カミルにすべてを話した一ヵ月後。
私は晴れて薄暗い牢獄から解放され、右手に桃色のジニアと呼ばれる花を持って、イーストテーゼの街中を歩いていた。
目的はもちろんカミルたちとの合流。場所は──ティアナが眠る墓石。
「見て、皇女様よ」
「ええ、無実だったらしいわね」
「私、てっきり気が触れたのかと……」
神命裁判はとっくの前に終わった。
結果として無罪放免。私は一週間の留置を命じられ、たった今解放されたばかりだ。
(……カミルたちには大きな借りができたな)
それもこれも全ては証人であるカミルたちのおかげ。絶対に無罪を勝ち取れると断言していた通り、私の罪を払拭できる証拠を数多く集めてくれていた。
「まずだが、罪人ヘレン・アーネットが所持していた武装はルクス零式とディスラプター零式の二つだった。T機関の報告書によれば、候補生の遺体の状態から彼女の犯行だと結論付けられていたが……」
「けど解剖の結果、ティアナ・イザードの遺体には槍で貫かれたような傷痕が。ハジメ・オトゴトの遺体には首を鞭のようなもので刎ねられた傷痕が残されていたわ」
ニコラスとエリザが携わるのは遺体の解剖。
候補生を皆殺しにした事実は揺るがない。だからこそレプシーの存在をほのめかせる証拠を突きつけることにしたらしい。
「ほらユーたち、これをよぉくルックしとけ」
更に印象付けるためにレクスが製作したのは鋭利な鞭。彼は百八十センチほどの石の壁を用意し、その鋭利な鞭を慣れた手つきで振るう。
「……書庫の壁や床にあった傷とそっくりだろ? ルクスじゃインポッシブルなわけだぜ」
報告書に記載されていた傷、実物の傷、ルクスによる傷。この三種類を比較しながら民衆たちに見せつけると、
「これらの証拠を踏まえて……あの場には第三者が存在した事実と、その第三者が主犯であると結論付けよう」
第三者の存在を証明。
ニコラスが赤いフレームの眼鏡を押し上げ、そう結論付けた。すると次は私たちの番だ、と後ろに控えていたフローラとティアが前に出てくる。
「事件当日……ヘレン・アーネット、ティアナ・イザードのほかに同伴している候補生がいました。それはハジメ・オトゴトとタケシ・スギウラ。異世界転生者の二名です」
「ほ、他の候補生から証言も沢山とれています。ヘレンちゃんとティアナちゃんはよく異世界転生者の二人と行動をしていて……卒業試験の日も一緒にいたと」
冷静なティアとやや緊張気味のフローラ。二人は私たちが異世界転生者と行動していたことを証明すると続けてこう説明をする。
「ヘレン・アーネットは『彼らに嵌められ命を狙われた』と証言して……いいえ、訂正します。『異世界転生者に嵌められた』が正しい証言です」
「正しい証言、です!」
私とティアナは二人の罠にかけられた。
だが思い返してもみれば異世界転生者たちが総出で手を組んでいたに違いない。そんな私の証言をティアが訂正しつつ代弁してくれる。
フローラは言うことが無いのかオウムのように言葉を繰り返すだけだが。
「彼らを誘導したのは『あの場にいた第三者』である主張します。ヘレン・アーネットの命を狙い、グローリアの転覆を企んでいた第三者だと」
「な、なのでヘレンちゃんがしたことは正当防衛だと思います!」
「そうですね。彼女は身を守るために刃を向けざるを得なかったのでしょう。……私たちからは以上です」
二人は最後にそう伝えると弁護を終える。
その入れ替わりで姿を見せたのはカミルとエレナ。カミルは右手にビニールに包まれた古ぼけた本を周囲に見せつけ、神判を下す者を鋭い視線で見上げた。
「こいつは卒業試験の受付に置かれていた本だ。候補生共の遺体が転がってた現場から見つかった。んで、こんなもんが見つかったんだろうなエレナ?」
「…この本を鑑定したところ表面から『カルロ・ドレイク殿』の指紋を確認した。現場に彼の遺体が見つかったことから、持ち出したのはカルロ殿だと見受けられる」
「分かるだろ? あの野郎も第三者に候補生の記録を渡した裏切り者ってことだ」
書き記されているのは候補生の名前。
卒業試験の受付に使われた本がなぜ落ちていたのか。誰が持ち出したのかをエレナは堂々とした態度で述べ、カミルはカルロの裏切りを吐き捨てるように主張した。
「そんだけじゃねぇ。候補生や教師共以外の痕跡も残ってんだよ。どんなやつとも一致しねぇ……知らねぇ誰かの指紋がな」
「我々はこの指紋が第三者の存在を示す確たる証拠だと考えているのだよ。これだけの証拠があれば認めざるを得んだろう」
現場にいたはずの第三者。
存在した事実を根元から固めると、エレナはカミルの方へ視線を移す。
「こっからが本題だ。ヘレンの証言によりゃあ第三者の名は茨姫レプシー。『黒薔薇十字団』に所属し、加護に似たような力……『呪印』を持ってたらしいぜ」
「更にその者は吸血鬼ではなく人間であったとヘレン殿は証言している。自身が人間であるにも関わらず、人間へ憎悪を抱いた狂人だと」
「つまり、全部レプシーの野郎が引き起こした惨劇ってわけだ」
黒薔薇十字団と茨姫レプシーの存在。
傍観者からのどよめきと疑いの声。しかし隅の方で控えていた十戒の者たちは、存在を知っているかのように耳を傾けていた。
「いいかてめぇら。ヘレンは候補生を殺したんじゃねぇ。候補生やグローリアを守るために、ティアナのために戦い抜いた。……ただそれだけなんだよ」
カミルが最後に総括するとニコラスが無言で隣に立つ。そして神判を下す者を淡々と見上げると、
「僕らは以上の証拠から『主犯は茨姫レプシー』であり『異世界転生者は危険な存在である』と結論付け──ヘレン・アーネットは無罪である主張させてもらおう」
信念を感じさせる主張を告げた。
こうしてニコラスたちの主張は認められ、私は無罪放免となったのだ。
「おせぇぞ皇女」
「……少し道に迷ってしまってな」
可憐な花が多く添えられた墓石の前。
カミルたちは既に集まっていたようで私の姿を見るなり少しだけ頬を緩めた。
「すまないティアナ、顔を出せなくて」
私は墓石の前に立つとその場に屈んでジニアの花を添えた。刻まれている『
(……安らかに、眠ってくれ)
目を閉じながらそう願う。
地表に付いた手に温もりは感じない。冷めた石の表面は最期に握りしめたティアナの冷たい手と似ているようで、少しだけ表情を強張らせる。
「ティアナにそんな顔を見せるなよ」
「……カミル?」
左手に重なる温かい右手。
目を開けてみれば隣にはしゃがみ込んだカミルがいた。私の左手の上に自身の右手を重ね、真剣な顔でティアナの墓石を見つめる。
「あいつがお前のどんな顔を見たがってたか思い出せ」
「私の、どんな顔を……」
脳裏を過るのは海岸。
私がすべてを打ち明けて、ティアナがすべてを受け止めてくれたあの日。彼女はやや恥ずかしながらも、嘘のない純粋な笑顔で、
『それにね、私は笑ってるヘレンの方が好きだよ……?』
確かにそう言ってくれた。
私はティアナの言葉をハッキリと思い出すと、強張っていた表情が徐々にほぐれていき、
「……ああ、そうだったな」
すぐそこに眠っている彼女へ微笑んだ。隣にしゃがみ込んでいたカミルは重ねていた手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「君たちに改めて礼を言わせてくれ。私を信じてくれてありがとう」
「気にしないでください。私たちはなすべきことをしただけです」
「そーだぜヘレン嬢ちゃん。仲間を助けてやるのは当たり前だろ?」
振り返りながらその場に立ち、私はカミルたちへ礼を述べる。するとティアとパーシーは両隣へ歩み寄ると、励ますかのように私の肩へ手を置いた。
「ユーたち、水を差すようで悪いんだが……大事な話をしてもいいか?」
「レクス殿、大事な話とは何だね」
エレナは眉をひそめてレクスへ詳細を尋ねる。彼は丸太の上に腰を下ろして僅かに申し訳なさを醸し出しつつも、かけていた眼鏡のレンズを拭いて、私たちのことを一望した。
「
「……呼び方?」
「俺はねルーナっち、異世界転生者じゃなくて『トリックスター』って呼び方に変えた方がいいんじゃないかって思っててな」
呼び方をトリックスターに変える。その意図がいまいち分からず、私たちは黙ったまま互いに顔を見合わせていたが、
「この世界に破壊や混乱をもたらすこともあるし、未知なる文化や未来を創り出すこともある。……だから異世界転生者をトリックスターって呼びたいんだよね?」
「ザッツライトだぜジーノっち」
ジーノだけはその意図を汲み取ると、私たちへ分かりやすく呼び方を変える意味を伝えた。レクスは指を鳴らすと勢いよく立ち上がる。
「今回のヘレンっちの件でハッキリと分かった。
ズボンのポケットから取り出すのは一枚の銀のコイン。表には果敢な騎士が、裏には醜い悪魔が刻まれている。レクスは私たちへ裏表を見せた後にコインを指で宙へ勢いよく弾いた。
「コインの裏表は必然じゃなくて偶然が決めるもの。偶然が表を引き寄せれば、グッドなトリックスターになるだろうぜ。だがまぁしかしだ、今回は──」
落下してきた銀のコインを手の甲で押さえる。私たちの注目が集まる最中、レクスは裏表を見ずにゆっくりと手を退けると、
「──裏が出ちまったってことさ」
裏状態の銀のコインを見せつけた。
偶然が異世界転生者の裏表を決める。確かにその通りかもしれない。偶然レプシーと出会い、偶然その復讐劇に感嘆し、偶然私たちが巻き込まれた。
全員が険しい顔で黙っていると、ティアはゆっくりとレクスの前まで歩き出す。
「トリックスターという呼び方に異論はありません」
「そうだろ、ティアっち」
「ですが裏となったコインも……必然さえあれば表に変わるとは思いませんか?」
コインを裏側から表にするティア。
皆の反応は様々だった。その可能性があると同意する者、何とも言えず迷う者と色んな表情が窺えるが、
「彼らは変われない」
私は真っ向から不可能だと言い放つ。カミルたちは私へ視線を移し、ティアは狐の面越しでこちらをじっと見つめてきた。
「……では私たちにとって表となるトリックスターはどうです?」
「表だろうと裏だろうと彼らは低俗な存在だ」
「ヘレン、その考えは浅はかかと──」
「私はトリックスターを認めない。だから生かしておく理由も、ないだろう?」
微かに込められた殺意。
それを感じ取ったティアたちは目を見開く。そんな重苦しい空気の中で、カミルはすぐ我に返ると私の背中を軽く叩いた。
「落ち着け皇女。目がマジになってんぞ」
「……カミル、私は本気だ」
「お前……」
その時の顔が彼にどう見えたのか分からない。しかしカミルは珍しく言葉を詰まらせ、私の顔を呆然とした様子で見つめていた。
しばらくするとため息交じりに視線を逸らし、私の前に立って全員の顔を見渡す。
「だがまぁ、レクスの提案には賛成だろ。異世界転生者って呼ぶより、トリックスターのしっくりきやがる」
カミルの問いかけに全員が頷いて賛同する。ただ私だけは頷きもせず、トリックスターに対して込み上げた負の感情を抑えきれないまま、表情を曇らせていた。
「あと、そうだな。明後日からお前たちにしばらく皇女の世話を頼みたい」
「……? カミル殿、どこかへ行くのかね?」
「んな大したことじゃねぇが……ブレイン家として遠出があってな」
何とも言えない顔でそう伝えるカミル。
どこかおかしな様子に私たちは疑心に満ちていたが、ニコラスだけはハッとした様子でカミルへと詰め寄る。
「カミル! まさか君も戦争に連れ出されるのか……!?」
「──! ……はぁ? 何言ってんだよ眼鏡」
「惚けるな、公爵との戦争だろう!? 以前、目にした報告書に『灰の裂け目まで吸血鬼の侵攻を押し返す』と書いてあった!」
誤魔化そうとするカミルの両肩を掴み、問いただすニコラス。彼が声を荒げる姿など滅多に見ない。私たちはどういうわけなのか、カミルの口から聞くため全員で注目する。
「なぜだカミル? なぜまだ候補生の君が戦争にっ……!」
「はっ、ブレイン家に相応しいのは俺しかいねぇんだとよ」
ブレイン家は子孫繁栄が上手くいかず、身寄りのない子供たちを引き取っているとよく聞いていた。だがそれがここまで追い詰められている状態だと知らず、ニコラスは両肩から手を離す。
「仕方ねぇだろうが。こうなった以上、逃げ出すわけにもいかねぇ」
「カミル、私もその戦争に──」
「ダメだ皇女。お前はエゴンたちがいない間、この国を治めなきゃならねぇだろ」
カミルは私の言葉を遮った。
皇女としての使命があると突きつけるような、皇女としての自覚を身体に染み込ませるような、そんな重い一言に私は狼狽える。
「んで、これが最後みてぇな顔してんだよ? 俺は何が何でも帰ってくるつもりだ」
「……約束だカミル。必ず帰ってこい」
「はっ、当たり前だろ眼鏡」
友人同士の握手。互いに信頼し合う眼差し。ニコラスとカミルは互いの手を力強く握りしめた後、ゆっくりと手を離し、
「ヘレン、俺がいなくなっても寂しがんなよ」
「……ああ」
カミルは私へそんな言葉を託す。
頼んだ、と言われてしまえば出来る返答はたった一つだけ。私は不安に駆られながらもカミルにそう答えるしか他ならなかった。
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「父上、母上」
「ヘレン? こんな夜遅くにどうしたのですか?」
その日の夜。
私は両親の寝室へと訪れた。案の定、二人は吸血鬼との戦争に関して綿密に計画しているようで、何かを話し合っている最中だった。
「……近々、公爵へ戦争を仕掛けに行く話は本当でしょうか?」
私が呟いた一言。
それを耳にした父上と母上は思い詰めたような顔で少しだけ俯く。そして父上は一度だけ深呼吸をし、顔を上げて私を真っ直ぐ見つめた。
「ああ、真の話だぞ。私たちは十戒と共に灰の裂け目へ向かい、公爵の勢力をランドロス大陸まで押し返すのだ」
「ならば父上、私が二人の代わりに十戒を率いて──」
「ヘレン、立っていると疲れちゃいますよ? こっちに来て、話をしませんか?」
言葉を遮るように近くへ来るよう促す母上。
私は表情を曇らせたまま、父上と母上が座っているソファまで歩み寄り、二人の間へとゆっくり腰を下ろした。
「失うことが、怖いのですね」
「……私はティアナを守れなかった。だからそばにいた人がいなくなってしまうことを……想像するだけでとても怖い」
取り繕っていた皇女の仮面を外し、親の前で娘としての自分を曝け出す。父上と母上はそんな弱気な娘を見ると、複雑な心情を抱きつつも私を軽く抱きしめた。
「ヘレン、辛かっただろう」
「……うん、とても辛かった」
「無理をさせてごめんなさい」
二人から感じ取れるのは親としての責務と愛。
これからは皇女として振る舞わなければならない。こんな弱気な姿を民衆に見せることなんて一切できないだろう。常に強くあり、常にカリスマ性を持ち、常に平常心を保ち続ける──それが皇女。
「吸血鬼なんて、消えてしまえばいいのに」
「「……」」
「吸血鬼も、異世界転生者も、黒薔薇の使徒も、全部全部消えてしまえば……きっと幸せでいられたのに、どうして」
だからこそ父上と母上は娘の本当の姿を受け止めようとしてくれている。二人は愚痴にも近い私の言葉へ、ただ黙って耳を傾けてくれた。
「どうして、こんな世界になったの?」
「ヘレン……」
「私は父上や母上、大切な友人たちと平和に暮らせればそれでいいのに……。どうしてこの世界はそれを許してくれないの」
自分でも分かっている。
この過酷な世界は結局、人間たちに狂わされたのだと。吐き出さずにいられない無意義な言葉は静寂に包まれた寝室にぽつんと響く。
「私たちがそんな世界を終わらせてみせます」
「……母上」
「うむ、吸血鬼に引導を渡し……平穏な世界へと変えてみせる。待っていてくれヘレン」
「父上……」
吸血鬼と衝突するのがアーネット家の宿命。二人は世界を変えると口にしていたが、どこかその顔は娘としての私の為に戦いに行くように見える。
「どんな遠い所へ行ってしまっても、私たちはあなたをずっと愛しています。……そうですよね?」
「もちろんだ。たとえ
「私も、私も父上と母上を愛してる。産んでくれて、親でいてくれて、ありがとう」
泣かないように我慢する。
少しだけ声は上擦ってしまったが、二人はそんな私をしばらく静かに抱きしめてくれた。この時間がずっと続けばいいのに、そう願っていたのも束の間、
「……ではしばらく、グローリアを任されてくれるな──ヘレン
先ほどまで父親が我が子へ向ける優しい眼差しだったものが、一人の皇女に向ける眼差しへと変わる。私はどこか寂しさを覚えつつも、投げ捨てていた皇女の仮面をもう一度付けて立ち上がり、
「……はい、お二人のご武運を祈ります」
父上と母上に皇女としての私の姿を見せた。
そのまま片膝を突き、胸元にある十字架の装飾品を右手で摘まみ、
「人類に栄光あれ」
典型的な台詞を最後に呟く。
そして来たる日──母上と父上は十戒と共に戦場となるロストベアへ旅立った。