ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第28話『試験開始』

 卒業試験の前日。

 アカデミー候補生たちは大広間へと集められていた。北側に設置された書類の手続きなどを行える受付は滅多に見ない長蛇(ちょうだ)の列。

 

「卒業試験に手続きが必要なのか」

「うん、もしものこと(・・・・・・)があっても大丈夫なようにね」

 

 ティアナが口にしたもしものこと(・・・・・・)

 それは決して軽い事情ではない。卒業試験の会場である『眠り姫の書庫』には食屍鬼(グール)が必ず徘徊し、運が悪ければ子爵(ヴァイカウント)以上の吸血鬼と遭遇する可能性だってある。

 

(……例え卒業試験で死んだとしても、責任は負わないということか)

 

 命を落としても候補生の自己責任とする。

 手続きが必要なのは十中八九それが理由だろう。私は並んでいる候補生たちの顔を眺めつつ、どこか哀れみを抱いた。

 

「やあ、君らも手続きをしにここへ?」

「あっ、ハジメだ」

「野良猫を見たみたいな反応はやめてくれないか……」

 

 声を掛けてきたのはハジメ。

 その隣には苦笑しているタケシ。ティアナが「ごめんつい」と軽く謝罪をすれば、私たちは四人で最も近い列の最後尾へと並んだ。

 

「準備とやらは進んでいるのか?」

「ああ、バッチシだぜ!」

 

 私とティアナは卒業試験でこの異世界転生者(いせかいてんせいしゃ)たちと組むことになっている。何か余程の策があるようで、準備はこの二人にまかせっきりだった。

 

「……不安なんだが?」

「任せとけって! 俺たちの作戦にうっかり(・・・・)はねぇ!」

「タケシ、それを言うなら抜かり(・・・)はないだろ」

「ああ? うっかりでもとんがりでも変わらねぇんだよ!」

 

 馬鹿なのかアホなのか。

 いや、どっちも当てはまるであろうタケシの返答に私たちは呆れてしまう。それを見兼ねたハジメはため息をついた。

 

「この際だから作戦についてもう話す。ただし内密にしてくれよ?」

「うん、誰にも話さない」

 

 ティアナの返事を聞いたハジメ。

 彼は私とティアナの顔を交互に見た後、周りに聞こえないよう作戦について小声で語り始める。

 

「僕らの作戦は『眠り姫の書庫へ誰よりも早く乗り込む』ことだ」

「「……」」

 

 眠り姫の書庫へ早く乗り込む。

 確かに『無数の本棚から目当ての本を探し出す』という卒業試験の内容を、誰よりも早くこなすためには不可欠なことだ。

 私とティアナはそこから更なる詳細が語られるだろうと無言で待つ。

 

「うん、それから?」

「これ以上はないけど」

「えっ?」

 

 しかし語られることはなかった。

 眉間(みけん)にしわを寄せて「嘘でしょ?」という疑心に満ちたティアナの顔。ただ私だけはとあることに気が付き、しばし考える素振りを見せ、

 

「……移動時間」

「ヘレン?」

「ここから眠り姫の書庫へ辿り着くには、どれだけ足の速い馬でも一日かかる。作戦というのは『移動時間を短縮する方法』があるという意味か」

 

 前日に受付をし、翌日に卒業試験本番。

 踏まえれば全員がほぼ同じスタートラインで卒業試験を開始する。更に言えば眠り姫の書庫までの移動時間は全員が平等。作戦とはその移動時間を削ることだろう。

 私は正否(せいひ)を確かめるようにハジメへ視線を移す。

 

「君だけでも気付いてくれて良かったよ。流石は学年一位だね」

 

 どうやら見解は正しいらしい。

 ハジメは安心するとスマホを取り出し、私たちに一枚の写真を見せてきた。その写真は卒業試験の内容を示すもの。

 

「ここを見てくれ。卒業試験開始は『深夜ゼロ時』と記載されているだろう。これが意味するのは──」

「手続きを済ませた後、すぐに会場へ出発しても問題がないように……か?」

「その通りだヘレンさん」

 

 ゼロ時を開始とするのは前乗りに対する配慮。

 より意欲的な、より頭が回る生徒ならばこの事実に気が付くだろう。アカデミー側はそう考えているらしい。

 

「えっと、移動時間を短縮する作戦なんだよね? それってどれぐらいかかる予定なの?」

「十秒……いや、一秒もかからないかもね」

「えっ?! 一日以上はかかる距離なのに、ほんの数秒で!?」 

 

 私とティアナは疑念を抱く。

 しかし嘘はついていないようでハジメとタケシは至って冷静に頷いていた。

 

「君らに何て説明をすればいいのか……。それが可能になったのは『加護みたいな力』のおかげといえば伝わるかい?」

「……加護だと?」

「加護みてぇだが加護じゃねぇ。俺ら異世界転生者だけが持ってる力っつーの?」

 

 加護みたいな力。

 話からするに加護ではないが、奇妙な発言に思わず不信感を抱いてしまう。

 

「とにかくだ。僕らは深夜ゼロ時ピッタシに眠りの書庫へ乗り込む。だから今夜のゼロ時にアカデミー外れにあるこの小屋まで来てくれ」

 

 ハジメが渡してきたのは簡易的な地図。

 西側に男子寮、中央にアカデミー校舎、東側に女子寮が記されている。赤い丸が刻まれたのはアカデミー校舎の裏側。

 

「はーい、次の人どうぞー!」

「ほら、呼ばれてるよ。取り敢えず手続きを済ませた後にまた話そう」

「うん、分かった」

 

 私とティアナは受付まで向かう。

 差し出されたのは一冊の古びた本だ。そこには候補生の名前が一覧のように並んでいる。

 

「手続きは名前を書くだけでいいのか?」

「はい、そうですよー!」

 

 卒業試験について何かしら説明を受けると思っていたがそうでもないらしい。私とティアナは順番に古びた本へ名前を書き記すことにした。

 

(……? この匂いは?)

 

 鼻元までふんわりと漂う良い香り。

 どこかで嗅いだことがある。確か何かの花の匂いだったか。私が手を止めて思考を張り巡らせていると、隣で待っていたティアナが首を傾げる。

 

「どうしたのヘレン?」

「……いや、何でもない」

 

 待たせるのは申し訳ない。

 私は考えるのを止めて『ヘレン・アーネット』という自身の名前を書き、ティアナへ羽根ペンを譲ることにした。

 

「──うん、これで手続きは終わりだね!」

 

 簡単な手続きを終えると次にハジメとタケシが受付へ向かう。私たちは二人の手続きが終わるまで、大広間の入り口付近で待つことにする。

 

「二人共、ご機嫌よう」

「あっ、ティアだ」

「……その『誰かが転んだ瞬間を見たような反応』はやめてくれませんか」

 

 声を掛けてきたのはティア。いつものキツネの面を顔に付け、ティアナに対して苦言を(てい)した。

 

「卒業試験は二人で手を取り合う予定のようですね」

「えっと、正確には四人かな?」

「四人? カミルとニコラスですか?」

「ううん、あそこで手続きしてる異世界転生者の二人だよ」

 

 ティアは受付の前にいるハジメとタケシの後ろ姿を見つめる。

 向けられた眼差しには良い印象を抱いてはいない『軽蔑』が含まれていた。ただ瞳の奥底からは『同種を見ている』かのようにも汲み取れる。

 

「……何故あの異世界転生者と?」

「向こうから誘われちゃったんだ。推薦のために卒業試験で手を組まないかって」

「そうですか」

 

 随分あっさりとした返答。ティアナは気が付いていないが、ティアの言動からして「良い判断ではない」と言いたげだった。

 

「ティアは誰かと一緒に受けるの?」

「いえ、一人の予定です」

「えっ、どうして?」

「名家は一人のほうが動きやすいので。恐らくカミルたちも同様に個々で動くかと」

 

 名家にとって一般的な候補生と手を組むメリットはほぼない。かといって名家同士では足並みが揃えにくい。だからこそ単独で動こうと考えているようだ。

 

「ん? あれ、その人は……」

「んで、面なんかで顔隠してんだ?」

 

 手続きを終えて戻ってきたハジメとタケシ。

 ティアを見るなり素性を怪しむ。彼女は平然とした態度で身体の向きを変えると、二人の顔を交互に見上げ、

 

「彼女たちの友人です。顔を隠しているのは赤面症だからですよ」

 

 それだけ伝えると背を向けた。

 関わりたくない。そう言いたげな背中を向けたティアは、 

 

「では二人共(・・・)、ご武運を」

 

 私とティアナだけに別れの挨拶を交わすと名乗りもせず去っていく。ハジメとタケシは顔を見合わせ、「何だったのか」と軽く小首を傾げた。

 

「さて、ちょうど昼食の時間だし……食堂で何か食べながらこれからについて話そうか」

「じゃあ今日の昼食は──」

「んなら今日の昼めしは──」

 

 昼食を考え始めるティアナとタケシ。二人は頭を悩ませた後、ほぼ同じタイミングで何を食べるか思いつき、

 

「──ハチミツパンだね!」

「──スパイシービーフパンだ!」

 

 まったく異なるメニューを口に出した。

 ティアナとタケシはゆっくりと顔を見合わせる。私とハジメは何か嫌な予感がして表情を徐々に険しくさせた。

 

「うそっ、スパイシービーフパンってぎっとぎっとの『油パン』だよね? あんな辛くて不味いパン、食べれる人がいるなんて思わなかった……!」

「あぁ、んだってぇ!? んならハチミツパンはどろっどろの『植物パン』だろうがよぉ!? あんなデブが食いそうなパンを食べれるなんて驚いたなぁおい!」

「はぁーー!?」

「あぁあーー!?」

 

 額を擦り合わせて喧嘩を始める二人。

 とてつもなくしょうもない。しょうもなさすぎて止める気力も起きない。

 

「甘いのが正義だよッ!」

「辛いのが正義に決まってんだろぉッ!」

 

 心底どっちでもいい。

 私は呆れて何も言えず、ハジメは額を押さえて言葉を失う。そんな中でもティアナとタケシの論争はヒートアップをし、

 

「ねえ、どっちが正義だと思う!?」

「おい、どっちが正義だ?!」

 

 ついにこちらへと飛び火をさせてきた。

 ハジメと私は頬を引き攣りながら顔を見合わせ、 

 

「「心底どうでもいい」」

 

 互いに口を揃えて心の底からそう吐露(とろ)した。

 

──────────────────────

 

 時間帯はゼロ時を回る少し前。

 私とティアナは約束通り、アカデミー本校舎の裏にある廃れた小屋の前まで向かっていた。今宵は満月、月夜は雲のないとても美しいものだ。

 

「ねえヘレン。手続きの後……候補生の数、明らかに減ってたよね」

「ああ、アカデミーに停まっていた馬車の数も多かった」

 

 予想していた通りだった。

 知恵の働く候補生たちは手続きが終わった後、すぐさま出発したらしい。見かける候補生の人数と馬車の数、前乗りが目的だと一目瞭然だ。

 

「……? ティアナ、カチューシャが逆だぞ」

「えっ? ほんとに?」

 

 ふとティアナが頭に付けている白のカチューシャに視線が移る。いつもと違い、前後逆に付けてしまっているようだった。

 私に指摘されたティアナは自分の頭を触りながらすぐに元の向きへと付け直す。

 

「珍しいミスだな。まさか緊張しているのか?」

「……渡された武装がいつもの、だから」

「武装?」

 

 近距離戦で使用する刀剣ルクス零式(ぜろしき)。牽制程度に使えるリボルバー型のディスラプター零式(ぜろしき)。装弾数は六発。後は吸血鬼にトドメを刺すための銅の杭。

 代わり映えしない同じ武装にティアナは表情を曇らせていたため、どんな不満があるのかと問いかけてみる。

 

「前に足切り沼でミザリーと戦ったとき、こんな武装じゃ歯が立たなかったでしょ?」

「確かにな」

「ヘレンは強いから戦えるけど、私なんかじゃ戦えない。もしまたあんな化け物が出てきたらって思うと、次はほんとにやられちゃうかも──」

 

 不安を募らせたティアナの右手をそっと握る。

 彼女は(うつむ)かせていた顔を上げ、私のことを静かに見つめてきた。

 

「心配するな。どんな時でも私が君のそばにいる」

「ヘレン……」

「だから、その、君は私を支えてくれ」

 

 ティアナは一方的に守られることを嫌う。私は彼女のプライドのために、自分から気恥ずかしいことを頼んだ。その言葉を聞いたティアナは「ふふっ」と微笑むと、 

 

「ありがと、ヘレンっ」

「……っ」

 

 鼻先が触れる寸前まで顔を近づけてきた。

 ふんわりと漂ってくる白桃の香りと可愛らしい笑顔。私は少しだけ顔を赤くし、思わず視線を逸らしてしまう。

 

「ヘレン、顔が赤いけど……もしかして風邪を引いて?」

「ち、違う! 私は加護のせいで風邪を引くことはない!」

「あっ、そうだよね。あれ、それじゃあどうして顔が赤く……?」

「そ、それよりもだ。早く集合場所へ向かうぞ」

 

 答えに辿り着かせるわけにはいかない。私はわざとらしく話を逸らし、ティアナの手を握ったまま遠方に見える小屋まで早足で向かった。

 

「やあ、待っていたよ」

「ごめんね、ちょっと遅れちゃって……うん?」

 

 小屋の前に辿り着けばハジメが澄ました顔で待機し、同じ武装を所持している状態。しかしタケシはどうしてか、ピシッとした体勢でうつ伏せになって倒れていた。

 ティアナはそんなタケシに気が付くと眉をひそめる。

 

「どうしてタケシが死んでるの?」

「死んでねぇー……生きてるわボケぇっ……」

「なんて説明すればいいかな。えっとだね、僕ら側の視点だと君らが最初から遠目で見えていたんだ。二人っきりで何か話している姿も」

 

 見られていたらしい。

 私とティアナはやや気まずい空気になりかける。だがハジメは気まずい空気など(おく)せずにこう説明を続けた。

  

「それがこのアホ、君らを呼びに行こうとしたんだよ。だからこうなった」

「アホじゃねぇー……天才だわバカがァっ……」

「僕は百合の間に挟まろうとする男を許せない。タケシ、君はとんだ愚か者だよ」

「愚か者じゃねぇー……つか言いすぎじゃねっ……?」

 

 ハジメの表情は穏やかだが明らかにキレている。何にキレているのかまったく分からず、私たちは互いに顔を見合わせると首を傾げる。

 

「えっと、ユリの間って……?」

「花のことか?」

「つまり、君らの話を邪魔しようとしたからこうした……って思ってくれたらそれでいいよ」

 

 会話の邪魔にならないよう配慮した。

 簡略化された説明を聞いて私たちが納得すると、タケシが「ひでぇめにあった」とブツブツぼやいて立ち上がった。

 

「ところで、どこから眠り姫の書庫まで?」

「まずは小屋の中へ入ってくれ。会場へ向かう最短のルートがあるんだ」

 

 私たちは使い古された木製の小屋へ立ち入る。

 ボロボロの棚に腐ってしまった木材。物置として使われているその小屋の奥には、全身を映せる鏡がぽつんと置かれていた。

 

「……まさかあの鏡が?」

「そのまさかだよ。タケシ、試しに入ってみてくれ」

「おうよ、行ってくるぜ」

 

 ハジメに指示されたタケシは疑うこともせず鏡へと手を触れる。すると向こう側に続いているのか、どんどん肉体が通り抜けていく。

 

「うそ、鏡の中に消えちゃって……」

「じゃっじゃじゃーん! 消えてねぇんだなそれが!」

「タケシの生首?」

「生首じゃねぇ甘党女ッ!」

 

 タケシは顔と両腕だけ鏡から出した状態でティアナに声を荒げる。どういう仕組みなのか。私とティアナが呆然としていれば、ハジメは鏡の前に立ってこう説明をした。

 

「僕らの知り合いに同じ異世界転生者がいてね。そいつの力が『場所と場所を繋げる』ってものなんだ」

「なるほど、この小屋から眠り姫の書庫まで繋がっているのか」

「ヘレンさん正解。力の名前は『位置結合(いちけつごう)』……まぁそれは説明いらないか。さっ、誰かに見つかる前に向こう側へ行こう」

 

 私たちは続々と鏡の中へと入り込む。

 繋がっていた先は巨大な岩の裏側。少しだけ岩から顔を覗かせてみると、巨大な建造物が視界に映り込んだ。

 

「ほへぇ、ほんとに着いちゃった……。その友達、すごい力を持ってるんだね」

「いいや、そいつは友達なんかじゃないよ。あくまでも協力するのはこれで最後さ」

「えぇっ、どうして?」

「簡単に言えば、この世界での生き方が違うからかな」

 

 生き方が違う。

 そう語っているハジメの表情は険しい。そりが合わないと言いたいのだろう、とティアナも私も言及することを止める。

 

「さあ、眠り姫の書庫は目の前だ。時間もちょうどゼロ時だし……」

「卒業試験、始めようじゃねぇか!」

 

 眠り姫の書庫。

 外見は白い石材で建設された教会。しかしその規模はかなりのもので、白い東棟(ひがしとう)西棟(にしとう)が連なるように付随(ふずい)している。古い建造物だからか、所々は形を保てず、崩れ落ちた状態だ。

 

(異様な場所だな)

 

 不気味な箇所。

 それは壁の表面に千切れた本のページがなぜか貼り付けられており、どのページも何かしらの文字が書かれている点だ。

 

「行こうヘレン」

「ああ、さっさと終わらせるぞ」

 

 だがそんなものに怖気づくわけにはいかない。

 私とティアナは互いに顔を見合わせた後、ハジメたちに続いて眠り姫の書庫へ足を踏み入れることにした。

 

(……足跡? 私たちよりも早く、誰かここへ来ているのか?)

 

 それが──最悪の始まりだと知らずに。

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