ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:10『虚栄の母愛』

 

「チッ、どいつもこいつも……書き方がなってねぇ」

 

 グローリアの首都アルケミス。

 B機関の主導者であるカミル・ブレインは、柄でもない眼鏡をかけ、会議室で溜まりに溜まった報告書を凄まじい速度で読み漁っていた。

 

(ヘレンの野郎、またサボりやがったな)

 

 報告書の確認は皇女であるヘレンの仕事。

 だがその当人は外出してしまい、更には大事な対談の予定もすっぽかしていた。カミルは苛立ちのあまり、貧乏ゆすりをしながら、読み終えた報告書を雑に横へ退ける。

 

「あの~、カミルさん……ちょっといいですか?」

「……」

「わ、我が主が、カミルさんと話をしたいみたいで……」

 

 そっと顔だけ覗かせるのは十戒のフローラ・アベル。苛立っていることを理解しているため、出来る限り音を立てず、慎重にカミルへ声をかけた。

 

「あぁ?」

「い、いえっ! い、忙しそうなので後にしますっ!」

 バタンッ──

 

 しかしドスの利いた声で返答され、フローラは急いで扉を閉めてしまう。カミルはため息をついた後、額を右手で押さえながら、

 

「わりぃ、気が立ってた。何か用かフローラ?」

 

 そう謝ると扉がゆっくりと開き、フローラが無言のまますーっと顔を覗かせてくる。

 

「旧ドレイク領の件、どうなったのかなぁと思いまして……」

「あ? 何にも聞いてねぇのか?」

「はい、まったくなにもぜんぜん」

 

 会議室に足を踏み入れるフローラ。

 扉を丁寧に閉じると十戒用の修道服を軽く整え、カミルのそばまで歩み寄った。 

 

「アイツの卒業試験にしてやった」

「はへぇ、どうしてあの子に任せたんですか?」

 

 カミルから卒業試験の概要が書かれた書類を手渡されたフローラは、まじまじと内容に目を通す。しかし机の上に置かれたコーヒーカップの隣に、口が付けられていないチーズケーキがあるのを見つけ、視線は書類からチーズケーキへと移る。

 

「噂によりゃあ、赤子の声が聞こえただの、自分のお袋の声が聞こえただのと……信じられねぇ現象が起きてやがる」

「じゅるっ、チーズケーキ……」 

「俺の勝手な憶測だが……今回の件は精神力がずば抜けたやつじゃねぇと解決できねぇ。だからあの野郎を選んだってわけだ」

 

 理由を説明したカミルはフローラの顔を見る。

 しかし視線が合わないため、眉をひそめながらフローラを座りながら見上げた。 

 

「……おい、聞いてんのか」

「へっ? あ、はい、もちろんですよ」

「んなら、俺はいま何て言ってた?」

「えへんっ! タフな精神力がないと、美味しそうなものに誘惑されちゃうんですよね?」

 

 自信満々に胸を張っているフローラ。

 まったく話を聞いていないと呆れたカミルは、フローラの視線がちらっとチーズケーキに向けられていると気が付く。

 

「ああ、こうやってな」

「あぁっ! 我が主のチーズケーキが……」

「神はチーズケーキ食わねぇだろ」

 

 カミルが皿に乗ったチーズケーキを遠くへ移動させると、フローラはよだれを垂らしながら手を伸ばす。過剰なほど食い意地がはるフローラに、カミルは思わず頬を引き攣った。

 

「というか、んで旧ドレイク領の件を聞きに来た?」

「実はですね……一ヵ月前にアベル家の女の子が行方不明になってまして」

 

 旧ドレイク領の調査で行方不明となった名家の娘。カミルはよだれを拭いているフローラの話を聞いた後、プロフィールが記載された名簿票の中から一枚だけ手に取る。

 

「行方不明ってのはセラ・アベルのことか?」

「はい、この子について何か進展があったらなと思ってここへ……」

「お気の毒だが、まだ進展はねぇから何とも言えねぇな」

 

 フローラは同じ血筋を継いだ名家の子が、行方を暗ましたことを気にかけていた。カミルは理由に納得すると、セラの名簿に目を通す。

 

「……おいフローラ、ほんとにセラってのはアベル家の女か?」

 

 しかしカミルは目を細めて、名簿のとある箇所を注目する。

 それは血液型と顔写真。カミルがよく見かけていたアベル家の人間とは違い、髪色や淑女らしい顔つき──何よりも継いでいるはずの血液型が違ったのだ。

 

「もちろんです。何か気になることでもありましたか……?」

「いや、何でもねぇ。俺の勘違いだった」

 

 カミルは名簿を机に置いて、詮索することを止めた。理由は自分自身も生粋のブレイン家生まれではないから。フローラは不思議そうに首を傾げる。

 

「だがまぁ、期待はすんな」 

「ひ、酷いですカミルさん! 無事を祈るのが私たちの役目で──」

「ちげぇよ。『灰被りの聖女様』の働きぶりに対して言ってんだ」

 

 プンプンと両頬を膨らませるフローラ。

 カミルは立ち上がるとその両頬を手で挟み込み、無理やり引っ込ませた。

 

「え~っと、どういうことですか?」

「あの野郎は足を引っ張るヤツは問答無用で置いていく」

「へぇえ?! アレクシアちゃんは邪知暴虐なクソ野郎なんですぅ!?」

 

 急に口が悪くなるフローラと、無言で彼女の顔を見つめるカミル。しばらく無言の時間が続いた後、フローラが口を開いて「続きをどうぞ」と真面目な顔で言葉を紡ぐ。

 

「少しでも邪魔になるヤツは、間違いなく片付ける(・・・・)と思うぜ」 

「ごくり、わ、我が主と私は、何とかしてくれると信じてみます」

「俺はあんま期待してねぇが……あの野郎だけはぜってぇに生きて帰ってくるだろうな」

 

 カミルが抱いているのは強い確信。

 アレクシアだけは図太く生き残る。二年前にそうであったように、片脚を失おうと片腕を失おうと、這いずってでも必ず帰還すると。

 

「……話は変わるがフローラ、お前いま暇だろ?」

「えっ? どうしてそんなこと聞くんですか?」

 

 暇だろと聞かれたフローラは、首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべる。カミルが視線を移した先は机の上にある天井高くまで積み上がった報告書の山。 

 

「この書類を片付けんのに手が回らねぇ。手伝ってくれ──」

「へっ!? い、いやぁ、すっごぉい忙しいです! 我が主と私は、今から教会のお掃除や聖典の整理整頓とかいろいろあってぇ……!」

「あ? ちッ、仕方ねぇな……」

 

 全身を使った激しい身振りでどうにか納得させたフローラ。彼女は諦めてくれたカミルに、ほっと一安心した。

 

「……ヘレンのために用意したチーズケーキ。余ってんのにな──」

「えへんっ、実はめちゃくちゃ暇なんですね!」

 

 だがチーズケーキをちらつかせた瞬間、対応が百八十度切り替わる。フローラの表情も安堵から食い意地が張ったものに変化した。

 

「お前、忙しいんだろ?」

「じゅるりっ、我が主から『人望は逃してもチーズケーキは逃すな』とお告げがあったので」

「……はぁ、お前の神ってのは都合がいいな」

 

 欲望に忠実なフローラ。

 こいつを旧ドレイク領に送らなくて良かった、とカミルは重いため息をついた。

 

 

────────────────────

 

 

「──あれ、私、生きて……?」

 

 瞼をゆっくりと開くセラ。

 自分が生きていることに疑念を抱きながらも、顔の横にある弾痕を見つけ、私へとおそるおそる視線を移した。

 

「ここまで追い詰めても出てこんのか」

「んっ? えっと、どういうこと?」

 

 私は銃をホルスターに仕舞うと、ワケが分からない様子のセラを見下ろしながらこう説明する。

 

「今のは脅しだ」

「お、脅し?」

「二つ理由がある。まずお前がヴェルナタと繋がっていないかを確かめるためだ」

 

 二年前に起きたドレイク家の一件。

 ウェンディという少女はラミアと繋がっており、少女を問い詰めた時に明らかな殺意を周囲から感じた。もしセラが同じ状況ならば、ヴェルナタが何かしら行動を起こすと考えていたのだ。

 

「二つ目はお前の中にいる寄生体を観察するため」

「えぇっ、今のが観察……?」

「身の危険を感じて自ら飛び出すか。それともお前の肉体を突き破って、異形共の仲間にするか。そのどちらかが起きるかと考えていたが……どうやら随分と賢いらしいな」

 

 寄生体の動向。

 宿主が死ねば寄生体も勿論死ぬ。だからこそ死の瀬戸際まで追い込んだが、寄生体は何一つ動揺しない。

 

「えっと、つまり、私を殺すつもりなんてなかったの?」

「……肯定はできん」

 

 これで辻褄が合った。

 セラがあの部屋で肉の(まゆ)に包まれていなかったのは、母親として寄生体を宿していたから。子にするつもりが抵抗をされたため、母親にするしかなかった。

 

(残りの疑念は……)

 

 自分の中で納得すると、私は先ほどの『とある言葉』が引っかかり、セラに疑心の目を向け、こう尋ねる。

 

「ヴェルナタを始末すると言った時……お前は私を止めたな?」

「と、止めた? あはは、何のことか──」

「惚けるな。『恋しくないの?』『母親を殺すなんて』などといって止めただろう。どういうつもりだ?」

 

 ヴェルナタに同情するような、守るような発言。

 私は問い詰めるように軽く睨むと、セラはわざとらしく視線を逸らした。何を隠しているのか吐かせようと詰め寄ったとき、その白く濁った瞳を見て、

 

「……なるほど。幻覚や幻聴の影響を受けているからか」

「──ッ」

 

 そう強く確信した。

 セラも図星を突かれたようにこちらの顔を見上げる。

 

「今のお前には何が見えて、何が聞こえている?」

「……」

「答えろ。ヤツはお前に何を見せた?」

 

 言いづらそうに口をごもらせるセラ。幻覚に汚染されているのなら放っておくことは危険だ、と私は強引に答えさせようと試みる。 

 

「私の知らない、ママの声と姿……」

「……知らないだと?」

 

 私は眉をひそめ、首を傾げる。

 そんな反応をしたことでセラは表情を曇らせつつも、何とか言葉を紡いでこう語った。

 

「私、赤ちゃんの頃にアベル家へ引き取られて……本当のママを知らないから」

「それと何の関係が……」

「だ、だからぁっ! この館でほんとのママに会えたのっ! 声が優しくて、とても穏やかな……私が想像(・・)してたママにっ……!」

 

 必死に訴えかけるセラ。

 はたから見れば母親と再会できたことを惜しむ娘だろう。だが私の表情は一切変わらない。

 

「その母親がどんな人物か言ってみろ」

「わ、私のことを想ってくれてて、いつもアベル家に私が頑張ってる姿を見に来てくれて……。とにかく私を大切にしてくれるママ」

「……そういうことか」

 

 幻覚に映るセラの母親。

 その人物像を聞いたことで私はすべてを理解し、小さなため息をついた。

 

「あなたは、分かってくれるよね? やっと会えたママを殺すなんて、そんなこと──」

「"自分が捨て子である事実"をそこまで認めたくないのか?」

「──っ!」

 

 たった一言だけの問いかけ。

 セラは「どうしてそれを」と信じられないといった顔で目を見開く。

 

「わ、私は捨て子なんかじゃないよ!」

「いいや、捨て子(・・・)だ。この館は理想の母親像を映し出す。つまり現状のお前は──逆の境遇を辿っているということになる」

「ち、違う……違うの……っ!」

 

 問答無用で虚像を引き剥がしていくと、セラは両耳を塞いで聞こえないように抵抗する。しかし私は言葉を止めることはない。

 

「ヴェルナタを始末すれば、お前のかりそめの母親は跡形もなく消え、捨て子(・・・)の事実だけが残るだろう」

「やめて……やめてっ……」

「つまりお前は『捨て子を否定できる虚栄』を求め、私を止めようとした──」

「もうやめてよぉおッ!!」

 

 遮るように声を荒げるセラ。涙目になりながらもその現実を受け止めたくないと、子供のように身体を丸ませた。

 

「捨てられた私は、望まれて生まれてきたわけじゃないんでしょ? そんなの、絶対に嫌っ……」

「……」

「私は望まれて生まれてきたんだって……自分を信じたかっただけなの。嘘にすがっていたんじゃなくて、ただ自分を守りたかったの」 

 

 私はその姿を目にして何となく理解する。

 このセラという少女は、自分自身の命を嫌いにならないよう生きてきた。引き取られたのだと、ひたすら自分に言い聞かせて。

 

「ママに、愛されたかった。私はただ、愛された記憶が欲しかっただけっ」 

「……愛か」

 

 引き取られた子であれば幸せの始まり。

 捨てられた子であれば愛の終わり。

 私は脳裏にそんな言葉を過らせた後、身体を丸ませているセラの前にしゃがみ込み、震えている背中を見つめ、

 

「ならなぜ子に戻らなかった?」

「……っ。それは……」

 

 一言一句、ハッキリと口にして問い詰めた。

 そう、セラは肉の繭に包まれていない。子に戻れなかったからこそ、今こうして母親の印を刻まれてしまっている。発言と行動が矛盾しているのだ。

 

「お前が一番分かっているはずだ。この館で聞こえる声も見えるモノも、すべてがまやかしに過ぎんとな」

「……当たり前だよ。あの人は、本物じゃない。だってそうでしょ? この館よりも前に、私が作り出した想像なんだから」

 

 心のどこかで幻だと分かっていた。

 だからこそセラは子には戻れなかったのだろう。現実で実の母を知らないからこそ、この館が映し出せるのはセラの理想のみ。

 皮肉にも自身の境遇がセラの理性を繋ぎ止めていたらしい。

 

「抱きしめてくれる手も、名前を呼んでくれる声も、全部幻だった。全部、私の作り物でしかなかった」

「……」

「あはは、そっか。結局、私は必要とされてなかったんだよね。だからママは、私を捨てたんだ」

 

 現実を受け入れて絶望するセラ。

 私はしばらくその暗くどんよりとした顔を見つめ、 

 

「……捨てられたという事実は覆らん」

「っ……!」

 

 ぎゅっと握りしめていた手を掴む。セラは視線をこちらに向け、酷い言葉をかけられたと言わんばかりに睨んできたが、

 

「だがこの手は誰かを抱きしめ、その声は誰かの名を呼べる」

「──!」

 

 私が真っ直ぐ見つめてそう言葉を伝える。

 セラは目を見開いたまま、愕然と私の顔を見つめた。

 

「お前はもう母親に必要とされる子供(・・)じゃない。いつか子に必要とされる母親(・・)だろう」

「私が、母親……? ママに抱きしめてもらえなかった子が、どうやって子を抱きしめる側になれるの?」

「抱かれなかったからこそ、お前は同じ思いをさせたくないはずだ。自分の子供であれ、"捨てられた子供"であってもな」

 

 慰めの言葉なんて私には思いつかない。

 共感や同情なんて器用なことはできない。

 私なりに過酷な現実をセラへ突きつける。子供のような純粋な瞳を覗き込み、一喝するようにそう告げた。 

 

「……覚えておけ。自身の境遇を言い訳に使えるのは子供までだと」

 

 最後にそれだけ伝え、ゆっくりと立ち上がる。

 セラの表情は愕然としたまま変化はなかったが、私を止めようとはしない。つまり邪魔をしないのであれば、セラはどうでもいい存在。

 

「後は好きにしろ。私はヴェルナタを探し出す」

 

 最優先すべきはヴェルナタの特定。

 この広々とした奇怪な洋館から元凶の位置を探り出さなければならない。私は偽母の寝室を後にしようと、扉のノブに手を触れる。

 

「待って」

「……何だ?」

 

 しかし呼び止められ、私は手を止める。

 振り向いてセラの表情を視認してみれば、ためらうような、どこか覚悟を決めたような顔でこちらを見つめると、

 

「ヴェルナタがどこにいるのか──私、知ってるよ」

 

 真剣な眼差しとやや成長した顔つきを向けて私にそう言った。

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