ЯeinCarnation   作:酉鳥

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11:19『特別クラス:レオン編』

 グローリアへ帰還し、まず訪れたのはアカデミーの医務室。

 リシアの怪我を治療してもらうために扉を二度ノックすれば、目元にクマを浮かばせるエイダが顔を覗かせた。

 

「あら、珍しいわね。私に何か用かしら?」

「負傷者だ」

「負傷者? ……ってその子、酷い怪我じゃない!?」

 

 負傷したリシアを見ると眠そうな目を見開くエイダ。

 すぐさまリシアの容態を確認しつつ、ある程度怪我の具合を理解したようで、

 

「貴方はここで待ってなさい」

「……ああ」

 

 私を医務室の外へ待たせると、リシアを連れて室内へ戻っていった。なぜ私だけを外に待たせたのか。気掛かりに思いながらも扉の近くの壁に背をつけ、しばし待機していると、

 

「右肩は脱臼。身体は打撲と擦り傷まみれ。おまけに首は締め上げられた痕が残ってるわ。一体何をあったのよ?」

 

 医務室からエイダが姿を現した。

 片手にリシアの症状が記された診療録(カルテ)を眺めながらも、疑心に満ちた眼差しを私に送ってくる。

 

「私と食屍鬼がやった」

「貴方と食屍鬼が原因……ん? いま、貴方がやったって……」

「ああ、そう言った」

 

 私は経緯をエイダに伝えた。

 リシアが吸血鬼を崇拝する思想に染まっていたことや、その思想を消すために私自身が手を下したこと。エイダは話を聞いていくうちに眉をひそめ、

 

 ゴツンッ──

「大馬鹿ね、貴方って」

 

 すべてを理解した瞬間、私はクリップボードで頭頂部を強めに叩かれた。些細な鈍痛を感じながらもゆっくり顔を上げる。

 

「なぜ叩いた」 

「誰でも叩くわよ。貴方、吸血鬼の血で馬鹿になってるわ」

「……私のやり方が横暴だと言いたいのか?」

「はぁ、横暴どころの騒ぎじゃない。もはや虐待でしょ」

 

 遠慮なくそう吐き捨てるエイダ。

 クリップボードを自分の胸元まで戻すと、大きなため息をついてから医務室で寝かされているリシアへ視線を移す。

 

「幼少期に染み付いた思想は、死の間際まで追い込まんと消えんぞ」

「あの子が心的外傷を一生背負っていくことになったら、どうするつもりだったの?」

「その時はその時だ。どちらにせよ、あのまま歳を重ねれば吸血鬼共に殺されるか……人間の敵になるかが妥当だろう」

 

 あのまま放置すればいずれロクな結末は辿らない。

 リシアを改心させるためには多少手荒でも、ある程度の刺激を与えなければ微塵も変わらないことは確信していた。

 

「だがやり過ぎたかもしれんな」

「……やけに素直じゃない。二年前とは大違いね」

「次は無傷のまま精神的に追い込むことにする」

 

 頬をピクつかせながら「変わってなかった」と引いているエイダを他所に、私は次なる目的を思い出す。

 

「レオン・アストレアという生徒を知っているか?」

「ええ、知ってるわよ。シビルの弟だもの」

「どこにいる?」

「彼のことだから……ノースイデアの墓地にいると思うわ」

 

 つまりレオンの場所は姉であるシビルの墓の前。

 エイダの言い回しからそう察した私は踵を返して、ノースイデアへ向かおうとする。

 

「気を付けなさい」

 

 しかし背後からそう声を掛けられ、その場に立ち止まってから小首を傾げながら振り返った。

 

「……何を?」

「貴方、彼に相当嫌われてるわよ」

「だろうな」

 

 嫌われていることは理解している。

 初対面の挨拶で気が付かないほど鈍くはない。エイダに素っ気ない返答をし、アカデミーを出て、正門で待機させていたフレデリカに飛び乗る。

 

『僕はあなたのような人間もどき(・・・・・)なんか信用できない。教わるなんてもってのほかです、さようなら』

(……人間もどきか)

 

 何一つ間違ってはいない。

 吸血鬼の血が流れている以上、私は人間という種族に当てはまらないはずだ。

 

「ブルルルッ」

「お前も私が人間もどきだと思うか?」

「フンッ」

 

 悍馬(かんば)のフレデリカに尋ねてみると、「どうでもいい」と言わんばかりに鼻息を荒げた。どうやら好物の林檎とハチミツにしか興味がないらしい。

 

「……墓地は向こうか」

 

 ノースイデアへはほんの十分ほどで到着した。

 褒美としてフレデリカにハチミツをかけた林檎を与え、ノースイデアの街中を歩き始める。

 

「ねえ、あそこを歩いてるのって」

「ああ、確か人間と吸血鬼のハーフって噂の……」

「この街に何の用かしら……」

 

 浴びるのは心地よいとは言えない注目。

 それはそのはずだ。半分とはいえ吸血鬼が街中を歩いているのだから。多少なりとも不安や恐怖は募らせるだろう。

 

「シビル姉さん、僕は……」

 

 黙々と歩いていれば墓地でレオンの姿が見えてくる。

 シビルの墓石の前で何かを思い詰めた表情でしゃがみ込んでいた。

 

「ここにいたのか」

「──っ!」

 

 静かに背後へ歩み寄り、声をかける。レオンはまったく気が付いてなかったようで、敵意を剥き出しにしながら私から距離を取った。

 

「……僕に何の用ですか?」

「話をしに来ただけだ」

「話? あなたと話すことなんて何もありません」

 

 言葉ににじみ出る嫌悪感。

 レオンは私の顔など見たくもないと言わんばかりに、墓地から去っていこうとする。

 

「お前の姉が戦死した──派遣任務の話もか?」 

「……!」

 

 歩みをピタッと止めるレオン。

 明らかに食いついているようで、こちらへと静かに振り返った。

 

「ドレイク家の館で何が起きたのか。弟のお前は詳細も知らんだろう」

「……」

「知りたいのならついてこい」

 

 それだけ伝えるとレオンの横を通り過ぎる。レオンは少しだけ考える素振りを見せた後、意を決したように無言で私の背中を追いかけてきた。

 

「乗れ」

「僕をどこに連れていくつもりですか?」

「ドレイク家の跡地だ」

 

 ノースイデアの停留所に待機させていたフレデリカ。レオンを背後に乗せてから私も飛び乗り、目的地であるドレイク家の跡地へと走らせる。

 

「ついたぞ」

「ここが、ドレイク家の?」

 

 崩壊したドレイク家の館。

 周囲の森林は焼き払われ、更地となっているようだ。二年前に寄生植物の被害を抑えるためにフローラたちが処理をしたのだと見て取れる。

 

「……二年前、お前の姉は私たちの引率としてこの場所へ訪れた」

 

 私はレオンに対してすべてを話した。ドレイク家は既に眷属に支配されていたこと。寄生植物によって多くの人間が犠牲になったことを。

 

「特別だ。あの館に潜んでいた眷属を見せる」 

「は? あなた、何を言って──」

「ファンタズム」

 

 血涙の力で周囲に漂う蒼色の粒子。一つ一つの小さな粒子は徐々に巨大な図体となっていき、私の背後へ眷属ラミアを具現化させていく。

 

「……これが私たちを襲った眷属だ」

「っ……! こんなに、巨大な存在が……?」

 

 巨大な花弁と蔓のような触手を漂わせているラミアを見上げ、レオンは後退りをしながらうろたえていた。逃げ出さないだけ、だいぶ肝が据わっている。

 

「警戒する必要はない。私の命令がなければただの置物に過ぎん」

「じゃあ、あなたが命令を出せば……コイツは僕たち人間を襲うってことですか?」

「……そうとも捉えられるな」 

 

 正解を示すように二本の蔓で丸を作るラミア。

 レオンはより警戒心と敵意を強めながら、私に対して睨みを利かせてきた。

 

「だが私の目的は吸血鬼共を始末することだけだ。人間を襲うつもりはない」

「その言葉をどう信用しろと? こんな力が使えるなら……シビル姉さんを利用することだってできますよね」 

 

 レオンは私に対してさらに疑心を抱いている。

 しかし想定していたことだ。私は腰に携えていたルクスβを、レオンの足元へ鞘ごと放り投げた。

 

「今から賭けをする」 

「……賭け?」

「その剣を一度でも掠らせたら──私はグローリアから出ていく」

 

 そう宣言をするとレオンはやや驚く。

 落ちている刀剣と私の顔をゆっくりと交互に見ていた。

 

「だが夕暮れ時までに掠らせることができなかったら……私の(もと)で座学と訓練を素直に受けてもらう」

「そんなの、あなたがこの森の中に逃げたら不可能ですよ──」

「私はこの場から一歩も動かん。……それでも、この賭けから逃げるか(・・・・)?」

 

 挑発交じりに目を細めると、レオンはイラっとした様子で刀剣を拾い上げる。そして鞘から引き抜いて、両手で構えた。 

 

「怪我をしても知りませんからね」

「人の心配をしてる場合か?」

「っ──! このッ!」

 

 真っ直ぐ突進してくるレオン。

 両手に構えていた刀剣でこちらに突きを繰り出す……が、私は半身で避けた後にレオンの手首を掴み、

 

 ドサッ──ッ

「ぐっ……!」 

 

 そのまま後方へと力強く引っ張り、うつ伏せに転倒させた。砂煙が立ち込め、レオンの衣服がやや汚れる。

 

「なぜためらう。私は人間もどきなのだろう?」

「……っ」

「殺すつもりでやれ」 

「だったら、遠慮なくいかせてもらいますよっ!」

 

 レオンの瞳に宿る殺意。

 刀剣を振る速度も急所を狙う正確さも、先ほどとは段違いだった。やはり優等生と呼ばれているだけあって、実戦は優秀らしい。

 

「お前は止まっている的にも当てれんのか」

「っ……! なら、これでどうです!」

 

 こちらへ距離を詰めた瞬間、私の頭上に跳ねる。

 頭上は死角。おそらく習得している動術は『機動』。その瞬発力と流れるような身のこなし。合わされば避けられないと考えたのだろう。

 

「その技が通じるのは男爵(バロン)までだ」

「避けられたっ……?!」

 

 刀剣が首筋に振るわれる瞬間、その場にしゃがみ込む。

 刃は虚空をかすめ、振り抜かれた肉体が頭上に残り続けた。私は間髪いれず、レオンの胸ぐらを掴んで、地上へ放り投げる。

 

 ドサァアッ──ッ

「ぐぅッ──?!」 

 

 仰向けに倒れるレオン。

 私は一歩もその場から動いていない足元を見ると、冷めた口調でこう呟く。

 

「……あの女の方が優秀だったな」

「っ……! 何だと!?」

「事実を述べたまでだ。今のお前はあの女の足元にも及ばん」

 

 レオンは怒りと敵意を剥き出しにして立ち上がる。

 そしてそのまま向かってきて、何度も何度も刀剣を振るった。

 

「お前は成績の低い生徒を下に見て、協調性もなく、独りよがりの力に頼っているようだが……」

「はぁあッ、このッ──!」

「錆びた刃を振りかざして恥ずかしくないのか?」

「ぐぅっ、だまれぇえぇっ!」

 

 だが信念もなく、錆びついた刃が相手に届くことは決してない。空っぽの刀剣は虚空を斬り抜き、私に一度もかすめることはないまま、

 

「時間切れだ」

「はぁはぁっ……!!」 

 

 夕暮れを迎えた。

 汗まみれで息を荒げ、衣服は何度も地面を転がったことで土塗れ。レオンはまったく歯が立たなかったことで、両手を力強く握りしめた。

 

「約束だ。明日から座学と訓練は受けてもらう」

「ぐっ、こんなの認めるわけッ……」

「あの女が何を思うだろうな。信念もない、約束も守れん……落ちぶれた弟を見て」

 

 四つん這いになって両肩を震わせているレオン。

 プライドを完膚なきまで汚され、嫌いな相手に完封され、屈辱と自身に対する怒りが身体を浸透しているようだ。

 

「お前に、お前に何が分かるだよッ──んぶっ!?」

「いつまで目を背けている?」

 

 言葉を遮るように両頬を片手で押さえる。

 両頬がへこんで唇を突き出す変な顔になっているが、私は気にすることなくそのまま淡々と言葉をこう突きつけた。

 

「お前の姉弟は戦死した。最期まで抗い続け、私たちを守り通してな」

「だ、だふぁら、どうしふぁんだよっ……」

「弟のお前があの女の戦死を──落ちぶれていい理由にするつもりか?」

「──っ!」

 

 真っ直ぐレオンの瞳を覗き込み、ハッキリとそう告げる。

 レオンはハッとした顔で視線を他所へ逸らした。

 

「お前が私をどう思おうと自由だ。嫌おうと憎悪を抱こうと勝手にすればいい」

「……」

「だが私はお前を見放すつもりはない。あの女に助けられた以上、この世界で生きる術をお前に叩き込むつもりだ」

 

 シビルから弟を託されているわけではない。

 しかしシビルに命を紡がれた以上、嫌われようとレオンを生かさなければならない。それが私に出来ることであり、貸しを返すことに近かった。

 

「あなたを先生にすれば、僕は強くなれるんですか?」

「ああ、子爵相手に死なせんようにする」

「あの人よりも、シビル姉さんよりも?」

「……お前次第だ」

 

 レオンはゆっくりと顔を上げる。

 その顔にはまだ嫌悪感が残っているものの、私のことを認めているような……そんな入り乱れた感情が伝わってきた。

  

「だったら、僕を強くしてみてください」

「上からの物言いだな」

先生(せんせい)がそう言ったんでしょ。僕を強くするって」

 

 しかし最初とは違い、瞳には信念が宿っているように見える。必ず姉を越える、必ず強くなってみせる……姉の死を乗り越えて見せるという信念が。

 

「なら立て。日が暮れる前に帰るぞ」

「言われなくても帰りますよ」

 

 私が右手を差し出すと、レオンは少しだけためらいつつも握りしめる。そして夕暮れに照らされながらもその場に立ち上がった。

 

(……怪我はないようだな)

 

 脳裏をよぎるのはエイダからの叱責(しっせき)

 リシアのように怪我をさせるべきではないと投げ飛ばすときはかなり手を抜いた。レオンが何食わぬ顔で身体を動かしているのは、怪我をしていない証拠だろう。

 

「明日からよろしくお願いします、先生」

「ああ」

 

 レオンはルクスβを鞘に納めてからこちらに手渡す。

 こうして完璧ではないとはいえ、問題児たちを揃えて教員としての研修を始められるようになった。 

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