ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:18『特別クラス:リシア編』

 少し遅れて座学の時間が始まる。

 やや不機嫌なリシアと気まずそうにするオスカー。私は教卓の前に立ち、一つだけ空いている席へ視線を移す。

 

(……やはり顔を見せんか)

 

 レオン・アストレア。

 初対面の時、私を認めないと告げて教室を出て行った。あの言いぐさからして、私たちの前に顔を見せないことは明白だった。

 

「なぁリシアー? あれは別にお前にイタズラしようとしたんじゃないってー」

「ふん、お黙りなさい。私を(あざむ)こうとしても無駄ですわよ、この未完成品が」

「未完成品ってなんだよ?」

 

 苦笑しながら謝るオスカーに見向きもしないリシア。

 不機嫌の象徴ともいえる強い言葉をオスカーへ放った後、すぐにこちらを真っ直ぐ見つめると、

 

「さっ、アレクシア様♪ 今日はどのようなことを教えてくださるの~♪」

「二重人格かよ……」

 

 瞳をキラキラと輝かせ、私に対して羨望な眼差しを送ってくる。

 オスカーがぼそっと吐いた指摘に反応もせず、まるで眼福だと言わんばかりの満足げな表情を浮かべていた。

 

「……吸血鬼共についてだ」

「ぜひっ! ぜひ、ご教授してくださってッ!!」

「おぉっ!? 今度はなんだよ!」

 

 勢いよく立ち上がると、机に手を突きながら前のめりで求めてくるリシア。衝動的な行動にオスカーが仰け反って驚く。

 

「まずは簡単な質問だ。吸血鬼共の最底辺の存在を答えろ」

「はい、はい! 食屍鬼(グール)! 完成しなかった人類のなれの果てですわ!」

 

 私は意欲に満ち溢れたリシアに肯定の頷きをし、黒板に白いチョークで食屍鬼と書き込んだ。

 

「吸血鬼になり損ねた産物。つまり失敗作だ」

 

 肉体が非常にもろく、紫外線に弱い。

 知能は持たず『人間を喰らう』『人間を殺す』という本能のみを持つ。

 喜怒哀楽いずれかの感情が反映された鳴き声を上げる。

 どのような鳴き声になるかは人間だった頃に『内面で最も溜め込んでいた感情』によって決まる。……といった特徴を食屍鬼の項目に書き込んでいく。

 

「んじゃあせんせー、どうして吸血鬼になれないヤツもいるんだ?」

「あら、ご存知ないのねオスカー・デュラン。失敗作になるかならないかは……ずばり信仰心の違いですわ」

「は? 信仰心?」

 

 首を傾げるオスカー。

 彼の隣でリシアは優雅に立ち上がると、大きく身ぶり手ぶりをしながら演説を始めた。

 

「吸血鬼さまを崇拝し、人類という種族の愚かしさを認め……! 吸血鬼さまに支配されることで、人類という種族が完成されると疑わない信仰心!」

「は、はぁ……?」

「これらを持ち合わせない愚か者こそ失敗作になるのですわ。よく覚えておきなさい、未完成品が」

「だから未完成品ってなんなんだよ!」

 

 リシアの偏った思想。

 生まれであるエルヴァイン家が吸血鬼を崇拝する貴族だったことで、こんなにも反吐が出るような教えを叩き込まれてきたのだろう。

 

「……って、このお嬢様は言ってるけどさ。せんせー、実際はどうなんだ?」

「吸血鬼共の血に拒絶反応を起こす体質かどうか。それだけだ」

 

 吸血鬼共は自身の血液を与えることで繁殖活動を行う。

 食屍鬼になるかならないかは単に肉体が拒絶反応を起こすか否か。起こせば食屍鬼、起こさなければ男爵(バロン)の爵位として生まれ変わる。

 その説明を聞いたオスカーは「へー」と納得し、リシアは「分かっていない」と言わんばかりにため息をつく。

 

「んじゃあさー、食屍鬼に噛まれたら吸血鬼になんの?」

「ならん。食屍鬼は所詮失敗作に過ぎん」

 

 無知な人間ほど疑問を持つ。

 食屍鬼に噛まれれば吸血鬼共になるのか、と。私はそんな無知な人間に理屈で説明をするため、孤立したあとに軽い実験を行った。

 

『……食屍鬼(グール)の血液と子爵(ヴァイカウント)の血液。揃えるのにやや骨が折れたな』

 

 採取した食屍鬼の血液と子爵の血液。

 鉄の籠に閉じ込めてあるラットを横目で見ながら、二本のシリンジで瓶に採取した食屍鬼と吸血鬼の血液を吸い出す。 

 

『気は進まんが、必要な犠牲だ』

 

 人間を実験に使うのは非人道的。

 だからこそラットを実験体に使うしかない。私は二本のシリンジを片手に、籠に閉じ込めていたラットまで歩み寄る。

 

『キュッ、キュウッ』 

『……』

 

 命乞いをするような鳴き声。

 何をされるのかすべて理解しているように、籠の隅で縮こまって震えている。私は無言で哀れな実験体をしばらく見つめ、

 

『……他にもやり方はある、か』

 

 窓際へと鉄の籠を移動させる。

 そして代わりに二本の瓶を用意して、自身の右腕に空のシリンダーの針を突き刺した。血液を採取した後は軽く止血を行い、空の瓶に平等に私の血液を注ぎ込む。

 

『まずは食屍鬼からだ』

 

 私から見て左側の瓶。

 そこへ採取した食屍鬼の血液を何滴か垂らしてみる。

 

『……変化なしか』

 

 特に変わった様子はない。

 やや鮮血が濁った程度。水を垂らして色が薄くなるのと何ら変わりない。私は次に右の瓶へ子爵の血液を垂らしてみる。

 

『これは、何が起きている?』

 

 一滴だけでも変化が分かった。

 理由は至極単純。私の血液がブクブクと泡立ちを始めたからだ。二滴、三滴と垂らせば垂らすほど泡立つ。その光景はまるで『沸騰する湯』のようだった。

 

『なるほど、吸血鬼共の血液には何らかの異物(・・)が含まれているのか』

 

 吸血鬼共の血液に含まれている異物。 

 私の血液に含まれた白血球がそれらを排除しようと交戦している。だからこそこのような反応をしているのだろう。

 

『……大人しくなったな』 

 

 急に何事もなく反応が終わる。

 よく瓶の中の血液を観察してみると、やや血液の色が薄くなっていた。シリンダーに含まれている子爵の血液よりは色が残っている。

 

『私の血液が異物とやらを排除しきったのか』

 

 白血球が異物に勝利した。

 だが無被害というわけではなく異物が赤血球を取り込み、血液の色がやや薄紅色となった……というのが結果らしい。

 

『……おおよそ理解できた』

 

 食屍鬼になるか吸血鬼共になるかが決まるのは、白血球が多いか少ないか。

 少なければ血液が浸食され尽くし食屍鬼となってしまう。多ければ浸食反応を抑えられ、順応した吸血鬼となる。 

 

『異物の正体はおそらく──』

 

 人間を変化させられるのは吸血鬼共のみ。

 それは血液中に含まれる異物の有無。ならばその異物は何なのか。私は考える間もなく、すぐに答えが脳裏を過る。

 

『──初代公爵の血筋だろうな』 

  

 代々受け継がれてきた初代公爵の血筋──それが異物の正体。

 人間を吸血鬼へ変える呪われた血筋だ。

 

「……アレクシアさま? どうなされましたの?」

「考え事をしていただけだ」

 

 リシアに呼びかけられ我に返ると、黒板へ身体の向きを変える。

 そこに赤文字で記すのは、食屍鬼に噛まれても吸血鬼にはならないこと。白血球によって食屍鬼に堕ちるか変わることの二点。   

 

「私が説明をしてもなお、信仰心とやらが左右させると主張するか?」

「当然ですわ。私たちエルヴァイン家に生まれた謀反者は、全員食屍鬼になっていきましたもの」

「……そうか」

 

 絶対的な自信を抱いているリシア。

 私は手に持っていたチョークを置くと、リシアの前まで歩み寄る。

 

「ならお前には補修を受けて貰う」

「補習? どのような内容でして?」

「課外授業だ」

 

 課外授業。

 ただそれだけ伝えた後、隣に座っているオスカーへ視線を移した。

 

「今日の座学は終わりにする。後は自由に過ごせ」

「まーじで!? ラッキー!」

 

 私にそう言われたオスカーは瞳を輝かせると、バッと立ち上がって教室の出口まで駆けていき、

 

「んじゃ、新しいイタズラ考えておくからさ! 後でせんせーも見てくれよ!」

「……ああ」

 

 わくわくした表情のまま、どこかへ去っていく。私たちは教室で二人きりとなると、リシアはどこか嬉しそうにしながらこちらの顔を見上げてきた。

 

「それで、どこへ行きますの?」

「……ついてこい」

「ええ、アレクシアさまにならどこまでもついていきますわ」

 

 私がリシアを連れて向かったのはアカデミーの正門前。

 そこで悍馬(かんば)のフレデリカを呼ぶと、リシアを後ろに乗せてとある場所まで向かうことにする。

 

「アレクシアさま、これからどちらに……?」

「東部にある廃村……アストラだ」

 

 アストラ。

 二年前に私たち生徒の実習訓練として使われ、吸血鬼共と眷属に襲撃された現場。フレデリカに乗れば、ほんの三十分ほどで到着し、面影のある廃村が視界に広がる。

 

「ここは実習訓練の現場で……二年前、多くの生徒が死ぬことになった」

「アレクシアさまもその実習訓練に参加してらしたの?」

「ああ、この場所で奇妙な力に目覚めた」

 

 私は血涙の力を発現させ、試しに右手へ蒼色の獄炎を纏わせた。リシアは興味を示すように、瞳を輝かせる。

 

「う、美しいですわぁ! この炎は吸血鬼さまの力ですの?!」

「……らしいな」

「やっぱりアレクシアさまは完成された種族! その程度の波乱、造作もありませんわね!」

 

 私の右手を観察しながら興奮するリシア。

 まるで目の前に理想形の王子でもいるかのように、恋焦がれた様子で数センチの距離まで詰めてきていた。 

 

「あっ、ところでアレクシアさま? 私をアストラへ連れてきてくださった理由は何ですの?」

「……お前を」

 

 リシアは思い出すかのように理由を尋ねてくる。

 私は変わらぬ無表情のまま右手から獄炎を消すと、反対側の手でリシアまで手を伸ばし、

 

 ガシッ──

「えっ?」

 

 その貴族の少女らしい衣服ごと胸倉を掴み上げると、

 

「──始末するためだ」

「ひゃああぁあっ!?!」

 

 数メートル先まで投げ飛ばした。重量のない軽いリシアの肉体は地上を引きずりながら叩きつけられ、何度か転がった後に静止する。

 

「げほっごほっ……な、何をしますのアレクシアさまっ──ひゃっ?!!」

 

 私は間髪入れずにうつ伏せのリシアまで詰め寄り、右脚で蹴りを入れようとした。だがリシアは寸前で東側に飛んで、何とか回避した。

 

「なぜ避けた? 吸血鬼に殺されるのはお前たちにとって栄誉だろう」

「そ、それとこれとは話が違いますわっ! 私は吸血鬼さまに支配されるのがッ──」

 パァンッ──

 

 私が右手に構えるのはディスラプターβ。

 リシアへ狙いを定めて迷わず引き金を引く。弾丸はリシアの右頬を掠り、ポタッと一滴だけ血が垂れ落ちた。

 

「貴様に──選択権があると思うのか?」

「ひっ……!?」

 

 向けた視線に殺意と憐れみを込めれば、リシアが身体をビクッとさせ、尻餅をついた状態で後退したが、 

 

 バキッ──ッ

「かは"ッ──!?!」

 

 一瞬で距離を詰めると胸元へ横蹴りを入れる。骨が軋む音と共にリシアの身体は一メートル先に木々に何度か衝突し、草むらの中へ落下した。

 

「げほっげほっ……うっうぅう……ッ」

「私は吸血鬼だ。つまり人間の貴様は──狩りの対象に過ぎん」

「ま、まさかアレクシアさまは……人間のっ、敵……」

「理解が早いな」

 

 草むらにディスラプターβを何度も撃ち込む。

 するとリシアは脇腹を押さえながら草むらから飛び出し、反対側へと切羽詰まった様子で走り始めた。

 

「お、おやめになってアレクシアさまっ! わ、私を殺そうとすれば、リンカーネーションが黙っていませんわよ!」

「未完成扱いした人間に……助けを求めるのか?」

「うっ、それはっ……きゃあ"ぁっ!?!」

 

 その背中へ即座に追いつき、 右肘を打ち込んでうつ伏せに倒す。そして右脚を動かせぬよう、踵で勢いよく踏みつける。

 

「あぁあッ!! いたッ、いたいですわッ……!!」

「崇拝する吸血鬼に狩られているのに……悦ばないのか?」

「わ、私は、吸血鬼さまに支配され、仕えるために……きゃあ"あ"ぁッ!!」

「下らん妄想だな。私たち吸血鬼が人間共に手を差し伸べるとでも思ったか」

 

 世迷言を言い切る前に右脚を更に力強く踏みつける。

 リシアは身体をジタバタとさせながら痛みに悶え始めた。煩わしいと言わんばかりに、ルクスβを鞘から引き抜き、剣先を首筋と数センチの距離まで近づける。

 瞬間、リシアは「ひっ」という短い悲鳴を上げ、冷や汗を掻きながら身体を硬直させた。

 

「ア、アレクシアさまっ? せめて私の血を吸って……従属にしてくださらない?」

「貴様の血など吸う価値もない。ここで食屍鬼(グール)共のエサにする」

「そ、そんなッ、そんなこと仰らないで、どうかッ──あ"ぁあ"ッ!?!」

 

 未だに慈悲を貰えると信じる甘い思考。

 それらを粉々に砕くかのように、躊躇いもみせずにリシアの左脚を弾丸で撃ち抜いた。乾いた発砲音とは別に、リシアが悲痛な叫びをあげてのたうち回る。

 

「血の臭いで食屍鬼共が時機に寄ってくるだろう」

「ま、待ってアレクシアさまッ……お、追いていかないでッ!」

「助けを求めればいい。……貴様が未完成扱いをした人間共にな」

 

 私は背を向けて歩き出し、リシアを置き去りにする。食屍鬼が徘徊しているであろう──日光の届かない薄暗い森の中へ。

 

「うっうぅうッ……ま、待ってくださいッ……」

 

 うつ伏せのまま身体の向きを変えて、這いずりながら後を追いかけようとする。だが筋力もない華奢(きゃしゃ)な身体では、アレクシアに追いつくことなど不可能だった。

 

「ワハッ、ガハッ、ワッハハハァッ!」

(……っ! 食屍鬼の鳴き声、ですわっ……)

 

 遠くから聞こえてくる食屍鬼の鳴き声。

 リシアは口元を両手で押さえて、前進するのを止める。

 ガサガサと草むらを掻き分ける物音、ぬかるんだ泥を踏みつける足音、そして狂ったような笑い声。それらがどんどん近づいてくる。

 

「フハッフゥッハハッ!! ガッヒャアァアァァアッ!!」

(や、やり過ごせば大丈夫ですわ、大丈夫なはずっ……)

「アハハッ、ワハハッ、ガッハハハハッ……」

  

 二十秒ほどその場でじっとしていれば、少しずつ離れていく食屍鬼の笑い声。リシアはそっと胸を撫で下ろすと、アレクシアの後を追いかけるため、再び前へと這いずり、

 

「ア"ァア"ァア"ァァア"ッッ!!」

「きゃあ"ぁあ"ぁあッーーーー!?!」

 

 耳元を劈くような怒声と共に、食屍鬼の真っ白な顔が草むらから飛び出してきた。リシアは悲鳴を上げ、思わず飛び退く。

 

「ハァア"ッ、ハァア"ァア"ッッ……!!!」

「こ、来ないでくださいましッ……!」

 

 右脚を引きずりながら逃げようとするが、怒り心頭の食屍鬼は早足でリシアへ詰め寄ると、

 

「オグア"ァア"ア"ァァア"ーーッ!!」

「かッはッ……は、なしてッ……!!」  

 

 鋭利な爪が生えた両手でリシアの首を締め上げる。

 眼球を剥き出しにし、憤怒に満ちた顔で睨みつけ、煮えたぎった腹をすべてぶつけるかのように、リシアの首がどんどん締まり始める。

 

「ブッフッ! ワハ、ワハハハハッ!!」 

「グスッグスッ、ワ"ア"ァア"アァアッ……!!」

「う、そッ……また、別の食屍鬼がッ……」

 

 降りかかるのは更なる絶望。

 左右の草むらから笑い声をあげる食屍鬼と泣いている食屍鬼が現れ、リシアの身体を挟み込むように近づき、

 

 ガシッ──パキッパキィッ──

「あッ、あ"ぁあ"ぁあッ……!!」

 

 その細い両腕を掴んで、力任せに引っ張り始めた。

 嫌な音が自身の腕から聞こえてくる。その音をかき消すようにリシアもまた痛みに悶える叫び声を森中に響かせた。

 木霊と共に脳裏を過るのは過去の記憶。 

 

『いいかリシア。我々エルヴァイン家は吸血鬼となったお方たちを深く敬愛しなければならないぞ』

『お父さま……それはどうしてですの?』

『我々人間はまだ未完成な種族であって、完成し尽くされた種族こそが吸血鬼だ。我々は彼らを敬愛し、支配されることこそが……完成された種族に近づくための一歩になるのだぞ』

 

 リシアは幼少期から吸血鬼に対する様々な教育を施されてきた。

 いかに吸血鬼が優しい存在であって、いかに偉大な存在であるかを伝えるための絵本や書物。そしていかに吸血鬼が崇拝する思想こそ常識であるかを説く父親からの教育。

 

『いいですかリシア。人間とは遊んではいけませんよ』

『お母さま、理由をお聞きになってもよろしくて……?』

『人間とは低俗で価値のない種族です。ですが私たちエルヴァイン家は唯一その真実に辿り着いた家系。吸血鬼様たちに他の人間と同じように見られては困りますから』

 

 リシアは他の人間と関わることを一切禁じられた。

 人間たちの街から孤立した屋敷で監禁されるような暮らしを続け、外部から噂話すらも流れてこない。しかし唯一無二の来客がいた。

 

『お母さま、その方は……?』

『リシア、この方は吸血鬼様よ。私たちエルヴァイン家と関係を築いてくださってる……とても偉大な先生』

『いやいや、先生だなんて……私も大層なものではありません』

 

 本物の男の吸血鬼。

 先生という愛称で呼ばれ、優しい表情でリシアの前に屈んだ。

 

『初めましてリシアちゃん。私は吸血鬼のお医者さんだよ』

『お医者さま、ですの?』

『そうだとも。エルヴァイン家の皆さんには様々な薬を提供させてもらってるんだ』

 

 真っ白な肌、口元から見える牙、冷たい吐息。

 リシアは絵本や書物でしか知らない本物の吸血鬼を目にし、胸の高鳴りを覚えた。

 

『リシアちゃんに例の薬は?』

『ああ、まだ打っていません。なんせその子はまだ未熟でして』

『……そうでしたか。確かに耐えられそうにありませんね』

 

 薬とは何なのか。

 吸血鬼の先生とお近づきになれるのか。

 リシアはその日から胸の高鳴りを抑えきれない日々が続いた。

 

『みてみてリシア。私、吸血鬼さまからお薬もらえたの』

『えっ? わ、私、まだもらえてないのに……』

 

 同年代の子供たちが次々と吸血鬼と関係を築ける最中、自分だけが取り残される。焦燥感だけ(つの)りに募り、吸血鬼への執着はより強くなった。

 

『何ですの? 使用人の分際で私を呼び出して──』

『ごめんなさいリシア様ッ……こうするしかないんですッ』

 ガァンッ──

『うッぐッ──!?』

 

 しかしある日のこと。

 リシアは使用人に呼び出されると、後頭部を殴られて気絶してしまった。

 

『うっ……こ、ここはどこですの?』

 

 目を覚ませば屋敷の外にある小屋の中。

 何が起きたのか分からず、とりあえず屋敷に戻るために森の中を歩き、

 

「──えっ?」

 

 屋敷を目にして立ち尽くした。

 燃え盛る炎、肉が焦げた臭い、咳き込みそうな煙。屋敷の前には十人以上のリンカーネーションが集まり、何やら話をしているようだった。

 

「ティア様、報告します。生存者はゼロ。発火の原因は……おそらくリンカーネーションへ手紙を出した使用人が付けたものだと思われます」

「では屋敷内にいくつか倒れていた肉塊は?」

「元は屋敷の人間かと。薬物を検出できたのと……衣服の破片などが入り混じっていたので」

「薬……そうですか。ご苦労様でした」 

 

 現場を指揮していたのは十戒のティア・トレヴァー。彼女は部下らしき男から報告を受けた後、立ち尽くしているリシアを見つけ、足音一つ立てずに歩み寄った。

 

「貴方はエルヴァイン家の子供ですか?」

「ええ、そうですわ」

「……貴方のご家族は亡くなりました。不幸中の幸い、貴方が外出時に放火が起きたようですが──」

 

 ティアは言葉を止めた。

 リシアの顔を見て、止めざるを得なかった。

 

「──なぜ、笑っているのですか?」

 

 リシアは笑っていた。

 屋敷が燃える光景を見て、両親の肉が焼ける臭いをかいで、胸いっぱいの希望を抱くような純粋な少女の笑顔を見せていたのだ。

 

「……私だけ」

「……?」

「エルヴァイン家は、私だけっ」

 

 そう、エルヴァイン家の生き残りは自分だけ。

 つまり先生は、吸血鬼さまは必然的に自分を選んでくれる。なぜなら自分だけしか生き残っていないのだから。

 

(いつか、先生が迎えに来てくれますわ)

 

 リンカーネーションに保護された後、リシアはエルヴァイン家の思想を持ち続けた。人間は低俗、自分は特別。吸血鬼というパーツによって自分は完成されるのだと。

 

「グァア"ァア"ァァッ!!」

「ワハハッ、ワッハハハッ!!」

(聞いて、聞いていませんわ母上父上っ……。吸血鬼さまは、吸血鬼さまは私たちを支配してくれる存在だってッ……)

 

 我に返った時、現実は乖離した。

 アレクシアという吸血鬼は自分のことなど目にもくれず、食屍鬼は自分の身体をおもちゃのように斬殺しようとする。

 

(ドロドロの塊に溶けたのは──薬のせい?)

 

 この時、リシアはすべてを理解した。

 自分が無事だったのは薬を渡されていなかったからだと。先生にとってエルヴァイン家は薬の効果を試すモルモットに過ぎなかったと。

 

「いッ、いやぁあ"ぁあ"ぁあ"ぁ──がッぐぇッ!!」

「フゥウッ、フゥッ、オ"ア"ァア"ァア"ッ!!」

 

 締まっていく首、浅くなる呼吸。

 左右から引っ張られる両腕はミシミシと嫌な音がし、いつか引きちぎられることを示唆する。

 

「だ、だすけってッ……」

「ア"ァア"ァアァッ!!」

「たすッ……けてぇえぇッ!!」

 

 掠れた声で、涙を流しながら、生にしがみついた──その瞬間、

 

 パァンッパァンッ──

「ワハア"ァァッ!?!」

「ウワァア"ァアッ!?」

 

 発砲音と共に両腕を引っ張っていた食屍鬼が一瞬にして灰になった。リシアは薄っすらを瞼を開ければ、

 

「失せろ」

 ザシュン──ッッ

「アァアアァア"ァァッ……!?!」

 

 アレクシアが首を絞めていた食屍鬼を刀剣で真っ二つに斬り捨てる。

 

「ア、アレクシア……さま……」

「答えろ」

「えっ?」

「目の前にいる私は……吸血鬼か?」

 

 手を伸ばそうとするリシアを無視するようにそう問いかける。

 アレクシアの瞳は相も変わらず冷たいままだが、殺意などは込められていない。とても情のある瞳だ。リシアは目を見開いた後、ゆっくりと口をこう動かす。

 

「人間、ですわ」

「……次はお前自身が選べ」

 

 アレクシアは紅い左目を象徴する左手と、蒼い右目を象徴する右手を同時に差し出す。

 

「人間の手を取るか、それとも吸血鬼共の手を取るか」

「──!」

 

 リシアは涙をぽろぽろと流しながらも、ゆっくりとアレクシアの右手をボロボロの両手で掴み、

 

「ぐすっ、うぅっ……先生の、手を取りますわっ……」

 

 少女らしい泣き顔を見せた。

 吸血鬼を真似するために顔に塗っていた白い塗料は剥がれ落ち、人間らしい肌の色が徐々に浮き出てくる。

 

「……なら帰るぞ」

 

 リシアを軽々と抱き抱えた。

 その際にポロッと床に落ちるのは弾丸。撃たれたはずが血がまったく出ていないことに気が付き、リシアは眉をひそめる。

 

「右脚、撃たれたはずなのに……」

「ああ、撃ちはしたが寸前で止めている」

 

 アレクシアはリシアの右脚を貫く瞬間に、ペンデュラムを発現させて寸前で止めていた。リシアは完全に撃たれたと錯覚をし、今まで気が付かなかったのだ。

 

「……先生、本当に私を殺すつもりでしたの?」

「ああ、場合によっては吸血鬼共に情報を流す可能性がある。もし思想が変わらなければ間違いなく始末していた」

「では最初のも演技だった……?」

「私が吸血鬼共の肩を持つはずないだろう」

 

 アレクシアはわざわざ演技をして精神的にも身体的にも追い詰めた。あまりの横暴な手段にリシアも苦笑いをするしかない。

 

「先生……私、これからやっていける気がしませんわ」

「そうか」

「あの、ちょっとは励ましてもよろしくてよ?」

「……そうか」

 

 アレクシアの変わらない返事と先行きが不安な帰り道。

 しかし確かにリシアの心は晴れ晴れとし、どこか変われたような気がしていた。

 





現在は色々と本業や私情が重なって不定期更新中です。
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