
パーシーを詰めていたエリザとティアも呼ばれると二人で顔を見合わせ、ティアナの元まで駆け出した。そして海の中で走り回ったり、もぐったり、水をかけ合ってたりして歳相応の遊びを始める。
「ジーノたちも来てよー!」
「来てくださいー!」
「ティアナ・イザード、僕は泳ぐのが嫌いだ」
「あっ、えっと、僕はちょっと休みたいから……」
砂浜を駆けてきたティアナが掴んだのはニコラス。凄まじい握力でフローラが掴んだのはジーノ。そのまま砂浜を引きずられて連れていかれる二人を眺め、カミルはただ嘲笑うだけ。
「はっ、荷馬車で連れてかれる奴隷みてぇだ」
「君の例え方は育ちが悪いな」
「あ? んじゃあ、育ちが良いてめぇはどう例えるんだ?」
ヘレンはカミルに例えを求められるとしばらくその場で考える。すると良い例え方が浮かんだのか、ハッとした様子でカミルを見た。
「釣りをするクマ」
「意味わかんねぇよ」
冷たいツッコミをされたヘレンは真顔のままティアナたちのいる方角へ顔を向ける。カミルもまた何事もなかったように同じ方角を見るとこう呟いた。
「しかしてめぇがそんな格好を素直に受け入れるとはな。はっ、まさか童心でも思い出したのか──」
「ティアナたちが言っていた」
「あ?」
からかおうとしたカミル。
だがヘレンはその言葉を遮ると部屋での出来事を思い出しながら、隣に立っているカミルと視線を合わし一言一句ハッキリと伝えた言葉。
「君は
「──」
「だが実際は何も変わらな……どうした?」
カミルは無言で歩き出す。
ヘレンの言葉など聞こえてもいない。ただ見つめるのはティアナたち一点のみ。瞳に宿るのは哀しみでも絶望でもない。
「あっ、カミル! やっぱり一緒になって遊びた──」
ガシッ──
「……え?」
「へっ?」
男としてのプライド。
カミルは腰まで浸かる位置で遊んでいるティアナたちへ歩み寄ると、右手でティアナの頭を、左手でフローラの顔面を
「だれが童貞だぁ?! この処女共がぁあぁあぁぁーー!!!」
「ぶっへぇあ"ぁあぁッ!?!」
「ぶくぶくぶくっ……?!!」
雄たけびを上げながらティアナを数メートル先まで投げ飛ばす。更に顔面を掴んでいたフローラを海中へと沈めてしまう。唖然としているティアたちは顔を見合わせた。
「マズいですね」
「ええ、非常にマズいわ」
「な、何がマズいのだね? カミル殿は何をあんなに怒り狂って──うわぁッ!?」
水上でぷかぷかと仰向けで浮かぶティアナとうつ伏せで浮かぶフローラ。片付けたと言わんばかりに次はエレナの両腕を掴むと、
ブンブンッブンッ──
「うおらああぁあぁぁあぁッ!!!」
「うきゃあ"ぁあぁあぁああぁあッ!?!」
その場でぐるぐると凄まじい回転を始めた。
そして放り投げる先を砂浜を背に立っているジーノに定め、
「てめぇが受け取れぇジーノォオッ!!」
「何で僕ッ!? はぐぁあぁッ!?!」
「ぎゃふんッ?!!」
巻き添えを食らわせるようにして投げ飛ばした。
ジーノは意味が分からずエレナに衝突すると、二人揃って砂浜で仰向けに倒れてノックアウト。次に狙われるのは少しだけ妬ましそうに眺めていたルーナ。
(……もしかして私も、投げられる?)
「おらぁあッ!!」
ドガッ──
「ただの暴力っ……!?」
彼女は
こうして残されたのはニコラス、エリザ、ティアの三人のみ。エリザとティアは二人で息を呑んだ後、真ん中に立っていたニコラスを羽交い絞めにする。
「待て、何をしている君らは?! なぜ僕を盾にする!?」
「私は医師よ。医師が先に死んだら誰が治療するの?」
「素直にか弱い乙女を守って死んでください、ニコラス」
「僕からすれば君らはか弱い乙女でもないし、それは守るではなく生贄だと結論付け──」
船着き場の方角から上がる砂煙と何かが砂浜を駆ける足音。
その場にいる者たちが全員、船着き場の方角へ視線を向けてみれば、
「ヘレン・アーネットォオォオォッ!!!」
「おいおい、ありゃあソニア嬢ちゃんか?」
「担いでいるのはサメのようだな」
巨大なサメを頭上に掲げたソニアがヘレンの元へ一直線に向かってきた。どうやら泳いでリパ島まで来たようで、全身ずぶ濡れの状態。
「しゃーくっ……しゃあぁくっ……」
「なんだかあのサメ、ちっと怯えてねぇか?」
「しゃあぁあくっ……」
「ちげぇ、泣いてんな!? というか、サメの鳴き声あんなんだったか!?」
怯えた小鹿のように涙目になっている巨大サメ。
その鳴き声に疑問を覚えたのはパーシーだけ。ヘレンはため息をつくと向かってくるソニアを捉えつつ、
「サメをイジメるな」
「ぐおぉおぉおおーーッ?!!」
左脚による飛び蹴りをソニアへ食らわせた。
ソニアの肉体は地面へ一度だけバウンドすると空の彼方へ吹き飛んでいく。ただし運ばれてきた巨大サメだけは他所の方向へ飛ばされ、
「「おぐわぁあぁあぁッ!?!」」
「「きゃあぁあッ……?!」」
カミルとニコラス、ティアとエリザを巻き込んだ。
噴き上がる水飛沫とカミルたちの叫び声。ひとしきり騒がしくなった後、ヘレンたちに聞こえてくるのは静かな波の音と、
「しゃあぁあぁくっ……」
巨大なサメの空しい鳴き声。
周囲にはキレたカミルによって生まれた被害者たちの残骸。ヘレンはビーチチェアでくつろいでいるパーシーとレクスを見ると、
「彼らは楽しそうだな」
「ああ、グレートなエンジョイムーブだぜ! このドタバタこそユーたちヤングの特権ってやつだ!」
何食わぬ顔でそう言った。
レクスは同意するように親指を立ててグッドサインを見せるが、パーシーは額を押さえながら軽いため息をつく。
「まっ、ティアナ嬢ちゃんたちの自業自得ってことにしとくか。男としての尊厳を踏みにじることを言っちまったようだしな」
「……? 本当は言っていないが?」
「えっ、嘘なの? 恐ろしいこの子」
平然と嘘をついていたヘレンにドン引きするパーシー。
そんな二人を他所に巨大なサメは未だに「しゃあぁくっ……」という奇妙な鳴き声を上げていた。
「おいおい、まさか
「ぷっ……」
「ん? ヘレン嬢ちゃん、今笑わなかったか?」
「笑っていないが」
くだらない
「シャークシャークって、サメとかけてるのかもな」
もう一度だけ
今度は見逃さないよう横目でヘレンが吹き出す顔をよく観察してみれば、
「ぷっ」
(笑って……るのか分かんねぇなおい!?)
ため息が三割、鼻で笑うが三割、呼吸が三割。
そして残りの一割が吹き出し笑い。パーシーはとてつもなく奇怪な笑い方をするヘレンに目を丸くした。
「ヘレン嬢ちゃん、笑ってるん、だよな?」
「笑っていないが?」
「いや、笑ってるだろ?」
「笑っていないが」
パーシーは「そ、そうか」と素直に引き下がれば、いつの間にかレクスが巨大なサメの元まで歩み寄って、浅瀬から深いところまで逃がしてあげていた。
「しゃあぁあくっ……」
「マイバッドだったぜシャークっち! ユーの人生に幸あれ!」
「さぃあぁぁあくっ……」
「お、おいおい!? いま、あのサメ『最悪』って言わなかったか!?」
明らかに不満の声を漏らしていた巨大サメと大きく手を振ってサメを見送るレクス。その後、ヘレンの嘘によって巻き込まれた被害者たちは介抱され、青春とも呼べる海水浴の時間は過ぎ去っていった。