ЯeinCarnation   作:酉鳥

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第34話『罪人の皇女』

 

「本当なのティア!? ヘレンとティアナが襲撃に遭ってるって!」

「ええ本当です! どうやらティアナが夜分に出歩いていた生徒へ救援要請を出したらしく……!」

 

 女子寮の廊下を走るのはティアとエリザ。

 二人が走って向かう先はアカデミーの校舎裏。着替えたばかりなのか制服はやや着崩れ、髪も整えられていない状態だった。

 

「その本人はどこにいるのよ?」

「分かりません。その生徒いわく、校舎裏にある小屋の中へ消えたと」

 

 校舎裏へと向かう二人。

 小屋の前にいるのはカミルたち。リパ島へと訪れたメンバーは既に招集を受け、そわそわした様子でティアたちを待っているようだった。

 

「ちッ、やっと来やがったか」

「カミル、状況を教えてください」

「中を見てみろ。眼鏡がとんでもねぇものを見つけやがった」

 

 促されるがまま小屋へと立ち入ると、全身が映り込む鏡の前で待機しているニコラス。ティアとエリザはそばまで歩み寄った。

 

「ニコラス、何を見つけたのよ?」

「この鏡だ」

「鏡、ですか?」

「見ていてくれ」

 

 そう言って右手で鏡に触れると向こう側まで貫通する。目を丸くするエリザとティアを他所に、ニコラスは鏡の向こう側へと消えてしまった。

 

「どういう原理なのか僕にも説明できないが……ティアナ・イザードがここを通ってきたという結論は確実だろう」

「それではすぐに向かいましょう。今は一刻を争います」

「うむ、賛成だ! 我々だけでも増援に向かわねば……!」

 

 エレナがティアに同意すれば順番に鏡の向こう側へと通り抜ける。そしてその先に広がっていた光景に誰もが絶句した。

 

「ほ、ほえー……何ですかこれ?」

「おいおい、眠り姫の書庫ってのが瓦礫の山なんておじさん知らなかったぜ」

 

 フローラは口をぽかんとさせ、パーシーは冷や汗をかく。

 何故なら眠り姫の書庫のほとんどが瓦礫の山となっていたからだ。そんな中でルーナは周囲の匂いを嗅いで、東棟へと顔を向けた。

 

「……向こうから、血の臭いがする」

「嫌な予感がする! ルーナさん、そこまで案内して!」

「分かった」

 

 ルーナを先頭に崩壊しかけた眠り姫の書庫へ侵入する。東棟へ続く廊下の窓はすべて割れ、本棚が破壊されていることで無数の本が床に散らばっていた。

 

「何をすりゃあこんなぶっ壊せるんだよ?」

「爆破物を使ったのでは?」

「いいやユーたち、この痕跡はノーウェポンだぜ。別のナニカが関係してるみたいだ」

 

 カミルとティアの憶測を否定するレクス。彼は走りながら至る箇所にある瓦礫を一つずつ観察して確信を得るようにそう答える。

 

「……臭いが濃くなった。多分、あそこの部屋」

「各自、得物を構えろ!」

 

 エレナの呼びかけに各々が刀剣やリボルバー銃を構えた。全員が目的の部屋の前で一度立ち止まると、カミルとルーナが前線に並び、後方でエレナとティアがいつでも援護できるよう陣形を整える。

 

「パーシー、あの天窓から中を偵察をしてくれ」

「りょーかいだぜ」

 

 ニコラスが偵察を頼むと、パーシーは壁を器用に上って屋根上へ移動する。物音一つしない最中、奇妙な緊張感をカミルたちが全身に感じ始めていた。

 

「パーシー、中の様子は?」

「……」

「パーシー?」

 

 天窓から覗いているパーシー。

 ニコラスの呼びかけには応じず、顔を青ざめている状態。そんなパーシーを見るのは初めてだったため、ニコラスも眉をひそめてしまう。

 

「ちッ、何してやがるあのおやじ。……おい、中へ入るぞ」

「うむ? しかしまだパーシー殿が偵察を……」

「んなの悠長に待ってられねぇ。何かが起きてからじゃおせぇんだよ」

 

 カミルはルーナを視線を交わすと一斉に扉を蹴破って中へと突入した。カミルたちはすぐさま周囲を警戒するはずだったのだが、

 

「──こりゃあ、何だ?」

 

 思わず呆気に取られた。何故なら辺りには候補生らしき死体が転がっており、壁一面が血で染め上げられた景色だったからだ。

 

「ねえ、あそこにいるのヘレンじゃない?」

「ええ、そのようですね」

「でもティアナはどこにいるのかしら……?」

 

 部屋の中央にいるのはヘレン。

 女の子座りをしながら静かに佇んでいた。エリザとティアが彼女の姿を見つけると、カミルは周囲を見渡しつつもヘレンへ歩み寄る。

 

「おい皇女」

「……」

「ここで何があった? ティアナのやつはどこにいるんだ?」

 

 ヘレンは背を向けたまま何も答えない。

 カミルはまったく返答のない彼女にやや苛立ちを覚えると、ヘレンの左肩に手を置いて顔を覗き込もうとする。

 

「おいてめぇ、聞いてんのか──」

 

 そして言葉を思わず止めた。

 理由は二つある。一つはヘレンの顔にまったく生気を感じられなかったから。そしてもう一つは、

 

「……そいつはティアナ、なのか?」

 

 魂が抜けたティアナを抱えていたから。

 カミル自身も最初は目を疑った。死んでいるはずがない、とどこかで思い込んでいたからだ。だからこそティアナなのか尋ねてしまった。

 

「何かあったのですかカミル──まさか、ティアナ」

「あっあぁっ……ティ、ティアナちゃん……」

 

 お面越しでも分かるティアの動揺と膝から崩れ落ちるフローラ。少しだけ離れた場所にいたエリザとジーノは、二人の反応で何が起きたのか気が付くと、

 

「エリザさん!」

「ええ、下がってなさい! すぐに応急処置を……!」

 

 そばまで駆け寄ってティアナの容態を見る。

 ジーノはヘレンに抱えられたティアナを目にしてしまい、思わず(まぶた)を閉じて静かに項垂れたが、

 

「しっかりしてティアナ! 私の声が聞こえる!?」

「エリザさん、ティアナさんはもう……」

 

 エリザはまだ助けられるとティアナへ呼びかける。しかしジーノはすべてを悟ったようにエリザへと声を掛けた。

 

「まだよ、まだ助けられるわ! 呼吸が止まってるから胸骨(きょうこつ)を圧迫して心臓を──」

「落ち着きなエリザ嬢ちゃん」

 

 それでも応急処置を始めようとするエリザ。

 見兼ねたパーシーは天窓から降りてくると無言でエリザの元まで近づき、ティアナから力ずくで引き剥がす。

 

「離しなさいパーシー!」

「……ティアナ嬢ちゃんはもう手遅れだ」

「医学を学んでないあなたに何が分かるのよ!? 素人は下がってなさ──」

「エリザ嬢ちゃんが一番分かってるんじゃないか? 手の施しようがないってな」

 

 そう冷静に諭されるとエリザは両手で顔を覆い、ゆっくりと膝を突いて両肩を震わせる。パーシーは慰めるように、エリザの背中をさすった。

 

「おい皇女」

「……」

「何があった?」

 

 カミルは事情を尋ねるがヘレンからの返答はない。

 ティアナを失った悲しみとぶつけようのない怒り。それらの感情によってカミルはついに苛立ちを抑えきれず、

 

「おい皇女ッ! ここで何があったのか答えろって言ってんだよッ!!」

「……」

「止せカミル!」

 

 ヘレンの胸倉を掴み上げる。見ていたニコラスはすぐさま駆け寄ると、真剣な表情を浮かべながらカミルの両腕を押さえ込んだ。 

 

「少しは冷静になれ!」

「こいつが何も喋らねぇからだ……!」

「分からないのか? ティアナ・イザードを失い、最も傷ついているのはヘレンだろう!」

 

 生気のない虚ろな瞳をしたヘレン。到底、喋れる状態ではない。ニコラスの反論とヘレンの顔色によって、カミルは胸倉から手を離す。

 

「なんだって、ティアナのやつが……クソォッ!」

 

 カミルはぶつける先のない怒りを込めた右拳を、近くの壁へと叩きつける。その様子を見ていたジーノは、ヘレンとニコラスの元まで近づいた。

 

「ニコラスくん、ヘレンさんは僕が介抱するよ」

「……任せた」

 

 ジーノにヘレンの介抱を任せると、ニコラスは誰にも顔を見せないよう背を向け、眼鏡のフレームを押し上げる。

 

「僕が、ここで取り乱すわけにはいかない」

 

 悲しみを堪えなければならない。

 如何なる時でも冷静さを欠けてはならない。……とニコラスは自分に言い聞かせた後、惨状を受け入れるために振り返った。

 

「ニコラス殿、私は付近の捜索をする。生き残りがいるかもしれん」

「了解した」

 

 エレナはティアナの死を受け入れているのか、酷く冷静にそれだけ告げるとリボルバー銃を片手に部屋から出て行こうとする。

 

「エレナ」

「……何だね?」

「君は強いようで安心した」

 

 ふとした賞賛の言葉。

 ニコラスは足早に去ろうとするエレナへ何気ない言葉を送れば、少しだけ身体をピクッと硬直させ歩みを止める。

 

「ニコラス殿」

 

 いつも変わらない声色。

 エレナはしばらく天井を見上げ、右手に持っていたリボルバー銃を力強く握りしめた後、

 

「私は、まだ未熟者なのだよ」 

「……!」

 

 最後に感情を押し殺すようにそう告げ、書庫を出ていく。

 エレナは感情を殺してまだ助けられる命を探そうとしていたのだ。ニコラスはたくましくもあり、小さくもある背中を見送ると、室内を探索するレクスの元まで歩み寄る。

 

「レクス、収穫はあったか?」

「……ユー、この傷をルックだ」

 

 レクスが屈みながら指差すのは候補生の死体に残された斬り傷。ニコラスは片膝を突いて、その傷をよく観察してみる。

 

「これは百パーセント、ルクス零式(ぜろしき)で斬られた痕。しかもだぜ、相当なパワーがなきゃこんな傷付けられない」 

「君はつまり何が言いたい?」

 

 レクスは言おうか言わないかを迷っているようで、しばらく口を閉ざして考え込む。ニコラスは嫌な予感がしつつも、レクスの言葉を待っていれば、

 

「候補生を皆殺しにしたのは、ヘレンっちだ」

「……! まさかだろう、その結論には誤りが──」

「ミスリードはないぜ、ニコラスっち。よくシンキングしてみな。ルクス零式で人の胴体を真っ二つにできるヒューマン。そんなのヘレン嬢ちゃん以外にいないだろ?」

 

 ヘレンが候補生を皆殺しにしたという事実を突きつけられる。ニコラスは険しい表情でジーノに介抱されたヘレンを遠目で眺めた。

 

「レクス、一つ尋ねさせてもらおう。ヘレンが罪人となる確率は何パーセントだ?」

「そりゃあユー、百パーセントに決まってる」

「……辺りに散らばった証拠を隠滅すれば確率は下がるか?」

「──!」

 

 ニコラスの発言に唖然とするレクス。

 彼はしばしニコラスの横顔を眺めた後、呆れた素振りを見せて、

 

 パチンッ──

「……っ」

 

 額にデコピンを入れる。

 ニコラスは突然のことで自身の額を押さえるとレクスに「何のつもりだ」と顔を向けた。

 

「ユーはとんだフールだぜ。正面から立ち向かわないなんてな」

「だが僕らが手助けしなければ極刑は免れないぞ」 

「チッチッチッ、手助けしないなんて言ってないだろ」

 

 レクスは壁に付いた斬り傷やティアナの遺体へ視線を移しつつ、胸元から茶色の手帳とペンを取り出すと器用な手つきで模写を始める。

 

「ユー、あそこの壁に付いた傷が見えるか?」

「ああ、僕から見て八十六度あたりの位置にある傷か」

「鞭のような武器で引っ(ぱた)かなきゃ、あんなにはならない。……あと方角はどーでもいいぜ」

 

 刀剣でもリボルバー銃でも付けられない壁の傷。レクスは手慣れた様子で正確に模写をすると、次はティアナの遺体を観察しつつ、再び説明を始める。

 

「ティアナっちの身体に空いた穴。あれもリンカーネーションの武装で付けられるものじゃない」

「過程の説明は必要ない。結論だけ述べてくれないか?」

「つまりだぜ、この惨劇を引き起こした主犯は別にいるってことだ」

 

 主犯は別にいる。

 その憶測を聞いたニコラスはすぐさま考える素振りを見せ、自分の頭の中で一つの結論を導き出す。

 

「神命裁判でヘレンの無罪を勝ち取るため、何かしらの証拠を見つける。それが僕らに可能な手助け……と君は言いたいのか?」

「ザッツライトだ、ニコラスっち!」

「上手くいくとは思えないぞ」

「ユー、どーしてそう思うんだ?」

 

 正解だと言わんばかりに指を鳴らすレクス。しかしニコラスは表情を曇らせたまま。納得していないわけではなく、とある懸念点が脳裏を過っていた。

 

「神命裁判は罪人自身が無罪を主張しなければ、開廷することは不可能だろう?」

「何かプロブレムでもあるのか?」

「……ティアナを失った今のヘレンが──」

 

 生きる希望を見出せないヘレン。

 その顔は死を待つのみの絶望に満ちたもの。ニコラスはより一層険しい顔つきになり、

 

「──自分の無罪を主張してくれるだろうか」

 

 最大の懸念点をぽつりと呟いた。

 

 

────────────────────────

 

 

 グローリアの首都であるアルケミス。

 眠り姫の書庫による事件で卒業試験は中止となった。リンカーネーションは総出で眠り姫の書庫へ出向き一週間後。あらかた現場を調べ尽くした頃合いとなり、

 

「ねえ聞いた? 皇女さまが牢獄に入れられたって」

「噂だと候補生を皆殺しにしただとか!」

「前より愛想が良くなったと思ったけど、気のせいだったのかしら……?」

 

 多数の死者が出たことや、イザード家のティアナ・イザードが戦死したこと。そしてヘレンに候補生を皆殺しにした容疑がかかっていること。

 あらゆる噂が一瞬にして街中へと広まった。

 

(ちッ、どいつもこいつも耳障りなことしか喋らねぇ)

 

 聞きたくもない民衆の会話を耳にしてしまうカミルは不機嫌な様子で街中を歩き、とある場所まで向かっていた。

 

(ヘレンのヤツ、いつまで口を割らねぇつもりだ)

 

 その場所は罪人を収容する地下牢獄。案の定、現場の証拠などからヘレンが罪人となり、アーネット家の血筋を継いでいるのにも関わらず、投獄されていた。

 

「……カミルか」

「マークさん、何でここにいるんです?」

 

 階段を下りた先の地下牢獄。

 ヘレンが収容された牢獄の前にいたのは四ノ戒マーク・トレヴァー。口元を黒い布で隠し、フード式の衣服をまとっている。常に冷静沈着な振る舞いをし、戦場では伯爵を十体以上相手にし、無傷で帰還したという噂がある十戒の一人。

 

「見に来た」

「皇女をっすか?」

「そうだ」

 

 ヘレンは牢獄の隅で静かに座っていた。

 用意された食事に手を付けた様子もなく、ただ虚空をぼーっと眺めているだけ。マークは黒いマスクの位置を調整すると、カミルをじっと見つめた。

 

「どうなると思う」

「……何がっすかね?」

「彼女の処分。加護で死ねんはずだ」 

「生涯牢獄暮らし、とかじゃないっすか」

 

 極刑を受けたところでヘレンは加護のせいで死ねない。踏まえれば牢獄で一生を過ごすことになる。カミルは視線を逸らしてバツが悪そうにそう答えた。

 

「生き地獄だな」 

「……っすね」

「助けんのか?」

「助けたくてもそいつに罪を否定してもらわなきゃ無理でしょう」

 

 カミルが牢獄に出向いたのはヘレンと対話をするためだ。助けるには神命裁判によって無罪を勝ち取る必要がある。だからその最初の一歩として、ヘレン自身が罪を否定する必要があった。

 

「マークさんなら、そいつをどうやって助けます」

「……殺す」

「は? どういう意味です?」

 

 カミルの横を通り過ぎるマーク。どういう意味なのかを尋ねるとマークは立ち止まり、ゆっくりと俯いた。

 

「昔、吸血鬼に荒らされた小さな村を救った」

「はぁ……」

「生き残りは若い女一人だけだ。子供と夫を吸血鬼に殺されたらしい」

 

 マークが昔話を唐突に始めたため、カミルは眉間にしわを寄せて首を傾げる。しかしマークはそのままぶっきらぼうに話をこう続ける。

 

「女はその皇女と一緒だった。何も口にせず、生きる活力がなかった」

「……そいつはどうなったんですか?」

「俺が殺した」

「──は?」

 

 救った人間を殺した。

 何食わぬ顔でそう言ったマークに、カミルは思わず言葉を漏らす。

 

「命を救えても、心は救えない。それが俺だ」

「だからって、殺すなんてのは……」

「死を望むのなら殺す。生きたいと望むのなら殺さん。これぐらい極端の方が俺にとってやりやすい」

 

 本気の声色を聞いてカミルは息を呑んだ。以前から知ってはいたが、このマークという十戒は相当な変わり者であると。

 

「しかし思った通りだった」

「何が……」 

「やはり生きる希望を失った者にとって──死こそが希望だ」

 

 不死なる皇女への皮肉。

 それだけ吐き捨てるとマークは去っていく。カミルはその後ろ姿を軽く睨みつけた後、牢獄の中で虚空を見つめているヘレンへ視線を移した。

 

「おい皇女」

「……」

「てめぇが冤罪だって主張しなきゃあ、俺たちは手助けできねぇ。何度だって来てやるが……そろそろ話を聞いてくれたっていいんじゃねぇか?」

 

 いつものようにヘレンが呼びかけに応じることはない。かれこれ十回以上はカミルも顔を出しているが、声すら聞いたことがなかった。

 鬱憤(うっぷん)が溜まりに溜まっていたカミルは歯軋りをすると、鉄格子(てつごうし)に勢いよく掴みかかる。

 

「聞こえてんのかヘレン・アーネット!」

「……」

「ニコラスとレクスは朝から晩まで現場の調査、エリザとパーシーは死体の解剖、フローラやティアたちは他の候補生共に事情聴取……ッ! 分かるか?! 俺たちはてめぇのために動いてんだよ!」

 

 怒声を飛ばすカミル。

 全員が各々出来ることを探し、神命裁判のために備えていた。だがその内容を伝えたところでヘレンの表情は何一つ変わらない。

 

「ティアナはてめぇを変えた! 気に食わねぇツラをしていたてめぇを、皇女になれる器に変えてくれたんだよッ!」

「……」

「だから何が何でもぜってぇに助けなきゃならねぇ!! ここで助けなきゃティアナのヤツに……俺たちが顔向けができねぇんだよッ……!!」

 

 カミルは心からの叫びを吐露しながら鉄格子を掴んだ両手を震わせる。これでも心に届いていないのか、ヘレンは未だに虚空を見つめたまま。

 

「……分かってる、分かってんだ。俺はティアナの代わりにはなれねぇって」

「……」

「このままだとあいつらの努力も、ティアナが命を懸けた意味もなくなっちまうんだ。頼むから口を開いてくれ皇女ッ」

 

 思い詰めた顔でゆっくりと俯くカミル。

 塞ぎ込んでしまったのは心の支えだったティアナを失ったことが原因。カミルは代わりとなれず、そばで支えてやれない自分に多大な責任を感じていた。

 

「……悪い、取り乱した」

「……」

「また来るからな。顔ぐらいは洗っとけよ」

 

 今日も口を開いてはくれない。カミルはやるせない気持ちを胸に抱えながらも、牢獄へ背を向けて去ることしかできなかった。  

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