「じゃーん、ここが私の家だよ!」
東の命題イーストテーゼ。
私はティアナに連れられてやや年季の入った一軒家へと辿り着く。外壁には黒い染みが付き、屋根には穴が空いていたのか、木の板で修理されている様子だった。
「
「ヘレン、悪気はないと思うけど……その感想はちょっぴり傷ついたかも」
「す、すまない、傷つけるつもりはなかったんだが」
ふとぼやいた感想に胸を痛めた素振りを見せるティアナ。
まったく傷つけるつもりがなかった私は、少しばかり慌てつつティアナの横顔を見つめて謝罪の言葉を述べた。
「ただ、名家というくくりで見たとき『個性的』な外見をしていると思っただけで──」
「あはは、説明されると余計に傷つくかも?」
「なら、そうだな……私は君の家を悪く言いたかったわけじゃ……」
理由を説明し、納得してもらおうとした。
しかしそれは逆効果のようでティアナに空笑いをされる。どう弁明すればいいのか分からず、言葉を喉に詰まらせて視線を逸らした。
「けどヘレンの気持ちも分かるよ」
「……そうなのか?」
「うん、他の名家はみーんなお屋敷だもん。同じ名家なのに差はあるよね」
そう、私が言いたかったこと。
それは他の名家、例えばオリヴァー家やレインズ家のように名家らしい屋敷でもなく……イザード家が年季の入った一軒家だったなんて驚きだ。
ティアナは私の言いたいことを汲み取って同情をした。
「
「ん~、子孫を残せないからかな……」
「……? 子孫を残せない?」
その一言に私は眉をひそめる。
そんな私を他所にティアナは自身の家のそばに落ちている割れたビンを拾い上げ、誰かが踏まないようにと隅の方へと移動させた。
「ほら、ヘレン! 妹を待たせちゃってるから早く入ろ!」
「……ああ、そうだな」
だが格差の理由は語るつもりはないようで、ティアナは話を途中で切り捨てる。妹と会うのに暗い雰囲気にしてはならないと配慮したのだろう。
「お母さん、ただいまー!」
「あら、おかえりティアナ。また帰ってきたの?」
「うん、アリスのお見舞いをしにね!」
ティアナは明るい笑顔を振る舞い、私を家の中へと招いてくれた。最初に挨拶を交わしたのはティアナの母親。その優しくもあり、純粋な微笑みは面影を感じさせる。
(やはり内装も少し個性的だな……)
リビングも想像していた通り、年季の入った内装をしていた。石材で作られた壁には薄い亀裂が走り、木製の床には所々小さな穴が空いている。雨が降ったときの湿気が抜けていないのか、やや雨風の匂いも鼻元まで漂ってきた。
「ティアナ、その娘は……?」
「友達のヘレンだよー」
「ヘレン……ヘレン様っ!?」
ヘレンという名を耳にしたティアナの母親はすぐさま両膝をつく。その顔は『恐れ多い』と言わんばかりのもの。
「お母さん、何してるの?」
「ティ、ティアナ、あなたも早く座りなさい! ヘレン様に対して失礼がないようにしないと!」
「あっ、あぁー……そっか、ヘレンは次期皇女様だもんね。同じアカデミーの候補生だから忘れてた」
ティアナからすればアカデミーの同期。
母親からすれば将来国を治める皇女。
見え方が違うことを納得したティアナを他所に、私は両膝を突いている母親の前まで歩み寄ってその場へしゃがみ込んだ。
「立ってください。今の私は皇女ではなくティアナの友人です」
「で、ですがヘレン様……」
「友人の母親が膝を突いている姿なんて見たくありません。母君、手を掴んでください」
ティアナの母親は考えた末に私の手を掴んでくれたため、転ばないようゆっくりと立ち上がらせる。彼女は「無礼を働いた」と思い込んでいたようで、私の和やかな振る舞いに安堵し胸を撫で下ろした。
「はぁ、心臓が止まるかと思ったわ……」
「あははっ、お母さん
「大袈裟なんかじゃないわ。だってティアナはすぐ感情的になるから、ヘレン様と喧嘩したり、ヘレン様を殴ったり、ヘレン様に対して大口を叩いたりするかもって……」
思い当たる節がある。
私が『媚びているのか』と言ったとき殴られた。喧嘩なんて日常茶飯事だった。更にブラックハニーというよく分からない仮装をして大口を叩いていた。
「そ、そんなことしてないよっ! ねっ、ヘレン?」
「……」
「ヘ、ヘレン?」
誤魔化そうとするティアナ。
私は嘘をつくべきか本当のことを話すべきか迷い、思い悩む表情を浮かべて黙りこくる。そんな反応を見て、ティアナの母親は顔を青ざめていく。
「ティアナ、まさかあなた……もう失礼なことをしてっ!?」
「し、してない! してないよっ!」
「ああもぉ! なんでいつもあなたは冷静になれないのよ──」
「あっ、あぁそうだお母さん! アリスっていま起きてるかな!?」
母親からのお説教を食らいかけた瞬間、ティアナはわざとらしく大声をあげて別の話題へ切り替えた。
「え、ええ、ついさっき起きたところよ。今頃、自分の部屋で絵本を読んでいるわ」
「良かった、ちょっと会って来るね! ……ヘレン、二階に行こっ!」
「ああ、だが話はまだ終わってないんじゃ──」
「いいからヘレン早く!」
私は右腕を引っ張られながら二階の階段をティアナと共に上がっていく。木材が軋む音を耳にしながら横目で右壁を見てみれば、
(……これは誰の肖像画だ?)
女性の肖像画が飾られていた。
埃を被っているため顔までは確認できない。ただ髪色などからイザード家の人間ではないことは確か。後は赤い髪色と艶やかな肌の情報から女性だと判別ができる程度だった。
「ヘレン、どうしたの?」
「いや、何でもない」
装飾の一環だろう。私は深く考える必要もないと決めつけ、ティアナと共にとある部屋の前まで向かった。
コンコンッ──
「アリス、入るねー?」
扉をノックをして中へ入るティアナ。
私も後に続いて部屋へと足を踏み入れた。視界に広がるのは絵本やぬいぐるみが床に散らばる少女らしい部屋。
「ありっ? おねーちゃん、おかえり……?」
そんな部屋の中央にぺたんと座り込んでいたのはアリスと呼ばれる少女。読んでいた絵本から顔を上げて、不思議そうな顔で私たちの方を見つめる。
「ただいまアリス。良い子にしてた?」
「うん、良い子にしてた」
「えっと、絵本を読んでたの?」
「ううん、ママによんでもらう絵本を探してたの」
ティアナが自分の妹と頭を撫でながら会話をする姿。その姿を目の当たりにした私はとあることが原因となり、その場で呆然としてしまっていた。
「君と、瓜二つだな」
「あはは、そうでしょ? お母さんもたまに見間違うことがあるみたい」
姉妹というより双子。
それほどまでにそっくりだった。身長や体格もほぼ一緒。唯一の相違点は衣服や白のカチューシャを付けているかだけ。同じ格好をすればどちらか分からなくなる。
「おねーちゃん、この白いお姉さんは?」
「私のお友達、ヘレンだよ」
「お友達……ヘレンお姉さん」
私はアリスの近くに腰を下ろす。
そして微笑みながらティアナとほぼ同じ大きさの右手を優しく握手した。
「初めましてアリス、私はヘレン・アーネットだ」
「あ、あい……。私、アリス・イザード……」
「良い名前だな。よろしく、アリス」
見つかったもう一つの相違点。
それはアリスが極度の人見知りだという箇所。私と視線を合わせず、緊張した様子で自己紹介をする姿を見てそう確信する。
「アリス、君が好きな絵本は?」
「えっと、す、好きな絵本……『星の王子さま』」
「なるほど、『星の王子さま』か。私も読んでもらったことがあるよ」
「そ、そうなのっ?」
アメリアに読み聞かせてもらった幼い頃の記憶。懐かしさを覚えながらそう語ると、アリスは少しだけ嬉しそうにこちらを見上げた。
「君が良ければでいいんだが……私も一緒に絵本を探してもいいだろうか?」
「えっ、おねーさんも探してくれるの……?」
「ああ、母君に読んでもらう絵本を探そう」
「う、うんっ! いっしょにさがそっ!」
ぱぁっと明るい顔を見せたアリス。
私たちは二人で色んな絵本を探し回った。アリスは絵本のことになると人見知りが消え、私と目を合わせ、ティアナにやや似ている無邪気な笑みを見せてくれる。
「すぅ、すぅ……」
「寝てしまったな」
「うん、そうだね。遊び疲れちゃったみたい」
しばらく経てばアリスは疲れて眠ってしまった。
ティアナは手慣れた様子で妹のアリスを抱えベッドまで運び終えると、枕元辺りへ静かに腰を下ろし、寝顔をじっと見つめる。
「君は『お見舞いに行く』と言っていたが、アリスは何か病を患っているのか……?」
「……アリスはね、『ノエル症候群』っていう病気だよ」
「──! この子は『ノエル症候群』なのか?」
ノエル症候群。
イザード家の始祖であるノエル・イザードが初めて患ったとされる病。この病は『本当の自分を見失う』症状だ。更に言えば『接触した他者の人格を自然に吸収してしまい、本当の自分がその人格であるかのように振る舞ってしまう』らしい。
「まさか、生まれた時からアリスはこの病を抱えて……」
「そうだよ。小さい頃からずっと、ね」
「『ノエル症候群』を患った者とは接触してはならない。病室で隔離をし治療に専念させる。……君ならこの対処法も知っているだろう」
本来ならば『ノエル症候群』を患った者と関わるべきではない。何故なら関われば関わる分、人格が構成されてしまうため。だから隔離して治療をさせるのが最善だった。
「知ってるよ」
「ならどうしてパーキンス家へ連れて行かない? 君は妹を治療したくないのか?」
「治せるのなら治したいよ。でも、だからといって、大切な妹をひとりぼっちにするなんて……私もお母さんも、嫌だった……」
アリスを孤独にしたくない。
優しさが故に『ノエル症候群』を治療せずに暮らしてきた。この話を聞いたことで、私の中で辻褄が合ったことが一つだけある。
「君とこの子が瓜二つなのは『ノエル症候群』が原因だったのか」
「うん、私はアリスのそばにずっといたから……アリスは私のことを真似するようになって、髪型も同じになっちゃったし、笑い方や素振りまで似てきちゃった」
ティアナと瓜二つのアリス。
見比べても分からないのは『ノエル症候群』によって、アリスがティアナの人格などを吸収し続けてきたから。無理して笑うティアナを私は険しい顔で見つめる。
「実はね、私とお母さん以外でアリスと会ったの──ヘレンが初めてなんだ」
「……? なぜ私だけに会わせた……?」
「ヘレンはアリスの秘密も黙っててくれるから」
信頼の眼差しを送ってくるティアナ。
彼女はアリスの頭をゆっくり撫でながらも続けてこう語る。
「ヘレンは私に色んな秘密を話してくれた。だからね、その時に決めたの。私もヘレンに隠し事は無しって」
「ティアナ……」
アリスの秘密を教えてくれたのは、ティアナなりの信頼を証明するための表現らしい。私は嬉しい反面、アリスに対する申し訳なさを感じてしまい、何とも言えない顔になる。
「──ティアナ、アリスの様子はどう?」
「あっ、お母さん。アリスなら寝ちゃってるよ」
「あら、そうなの。せっかくお菓子を焼いたのに……」
「えっ、ほんと?!」
部屋へ訪れた母親が持っていたのは洋菓子のマドレーヌ。大好物なのか、すぐさま母親の元まで飛びつく。
「早く食べよっ!」
「そんなに食いつくことか?」
「だって焼きたてが一番美味しいもん!」
どうやらティアナはマドレーヌが好物らしい。
瞳をキラキラさせる姿など滅多に見たことがなかった。私は意外な一面を見れたことで少しだけ微笑んでしまう。
「アリスを起こすわけにもいかない。食べるなら下の階へ行こう」
「うんうん、早く下の階に早く──」
「ティアナ、あんまりだらしない顔を見せないで」
「だ、だらしなくないもんっ!」
洋菓子に夢中なティアナ。
私たちはアリスを起こさないように部屋の扉を閉めると、下の階へ降りてちょっとした茶会を
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「ぐッ、ぐひぃいぃ! 何でボクがこんな雑用をやらねばならんのだぁ!」
眠り姫の書庫。
一人の小太りな男が苛立ちながら積み重なっていた本を蹴り飛ばす。
「十戒どもめぇッ、ボクを教師から解任しやがってぇえッ! せっかく教師の立場で、可愛い女の子に好き放題できたのにぃいッ!!」
その小太りな男はカルロ・ドレイク。
彼は『階級は上位だが品位は最低』と噂のドレイク家に生まれた。今まで自身の欲望がままに教師をしていたが、陰で密かに進めていた派遣任務の件で候補生が戦死し、大事件となり教師から解雇されてしまったのだ。
「ウフフフッ」
「ぐひぃ!?! だ、誰だぁ!?」
微かに聞こえてくる女性の笑い声。カルロは勢いよく振り返ると、辺りの本棚を俊敏な動きで見渡す。しかし人影一つ見当たらない。
「こちらですよ」
「……!」
声が聞こえてきた方角は二階へ続く階段。
更に石の床を裸足で歩くようなペタペタという足音もした。カルロはすぐさま振り返って、その方角を視認してみれば、
「怯えないでくださいまし──アナタ様」
「ぐ、ぐひぃっ、か、可愛い女の子っ……!」
燃えるような真っ赤な長い髪に黒のティアラ。
不気味に輝く赤い瞳に薔薇の形をした瞳孔。寝起きなのか目の下には濃いクマができている。そんな美少女が、階段を優雅に一段ずつ降りてきた。
「ぐふふ、し、しかも、ほぼ裸じゃないかっ……」
乙女として隠さねばならない胸や股間。
彼女は赤い布の切れ端を身体に巻きつけ、その上から薔薇の茨を纏わせ、押さえているような身なり。カルロは生まれたての姿に鼻の下を伸ばし、ジロジロと物色する。
「ウフフフッ、そんなに離れていては見にくいでしょう? 是非ともこちらへ来なさって……」
「ぐっふっ! そ、それもそうだねぇっ!」
木製の机にストンッと腰を下ろした美少女。
彼女に魅了されたカルロは鼻息を荒げながらどんどん近づいていく。
「お、おぉっ、これはたまらないっ……!」
カルロは欲情したままに美少女の身体をゼロ距離でまじまじと眺める。だが彼女はまったく嫌がる素振りは見せず、むしろからかうように足を組んだりして見せつけた。
「ねえアナタ様? 見るだけでいいのですか?」
「ふぅーふぅー、そ、それって……!」
「ウフフッ、イケないお方……ワタクシに言わせないでくださいまし」
甘い笑みを浮かべた美少女は机の上に全身を乗せると、右足のつま先で一冊の本をカルロの顔の前まで移動させた。
「もしアナタ様が、ここにサインしてくれるのなら──」
そしてそのままつま先でページの一番下にある線が引かれている箇所を、何度かトントンッと叩くと、
「──ワタクシのすべてを捧げてあげますわよ」
「ぐっひひぃっ……!!」
誘惑するように耳元で囁いた。カルロの理性は完全に吹き飛び、そばに置いてあった羽ペンを使い、急いで自身の名前を本へ刻む。
「ほ、ほんとに、ボクにすべてを捧げてくれるんだねぇ?!」
「もちろんですわ。さっ、ゆっくりと丁寧にお書きになったあと──」
あっという間に書き終えたカルロ。
彼は欲望に満ちた顔をバッと上げて、机の上に乗った絶世の美少女を見ると、
「──ワタクシの
両頬を吊り上げた満面の笑みでカルロの意識を奪い去った。