ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第33話『ごめんね』

 

「ティアナ、どうしてここに戻ってっ……」

 

 共犯だったハジメとタケシ。真実が明かされた最中、ティアナは真剣な顔つきで茨に拘束された私の姿を見る。

 

「……」

(まさか、ティアナも最初から)

 

 辺りを見渡した後、何も言わずに私の前まで歩み寄るティアナ。誰にも邪魔されず私のそばまで来れてしまったことで、嫌な予感が脳裏を過った。

 

「ウフフッ、どうして戻ってきたのか教えてあげてくださいまし」

「……そんなの」

 

 レプシーは不敵な笑みを浮かべ、ティアナへ理由を述べるよう促す。信じたくない事実を突きつけられそうになり、私は思わず目を瞑ったが、 

 

「ヘレンを助けるために決まってる!」

 

 ティアナは私に纏わりつく茨へ掴みかかった。何とかして拘束を解こうと力強く引っ張ったり、刀剣で斬り捨てようと試みる。

 発せられた言葉が想像していたものとは違い、あっけらかんとした様子で私はティアナを見つめた。

 

「……今、何と言いましたの?」

「聞こえなかったの!? 私はヘレンを助けるために戻ってきたの!」

「おかしいですわ。ここに名前が書かれていますのにどうして……?」

 

 それはレプシーも同じようで、何やら手元にある古ぼけた本を見つめ表情を険しくさせる。だが今の私はティアナが裏切っていなかったことに安堵し、レプシーの言葉など届いていなかった。

 

「ハジメとタケシも無事で良かった! もしかしてさっきまでヘレンを助けようと?」

「……ああ、そうなんだ! 聞いてくれティアナさん、この茨は頑丈だからちょっとの力じゃ引き剥がせない!」

「──! ちがうティアナッ、彼らは──んむぐっ?!」

 

 安堵は命取り。

 ティアナへハジメたちが敵だと伝える前に、私の口は何本もの茨によって塞がれる。

 

「ヘレン!」

「んぐんんッ! んんぐーーッ!」

「どうしたの!? 息ができなくて苦しいの?!」

 

 必死に伝えようとするがまったく声にならない。ティアナは意図があるとは思わず、私が苦しみに悶えているのだと、優しく右手を握ってきた。

 

 ブチブチッ──

「ぐぅう"っ!?」

「うそっ、どうして黒い薔薇が生えてっ……!」

 

 右肩の皮膚を突き破るようにして生えてきたのは黒い薔薇。私は血肉を裂かれる痛みに顔を歪め、ティアナは目を丸くして私の身を案じた。

 

「ウフフッ、素晴らしい薔薇ですこと」

「レプシー、ヘレンに何をしたの!?」

「ワタクシは何もしておりません。……ただそうですわね、その茨たちはいつも苗床を探していますの。新たな薔薇を咲かせるための、苗床を」

「そんなっ……」

 

 私の全身に絡みついた茨はトゲを肌に突き刺さし、薔薇の種子を植え付ける。その習性を証明するかのごとく、左目の奥が熱くなり、

 

 ブチンッ──

「あぁあ"ぐぁッ……!?!」

「ヘレンッ!!」

 

 眼球を押し出すように黒い薔薇が咲き誇る。左目を潰された激痛に身体を一度痙攣させれば、ティアナがすぐに私の手を強く握りしめた。

 

「ねえ、タケシの力で茨の実体をなくせないの!? そうすればヘレンを助けられるんじゃ──」

「いんや無理だぜ! 呪印ってのが流れてるせいか、おれの力が効かねぇんだ!」

(彼が、言っているのは嘘だっ。気が付いてくれティアナ)

 

 呪印では異世界転生者の力を無効化できない。

 だから嘘をついていると叫んで伝えるのだが、言葉として聞き取れるものではないため、ティアナが気が付く様子はなかった。

 

「それじゃあどうすれば……」

「ティアナさん、僕らでレプシーを倒すしか方法はないと思うよ」

「そう、だよね」

 

 茨に縛られた私を再び見上げるティアナ。

 彼女は私を安心させたいようでいつものように優しく微笑む。

 

「待っててヘレン。すぐに助けるから」

「んんんぐッ……!! んんんッ!!」

「大丈夫だよヘレン。私を信じて」 

(違う、そうじゃないんだティアナっ……!)

 

 ティアナはそう言って刀剣を鞘から引き抜き、私にゆっくりと背を向けた。その背後でニタッと悪い笑みを浮かべるタケシとハジメ。

 

「タケシ、私と前に出て」

「おう、任せとけよ!」

「ハジメは援護射撃と指示出しをよろしく」

「了解。無理はしないようにね、ティアナさん」

 

 そんな陣形に何の意味もない。

 何故ならタケシとハジメは敵だから。しかしティアナは怪しむ素振りも見せず、信頼の証として二人に背中を預ける。

 

「よし、行くよ!」

(ティアナ、気が付いてくれッ!)

 

 地を蹴って勢いよく駆け出すティアナ。レプシーは小悪魔のような笑みを浮かべ、ハジメは取り出したリボルバー銃をゆっくりと構えると、

 

 パァンッ──

「──えっ?」

 

 背後からティアナの左脚を撃ち抜いた。

 弾丸は太腿辺りを貫き、鮮血がほとばしる。ティアナは何が起きたのか分からず、そのまま転んでしまった。

 

「ごめんごめん、緊張して外しちゃったよ」

「っ……! は、外したって、私のことを撃ったのに……!」

「誤射ぐらい誰にでもあるだろうが! ほら、手を貸してやるよ!」

 

 タケシがそばに駆け寄ると手を差し伸べる。ティアナは動揺を隠せないままその手を握り、何とか立ち上がってレプシーと向かい合う。

 

「うっ、足の怪我であんまり動けないかも……」

「がははっ、んなのどうでもいいだろうが」

「どうでもいいって、そんなわけっ……!」

「助けたくねぇのかぁ? おまえのおともだちをよぉ」

 

 タケシの脅迫にも似た一言。

 ティアナはこちらを振り返ると、平気を装った作り笑顔を見せた。

 

「ん"ん"ッ! んむぅううぅうッーー!!」

「ヘレン、すぐに助けてあげるからね」

 

 今の私は左目を潰され、右目だけしか見えない。その狭い視野でも分かる。タケシは刀剣の鋭利な矛先をティアナの背中へ向けていると。

 

「タケシ、しっかりフォローしてよ?」

「ああ、もちろんだぜ」

 

 私から視線を外してレプシーと再び向かい合うティアナ。タケシはテキトーな返事をした後、握っていた刀剣を後方に引くと、

 

 ザシュッ── 

「わりぃわりぃ。手が滑っちまったぁ」

 

 ティアナの背中へ無慈悲に突き刺した。腹部から飛び出た黒の刀身と刃を伝う血。数秒の間、ティアナは自分の身体から突き出た刀剣を見つめ、

 

「かはっ、ごほっ……!?」

「んぅう"う"ぅッーー!!!」

 

 力任せに刀剣が引き抜かれた瞬間、吐血をしながら両膝をガクンッと突いた。私は口が塞がれた状態で喉が裂けそうなほどの叫び声を上げる。

 

「どう、してっ……?」

「どうしてもこうしてもないよ。僕とタケシがレプシー様の仲間ってだけさ」

「そんな、わけっ──ぐふぁッ!?」

 

 ティアナは膝を突いた状態でタケシに後頭部を蹴りを入れられ、顔面を床へと強く打ち付けた。その衝撃で血唾が周囲へ飛び散る。

 

「二人がレプシーの仲間なんて、嘘だよっ……」

「ウフフッ、可哀想ですわね。子種たちを未だに信じるなんて」

「レプシーっ……!」

「睨まないでくださいまし。せっかくほぼ詰みとなったアナタ様に、二つの選択肢をあげようと思いましたのに」

 

 うつ伏せに倒れたティアナへ歩み寄るレプシー。鋭い眼差しで睨まれながらも二本指を立てて、不敵な笑みを浮かべながらこんな提案をする。

 

「一つ、アナタ様もワタクシの子種として生き続ける」

「……ヘレンは、どうなるの?」

「ウフフフッ、もちろん皇女様には死んでもらいますわ。ああそれか、黒い薔薇の美術品としてマニア様に献上するのもいいですわね」

 

 簡単に言えば一つ目は寝返ること。

 自分の命を優先するなら候補に入る選択だろう。ただしそれは私の命に対して価値を見出していない者だけ。ティアナが選ぶはずがない。

 

「二つ、囚われの皇女様を救う試練を受ける。試練を乗り越えることができれば、皇女様とアナタ様を見逃してあげますわ」

「……! ほんとにっ……?」

「ただしアナタ様が試練の最中に死んで(・・・)しまったとき、皇女様にも死んでもらいます」

 

 二つ目は試練を受けること。

 レプシーは内容までは語らない。ただ死ぬ可能性があることを示唆した。失敗すれば私もティアナも死ぬことになると。

 

「試練を受ければ、ヘレンを助けてくれるんだよねっ……?」

「ウフフフッ、ええ勿論ですわ」

「だったら、受けるよ。ごほっげほっ……!」

 

 左脚は撃ち抜かれ、腹部には刺し傷。

 そんな状態でもティアナは立ち上がって試練を受けると宣言する。レプシーは満面の笑みを浮かべた後、茨の椅子まで戻って腰を下ろした。

 

「素晴らしい覚悟ですこと。では始めましょうか」

 

 そして指を鳴らせば、待機していた異世界転生者の候補生たちがティアナを取り囲む。

 

「試練の内容はワタクシの子種たちから『三分間生き延びる』こと。とっても単純でしょう?」

「生き延びる……?」

「ウフフッ、反撃は禁止行為ですわ。どうか身のこなしだけで生き延びてくださいまし」

 

 確かに単純なルール。

 候補生たちの攻撃に対して回避だけでやり過ごす。だがどこか裏があるように説明するレプシーに、私は茨の拘束を解こうと暴れさせていた。 

 

「その前にその危険な武器を渡してもらってもよろしくて?」

 ガチャンッ──

「……これでいいでしょ」

 

 ティアナは腹部の刺し傷の痛みに表情を引き攣りながらも武装をすべて外す。レプシーは喜びの笑みを見せ、地面に這わせた茨で武装を回収した。

 

「それでは始めましょうか。準備はいいですわね?」

「はぁ、ふぅっ、いつでもいいよっ……」

 

 左脚を撃たれたことでティアナの動きはいつもより鈍くなっているだろう。だが逃げるだけなら動術の機動を上手く利用すればいい。

 

「……スタート」

 

 レプシーの掛け声。

 ティアナは誰から襲い掛かってくるのかと中腰の状態で辺りを警戒する。相手は腕が立つとは言えない候補生。初撃で遅れを取るはずがなかった。

 

 パァンッ──

「ぁぐっ……!?」

「んんんーーッ!!」

 

 それが生身の戦いであったなら。

 銃声が鳴り響き、右膝が撃ち抜かれる。四つん這いになったティアナは「話が違う」とレプシーを睨みつけた。 

 

「うっ、ぐぅううぅっ……?! 銃を使うなんて、聞いてなっ──げッほッ!?!」

「へへっ、隙あり~!」

 

 だが何も言わせないと距離を詰めてきた男の候補生に脇腹を蹴り上げられ、床の上を二度転がった。私は拘束された身体をよじりながら塞がれた口で精一杯叫ぼうとしたが、より茨が口に食い込んで黙らされてしまう。

 

「フフッ、子種たちも素手(・・)……なんて一言も口にしていませんわ」  

「はぁはぁっ、そんなの卑怯じゃっ……!」

「事前に聞かなかったアナタ様に落ち度があるのではなくて?」

 

 ティアナは反撃もできず武装も無しの状態で、避け続けなければならない。対して異世界転生者たちは武装を使用して、一方的に攻撃を続けるだけ。

 

「ほらほら、早く立たないと死にますわよ」

「──ッ」

 

 これではもはや試練ではなくただの見世物。

 ティアナに向かって振り落ろされるのは黒の刀剣。彼女はその場で転がって寸前で避けると、一瞬だけ身体をガクッとさせながら、何とか立ち上がる。

 

「はぁっ、ぐっ……足がうまく動かせないかもっ……」

「今なら辞退してもよろしくてよ?」

「……っ! 絶対諦めないっ!」

「……あらそう、では頑張ってくださいまし」

 

 助かるチャンスを捨てたティアナへ異世界転生者たちが一斉に襲い掛かった。正義と欲望に満ちた瞳で、得物を構えながらまっすぐに。

 

「死ねっ、死ねぇ!」

「あぁぐうぅッ?!」

「すきありぃ~っと!」

「こほッ、がはっ……?!」

 

 手負いの状態でこの人数は捌き切れない。斬り付けられ、撃ち抜かれ、殴られ、蹴られ、目の前でティアナは抵抗すらできず、ただ(なぶ)られ続ける。

 私は自分の口を塞いでいる茨を噛みちぎろうと顎に力を込めた。トゲが口内に突き刺さり、歯が砕け、大量の血が口元から垂れ落ちたが、

 

 ブチンッ── 

「はぁはぁ、もういいッ!! もう、やめてくれ!」

 

 何とか茨を噛み千切り、ティアナに向かって何度もそう叫んだ。しかし異世界転生者たちの手は止まらず、傷痕を付けられる不快な音と血みどろになったティアナの姿だけが映り続け、

 

 ドスンッ──

「ぁ……うっ……」

「ティアナァアァアッ!!」

 

 大量の血を流しながらティアナはその場に倒れてしまった。彼女は私の呼びかけに応じることは無く、細い指先だけを何とか動かそうとしている。

 

「レプシー、私の命ならくれてやるッ!! だから彼らを止めてくれ!」

「条件を呑んだのはその娘ですわ。アナタ様に辞退の権利はありませんことよ」

「だったら私が代わりに引き受ける! ティアナを救うチャンスを私にも──」

「あっはは、強欲だねヘレンさんはぁ」

 

 私の懇願(こんがん)を嘲笑するハジメ。

 彼はうつ伏せに倒れているティアナの元まで歩み寄ると、右手に握っていたリボルバー銃をティアナの後頭部に突きつける。

 

「優しいレプシー様は君らに十分チャンスを与えただろ。まだ欲しがるなんてすっごく厚かましいと思うけど?」

「……ッ! 裏切り者は黙ってろ! 私はレプシーと話をしているんだ!」

「ああ、僕らは裏切り者だよ? でも騙される君らの方が悪いからね。お利口さんのマネして、テキトーな美談を語ってる……そんな僕らを信用した君らが──」

「ぅそ、だよねっ……?」

 

 響くのは掠れたティアナの声。弱々しい様子で屈んでいるハジメをゆっくり見上げ、口から血反吐を吐きながら虚ろな眼差しを送る。

 

「ハジメ、言ってたよっ……。機関をつくって、ごほっ、グローリアのみんなをっ……守りたいって……」

「はあ? 君、まだそんなこと……」

「タケシ、だって……アカデミーに入ったのはっ、げほっ……グローリアを守るためだって……ほんとの、気持ちだってっ……」

(ティアナ、まだ彼らを信じているのかっ……)

 

 私は言葉を失った。まだティアナはハジメとタケシを信じていたのだ。その虚ろな眼差しには確かに信頼が込められている。

 

「あはは、あっははははは! そんなはず、そんなはずないって言ってるだろぉ!? 僕らはレプシー様のために、君らをここに連れてきたッ! 裏切り者なんだよぉ!!」

「うっぐ、げほっげほっ……信じてる、からっ……」

「うるさいうるさいうるさいッ!! その気色悪い目で、僕を見るなぁああぁぁッ!!」

 

 頭を片手で押さえながら引き金を引こうとするハジメ。だが引き金に付いた指は微動だにしないどころか、

 

「身体が、動かないッ!?」

「ぐぉ、おれさまの、身体もっ……」

「わ、私たちも、どうして動かなく?!」

 

 ティアナを取り囲む異世界転生者全員が動けなくなっていた。ティアナはその隙に傷口だらけの肉体を無理に動かし、私の元へ一歩ずつ前進を始める。

 

「あら、一体どうされましたの?」

 

 レプシーにとっても想定外の事態らしく、茨の椅子に腰を下ろしつつも小首を傾げた。しかしそんなことはどうでもいい。

 

「ヘ、レンっ……」

「っ……!」

 

 今はティアナのことが最優先だ。

 床に大量の血を流しながら着実に一歩ずつ向かってくるティアナ。彼女の見るに堪えない姿に私は言葉を詰まらせる。

 

「はぁはぁッ……すぐ、助けるからっ……」

「無理をするなティアナ! 今は自分のことを……!」

 

 どれだけ叫んでもティアナの歩みは止まらない。直視したくないのに、直視しなければ私はティアナを止めることはできない。

 

「あははっ……私は、ごほっ、平気だよっ……」

「平気なはずがない! 頼むから自分の治療をッ──」

「ねぇヘレン」

 

 遮るように呼び掛けてくるティアナ。よく見てみれば足取りが徐々に重くなっている。一歩を踏み出す瞬間が、後れを取り始めている。

 

「素敵な皇女さまに、げほげほっ……なって、ねっ……」

「ティアナっ……」

「そしたら……また、みんなで遊びにいってっ……。あれ、前はどこに、ごほごほっ、いったんだっけっ……?」

 

 意識が薄れているせいで曖昧になっている記憶。私は何と声をかければいいのか分からず、親友が弱り切っている姿を見て表情を青ざめていく。

 

「仕方ありませんわね。ワタクシが代わりを務めましょう」

(代わり? まさか……っ)

 

 レプシーの視線がティアナへ移る。

 右手の人差し指をゆっくりと向け、不敵な笑みを浮かべた。

 

「げほっごほっ、会った時はケンカばかりだったけどっ……。そのあとは……えへへっ、色々とあったよねっ……」

「来るなティアナッ! レプシーが君を狙っている!」

「辛いことも、たくさんあったけどっ……楽しい思い出もたくさんあったっ……」

 

 もう私の声が届いていない。

 ただ必死に歩みを続け、私の元まで向かってくる。自分の両腕を引きちぎって茨から逃れようとするが、今の私では腕すら引き千切れない。助けたくても助けられない。

 

「ヘ、レンっ──」

「やめろレプシィーーーーッ!!」

 

 だからこそレプシーに向かって声を荒げる。

 やめてくれ、と願うようにして。けれどレプシーの不敵な笑みは一瞬にして、頬を吊り上げた悪魔の笑みへと変わり、

 

「──ごめん、ね」

 ザシュンッ──

 

 足元から突き出した無数の茨にティアナは射貫かれた。

 奇妙なことに肉体が裂ける音もティアナが倒れる音も何も聞こえない。ただ聞こえるのは私の鼓動のみ。

 

「──」

「あら、もうくたばってしまいましたの?」

 

 そんな無音な世界で私もまた、思考も感情も無へと帰した。魂のない抜け殻のようにピクリとも動かないティアナを見つめるだけ。

 

「……フフッ、そういうことでしたの。奇術で最後の抵抗を」 

 

 そして何かを理解したレプシーは異世界転生者たちへ視線を移せば、茨の鞭でハジメの首を刎ねた。すると異世界転生者たちの硬直していた身体が自由に動くようになる。

 

「とっても残念ですわ。折角の機会を逃すなんて」

 

 残されたのはヘレン・アーネット。 

 子種にした異世界転生者たちに嬲り殺させるか、レプシー自身の手で仕留めるか。彼女は余裕な佇まいで、その視線を拘束されたヘレンへ移し、

 

「──いない?」

 

 怪訝な表情を浮かべる。

 何故ならヘレンがそこにいないから。加護の力を失い、何の抵抗もできないはず。レプシーがすぐさま辺りを見渡した──その瞬間、

 

 パァアァンッ──

「ごぉはぁあッ?!!」

 

 立っていたタケシの胴体に風穴が空いた。風船が弾けるようにして軽々と、向こう側が見えるほど綺麗な風穴が。

 

「……」

「──! あの皇女、どうやって抜け出して……?」

 

 仰向けに倒れていくタケシの陰に隠れていたのは、右拳を突き出したヘレン。その瞳は真っ赤に染まり、殺意と狂気に満ちた目を見開いていた。

 

「ワタクシの子種たち、その皇女を皆で殺しなさ──」

「うぎゃああぁッ?!」

「ぐぁああぁあああっ!?!」

「きゃあああぁあッ?!!」

 

 一人は片手で首を引きちぎり、一人は白い刀剣を脳天に突き刺し、一人は真っ二つに両断する。目にも留まらぬ速度でヘレンは異世界転生者たちを殺し尽くし、

 

「……」

「アナタ様、加護の力を取り戻しましたわね?」

 

 肉塊と血だまりの中で天井を見上げ、片目に生えた黒い薔薇を引き抜く。出血と共に再生していく眼球。ヘレンは再生した瞳でレプシーへ殺意を向けた。

 鮮血に濡れたその姿は──血染めの皇女(・・・・・・)そのもの。 

 

「どのようにして取り戻しましたの? 確かに呪印の茨で封じ込めたはず──」

 

 そう言いかけた途端、レプシーの視界からヘレンが消える。目の前から忽然と消えたことで一瞬だけ呆然とし、

 

「……」

「フフッ、随分とお早いですわね?」

 

 側面から刀剣を振り上げるヘレンに気が付き、茨の塊によって防ごうと試みた。刀剣は当然だが弾かれる、レプシーは完全に安心しきっていたが、

 

「……!? 弾けなッ──あ"ぁうぅッ!?!」

 

 ヘレンの振り上げた刀剣は茨を軽々と切断し、レプシーの胴体を斬り裂く。それだけに留まらず、その凄まじい威力に寄って茨の壁ごと破壊すると、(つら)なっていた東棟を崩壊させた。

 

「がはッ……あの力、一体なんですのっ……?!」

 

 百メートル以上も先の瓦礫の上。

 仰向けに倒れたレプシーは黒の血液が溢れ出る斬り傷へ視線を移す。普段よりも再生が遅く、身体の芯に響くような苦痛が全身を駆け巡った。

 

「仕方ありませんわ。予知夢で定めを確立させ──」

 ザシュッ──

「う"ぅくぅッ!?」

 

 右手に持ったのは候補生の名簿が載った古びた本。その本を開こうとした瞬間、レプシーの手首を一発の弾丸が貫き、ボトッと瓦礫の上へ千切れ落ちる。

 

「……」

「──ッ! お早いことっ……!」 

 

 間髪入れずに距離を詰めてくるヘレン。

 狼狽えていたレプシーの胸元へ白の刀剣を刺そうと、その鋭利な剣先を突き出す。レプシーは先ほど茨で受け止められなかったことを考慮し、

 

 キィイィンッ──

「フ、フフッ、アナタ様は粗暴すぎますわッ……!」

 

 呪印をより通わせた茨で何とか受け止めた。

 甲高い不快な音が周囲に響き渡ると同時に、ヘレンの鬼のような形相が目前まで迫る。レプシーは吸血鬼と変わらないヘレンの紅い瞳に思わず頬を引き攣れば、

 

「くッはぁあ"ッ!?」

 

 捉えきれない速度の右脚による蹴りが左頬に打ち込まれ、今度は中央の棟まで勢いよく吹き飛ばされる。威力が収まるまでにいくつもの棟を崩壊させ、辺り一帯に凄まじい轟音を響かせた。

 

「げほッ、ごっほごほっ……さすがは、アーネット家が産んだ化け物ですわねッ……」

 

 頭蓋骨は砕かれ、中身の左脳がはみ出た状態。

 そんな悲惨な傷も少しずつだが再生していく。立ち込める煙の中、レプシーに向かって歩いてくるのは殺意に満ちたヘレン。

 

「……」

「フフフッ、アッハハハッ! いいですわ、来なさい化け物! マニア様の狂愛とアナタ様の加護、どちらが勝るのか試して差し上げますわ!」

 

 おしとやかな振る舞いは消え失せ、狂ったような笑みを浮かべるレプシー。無数の茨を背後から呼び寄せると、先端から鋭利なペン先を覗かせ、淑女らしからぬ構えを取った。

 そして地を蹴ったヘレンの刀剣と薙ぎ払ったレプシーの茨が甲高い音と共に衝突する。

 

「フフッ、アナタ様はワタクシが憎くて憎くてたまらないのでしょう?」

「……」

「アハハッ、寂しいですわねぇ! なにかお喋りになってはいかが!?」

 

 茨による目に留まらぬ速度の鞭打ちと、白の刀剣による高速の連撃。二人は移動を繰り返しながら、激しい攻防の余韻で西棟を次々と崩壊させていく。

 

「教えてさしあげますわ血染めの皇女! 結局、アナタ様の憎悪もワタクシたちと同じ憎悪なのですわ!」

「……」

「親友を殺されたアナタ様と、人間どもにすべてを奪われたワタクシたち! 憎悪の向く先が違うだけのことッ!」

 

 ゼロ距離で繰り広げられる死闘。

 呪印と加護によるぶつかり合い。刀剣と茨が衝突する度に火花が散り、立ち込める砂煙は一瞬にして払われる。互いに退かず、地上で真正面から殺し合う。

 

「アッハハハ、よくご覧になって! この場に正義も悪もありませんわ!」

「……」

「憎悪、憎悪だけここにあるッ! そうですわ、ワタクシたちは復讐心のために愉快な殺し合いをしていますのよぉッ!」

 

 屋根の上へと飛び出せば、空中に浮かぶレプシーはヘレンを見下ろし、串刺しにしようとトゲの雨を降らす。

 ヘレンはトゲの雨を見上げつつも逆手持ちへと切り替え、勢いよく振り上げ、その風圧ですべてのトゲを吹き飛ばした。

 

「……」 

「さあ、アナタ様の憎悪をワタクシへぶつけになって!」

 

 跳躍して向かってくるヘレンに両手を広げるレプシー。互いの距離は縮まり、顔と顔が数センチほどまで近づいた瞬間、

 

「くッぁあ"ぁあッ!?」

「……」

 

 レプシーの心臓に突き刺さる白の刀剣。

 ヘレンの心臓を締め上げる呪印の茨。

 しばらく互いの心臓に得物が触れる苦痛を感じた後、二人は地上の西棟へとゆっくりと自由落下を始める。

 

「フフフッ、ああそういうことでしたのっ……」

「……」

「アナタ様は──加護を肉体に引き込みましたのね」

 

 加護とは肉体に宿るものではなく肉体の周囲を覆う力。だからこそレプシーの呪印で打ち消すことができた。

 しかしヘレンは加護を無意識のうちに自身の肉体へと引き込んでしまったのだ──ティアナを失ったことによる感情の激しい揺さぶりと、レプシーや異世界転生者に対する憎悪によって。

 

「フフッ、それではお互いに散らしましょうか。ワタクシたちの命を」

 

 ヘレンがレプシーへ馬乗りになった状態で地上へと勢いよく落下する。レプシーの心臓をすりつぶそうとする白の刀剣と、ヘレンの心臓を握り潰そうと締め上げる茨。相打ちになる状況下で互いにトドメを刺し合おうとし、

 

『ヘレン』

「……!」

 

 ヘレンの脳内にティアナの声が響いた。何かに気が付いた彼女は目を見開くと、徐々に刀剣を握る手の力が弱まっていく。

 

『急に組むことになっちゃったけど……一緒にがんばろっ?』

『それに私はね、イザード家の顔として頑張らないといけないんだ』

『全員が全員、ヘレンみたいに強い人ばかりじゃない!』

 

 初めて会った時のティアナの笑顔。自身の家系に思い悩んでいるティアナの険しい顔。足切り沼で口論になったときのティアナの真剣な顔。彼女との思い出と共に様々な顔が浮かんでくる。

 

「あら、どうしましたの?」

 

 レプシーが眉をひそめる。だがそんな声など耳に入らず、私の脳裏に次々と過るのはティアナとの思い出だけ。

 

『ヘレンは私たちと同じ人間で──私の大切な友達だよ」 

『自分を殺さないで』

『大丈夫、生きてる間はずっとそばにいるよ』

 

 化け物じゃないと否定をしてくれた優しいティアナの笑顔。人間らしく生きてもいいと背中を押してくれたティアナの微笑み。ずっとそばにいると約束してくれた安堵の笑み。

 

『心配するな。どんな時でも私が君のそばにいる』

『ヘレン……』

「だから、その、君は私を支えてくれ」

『……ありがと、ヘレンっ』

 

 守ってみせると決意した。そばにいると約束した。そんな決意も約束もゴミ当然の価値に成り下がった。

 

『──ごめん、ね』

 

 最後に過るのは茨に射貫かれるティアナの最期の言葉。ヘレンはゆっくりと白の刀剣から手を離し、レプシーに馬乗りになったヘレンはだらんと両腕を下ろしてしまう。

 

「……殺せ」

「あら?」

「私を、殺してくれ」

 

 ヘレンにとって生きる希望はティアナの存在だった。生きる意味なんてない。殺意に満ちた真っ赤な瞳は光を失い、レプシーに殺されるだけの人形に成り下がる。

 

「アナタ様、死をお望みですの?」

「ああ、殺してくれ」

「……フフッ、アッハハハッ!」

 

 高笑いをするレプシー。

 仰向けになった彼女は絶望した顔を見上げながらゆっくりと頬を吊り上げて、心臓を締め上げていた茨をしまう。

 

「お断りしますわ」

「何で……」

「死ねない肉体で希望のない現世を這いずり回る……これほどの絶望ありませんもの」

 

 悪魔のような笑み。

 ヘレンは目を見開いた状態でレプシーのことを見下ろす。

 

「さぞ苦しいでしょう? アナタ様の大切なご友人が無残に殺される姿を、脳裏に焼き付けて生きていくのは!」

「お前はっ……」

「さあどうしますの? ワタクシを生かしておけば、グローリアもアナタ様のお仲間も皆殺しにしますわよ?」

 

 残された選択は一つしかない。

 ヘレンは煮えたぎる怒りと絶望に満ちた顔で乱暴に白の刀剣を握りしめる。

 

「フッフフッ、それではごきげんよう」

「……ッ! 黙れぇッ!!」

「フッ、アッハハハハハハァッ! アッハッハッハッハッハッ──」 

 

 高笑いと共に聞こえるのは心臓がすり潰れる音。レプシーの耳障りな高笑いは消え、無音だけが空間を支配する。

 

「……」

 

 ヘレンは無言で立ち上がるとゆっくり歩き出す。

 向かう先はティアナが倒れている場所。そんな彼女の背後ではレプシーの遺体に黒い薔薇が生え、黒い液体となって溶けていく。

 

「……ティアナ」

 

 辿り着いたティアナの前。

 血だまりの中でうつ伏せに倒れている。ヘレンは全身の力が抜けたようにドスンッと座り込み、ティアナの冷たい右手を握った。

 

「何が、皇女だっ……」

 

 異世界転生者たちの死体に囲まれたヘレンの右頬に伝う一滴の涙。血だまりの上に落ちると波紋が広がっていく。

 

「大切な人すら守れない私に、皇女なんて務まるかっ……」

 

 ヘレンはティアナの亡骸を抱き抱える。

 目に入るのは光が灯らず、生気のない瞳。弾丸で撃ち抜かれ、刀剣で斬り裂かれた傷痕。茨で貫かれた穴からはもう血すら流れない。

 

「……うっ、あぁあぁっ」

 

 緊張の糸が切れたのを合図に涙が止まらなくなる。ヘレンは泣き崩れるようにして、ティアナの胸元へと顔を埋めるが、

 

「あ"ぁあ"あぁあぁあ"ぁあぁあぁあ"あぁああ"あッッーー!!」

 

 あの時のように微笑んではくれなかった。

 

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