「──では今日の座学はこれにて終了とする。紳士淑女諸君、明日もまた励むように」
あっという間に消えた長期休暇。
二週間ぶりの座学を受け終わるとアカデミーの候補生たちは各々解散していく。私はそんな候補生たちを見つめつつ、隣の席へと視線を移した。
「ん~、なんかどっと疲れちゃった……」
「そうなのか?」
そこにいたのは伸びをするティアナ。
やけに疲弊した様子で気怠そうな表情を浮かべている。何をそんなに疲れているのか、と私は思わず首を傾げてしまう。
「だって久しぶりのアカデミーだし……みーんな、こんな風に疲れてると思うよ?」
「……? 私は疲れていないが?」
「ヘレン、それブラックジョークのつもり?」
「何だそれは?」
頬を引き
「私はこれから暇だ」
「えっ? 突然どうしたの?」
「……暇だと伝えたかっただけだが」
少しだけ考え、ティアナに暇だと伝えてみる。
彼女を遊びに誘いたいのだが、今の私にとってこれが意思表示の限界だ。ティアナはその意図を汲み取ってくれたようで「あっ」と何かに気が付く。
「もしかしてヘレン、私とお出かけしたいの?」
「……そうかもしれないな」
「ふふっ、素直に言えばいいのに~」
ティアナは素直になれない性格を茶化すように微笑んできた。どこか気恥ずかしいため、私は顔を他所へ逸らして誤魔化す。
「それなら私の家に来ない?」
「君の家に?」
「うん、今日は妹のお見舞いに行く予定だから。ヘレンのことも紹介したいし……一緒にどうかな?」
妹のお見舞い。
ティアナに姉妹がいるのは初めて知ったな、と内心思いながらも首を縦に振って肯定する。
「私は構わない」
「じゃ、決定ね! 妹がいるのはイーストテーゼだから、早く馬車に乗ろっ」
イザード家の出身はイーストテーゼと呼ばれる街。
ティアナは来てくれることが嬉しいのか、私の隣でやや早足になる。そんな彼女を見つめて私もまた頬を緩めてしまった。
「へいへいへーい、ちょっといいかぁ?」
聞こえてきたのは私たちを呼び止める男の声。
すぐさま後方へ振り返ってみれば、そこに立っていたのは二人の男。制服からしてアカデミーの候補生だが、私たちとは違う雰囲気を漂わせていた。
「誰だ君たちは?」
「おいおい、知らないのかよ。おれは杉浦武………じゃねぇか、タケシ・スギウラだ」
私に名乗るのはタケシ・スギウラ。
百七十前後の図体は筋肉質でもなくやせ細っているわけでもなく普通。髪型は額を出した黒の短髪。ただどこか『調子に乗っている』と思わせる喋り方をしていた。
「タケシ、僕らとは初対面なんだから仕方ないだろ。……すまなかったね、僕はハジメ・オトゴト。分かりやすく紹介するなら、前に学年の成績で七位と八位を取った二人ってとこかな」
次に名乗ってきたのはハジメ・オトゴト。
百六十前後の身長に痩せ型の図体。髪型は前髪を下ろしたミディアム程度の黒髪。ただ彼は『私たちを下に見ている』と思わせる口調をしていた。
「七位と八位……。あっ、もしかして
「そうそう、君たちは総合成績で一位と二位を取った……ヘレンさんとティアナさんで合ってるかな?」
「うん、そうだよ。私が二位で、ヘレンが一位!」
自慢するように私を見てくるティアナ。
抱いたのは成績などに興味がないという絶妙な感情と、ティアナに誇られたことに対してのかすかな喜び。私は何とも言えぬ顔でティアナと視線を交わす。
「それで、えっと、私たちに何か用?」
「ほら、もうすぐ卒業試験が近いでしょ? 僕らは君らと手を組みたくて、声をかけさせてもらったんだ」
「……? 君たちが何を言っているのか分からないんだが」
卒業試験は知っているが「手を組みたい」という意味が分からない。しかし分からないのは私だけのようで、ティアナやハジメたちは無知な私にやや頬を引き攣っていた。
「よくアカデミーでやってこれたな、おまえ」
「あはは、ヘレンは卒業試験にすら興味ないから……」
「よし、それなら僕が卒業試験について説明してあげるよ」
呆れる二人とは別にハジメは長方形の板を懐から取り出す。私とティアナが長方形の板をじっと見つめていると、突然光を放ち、妙な景色を板に映し出した。
「ねえ、その板って?」
「ああこれ? スマートフォンだよ」
「すまーと、ふぉん?」
「僕らの世界にある文明の利器さ。この板一つで何でもできる。例えばこんな風に指先でなぞれば──」
指先を伝った箇所に描かれていく黒い線。
まるで白紙にペンで書き記すようにスマートフォンと呼ばれる板に『卒業試験』という文字が描かれた。
「──卒業試験を説明したいときにも使える」
「卒業試験の説明するのなんて今だけだろ」
「タケシ、うるさい」
次々と板に書き記されていく文字。
驚いたのはすべて指先一つで済むこと。消す道具、書く道具、色を変える道具、何もかも必要としない。板の隅に映っているところを触れば、道具が一瞬で切り替わるようだった。
「さて、まず卒業試験は学年全体で行われるよ。学年っていうのは僕らや君らのような『五百七十五期生』のことだ」
AクラスからDクラスまで一括りにされた図表。その隣には『五百七十五期生』と書かれ、私やティアナの名前はAクラスの下に並べられていた。
「卒業試験の内容は?」
「『眠り姫の書庫』へ向かい、吸血鬼の情報が記された本を持ち帰る。これが卒業試験の内容さ。流石に君でも『眠り姫の書庫』の話は知ってるよね?」
「ああ、予知夢を見れる王女の話のことか」
「その通り。実話か逸話なのか分からない王女の話だよ」
眠り姫の書庫。
グローリアから遥か東に位置する廃棄された大図書館。
ここにはかつて予知夢や夢を見ることで敵国や吸血鬼の情報を集められる王女様が存在した。彼女は夢で見たことを忘れないよう、人生の大半を書庫で過ごし続け、本に夢で見た内容を書き続けただとか。
「君たちはただの
「はぁ、いいかぁ? 書庫には何千万冊もの本があんだぞ? そん中から吸血鬼に関する本を見つけるのに、どんだけかかるか言ってみろ」
「……? 試したこともないのに答えられるわけないだろう」
「三日だ三日だ! 運がわりぃと一週間以上かかるかもしれねぇーの!」
本で埋め尽くされている大図書館。
噂では何千万もの本の数によって書庫は迷宮のような構造になっているとも聞いた。タケシが苛立ちつつ私にそう説明をすると、考え事をしていたティアナが顔を上げる。
「えっと、つまり私たちを手を組みたいのは……効率よく本を探すため?」
「流石はティアナさんだ。物分かりが早くて助かるよ」
滞在期間を減らすためには、人数を増やして探す箇所を分担すればいい。するとハジメは付け加えるようにスマートフォンに映っている『推薦』という文字を指差す。
「『誰よりも早く本を持ち帰れた上位十名には志望機関への推薦を与える』らしい。僕らはこれを狙っていてね」
「どうして私たちに声をかけたの?」
「君らは総合成績一位と二位の候補生。手を組みたいのは迷宮となった書庫で迷子にならず、的確に本を探し出せる優秀な二人……そこで思い浮かんだのが君らだったんだ」
どうやら二人の目的はアカデミーから貰える推薦らしい。私は推薦に興味ないがティアナはどうだろうと表情を
「う~ん、悪い話じゃないけど……」
ティアナは何やら悩んでいた。
手を組むことは不正なんじゃないか。組むならカミルたちと組めばいいのではないか。恐らく様々な考えがあるのだろう。
(皇女として……異世界転生者とは交流するべきだな)
しかし私自身の考えは少し違う。
卒業試験はともかくだ。この先、皇女になるためには異世界転生者との関わりは必然となる。彼らの人となりを今のうちに知っておくべきだと考えていた。
「手を組んでもいいんじゃないか?」
「えっ?」
「私たちにとって不都合なことはない。それに異世界転生者の実力を測れるいい機会だろう」
「ヘレンがそう言うなら……」
私が説得すれば判断を信じて了承してくれる。
その反応を見たハジメは「決まりだね」と右手を差し出してきた。
「手を組むのは卒業試験の間だけになるけど、よろしくね二人とも」
「ああ、よろしく頼む」
「頼んだぜ、ヘレンにティアナ」
「うん! よろしく、異世界転生者さんたち!」
二人同士で握手を交わす。
その時は悪い気はしなかった。むしろ新たな交流の幅が増えて私はどこか安心をしていたかもしれない。
「ということで、卒業試験当日までに僕らの方で色々と準備を進めておくから安心して」
「えっ、任せちゃっていいの?」
「だって君らの方が成績は上でしょ? 下は上のために雑用をこなすのが当然だから」
「……?」
下は上の為に雑用をこなすべき。
そう発言したハジメの瞳はどこか強い思想を抱いているように見えた。しかし気が付いてるのは私だけのようで、ティアナは「ありがとう」と感謝の言葉を述べる。
「んじゃあな、おれたちの足は引っ張んなよ」
「そっちこそねー」
去っていくタケシとハジメ。
ティアナは手を振りながら見送ると、ぼーっとした様子で立っている私の方へ視線を移す。
「ヘレン、どうしたの?」
「……いや、何でもない。それよりも君の妹へ早く会いに行こう」
「あっ、そうだった! もうすぐで馬車が出発しちゃうっ!」
脳裏を過るのは『間違った選択』という一文。
私は雑念だと強引に振り払い、ティアナと共にイーストテーゼ行きの馬車乗り場まで駆け足で向かうことにした。
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場所は眠り姫の書庫。
空いている隙間から日が差し込み、薄暗い影が所々を覆い隠す最中……T機関に所属する銀の階級が二名派遣され、辺りを捜索していた。
「げほっげほっ、なぁミレニア! こんな埃っぽいとこへ調査しに来たのはいいけどさぁー!? 俺とお前だけって無理な話じゃないかー?」
「うっさいカーター! 可愛い後輩のためなんだから我慢して!」
本棚の裏を調べているカーターと棚に並べられた本を調べるミレニア。二人は卒業試験の会場として使うため、上からの指示で下見に来ていた。
「……よーし、遭難したときようの目印はこんなもんでいいか?」
「はぁ、手厚い試験だねホント」
「やることやったしさっさと帰ろうぜー」
「賛成」
迷宮のように入り組んだ大図書館。
迷ってしまった候補生が出られるよう至る所に十字架の目印と矢印をつける。そんな作業を終えた二人は入り口までの廊下を歩き始めた……
ゲコッ──
「……ん? 今、何か聞こえなかったか?」
「ん、確かに聞こえたかも」
瞬間、後方から鳴き声が聞こえ振り返る。
二人は辺りを見渡して鳴き声の居場所を探してみれば、
「ゲコッ、ゲコッ」
「あぁカエルか。なんでこんなとこに……」
「どうせ迷い込んで出られなくなったんでしょ」
足元にいたのは緑色のカエル。
喉をぷくっーと膨らませると飛び跳ねながら書庫の中央へと向かっていく。
「んん? おい、あれって……」
「は? なに?」
「ほら、アレだよ。なんか
視界に映るのは古びた棺。
天井から差し込む日光に照らされ、神秘的な雰囲気を放っていた。二人は顔を見合わせて古びた棺の前まで歩み寄る。
「ホントに棺だ。前に来た時、こんなのあったっけ?」
「いや、なかったと思うけどなぁ」
カーターは首を傾げながら棺の表面にある埃を払う。
浮かび上がってくるのは茨と黒い薔薇の模様。
「……開けてみるか」
「えっ、まじ? 死体とか入ってたらどうすんの?」
「その時はその時だ! どっちにしろこんなとこに放置しとくと、卒業試験に支障がでるかもしれないし!」
開ける理由を並べるカーター。
しかし実際はカーター自身が好奇心を抑えられていないだけだった。棺の蓋に手をかけるカーターに呆れたミレニアは、ふと視線を棺の他所に視線を逸らす。
「ゲコッ、ゲコッ!」
「……ん? なにか落ちてる?」
視界に映るのは先ほどのカエル。その隣には見開きの本が落ちていた。ミレニアは不思議に思いつつも拾い上げるとその中身に目を通す。
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新芽を想う神の遣い。
カエルに連れられ、歩み寄るは棺の前。
怠惰な男の好奇心、現れるは美しき眠り姫。
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「おい、嘘だろ!?」
「──! ちょっ、急に叫ばないでよ!」
「見てくれ、棺の中で女の子が寝てるんだ!」
棺の中では女の子が眠っていた。
更に死体にしては形状を保ちすぎている肉体。ドレスを纏ったその美しい容姿を目にし、二人の頭の中に浮かんだ言葉は──眠り姫。
(さっきの文に、続きがある?)
いつの間にか書き記された続きの文章。
先ほどまで書かれていなかったはず、とミレニアは目を通す。
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怠惰な男の好奇心、眠り姫は茨姫となり、
黒き薔薇、輝かしき開花を遂げ──
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「おい、手首を触ってみろよ! この子、生きてるぞ!」
「ま、待って! 触らない方がいいんじゃ──」
棺の中に手を入れて手首を触るカーター。
ミレニアはそう言いかけ、目を見開く。
「カーター、茨がその娘を包んで……!」
「うお?! な、なにが起きてるんだ?」
何故なら棺の下から触手のように茨が生えてきたのだ。無数の茨は眠り姫を包み込むとどんどん棺の外へと蔓をはみ出し、
「薔薇が、咲いたのか?」
「しかも黒い。こんな薔薇、見たことない……」
黒い薔薇を咲かせた。
見たこともない薔薇の色。ミレニアは持っていた本へ視線を移し、最後に追加された一行に目を通すと、
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──神の遣いを、射貫くだろう。
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「まさか、これ……!」
すべてを悟った。自分たちのこれからを予言しているのだと。ミレニアは本を放り投げるとカーターへ呼びかけようとし、
「カーター、ここから離れッ──」
周囲を取り囲んだ茨が二人の肉体を次々と射貫き、真っ赤な血飛沫を上げた。