「ヘレン、東棟はどうだった?」
「どこも同じ構造だ」
地下から一階の書庫まで戻ってきた私たち。
まずは本を探すのではなく、日光が入りやすい構造をした書庫を探すことにした。東西南北にある棟をそれぞれ四人で手分けし、一時間ほどかけて探したのだが、
「西側も見つかんなかったぜ。ハジメ、北側はどうだった?」
「ううん、成果無しだよ」
「くっそ、ぜんぜん見つかんねぇ……」
手掛かりすら見当たらない。
どれもが同じ構造の書庫をしているようで見分けすらつかなかった。私たちは中央入り口まで再び集うと改めて話し合うことにする。
「こんだけ探しても見つかんねぇなら……ハジメが言ってた通り、地下にあるんじゃねぇか?」
「うん、ヘレンさんには悪いけど僕もそう思う」
本当は地下室にあるんじゃないかと意見を述べる二人。
私は自分自身の推理が間違っていたのか、と考える素振りを見せ、天窓を見上げながら思考を張り巡らせた。
「ん~、私はヘレンの意見が間違ってるとは思えないかな」
「ティアナさん、よく考えてみて。一階の書庫はどこも窓が多くて、日光が差し込みやすい構造ばかり。ここからどうやって正解を探すんだい」
「それになぁ……どっちにしろ、夜になったら吸血鬼は書庫に入れちまうじゃねぇか。いくらなんでも無理があると思うぜ」
一階の書庫の構造に違いはない。
夜になれば結局は吸血鬼が自由に侵入できる。
この二つの意見を聞いた私はふと仮説が思い浮かび、スカートのポケットへ手を入れて、とあるものを三人へ見せる。
「ヘレン、その破片って……」
「ガラスの破片だ」
「んなガラスの破片、急に出してどうしたんだよ?」
まじまじと見つめるティアナとタケシ。ただハジメだけは何か重要なものだと察したらしく、顎に手を当てて目を細めながら観察を始める。
「このガラスの破片は特殊な性質がある」
「特殊な性質? ヘレンさん、それはどんな……?」
「通過した光を紫外線へ変える性質だ。こんな風にな」
ガラスの破片へ浴びさせるのは天窓から差し込む月光。
するとガラスを通過した月の光はやや紫色を帯びた紫外線へと変わり、本のページが散らばる床を照らした。
「なるほど、月の光を紫外線に変えるガラス……。これなら夜になっても吸血鬼を弾くことができるね」
「じゃあ構造じゃなくてこのガラスを目印に探せばもしかして──」
「あああッ!?!」
思い出したように叫ぶタケシ。
ティアナはやや驚いて身体をビクッとさせる。しかしそんなティアナには目にもくれず、私たちを一人ずつ見ながら意気揚々とこう伝えた。
「あったあった! そういや西側に、なぁーんか紫くせぇ書庫があったんだよ!」
「は? タケシ、何でさっきそれを言わなかったの?」
「がははっ、おれの目がイカれちまったかと思って言わなかった!」
苦笑する私たち。
だが誰からもタケシと同じような意見が出ないということは、無数にある書庫の中から浮き出た相違点だろう。
「よし、善は急げだ。その場所をすぐに確認してみよう」
「うん、そうだね! タケシ、案内して!」
「おうよ!」
タケシ案内の元、私たちは西側の棟へ早歩きで向かうことにする。道中で何匹かの食屍鬼と遭遇したが、何事もなく迅速に始末をし、
「ついたぜ! ここが紫くせぇ書庫だ!」
目的地である西側の隅に位置する書庫へ辿り着いた。
そこは他の書庫と構造はまったく一緒だが、全体的に薄い紫色をやや帯びている。漂う独特な雰囲気は私たちの推測を確信へと変えた。
「二手に分かれて探してみよう。タケシ、僕らは二階だ」
「じゃあ私たちは一階を探してみるね!」
一階は私とティアナ、二階はハジメとタケシ。
すぐさま分散し、吸血鬼に関して記録された本を探し始めた。
「おおっ、あったあったぁあーー! この本棚に二冊もあんぜぇーー!」
「僕の方も何冊か見つけたよ!」
二階から聞こえてくる歓喜の声。私も試しに本棚から一冊だけ手に取ってみれば、表紙に『食屍鬼の習性』と書かれた題が目に入った。
「ヘレン、ここにもある!」
「ああ、これで卒業試験も終わりだ」
「……うん、そうだね!」
私とティアナは卒業試験を達成するために必要な一冊を抱え、互いに顔を見合わせる。困難もない、苦戦も強いられない……呆気ない卒業試験だった、と微笑みながら。
(ガラスの破片は……アカデミーからの助け舟だったか)
この書庫だけに使われた特殊なガラス。
その破片が中央入り口に落ちているはずがない。これは恐らくアカデミーが候補生に残したヒントみたいなものだろう。
「ヘレンさん、さっきは疑ってごめんね。君の推測は正しかったよ」
「気にしていない」
「ありがとう皇女さん。心が広くて助かった」
私をからかうように頬を緩め、右手を差し出してくるハジメ。逆の手に持っているのは『伯爵の記録』という題の本。私は同じように右手を差し出し、ハジメと握手を交わす。
「からかったら
「さ、さっきのは冗談さ」
「私のも冗談だが」
「君、意外に性格悪いよね……」
冗談には冗談を返す。
けれど何故かハジメは苦笑いをするだけ。おまけに「性格悪い」と言われ、私は何が間違っていたのかと小首を傾げる。
「「ワン、ツー! スリー、フォー、ファイブいえーい!」」
「タケシ、ティアナさんに変なの覚えさせないで!」
視界の隅ではティアナとタケシが互いにグータッチをすると、声掛けと共にワケの分からない手遊びをしていた。ハジメはタケシが覚えさせたのだと呆れながらも注意する。
「……改めて、二人共ありがとう。おかげでこんなにも早く卒業試験を終わらせることができたよ」
「ううん、お礼ならヘレンに言ってあげて。本の場所を探し当てたのはヘレンだし──」
「いや、この結果は四人全員の力だ」
遠慮するティアナの言葉を遮りながらそう断言した。
三人はキョトンとした様子で私の顔をじっと見つめる。
「全員が必要な役割を果たした。決して私一人の力じゃない」
「ヘレンさん……」
「今日のために準備をしてくれた君たちにも感謝する。ありがとう、ハジメ、タケシ」
私が感謝の言葉を述べると、はにかんだ顔を見せるハジメとタケシ。ティアナは私たちのやり取りを聞きながら、親が子の成長を見守るように傍観する。
「ヘレンさん、こんなことを頼むのは厚かましいかもしれないけど……いいかな?」
「……? ああ、構わないが」
タケシと顔を見合わせると決心して頷くハジメ。その言動からして『厚かましい頼み事』というのは今思いついたと見て取れる。
「僕らが設立する機関を、皇女としての君に支援してほしい」
「支援……? 君たちが作るのはどんな機関だ?」
そう頼みごとをしてくるハジメの表情には様々な感情が垣間見えた。権力を利用するようで申し訳ない。決して媚びるために声をかけたわけじゃない。
ハジメは真剣な眼差しかつ落ち着いた口調で、自身のスマホの画面を見せながら説明を始めた。
「異世界転生者だけが集う機関さ。……まだ名称は決まっていないけどね」
「ねえハジメ、どうして異世界転生者だけの機関を作りたいの?」
「僕らにしかできないことがあるからだよ。例えば、吸血鬼の味方をする異世界転生者を倒すとか」
吸血鬼の味方をする異世界転生者。
彼の言葉を聞いた私とティアナはやや驚く。その反応に気が付いたハジメは私たちへ交互に視線を送りながらこう話す。
「僕ら異世界転生者は何色にでも染まる種族だからね」
「それはどういう意味だ?」
「この世界の常識を知らない僕らは無色だ。干渉によって白にもなれるし黒にもなれる存在。だから吸血鬼と手を組むことだってあり得るんだよ」
世界の常識に囚われないのが異世界転生者。
個々の正義を掲げ、善悪はすべて自身の尺度で考えると。ハジメが説明をする横でタケシは同感するように何度も頷いていた。
「吸血鬼側も奇妙な力を持った僕らを利用する手はない。僕が新たな機関を作りたいのは吸血鬼と……利用された異世界転生者を倒すためさ」
確かにハジメの考察は間違っていない。
吸血鬼側もハジメたちのような異世界転生者を戦力にし、人類の脅威として私たちと戦わせようとするだろう。
「ずっと気になってたんだけど、二人はグローリアにどうやって来たの?」
「おれらはよ、森ん中で迷子になってるところをイーストテーゼに住んでる猟師のおっちゃんに助けてもらってな!」
「へー、そうだったんだ!」
「あの猟師さんは決して裕福じゃないのに、食べ物や水を分けてくれたし……。僕らに寝床も貸してくれた。とても優しい人だったよ」
記憶を蘇らせ、
猟師に狩りを教えて貰った思い出。街中を案内してもらった思い出。語っていくうちにハジメとタケシは真面目な表情へ次第に変えていく。
「見ず知らずの僕らを差別せず、手を差し伸べてくれるような……優しい人たちが住んでいるのがグローリアだ」
「おれらはんなグローリアを守りたくてアカデミーに入った。これはマジの本心だ」
異世界転生者は何色にでも染まる。
ハジメの言葉の意味が何となく分かった。二人は私よりも将来のことを考えているし、国を守りたいという気持ちもある。ならば返答は一つ。
「……分かった。君たちの機関を支援すると約束しよう」
「──! そんなにすぐ決めていいのかい?」
「君たちの想いに嘘はないからな」
想いに応えなければならない。
私は支援することを快く了承するとハジメは呆然とした後、ためらわず頭を下げる。タケシも一瞬だけ思考が停止し、慌てるようにして頭を下げた。
「ありがとう。本当に、ありがとう」
「顔を上げてくれ。今の私たちは肩を並べる候補生だ」
「がっはは、だよなだよな! おれらはダチだよな!」
「ターケーシ! 気安くヘレンさんと肩を組むなよ!」
肩を組んでくるタケシ。
ハジメが毎度の如く注意をする。そんなやり取りを聞いた私とティアナは軽く笑うと、書庫の入口へ身体の向きを変えた。
「それじゃあ、グローリアに帰ろっか!」
「おう賛成だ! 腹も減ったし、なんか食って帰ろうぜ!」
「はぁタケシ、この世界に買い食いはないって」
推薦を貰うための条件もお互いの信頼関係も成立し、やり残したことは何もない。さっさと中央入り口まで戻ることにしよう、と歩き出した時、
「……待ってくれ」
「ん? どうしたのハジメ?」
「誰か、こっちに来る」
ハジメが奇妙な力で動く物体を探知し、その場に立ち止まる。ティアナは刀剣の鞘に手をかけ、私はホルスターから杭を一本だけ引き抜いた。
「
「違う、この動きは……人間?」
「人間? 私たち以外に誰が……?」
食屍鬼の鳴き声は聞こえない。
ハジメの言葉通り人間なのだろうが自分たち以外に人がいるとは思えず、私たちは表情を一斉に険しくさせる。
「おーいっ……おーいっ……」
「……ありゃあおれらと同じ候補生じゃねぇか?」
「そんな、バカな。僕らと同じタイミングでここに来れるわけが……」
見えてきたのは男の候補生。
ふらふらと歩きながら手招きながらこちらへ呼びかける。ハジメは「信じられない」と表情をより険しくさせていた。
(何か、おかしい……)
言語化できない違和感。
私は警戒心を抱きつつ遠目でその候補生の姿をしっかりと観察してみる。
「たすけてくれ、たすけてくれっ」
「はぁ? おまえ、誰だよ?」
「たすけて、けが人がいるんだ、たすけてくれ」
「おい、誰だって聞いてんだよこっちは!」
ひたすら同じ言葉を発する候補生。
呼びかけを無視されたタケシは苛立つように、おかしな候補生へ近づこうとしたが、
「待て」
「んだよ?」
タケシを右手で制止する。
先ほどから抱いていた違和感の正体にやっとのことで気が付いた。
「口が、動いていない」
「えっ?」
「喋っているのに、彼の口が動いていない」
そう、彼は口を閉ざしたまま声を発しているのだ。
人間の構造上、口を開けずに声を出すなどあり得ない。しかもハッキリと聞き分けられるレベルとなれば不気味さが増す。
「たすけてくれ、けが人がいるんだ、たくさんいるんだ、向こうに」
「う、嘘でしょ……?」
「ま、マジかよ、ど、どうなって……」
「おい、おいおいおいおい、たすけてくれない、たすけてくれないのか!」
口を開かず喋り続ける候補生。
三人は一斉に顔を青ざめ、一歩だけ後退りをする。対して私は守るような形で一歩だけ右足を前に踏み出した。
「まずは名乗れ。話はそれからだ──」
「朝日が昇りました。朝日はとてもまぶしいです。私の朝は一杯のコーヒーにひとさじの砂糖で始まります。コーヒーはとても苦いので、甘くしないといけません。頭の治療薬も苦いです、なので甘くしないといけません」
「君は何を言って……」
「朝の新聞にはニュースが載っています。精神病棟二百六十七号室に総合失調症による首吊り死体を、いっぱいのコーヒーにひとさじの砂糖で始まります。解離性障害はとてもまぶしいです。二年二組のイジメも苦いです、なので甘くしないといけません。甘くしないといけません、甘くしないといけません」
支離滅裂な独り言。
波打つように頭部の凹凸が激しくなる。その不気味な光景に私たちが何も言葉を発せず、ただ眺めていれば、
パァンッ──
「「「……!」」」
頭部が風船のように破裂した。
真っ赤な鮮血が飛び散り、辺りを血で濡らす。何が起きたのかと頭が破裂した候補生の様子を窺ってみれば、
「コオォッ、コオォオォッ……」
「なに、あれ?」
頭部の代わりに見開きの本が生えていた。
最初は自身の目を疑ったが、何度見ても無機質な本が生えている。地鳴らしのような低い呼吸音は一瞬にして空気を張り詰めさせた。
「コォオォオッ……」
「こっちに来るぜ!」
「くっ、やるしかない……!」
臨戦態勢。
一歩ずつゆっくりと近づいてくる奇怪な化け物。こちらから仕掛ける前に様子見をした瞬間、
ブチンッ──ブチブチッ──
「……! 身体から茨が生えて……!」
「それになんだ、あの茨はよぉ!? 万年筆かぁ!?」
全身から触手のような茨が生えてきた。
うねうねと周囲を漂えば私たちを獲物として認識し、先端にあるペン先のような鋭利な矛先を向けてくる。私は迷わず、リボルバー銃をホルスターから引き抜いて発砲した。
キィンッキィンッ──
「……弾丸を弾くのか」
「なんてやろうだ……!」
しかし茨で弾丸を弾いてみせる。
本来ならば捉えきれる速度ではない。この時点で私たちが相手にしているあの奇怪な化け物は、男爵かそれとも子爵以上の脅威だと測れる。
「でも弾いたってことは、本体を狙われたくないってことだよね?」
「ああ、だから本体を狙う」
茨の射程距離は長い。
追い込まれる前に一気に距離を詰め、近接戦に持ち込むべきだ。私は地を蹴って勢いよく駆け出すと鞘から白い刀剣を引き抜き、
「ヘレン!」
全身へ茨を突き刺しながらも本体へ斬りかかった。ペン先は吸血するためのものなのか、私の血液を吸い上げる。
「悪く思うな」
「コォオォオォッ……!!?」
だがそんなことは不死の加護がある以上は関係ない。見開きの本と肉体を繋げる首を狙い、刀剣を振り抜く。一刀両断された頭部は床へと転がり落ち、力を失って動かなくなった。
「ヘレン、大丈夫……!?」
「ああ、問題ない」
「加護があるからって、あんまり無茶はしないで!」
「す、すまなかった」
急いで駆け寄ると私の身を案じるティアナ。けれど彼女が怒っているように見えたため、とりあえずぎこちない謝罪をする。
「な、何だったんだよぉ、こいつぁ……」
「分からない。ただこの制服にさっきの顔つき……多分、僕らと同じ異世界転生者だよ」
「異世界転生者の候補生ということか?」
「うん、でもどうしてここにいるのかが分からない」
斬首された状態で転がる死体。
私たちとは違う特徴的な顔つきにアカデミーの制服を見て、ハジメは理解が及ばないといった表情で
「どんだけ早い馬でも明日の昼過ぎにならねぇと、ここに到着しねぇんじゃなかったか?」
「そのはずだけど……」
「あの小屋を利用された、とか?」
どうやって眠り姫の書庫まで辿り着いたのか。
タケシとティアナがハジメに問いかけている最中、私は倒れている奇妙な本の頭部をじっと見つめていれば、
「──! 待って、新しい気配がする!」
「相手の位置は?」
「地下からだ!」
警戒するようハジメが声を上げた。私とティアナはすぐさま後退すると、ハジメは眉をひそめて入り口の方角へ視線を移す。
「ゲコッゲコゲコッ」
(……? カエル?)
そんな時、私の足元から聞こえてくる鳴き声。
視線を下ろしてみれば手の平サイズのカエルが喉を膨らませていた。しかし自然と意識はそばに転がっている見開き本の頭部へ向けられる。
────────────────────
目を覚ました茨姫。
カエルの声に導かれ、新芽の元へ歩み寄り、
異界の新芽、正気を乱す。
────────────────────
(さっきまで、書かれていなかったはず……)
刻まれていたのは血文字。
数秒前に誰かが刻んだのか。だが誰の気配も姿も見ていない。私は奇怪な血文字をじっと見つめてしまう。
「刺しておいた杭が、どんどん破壊されていく……!」
「んなバカなことがあるかよ! ハジメの能力を知ってんのはおれらだけだろ!?」
「それにおかしい! 東西南北、バラバラの位置で破壊されて……!」
ハジメが言うには気配は一人。
なのに順路も関係なく、探知するための杭がまったく異なる場所で破壊されていくらしい。不気味な現象にハジメは顔を青ざめているようだった。
(カエルの鳴き声に、正気を乱した異界の芽か)
どうも既視感がある。
カエルの鳴き声も聞こえ、異世界転生者であるハジメも動揺を隠せずにいる。まるで起こりうる事態を予知したような血文字だ。
(──! 血文字が勝手に刻まれていく……)
更に起こる奇怪な現象。
それは血文字が見開きの本へ新たに刻まれていく光景。誰の手も見えないのに文字だけが素早くこう書かれていくのだ。
────────────────────
背を向け合う新芽たち。
静かに微笑み、姿を消すは茨姫、
慌てふためく、新芽たち
童顔動かし、書庫を見渡す。
────────────────────
(これは脅しのつもりか?)
追記された血文字に関して最初は意図が汲み取れなかった。
それに最初に本へ刻まれた通りのことが起きたのはただの偶然で、信じるに値しないと不信感を抱いていたのだが、
「ぼ、僕らの方に近づいてくるよ!」
「おい、どっから来るんだ!?」
「わ、分からない……! とにかく四人で固まるんだ!」
しかしすぐにその考えが変わる。
なぜならハジメたちは背後を取られないよう一メートルほどの隙間を空け、私の周囲で背中を預け合ったからだ。
(まさか、『背を向け合う新芽たち』というのは……)
どの方角から来るかは分からないのなら、全方位を警戒するしかないと判断したのだろう。けれどその行動は血文字に書かれた予知とまったく同じ。
「百メートル、五十メートル、二十メートルっ!」
「くっそぉっ! 何が来やがるってんだよ……!?」
凄まじい速度で近づいてくるナニカ。
私たちは顔を動かしナニカの姿を見つけるため見渡し続け、
「……反応が、消えた?」
すぐそこまで迫った瞬間、反応が消えてしまった。辺りを警戒し続けるが私たち以外に誰も見当たらず、全員が険しい顔つきになる。
「おいハジメ、消えたってどういうことだよ!?」
「分からない! 近くには僕ら
ワケが分からず取り乱すハジメとタケシ。ただ私だけはあの本に刻まれていた血文字のことだけ脳裏に浮かんでいた。
(『姿を消す茨姫』に『童顔動かす新芽たち』……)
血文字通りの展開。
突然気配が消え、私たちは辺りを見渡して必死に顔を動かす。何一つ間違っていない筋書きに妙な胸騒ぎを覚えた。
「……ねえ、待って」
私の隣でやや震えた声を上げるティアナ。
何かに気が付いたようで表情を少しずつ青ざめていく。
「どうしたティアナ」
「近くにはある気配、五人って言ったよね?」
「うん、僕ら五人──」
「私たち、
その発言を聞いた瞬間、全員が言葉を失った。
いいや、正確には空気が一変したと言えばいいのだろうか。何故なら背中を預け合ったことで、生まれた空間……『背後』から凄まじい威圧を感じたからだ。
────────────────────
新芽が囲むは茨姫。
新芽の偽装者 予兆に気づき、
茨は舞い、新芽を散らす。
────────────────────
「ごきげんよう」
一言、ほんの一言、声を聞いただけで理解できる。
今、私たちの背後にいる誰かは何よりも恐ろしい存在だと。本の頭をした怪物の親玉だと。そして血文字通りの展開がこれから起きるのだと。
「ワタクシは黒薔薇の使徒No.10──茨姫レプシー」
このままでは危険だ。
そう判断した私たちはほぼ同時にその場で振り向き、
「さあ、アナタ様方──」
レプシーと名乗った少女の姿を目にした瞬間、
「──素敵な予知夢をご覧になって」
茨の薙ぎ払いによって四方へと吹き飛ばされた。