ガコンッガコンッ──キィンッキィイィンッ──
「あの娘は何をしている?」
卒業試験の内容を確認し、私はシャーロットの研究室まで訪れた。防音対策をしていないのか、それとも防音すら効き目がないのか、室内から凄まじい物音が聞こえてくる。
「……うむ? アレクシア君じゃないか。早速来てくれたのだね」
鉄の扉が開くとシャーロットが私の存在に気が付く。作業中だったようで分厚い手袋を付け、目を保護するゴーグルをかけていた。
「さあ、中へ入りたまえ。君に見せたいものがあるのだよ」
中へ招き入れられた私は研究室を軽く見渡してみる。想定していた有様。その光景を目にした私は、背後で扉を閉めているシャーロットへ視線を移す。
「酷いな」
「……? 何がだね?」
一言で表すならば汚部屋。
至るところに削りかけの鉱物や書き殴られた報告書が散乱し、金属製の机の上には試作品らしき塊が転がっている。最も視界に入れたくないのは、コバエが飛び交う食べ残しが置かれた机。
「お前はネズミと共生でもしているのか」
「ネズミは出ない。まれに節足動物なら出るがね」
「虫のことか」
「いーや、節足動物のことだとも」
思い出してもみればこの娘は一週間入浴もせず、研究に没頭するのも
「……まぁいい。見せたいものとやらはどこにある?」
「うむ、私についてきたまえ。地下実験場へ案内しよう」
案内されたのは研究室の奥にある下りの階段。前までこのような階段は無かった。私はこの二年の間に出来たのだろうと考え、シャーロットの後を追って、地下実験場とやらに続く階段を降りる。
「ここが実験場か」
「そうだとも。ヘレン君に頼んで特別に用意してもらったのだよ」
壁と床は鉄で囲われ、実験場という名に相応しい広さを持つ場所。広さはアカデミーの訓練場ほどはある。明るさを確保するためのランプは一定間隔で壁に貼り付けられ、天井からは頑丈な鉄のシャンデリアが吊られていた。
「なぜ地下に作った?」
「ふっふっふっ、知りたいかね?」
「ああ」
「いいとも! その理由を教えてあげようじゃないか!」
妙に自信満々の笑みを浮かべ、駆け足で隅の方へと移動する。そこには布がかけられたキャスター付きの長方形の机があり、シャーロットはそれを押しながら私の前まで運んでくる。
「さあ、これを見たまえ! ……げほっ、げほっげほっ!」
そして布を思い切り引っ剥がす。
埃が舞ったせいでシャーロットは何度か咳ばらいをする。そんな娘を他所に私は机に並べられた『黒色の鉱物・黒の刀剣・黒の自動小銃・銀の杭』を左から右へと流し見した。
「……燐灰石とルクスの武装か?」
黒色の鉱物は燐灰石と呼ばれるもの。
ルクスの武装は燐灰石で作られた武器たち。二年前にもあったリンカーネーション
「ごほっ、ごほっげほげほっ! そ、そうだとも、ただ変化もしているのだよ……」
「何が変わった?」
「んっんんっ、あーあー! ……ふっふっ、知りたいかね──」
「早く見せろ」
咳ばらいをして声の調子を整えるシャーロット。
勿体ぶろうとするこの娘の言葉を遮ると、半目になって不満げな表情を見せる。そして小さなため息をつき、机に置かれた燐灰石を手に取った。
「二年前のアレクシア君が見たものは『燐灰石
「どう進化した?」
「ふっふっふっ、そこで見ていたまえ」
燐灰石βを机に戻すと隅に置かれている黒のリストバンドを右手に付け、机から数メートル距離を置く。私は黙ってその姿を見つめていれば、シャーロットは右手を机に向けてかざし、
「これが人類にとっての──新たな革命となるのだよ」
「……!」
直接触れることなく、燐灰石βを自身の右手まで引き寄せ平然とキャッチした。……いや、手繰り寄せたと例えた方がいいだろう。
(一瞬、光の線が見えたな)
一瞬だけ見えたのは紫色の光線。
燐灰石βとシャーロットの手の平を一本の線で繋ぐように映っていた。私は考える素振りを見せた後、数メートル先に立っているシャーロットへ顔を向けた。
「……紫外線で引き寄せたのか?」
「近からず遠からずというところだ。正確には『強力な磁力』で引き寄せたのだよ」
「磁力?」
シャーロットは机の前まで戻ってくると、右手に持っていた燐灰石βを私に手渡す。見た目を観察してみるが、磁力を発生させるような仕組みはついていない。
「改良した燐灰石βは『紫外線を吸収した石との間に強力な磁力を発生させる性質』を持つ。この意味が分かるかね、アレクシア君」
「……戦術の幅が増えるという意味だろう」
「そうだとも。燐灰石βによって進化した武装を一つずつ紹介しようではないか」
シャーロットは黒色の刀剣を手に取る。やや角のある長方形の鞘を見る限り、以前のルクスαと比べて全体的に軽量化されているように見えた。
「この刀剣はルクスβ。ルクスα従来の性能を引き継ぎ、燐灰石βを組み込んだものだ」
「硬度は変わったのか?」
「当然なのだよ。モース硬度は六から七へと成長した。靭性は吸血鬼の爵位で表すなら……
ルクスαだと伯爵を相手にすると折れたりすることが多かった。だがルクスβとなれば伯爵相手に武装が足を引っ張ることはないらしい。
「もう一つポイントがあるのだよ。これを見たまえ」
シャーロットがルクスβの刀剣を鞘から引き抜く。
その見た目は扱いやすさと折られにくさを重視した洗練された形状。何よりも注目したのは、刃がやや紫色の光を帯びている点だ。この光は私でもじっくりと目を凝らさないとよく見えない。
「以前のルクスαは刀身に紫外線を蓄え、吸血鬼の体内に刺し込むことで致命傷を与えることができたが……」
「刃に紫外線を流しているのか?」
「おお、よくこの光が見えたね。いまアレクシア君が言った通り、刃に吸収した紫外線が流れるように設計したのだよ。これで吸血鬼の肉体を刃で斬り付けるだけで、特定の部位を灰へ変えることができる」
刃に流れる紫外線。
刃で傷つけた個所は再生能力をしばらく低下させ、切り落とした部位は灰に変えられる。吸血鬼を始末することだけに特化した性能だ。
「少し離れていたまえ」
「……? 何をするつもりだ──」
「ふうぅうんなぁっ!」
突拍子もなくルクスβを思い切り投擲するシャーロット。私は金属音の転がる音を聞きながら、二メートル先に落ちているルクスβを見る。
「はぁ、ふぅっ……た、例えば、このように武器を弾かれてしまったとしようじゃないか」
「ああ」
「こんなときに燐灰石βの性質を利用すれば──」
二メートル先に落ちているルクスβへシャーロットは右手を伸ばす。すると触れてもいないのに、刀剣の持ち手側がシャーロットの右手まで勝手に引き寄せられ、
「──このようにすぐ態勢を整えられる」
「……なるほど、悪くはないな」
何食わぬ顔で持ち手を掴んで見せた。
私は率直に役立つと感じたため、無意識に賞賛の言葉を述べる。
「では次の紹介に移ろう」
「その銃か」
「うむ、これはディスラプターβ。α時代の機能はもちろんのこと、遠距離武装としてあるべき性能が実装されたのだよ」
ルクスβを机に置いた後、シャーロットが手に取るのは黒色の自動小銃。過去のディスラプターαと比べ、フレーム部分に杭を装填するであろう発射口が増えていた。
「ディスラプターαの課題は威力の減衰。私たちはそこをどう解決するのかを考えたのだよ」
「試し撃ちをするのか」
「何事も見せた方が早いのだよ」
そう語りながら手慣れた様子で弾倉を装填する。そして両手で構えると実験場の奥に並べられたカカシに銃口を向けた。
「さて、今から撃つのは子爵の皮膚を被ったカカシだ」
「皮膚を被っただと?」
「そうだとも。どうしても実戦を想定したカカシが欲しくてね。エリザ君に仮のサンプルを用意してもらったのだよ」
視線の先に並べられたカカシ。
木製ではなく金属製だが、人の皮のようなものを被っている。どうやらあのカカシは子爵の肉体を想定しているらしい。
「ディスラプター自体の利便性は削りたくないが、威力を削るのももってのほか。その大きな課題を解決しようと試行錯誤を繰り返した末、意外にも簡単な解決策が見つかってね」
「その解決策は何だ?」
「見ていたまえ」
引き金を引いて発砲するシャーロット。
弾丸は真っ直ぐ子爵を想定したカカシに向かっていく。一つ前のディスラプターαならば威力の減衰が原因で弾かれていたが、
「……貫いたな」
皮膚を易々と貫通した。
遠くから観察するに威力で押し通ったというより、表面を溶かして貫いたと見て取れる。隣に立っていたシャーロットは構えを解いてから、銃口から噴き出る煙をふーっと吹く。
「解決策はたった一つ。弾丸自体に紫外線をまとわせることだったのだよ」
「吸血鬼共の皮膚を紫外線で溶かすということか」
紫外線は必ず吸血鬼共の皮膚を溶かす。
その性質を利用して威力を吸血鬼相手のみに特化させたらしい。
「その通りだ。この性能によって『子爵までなら弾丸で心臓を撃ち抜けば始末可能』になる。
「……ザコっぱ?」
「そう、ザコっぱ」
何を言っているのか理解が及ばない。
だが子爵以下の相手に近接戦を仕掛けなくとも始末できるのは高評価。私はふと銃のプレート下についている発射口へ視線を移す。
「下側についているのは外装か?」
「おお、良い着眼点だね。ここは杭を撃ち出すための外装なのだよ」
シャーロットは机に置いてある銀の杭をディスラプターβの発射口へ装填する。カチッという音が聞こえると、私に見えるよう引き金近くに付いた回転式の小さなレバーを見せつけた。
「このレバーは弾丸と杭を切り替えるセレクターと呼ばれるものだ。上にすれば弾丸が、下にすれば杭を撃ち出せる」
親指で下側にレバーを下ろすシャーロット。するとカカシにではなく天井に吊り下げられたシャンデリアへ銃口を向ける。
「何をするつもりだ?」
「革命を起こすのだよ」
そう返答した瞬間、鈍い銃声と共に撃ち出された銀の杭はシャンデリアの中央付近に突き刺さった。シャーロットはこちらへ余裕の笑みを浮かべ、シャンデリアに向かって右手をかざし、
「……浮かんだな」
今度は逆に銀の杭へ引き寄せられるようにして、シャーロットの身体は容易に宙を舞った。十メートルは以上の高さまで辿り着くと、紫外線同士の磁力だけでぶら下がる。
「これが革命! 私たちはついに人間の機動力を補うことに成功したのだぁー!」
「……二年でここまで変わるのか」
「おーい、アレクシア君! この御業は名付けて『ルクスシステム』なのだよー!」
ルクスシステム。
磁力を利用することで空中での機動力を大幅に向上させられるらしい。高い場所へも容易に移動でき、上手く活用すれば機動力を確保し、戦術の幅も更に広がるだろう。
「自分で降りられるのか?」
「大丈夫だともー! こうやって右手で調節すればー……この通りだー!」
右手の力を緩めればゆっくりと地上まで降りてくる。
客観的に見れば摩訶不思議な光景だろう。しかし目を凝らせば銀の杭とシャーロット右手を繋げる一本の線が見える。これがいわゆる互いを繋げる命綱のようなものだ。
「懸念点が二つある」
「うむ? なんだね?」
だが引っ掛かる点が二つ。
この武装を扱うにあたって聞いておかなければならないこと。私は地上へ降りてきたシャーロットのそばまで近づく。
「一つ目は地上で使用するときだ。日中は太陽の光が差し込んでいる。紫外線に引き寄せられるのであれば、私たちは戦うどころの話じゃなくなるぞ」
「中々に鋭い指摘だ。しかし安心したまえ。そこは私たちにも認知して解決しているのだよ」
シャーロットはそう言いながら、真上にあるシャンデリアに右手を向け、突き刺さっていた銀の杭を思い切り手繰り寄せてキャッチする。
「周波数の機構を組むことによって解決した」
「……周波数の機構?」
「自然の太陽光に含まれる周波数が仮にAやBだが、燐灰石βが発する周波数はCとなる。ならばCの周波数のみに反応するよう機構を組めば解決だろう?」
解決策は周波数の厳選。
ルクスシステム自体が燐灰石βの発する周波数にしか反応しないらしい。確かにこれなら太陽光があっても事故が起きることは無いだろう。
「二つ目だ。集団戦でこの武装を全員が使用するとき、余程の連携力がなければ他人の武装が勝手に引き寄せられ、あらゆる面で支障が出る」
「うむうむ、それも鋭い指摘だ。だが安心したまえ。私たちは完璧に対策を施している」
シャーロットは右手に付けていた金属製の黒いリストバンドを外し、蓋のような箇所をあけて、薄い正方形のチップを取り出す。
「これはスマートフォンを分解して手に入れたパーツだ。私たちは
「……これが何の役に立つ?」
「ルクスシステムはこのパーツで各自の武装を識別させるのだよ。例えばAと記された武装ならば反応するのはAだけを、Bと記された武装なら反応するのはBだけを……というように、個別で管理する」
勝手に識別してくれるパーツ。
これを金属製のリストバンドに組み込むことで、連携における課題を解決しているらしい。確かに他人の武装が反応する心配はない。
「ちなみに、アレクシア君が両手首に付けているそのリストバンドは特別なものさ」
「どう特別だ?」
「識別関係なく、自分の武装も他人の武装もすべてが反応する。君なら上手く活用できると思ってそうさせてもらったのだよ」
最初は何のためのリストバンドかと思っていたが、どうやらルクスシステムを活かすための武装だったらしい。私は自分の手首を左右で交互に確認した後、机の上に置かれている刀剣を見つめ「自分の元へ来い」と念じてみる。
「……動かんぞ」
「うむ、当然だろう。『
「何だそれは?」
小首を傾げているとシャーロットは右手を振り上げたり、振り下ろしたりを繰り返しながら私にこう説明を始める。
「スマートフォンから流用したもう一種類のパーツだ。筋肉の電気信号と体の微細な動作に反応する微型センサー……といえば分かるかね?」
「なるほど。つまり」
ルクスβへ右手をかざす。
剣を引き寄せようとする意志と身体の動き。そこに反応をし、ルクスβは小刻みに動くと、
「……こういうことか」
「そうだとも。理解が早くて助かるのだよ」
私の右手へ綺麗に納まった。
あくまでも意志を心の中で提示し、その意志に合った身体の動きを表現しなければならない。私はおおよその仕組みを理解すると、ルクスβの鞘から刀剣を引き抜く。
「試験させてもらうぞ」
「うむ、構わないのだよ」
標的は子爵の皮を被ったカカシ。
私はその場から駆け出すと、右手に握っていた刀剣を思い切り投擲する。刀剣は回転しながらカカシの身体へと突き刺さったため、
「来い」
机に上に置かれていたディスラプターβを遠隔で手繰り寄せ、右手で構えながらカカシへ何十発か発砲し、銃の横に付いたレバーを下に親指でずらし、天井に向けて銀の杭を撃ち込んだ。
「行け」
左手に握ったルクスβの鞘、右手に握ったディスラプターβを交互に投擲し、鞭で薙ぎ払うようにして両腕を閉じるように動かす。そしてカカシの頭部と胴体へ鞘と銃を思い切り衝突させた後、
「上げろ」
天井に突き刺さった銀の杭へ左手を向け、磁力によって天井高くへ自分の身体を飛ばし、
「戻れ」
最初に投擲した突き刺した刀剣へ右手をかざし、強引にカカシから引き抜いて自分の元まで帰還させると、
「落ちろ」
そのまま降下して前のめりになったカカシの心臓を、鋭利な剣先で背後から貫く。支柱を失ったカカシがうつ伏せに倒れたため、私は右脚を振り上げて後頭部に向け、ブーツの踵を振り下ろせば、
バギィイィンッ──
「……力加減が難しいな」
カカシの頭部は粉々に砕けた。
ブーツの踵には圧縮式の振動吸収素材が組み込まれている。蹴り技の威力を向上させると聞いてはいたが、ここまでの威力が出るとは思わなかった。
「おお、流石はアレクシア君だ。ヘレン君と同じようにここまで上手く使いこなすとは……」
「この武装を卒業試験に使えと?」
「うむ、まだ実戦データが欲しいから是非頼みたいのだよ」
「……なら、そうさせてもらう」
全体的に武装の感触は悪くない。
その後、シャーロットから新品のルクスβやディスラプターβ、弾倉や銀の杭などの武装一式を与えられたため、明日の卒業試験に備えて帰宅することにした。
♦作者からの大事な連絡 2025/05/03
本職の方にて仕事を抱えすぎた結果、医師に中等程度のうつ状態だと診断されました。現在は薬にて治療期間中なので、作品の更新がされないことがたまにあります。その時はご容赦いただけると幸いです。