ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:3 Arnett Institution ─A機関─

 

 私たちが次に案内された場所は、鉱石や刀剣が飾られた大部屋の前。ヘレンは両扉を軽くノックする。

 

「何だいヘレン君か……っと大勢いるようだが?」

Charlotte(シャーロット)、新入生たちに研究室を見学させたい」

「なるほど。君たちが五百八十一期生なのだね」

 

 大部屋から姿を見せたのは目の下に隈が染みつく少女。フリルの装飾が多いゴシックドレス。灰色髪の頭をフードで隠していた。

 

「うむ、許可しよう。ただし置かれているモノには触れないでくれたまえよ」

「……とのことだ。皆、気を付けてくれ」

 

 私たちは研究室へと入室する。研究室では様々な機械がガタガタと音を鳴らし、熱されたフラスコがブクブクと泡を立てていた。

 

「ここは"A機関"の研究室。A機関のAはArnet(アーネット)家、Abel(アベル)家、Arkwright(アークライト)家を象徴する。このA機関の主導者が彼女、シャーロットだ」

「君たちが着ている制服は私が考案したものなのだよ。つまりこの研究室は人類にとって"希望の地"と変わりないということだ」

 

 シャーロットの年齢は恐らく十代前半。外見からの印象は歳相応の幼さのみ。しかしその知的な喋り方は随分と大人びている。

 

「五百八十一期生の君たちに、知的好奇心を湧かせる武装を見せてあげよう」

 

 シャーロットは後方に飾られている刀剣を手に取ると、落ち着いた振る舞いで私たちへ見せつけた。

 

「覚えがあるだろう。この刀剣は君たちが本試験や仮試験で使用したものだ」

「シャーロット、それを見せてもいいのか?」

「いいではないかヘレン君。彼らの闘志を高めるためには、革命とも呼べる瞬間を見せる必要があるのだよ」

 

 刀剣の持ち手をぎゅっと握りしめるシャーロット。革命と呼べる瞬間がどんなものか、と私たちがしばらく眺めていると、

 

「見たまえ、これが革命だ」

「あの剣、なんか光ってるよな……?」

「……紫外線だ」

 

 刀剣の中央の部分が紫色に発光した。私はその発行を目にし、一瞬で紫外線だと見抜いた。

 

「驚いたかね? 君たちが知る刀剣の原材料は燐灰石(りんかいせき)。対してこれは燐灰石(りんかいせき)α(アルファ)で作られている」

「燐灰石α……」

「燐灰石は昼間に太陽光を吸収し、夜中に太陽光を放出する仕組みだ。しかしだね、それは自然的に行われる。私たちが故意に行えなかったのだよ」

 

 刀剣から手を離せば発光は徐々に収まっていく。シャーロットは刃の付いていない刀身を掴むと説明をこう続けた。

 

「そこで私たちは"燐灰石"を研究し、改良を加えることに成功した。その名も燐灰石α。本来の燐灰石と比べ、モース硬度や靭性が"五から六"へと向上している」

(……硬度と靭性もか)

「しかしだね。それよりも進化したのは、私たちが故意で"紫外線を放出できるようになった"という点なのだよ」

 

 持ち手を掴めば発光し手を離せば発光が収まる。その仕組みを何度か私たちへ見せつけた。

 

「燐灰石αは持ち手の温度によって溜め込んでいた紫外線を放出する。放出条件は"二十五度以上"か、"マイナス五度以下"の温度を検知したとき」

「二十五度は人の体温だよな。でもマイナス五度以下って人の体温であり得るか……?」

「いや、マイナス五度以下は人の体温じゃない。吸血鬼共や食屍鬼の体温だ」

「そう、その通りなのだよそこの君。実に賢いじゃないか」

 

 小首を傾げるキリサメに説明すれば、地獄耳のシャーロットが私をビシッと指差し、偉そうに賞賛の言葉を送ってくる。

 

「例えば吸血鬼や食屍鬼がこの刀剣を握ると……近距離で紫外線を浴びて、大火傷を負わせられる。これで武装を利用されることはないのだよ」

「はいはーい、質問させてもらいまーす! 凄いとは思うけど、こんな地味な剣のどこが革命的なんですかー?」

「ふむ、君は実に大馬鹿者のようだね」

 

 威勢よく手を上げるのはクセ毛が目立つ茶髪の女。シャーロットはやれやれと首を横に振り、更に詳しい説明を始めた。

 

「この改良は長年抱えていた大きな課題を解決してくれるのだよ」

「大きな問題って?」

「大馬鹿者の君にも分かりやすく説明してあげよう。つまりこの剣を使えば――杭が無くとも食屍鬼を殺せる(・・・・・・・・・・・・・)ということなのだよ」

 

 脳裏を過ぎるのは過去の記憶。食屍鬼の群れと交戦する際、杭の補給班が後方に必ず控え、杭が無くなれば一旦退却し、杭の補充を繰り返していた。

 

「ヘレン君に試験はしてもらった。食屍鬼を杭無しで倒せただろう?」

「そうだな。紫外線を発光させた状態なら食屍鬼を一太刀で灰に変えられる。おかげで地下牢獄の食屍鬼を一瞬で全滅させることができたよ」

 

 これで煩わしい食屍鬼に対して手を焼かなくなる。大きく出たものだと侮っていたが、確かにこの研究は革命と断言してもいい。

 

「君たちが知る燐灰石で作られた刀剣は"Lux(ルクス)零式(ぜろしき)"とし、燐灰石αで作られた刀剣をLux(ルクス)α(アルファ)──人類に"光"をもたらすという意味合いが込められているのだよ」

 

 シャーロットはルクスαを元の場所に戻すと、わざとらしく咳払いをしてから改めて私たちを一瞥する。

 

「私が吸血鬼や食屍鬼と戦うことはない。けれども私たちA機関は常に変わり続けなければならないのだよ。私たちが変わらなければ、人類の進化は訪れないのだからね」

「……」

「それはつまり、人類と吸血鬼の勝敗を背負っていると変わりない。A機関は人類を栄光ある勝利へ導くために、武装や制服を開発しているのだよ」

 

 優越感に浸りながら語り続けるシャーロット。私は左隣で他所を向いているキリサメを横目で確認してみれば、

 

「……何をしている?」

「あっ、いや、何でもない」

 

 制服の衣嚢(いのう)を見つめていた。キリサメは私に声を掛けられると、すぐさま衣嚢の奥に何かを隠す。

 

「何を隠した?」

「い、いや、何でもないから」

「何を隠したと聞いている」

   

 私は冷めた眼差しを送りながら衣嚢に隠したものを見せるよう強要した。

 

「あ、あのさ、ここで出したら色々とマズイもので――」

「黙って見せろ」

「わ、わかったよ……!」

 

 キリサメは周囲に見られないよう注意しつつ、私の前に"長方形の板"を見せてくる。表側は透明なガラスが付けられ、裏側は黒色の鉄で固められていた。

 

「何だこれは?」

「"スマホ"だけど……」

「母国の言葉を使うなと言わなかったか?」

「ええっとだな、カメラでもあって、連絡を取り合うものでもあって、娯楽に使うものでもあって……」

 

 何を言っているのか、と私は思わず小首を傾げる。たかが小さな板に多彩な用途があるとは思えない。

 

「ふざけているのか?」

「いやいや、ほんとなんだって。俺がいた世界では必需品そのものでさ」

「……詳しい話は後で聞く。だがなぜ今まで隠していた?」

「あー、それは……あんまこの世界でこういうのを出すのは良くないだろ。ほら、世界観とかを壊さない方がいいし」

 

 理解に苦しむ言い訳。私はキリサメが未だにニホンとやらの文化に囚われていると察し、軽蔑の視線を向けた。

 

「なるほどな。あの男が死んだのも世界観とやらを遵守する為だったか」

「お前、気安くそういう話をするなよ……!?」

「ならよく覚えておけ。内側という名の理想を歩きながら、外側に立ち続けることなどできんと」

 

 初めて怒りを露にしたキリサメが睨みつけてきたため、言葉を返しながら私もまたキリサメを睨みつける。

 

「……あの机の上を見てみろよ」

「机の上?」

 

 しばらく睨み合っているとキリサメが溜息をつき、シャーロットの立ち位置から左奥の机を見るよう促された。

 

「アレはその板と同じものか?」

「多分、そうだと思う。あれは俺の持っているスマホの……二つ前ぐらいの機種だけどさ」

 

 世代は違うが同類の板。私はこの研究室に置かれていることに疑念を抱く。

 

「圭太はこの世界にスマホを持ってきていなかった。だからあれは圭太のじゃなくて、別の誰かのスマホかも」

「つまり過去に"異世界転生"とやらをしてきた者がいた……ということか」

「んー、そうかもしれない」

 

 カイト・キリサメという名前を珍しい名前で済ました仮試験の受付。あまりにも簡素な応答に違和感を抱いていたが、異世界転生者(いせかいてんせいしゃ)とやらが他にもいるなら納得がいく。

 

(異世界転生者……。カミル・ブレインがイブキの生死を聞いてきたのは、異世界転生者の存在を認知しているからか? もし認知していたとしたら――)

 

 私は隣で神妙な面持ちをするキリサメへ視線を移す。

 

(──この時代では異世界転生が頻繁に起きている)

 

 そんな考察を邪魔するように沸騰したフラスコが高い音を鳴らすと、私の鼓膜を揺さぶった。

 


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