「ここが眠り姫の書庫……。僕の想像以上だ」
「おう、マジで本しかねぇな」
眠り姫の書庫の内部へ足を踏み入れた私たち。
出迎えたのは見渡す限りの本棚と無造作に散らばった無数の本。崩れ落ちた天井からは月光が差し込み、東棟、西棟、北棟、更には地下室へ続くであろう何通りかの道を照らしていた。
(……? このガラスの破片は……)
視界の隅に映るガラスの破片。
本来ならただの破片に過ぎないが、微かに紫色を帯びている欠片を見つけ拾い上げた。
(月の光を、紫外線に変えているのか?)
差し込む月光がガラスの破片を通過すると紫色の光へと変わる。恐らくは紫外線。特殊な性質を持つガラスらしい。
私は念のために持っておこうとスカートのポケットへ仕舞う。
「タケシ」
「あ? ああ、アレをやるのか」
そんな私を他所に、呼びかけられたタケシはハジメから石の杭を数本受け取る。そして天井に近い壁へ一本ずつ投げ始め、それぞれ東西南北の方角へ深々と突き刺した。
「二人とも、何をしてるの?」
「あぁこれは前に話した加護みたいな力を使う準備さ」
「……ハジメやタケシはどんな力を持ってるの?」
二人は顔を見合わせて説明すべきかを一瞬ためらう。
恐らく力の正体を話すともしもの時にリスクがあると考えている。それは私たちのことをまだ信用しきれてないという証拠でもあった。
「君らを信用して話すけど、他の連中には話さないでね?」
「うん、私たちだけの秘密にするよ」
しかし信用することにしたようでハジメはこちらへ視線を送ってくる。
私は軽く頷いて「口外しない」と約束を交わした。するとハジメは壁に突き刺さった石の杭を見上げつつ、私たちに力の詳細についてこう説明した。
「僕が持っているのは『
「……特殊な音波?」
「この音波で動く物体、それこそ敵の存在を探知できる。更に壁も貫通するし、半径三十メートルまで届く……優秀な探知機みたいなものかな?」
簡潔に言えば索敵に優れた性能。
私は説明を終わらせようとしているハジメが何か隠しているように見え、
「他にも使い方があるんじゃないか?」
「……はぁ、ヘレンさんは勘が鋭いね。確かにもう一つあるよ」
バレたことで苦笑するハジメ。
あまり話したくなかった。そう言いたげな顔でため息交じりに認めると、もう一つの使い方について渋々こう語った。
「もう一つは──『特殊な音波を浴びせて相手の思考を支配する』使い方」
「えっ?」
「必要な条件は特殊な音波をしばらく浴びさせること。この条件が揃えば大抵の相手は、僕が自由に支配できる」
非常に危険な力。ティアナと私はそんな力を隠そうとしていたハジメに不信感を抱き、一歩、二歩と距離を置く。
「待ってくれ二人とも、これだけは言わせてほしい。僕は吸血鬼以外にこの力は使わない」
「けど私たちに隠そうとしていたでしょ?」
「それは、話せばむしろ警戒されると思ったからだよ。隠したくて隠していたわけじゃない」
それでも信用ならない。私たちの様子に気が付いたタケシは、必死に弁明しようとするハジメの右肩に手を置いて落ち着かせる。
「落ち着けよハジメ。別に信じさせようとしなくたっていいんじゃねぇか?」
「だけど僕らが互いに背中を預け合うには信頼が──」
「んなの押し付けるもんじゃねぇ。無理して説得させるだけ時間の無駄だぜ」
信じるも信じないも私たち次第だ。
珍しくタケシが大人びた様子でそう諭すと、ハジメは「分かった」と頷いて弁明を諦めることにした。
「ほんじゃあ、おれも説明しとく。おれの力は『
「それはどんな力だ?」
「おれの意志でどんな物質でも貫通させられる力だぜ。例えばこの本も……こんな風にすり抜けられる!」
落ちていた本を拾い上げ、本棚に向かって投げる。
すると本棚をすり抜けるように貫通し、向こう側へとバタッと落下した。ティアナは目を丸くしたまま、落ちている本を見つめている。
「石の杭が投げただけで壁に刺さったのは……途中まで力を使っていたからか」
「おお、よく分かったな!」
「あっ、そっか! 途中で力を解除すれば、硬い壁にも刺さるよね!」
石の杭の靭性や硬度を踏まえれば、普通に投げただけで書庫の硬い壁には刺さらない。だからタケシは石の杭を貫通する状態で最初に投擲し、壁に突き刺さる瞬間に力を解除した。
これでどんなに硬くても壁に投擲物を埋めることができる。
「まっ、おれはいつも
「あはは、
「あー、そぉかそぉか! そりゃ伝わんねぇか! 甘党女は
「なに言ってるのか分かりませ~ん」
またくだらない喧騒を開戦しようとする二人。
私は
「君のその力に欠点はないのか?」
「欠点……。音波を放つ物質が破壊されると無力になること、後は僕が直接狙われたらどうしようもないってことかな」
あっさりと能力の欠点を話すハジメ。彼は少しだけ驚いている私の反応に気が付き、微笑しつつもぽつぽつとこう語った。
「これは君らを信じている証明だよ。もし僕らが裏切ることがあったら、この欠点を利用して殺してくれたって構わないさ」
「……本気で言っているのか?」
「ハジメもおれもマジだぜ」
ハジメとタケシの真剣な眼差し。
妙な真似をしたら殺してくれていい。私とティアナは互いに視線を交わし、信じるに値するのかを再度考え始める。
「ああそういや、おれの力にも欠点があるぜ」
「どんな欠点だ?」
「生きてるもんはすり抜けさせることができねぇんだ。例えんならこの甘党女をぶん投げても、本棚には衝突しちまう。貫通させるには本棚側をすり抜けさせねぇとダメなんだよな」
生命体には力の効果がない。
あくまでも適用範囲は生命のない物質だけ。ぶん投げられるティアナを想像をしていると、当の本人はやや不満気味な表情を浮かべる。
「というわけでだ! おれらがしてんのは索敵だから気にすんな!」
「う、うん……」
親指を立てて自信満々のタケシ。
気にするなと言われると余計に気になるだろう。ティアナは頬を引き攣りながらも積み重なる本の前へ歩み寄った。
「えっと、気を取り直して……この中から吸血鬼に関する本を探せばいいんだよね?」
「そうらしいな」
「意外にすぐ見つかっちゃったりして。例えばここに置いてある本がお目当てのものだったり、とか!」
試しに手に取るのは一番上に置かれている赤いカバーの本。期待するように見開き状態にして、私たちにも見えるよう本の中身を覗いた。
「『笑顔保存の法則! ザ・百五十集!』……」
「笑顔は保存するもんじゃねぇだろ……」
「じゃ、じゃあこの本なら……!」
「『激マズ料理の作り方』と書いてあるが」
どれもこれも吸血鬼とは無縁の本。
そう簡単にいかないことを突きつけられたティアナは、「はぁ」とため息をつきながら両肩をガックシと落とす。
「僕らが手を組もうとした理由、分かってくれたかい?」
「うん、一人で探すとすっごく時間がかかりそう……」
無数の本から探し出すのは非効率。ハジメは辺りを一度だけ大きく見渡した後、地下室へと続く階段のある方角へと視線を向ける。
「さぁて、まず僕らが探すのは地下にある書庫だね」
「おいハジメ、んで最初に地下室を探すんだよ?」
「眠り姫の逸話に『他言できぬ予知夢は書庫の奥底へ隠し続けた』とあるからだよ。そのまま汲み取るなら……奥底は地下になるだろ?」
吸血鬼の情報は分かりやすい本棚へ置くことはできない。だからこそ地下の奥深くへと隠し続けている。その主張を聞いた私はやや疑念を抱いていたが、
「確かに隠すなら地下が最適だよね……」
「あったまいいなハジメ! んじゃあ、さっそく行ってみようぜ!」
ティアナとタケシは納得しているようだった。
とりあえずその場で立っているわけにもいかないため、私たちはハジメの推理を信じ、最初に地下室を探してみることにする。
「あれ、ランプに火が付いてる……?」
「卒業試験のために準備しておいたんだろう」
「僕もそう思うよ。道に迷わないように矢印とかも壁に書かれてるしね」
壁に掛けられたのは暗い地下室を照らす真新しいランプと、出口の方角を示した赤い矢印。過酷な試験だと分かっているからか、アカデミー側も少しは候補生のために準備をしていたらしい。
「おいおいマジかこりゃあ!? どんだけひれぇんだここはよぉ!?」
「これは僕も予想してなかったな……」
下まで降り切ると同じような構造の書庫が私たちを出迎えた。
地下書庫は一階と同様に東西南北へ続く通路と地下へと続く階段がある。その想定外の広さに流石のハジメも眉をひそめていた。
「これって爪の傷痕……」
「ああ、食屍鬼の痕跡だろうな」
「ハジメ、タケシ、気を付けて。さっきまでこの辺りで食屍鬼が徘徊してたかも」
赤いカーペットや本棚に残されていたのは鋭い爪で引っ掻いた
「そうだね。そろそろ危なそうだ。タケシ、あれをやるよ」
「おっけー、任せな!」
ハジメがタケシへ手渡すのは四本の石の杭。先ほどと同じように天井付近へ突き刺して、特殊な音波で索敵ができるよう態勢を整える。
「よし、この場所を探索してみよう」
「了解。私たちは一階を調べるね」
「なら僕とタケシは二階を調べる。何かあったらすぐに言って」
差し当たって階段を下りてすぐの地下書庫を調べることにする。
ハジメとタケシは奇妙な形をした手すりの階段を上がって二階へ向かう。二人の姿は薄い暗闇に少しずつ呑み込まれ、遠目では認識できなくなった。
「ヘレン、こっちの本棚から順番に探してみよ」
「ああ、そうだな」
私とティアナは東側の
縦幅が四メートル、横幅が二メートルほどの本棚にはびっしりと分厚い本が詰まっており、一台すべて確認するだけでも相応の時間が必要だと見て取れた。
「私は上の段から確認する。君は下の段から頼む」
上段と下段に分かれ調べることにした私は、そばにあった木製の脚立を本棚の前へ移動させ、一段ずつ上っていく。
「ヘレン、落ちないように気を付けてね」
「……? 落ちても死なないだろう?」
「それは分かってるよ! 怪我しないようにねって意味!」
「怪我もしないが」
こちらからの返答を聞いたティアナはあきれ顔でしゃがみ込み、両手に一冊ずつ本を取りつつ表紙を調べ始めた。
「これは、骨が折れるな」
「ほんとにね……吸血鬼の『キュウ』すら見当たらないかも……」
探索を始めて一時間が経過。
並んでいる本棚を手際よく調べてはいるのだが吸血鬼の情報など欠片もない。見つかるのは下らない雑学が詰め込まれた本ばかり。
「ねえヘレン、気分転換に探す場所を交換しない──」
「……?」
私の方へ視線を移し、そう言いかけたティアナ。
言葉が止まったため何事かとティアナの様子を窺ってみれば、こちらをじっと見上げて口をポカンとさせている。
「どうした?」
「ヘ、ヘレン……く、暗くてよく見えないから、多分気のせいだと思うけど……」
「何だ?」
今の立ち位置は私がティアナを見下ろす状態。ティアナは私を見上げているが、その視線が注がれた先は私のスカートの中だ。
「下着、履いてるよね?」
「君は何を言っている」
「そ、そうだよね! 変なこと言ってごめんね! ここからだと履いてないように見えたから……!」
何故か一安心するティアナ。
私は何を言いたいのか理解が及ばず、小首を傾げながら自身のスカートをティアナに向かってたくし上げた。
「履いていないが──」
「二人共、十時の方角に敵がいるッ!!」
瞬間、ハジメの声が地下書庫に響く。
私は脚立から飛び降りてから西側へ視線を向け、ティアナは左手に杭を、右手に鞘から引き抜いた刀剣を構える。
「キャハハッ!!」
「ウゥウゥッ……ウェエェェエェンッ!!」
西側の地下通路から聞こえてくる感情に身を任せた鳴き声。私とティアナはすぐに食屍鬼だと理解し、壁際に追い込まれないよう書庫の中央まで移動した。
「敵は食屍鬼、数は十匹以上だ!」
「ハジメ、私たちが相手するから援護よろしくね!」
「もちろんだとも!」
真っ白な肌に爪が伸びた鋭利な手足。生き血をすするために生えた牙。その口元に獣の血を付着させた食屍鬼の姿が徐々に見えてくる。
「グァアァア! オゥアア"ァァアァッ!!」
「ヘレン、早く片付けよ」
「ああ、分かっている」
私とティアナは互いに顔を見合わせてから駆け出す。
真っ先に向かってくるのは怒りの感情に身を任せた食屍鬼。
ガシッ──
「グォオアァッ! アッアァアッ、グァアァアッ!!」
「暴れてくれるな」
その歪んだ顔面を右手で鷲掴みにして持ち上げる。
引き剥がそうと暴れるが食屍鬼程度では逃れることなどできない、と右腕に軽く力を込めれば、
──パァンッ
「……眷属も食屍鬼も変わらないか」
風船のように頭部が破裂する。
ティアナはトドメを刺すように自由落下する食屍鬼の胸元へ杭を突き刺した。心臓を射貫かれた食屍鬼は灰へ成り果てる。
「ウゥウゥッ、グスッ、ウゥウゥウゥッ……!!」
「キャハハハッ! キャッッハハハハハ!!」
「まだいるようだが……」
「私たちなら余裕、でしょ?」
余裕の笑みを浮かべるティアナ。
私は頷いて同意すると右足に巻かれた杭のホルスターから銀の杭を引き抜く。
「おぉうらぁあぁあッ!!」
「ギギギィア"ァッ?!!」
「どぅらぁあぁあッ!!」
「ギャハハッ!?!」
瞬間、二階から飛び降りてきたタケシ。貫通の力を使って二匹の食屍鬼の心臓へ杭を軽々と突き刺し、あっという間に灰へと変えてしまった。
「おいおい、おれ様のことも忘れんなよ!」
「激辛タケシ……」
「変な呼び方すんじゃねぇ甘党女ぁッ!」
タケシがあだ名をつけたティアナにそう叫べば、何を思ったのか二階にいたハジメは身を乗り出すようにして手すりへつかまる。
「タケシィイッ! 二人の邪魔をするなとあれほど言っただろぉおぉーー!!」
「あ、あぁ……? んでそんなキレてんだよ?」
「そりゃキレるよ! こっからはその二人が背中を預け合いながら戦って、最後にハイタッチを交わして微笑むような、そんなシチュエーションを傍観するのが僕らのッ……!」
そして大声で意味の分からない主張をしてキレた。二階から身を乗り出してキレているハジメに私たちは苦笑することしかできない。
「まっ、いいや。さっさと片付けちまおうぜお二人さん」
「足を引っ張らないでね?」
「へっ、抜かしてろよなぁ!」
私たち三人は自ら前線へと赴き、一匹、二匹、三匹と食屍鬼を灰に変える。タケシもそこそこ腕が立つようで、食屍鬼に後れを取るような実力ではないらしい。
「おっし……おいハジメ、これで全部かぁーー?!」
「うん、そうみたいだ。辺りに僕ら以外の反応はないよ」
ほんの数分で食屍鬼を片付け、 埃と一緒に舞い散る灰の中で私たちは一息つく。ハジメは二階から一階へ降りてくれば、私たちを「お疲れ」と軽くねぎらう。
「ねえハジメ、そっちの成果はどんな感じなの?」
「はぁ、手掛かりすらなしだよ。君らの方は?」
「ん~、私たちの方も同じかな……。吸血鬼の『キュウ』の欠片もないよ」
「……ティアナ、その言葉、気に入っているのか?」
先ほど口走っていた言葉をまた発するティアナ。
私は右頬を引き攣ってそう指摘をした。
「地下にはまだ他の書庫がある。そっちの方も探して──」
「いや、恐らく地下室にはないだろう」
地下に向かう前に抱いていた疑念。それが確信へと変わったことで、ハジメに対してそう言い切った。
「……ヘレンさん、君の考えを聞かせて欲しい」
ハジメは私の表情からその確信を汲み取る。
逸話に地下書庫、そして吸血鬼の情報。それらの関係性を脳裏で整理しつつも、三人へ自身の憶測をこう語った。
「そもそも本の隠し場所を逸話にしている時点で信憑性は薄い。少し考えれば辿り着ける地下室に隠すとは到底考えられないな」
「んじゃあ、ヒントも無しにどうやって探し出すんだよ?」
「吸血鬼の情報を『最も取られたくない相手』は誰なのか。そしてその相手が立ち入るのに困難な環境。それらを踏まえれば……」
私がそう言いかければハッとした様子で顔を上げるティアナ。気付いたか、と私は敢えて口を閉ざしてティアナたちに発言を譲ることにする。
「もしかして、吸血鬼?」
「──! そうか、確かに吸血鬼だね!」
「んなら吸血鬼の野郎が入りにきぃ環境ってのは……」
「日光が差し込みやすい環境!」
そう、吸血鬼の天敵は
だからこそ行動しやすい地下室にわざわざ吸血鬼の情報を隠すとは思えなかった。
「つまり地上のどこかに構造が違う書庫があるんだ!」
「ああ、恐らくだが」
「流石は学年トップだね。君と手を組んで良かったよ」
「よぉし! よく分かんねぇけど探してみようぜ──うおおぉッ?!」
足元に転がっている本につまずいたタケシ。 前のめりにこちらへと盛大に転ぶと風が吹き荒れ、私のスカートが三人の前で一気に捲り上がる。
「あっ、ヘレンを見ちゃだめっ──」
「「──」」
ティアナの静止が間に合わず、完全にスカートの下を見てしまった二人。表情は「見てしまった」というより「何で?」という疑問符が浮かんだ唖然としたもの。
「おまえ、マジのマジでか……」
「学年トップ、嘘であってくれぇー……」
目元を片手で覆うハジメとタケシ。
どうしてそんな反応をしているのか分からず、
「……? 履いていないのがそんなにおかし──」
自分からスカートをたくし上げて確認しようとした瞬間、三人は一斉に私がスカートへ触れないよう両腕を押さえ、
「これは僕が求めているアッチ系のハプニングじゃない!」
「異世界にいるやつってのは恥じらいがねぇのか?!」
「ヘレン、試験が終わったら下着を買いにいくからね!?」
「あ、あぁ、分かった」
凄まじい剣幕で詰め寄られため、引き下がることしかできなかった。