教員室へ入るなり向けられた視線は嫌悪。
三人の教師は鉄製の机に座りながら私を見ると、それぞれが個別の反応を示し始めた。
「僕たちに挨拶も無しなんて……。ああそうか、吸血鬼の血が流れてるもんで常人の感覚が通じないんだな」
最初に席を立って接近してきた黒髪の男。
四十代前半。古びた教師用のコートを羽織り、胸ポケットに万年筆を仕舞っている。整髪剤で整えられた前髪は上げられ、腕を組みながら百八十はある身長で私を見下ろしてくる。
「誰だお前は?」
「僕はリナード・ヴェイソンだ。Bクラスの教師をしてやっている」
「そうか」
Bクラス担当のリナード。彼は懐に仕舞ってある手帳を取り出すとペラペラと捲り、わざとらしく咳払いをしてこう読み上げた。
「アレクシア・バートリ。原罪が従わせる眷属を始末し、雪月花を救ったとされる。君、功績は
「……何が言いたい」
「はは、強いだけで教えられるなら……
このリナードという男は相手の『功績』や『経歴』を重視しているらしい。つまり自分自身の自尊心を保つために必要なものこそがその二種類。私に対して嫉妬心という名の嫌悪感を抱いているのだろう。
「素質については知らん。勝手に見極めろ」
「あら、怖い顔ねぇ? 女の子はもっと優しい目をしないと、嫌われちゃうわよ?」
私に歩み寄ってくるのは細身の肉感的な体形の女。
推察するに三十代前半。肩のあたりで緩くカールした赤毛の巻き髪をなびかせ、濃いアイラインが際立つ目元で私をやや見下すようにそう発言した。
「誰だお前は?」
「Cクラスの担任、オフィリア・ケンドリックよ。覚えてくれないと泣いちゃうかも」
丈を短くしたり胸元を開くようにした教員用の制服。派手な赤色のヒールを履き、強めの香水で自分の存在を際立たせる女。
例えるならば『女の性的魅力』を強調するような教師だった。
「アレクシア先生? そんな無表情じゃあ……せっかく整った顔も台無しよ? 女は表情で価値が決まるのに、勿体ないわねぇ」
「お前には関係のない話だ」
「うふふ、親切心を無下にするなんて……
混ざり物。
人間と吸血鬼の血が混ざった混血種。蔑称にも近い呼び方をしたオフィリアは、私を見下すようにそう言うと、ほくそ笑む。
「ゼロ点の協調性。研修を受けるまでもなく不合格にしたいところですね」
「……今度は誰だ?」
「私は学年主任のグレイス・ハーヴィルです。Aクラスの担任でもあります」
席を立ったのはグレイス・ハーヴィルという女。
三十代前半、無駄のない体型。
ストレートの長い黒髪を後ろで一束に結んでいる髪型。
銀縁の眼鏡の奥には冷徹なダークブラウンの瞳が垣間見える。
黒を基調とした厳格な教員制服。手袋をつけ、全体的に隙のない装いをしている。立ち姿は直立不動で、一切の緩みを見せない几帳面さを感じさせた。
「なぜ私に特別クラスとやらを一任した? 嫌がらせのつもりか?」
「嫌がらせ? いいえ、違います」
グレイスは無感情な威圧感で私を軽く睨むと、一定間隔でヒール音を鳴らしながら、私の目の前まで詰め寄る。
「あなたは新たな機関を設立する主導者。クラスの一つや二つ、導けて当然のはず」
「……私を試すためか」
「研修とはそういうものでしょう」
理由は分からない。
だがこのグレイスという女は私のことが気に食わないようだ。言動の節々から敵意のようなもを感じさせる。
「特別クラスの名簿表です。彼らの
渡されたのは名簿表。
三十名といった大規模な人数ではなく、生徒はたったの三人。数を踏まえれば大変ではなさそうだが、どうも『特別クラス』という表現が気になる。
「では特別クラスへ挨拶をしに行ってください」
さっさと出ていけ。
そう言わんばかりにグレイスたちへ視線を送られ、私は名簿表を手に持ったまま、無言で教員室を後にしようとすると、
「ははっ、グレイス先生に感謝の一つもできないとは……。困ったものだね」
「しょうがないわよぉ。あの子、人間じゃないんだもの」
こちらへ聞こえるような声量で嫌味を口にしてくる。
私は一瞬だけ足を止めた後、煩わしい教員室からさっさと出ていく。
(……下らん研修になりそうだ)
そう独白しながら名簿表を読み進める。
廊下を歩いて特別クラスへ向かう最中、登校する生徒たちにジロジロとみられていたが、もう慣れてしまっていた。
「ここが特別クラスか」
使われていない空き教室。
その名の通り、壁や引き戸などに染みが付いたり埃が溜まっている。例えるなら古い物置小屋のようだった。
(……やり過ごすだけでいいな)
ロクでもない研修を真面目に受ける必要などない。
小さなため息をついてから、引き戸に手をかけ、特別クラスへと足を踏み入れた瞬間、
バシャアァ──ガァンッ──
「……」
私は頭上から降り注ぐ水によってずぶ濡れになる。
更には鉄製のバケツが頭を覆いかぶさり、視界が暗闇に塞がれてしまう。
「ぶっはは! ひっかかった、ひっかかったぁ~!」
聞こえてくるのは陽気な男の声。
バケツを右手で取り払い、視線をやや下してみる。そこにいたのは腹を抱えて笑い転げる小麦色の短髪を持つ男子生徒。
「へへっ、ビビったか? こーいうのやられたことないだろ?」
反応を窺ってくる男子生徒。
私は黙ったまま、濡れてしまった名簿表を確認する。
(……オスカー・デュランか)
オスカー・デュラン。
百七十二センチほどの身長。茶色の瞳はどこか人を小馬鹿にするようなもの。
この男は生徒や教師問わず、常にイタズラを仕掛けて困らせていたらしい。この行動によって晴れて問題児認定。
「席に着け」
「おいおい、そんな真面目な顔すんなって! 笑えよ〜、なっ?」
「もう一度言う。席に着け」
一切動揺もしない。
一切表情も変わらない。
そんな私から命令されたオスカーは少しだけキョトンとした後、窓際の席へと納得いかない様子で腰を下ろした。
「今日から三か月間、私がこの特別クラスを指導する。質問があれば挙手しろ」
「はい、はいっ! あなた様は……あのアレクシア・バートリ様ですか?」
手を挙げるのは中央に座っている女子生徒。
百六十センチほどの身長。二つ結びにした金色のツインテール。瞳はなぜか紅色で、やや肌も青白い。まるで吸血鬼かのような容姿。
「なぜ知っている?」
「もちろん存じ上げておりますわ。吸血鬼さまの血が混ざった至高の人間、と」
「……お前は何を言っている」
女子生徒は可憐に立ち上がると、教卓の前に立って私の右手を握りしめた。こちらへ向ける眼差しには『信仰心』と『羨望』が含まれている。
「吸血鬼さまこそ、私たち人類が崇めるべき存在ですわ」
「……吸血鬼共を人間が崇める必要はないだろう」
「いいえ、人間という種族は未完成ですの。吸血鬼さまたちに支配されてこそ、完成する種族」
ワケのわからんことを語り続ける女子生徒。
よく観察をしてみれば、紅色の目はカラーコンタクト。青白い肌はパウダーのようなもので色を薄めているようだ。
「だからこそ……アレクシア様は私にとって至高の人類ですわ。吸血鬼さまの血を受け継いだ……未完成の私を支配してくれる救世主」
この女子生徒はうっとりとした表情で、私の右手に頬を擦り付ける。そんな女子生徒を無言で見下ろしながら、名簿表で再度確認した。
(……リシア・エルヴァイン)
リシア・エルヴァイン。
エルヴァインという家系が『吸血鬼を崇拝する貴族』だったらしく、幼少期からどれだけ吸血鬼が素晴らしいものかを説かれてきた。
(……厄介な女だ)
その教えは成長しても消えず、吸血鬼の素晴らしさを生徒たちや教師にまで語り続けただとか。敵である吸血鬼を始末するためのアカデミーで、そのようなことをされては目障り。
結果、問題児としてこの特別クラスに飛ばされたのだろう。
「僕からもいいですか?」
「……何だ?」
次に手を挙げたのは廊下側に座った男子生徒。
百七十五センチほどの身長。鋭い灰青の瞳、銀灰色の髪、左頬に走る薄い傷跡。前髪は左右に分けている。
「シビル・アストレアという人物を知っていますか?」
「ああ、二年前の派遣任務で同伴していた」
「そうですよね。ああ、僕はシビル姉さんの弟です」
私へ向けるのは明らかな敵意。
いや、殺意にも近い。憎悪にも似た感情をこちらへ静かに向けてきている。
「周りから聞きました。あなたはシビル姉さんに二度も命を救われていると」
「……それがどうした?」
「ハッキリ言います。僕はあなたを認めない」
ゆっくりと席を立ちあがった男子生徒。殺意を抱いたまま、私に一歩ずつ詰め寄ってくる。その姿は何度も見てきた──復讐に囚われたもの。
「シビル姉さんが吸血鬼のあなたを守るわけがないんです。遺言状だって、捏造されたものに決まっています」
「……」
「僕はあなたのような
そう私を睨みながら明言すると、男子生徒はやや孤独を感じさせる背中を向けたまま、教室から足早に出て行った。
私は無言で名簿表を確認し、最後の行へ視線を移す。
(レオン・アストレア……。シビル・アストレアの実の弟か)
レオン・アストレア。
座学、実技ともに優秀とされているが、名簿表に書かれた問題行動は多くある。成績の低い生徒に対しての荒々しい言動、班行動による協調性の無さ、実績のない教師への虐げ……挙げるとキリがない。
「ふん、やっぱり人間は愚かですわね。吸血鬼さまが至高……そんな真実に気付けないなんて」
「ははっ! あいつ、すっげーこえぇー!」
鼻で嘲笑い、レオンを見下すリシア。
呑気に笑っているオスカー。
問題児だらけの特別クラス。私は水に濡れた名簿表を見つめながら、
(……もはや研修にならん)
研修という名の嫌がらせだと実感した。
────────────────
私は特別クラスでの朝礼が終わり、教員室へ戻る。
そこで待ち受けていたのは、山積みの書類を指差すグレイス。
「アカデミーのカリキュラムです。こちらを今日中にすべて読み込み、明日から座学と実技の講義を時間通りに行ってください」
「……椅子はないのか」
「ああ、そういえばありませんね。では立ち作業でお願いします」
乱雑に積み上げられた書類。
椅子すら用意されない埃の被った鉄製の机。
グレイスは何食わぬ顔で業務確認と立ち作業を強要してくる。私は平然とした態度で置かれた書類を一枚ずつ読み始めた。
「……おや、アレクシア先生? 雨でも降ってきたのかい?」
「傘があればよかったのに、運が悪いわねぇ~?」
背後から聞こえてくるリナードとオフィリアの声。
イタズラによってずぶ濡れで帰ってくることを分かっていたかのような反応。私は無視をしつつ、次の書類を手に取った。
「特別クラスの生徒とは交流できましたか?」
「する必要はない。付き合うのは三ヵ月だけ──」
バンッ──
「……アレクシア先生、あなたは勘違いをしているようですね」
突然グレイスが私の机に思い切り手を突くと、山積みの書類が振動によって床へと散らばる。横目で隣に立っていたグレイスへ視線を移せば、圧をかけるようにこう宣告した。
「もし生徒たちに改善が見られないようであれば──教員研修は不合格と見なします」
「……何?」
「当然の結果でしょう。主導者の前に教育者としての素質がないのですから」
あの問題児たちの素行を改善する。
それを達成できなければ教員研修は不合格。これではもはや研修ではなく試験に近い。
「お前に裁量権があるのか?」
「はい、私は学年主任です。教員研修の実権はすべて握っています」
冷徹な返答。温かさの欠片もない声色を突きつけられた私は、床に散らばった書類を一枚ずつ拾い上げながら、
「そうか。なら、やるまでだ」
「……!」
たったそれだけ返答をした。怒りも悲しみも何も感じさせない、ただ目の前のことを淡々とこなすような……そんな声色で。
「簡単に言ってくれますね。本当にあなたにやれると?」
「完遂できるかは知らん」
「知らない? そんな無責任なことをよく──」
「だがお前たちの手には負えん。だから私に任せたのだろう」
私の最後の一言にグレイスたちが眉をひそめる。
しかし私は書類を拾い上げながら、こう話を続けた。
「合理的な判断だ。確かにお前たちとあの三人が関われば……より事態は悪化する」
「「「……」」」
「お前たちは教師としてのプライドを捨て、研修生の私に特別クラスを託すしかなかった。見かけによらず、
淡々と感情も込めずに言葉を伝える。
それがよほど効いているのか、教員室の空気は険悪そのもの。私はすべての書類を拾い上げて一束にまとめた後、机の隅に置く。
「まだ何か用でも?」
「いいえ、特にはありません。それでは逃げ出さないよう、これからもよろしくお願いします──アレクシア先生」
そう釘をさすと去っていくグレイス。
リナードとオフィリアも不機嫌な様子で私から視線を逸らす。
(……どうしたものか)
問題児たちの素行をどう改善するか。
教育のカリキュラムを目に通しながら頭の隅で考えることにした。