ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:14『卒業試験の結果』

「はぁ~……何とか生きて帰れたね」

 

 あの後、私とセラはグローリアへ無事帰還した。

 悍馬のフレデリカから降りたセラは両肩を落としてから、安堵の混ざった大きなため息をつく。

 

「私はB機関へ報告しに行く」

「えっと、私も行くの……?」

「どちらでも構わん。ただお前が死者扱い(・・・・)されるだけだからな」

「つ、ついてく! 私、生きてるし!」

 

 この卒業試験を考えたのはカミル・ブレインという男。

 あの男はB機関の主導者だ。必ずB機関の本部にいるはず、と私はセラを連れてアルケミスの東側へと向かう。

 

「B機関ってこんなところにあったんだね……」

 

 B機関の本部。

 その場所は少し変わっている。何故ならA機関を象徴する城の裏側にあるから。外見は木造の二階建ての屋敷。城と比べればこじんまりとしているだろう。

 

「おい、止まれお前たち」

「え? わ、私たちのこと?」

 

 私とセラを呼び止めるのは、入り口で見張りをしている生真面目な男の隊員。胸元に飾られているのは銅の十字架。恐らくB機関に所属する者だろう。

 

「私は任務の報告をしに来た。あの口の悪い男はいるか?」

「いるにはいるが……カミルさんには『誰も通すな』と言われてるんだ」

「そうか。私からも他の者にそう伝えておく」

「待て待て! お前も通れないんだよ!」

 

 そのまま素通りしようとしたが、立ち塞がる生真面目な男。私はどうしたものか、と思考を張り巡らせて、どうにか通る方法がないかを考えた。

 

「──お待ちになって」

「……? 誰だ?」

 

 背後から聞こえてきた女性の声。

 振り返ってその姿を視認してみると金髪の女がこちらに向かって歩いてきていた。華やかな歩行、慈悲深い笑み、まさに淑女という言葉に相応しい振る舞い。 

 

「じぇ、じぇじぇじぇ……っ」

「……じぇ?」

「ジェイニー様だぁあぁあぁーー!?」

 

 誰なのかを聞く前に、セラが叫んだその名前。

 ジェイニー・アベル。二年前にアカデミーへ入学するための本試験で共に行動し、神命裁判では私の無罪を主張した十人の中の一人。

 

「ジェイニー様!? どうしてこちらに……!?」

「カミル様にお呼ばれしましたの。今後のA機関とB機関の提携について議論を交わしたい、と」

 

 目の前まで歩み寄ると言葉は交わさず静かにこちらへ微笑み、流れるような動作で私を紹介する素振りをし、

 

「彼女は私の大切なご友人(・・・)です。中へ入れてあげてもよろしくて?」

「わ、分かりました。ジェイニー様のご友人とあらば、どうぞ中へお通りください」

 

 あっという間にB機関への立ち入り許可を貰った。

 やはりセラから聞かされていた通り、ジェイニーはこの二年の間に名を揚げている。そう実感しつつも無言でそのやり取りを傍観していると、

 

「さあ、中へどうぞ」

「あ、あぁっ、ありがとうございますぅ! ジェイニー様!」

「……」

 

 先導するようにB機関本部へ私たちを招き入れる。セラはキラキラと瞳を輝かせ、私は静かにジェイニーを見つめ、彼女の後に続いて内部へと足を踏み入れた。

 

「アレクシアさん、変わりないようで……わたくし、安心しましたわ」

「お前は随分と変わったようだな」

「ええ、二年もあれば普通は(・・・)変わりますもの」

 

 被っている修道女らしい白金のベール。左側で結んだ肩よりも長い金髪のウェーブ。ジェイニーは両手で軽く撫でると、二年間を思い返すようにして、静かに微笑む。

 

「……その制服は特注品か?」 

「ええ、シャーロット様から進呈されましたの」

 

 ジェイニーが着ている制服は私と同様に特殊なものだった。

 ぱっと見は黒と白の二色構成の修道服。肩から垂れた白いストールには、銀糸で縫われた十字架の刺繍が施されている。膝丈ほどのスカートの裾には白いレースと黒リボン。白布には十字架の縫込みが入っていた。

 

「アレクシアさんもシャーロット様から進呈されましたのね?」

「……ああ」

 

 ふと目線を下にやる。

 視界に映るのはスカートの下から覗かせる白いタイツに包まれたジェイニーの両脚。足首から先は深い黒のリボンシューズを履いている。

 鮮やかなサテンの黒リボンが足首からふくはらぎへと螺旋を描くように巻かれ、聖書に刻まれた規律を象徴するようだった。

 

(私と同じ……機能性のある制服か)

 

 ジェイニーの両手首に付いた金属製のリストバンドと、左腰に携えている細剣型のルクスβ。 これを踏まえるに、ジェイニーが着ている修道服は私と同じように機能性が高いものだと見て取れた。

 

「ところで、そちらの方はアベル家の淑女でして?」

「は、はい! セ、セラ・アベルですっ!」

 

 ジェイニーは私の隣で未だに瞳を輝かせているセラへ視線を移す。セラは歓喜しながらそう名乗った。

 

「母胎館の生存者だ」

「生存者……?」

 

 私はジェイニーに事の顛末(てんまつ)をすべて話した。

 卒業試験を受けなければならなかったこと。試験先が母胎館という異形共の巣窟だったこと。それらをすべて耳にした後、ジェイニーはやや驚きつつも、

 

「そうでしたの。……ではアベル家の者としてセラ・アベルを助けていただいたこと、この場で感謝いたしますわ」

 

 丁寧にお辞儀をして感謝を伝えてくる。

 二年前ならばもう少し傲慢さが垣間見えたが、今のジェイニーには謙虚さと落ち着きを感じさせてくる。

 

「……私は試験の指示に従っただけだ」

「ふふっ、あなたらしいお返事ですこと」

 

 視線を合わせず、ジェイニーの横を通り過ぎて奥へ向かう。こちらへ向ける眼差しからは、懐かしさと安堵が含まれている。

 

「あの~、ジェイニー様とアレクシアって、お知り合いなんですか?」

「ええ、戦友でもあり……友人同士でもありますわ」

「そ、そうなの!? ねえあなた、前に赤の他人って言ってなかった!?」

 

 私はセラにそう言われ、歩みを止めて振り返った。厄介な返答をしてくれたとジェイニーを見つめた後、セラへと視線を移す。

  

「私からすれば他人だ」

「あら、神命裁判の時にわたくしのことを『友人』と呼んでらしたわよ?」

「記憶違いだろう」

「わたくし、記憶力は良い方ですわ」

 

 素っ気ない返答をしてはみたが、ジェイニーは余裕のある微笑みを浮かべたまま。友人同士という関係は譲らない……という固い意志を感じる。

 

「勝手にしろ」

「ええ、勝手に友人を名乗らせてもらいますわ」

 

 二年前から変わらない図々しさ。

 久々にそんな下らない対話をし、B機関本部にある主導者の部屋へと案内される。

 

「失礼いたしますわ。カミル様、客人がいらして──」 

  

 二度ノックした後、扉を開いて中へと足を踏み入れるジェイニー。その先に広がっていた光景は、

 

「んむっぐ、げほっげほっ!? ……ジェ、ジェイニー!?」

「お、お姉さま? どうしてこちらにいらして……?」

「えっ、う、うそ! フローラ様もいるっ!」

 

 チーズケーキを口いっぱいに頬張るフローラの姿。

 そしてそんなフローラを半目で眺めているカミルの姿だった。セラは歓喜し、ジェイニーはやや驚きつつも事情を尋ねる。

 

「フローラには報告書の後始末を手伝ってもらってただけだ」

「そ、そうです! 我が主とお姉ちゃんは、カミルさんのお手伝いをしてたんです!」

 

 口の周りにクリームを付けて胸を張るフローラ。しかしジェイニーは食べかけのチーズケーキをじっと見つめた後、「はぁ」と軽くため息をついた。

 

「お姉さま、ケーキに釣られたのではなくて?」

「ぎ、ぎっくぅっ!? そ、そそ、そんなはず~……」

「あんな美味そうに食ってたんだ。いまさら隠し切れるわけねぇだろ」

 

 ジェイニーとカミルに冷ややかな視線を送られ、フローラは観念したように机に両手を突く。

 

「はい、お姉ちゃんはチーズケーキの誘惑に負けてしまいましたぁ……!」

「あの、お姉さま? そこまで落胆しなくても──」

「あぁ、妹の前でこんな大食いを晒すなんてお姉ちゃん失格です」

 ドォンッ──

 

 そして繰り出される渾身の頭突き。 

 決して柔らくはない目の前の机に迷いもなく放った。辺りに衝撃音がし、周囲に置かれた小物が一瞬だけ宙へ浮き、全員が言葉を失った。

 

「やっぱり私は駄目なお姉ちゃんです……」

 スゥーッ──

「おい妹! てめぇもこいつを止めろ!」

「は、はい! お、おやめになってお姉さま!」

 

 もう一度頭突きをしようするフローラ。

 カミルはジェイニーに呼びかけると、二人でフローラの身体を押さえつけて阻止する。

 

「離してください! お姉ちゃんは我が主からの罰を受けないといけないんです!」

「その罰に、俺の机は必要ねぇだろうが怪力シスター(・・・・・)!」

「ガーンッ、か、怪力シスターっ……。や、やっぱりお姉ちゃんは淑女らしさも足らないんですね……」

「カミル様っ! 火に油を注ぐのはおやめになって!」

 

 フローラの頭部を両手で掴んで引き留めるカミル。フローラの両腕を抱えて押さえ込むジェイニー。対して当の本人は『怪力シスター』と呼ばれたことに、ショックを受けて机に頭突きをしようと更に暴れ回る。

 

「……えっと、私たちって何を見せられてるの?」

「悲劇だ」

 

 下らん騒動を見届けた後、私はカミルへと卒業試験の報告をした。母胎館の概要や生存者であるセラについて、そのすべてを話し終えると、カミルは険しい顔で試験内容が書かれた用紙を机に置く。

 

「んなら試験は合格でいい。てめぇは今日を持ってアカデミー卒業だな」 

「……そうか、なら次は教師の研修を受ける。どこで受ければいい?」

「アーサーんとこに顔を出せ。向こうの手筈は済んでるはずだ」

 

 私はすぐに踵を返してアカデミーへ向かおうとする。だがカミルはその行動を見越していたように、私の右肩を無言で掴み、引き留めた。

 

「けどな、明日にしろ。今日はもうおせぇだろうが」

 

 時刻は夕暮れ時。

 アカデミーが閉まる時間でもある。今すぐ向かったところで、研修を始めることはできないだろう。

 

「あとてめぇらくせぇんだよ。清潔感の欠片もねぇ」

「あっ、そうだった! 私たち、そのまま来たからっ……!」

 

 セラと私の衣服は果実の腐った臭いのする白濁液まみれ。セラに関しては修道服が所々破れて肌が露出している状態。初めて自分の状態に気が付いたセラはすぐ両手で破れた箇所を隠す。 

 

「とっとと家に帰れ。部屋に臭いが染みつくのはごめんだ」

「ではカミル様、私とお姉さまで二人を送り届けますわ」

「ああ、頼んだ」

 

 不機嫌な顔をするカミルに提案したジェイニーは、フローラと共に私たちを部屋の外へ連れ出す。バタンッと後方で扉が閉まると、ジェイニーはフローラへ視線を移した。

 

「お姉さま、セラさんのことは任せてもよろしくて?」

「はい、我が主とお姉ちゃんがセラちゃんを無事に送り届けます!」

 

 フローラに連れていかれるセラ。

 私は特に名残惜しくもせず、すぐに後ろ姿から視線を逸らした。

 

「アレクシア」

 

 しかしセラは突然立ち止まり、私の名を呼びながらその場で振り返ると、

 

「またね」

 

 はにかんだ顔をこちらに見せ、フローラと共にB機関本部を去っていった。遠回しに次も会えると決めつけるような──そんな煩わしい言葉を吐いて。

 

「ふふっ、あの子に気に入られましたわね……アレクシアさん?」

「気に入られた覚えはない」

 

 からかうように微笑むジェイニー。

 私は彼女に対してそう吐き捨てて、自分一人でB機関本部の出口へと歩き出したが、

 

「少しは喜んでもよろしくてよ」

「……なぜついてくる」

「あなたを送り届けるためですわ」

 

 ジェイニーはこちらの後を追いかけるように、すぐ隣へピタッと歩調を合わせてきた。「ついてくるな」と横目であしらおうとしても、気が付かないふりで離れようとしない。

 

「送迎を求めた覚えはない」

「ええ、そうですわね」

「相手が求めん善意は、ただの悪意だと思わんのか」

「時と場合によりますわ」

 

 売り言葉に買い言葉。

 一ミリたりとも退こうとしないジェイニー。私は二年前より図々しくなったことに嫌悪感を抱きつつ、言葉を交わすだけ無駄だと口を閉ざすことにした。

 

「アレクシアさん、他の同期とは会っていらして?」

「……」

「その様子だとわたくしが一人目のようですわね」

 

 他の同期。

 脳裏を過るのは二年前に行動を共にした名家の生徒たち。私が無言のまま街を歩いているというのに、ジェイニーは気にする様子もなくこう語った。

 

「この二年の間で……皆さん、各々功績を挙げていますのよ? わたくしのように銀の階級に昇格している方も少なくありませんわ」

「……」

「会いたい方がいれば、わたくしが手配しますわよ?」 

 

 そう言われ、私は立ち止まる。

 ジェイニーは少しだけ不思議そうな顔をして、考え込んでいる私の言葉を待っていた。

 

「……あの男とは会ったか」

「あの男というのは、キリサメさんのことでして?」

 

 言葉にはせず、ただ小さく頷く。ジェイニーはしばしどう答えようかを考えた後、私を気遣うように愛想笑いをしながらこう答えた。

 

「いいえ、二年前に旅立ってから……まだ一度も会っていませんわ」

「そうか」

 

 やはり私以外にも顔を見せていない。

 つまりまだグローリアに戻ってきていないということだ。最後に渡してきた手紙には、私の出所に合わせて帰還すると書いてあったが……。

 

「馬車に乗る。送迎はここまでにしろ」

「ええ、そうさせてもらいますわ。わたくしもB機関へ戻らないといけませんから」

 

 辿り着いたアルケミスの馬車乗り場。私がサウスアガペー行きの馬車を探しながらそう伝えると、ジェイニーも素直に引き下がる。

 

「アレクシアさん、何かあったらA機関へいらして。わたくしの名前を出せば、大抵のことは融通が利くはずですわ」

「……なぜそこまで私に肩入れする」

「どうしてそのようなことをお尋ねに……?」

「私はこの国で『灰被りの聖女』という異名をつけられている。関わるだけお前にとっても損になるだろう」

 

 隣に立っているジェイニーに向けるのは(いぶか)しむ眼差し。立場のない私をなぜ援助しようとするのか理解が及ばず、私はジェイニーの答えをじっと待つ。

 

「あなたはわたくしの友人だからです」

「……それだけか?」

「ええ、それ以外に理由が必要ですの?」

 

 くすっと笑うジェイニー。

 そう信じてやまない金色の瞳に見つめられ、私は何も返答しないままサウスアガペー行きの馬車へと乗り込む。

 

「では、アレクシアさん──ごめんあそばせ」

「……ああ」

 

 華麗なお辞儀と主に去っていくジェイニーと、アルケミスを出発する馬車。ガタゴトと揺れる馬車の中で私は、

 

「友人……か」

 

 複雑な心情を抱いたまま、窓の外の景色を眺めていた。

 

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