ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:8『母胎還り』

「はは、母に、ナ、なろう」

 シュルシュルシュルッ──ッ

 

 異形となった四人の男共。垂れていたへその緒を触手のように扱い、床を這いずり回りながら私の足元まで急接近してくる。

 

「……狙いは捕縛か」

 

 触手の動きからするに殺すのではなく捕獲。

 私は即座に室内を駆け、迫りくる数本のへその緒から逃れようと試みる。だが追尾性能はかなり高く、速度を保ちながらも私の後を追いかけてきた。

 

「ヤ、ヤ、ヤヤ、宿して、あげよう」

「ウ、産ませてあげよ、ヨ、う──」

 パァンッバンッ──ッ

 

 私の背後から回り込ませていたへその緒。

 その音を聞き取った瞬間、振り返ることなく左手に銃を構えた。そして何度も発砲する。乾いた破裂音が、室内に響き渡った。

 一人の異形は左肩、もう一人の異形は右脚が吹き飛んだ。飛び散ったのは血ではなく、羊水のような液体。

 

「イ、イイ、ハハオヤになれる、ル」

「あなたは、ハ、と、とても、優しい」

「……余裕そうだな」

 

 しかし狼狽えもせず、未だに微笑みを向けてくる。効いていないというより、気にしていないに近い。ただ私を母親にするための執着だけで、肉体を動かしているようだった。

 

 バキンッ──

「……小賢しい」

 

 響いたのは足元の床が壊れる音。

 飛び出してきたのはへその緒の触手。私は一瞬だけ反応が遅れてしまい、へその緒は左脚へ巻き付きながら上ってくる。 

 

「ア、アア、すてきな、おなかだね」

 ヌチャッ──シュルルルッッ──

「触るな」 

 

 付着する粘液とタイツの上でへその緒が這いずる感覚。

 下腹部を目指してスカートの中まで潜り込もうとしたため、不快感を露わにしながら右手に握りしめた刀剣でへその緒を斬り捨てる。

 

 ズルゥ──グチュチュ──

「ア、赤ちゃん、あなたに、ニ、産ませないと」

「やはり再生するのか」

 

 私が斬り捨てたへその緒。

 断面図から新たな肉が生え始め、瞬く間に元通りとなった。更には先ほど弾丸で撃ち抜いた左肩や右脚も再生済み。

 

(……そう上手くはいかんな)

 

 今までは迫りくるへその緒を刀剣や身のこなしでいなし、銃で異形共へ引導を渡す。接近は避けるべきだと判断したうえで、遠距離戦を仕掛けていた。 

 それが徒労に終わるというのであれば、

 

「ならやり方を変える」 

 

 戦法を切り替えるのが最善策。私は身体の向きを異形共へ変え、四方八方から飛びかかってくる触手を跳躍して回避し、天井へとブーツの底を張り付かせた。 

 

 シュルシュルシュルッ──

(まずは触手共を……)

 

 追尾するように天井へ張り付いた私へ伸びてくる触手。私は天井に刀剣を突き刺してから、触手との距離が最も縮まるタイミングを見計らい、

 

(まとめて始末する)

 

 天井を蹴って勢いをつけると、触手同士の隙間を縫って地面へ着地する。そして右手を天井に向け、突き刺さった刀剣を手繰り寄せながら、

 

 スパァァンッ──ッ

「ア、アア、母に、母にしないと」

 

 中腰の状態で身体を回転させながら、遠隔で刀剣を周囲へ一度だけ振り回す。無数の触手は何度も斬り刻まれ、その肉片を床へと散らした。

 

「ウ、産ませて、産ませてあげないと、ト」

「させん」

 

 すぐに触手を再生しようとする異形共。

 私はそのままの流れで刀剣を右手で掴むと異形共へ駆け出し、

 

「失せろ」

 ズシャアァ──ッ

「アァアァッ──」

 

 手前側に立っていた一体の異形をすれ違いざまに斬り捨てる。膨らんだ腹部と下半身は斬り裂かれ、床へとバラバラに崩れ落ちた。

 

「母親に、ハハ、ハハオヤになるのよ」

 

 後ろから抱擁するように覆いかぶさろうとする異形。私は振り向きざまに、気色悪い笑みを浮かべた口内へ銃を突きつけ、

 

 グチャアァッ──ッ

「その顔は(しゃく)に障る」

 

 三発ほど発砲して頭部を粉々に撃ち抜いた。更に追い討ちとして刀剣を二度振るい、太い右腕と両脚を綺麗に切断する。

 

「ア、あなたなら、キキ、きっと立派な母になれる」

「ワ、ワ、わたしと、ウ、生まれなおして、テ」

 

 残りの異形は二体。

 左右で挟み込むようにして、再生させた触手をこちらへ伸ばしてくる。私は刀剣を宙へ放り投げた後、右側から迫る触手を自ら掴み、

 

「邪魔だ」

 グチャァアッ──ッ

「ア、アァアっ」

 

 思い切り引っ張ると、私の目の前まで異形の肉体が引き寄せられる。即座に触手から手を離し、ホルスターから取り出した銀の杭を後頭部に深々と突き刺した。

 

 ドガァアァッ──ッ

「ぐッいぃぃいッ」

「おごぉおッ」  

 

 そしてそのまま左側に立っている異形へと衝突させ、追撃として回し蹴りを背中へ叩き込む。二体の異形は身体を重ねた状態で壁に激突した。

 

「仲睦まじいな」

 ズチャァアッ──

「ハハ、ハハに、なるの」

「アァア、オォオッ……」

 

 先ほど放り投げたことで落下してくる刀剣。

 私はそれを掴むと異形共へ投擲した。斬り裂くのは肉、貫くのは膨らんだ腹部。壁に釘打ち状態となった異形共はもぞもぞと蠢く。

 

「産ませて、ウ、産ませて……」

「ア、赤ちゃん、宿らせ、セ……」

 

 そのまま異形共へゆっくりと歩み寄る。生かす必要はない……と右足を上げながら、見据えるのは手前で蠢く異形の後頭部。突き刺さっているのは銀の杭。

 

「果てろ」

 ビチャアァアッ──ッ

 

 力強く蹴りを入れ、銀の杭を後頭部に刺し込んだ。 

 頭部が重なっていた二体の異形は、銀の杭によって額を貫かれた。飛び散る羊水の液体。訪れるのは静寂。

 

「……終わったか」

 

 異形共の腹部に刺さった刀剣を引き抜き、刃に付着した粘液を軽く振り払ってから鞘へと納める。そして倒れている異形共を観察し、とある考えが脳裏を過った。 

 

(この異形共は恐らく犠牲者。何かに寄生されたか、もしくは干渉を受けたのか)

 

 それは元々人間だったという憶測。

 館に迷い込んだ一般人か、調査しに来た人間か。倒れている異形の残骸を見つめながら、部屋の中央に置かれたベッドへ視線を移す。  

 

「……どこかに元凶がいる」

 

 人間を異形の姿にした元凶が存在する。

 その可能性がより濃厚になった。ならば果たすべき目標は『元凶を始末する』こと。私は部屋を出ていこうと足を動かし、

 

 ぴちゃ──ぴちゃ── 

「今の音は……」

 

 静寂の中、液体が滴る音が聞こえたためその場に留まる。音の根源を探そうと辺りを見渡せば、とある箇所で視線が止まった。

 

 ぴちゃ、ぐちゃ──

(腹部が、動いているのか?)

 

 それは異形の膨らんだお腹。

 決して異形が生きているわけではない。もぞもぞと腹の内側で何かが蠢いている。私は不吉な予感がし、異形の遺体から一歩だけ距離を置いた。

 

 ビチャアッ── 

「……?」

 

 瞬間、背中にナニカが衝突した。

 確かに感じるのは生命。這いずるようにして左肩まで上ってくる。ゆっくりとそのナニカを視認してみれば、

 

「あ……マ……マ……」

「何だこの生物は?」

 

 張り付いていたのはぐずぐずに崩れた肉塊。

 頭部のような部位から目らしき穴がある。全身が血と粘液に濡れ、背中には未成熟な臓器や骨片(こっぺん)が露出している。

 例えるなら──産み損なった赤子の残骸。

 

 ビチャアッ、グチャァッ──

「マ……マ……」 

「オ、カ……」

「……っ」

 

 異形の腹部から次々と飛び出してくる肉塊。

 私の全身へと粘着性のある身体で張り付いてくる。下腹部に張り付き、太腿辺りにしがみつき、両腕を拘束するよう粘着してきた。

 

「離れ──」

 ブチュッ──ッ 

「んんむぅッ……」

 

 振り払おうとした瞬間、顔に肉塊が飛びかかってきた。粘着性のある身体で顔へ張り付き、その衝撃で仰向けに倒れてしまう。

 

「マ、ま……」

(口の中に、入ろうとしているのか)

 

 張り付いた肉塊は小さな触手を、口の中へ無理やり詰め込もうとしてくる。口を強引に閉じて抵抗をしようとしたが、

 

「お、ナか……かえる……」

 グチュッ──ズチュズチュッ──

「げほっ、ごふっ……ッ」

 

 小さな肉塊のどこにそんな怪力があるのか、あっという間に喉奥まで小さな触手を突っ込まれ、ドロドロとした液体を流し込まれてしまった。

 

(何だ、この感覚は……)

 

 視界がぶれる。

 身体が熱を持ち始める。下腹部の奥に宿った感覚が這い上がってくる。胎内に赤子を宿すという錯覚。全身にまとわりつく肉塊が、自分の愛おしい子であるという感情──

 

(──下らん)

「マッ、ママ、アッ……!?!」

 

 発現させる血涙の力──インフェルノ。

 蒼色の獄炎で自分の肉体を炎上させ、全身に張り付いた肉塊を燃やし尽くす。顔に張り付いた肉塊は、解放された右手で鷲掴みにし、壁際へ放り投げた。

 

「げほっごほっ……何を、飲まされた?」

 

 力を失い、肉塊は痙攣するだけの物体に成り下がる。

 私は片膝を突きながらも何度も咳き込んで、飲まされた液体を何とか吐き出した。汚い(よだれ)と共に出てきたのは、ネバネバとした白濁液。

 

「まだ、熱を帯びているな」

 

 未だに火照っている下腹部。 

 どうも嫌な予感がしたため、シャツを捲ってその部位を確認してみる。

 

「この印は……」

 

 刻まれたのは奇妙な赤黒い印。

 例えるなら『胎児を宿した産道』に近い形をしていた。私は右手をその印に重ねると、体内に蒼色の獄炎を通わせる。

 

「んぅぐッ、ごほッげほッッ──やはり寄生されていた」

 

 胃液と共に吐き出されたのは指先程度の大きさの胎児。

 獄炎で燃やしたことで炭となっており、寄生元が吐き出されたことで下腹部に刻まれた赤黒い印は消えていく。

 

「なるほど。これが変わり種を増やす手段か」

 

 異形本体が体内で寄生体を増殖させ、人間に取りついて同種を増やす繁殖方法。私はゆっくり立ち上がると、部屋の出口を目指そうとした。

 

 カチッ──

「……今度は何だ?」

 

 何の音なのかは聞かずとも分かった。

 どうせ扉の鍵がかけられる音。案の定、ノブを回しても扉は開かない。私は何度か扉に蹴りを入れたが、なぜかビクともしない。

 

 ポタッポタッ──ザァアァーッ──

「次は水責め……いや、液責め(・・・)か」

 

 東西南北の壁面にある乳房を模した無数の白い突起。そこから繁殖に必要な白濁液が噴き出し、一斉に部屋へ流れ込んでくる。 

 

「そこまで私に産ませたいのか?」

 

 部屋を満たしてしまえば私は呼吸ができなくなり、どう足掻いてもこの液体を飲むことになる。そうなれば、もはや胎児を取り出しても無駄だ。

 

(……執着されているのは、バートリ卿の血筋が原因だろうな)

 

 ノアから言われた言葉を思い出していると、白濁液は足首まであっという間に浸かる。ネバネバの液体がブーツの中に流れ込み、足先に不快感を覚えた。

 

(吸血鬼共の力に頼るのは気に食わんが……仕方ないか)

 

 本当は表立って使いたくない血涙の力。

 理由は至極単純。吸血鬼の血が流れていることを実感させられ、血涙に頼る自分に腹立たしさを覚えるからだ。

 私は小さなため息をつくと、紅い左目に古時計の写像を映し、 

 

「ペンデュラム」

 

 室内の空間を停止させた。

 ペンデュラムはメデューサから受け継いだ血涙の一種。あらゆる生物や物体に『加速・遅延・停止』のどれかを付与させることができる。

 よって、乳房から噴き出す白濁液も停止させることが可能だ。

 

「エンハンス」

 

 次に青色の右目へ十字架の瞳孔を浮かばせる。そして逆十字架へと向きを変えてから、左脚を主軸にして右回りに半回転し、

 

「開けろ」

 バギィインッ──ッ

 

 後ろ回し蹴りで扉を軽々と蹴破った。

 エンハンスはゲリュオンから受け継いだ血涙の一種。背負うもの……つまり『背負った罪』や『託された想い』によって身体能力が大幅に向上する力。

 

「……やりすぎたな」

 

 私は部屋から出た後、真っ二つに折れた扉の残骸の前でしゃがみ込み、小さな声でそう呟く。二年前とはいえ発現させてから何度も使っていないため、どうも力加減が難しい。

 

「これからどうしたものか」

 

 取り敢えずブーツを片方ずつ脱いで、流れ込んだ白濁液を外に出す。だがねばつきはブーツの中やタイツに染み付いたまま。しかしこれ以上はどうすることもできない。

 

「……私には『(けが)れの(なん)』でも付いているのか?」

 

 近頃、唾液やら白濁液やらで汚れてばかりだ。

 そんなよく分からない不運に首を傾げながらも、片方ずつ履き直すと、何度か地面をブーツのつま先で軽く叩き、身だしなみを整えた。

 

「ここからは慎重に探索したいところだが──」

「ア、アア、産ませ、産ませてあげる、ル」

「きっと、ト、いい母親に、なれ、る」

「やはりこうなるか」

 

 背後の天井や壁から湧いて出てくる異形共。

 私はすぐさまその場から全速力で駆け出す。相手をしたところで元凶を潰さなければ、徒労に終わるだけだ。 

 

「ま……まっ……」

「だ、いて、だいて……」

「そう易々と逃がしてはくれんか」

 

 螺旋階段まで戻ってきたが、一階は既に肉塊の赤子で埋め尽くされているうえ、後方からは異形共が追いかけてくる。逃げ場は三階だけしかない。

 

「ウ、産める、あなたは、アナタ、産める」

「まっ、ま……あっ……」

「……しつこいな」

 

 階段を一段飛ばして駆け上がる。

 ちらりと後ろを振り返れば異形共と赤子のなり損ないが床にへばりつき、階段を這い、螺旋階段を上がってきた。

 

(このままだと追い込まれる……)

 

 動きは遅い。だが数が多すぎる。

 このままでは何があっても数で押し切られるだろう。私は三階まで上がりきった後、天井を見上げ、螺旋階段の支柱に左手を向けた。

 

「フラクタル」

 

 そう呟き、蒼い(つる)を伸ばして巻き付ける。

 フラクタルはラミアから受け継いだ血涙の力。血管を蒼い蔓に変化させ、体外へ放出させることができる。

 

 ギギギギィ──

「は、ハハハに、ハハに、なろう」

「お、かあ……さっ……」

 

 螺旋階段は古びた金属で作られていた。

 ならば支柱もそこまで頑丈にできていない、と私は巻き付けた蒼い蔓を思い切り、自分の元まで引き寄せ、

 

「落ちろ」

 バキィイィンッ──ッ

 

 螺旋階段の支柱をへし折った。

 支柱を失った螺旋階段はただの金属の塊となって崩れ、粘液と金属片の雨のような音を立て──異形共は断末魔すらなく、落下と共に沈黙した

 

「これで時間稼ぎにはなるだろう」

 

 私は血涙の力をまとめて解除する。

 そして三階を調査するために崩壊した螺旋階段に踵を返した。 

 

「……一本道か」

 

 三階は一本道の廊下だけ。変に時間を取られずに済む。私は妙に曲がりくねった廊下を突き進んだ。

 

「奇怪な廊下だ」

 

 しばらく歩いてみて違和感を覚えた。

 まず直線の廊下ではなく、わずかに螺旋を描いている通路に近い。壁は妙に湿気を帯びており、床は踏みしめる度にぬるりと沈む。

 

「まるで胃袋の中だな」

 

 幻覚なのか、それとも現実なのか。

 現状ではまだハッキリと区別がつかない。私は不可解な通路をひたすら歩き続け、狭い部屋へと辿り着く。

 

(……余計に分からん。これは幻なのか?)

 

 狭い部屋にあったもの。

 それは縦に開いた肉の裂け目。無機質な扉ではなく、脈を打つ生物そのものだ。目を凝らして見れば、その裂け目の奥には部屋らしきものがあった。

 

「おかえりなさい」

「もう、頑張らなくていいのよ」

「あなたはずっと……ここにいたんだから」

 

 裂け目の向こうから呼びかけてくる女の声。私はまったく動揺せず、ただ冷め切った眼差しのまま、

 

「黙れ。貴様の慈愛など求めていない」

 

 それだけ告げると、肉の裂け目を強引に通り抜けた。

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