私たちは数分ほど歩かされ、アカデミーの東側にある女子寮へと辿り着く。女子寮と言えども外装に華やかさはない。脳内に浮かぶのは『四階建ての寮』とだけ。
「ここが女子寮だ。これから君たちに鍵を渡す。受け取った者から部屋を確認しに行くといい。部屋に荷物を置いたらまたここに戻ってきてくれ」
新入生に混じりながらも私がヘレンから手渡されたのは、番号のタグが付けられた質素な銀の鍵だった。
「"D309"が私の部屋……」
私の部屋番号は『D309』らしい。隣に立っていたジェイニーがこちらの鍵を覗き込むと、無念の表情を浮かべて溜息をついた。
「私は"D101"ですわ。アレクシアさんとは離れてしまいますね」
「……気にすることか?」
ジェイニーと共に女子寮の内部へ足を踏み入れれば、真っ先に寮の地図が視界に入る。四階はA、三階はB、二階はC、そして一階はDと記されていた。
「アレクシアさんはご友人ですもの。部屋が近いと少し気が楽になるでしょう?」
「……お前は髪以外にも切るものがある」
「それは何ですの?」
「私との縁だ」
入り口のエントランスから西側は番号が300までの部屋。東側は番号が301からの部屋が並んでいる。私とジェイニーはその場で別れ、番号に合う部屋を探すことにした。
「……ここか」
扉のプレートに"D309"と刻まれた部屋。私は手に持っていた鍵をノブに挿そうとしたのだが、
「あ、ありっ!? と、扉が開かない……っ」
隣の部屋の前で桃色髪の女が扉をガチャガチャと動かしていた。煩わしい音に思わず手を止める。
(この女は何をしている?)
少し傍観してみるとその女は鍵とプレートの番号を交互に確認し、慌てながら扉を気合いで開こうとしていた。そんな騒がしい女を横目で流しつつ、私は部屋の中へと入る。
「ベッドと机が一つずつに、備え付けのクローゼットか」
女子寮の外装から何となく勘付いてはいたが、部屋は当然のように質素なもの。私はベッドの脇に手提げの鞄を置いてクローゼットを開く。長く使われていなかったのか、積もっていた埃が舞った。
「……掃除が先だな」
私はやるべき事を心に決め、小規模な洗面台を覗き込む。ごく普通の白いバスタブが一つ置かれるのみ。
「お、お願いです……開いてください扉さんーーッ!」
廊下から聞こえてくるのはあの女の声。私は聞き流しながらクローゼットを閉じ、荷物の中身をベッドの上へ並べ、何をどこに仕舞うかを考える。
(本を並べたいが部屋に本棚はない。……要求すれば揃えられるか?)
「開いて、開いてくださいーー!」
(クローゼットの広さは十分だ。そこまで衣服を揃えるつもりは――)
「こ、こうなったら……この扉を壊して……!」
いつまで経っても止まない女の声。私は溜息をついてから廊下へ出ると、少女と扉の間に割り込み、無言で部屋の扉を開いた。
「あ、ありっ!? ど、どうやって扉を開けたんですかぁ?!」
「……押すだけじゃなく、引くことも覚えろ」
「引く……な、なるほど! 押すんじゃなくて引けば良かったんですね!」
呑気に頷いている女を無視して自分の部屋に鍵をかける。そろそろヘレンの元に戻るべきだろう。
「あっ! ま、待ってください! 私もすぐに用意するので一緒に──」
部屋の中へ駆け込んでいく能天気な女。戻ってくる前に早足でその場から立ち去り、ヘレンが待機する女子寮の外に集合した。続々と新入生たちが集まる中で、ジェイニーが女子寮から姿を見せる。
(……クレア・レイヴィンズ)
ジェイニーの隣には孤児院育ちのクレアがいた。私は新入生たちの陰に紛れ、二人に見つからないようにする。
「アレクシアさん、一体どこに……?」
「どうしたのジェイニー?」
「あ、いえ、ご友人がもう一人いるので紹介しようと思ったのですが、姿が見当たらなくて……」
あの二人と関わるとロクなことがない。私がしばらく身を潜め続ければ、ジェイニーは探すのを諦める。
「今からアカデミーを案内する。迷子にならないよう私についてきてくれ」
私たちはヘレンに連れられ、アカデミーの正門でキリサメたち男性陣と合流した。
「カミル、後は私が引き継ぐよ。もう下がっていい」
「あぁ言われなくてもそうさせてもらう。俺はB機関の仕事で忙しいんだ」
すれ違いざまにヘレンへ耳打ちをするカミル。鋭い視線はこちらに近寄ってくるキリサメに向けられていた。
「アレクシア……って、ジェイニーさんは?」
「知らん」
「えっ? 何で一緒にいないんだよ?」
「共に行動する必要がないからだ」
私の返答にキリサメは「そ、そっか」と頬を引き攣る。この男の側にデイルの姿が見当たらない。私は希望に満ちた新入生を一望した。
「もしかして、デイルを探してるのか?」
「あぁ」
「それなら……ほら、あそこにいるだろ」
キリサメが視線を移した先で会話を交わすのはデイルとイアン。既に打ち解けているようで、気弱なデイルの顔はどこか安堵していた。
「なぜ共に行動しない?」
「正直さ、そんなにデイルとは仲良くないし……。あの二人の間に入ってもなぁって」
「そうか」
考えもみればキリサメとデイルは顔見知りという関係性。二人の性格を踏まえるに気が合うとも思えない。
「それでは諸君、私に付いてきてくれ。アカデミーを案内しよう」
カミルとの話が終わったようで、ヘレンはアカデミーを案内するために私たちを学園内へ連れていく。
「おぉ、なんかすげぇ豪勢だな」
出迎えたのはいくつかの女神像。壁に飾られた銀の十字架が私たちの姿を映し出す。内装は女子寮より華やかなものだった。
「アカデミーの至る所にあのような"銀の十字架"が配備されている。多くの者は鏡として利用しているが、真の目的は違う」
ヘレンは隅々まで磨かれた銀の十字架の前に立つと、右手の人差し指で十字架の表面をゆっくりとなぞる。
「吸血鬼は鏡に姿が映らない。人の姿に化けた吸血鬼がこのアカデミーに潜り込めないように配備させた」
私はその説明を聞くと眉間にしわ寄せた。恐らく過去にそのような事態が起きたからこその対策だ。しかし本試験の一件も踏まえ、このグローリアはそこまで吸血鬼共に侵入されやすいのか。
「室内の天井はすべて"鏡"で加工されている。本当なら床も鏡にしたかったが……女性の皆が"下着を覗かれる被害"が度々起きてな。参ったものだよ、はっはっはっ!」
天井を見上げながら高笑いするヘレン。新入生は笑いどころが掴めず、女性陣は愛想笑いを、男性陣たちは苦笑いをしていた。
「では、皆でアカデミーを歩き回ってみようか」
最初に案内された場所は礼拝堂。一際目立つ女神像がステンドグラスの前にそびえ立っている。
「あの像は"
日中を司る女神
「一説では、私たちリンカーネーションを生み出したとも言われているな。私たち人間が吸血鬼に対抗できるよう──"リンカーネーション"を生み出したと」
「……?」
俯きながら考え事をしていると、ヘレンの視線が微かにこちらへ向いたような気がし、ふと顔を上げる。しかしヘレンは女神像を見上げるのみ。
「あぁすまない、長話も眠くなるだろう。詳しい話はこれから学んでもらうことにして、次の場所へ案内しようか」
皇女が見上げていた女神像は──どこか朧げな表情を浮かべているように見えた。