ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:15『教員研修の始まり』

 

 卒業試験の合格を貰った翌朝。

 私は再びアルケミスへ帰還し、アカデミーへと向かっていた。特に変わり映えもしない正門を潜り、中央棟へと足を踏み入れれば、

 

「ねえ、今日の座学ってお昼の後だっけ?」

「そうだよ。ご飯を食べた後の座学って眠くなるから頑張らないと……」

(時間をずらすべきだったか)

 

 ちょうど朝の登校が始まるタイミングだったらしく、各々の教室を行き交う生徒たちで溢れていた。私はやや眉をひそめつつも、アーサーが担当しているDクラスへ向かう。

 

「なぁ、あの怖そうな人……誰だ?」

「わかんねぇ。アーサー先生の助手とかか?」

(……いないな)

 

 何事もなくDクラスへ到着したため、教室に顔を覗かせるがアーサーの姿はない。私は中で待つことにし、前側の最も入り口に近い壁に背を付け、俯きながら待つことにする。

 

「怖そうだけど……綺麗な人だよね?」

「いいなぁ。私もあれくらい肌が白かったら……」

 

 Dクラスの生徒がひそひそと私のことについて喋っている声も聞こえるが、反応する理由もないため無視が賢明だろう。

 

「おぉ~い、"無血統"ちゃ~ん。今日は何読んでるの~?」

 

 座席後方から聞こえる低い女の声。

 顔を上げて視線だけ向けてみると、そこにいたのは取り巻きを二人連れた赤髪の女子生徒。肩に届かないぐらいの短髪に、右目を前髪で隠している髪型。

 

「あ、いえ……そ、その……」

「どれどれぇ? 庶民生まれがどんな本を見てるかごはいけ~ん!」

「あっ、か、返してっ……」

 

 絡んでいる対象は座席の隅の方に座る暗い雰囲気の女子生徒。

 赤髪の女子生徒は読んでいる本を無理やり取り上げると、小馬鹿にするようにタイトルをこう大声で読み上げた。

 

「あっははぁ! 『徒手(としゅ)強襲戦における五関節支点法則』だってぇ! バーカ、こんなの読んでも、弱っちいあんたが強くなれるわけないだろ!」

「か、返してよっ……!」

「あぁ? なに? あたしに逆らおうっての?」 

 

 本を取り返そうと席を立つ根暗な女子生徒。

 赤髪の女子生徒は反抗心を見せた彼女に、不機嫌な表情を露わにする。私は軽くため息をついて、黙ったまま視線を逸らした。

 

(……やはりどの時代も格差は縮まらんな) 

  

 強者が弱者を虐げる環境。

 何千年も前から何も変わっていない。力なき者は力ある者によって踏み台にされ、嘲笑され、自身の弱さを突きつけられる。しかも名家と一般家系の比較となれば、貧富の差は歴然だろう。

 

「返して、返してよっ!」

 ドンッ──

「このっ……!」

 

 それでも根暗な女子生徒は抗おうとした。

 自分よりも図体のデカい彼女を、両手で軽く突き飛ばす。赤髪の女子生徒は右頬を引き攣って、苛立ちながら、

 

「あたしとやろうっていうわけか? いいねぇ、だったら歯を食いしばりなよ!」

「……っ」

 

 自分よりも小さいその胸倉を掴み上げ、右拳を振り上げる。

 根暗な女子生徒は震えながらも目を瞑って覚悟を決めた。

 

 ガシッ──

「──ッ!? な、なんだよあんた!?」

 

 瞬間、私は赤髪の女子生徒の背後に回り込んで右腕を掴んで止める。

 

「騒ぐな。耳障りだ」

「ははっ、新しい先生か? かなり度胸があるようだねぇ?」

「何を言っている? 私は教師じゃ──」

 

 振り返りざまに赤髪の女子生徒が薙ぎ払う左拳。私の右頬へと直撃して、反動で顔がやや左側へ逸れる。

 

「あたしは名家のヴァネッサ・レインズ様だ。新米教師に止められる筋合いなんてないね」

「……そうか。お前はレインズ家か」

「あははっ、何だ? あたしに恐れをなしてッ──ぐあぁッはぁあッ!?!」

 

 そう言いかけたヴァネッサの前髪を掴み上げ、そのまま近くに置かれた木製の机へと顔面を叩きつける。机には亀裂が走り、ヴァネッサの顔面には鼻血が垂れた。

 

「今のは受動で防げたはずだ。……まさかまともに使えんのか?」

「あ、あんたよくもッ──」

「おやおやぁ? 何してるんですかぁ?」

 

 私が手を離せば、ヴァネッサはやり返そうと詰め寄ってきた。しかし、ふらっと教室に立ち寄ったであろう長い赤髪の女。彼女に全員の注目が集まる。

 

「ナタリア姉さん!」

 

 現れたのは二年前にシメナ海峡で共闘したナタリア・レインズ。

 長い髪に、前髪を右目で隠している赤髪。ワインレッドを基調とした戦闘服を着ており、シャツはノースリーブ。両肩が見えるよう半分脱いだコートを羽織っている。

 ズボンを履いているが、左脚は太腿辺りまで丈がカットされており、代わりに黒のガーターベルト型のストラップが二本巻かれている。

 

「おやおやぁ? おやおやおやぁ?」

 

 ナタリアは首を左右に何度も傾げつつも私の前まで歩み寄ってくる。こちらの顔を下から見上げたり、横から見たり、色々と観察をした結果、

 

「お前、アレクシア・バートリさんじゃないですかぁ! くたばってなかったんですねぇ!」

「……お前もな」

 

 名前を思い出すと、私の右手を両手で握りしめて上下に激しくブンブンと揺らす。

 

「ナ、ナタリア姉さん、こいつと知り合いなの?」

「はいはい、クソでけぇイカみたいな眷属をぶっ殺した仲ですねぇ」

「眷属を、ぶっ殺したって……」

 

 信じがたいという顔でこちらを見つめるヴァネッサ。私は特に肯定も否定もせず、未だに握りしめてくるナタリアの両手から右手を引っこ抜いた。

 

「そ、そうだ、聞いてくれよナタリア姉さん! こいつがあたしに喧嘩を売ってきたんだ!」 

「はいはい? 喧嘩ですかぁ?」

 

 私はその時、ヴァネッサの髪型を見て理解が及んだ。

 前髪で右目を隠すのはナタリアと同じ。つまり尊敬している人物はナタリアなのだと。

 

「ところで──お前だれですかぁ?」

「……へっ? ナタリア姉さん、あたしだよ、ヴァネッサ!」

「おかしいですねぇ。知らない名前ですよぉ」

 

 しかし当の本人は首を傾げた。

 この場でヴァネッサと初めて対面したかのように、キッパリと。

 

「私、記憶力は良い方なんです。なので名前を覚えていない相手は死んでるか、弱いか(・・・)のどちらかなんですよねぇ」

「ナタリア姉さん、あたしは弱くなんてっ──」

「いえいえ、お前は死んでないのでぇ──弱いから覚えてないんだと思いますよぉ」

 

 否定すらも威圧だけで押し退けるナタリア。

 ナタリアの感情が読み取れず、ヴァネッサは怖気づいて一歩だけ後退する。

 

「それでアレクシア・バートリさん、何があったんですかぁ?」

「その女が弱者を虐げていた。ただそれだけだ」

「なるほどなるほど!」

  

 事情を簡潔に説明するとナタリアは察したらしく、根暗な女子生徒とヴァネッサを交互に見て大きく頷く。

 

「自分よりクソ弱いやつに勝って何が嬉しいんですかぁ?」

「……っ」

「そうですよねぇ? だってアリを踏み潰して喜んでるようなものじゃないですかぁ。私、何か間違ったことを言ってます?」

 

 首を大きく傾げて覗き込むナタリア。

 咎めているわけでも説教をしているわけでもない。単純な疑問。それを解決するために、ヴァネッサに答えを求めていた。

 

「……あっ、クリスさんに呼ばれてるんでした! 遅れるとクソみたいに怒られるので、お前はもう答えなくて大丈夫ですよぉ!」

「ナ、ナタリア姉さん! ま、待ってくれ──」

「ではでは、私はこれで失礼しますねぇ!」

 

 ドタドタと大きな足音を立てて、どこかへ走っていくナタリア。嵐の後のような静けさの中、ヴァネッサは「ちっ」と舌打ちをして、取り巻き二人と教室から消えていく。

 

「あ、あの……」

「……何だ?」 

 

 声をかけてくる根暗な女子生徒。

 ヴァネッサが落としていった自分の本を拾い上げ、恥ずかしそうに視線をチラチラと逸らしつつ、私を見上げてくる。

 

「た、助けていただきありがとうございました」

「助けた覚えはない」

「そ、そうなんですか……?」

 

 根暗な女子生徒に背を向けて歩き出そうとしたその時、見慣れた姿が廊下を横切ったため、ふと足を止める。

 

「お前は……」

「えっ、アレクシアさん?」

 

 ウェンディ・フローレンス。

 シーラの家にいるはずが、リンカーネーションの制服姿でこの場にいた。何ならまるでこの教室に編入してくるかのように、アーサーに連れられている状態。

 

「あれ、二人は知り合いなのかい」

「はい、一応家族……ということになってますよね?」

「……否定はしない」 

 

 ちらっと視線を送ってくるウェンディ。

 私は視線を逸らしつつも曖昧な返答をする。 

 

「それよりもだ。なぜお前がここにいる?」

「それは、私もリンカーネーションになるためです」

「……何だと?」

 

 リンカーネーションになるため。

 そう答えたウェンディに眉をひそめていれば、アーサーが間を取り持つように詳細について説明を始める。

 

「ウェンディさんはアーロンさんから推薦を貰っているんだ」

「なぜあの男から?」

「じ、実はアレクシアさんには話していなかったんですが……。私、二年前からアーロンさんに稽古をつけてもらっていたんです」

 

 ウェンディ曰く、稽古を付けてもらったのは強くなるため。

 アーロンという老兵に自ら申し出て、剣術や動術を叩き込んでもらっていたらしい。知らぬ間の努力に、私は静かにため息をついた。

 

「特待生というわけか」

「そうだね。ウェンディさんは特待生として、僕のクラスへ来ることになったんだ」

 

 アーロンは歴が長く、人を見る目がある。

 そのため推薦の一言で試験を飛ばし、アカデミーへ入学できる理由には納得できる。だが一つだけ気掛かりなことがあった。

 

「シーラがよく許したな」 

 

 シーラの認可。

 私がアカデミーの試験を受ける時は強く引き留められた。そこをどう言いくるめたのか、とウェンディへ怪訝な視線を送る。

 

「シーラ様にはこう言われました。『アレクシアちゃんが守ってくれるから大丈夫よ』って」

「……そういうことか」

 

 私は納得と共に顔をしかめた。

 シーラの立場からすれば、何であれ私が所属するリンカーネーションへ送るようなもの。ウェンディだけでなく、私のことも信じて送り出したらしい。

 

「私は教員研修を受けに来た。概要を教えろ」

「あ、そうだったね! アレクシアさんの研修内容は……」

 

 アーサーは右脇に抱えていた用箋挟(ようせんばさみ)を持ち、一枚ずつ書類を捲り始める。生徒の名簿表、座学の内容……そして最後の一枚を目にして、なぜか顔を険しくさせた。

 

「特別クラスの先生、を三ヵ月担当することになってるみたいだね」

「何だそのクラスは?」

「えっと、僕にも分からないかな……」

「なぜお前が理解していない?」

 

 こちらの問いに対してアーサーはぎこちない笑みを浮かべ、書類と私を交互に見た後、申し訳なさそうにこう答える。

 

「実は研修内容を決めるのは僕じゃなくて、アカデミーの主任なんだ。だから今この目で見るまで内容を知らなかったんだけど……」

「この内容が普通なのか?」

「ううん、こんな研修初めて見た。せいぜい教師の助手が妥当な研修なんだけどなぁ……」

 

 疑念を抱いているアーサー。初めて見た、という発言から分かるのは……特別クラスを担当させる研修がよほど異常ということだ。

 

「アカデミーの主任は誰だ?」

「グレイス・ハーヴィルっていう女性の先生。彼女はAクラスを担当しているよ」

「知らん名だな」

 

 まったく聞いたことのない名前。

 アーサーは私の反応に「そうだよね」と分かっていたような口ぶりをし、やや表情を曇らせてこう説明した。 

 

「前任はルーク・ブライアン先生だったけど……。二年前の実習訓練で、ほら色々とあったから」 

「……なるほど」

 

 二年前の実習訓練。

 Aクラス、Bクラス、Cクラスの教師は戦死、もしくは行方知らずとなった。唯一の生き残りはアーサーだけ。埋め合わせとして新たな教師が呼ばれたのだろう。

 

「特別クラスとやらはどこにある?」

「待ってね。えっと、場所はアカデミーの東側にある空き教室みたい。おかしいな、こんなに遠い教室を使わなくてもいいのに……」

「寄越せ」

 

 私はアーサーから研修内容が記された書類を奪い取る。確かに場所はアカデミーの建物の最も隅の位置だ。

 

「そういえばネリア・オークスさん、だったよね? もしかして何かあったのかい?」

「あっ、そ、その……な、何もありません……」

(ネリア・オークス……?)

 

 脳裏を過るのはシャノン・オークスという女子生徒。

 二年前にDクラスに所属していたが実習訓練で戦死した。私はしばし考える素振りを見せ、ウェンディへ視線を移す。

 

「お前はこの女と(つる)め」

「えっ? アレクシアさん、それってどういう……?」

「守られる立場から、守る立場になる時が来たということだ」

 

 私はそれ以上、何も言及はせず教室から足早に出ていく。

 研修内容が書かれた書類に目を通すと特別クラスへ向かう前に、最初は教員室へ顔を出すよう書かれていた。

 

「……ここか」

 

 アカデミーの中央棟。

 『教員室』と刻まれた部屋を見つけ、引き戸を開けて中へと足を踏み入れると、

 

「予定より二分早いですね。時間に余裕があるようで羨ましい」

「当たり前だろうグレイス先生? 彼女はあの名高い(・・・)灰被りの聖女様だ」

「名高いんじゃなくて……悪名高い(・・・・)の間違いでしょ?」

  

 私のことが気に食わないと言わんばかりの三人の教師たちが待ち構えていた。

 




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