ЯeinCarnation   作:酉鳥

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2:4 SmartPhone ─スマートフォン─

 A機関の研究室でシャーロットの話を聞いた後、私たちは様々な場所へ案内された。食事を摂るための食堂や、知識を蓄えるための教室、古い書物が保管された書庫。こうして一時間ほど歩き回り、最後に連れて来られた場所は、

 

「ここはリンカーネーションとして必要な紋章を刻む部屋だ」

 

 偽物の転生者を量産するための紋章を与える部屋。室内にはインクの容器や、紋章を刻むための金具などが並べられている。

 

「ちなみに、紋章というのはこのようなものになる」

 

 ヘレンは着ているコートを脱ぐと両肩を露出させ、胸元を私たちへ見せつけた。胸部の中央には『ReinCarnetion』という紋章が刻まれている。

 

「……? 天井に紋章はないぞ」

「そんなまじまじと見れるわけないだろ……! 特に、む、胸なんてさ……!」

 

 隣でなぜか天井を見上げていたキリサメ。私にそう問われると理解の及ばない理由を小声で話す。

 

「アカデミーを卒業すればこの紋章を刻まれる。君たちに紋章を与えられる時を、私は心待ちにしているよ」

 

 ヘレンは持っていたコートを羽織り、私たちへ期待の眼差しを送ってきた。新入生たちの瞳に宿るのは溢れんばかりの情熱。

 

「最後に、明日からアカデミーの生活が始まるわけだが……君たちには四つの"クラス"へ分かれてもらう。この紙を全員に回してくれ」

 

 事前に用意されていた用紙の束を手に取り、側に立つ新入生たちへ手渡した。私とキリサメは用紙を一枚だけ手に取り、隣に立っている者へ回す。

 

「Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラス。自分の名前がどこにあるのかを確認したうえで、明日の朝は指定された教室へ顔を出してほしい」

 

 私とキリサメはDクラスへ区分されていた。顔見知りのデイルとイアンはCクラスで、ジェイニーとクレアはBクラス。現在の状況を意図しているかのようで、私は思わず目を疑う。

 

「ふぅ、アレクシアと一緒で助かった……」

「私は迷惑だ」

 

 しかし成績優秀者は全員Aクラスというわけではなく、それぞれのクラスに名家や特待生枠の生徒が平等に区分されていた。一クラス、二人から四人程度の割合だ。

 

「今日はこれにて解散とする。各自、明日に備え身体を休めてくれ」 

 

 クラス分けの説明を受けた後、やっとのことで解放される。私とキリサメは寮へ帰ろうとアカデミーの入り口まで歩き出した。

 

「それであの板は何だ?」

「あんまり人がいるところで、このスマホを見せるのは良くない気がするんだよなぁ……」

「なら私の部屋に来ればいい」

 

 私は余程おかしなことを口走ったようで、キリサメは「えっ?」と目を丸くしながら歩みを止める。

 

「どうした?」

「女子寮に男が行くのはヤバくないか?」

「何を言っている? お前は何度か私の部屋に入ったことがあるだろう」

「それはシーラさんの家でだろ? 女子寮はアレクシア以外にも女子がいるんだぞ? もし変な噂とか立てられたらどうすんだよ……?」

 

 必死に訴えかけてくるキリサメ。私は動揺するワケを理解し、呆れながら半目で見つめた。

 

「初々しい男だ。ニホンとやらでは余程そういう類(・・・・・)に縁がなかったのか」

「うるせぇーよ!? 俺だって恋愛の一つや二つぐらいは――」

「……私は色沙汰とは言っていないぞ」

「なっ?! アレクシア、お前っ……!」

       

 キリサメは顔を真っ赤にさせその場で狼狽える。私は「図星だったか」と追撃した後、再び歩き出す。

 

「なら私がお前の部屋に行けばいい」

「ま、待てって! お前、男子寮に来るつもりなのか?」

「今度は何だ?」

「いや、だって、それこそお前が変な噂を立てられたらどうすんだよ?」

 

 どうやら私のアカデミーの生活を案じているらしい。面倒な男だ、と言葉の代わりに溜息が漏れた。

 

「心底どうでもいい。私は噂にも生徒にも興味がない」

「お前、ほんとにメンタル強いな……」

 

 頬を引き攣るキリサメと共に私は男子寮まで向かう。当然のことだが、男子寮に近づけば近づくほど、男子生徒とすれ違う回数が増えた。

 

「ていうかさ、そもそも異性の寮へ入っていいのか?」

「知らん」 

「で、ですよねー……」

 

 男子寮の廊下を歩いていればそれなりに注目を浴びる。私はこちらを見ている者たちと視線を合わせようとするのだが、

 

「あんまり周りの奴に喧嘩は売るなよ?」

「……? 私は顔を見ているだけだ」

「あー……じゃあ、ずっと下を見ていた方がいいかもな」

 

 すぐに視線を逸らしてどこかへ去っていく。誰一人として視線を合わせようとする男子生徒はいないのは、私の目つきが鋭いからか。

 

「ほら、早く入れよ」

 

 私はキリサメの部屋に入ると、まずは内装を確認してみる。細かい箇所はともかく、内装は女子寮の一室とほぼ変わらないようだ。  

 

「早くアレを見せろ」

「分かったって」

 

 私がそう要求すればキリサメは右ポケットから"あの板"を取り出し、私に渡してきた。

 

「……この"板"の用途は?」

「横に付いているボタンを押してみ」

「これか」

 

 板の右横に付いているボタンらしきものを親指で押し込むと、ガラスの画面が明るく点灯する。私は初めて目にする"板"に首を傾げながらも、その画面を試しに指先でなぞってみた。

 

「私が映り込んでいるのか?」

 

 すると今度は私の顔が画面全体に映し出される。私はそのまま用途を確かめるため、画面の下にある円のマークを押してみれば、

 

「……!」

「ぷっ……!」

 

 板がカシャッと軽快な音を立てる。私が呆然としていると、キリサメはクスクスと笑いをこらえた。

 

「何がおかしい?」

「いや、俺がいた世界ではスマホが使えるのは当たり前だったからさ。そんな新鮮な反応をする奴、今まで見たことがないんだ」

「なるほどな。つまりお前は無知な私を小馬鹿にしているわけか?」

「まぁ、その、そうとも捉えられるかもしれない……」

 

 私が問い詰めるようにして睨みつければ、咄嗟に視線を逸らすキリサメ。私は自身には扱えないとキリサメに板を返す。

 

「私の手に余る。お前が使ってみろ」 

「あぁ分かった。使い方をよく見ておけよ?」

 

 キリサメは自信満々にそう答えると、慣れた手つきで"板"を操作し始めた。私を小馬鹿にしただけはあるようで、操作に一切の迷いはない。

 

「さっきお前が使ったのは"カメラ"だ。ほら見てみろ、ここに写真が保存されているだろ?」

「……確かにな」

「にしても少しぼやけてる……。カメラのレンズが汚れてんのか?」

 

 板の画面には、先ほどの私が写真として取り込まれていた。吸血鬼の血が流れているせいか、写真ですら私の姿はややぼやけている。

 

「まぁいっか。次にこれがメモ帳で、これが時計で、これが本で、これがゲームで――」

「……まさかこの四角のマーク一つ一つに何かしらの用途が組み込まれているのか?」

「そうそう。やっぱアレクシアは理解が早いな」

 

 二十を超えるマークの数。つまりはこの板一つあれば、二十以上の用途をこなせるということだ。私は食い入るように板の画面を見つめる。 

 

「これを考案したのは何者だ? 私と同様に何千の人生を歩んだ転生者か?」

「えっ? んー……俺が住んでいた世界に転生者は一人もいないし、普通に一回目の人生じゃね?」

「一回目だと? その人間は規格外の"天才"――いや"秀才"の方が正しいな」

 

 キリサメが様々なマークを押して、私へその用途を見せた。先ほどの用途以外にも、音楽が流れたり、ライトとして発光したり、コンパスとして方角を示したりと幅広い。

 

「お前からしてもこのスマホを作った人は天才だ! ……って思うんだな」

「天才じゃない、秀才だ。様々な用途を一つにまとめる利便性は、必ず誰しもが考えるが……実現への厳しさで大半が諦めるだろう。だがこの板を作った人間は、行動力と努力でそれを実現させている。これだけ生きていても、滅多に巡り合えない秀才だ」

「そこまで褒めるなら板じゃなくてスマホって呼んでやれよ……」

 

 ガラスの画面を覗き込む私に、キリサメは苦笑しつつもとある写真を見せてきた。

 

「ほら、俺の住んでいた世界だ」

「……これがニホンとやらか」

 

 写真には建物が敷き詰められ、コンクリートで固められた道が映し出されている。その道の上には赤や青の馬車が停止していた。

 

「これは馬車だな。馬はどこにいる?」

「違う違う。これは馬車じゃなくて"自動車"だ。俺たちは"車"って呼んでるぞ」

「クルマ……? それに"自動"ってことは、馬無しで動くのか?」

「もちろんだ。自動車は"エンジン"で動く」

 

 次々と映し出される写真は、どれも見たことがないものばかりだ。私はキリサメから説明を受けるが、空想上のものではないかと疑ってしまう。

 

「……これは?」

「俺の友達、だな」

 

 画面に映る友人の写真を見て、キリサメは寂しそうな表情を浮かべる。イブキやキリサメを含め、そこには四人写っていた。

 

「あいつら、今何してんだろ……?」

「考えるだけ無駄だ」

「そう、だよな……」

 

 キリサメは指先を素早く動かして写真を閉じると、今度は『リフレックシーズ』という題の画面を開く。

 

「今度は何だ?」

「これは反射神経を測定するゲームだ。折角だしやってみろよ」

「私は何をすればいい?」

「ルールは簡単。光った場所をただタッチするだけ。それだけで反射神経を測定できるんだ」

 

 私はスマホを渡され、画面に指先を触れる。すると違和感のあるラッパ音と共に、画面の至る個所が青色に光り出した。私は手を動かして、発光箇所に触れていく。

 

「……これで終わりか」

「え、えげつねぇだろ……」

 

 二十秒間ひたすらに手を動かしていれば、測定は終了した。それを眺めていたキリサメは、愕然としている。

 

「この結果はどの程度になる?」

「あー、えーっと……」

 

 測定結果は『SSS』と表示されていた。評価の基準が分からず、私はキリサメに尋ねてみる。

 

「その『SSS』はゲーム内最高峰の記録で……。俺が住んでいた世界では、その記録を出した奴はまだいなかったはず」

「そうか。下らん記録だな」

 

 その後、夕方の時刻になるまでスマホの詳細についてキリサメの部屋で聞くことにした。

 


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