ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:5『千年以来の邂逅』

 

 カチャッ──

「……貴様から顔を見せるとはな」

 

 視線の先に立つのは公爵であるノア・アーネット。

 その中身は私が最初の人生であるマリア・アーネットとして産んだ実の息子だ。しかし吸血鬼に魂を売り渡した愚か者になった。

 私はディスラプターβを左手で構え、ノアの額へ銃口を突きつける。

 

「母上、僕は話がしたくてここに──」

「黙れ。吸血鬼が私を母親呼ばわりするな」

「……っ」

 

 ノアに送るのは冷めた眼差し。

 私からの一言でノアはやや狼狽える。実の息子だろうが、今のこの愚か者には同情も何もなかった。吸血鬼になった時点で、その辺の食屍鬼共と価値は変わらない。

 

「貴様を息子とはもう思わん……この愚か者め」  

「それでも、僕にとってはたった一人の母上だ──」

 パァンッ──

 

 迷わず引き金を引く。

 吸血鬼に母上と呼ばれることがあまりにも腹立たしい、と。弾丸はノアの眉間を貫いて、その箇所を風穴へと変える。

 

「失せろ」

 ドスッッ──

 

 そして右脚のホルスターから銀の杭を引き抜き、ノアの心臓へと深々と突き刺した。やや色味を失った血液が辺りに飛び散り、ノアの口元からは血が垂れていく。 

 

「……母上、僕は殺せないよ。心臓はストーカー卿に預けているからね」

「下らん小細工を……」

 

 だが灰へ変わることは無い。

 原罪共と同じように急所である心臓を取り除き、ストーカー卿とやらに託しているからだ。私は眉間にしわを寄せ、ルクスβを鞘から引き抜いて斬りかかろうとした。

 

「"動くな"」

「──っ」

 

 途端、私の身体が石のように動かなくなる。

 唯一動かせるのは目線と口のみ。何が起きたのかを脳内で整理するまでもなく、私はノアを睨みつけながらこう指摘する。

 

「……これが貴様の『災禍(さいか)』とやらか」

 

 原罪へ与えられていた災禍と呼ばれる吸血鬼共の力。公爵であるノアへ与えられているのは至極当然のこと。

 

「僕の災禍は『元始(げんし)の災禍』。この災禍を使って言葉を発すると、その言葉は相手の運命に刻まれる」

「運命だと?」

「つまり僕が『動くな』と告げた瞬間、母上に刻まれるのは『動けない運命』。だから僕が『言葉の終わり』を念じないと、母上は定められた運命のままもう二度と動けない」

 

 元始の災禍。

 あっさりと自身の災禍について語ったノア。自身の手の内を明かして信用してもらおうとしているか、もしくは災禍の中身を知ったところで対抗できるわけないと(たか)(くく)っているか。

 

「どうして僕が災禍の秘密を明かしたのか。母上はきっとそう考えたよね?」

「……どうだろうな」

「答えるね。災禍について母上へ教えたのは……『対話するため』の等価交換のつもりだよ」

 

 過去の関係性は腐っても親子。私の考えていたことを的確に当てたノアは、のんびりとした動きで青い空を見上げた。

 

「僕が母上と話したいこと。それは『紅目(あかめ)再臨(さいりん)』について」 

 

 紅目の再臨。

 それは最悪の訪れでもあり、世界の終焉をもたらす日。紅い月が空へ昇り、永遠の夜に閉ざされる日。その災厄の日を象徴する者こそが──

 

『思い出して、私を焼いたあの夜の空を』

『あれがあなたの始まり(・・・・・・)で、私の終わり(・・・・・)だったの』

 

 ──初代公爵。

 最初の吸血鬼で、世界の最後を訪れさせる者。最初の人生で対面したときの記憶が頭の中を過り、忘れさせようと唇を噛みしめた。

 

「……紅目の再臨? いまさら何を話す?」

「初代公爵(デューク)の封印が、解けるかもしれない」

「──! 何だと?」

  

 初代公爵は血の原初。

 私たちは転生者として何百年と死闘を繰り広げたが、殺すことは決してできなかった。その理由は『初代公爵の名や存在が世界に定義される限り存在し続ける』ため。

 

「私たちは初代公爵を封印しただろう。記録や名も歴史からすべて消し去った」

「罪のない人間たちも殺して、ね」

 

 たった一つの打開策。

 それは初代公爵の概念を未定義にして、世界から居場所を失くす策。そのために殺すのではなく封印する。封印して初代公爵に関連する記録を燃やし、初代公爵を知る者たちを一人残らず、殺した。

 そうすることでしか、初代公爵には太刀打ちできなかったのだ。 

 

「この時代で名も歴史も聞いていない。知っているのは私たち転生者だけだろう」

「……そうだね。確かにその通りだよ」

 

 知る者がいれば、初代公爵は紅目の再臨によって存在を取り戻す。唯一の救いは、私たち転生者からの認知は存在に影響しないという点だ。

 

「なら封印が解けるのはなぜだ?」

「それは、初代公爵を呼び戻そうとする『公爵たち』がいるからかな」

「……? 公爵は貴様だろう」

 

 公爵たち。

 そう明言したことで私は眉をひそめた。何故なら公爵とは世界に一匹だけ存在するものだから。例えるなら吸血鬼の頂点。かの初代公爵も世界を統べる吸血鬼だった。

 

「母上は勘違いをしている。この世界に存在する公爵は僕だけじゃない」

「何を、言っている?」

「僕が統治するのはランドロス大陸だけだ。他の大陸は……六人の公爵がそれぞれ支配している」

 

 ノアが懐から取り出したのは黒色のスマートフォン。

 私に見せるため横画面にすると、そこへ何かを映し出した──

 

猫かぶり(・・・・)の写真などいらん」

「あっ! あっはは、僕としたことが……間違えてリアの写真を出しちゃったみたい」

 

 が、視界に映るのはセシリアが必死に料理の練習をしている写真。料理本を見ながら作っているのを踏まえるに、料理すらしたことのない初心者なのだろう。

 

「母上、見て欲しいのはこっちだよ」

 

 愛想笑いを浮かべつつ今度こそきちんと見せてきたもの──それは世界地図。どうやら吸血鬼共はスマホという文明の利器を上手く利用しているらしい。

 

────────────────

・アンゲルス大陸:『夢寂(むじゃく)(きみ)

・ヴァイスハイト大陸:『無用(むよう)智慧疫(ちええき)

・エーデルシュタイン大陸:『宝骸(ほうがい)宮主(きゅうしゅ)

・パラセレネ大陸:『沈圧(ちんあつ)(きみ)

・エルドラド大陸:『緋燈(ひとう)巫女(みこ)

・パラベルム大陸:『破誓(はせい)女皇(じょこう)

────────────────

 

「この六人は初代公爵の封印を解き、紅目の再臨で"アイツ"を蘇らせようとしている。僕はこの耳でそう聞いたよ」

「……どこから抹消した記録が掘り返された?」

「僕にも分からない。だけど、前にこんな手紙が届いた」

 

 スマホ内に記録として残している一枚の写真。その写真は手紙というよりは招待状。私は視線だけでその文章へ目を通してみる。

 

────────────────

 E親愛なる我が子たちへ

静謐なる宵、いよいよlその予兆が訪れるわ。

空にs紅き眼が瞬きを始め、a世界の鼓動は我が名に応bえて震える。

愛しきe貴方。忠誠tを誓い、h血を捧げ、永き夜を築いてくれた我が子たち。

どうか、この祝福の宴に姿を見せLなさい。

茶は深紅。菓子は白きo骨粉にて練り、盃には滅びの香を満たし、

貴方たちの椅u子は、既に整えiられている。

紅目の再臨sを、迎えたその暁には、

――再誕に立ち会うeその唯一の資格を、

貴方に授けましょう。

────────────────

 

 差出人の名は書かれていない。

 だが不気味なのは文章の所々に『L』や『e』などが埋め込まれている点だ。私は目でそれらを上から下まで順番通りに並べてみる。 

 

「……まさか、初代公爵の名前になるのか?」

「そう、繋げてみると"────"になる」

「貴様、その名を気安く口にするな」

「大丈夫だよ。ここには吸血鬼の僕と転生者の母上だけしかいないから」

 

 上からきちんと並べてみると、完成したのは言葉にしてはならない初代公爵の名前。気安く名前を口にしたノアを睨みながら指摘するも、この愚か者は「大丈夫」と軽く笑って見せた。

 

「この招待状から分かるのは……封印されたはずの初代公爵が干渉を始め、未定義になっていた自分の存在を再定義しようとしてるってことだ」

「千年前までアイツは干渉などできんはずだ。なぜ干渉できるようになった?」

 

 初代公爵は歴史ごと世界から抹消されている。私がこの時代に転生する前は初代公爵の干渉など一度たりとも起きなかったはず。

 

「母上、千年前とこの時代で大きく変わったことが何だと思う」

 

 千年前とこの時代。大きく異なる点は何かと問われた私は目線を下ろし、数秒ほど黙り込んだまま考える。

 

「──異世界転生者(トリックスター)の数が増えたことか」

 

 ふと浮かんだ相違点。

 それは異世界転生者の量だった。来訪神と呼ばれていた存在が、異世界転生者と呼ばれるまでに変化したのは、その希少さが変わったからとも考えられる。

 ノアは私の回答に「正解」と言わんばかりに小さく頷いた。

 

「だが初代公爵との接点は何だ? そもそも向こうは何も知らんはずだろう」

「封印が弱まるきっかけは、この世界で初代公爵への認知が増えること。だから異世界転生者たちは……初代公爵を知っているのかもしれない」

 

 存在を未定義にしたことで封印され続けている初代公爵。破られるきっけかは人間からの認知と、その名が広まることだ。異世界転生者の増加が原因ならば、きっかけへ結び付く点もあるのかもしれない。

 

「……つまり異世界転生者の世界にも初代公爵が存在すると?」

「僕にもそこまでは……。だけどありのままを知っていなくても、別の形(・・・)で知っているとか。後は本当に、初代公爵が実在している(・・・・・・)とか……かな?」

「笑えん冗談だ」

 

 あの厄災が他の世界にも存在するとかもしれない。

 それを想像するだけで息が詰まる。そうやって私が表情を曇らせていると、ノアは私の左頬へ手を添えて真剣な眼差しを送ってきた。

 

「母上は吸血鬼に狙われている」

「何?」

「初代公爵が自身の血を分け与えた唯一の存在、それが四卿貴族(しけいきぞく)。この時代の公爵たちは、その血を求めてるみたいだ。それが初代公爵の封印を解くためのカギになって、血を吸えば初代公爵と繋がれるとも考えているから」

 

 各大陸を支配する六匹の公爵。

 話を聞く限りでは初代公爵を狂気的に崇拝しているとも受け取れる。ノアは話を続けながら、私の左頬から首筋へと添えていた手をずらす。

 

「母上には人間の身でありながらバートリ卿の血が流れている。きっと公爵たちは喉から手が出るほど、母上のことが欲しいだろうね」

「……他の四卿貴族も狙われるはずだ」

「どうかな? 四卿貴族の実力は僕たち以上だ。流石に公爵たちも相手はしたくないと思うよ」

「なるほど。要するに私は『楽に狩れる獲物』というわけか」

 

 四卿貴族には勝ち目がない。

 だからこそバートリー卿の血を継いだ私を狙う。思わず小さなため息をつくと、ノアは私の首筋から右手をゆっくりと離した。

 

「僕はこうなることを予期していた。だから母上を僕たちの仲間として勧誘したかったんだ」

「……貴様なら他の公爵から守れると?」

「守れるよ。母上を仲間に引き入れたら、バートリ卿が残した唯一の双子は僕たちの陣営になる。そうなったら他の公爵たちは迂闊に手を出せない。だって最も避けたい吸血鬼同士の戦争になるからね」

 

 私をしつこく勧誘した理由。

 それを説明されたことであらゆる辻褄が合う。私を罪人に仕立て上げ、わざわざグローリアから遠ざけるような行為をしたのは、

 

「まさか私の悪評を広めたのは──グローリアの被害を抑えるためだったのか?」

「そうだね。それも一つの理由かな」

 

 他の公爵たちからの襲撃による被害を抑えるためだった。

 グローリアで暮らしていればいつか他の公爵が私を狙って襲撃してくる。ノアたちは巻き添えにしないよう、私自身がグローリアから離れざるを得ない状況を作り出したのだ。

 

「……もう一度だけ聞くよ母上。僕たちの手を取るつもりはない?」

「微塵もない。私の考えは変わらん」

「あはは、そっか。そうだよね」

 

 苦笑いをするノア。二年経とうが私の根本は変わらないままだ。吸血鬼共と肩を並べることなどあり得ない。

 

「馬車を襲った子爵たちは母上から『イイ香りがする』と言っていた。これはきっと初代公爵の干渉が原因だ」

「……それが?」

「これからは気を付けた方がいい。母上は吸血鬼と遭遇する確率が高くなって──」

「なら好都合だ」

 

 私は注意喚起をしようとしたノアの言葉を遮る。そしていつものように吸血鬼共を見下すような視線をノアへ向けた。

 

「どちらにせよ、私は吸血鬼共を灰にする。貴様も含めて、この世から一匹残らずな」

「母上、まだテレシアの意志を……」 

「吸血鬼共から顔を見せるのなら──私はただ始末するだけだ」

 

 私の左目が無意識のうちに紅色へ染まる。敵意、殺意、反抗心……すべてを反発する眼差しで睨まれたノアは、やや驚いた様子で一歩だけ後退りをした。

 

「……前世から、何も変わってないね」

「貴様は愚者に堕ちたな」

「でも母上、今は種族で言い争いをしている場合じゃない。僕たちの仲間にならなくても、初代公爵を止めるためには手を取り合わないと──」

「ヒヒィイィイン……ッ!」

 

 瞬間、聞き覚えのある馬の鳴き声がした。

 その方角へ振り返ってみれば、漆黒の青毛(あおげ)に長い(たてがみ)と尾を持つ一頭の馬が遥か遠方に見える。

 

「……時間切れみたいだ。また会いに来るよ、母上」

「二度と顔を見せるな」

「そういうわけにはいかないよ。僕たちは母上と協力関係は築かないといけないからね」

 

 足元から影に溶けていくノア。私は何とか一太刀でも入れたかったが、未だに身体は微塵も動かなかった。

 

「母上、次に会う時までに考えておいて」

 

 腰から胸部まで沈んでいく。

 私は鋭く睨みながらもノアの口元だけをじっと見つめ、

 

「"動いてよし"」

「──ッ!」

 

 災禍を解いたタイミングで刀剣を思い切り地面へ突き刺した。だがノアの姿はもう見当たらず、ただ空しく刃が土を抉る音しか聞こえない。

 

「……バカ息子め」

 

 独り言のようにぼそっと呟き、地面に刺した刀剣を鞘へと納める。すると遠方に見えていた馬が、私の前に砂埃を立てながら停まった。 

 

「アーちゃん、久しぶり」

「お前は……」

 

 馬に乗っていたのは左右で二つ結びにした青髪の女。

 胸元には蒼玉(サファイア)の十字架ネックレス。私のことを『アーちゃん』という下らない呼び方をする女の記憶は、

 

「誰だお前は?」

「えぇーっ……」

 ドッサァアァッッ──

 

 まったくなかった。

 その場で首を傾げる私の反応にその女は腑抜けた声と共に馬から転げ落ちる。そしてしばしの静寂の後、青髪の女は仰向けの状態から、上半身だけ身体を起こした。

 

「ルーナ、ルーナ・レインズ……」

「ああ、氷女か」

 

 十戒の一人であるルーナ・レインズ。

 黒薔薇の使徒であるカムパナとの一件で行動を共にせざるを得なかった人物。二年ぶりでも変わらず無表情で無感情だが、顔つきは少しだけ大人びたように見える。

 

「なぜお前がここに?」

「……馬車が来なくて騒ぎになってたから。私が様子を見に来た」

「そうか」

 

 ルーナは立ち上がると破壊された馬車や御者の遺体を一望した。表情は変わらなかったが、何が起きたのか理解すると瞳を曇らせる。

 

「吸血鬼はぜんぶ倒した?」

「ああ、二匹とも灰になった」

「……さっき、もう一人いなかった?」

「気のせいだろう」

 

 簡単な事情聴取をしてきたルーナ。

 公爵であるノアと対面していたなどと話せば後々面倒なことになる。私は黙っておくことにすると、この氷女は静かに「そう」とだけ相槌を打ち、私の目の前まで歩み寄る。

 そして顔を覗き込んできたり、身体を軽くポンポンッと触ってきた。

 

「アーちゃん、怪我はない?」

「ああ、だが馬車の中に迷子の子供がいる」

「迷子の子供……?」

「シメナ行きの馬車に置いていかれたらしい。親は恐らくシメナにいるはずだ」

 

 馬車の中で未だ眠っている少年を抱え上げる。ルーナは私の事情を理解したようで、何も言わずに私から少年を受け取った。 

 

「私がこの子を届ける。アーちゃんは、やらないといけないことがあると思うから」

「……なら任せた」

「代わりに『フーちゃん』を連れてって。すごく早く帰れる」

 

 この女が乗ってきた馬はFrederica(フレデリカ) The() Lumen(ルーメン)。対吸血鬼用に調教された馬だ。そういえば二年前の逃亡生活で、雪月花の領土へ置き去りにしていた。

 

「フゥーッ、フゥーッ……!!」

「……お前、怒っているのか」

 

 そんな私に恨みがあるのか威勢よく噛みつこうとしてきたため、両手で上顎と下顎を抑え込む。その鼻息の荒さからして、随分と根に持っているらしい。

 

「これ、フーちゃんの大好物……林檎とハチミツセット」

 

 ルーナは足元に林檎とハチミツが入った袋をそっと置く。

 その顔は非常に微笑ましい光景だと言わんばかりのもの。私とこの駻馬(かんば)が久々の再会で戯れていると思っているのか、この氷女は。

 

「どけ」

「ブルルッ……!」

 

 勢いよく突き放すと凄まじい剣幕で、フレデリカはこちらを睨んでくる。私は「仕方がない」と足元の袋を拾い上げて、林檎を一個だけ取り出し、その上にハチミツをかけた。

 

「悪かったな」

「……フゥンッ!!」

 

 謝罪の言葉だと理解したフレデリカ。こちらに対して「今回だけだ」と渋々了承すると鼻息を一度だけ荒げ、林檎をそのまま丸ごと頬張る。

 

(……何とかアシは手に入れたな)

 

 これで移動における問題が解決した。私は軽い身のこなしでフレデリカへ飛び乗ると、迷子の子供を抱えているルーナを見下ろす。

 

「私はもう行く。後は頼んだ」

「うん」

 

 目的である卒業試験の達成。

 背後からルーナの視線を感じながらも、その現場となる母胎館まで馬をさっさと走らせることにした。

 

 

────────────────

 

 

「……アーちゃん、変わった」

 

 去っていくアレクシア。

 その後ろ姿を見つめながらもルーナは安堵する。二年前に見かけた彼女よりも、和やかな雰囲気を纏っていたからだ。

 

「シメナに、送り届けないと……」

 

 託された迷子の少年。

 ルーナは背を向けてシメナの道を歩き出そうとした……その時、

 

「すぅすぅ……"────"っ……」

「……? 今の、寝言?」

 

 少年がふと口に出した言葉。

 動詞ではなく名詞のような言葉。ルーナは小首を傾げつつも静かに少年の顔を見つめ、

 

「"────"」

「……"────"? 誰かの、名前……?」

 

 その名を復唱するように口にしてしまった。

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