ЯeinCarnation   作:酉鳥

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最終話『私の生き方』

 

「ティアナ、また会いに来たぞ」

 

 あれから数年が経過した。

 私は父上や母上の後を継いで、グローリアを統治する皇女として務めている。多忙な日々は続いているが……加護のおかげで眠らず疲れず、暇な時間が出来るほどの余裕はあった。

 

「相変わらず君は愛されているな。私よりも皇女に向いているんじゃないか?」

 

 片手に抱えているのは桃色のジニアの花束。

 私は穏やかな笑みを浮かべながらその場に屈み、墓石の上に優しく置いた。他にも訪れた者が沢山いるようで、可憐な花や供え物が多く添えられている。

 

「最近、少しだけ仕事が落ち着いてきたよ。先週までは机の上も床も書類だらけで、足の踏み場もなかったんだ」

 

 そこにティアナが座っていることを想像しながら、いつものように近況を話す。所詮、私の独り言に過ぎないだろう。

 だけど形がなくともティアナがすぐそこにいて、笑いながら私の話に耳を傾けてくれているような……そんな気がするのだ。

 

「本当なら君を十戒として迎え入れたかった。十戒に選ばれたときの君の顔を……この目で見てみたかった。君のことだから大はしゃぎして喜んでいただろうな」

 

 ティアナなら必ず十戒になれていた。

 女神へメラから加護を与えられ、落ちこぼれの烙印を押されていたイザード家の印象をがらりと変えることができただろう。 

 十戒となったティアナの姿が瞼の裏に浮かび、私はしばらく項垂れる。

 

「この話は何度も聞いたって? はははっ……すまない、そうだったか」

 

 何回も聞いたよ。

 そんな言葉と共にティアナの怒っている顔が想像できる。私は空笑いすると頭の中のティアナへ謝罪をした。

 

「それじゃあ話を変えよう。実は最近、フローラの体重がまた増え始めて──」  

 

 楽しい話を聞きたいはず。

 私は『食べ過ぎて体重が三キロ増えたフローラ』の話を始める。それだけでなく他にも楽しかった出来事や面白かった出来事をすべて語った。 

 

「……ああ、もうこんな時間か」

 

 ふと懐中時計で時間を確認してみれば、ここに来てから一時間も経過していたようだ。私はゆっくり立ち上がると、ティアナの墓石を見下ろすのではなく、そこにティアナが立っていると思い視線を前へ真っ直ぐ向けた。

 

「そろそろ帰らないとな。実は君に会いに来る前、カミルから呼び出しを受けていたんだ」

 

 カミルに指定された時刻はとっくに過ぎている。

 この後、十中八九キレられるだろう。私はため息をついた後、最後にそこにいるであろうティアナを見つめ、

 

「また会いに来るよ、ティアナ」

 

 そう言ってティアナの墓石に背中を向けた。

 いつものように「またねヘレン」という声が耳元で聞こえてくる。私は皇女の務めを果たそうと墓地を後にするため、出口まで歩いていれば、

 

「あれ、ヘレンおねーさん……」

「やあアリス、君もティアナへ会いに来たのか?」

「うん、そーだよ」

 

 鉢合わせしたのはティアナの妹であるアリス。片手に白のアネモネの花束を持っており、母親の代わりにティアナへ挨拶しに来たのだと見て取れる。

 

「身体の方は……大丈夫か?」

「だいじょーぶ。変な病気も治ってるってお医者さんがいってたから」

「そうか。それは良かった」

 

 アリスが患っていたノエル症候群。

 ティアナが亡くなったあの日から、徐々に治り始めたらしい。今では遠くに出かけても大丈夫なほどに治療が進んでいるだとか。

 

「アリス、もし何か困ったことがあったら言ってくれ。君ならいつでも歓迎だ」

「あ、あい、分かった」

「それじゃあ私はもう行くよ。道中、転ばないようにな」

 

 ぺこりとお辞儀をするアリス。

 少女の隣を通り過ぎ、私は足早に墓地の出口へと向かう。すると遠目に人影が見えてきた。

 

「──おい皇女、てめぇ時間も守れねぇのか?」

「カミル、どうしてここに」

「てめぇが来ねぇからだろうが……」

 

 その人影はカミル。

 出口で待ち伏せていたのか苛立ちを露わにしながら右頬をピクつかせている。私は息を呑んだ後、すぐさま視線を逸らす。

 

「つ、つい話が長くなってしまってな」

「ほぉ、アイツに時間を催促されなかったのか?」

「されていたような……気がしなくもない」

 

 こちらに凄まじい圧をかけて睨んでくるカミル。私はキレる寸前だと察知し、素早く、正確に、勢いよく頭を下げた。

 

「す、すまなかった! これからは気を付ける!」

「……はぁ、まぁいい。それよりも緊急の案件がある」

「緊急だと?」

 

 カミルは左手に隠し持っていた二枚の書類を私へ見せる。その書類に目を通してみれば、名前や経歴が記載された個人票だった。

 

「こいつらの行方が知れねぇ状態だ。石の階級らしいが……皇女、何か心当たりはねぇか?」

「石の階級……」

 

 私は少しだけ記憶を遡り、書類を片付けていた日々のことを思い出してみれば、ある手掛かりを思い出す。

 

「そういえば、『石の階級二名が孤児院に派遣された』と記録されていたな」

「孤児院だと? 何のために派遣された?」

「分からない。ただティアに聞いたとき『そんな命令はしていない』と言っていた。あの時の私は誤った記録だとすぐに捨てたが……」

 

 T機関の主導者となったティア。

 彼女は一切関与していないと答えたため、不備の書類だと片付けた。しかし行方が知れないとなれば、何か裏があるに違いない。

 

「孤児院の場所は?」

「グローリアから北西の方角。数キロ先にあると書かれていた」

「んなら俺が様子を見てくる。お前はティアにもういっぺん話を聞いてこい」

 

 孤児院へ様子を見に行くと言い出すカミル。私はしばらく考える素振りを見せた後、何か嫌な予感がしたため、顔を上げてカミルを「待ってくれ」と呼び止める。

 

「私も同伴する」

「あ? 急にどうしたんだよ?」

「どうも胸騒ぎがしてな。原罪か、もしくは別のナニカ(・・・)がいるような気がするんだ」

 

 この感覚を何と例えるか。

 強大な力、とてつもない威圧感、人類の存亡を揺るがすカギ。私は何とも言えない顔でカミルへついていくことにする。

 

「原罪もやべぇが……。別のナニカってのは何だよ?」

「言葉にはできない。ただ何となく、会いに行かなければならない気がするだけだ」

「……分かった。んなら皇女、俺とお前で孤児院を見に行くぞ」

 

 自分の目で確かめなければならない。

 私はカミルと共にナニカが待ち受けているであろう孤児院へと向かう──彼女、アレクシア・バートリと出会うことになるとも知らずに。

 

 Lord of Heren ─ヘレンの追憶─_End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 お墓に置かれたジニアの花束。

 私はその隣に真っ白なアネモネの花束を置いた。花同士の香りが混ざり合って、私の鼻元にとっても甘い香りが漂う。

 

「……ねえ、どうしてこうなっちゃったのかな?」

 

 ティアナ・イザード。

 そう刻まれた墓石を見下ろして静かに尋ねる。どうしてもそう尋ねたかった。だっておかしいんだもん。

  

「悪いのは誰なんだろ。レプシーって人? ヘレン? それとも私?」

 

 おかしい、おかしい。

 誰かのせいでこうなった。誰かのせいで酷いことになった。誰かのせいで死んじゃった。 

 

「ねえ、教えてよ──」

 

 巡る巡る自問自答。

 私は墓石に刻まれたティアナという名前を見つめ、

 

「──アリス」

 

 自分の妹の名を呟いた。ハッキリと、墓石を見ながら、ティアナという名前を睨み殺しながら、そう呟いた。

 

「アリス? なんか私ね、死んじゃったみたい」

 

 思わずこぼれる半笑い。今の自分に何が起きているのか。整理をするため過去の記憶を思い返す。

 時間は遡り、日時は卒業試験前日。

 

「お母さん、今日は夜遅くに卒業試験を受けにいくから仮眠するね。もし寝てたら起こしてよ?」

「はいはい、しっかり起こしてあげるわよー」

 

 卒業試験の受付を終えた後、私は一度実家に帰って仮眠を取ろうとした。理由は下着や衣服の替え、後は数日留守にするため、アリスの様子を見に行きたかったからだ。

 

「おねーちゃん、夜にどこかお出かけするの?」

「うん、そうだよ。明日から卒業試験が始まるからね」

「ヘレンおねーさんも一緒?」

「ヘレン……? もっちろん、ヘレンは私がいないとダメだから」

 

 アリスの部屋に顔を出すと色々と聞いてきた。外の世界にあまり興味を持たなかったから、珍しいと思いつつも、どういう卒業試験なのか姉として教えてあげた。

 

「ふあぁ~、プレゼントのために頑張って働いてたから……。ちょっと疲れが残ってるかも」

「……ねえねえおねーちゃん、お出かけするまでいっしょに寝よ?」

「あっ、それいいかも。久々にお姉ちゃんと一緒に寝よっか!」

 

 物凄く高いティアラを買うため、毎晩夜遅くまで働いていたから身体が重い。その時の私はアリスの提案を呑んで、一緒にベッドへ入った。

 疲れが溜まってたせいか、私の意識はすぐに飛んで眠りにつき、

 

「……ん? あれ、いま何時だろ?」

 

 ふと目を覚ます。

 隣を見るとアリスはいない。ぐっすり眠ってしまったようで、私は身体の伸びをしながらベッドから起き上がる。

 

「あっ、そういえば時間は──」

 

 集合時刻は二十三時半。

 二時間ぐらい前に起きて出発すれば十分間に合う。私は壁にかかった時計を見上げ、

 

「──朝の十時!?」 

 

 そう叫びながらカーテンを開けば朝陽が差し込んでくる。完全に寝坊してしまった。卒業試験を寝過ごせば、留年が確定してしまう。

 

「お母さん!」

「あら、おはよう──」

「どうして起こしてくれなかったの!?」

 

 起こしてくれると約束したはず。

 階段を駆け下りてすさまじい形相でお母さんへそう問い詰める。しかしその顔は困惑に満ちたものだった。

 

「えっと、何を言ってるのかしら?」

「だから起こしてくれるって──」

「ああ、そういうことね」

 

 お母さんは何かを理解したようで微笑みながら、「なぜ起こさなかったのか」という問いに対してこう答えた。

 

「実はお姉ちゃんが出かけるときに言ったのよ。『アリス(・・・)は疲れているみたいだから起こさないであげて』って」

「えっ?」

「分かるわよ。あなたはお姉ちゃんをきちんと見送りたかったんでしょ──アリス(・・・)?」

 

 アリス。

 私を真っ直ぐ見つめて確かにそう呼んだ。ティアナではなくアリスと。私はリビングに置かれた全身鏡で自分の姿を確認する。

 

「う、そっ……?」

 

 身に着けているのはアリスがいつも着ている寝間着。更に私が愛用する白のカチューシャがどこにもない。

 

(まさか……アリスが、私になり代わって……)

 

 それしか考えられなかった。

 アリスがしつこく卒業試験について聞いてきたのはなり代わるためだ。冷や汗を掻きつつも早くこの真実を伝えようとした。

 

「お母さん、私はアリスじゃ──」

 コンコンッ──

「……? 来客かしら?」

 

 だが扉のノック音に遮られ、お母さんは玄関まで向かう。何か、とても嫌な予感がしてならない。

 

「はーい、どちら様でしょうか?」

「……朝早くの訪問、失礼します。僕はニコラス・アーヴィン、ティアナさんの友人です」

「ああ、ティアナのお友達だったのね! もしかしてティアナがまたご迷惑かけちゃった?」

 

 扉を開けば向こう側に立っているのはニコラス。

 でもその顔は見せたことないほどの絶望に満ちたもの。

 

「母君、今からお伝えすることを……落ち着いて聞いてください」

「え、ええ、どうしたの?」

 

 ニコラスは冷静を装いながらも唇をかすかに震わせ、ゆっくりとお母さんにこう告げた。

 

「ティアナ・イザードさんは──亡くなられました」

「……え?」

「卒業試験で不慮の事故が起きたようです。生存者はヘレン・アーネットのみ。僕らが駆け付けたとき、既にティアナさんは──」

「うそ、うそよっ!! あの子がッ、あの子が亡くなるなんてぇッ!!」

 

 お母さんは嘘を懇願しながらニコラスの両肩につかみかかる。私は頭の整理が追いつかず、その場に立ちつくすだけ。

 

「ティアナさんのご遺体は第二病棟へ運ばれました。後日、僕の友人がこちらへ窺うかと思われます」

「お願いッ……嘘だと、言ってぇッ……」

「……申し訳ありません母君。僕は、用事がありますのでこれで失礼します」

 

 ニコラスは掴みかかるお母さんをゆっくりと離し、私の方へちらっと視線を向ける。そして軽くお辞儀をするとそのまま立ち去ってしまった。

 

「ティアナが、亡くなった? でもここにいるのは、ティアナだよ」

 ギシッ──

「どうして私が死んじゃったの? 私が死んだのなら、私はアリスってことなの」

 ギシッ、ギシィッ──

 

 私は泣き崩れるお母さんを置いて、ゆっくりと階段を登っていく。一歩を踏み出す度に愚問愚答を繰り返し、アリスの部屋の中へ入ると扉を閉め、

 

「じゃあ死んだのはティアナじゃなくて──アリスだよね?」

 

 そうだ、死んだのはアリス。

 ティアナ・イザードじゃなくてアリス・イザード。妹が死んでしまった真実と、自分が死んでいるという事実。両方を抱えきれず、私は両膝をついてから四つん這いになる。

 

「アリスはきっと、私を妬んでいたんだ。外に出て、ヘレンと仲良くしてる姿を見て、妬んで、なり代わろうと……」

 

 姉として気が付けなかった。

 妬んで当然なのに、私がアリスへ見せつけるようにヘレンと会わせた。アリスへ自慢するようにいつもアカデミーの話や友達の話をした。……アリスの気持ちも考えずに。

 

「……私のせいだっ」

「私のせいだ私のせいだ私のせいだッ!! 私が、私がアリスをヘレンと会わせたからっ!! 私が、アリスを監視できていなかったからッ!! 私が、アリスの病を治療しようとしなかったからッ!!」

 

 アリスは死んだんじゃない──私が殺してしまった。

 原因は『ノエル症候群』のせいだ。最初から治療を受けさせておけば、アリスは今も生きていた。私の代わりに死なずに済んだじゃないか。 

 

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! 私は、私はどうあなたに償えば──」

 

 これからどうすればいいのか。

 四つん這いの状態で頭を両手で抱え、謝ることしかできない最中、とある考えが脳裏を過る。

 

「──そっか、私がアリスになっちゃえばいいんだ」

 

 ティアナ・イザードは死んだ。

 『アリスが死んだ真実』と『ティアナが死んだ事実』を天秤にかけたとき、真実を捨て、事実を受け入れるしかない。私が、アリスになりかわるしかないと。

 

「これが私なりの償い方だよ、アリス」

 

 我に返った意識。

 私は墓石を見つめたまま、隠し持ってきたハサミを取り出す。そして長い桃色髪を掴み、その両刃を髪に向け、

 

「ごめんねヘレン。あなたの中のティアナは、もう死んじゃったみたい」

 バスンッ──

「でも、あなたが皇女になってくれてよかった。私がいなくても……強く生きてね、ヘレン」

 バスンッバスンッ──

 

 長い髪を一度、二度、三度と切り落とした。

 地面の上に散らばるのはティアナとしての遺影。肩に届かないぐらいのボブカットになった髪型。私はしゃがみ込み、墓石を何度か撫でると、

 

「うっうぅっ、ぐすっ、ヘレンと一緒にいられて、楽しかったのになぁ……。もっと一緒にいたかったのに、どうしてっ……ティアナとして生きていけなかったんだろっ……」

 

 泣きべそをかき、最期を惜しみながらゆっくりと立ち上がる。そして眷属ミザリーとの戦いで開花させた生存本能『(うつ)(かがみ)』を使い、アリスを自身へと投影させていく。

 

「あーあ、無能を演じるの──ぜんぜん楽じゃないのにっ……」

 

 優秀だと色んな箇所でボロが出てしまうはず。

 妹には申し訳ないが可能な限り無能を演じないといけない。私は意識を集中させ、間近で見てきた妹に成り代わり、

 

「ばいばい、お姉ちゃん(・・・・・)……」

 

 アリス・イザードとしての生き方を歩み始めた。

 

 

 Life of Tiana ─ティアナの人生─_End

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