ヴェルナタの場所を知っている。
そうハッキリと告げたセラ。私は眉をひそめて身体の向きをセラの方へと変える。
「……言ってみろ」
「この館のずっと下。地下に"あの人"はいるよ」
セラは険しい表情を浮かべて床を見た。確信するような一言にしばし口を閉ざした後、そばまで歩み寄り、座り込んだセラを見下ろす。
「なぜそう思う?」
「さっきまでへその緒に繋がってたからかな。下の方からあの人の鼓動を感じるの」
「……共鳴しているのか」
セラは子宮の間でへその緒に繋がれていた。その影響が及んでいるのか、元凶であるヴェルナタの位置を感覚で汲み取れるらしい。
(なら地下への道を探すべきだな)
独白した後、セラに背を向けて出ていこうとすると、セラは急に立ち上がって私の制服の裾を掴んで引き留めた。
「私も、連れてって」
「断る。お前は足手まといだ」
返すのは断りの即答。
戦えないうえに寄生もされている。こんな状態のセラを連れて行けば、間違いなく足を引っ張るだろう。
「お願いっ! 私は館の最期を見届けないといけない……そんな気がするの!」
「……」
セラは一歩も引くつもりがない。
私の制服から手を離さず、何が何でも連れて行ってもらおうとしている。そんな強い意志を示したセラの顔を見つめ、
「勝手にしろ」
「……うん、勝手にするよ」
それだけ答えて、掴んでいるセラの手を無理やり引き離す。恐らく言葉でどれだけ威圧をかけようと、今のセラには通じない。
「あ、ア、愛されたいの、ノ?」
「う、ウ、ウウ、産ませてッ……!」
「あの化け物っ……あんなにいるの……?」
部屋の外へ出れば子宮の間から歩いてくるのは異形共の群れ。
セラはその歪な群れにサーッと顔を青ざめ、後退りをした。
「走れ」
「さ、賛成っ!」
いちいち相手をしていられない。私はセラに先頭を走らせ、後続の位置で後方を確認しながらひたすら三階の廊下を駆け抜ける。
「ね、ねぇっ! ここからどうするのっ?!」
しかし異形共との距離を突き放すことはできないまま、崩壊した螺旋階段の前へ辿り着く。セラは廊下を小走りで行ったり来たりし、焦った様子で私に選択を求めた。
「マ……マっ……」
「イ、い、いい母親に、なれ、ルっ」
(……もう下の階まで来ているのか)
崩れた螺旋階段を頼らず、異形共は互いの肉体を足場にして、肉の梯子となって三階まで上ってこようとしている。背後も下の階も、異形共に挟まれた危機的状態。
「や、やばっ……! 追いつかれる──」
「私に掴まれ」
「えっ?」
「早くしろ」
脳裏に浮かんだとある仮説。
私はセラに背中へしがみつくよう命令し、数メートル上に見えた天井へ銃を向け、
(螺旋階段を最初に調べた時、埋められていた地下への階段……)
プレート下に付いた発射口から、銀の杭を撃ち出して天井へ突き刺す。そのまま右手をかざして、ルクスシステムの磁力を利用し、天高く舞い上がった。
「うひゃあぁあっ!?! な、何をする気なのっ!?」
叫んでいるセラを無視し、私が注目するのは一階にある螺旋階段の瓦礫。さらにその下側に見える、溶かされた金属で埋め立てられた不自然な床。
「あっ、あぁあぁっ!?! お、落ちるぅううぅーーっ!」
異形共を横目に自由落下していく私たちの身体。
三階から二階までの落下速度は徐々に上がり、世界の重力に引き寄せられる。
(──エンハンス)
その最中、発現させる血涙の力。
自身の左目を紅く染め上げると、身体能力を大幅に向上させ、肉体を金属よりも頑丈にし、右脚を上げ、ひざを軽く曲げた。
「地下を目指すなら──」
「ぶっ、ぶつかるってぇえぇっーー!?」
二階から一階までの落下速度は頂点。
セラは涙目になりながら叫び声を上げ、ぎゅっと目を瞑った。だが私は一切瞬きもせず、金属で埋められた床へ狙いを定めると、
「──これが手っ取り早い」
バキィイィンッ──ッ
右脚を振り下ろして、埋められた床を踏み砕く。
踏み砕いた金属は散り散りとなり、甲高い金属音と衝撃が辺りを包み込んだ。異形共は衝撃によって吹き飛ばされ、壁や天井に衝突する。
「……やはりここにあったか」
視線の先にあるのは禍々しい地下室の両扉。胎児の模様が対称の位置に刻まれた両扉は、長年封鎖されていたのか錆付いているように見える。
「う、うへぇえっ……し、死ぬかと思ったぁ……」
背中に張り付いていたセラは弱々しく床に座り込む。私はセラを特に気にする様子もなく、地下室の両扉へと歩み寄った。
「て、ていうかあなた、大丈夫!?」
「何がだ?」
「高いところから落ちて、蹴りだけで床をカチ割ってるのに……どうして怪我してないの?!」
流石に疑心の眼差しを送ってくるセラ。
紅い左目を青色へと戻してから、その場で振り返る。誤魔化し方は色々と思いついたが、この状況下で納得のいく答えは一つ。
「受動を使えば無傷なのは当然だろう」
「えぇっ、そうなんだ。レインズ家の動術ってこんなにすごいんだね」
レインズ家の動術である受動を駆使したからというもの。
レインズ家の受動とは無縁のアベル家出身。セラ自身の実戦経験の少なさ。だがあくまで存在は知っている。この三つの理由を踏まえ、セラを誤魔化すのにちょうどいい理由になる。
「進むぞ」
「うん、しっかり守ってよ?」
「厚かましい女だ」
錆びていた両扉を蹴り破って、地下室へと踏み入れる。
そしてヴェルナタを探し出そうと、そのまま突き進もうとしたのだが、
「待って待って! こんな暗いとこ、灯りもなしに進むつもり?!」
(……夜目が利くことを忘れていたな)
両扉の脇に置かれていたランプ。
セラはそれを拾い上げると急いでこちらへ駆け寄ってくる。私の肉体には吸血鬼の血が流れている。そのため暗闇に閉ざされていても夜目が利く。
そのことをすっかり忘れていた。
「どうして手形の跡が残ってるんだろ……?」
「知らん」
地下通路の壁には無数の手形が焼き付いている。その大きさはまばらで、大人や子供、異形共の手すらあった。
「うっ……ねえ、なにこの変な臭いっ?」
「知らん」
ぬるい空気。
混ざり合った甘い腐敗臭と鉄の臭い。セラは口を手で覆って顔をしかめた。
ドクンッ──ドクンッ──
「それに、何だろうこの音……?」
「知らん」
通路の奥から聞こえてくる低い音。鼓動音のようにも聞こえる音にセラは更に顔をしかめたが、なぜか視線を向けた先は私の横顔。
「あ、あなたって、ほんっっと無愛想だよね……」
「……? 知らんものを知らんといって何が悪い?」
「ほら、『何だろうなぁ』とか『ほんとにねぇ』とか、人に共感する態度が一切ない──えっ、ちょっと待ってよっ!」
無愛想な態度に苦言を呈するセラ。
私は小さなため息をついた後、言葉を返さずに歩く速度を上げる。この女はどうもそりが合わない……と、実感した瞬間、
バァアンッ──ッ
「うひゃあ?! な、なに今の音? 銃声?」
前方から銃声が聞こえてきた。
小銃ではなく散弾銃のような破壊力のある音。
ドガッ──グチャッ、ベチャッ──ッ
「ア──れて──いく」
「……何者かが交戦しているらしい」
更に聞こえてきたのは鈍器で殴って肉を砕く音や、かすかに聞こえる異形共の呻き声。私たちは慎重に歩を進めて、通路の奥へと向かえば、
「──すみません、すみません、邪魔なので消えてください」
バァアンッ──ッ
「アアァアっ……!!」
徐々に見えてきたのは両手に握りしめた大型の散弾銃で、異形共を撃ち抜く女性の後ろ姿。辺りには異形共の死体が無数に転がっており、通路の壁は所々大穴が空いていた。
「ねえ、あの人……だれ──」
カチャッ──
「えっ?」
数メートル先で観察をしていれば、猫背を向けたまま、右手に構えた散弾銃をこちらに無言で構える。呆気に取られたセラ。私はすぐにセラの頭部を掴んで、
バァアンッ──
「うひゃあぁッ!?!」
その場へ強引にしゃがみ込ませた。
背後を振り返ってみると静かに忍び寄ってきたであろう異形の死体。
「すみません、すみません……どうしてここにいるんですか、愚か者」
「……貴様、根暗女か」
この女はオリヴァー家の始祖であるレイラ・オリヴァー。
髪型は肩まで届くほどの垂れ気味のツインテール。白い髪の中に深い青髪が混じり合っている髪色。振り返りざまにツインテールを結んだ黒のリボンを揺らす。
(破壊された壁はこの女の仕業だったか)
螺旋階段を登るとき、散弾銃で破壊されていた壁。その犯人はこの女だと理解が及び、私は納得する。
「あなた、彼女と知り合いなの……?」
「原罪だ」
「げ、げげ、原罪っ!?」
レイラはこの時代では原罪となった吸血鬼。
どこか私と似ている蒼色の右目と紅色のオッドアイ。黒を基調としたロングスリーブのワンピース。素肌を隠すようにデニールの高い黒のタイツを履き、黒のストラップシューズの靴底で死体を踏み潰し、私たちに一歩ずつ近づいてくる。
「すみませんすみません、どうしてここにいるんですかって……聞きましたよね?」
「貴様こそなぜここにいる」
「逆質問をするなんて……私のことを舐めてます?」
私もまたレイラに向かってゆっくり歩を進める。
右手で刀剣の鞘を触れつつ、大型の散弾銃を引きずりながらこちらを見つめるレイラを睨んだ。
「……過去に『舐められる方が悪い』と、お前は言ったはずだが」
「すみませんすみません、愚か者のくせに真似しないでください」
常に謝罪をし、許しを乞う子供のような表情。細身な身体つきで所々に出る内股のクセ。初めてこの女を見た者は『根暗・内気・謙虚・弱気』と庇護される少女と印象付けるだろう。
「それに、あなたってすぐに謝らないので──」
だがレイラの本当の姿は、
「──
近接遠距離と共にずば抜けた才を持つ戦闘狂。
レイラは互いの距離が一メートル未満に近づいた途端、大型の散弾銃を軽く薙ぎ払うように振り回す。通路の壁を難なく抉りながら、こちらを叩き潰そうとしてきた。
「貴様の凶暴性は『小娘』以上だな」
その場に即しゃがみ込み回避する。
頭上を過ぎるのは風を切る音と突風。私は中腰の状態で左脚を突き上げ、レイラの顎をヒールの踵部分で思い切り蹴り上げる。
「すみませんすみません、何も効いてません……」
「頑丈さも『小娘』以上か」
全力で蹴り上げたつもりが、レイラの身体は一ミリも後退しない。むしろすぐに顔を正面に向かせ、凄まじい速度で大型の散弾銃をクロスさせるように、こちらへ振り下ろしてきた。
(……受け止められんな)
自身の腰にある刀剣の鞘ごと右手で掴み、二本の散弾銃を弾くように寸前で受け流し、右側へと身をかわした。
メキィッ──グシャアァッ──ッ
「……っ」
だがその破壊力は想像以上。
受け流した衝撃で身体が地を滑り、煉瓦の壁に背中がめり込み、そのまま倒壊させた。全身に伝わるのは鈍痛。
クルッ──カシャ──
「すみませんすみません、非力ですね愚か者」
左手に構えた大型の散弾銃。
それを器用に回して、壁際に叩きつけられた私の顔へ銃口を向ける。私はすぐさま刀剣を逆手持ちで引き抜き、
ドォンッ──
「よく狙え、根暗女」
冷静に銃口を上へ弾く。
撃ち出された散弾は他所へと飛び、その隙に私はレイラの懐へと潜り込み、
「失せろ」
ザシュンッ──
「……」
冷淡な言葉を吐き出しつつ、その細身な肉体を刀剣で斬り上げた。レイラはまったく表情を変えず、ただ真顔で私を睨みつけると、
クルッ、カシャ──ドォンッ──ッ
「すみませんすみません……的ごときが調子に乗らないでください」
左手に握っていた大型の散弾銃を即座に私へ向け、引き金を引く。私は身を引いて回避した後、レイラと近距離戦へ持ち込んだ。
ゴギンッ──バゴォンッ──ッ
「根暗女、貴様がこの館に眷属でも紛れ込ませたのか?」
「すみませんすみません、すぐに人のせいにしないでください……」
大型の散弾銃をその怪力で振り回すレイラ。
受け止めることや受け流すことは危険。その為、基本的に身体の動作で身軽に避け、刀剣で何度も斬り刻む。
「ならヴェルナタは貴様の眷属ではないと?」
カチッ──バァンッ──
「アレが私の眷属なら、こんなところで的遊びなんてしませんよ……」
重量のある散弾銃を軽々と振り回し、銃口をピタリと静止させ何度も突きつける。その度に寸前で散弾を避け、反撃の一打を繰り出す……その最中、
「ア、ア、う、産みなさいっ……」
「イイ、イイ母親に、なれれっ……」
「二人ともっ、上から化け物がっ……!」
セラの声で私たちは顔を上げる。天井に張り付いていたのは二匹の異形。私とレイラへ、へその緒の触手を一本ずつ高速で伸ばしてきた。
ズチュッ──
「すみませんすみません、不意を突くなら上手くやってください……」
ガシッ──
「……音を立てすぎたか」
レイラは半身で避けると地面でへその緒の先端を踏み潰して固定し、私は空いている左手でへその緒を握り潰す勢いで掴み上げ、
「降りてきてください……」
「落ちろ」
レイラは大型の散弾銃でへその緒を殴打し、私は力強く引き寄せた。そのまま二匹の異形が床へ落ちてくると、
「ア、ア"ァアっ……」
「すみませんすみません……動けない的に用はありません……」
ドォンッ──ッ
足元に転がった一匹の頭部へ大型の散弾銃を突きつけ、間髪入れずに粉々にするレイラ。
「ウ、ウ、産ませっ……」
「失せろ」
ザシュンッ──ッ
私は背中で散弾の銃声を聞きながら、こちらに手を伸ばしてくる異形の顔面を左足で踏みつけ、逆手持ちにした刀剣で斬首した。
「「……」」
瞬間、私たちは振り返りざまに互いの得物を突きつけた。レイラの首に触れる刀剣の刃、私の顔に突きつけられる散弾銃の銃口。
「すみませんすみません、この状況で死ぬのはあなたですよ……」
「どうだろうな」
私は一瞬だけレイラの肉体へ視線を移す。
するとレイラは自身の肉体を目視で視認した。その状態は刀剣の刃に纏った紫外線によって、傷口が灰となって崩れ落ちている状態。
つまり首を斬り落とせば、トドメとは言わずとも行動不能にできる。
「引き金を引く方が早いですよ……」
「試してみるか?」
引き金を引くのが早いか。
それとも私が刀剣で首を斬り落とすのが早いか。
互いに睨み合い、決着をつけようとした……その時、
──キオア"ア"ア"アアアアアアアッッ
「「──っ」」
通路の奥から叫び声が聞こえた。
轟く低音と神経を揺さぶられるその声は──間違いなく深淵に潜む異形の核。ヴェルナタのものだと理解した。
私とレイラは互いに得物をゆっくり下ろす。
「異形共が貴様に手を出したのなら……本当に関係ないのか」
「すみませんすみません、最初からそう言ってるじゃないですか……」
異形はレイラを襲った。
つまりヴェルナタとは無関係。私は刀剣を鞘へと納め、警戒をしつつもレイラへこう尋ねた。
「なら貴様の目的は何だ?」
「撃ちに来ただけです。奥にいる『大きな
「……ヴェルナタを始末しに来ただと?」
両手を交互に回して、器用に散弾を入れ替えるレイラ。
その目的はヴェルナタの始末らしい。
「すみませんすみません、あなたも答えるのが筋ってものですよね……」
「目的は貴様と同じだ」
「……そうですか」
レイラは返答を聞くと最初に私の横を通り過ぎ、次にセラの横を通り過ぎ、地下の入り口まで戻り始める。
「すみませんすみません、それなら私、帰ります」
「押し付けるつもりか?」
「だって、あなたの方が暇そうじゃないですか……」
自分がわざわざ出向かなくてもいい。
そう判断したらしく、ヴェルナタのことを私へと押し付けてきたレイラ。大型の散弾銃を引きずりながら、
「すみませんすみません……最後に言わせてください……」
「何だ?」
何か思い出したかのようにピタッ立ち止まり、こちらへ顔だけ向かせると、
「……間に合うといいですね、
セラの下腹部に憐れみの視線とニタッとした不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りで去っていった。
「し、死ぬかと思った……というより、あなた原罪と互角に戦ってたよね?!」
「気のせいだろう」
「そんなわけない! 確かに暗くてよく見えなかったけど……!」
背後で騒ぎ立てるセラ。
しかしこんな場所で他愛もない会話をしている場合じゃない。
「早く先に進むぞ」
「え? う、うん……!」
セラの寄生体が産まれるまえに──ヴェルナタを始末しなければ。