ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:17『特別クラス:オスカー編』

 翌日の朝。

 教員用の寮室で私は目覚める。時刻は午前六時。マットの硬いベッドから身体を起こし、窮屈さを感じながらも、洗面所へと向かう。

 

「……(みだ)りがわしい姿だ」

 

 今の私は下着も着けず、ノースリーブのカッターシャツ一枚を羽織った状態。最初に顔を軽く洗い、歯を磨く。後はやや絡みついた髪を()かし、後ろ髪へ髪留めを挿す。

 

(三ヵ月、特別クラスの御守(おもり)をさせられるとはな)

 

 ベッドまで戻ると下着を履いてから、カッターシャツのボタンを留める。そして黒のタイツに足を通し、一着ずつ着替えを終わらせていく。

 

(朝食は簡単なもので済ませるか)

 

 最後にブーツを履き、手首まで丈のない黒の薄い手袋を付けて着替えを済ませる。適度な腹ごしらえをするため、事前に用意していた食料やハーブを机に並べ、湯を沸かす。

 

(……あの問題児たちを更生させるのは骨が折れそうだ)

 

 雑穀(ざっこく)パンの薄切り一枚。

 表面に軽くバターを塗ってから口にし、無糖のカモミールティーを飲む。質素かつ量も少ないが、私にとっては十分すぎる。

 

「そろそろ出るか」

 

 時刻は六時四十五分。私は日の光が窓越しに室内を照らす光景を目にすると、食器などを迅速に片づけてから、寮を出ていく。

 

「……生徒はまだいないな」

 

 生徒たちの登校時間は八時過ぎ頃。

 アカデミーの本校舎は静寂に包まれている。私の足音だけが響き渡る中、教員室へと入室した。そこにいるのは既に授業の準備をしているグレイスたち。

 

「おはようございます。研修初日からたるんでいますね」

「……朝礼に間に合えば問題ないだろう」

「時刻ではなく意識の問題です。研修生とはいえ、仮にもあなたは教員を務める立場。意識の低さが窺えるような行動はやめてください」

 

 視線を一切交わさず、私へいびりにも似た注意喚起をしてくるグレイス。リナードは傲慢に腕を組みながら、オフィリアは妖艶(ようえん)に脚を組みながら、注意されている私へ「いい気味だ」と言わんばかりに微笑む。

 

「そうでした、アレクシア先生。昨日(さくじつ)、渡されたカリキュラムはしっかりと覚えましたよね」

「この紙束のことか?」

「はい、一日で覚えるようこちらから指示を出したはずですが」

 

 自分の机に積み重なる書類の山。

 私は静かに歩み寄ると、一番上に乗せられた紙を一枚だけ手に取る。

 

「すべて目を通した」

「……なら問題なさそうですね──」

「だが覚えるつもりはない」

 

 そして元の場所に戻すと、そうハッキリと断言した。グレイスは一瞬だけ呆気に取られると、すぐに冷酷な眼差しで私を軽く睨み始める。

 

「つまり学年主任である私からの指示には従わないと?」

「私はお前に『問題児の素行を改善しろ』と命令された。その命令を完遂するのに、この紙束(・・)はいらんと判断したまでだ」

 

 私はまったく動じず、淡々と返答するだけ。

 身勝手な答えにグレイスの目つきはより鋭さを増し、規律のあるヒール音を立てながら私の元まで詰め寄ってくる。

 

「カリキュラムが必要ない。そう判断した理由を合理的に(・・・・)説明してもらってもいいですか?」  

「私の役割は成績を上げる(・・・・・・)ことではなく、素行を改善する(・・・・・・・)ことだ。教育カリキュラムなど何の役にも立たん」

 

 既存の教育カリキュラムが通用しなかったからこそ、あの三人は特別クラスへ配属された。なら同じ方法で改善しようとするのは時間の無駄になる。

 私の答えを聞いたグレイスは一瞬だけ頬を引き攣ると、こちらを静かに睨みつけた後、(きびす)を返した。

 

「ではその発言に伴った結果を出してください」

「ああ」

 

 それだけ伝えると均等な歩幅で教員室を出ていく。私もまた特別クラスへと向かうため、名簿表だけを手に取って教員室を足早に出た。

 

(……オスカー・デュラン。まずはこの生徒からだ)

 

 特別クラスの前まで辿り着き、教室の引き戸に手をかける。

 手先に伝わるのは引っ掛かるような重さ。恐らくオスカーがまた水入りバケツを引き戸に仕掛けているのだろう。

 だが私はそのまま引き戸を引いて、教室の中へと足を踏み入れる。

 

 グラッ──

「ぶはっ! また引っ掛かった──」

 

 頭上で傾く水入りバケツ。 

 オスカーのニヤッとした顔。

 教室内にいるのはオスカーのみ。

 私は即座に立ち止まってその場を見上げると、

 

 ガシッ──

「へっ?」

 

 目にも留まらぬ速度で軽く跳躍し、水入りバケツをその場で掴んだ。そして何事もなかったように着地して、呆気に取られているオスカーへ歩み寄る。

 

「ははっ……マ、マジかよ?」

「……」

「こ、怖い顔すんなって~! 一度あることは二度あるって、言うだろ? なっ?」

 

 無言で詰め寄られ、オスカーは苦笑いしながら後退りをした。私は無表情のまま、手に持っていた水入りバケツを床に置く。

 

「あの仕掛けはお前が考えたものか?」

「へっ? あ、ああ、オレが全部作ったんだぜ!」

「なら大したものだ」

 

 大したものだ。

 オスカーの左肩に手を乗せ、軽く賞賛をする。突然のことでオスカーは目を丸くし、言葉を失って、私をじっと見つめてくる。

 

「へっ、へへっ! そうだろ? あのイタズラ、けっこーお気に入りのやつでさ~!」

「他にどんなものを作れる?」

「あ、ああ! この本を見てくれ!」

 

 照れくさそうにしつつも一冊の本を持ってきたオスカーは、こちらに中身を見せるようにしてページを捲り始めた。

 

「この本にはさ、オレが今まで考えたイタズラがぜーんぶ書いてあるんだ!」

「……なるほど。種類は豊富のようだな」

「あったりまえだろ~? 徹夜して考えたイタズラも沢山あるからな~!」

 

 その本には『激辛香辛料イタズラ・硬すぎる枕イタズラ・椅子崩れイタズラ』……と何十種類ものイタズラが記されている。更には道具の製作図や改良点などしっかりと記録されていた。

 

「更に高度なものを作りたいと思わないか?」

「ん? 高度なものって?」

 

 疑問を抱き、首を傾げるオスカー。

 私は少しだけ思考を張り巡らせた後、引き戸に仕掛けられた罠の残骸と足元に置いたバケツへ交互に視線を移す。

 

「例えばあの仕掛けは……バケツの数を三倍に増やせる」

「さ、三倍……!? マ、マジでっ!?」

「ああ、材料と仕組みを改良すれば可能だろう」

「どう改良すればいいんだ?! マジで教えてくれっ!」

 

 瞳を輝かせながら詰め寄ってくるオスカー。

 手に持っているあらゆるイタズラが記載された本を借りて、バケツのイタズラの構造が記されたページを開く。 

 

「まず仕掛けに『小型滑車』を組み込み、紐は弾性のある伸縮素材へ変える必要がある。何故こうするのか分かるか?」

「ん~……分かった! 三つのバケツを同時に起動させるためか!」

「ああ、正解だ。後は重量バランスを崩しやすくするために、バケツの底を少し削ればいい」

 

 数分かけてどう改良するかを話し合い、必要な材料のリストを本へ書き込み終わる。オスカーは「これならいける」と歓喜しつつ、私の方へ好奇心に満ちた眼差しを向けてきた。

 

「せんせー! オレ、放課後まで待ちきれない!」

「なら今から材料を集めて作ればいい」

「へっ? せんせー、授業はいーのかよ?」

 

 私は問いかけてくるオスカーに背を向けた状態で、足元に置いてあるバケツの水を持ち上げ、窓の外にある花壇へ水やりをしながら、

 

「優先すべきなのは義務(・・)ではなくお前の意志(・・)だろう」

「──!」

 

 淡々とそう返答した。

 背を向けているため表情は窺えないが……オスカーが言葉を失っていることから「初めてそんな答えを聞いた」と驚いているのだろう。

 

「……ぶっははっ、おかしなせんせーだな!」

 

 空になったバケツを再び床に置けば、オスカーは初めて純粋な笑顔を見せる。その顔を見た私は、教室の出口へと歩き出す。

 

「材料は私が用意する。お前はあの仕掛けを片付けて、準備をしておけ」

「オッケーイ! 任せといてくれよせんせー!」

 

 それから数十分ほど経過し、私は必要な材料をすべて集め終わる。材料目当てですぐに向かった場所は、

 

「……おや、どうしたんだいアレクシア君? 私に何か用があるのかね?」

「とある材料を探している」

 

 A機関の研究室。

 向こう側からひょっこりと顔を見せたシャーロットに、『小型滑車』や『伸縮性のある紐』などを求めれば、

 

「うむ、倉庫に余りがあるのだよ」

「なら譲ってくれ」

「いいだろう。ちょうど処分に困っていたところでね……確か、あの辺に置いて──」

 

 想定通り、必要な素材はすべて用意できそうだった。

 倉庫に向かったシャーロットをしばらく待っていると、材料が詰め込まれた箱を両手に抱えて、私の前に再び現れる。

 

「ふんっしょ、ふんっしょっ……この箱にすべて入っているはずなのだよ」

「助かる」

 

 少しだけしゃがみ込み、材料の箱を両手で受け取れば……シャーロットは一息ついた後、私の顔を見上げて首を傾げた。

 

「しかしアレクシア君、この材料を何に使うつもりなのかね?」

「……」

「……アレクシア君?」

 

 返答は無言。

 生徒のイタズラに使用するなどとは答えられない。普段とは異なる私の反応に、シャーロットは怪訝に満ちた視線を送ってくる。

 

「罠の改良に使う」

「罠?」

「ああ、罠だ」

 

 かなり大雑把な答えだが嘘はついていない。

 シャーロットは「ふむ」としばらく小首を傾げて怪しんでいたが、

 

「分かったのだよ。また必要になったら尋ねてきたまえ」

 

 堂々と答えている私の態度を見ているうちに、問題ないだろうと判断したようで、そのまま研究室へと戻っていった。

 私はすぐに踵を返して特別クラスまで戻ることにする。

 

「おっ、せんせー早いじゃん! 材料集まったのか?」

 

 特別クラスに戻ってくると、オスカーが待ちきれないといった様子で駆け寄ってくる。引き戸に仕掛けられていた罠は外されており、既存の部品はすべて机の上に並べられていた。

 

「ああ、これだけあれば足りるだろう」

「おお、マジで揃ってるなー! じゃ、早く改良しようぜ!」

 

 それから三十分かけて改良を進める。

 朝礼の時間はとっくに始まっているが、そんなことはどうでもよかった。

 

「せんせー、この仕組みはどう改良するんだ?」

「……そこはすべて取り換える」

「ほうほう、取り換えるんだな。よぉし、やってみる!」

 

 何故ならオスカーの表情が真剣そのものだったため。

 お調子者のようなヘラヘラとした態度は消え、今は一端(いっぱし)の真面目な生徒。本人が真剣に取り組む作業を止めるわけにはいかない。

 

「──うっしゃあ! これで完成でいいよな、せんせー?」

「ああ、次は試運転をする必要がある」

「だよなだよな!? 今すぐ取り付けてみよーぜ!」

 

 完成した新たな仕掛け。

 オスカーは慌ただしく教室内を駆けて、引き戸にイタズラを組み込み始める。どうやら理解度は早いようで、私の脳内で意図していた配置に部品などを的確に取り付けていた。

 

「ぶっはは! すげー、マジでバケツ三倍だな!」

「……上出来だ」

 

 最後に三個の水入りバケツを引き戸の上に横並びにし設置は完了。オスカーは私の隣に立ち、遠くから完成図を観察すると、感銘を受けつつも笑い声を上げる。

 

「ありがとな、せんせー! まさかイタズラを褒めてくれるだけじゃなくてさ……一緒に手伝ってくれるなんて思わなかった」

「そうか」

「こ、こういう時も淡白なんだなー……せんせーって……」

 

 オスカーはすぐ隣で苦笑する。

 そして何か思い詰めた表情を浮かべたまま、少しだけ寂しそうにポツリとこう語り始めた 

 

「……せんせーが初めてだよ。おれのイタズラ、叱らなかったの」

「……」

「他のせんせーも、クラスの連中も、みんなおれに怒ってばっかで……。面白いイタズラをしても、だーれも笑わないんだ」

 

 教室にしんみりと響くのはオスカーの空笑い。窓の外からは仲睦まじい三人組の生徒が、笑い合いながらアカデミーの中庭を歩いている。

 

「誰かに笑ってほしいからイタズラをしていたのか」

「そーそー、けどみーんな真面目なやつばっかでさ。おれがイタズラで空気を和ませてやっても、誰一人笑わないでやんの」

 

 呆れ、つまらなさ、そして僅かな寂しさ。

 オスカーの声色と表情からはそれらを見て取れた。けれど私はオスカーの生徒名簿から、どのような過去があったのかを知っている。

 

「……周りから嫌われてもいいのか?」

「別に~? 無視(・・)されるよりもマシだから」

 

 幼少期の頃、オスカーは吸血鬼に両親を殺された。

 幸運なことにオスカーだけが生き残り、身寄りを失ったため親戚に引き取られる。だがその親戚も吸血鬼に襲われ、またオスカーだけが生き残った。

 その後も引き取られ、吸血鬼に襲われ、生き残りが続き、

 

(……『禍福(かふく)の子』か)

 

 禍福(かふく)の子。

 引き取ると必ず死ぬ。そうやって引き取り先が消えてしまい、いつの間にかオスカーは孤独となった。噂は『引き取ると必ず死ぬ』から『関わると死ぬ』という曲解した方角へ変わり、

 

「ん? なんか考え事でもしてんのかせんせー?」

「……いや、大したことは考えていない」 

 

 誰もオスカーと関わろうとしなくなった。

 恐らくイタズラをしているのは、誰かに構ってもらうため。無視されるより嫌われた方がマシ……という言葉は、避けられた過去を踏まえたうえでの本心だ。

 

「それと私はイタズラで笑うつもりはないが……お前を拒むつもりもない」

「──!」

 

 オスカー自身が語るまで過去を詮索するべきではない。

 慰めの言葉もかけるべきではない。私がこの生徒にすべき態度は受け入れる(・・・・・)ことだけ。オスカーは私の言葉に一瞬だけ目を丸くさせた。

 

「……へへっ、もくひょーができたぜ!」

「目標?」

「おれのイタズラでせんせーをぜったい笑わせる! これがもくひょーだぜ!」

「……そうか」

 

 安堵するように、新たな目標ができたかのように、私へ堂々とそう告げるオスカー。私はそんなオスカーに淡々と返答をしていれば、

 

「おはようございま~す♪ アレクシア様~♪」

 カチッ──

「あら? 今の音は何ですの──」

 

 遅刻してきたリシアが引き戸を開けて教室に入ってくる。

 当然だがそこには仕掛けたばかりのバケツトラップがある。私もオスカーはリシアに口を出す間もなく、

 

 バシャアァアッ──

「きゃあぁあぁあぁあっ?!!」

 

 仕掛けが作動。

 そして三つ分のバケツがほぼ同時に傾き、リシアの頭上から大量の水が降り注いだ。

 

「……じ、人類はやっぱり」

 

 ずぶ濡れのリシア。

 数秒ほど無言のまま、両肩をぷるぷると震わせた後、

 

「愚かな生き物ですわぁあぁぁあぁぁーーっ!!!」

 

 思想が偏った渾身の叫びを教室に響き渡らせた。

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