ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:2『学園案内』

 

 私たちは数分ほど歩かされ、アカデミーの東側にある女子寮へと辿り着く。女子寮と言えども外装に華やかさはない。脳内に浮かぶのは『四階建ての寮』とだけ。

 

「ここが女子寮だ。これから君たちに鍵を渡す。受け取った者から部屋を確認しに行くといい。部屋に荷物を置いたらまたここに戻ってきてくれ」

 

 新入生に混じりながらも私がヘレンから手渡されたのは、番号のタグが付けられた質素な銀の鍵だった。

 

「"D309"が私の部屋……」

 

 私の部屋番号は『D309』らしい。隣に立っていたジェイニーがこちらの鍵を覗き込むと、無念の表情を浮かべて溜息をついた。

 

「私は"D101"ですわ。アレクシアさんとは離れてしまいますね」

「……気にすることか?」

 

 ジェイニーと共に女子寮の内部へ足を踏み入れれば、真っ先に寮の地図が視界に入る。四階はA、三階はB、二階はC、そして一階はDと記されていた。

 

「アレクシアさんはご友人ですもの。部屋が近いと少し気が楽になるでしょう?」

「……お前は髪以外にも切るものがある」

「それは何ですの?」

「私との縁だ」

 

 入り口のエントランスから西側は番号が300までの部屋。東側は番号が301からの部屋が並んでいる。私とジェイニーはその場で別れ、番号に合う部屋を探すことにした。

 

「……ここか」

 

 扉のプレートに"D309"と刻まれた部屋。私は手に持っていた鍵をノブに挿そうとしたのだが、

 

「あ、ありっ!? と、扉が開かない……っ」

 

 隣の部屋の前で桃色髪の女が扉をガチャガチャと動かしていた。煩わしい音に思わず手を止める。

 

(この女は何をしている?)

 

 少し傍観してみるとその女は鍵とプレートの番号を交互に確認し、慌てながら扉を気合いで開こうとしていた。そんな騒がしい女を横目で流しつつ、私は部屋の中へと入る。

 

「ベッドと机が一つずつに、備え付けのクローゼットか」

 

 女子寮の外装から何となく勘付いてはいたが、部屋は当然のように質素なもの。私はベッドの脇に手提げの鞄を置いてクローゼットを開く。長く使われていなかったのか、積もっていた埃が舞った。

 

「……掃除が先だな」

 

 私はやるべき事を心に決め、小規模な洗面台を覗き込む。ごく普通の白いバスタブが一つ置かれるのみ。

 

「お、お願いです……開いてください扉さんーーッ!」

 

 廊下から聞こえてくるのはあの女の声。私は聞き流しながらクローゼットを閉じ、荷物の中身をベッドの上へ並べ、何をどこに仕舞うかを考える。

 

(本を並べたいが部屋に本棚はない。……要求すれば揃えられるか?)

「開いて、開いてくださいーー!」

(クローゼットの広さは十分だ。そこまで衣服を揃えるつもりは――)

「こ、こうなったら……この扉を壊して……!」

 

 いつまで経っても止まない女の声。私は溜息をついてから廊下へ出ると、少女と扉の間に割り込み、無言で部屋の扉を開いた。

 

「あ、ありっ!? ど、どうやって扉を開けたんですかぁ?!」

「……押すだけじゃなく、引くことも覚えろ」

「引く……な、なるほど! 押すんじゃなくて引けば良かったんですね!」

 

 呑気に頷いている女を無視して自分の部屋に鍵をかける。そろそろヘレンの元に戻るべきだろう。

 

「あっ! ま、待ってください! 私もすぐに用意するので一緒に──」

 

 部屋の中へ駆け込んでいく能天気な女。戻ってくる前に早足でその場から立ち去り、ヘレンが待機する女子寮の外に集合した。続々と新入生たちが集まる中で、ジェイニーが女子寮から姿を見せる。

 

(……クレア・レイヴィンズ)

 

 ジェイニーの隣には孤児院育ちのクレアがいた。私は新入生たちの陰に紛れ、二人に見つからないようにする。

 

「アレクシアさん、一体どこに……?」

「どうしたのジェイニー?」

「あ、いえ、ご友人がもう一人いるので紹介しようと思ったのですが、姿が見当たらなくて……」

 

 あの二人と関わるとロクなことがない。私がしばらく身を潜め続ければ、ジェイニーは探すのを諦める。

 

「今からアカデミーを案内する。迷子にならないよう私についてきてくれ」 

 

 私たちはヘレンに連れられ、アカデミーの正門でキリサメたち男性陣と合流した。

 

「カミル、後は私が引き継ぐよ。もう下がっていい」

「あぁ言われなくてもそうさせてもらう。俺はB機関の仕事で忙しいんだ」

 

 すれ違いざまにヘレンへ耳打ちをするカミル。鋭い視線はこちらに近寄ってくるキリサメに向けられていた。

 

「アレクシア……って、ジェイニーさんは?」

「知らん」

「えっ? 何で一緒にいないんだよ?」

「共に行動する必要がないからだ」

 

 私の返答にキリサメは「そ、そっか」と頬を引き攣る。この男の側にデイルの姿が見当たらない。私は希望に満ちた新入生を一望した。

 

「もしかして、デイルを探してるのか?」

「あぁ」

「それなら……ほら、あそこにいるだろ」

 

 キリサメが視線を移した先で会話を交わすのはデイルとイアン。既に打ち解けているようで、気弱なデイルの顔はどこか安堵していた。

 

「なぜ共に行動しない?」

「正直さ、そんなにデイルとは仲良くないし……。あの二人の間に入ってもなぁって」

「そうか」

 

 考えもみればキリサメとデイルは顔見知りという関係性。二人の性格を踏まえるに気が合うとも思えない。

 

「それでは諸君、私に付いてきてくれ。アカデミーを案内しよう」

 

 カミルとの話が終わったようで、ヘレンはアカデミーを案内するために私たちを学園内へ連れていく。

 

「おぉ、なんかすげぇ豪勢だな」

 

 出迎えたのはいくつかの女神像。壁に飾られた銀の十字架が私たちの姿を映し出す。内装は女子寮より華やかなものだった。

 

「アカデミーの至る所にあのような"銀の十字架"が配備されている。多くの者は鏡として利用しているが、真の目的は違う」

 

 ヘレンは隅々まで磨かれた銀の十字架の前に立つと、右手の人差し指で十字架の表面をゆっくりとなぞる。

 

「吸血鬼は鏡に姿が映らない。人の姿に化けた吸血鬼がこのアカデミーに潜り込めないように配備させた」 

 

 私はその説明を聞くと眉間にしわ寄せた。恐らく過去にそのような事態が起きたからこその対策だ。しかし本試験の一件も踏まえ、このグローリアはそこまで吸血鬼共に侵入されやすいのか。

 

「室内の天井はすべて"鏡"で加工されている。本当なら床も鏡にしたかったが……女性の皆が"下着を覗かれる被害"が度々起きてな。参ったものだよ、はっはっはっ!」

 

 天井を見上げながら高笑いするヘレン。新入生は笑いどころが掴めず、女性陣は愛想笑いを、男性陣たちは苦笑いをしていた。

 

「では、皆でアカデミーを歩き回ってみようか」

 

 最初に案内された場所は礼拝堂。一際目立つ女神像がステンドグラスの前にそびえ立っている。

 

「あの像は"Hemera(ヘメラ)"と呼ばれる女神だ。吸血鬼が恐れる"日中"を司り、私たちに加護を与えてくれる」

 

 日中を司る女神Hemera(ヘメラ)。前世の記憶を辿ってみるが、そのような女神の名は聞いたことがない。この時代で初めて耳にした。

 

「一説では、私たちリンカーネーションを生み出したとも言われているな。私たち人間が吸血鬼に対抗できるよう──"リンカーネーション"を生み出したと」

「……?」

 

 俯きながら考え事をしていると、ヘレンの視線が微かにこちらへ向いたような気がし、ふと顔を上げる。しかしヘレンは女神像を見上げるのみ。

 

「あぁすまない、長話も眠くなるだろう。詳しい話はこれから学んでもらうことにして、次の場所へ案内しようか」

 

 皇女が見上げていた女神像は──どこか朧げな表情を浮かべているように見えた。

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